その日、大会も近く朝練のあったエルヴァのみが早々に朝食を済ませ、他の者は7時半から食堂に集まった。今日は魔法使いの凜も元気だ。
ラジオ体操に出る時間がエルヴァと同じだったイリヤとクロエは、朝からご機嫌だった。人によってはうるさく感じるかも知れないが、子供達の弾んだ声が耳に心地良い。
「昨日はアルバイトが休みだったらしいな? 会えず仕舞いだったが、何か用事でもあったのかね?」
「修行」
質問しているのは昨日ここに来た、4番目のアーチャーだ。今朝の朝食は和食が良いと、『彼女』であるアルトリアに言われ、英霊の皆んなには断りを入れて急遽食堂へ来ている。
テーブルを挟んだ目の前には、あのかつての義姉が、英霊となって座っている。この情報に初めて触れた時、腰を抜かさんばかりに驚いたものだ。それ故に、今回付いて来て欲しいとエルから依頼が来た時は少し嬉しかった。
そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、ぶっきらぼうに答える背の高いイリヤ。かと言って答えたくない訳ではないようだ。
「英霊になって────成長の望めない固定された身となってもさ、やれる事はやっておきたいじゃない」
「それこそ、ここなら試合相手に事欠かんだろうに」
「どっちのアーチャーもシロウだね。乙女の心がわかんない? 一人になりたい時もあるのよ」
その修業は精神修養だったのか……と、思わずツッコミたくなるが、こういう場合は黙るが吉と学んでいた。
「知りたい?」
下から覗き込むようなその顔は、成長していても記憶にある『イリヤ』そのものだった。
「ああ」
「簡単に言えば、もっと強力な何かが欲しくてね」
ちらりと横のアルトリアを見て小声で尋ねた。
「必殺技のような……?」
記憶の彼方の苦い思い出。それが欲しいとアルトリアに零し、その昔、道場でコテンパンにやられたのだ。
「一朝一夕には行かないし、ましてや英霊の身となれば」
「普通はね。でもアーチャーはその記憶や経験を剣に彫るんでしょう?」
「どうだかな。自分では意識しとらんからわからんよ」
「そうなんだ?」
話していて思った。彼女は『巫女のイリヤ』に似ている。皆んなのために大聖杯を閉じた、あのイリヤに。それは姉のアルトリアの第五次とは異なるにも関わらず、同じでもあった世界────。
彼女はエルと仲が良い。となるとこちらの彼女は、エルヴァとウマが合いそうだ。
「だから子供達もだけどさ、エルヴァをね。何としても守ってあげたいの」
「そんなフラグになりそうな言葉を吐くな。君も帰らねば意味はない」
「聞いてるよ。『一人でも欠けたら負け』でしょう? それでも私はあの子のお姉ちゃんなんだもの」
イリヤはイリヤか……。そんな事を考えていたら、アルトリアから肘鉄を食らった。イリヤと仲良く話しているからと、妬いているのではない。万一の場合は彼女を護れと言っているのだ。
私はこの英霊のイリヤの話を、エルからだけでなくアルトリアからも聞いていた。向かいに住むアイリスフィールや衛宮切嗣が、エルヴァともども我が子のように大切に考えてくれている事も。
朝食を終えるとイリヤはアルバイトに出て行った。
「ここのセイバーもアルバイトをしているそうですね」
「ほぅ? 概ね君に触発されてだろう?」
「かも知れません」
そして時計の針が10時になった時、裏庭にまでその大声が届いた。
「父上~~~! 居るか~~~~!! 来たぜ~~~~!」
横を見ればアルトリアは駆け出した後だ。きっと玄関で声の主の口を塞いでいる事だろう。
きっと……この世界のエルの従者、モードレッドだ。
彼女の参加は現状不明だが、これでメンバーが揃ったと言えるだろう。今回、アルさんことヘラクレスは来ていない。ガイア側の彼が居ると不味いらしい。
が、同じ事が『英霊のイリヤ』にも当てはまる。要注意だな。
「最後の助っ人は元気が良いな。さすがは王国をぶっ壊しただけはあるか」
「それを私に言わないで頂きたい……」
そんなランサーとランスロットにもう一人の私を伴って前に回れば、まるでアルトリアがアルトリアを叱っているかのようだ。
「これは……驚いたな」
「ここまで似ていたのか……」
「あ、お前ら、初めて会うのか?」
「ああ。そっくりだとは聞いていたが、ここまでとは……」
「ありえん。姉妹でなく親子だぞ?」
「モードレッドはモルガンの秘術で生み出された、アーサーの写し身ですからね」
「クローン?」
「であり、ホムンクルスだともエル殿が以前話していました」
それは聞いていなかったな。が、伝承を紐解けばそうと解釈するのが正解か。
そしてエルやイリヤにクロエ達と、にこやかに話すあの少女がこの世界のエルヴァ……ん?
「あの少女は誰だ?」
「解析してみろ」
エルヴァの横にもう一人少女が立っているのだ。5番目に促され解析を掛けてみると。
「エーテル?」
エルがエーテルで分割思考を出力できるのは知っている。するとあの子も?
『いや、あれは魔杖だな』
私の横というか、正確には私と5番目の影になる位置に慎二のような少年が居た。
「ゾウケン?」
『ああ。子供達には秘密じゃが、あの杖にはこういう機能があっての。おそらくあれもそうじゃ』
「つまり、あの子も杖持ち?」
『の、ようじゃな』
その後、思った以上に少ない荷物を受け取った私達は、執事の指定する部屋へ客人を案内した。
「だから、どうして自分からポーターをやるの? お兄ちゃんか、あんたは?」
2番目も4番目も5番目も同じという事か……我ながら……。笑うな、シロウ!
とは言え、シロウの振る舞うお茶で女性陣の顔は皆んな和やかだ。お茶と料理だけで女を誑し込む魔人。それが我々のような守護者とならず、世界からスカウトされたエミヤシロウだ。
「お前も腹ん中は黒いな」
自分ではそう思わんのだが、私の座に私しか居ないのはその辺もあるらしい。
何だ? エルが小さなエルヴァをあれこれ触診している?
「天才ですね、あなたは!!」
立ち上がってエルヴァを抱きしめている。何があった?
「何があったの、師匠?」
「どういう事ですの、ミストレス?」
「どうやらあの子……自分の身体でなく、エメラルドの方に『ラインの黄金』を埋め込んだようですね。そしてフィルターを掛けて、余分なフードバックが来ないようにしてあるみたいです」
「は?」
「で、では、あの子は大人になったら子供を産める?」
「ええ……。まだまだ完全に安全かどうか、杖を手放すとどうなるのかとか不明な点はありますが、そういう問題点も潰してある様子です。先輩方が天才と言った意味がわかりますね」
あの宝具を杖に仕込んだのか!?
「御免下さい」
そこに遅れてやって来た声は、かつて知ったるマアエモの声だ。そうかこの子の乳母か。そしてその後ろには昨日のイリヤとクロに、ここの衛宮切嗣とアイリスフィールだ。
さすがに空気を読んで我々は退散した。
「父上。親子水入らずってのはわかるぜ? あっちもこっちもな。けど、あのアーチャーとは違うそいつは何だ?」
「嘘を吐いても仕方ない。言ってみれば父の恋人です」
「まぁ、そういうのは好き好きだ。どうこうは言わねぇから。けど『父の恋人』って、文章だと気持ち悪いな?」
ブッと吹き出したのはアルトリアだけではなく全員だ。
「何より、父上。もう一人のアーチャーは何だ」
ここで5番目が自ら答えた。
「私は凛とルヴィアのサーヴァントだ」
「ああ、そういう事か。あいつらも英霊持ちになったんだな」
「モードレッド……少々雰囲気が変わりましたか?」
「そりゃ、オレだって少しは成長するぜ。でなきゃ、エルヴァを支えられないだろ?」
「ほぅ。護るでなく、支えると言いましたか……立派ですよ」
「ヘヘ。で、ここの父上は?」
「アルバイトだそうですよ。何でも喫茶店のウェイターらしいです」
「へぇ~、給仕か。オレも庭の手入れやクルマ磨きで小遣いを稼いでるよ」
「おや? ランスロット卿やランサーもそうでしたよね?」
「そうです」
「ああ、同じだぜ」
そして裏庭を眺めるアルトリア似の少女は、こう言った。
「二人でここまでやったのか?」
「おう」
「フフフ……いかがですか?」
「いや、良い感じだ。ブリテンの村みたいに落ち着くよ」
「おいおい、オレはアルスターなんだがな?」
「って事は、あんた本当にクー・フーリン?」
「さっきそう紹介したろ?」
「済まね、冗談かと思ったんだ。だってクー・フーリンつったら、憧れの英雄だぞ? たった一人で相手をバッタバッタと斃す最強の戦士だ。オレは子供の頃からあんたのファンなんだ」
「セイバー! こいつ良いヤツだな!?」
そうして意気投合する二人。
「エルヴァが念話で教えている?」
「どうかな? 元から口の回るタイプに感じるが」
「それが正解ですよ。かの者は乱雑に見えて、機転が利きますから。アーチャー殿。おそらくあなたの感じている不安を拭い去るのは、あの者でしょう」
私は思わずランスロット卿を見、次にアルトリアを見た。感情抜きの『直感』だと正しいようだ。そういう意味合いを込めてアルトリアは力強く頷いてくれた。
一方、エーデルフェルト邸の幾つかある会議室の一室で、エルは頭を抱えそうになった。
父、衛宮切嗣の『君までが危険を冒す必要はない』という論にも、母、アイリスフィールの『万一の事があったら、お祖父様に何も言えない』という論にも、一切自分を曲げない。
そこは自分もそうだから何とも思わないが、泣いて止めるマアエモ・ママにも動じない。ここにはクッションとなるルオン・ママが居ないからだと当然思い至るが、あんなに泣くママを見ていると胸が本気で痛い。
「ここでお姉ちゃん達のお手伝いができないなら、私は姉妹でも何でも無いです。一緒に暮らせなくても、家族でなくても、姉妹であって親子でしょう? お姉ちゃん達と行かせて下さい!」
これをエメラルドを使って日本語で訴えたのだ。未来の日本語が話せる自分や、並行世界の私や部活に出ているエルヴァに繋いだのではない。
ホムンクルス用の学習用礼装装置を使って、エメラルドに日本語を学習させたのだ。ついでにカタコトながら、本人も簡単な挨拶程度の日本語を話せるようにもなっていた。
そして会議室のテーブルにズラッと並ぶ、今回の事に対して用意された礼装や武器の数々。そして彼女はこう言った。
「エルお姉様。森へ連れて行って下さい。アルトゥル様の遺産を回収します」
31番を言い含め、これまでどの思考にも教えなかった秘密の中の秘密。それをアッサリと……。
まさか……この子はマアエモ・ママの事を本人に話した? 知っておくべきだと倫敦で話したのだが、それが裏目に? いや……ここまで聡明な子だ。それだけは無いと思いたい。
となると、森の遺産はお祖父様の入れ知恵でなく、私への決意表明であり……両親の説得を手伝って欲しいという意思表示だ。
しかも今同室している凛やルヴィアまで味方に付けようとしている。
「その『アルトゥル様の遺産』ってなんだい?」
当然父なら聞いてくるだろう。
「第10代アインツベルン、アルトゥル・フォン・アインツベルン様はですね、ノインのお祖父様のご長男で、この冬木で亡くなられたのです……」
そこから私はありのままの事実を話した。イリヤちゃんやクロエちゃんも居る中で。これは警告でもあった。アハトなきこの世界では、エルヴァが大聖杯の術式を守らなければならない。
そしてそれを手伝えるのは、イリヤちゃんとクロエちゃんしか居ないのだ。
「第三次はアンリ・マユだけでなく、そんな事も……」
「そんな……大聖杯を盗もうなんてする者が居たなんて……」
「私の世界では第四次にも残党が介入して来まして。そいつらを父とともに倒しました」
「そうか……本当に第四次に出ていたんだ」
「ですが、その第四次に関する記憶がエルヴァにはありません。ここで普通に暮らして欲しかったので、ほとんど思い出せないようフィルターを掛けています」
これは記憶の消去でなく、フィルターによる作為的な弁だ。
「それと私の世界では、その遺産とアルトゥル様に関するお話はタブーとなっています。理由はお祖父様が悲しむからです」
ここでエルヴァが立ち上がって私に詫びた。ママには明かしていないようだが、お祖父様には問い詰めたらしい。そうなんだよ。お祖父様だけでなくママにも繋がる話だから秘密なんだよ。
だけど今のところ、彼女のママは自分がそこに繋がるとは気付いていない。そうとなるとエルヴァが部活から戻る前に森へ行くべきだろうか。
「クルマを回すよ。とにかく行こう」
「へ?」
私が迷っている間に子供達で決めてしまったようだ。女子高生一人では、五人の11歳に勝てないと諦めた。
クルマは2台。ドライバーはオーギュストさんと父だ。凜と凛にルヴィアが残ったので、4人と3人に分かれた。
変な分かれ方だが、父の横にアイリスフィールさんが座り、その後ろに私と並行世界のイリヤちゃんとクロちゃんだ。オーギュストさんが運転するもう片方には、後席に三姉妹が乗っている。
程なくクルマは森の入口に着いた。私はここで初めてアサシン数名を宝具から出した。全員がオフロード・バイクに乗っている。
彼らには子供達を後ろに乗せて運んでもらう。父とオーギュストさんにもセローを出した。私は自分のTWだ。
「ヘルメットは?」
「そこまで用意していません。私のをアイリスフィールさんに貸しますから、頭を強化するかどうにかして下さい。私有地ですからおまわりさんも来ませんよ。子供達は転身して下さい」
手入れがなされていないので、森の中は荒れ放題だった。人の気配はないのに監視の目は感じる。先行させたアサシンから念話が届いた。
〈エル様。ここの我らのようです〉
〈ですね。エルマはあなた方、百貌二人と契約しているそうです〉
〈我らが二人……つまりここには今、我らが三人。このくすぐったいような気配はそれでですな〉
〈休暇の家に行ったみたいな?〉
〈そう、それです。接触できましたので事情をある程度話して宜しいでしょうか?〉
〈エルヴァの遺産回収とだけ。内容は秘密で〉
〈承知しました〉
私は百貌六人と契約している。80人なら480人、100人なら600人が最大分裂数だ。普段は世界中に散って、情報収集にあたって貰っている。
そして1年に1回、チーム交代でバカンスを与えている。その休暇用のマンションが冬木山の麓にあり、冬木市には社宅として登録してあるのだ。
温泉にプールやジムに談話室やレクリエーション・ルーム。正しくキブラ(メッカのカアバ神殿の方角)に向いたモスクもある。当然全戸アサシン専用で一般人は入れない。
なので各個のキッチンとは別に、1階の専用厨房には都市ガス用ケバブ・ストーブが数台設置してある。あのくるくる回転する焼台だ。
くすぐったいとは、その休暇中に自分の属するハサンとは別のハサン達と出会った時によく話している。ましてまったく同じチームと休暇がバッティングすると、くすぐったさが半端ないそうだ。
よくわからないが、彼ら独自の感覚があるのだろう。
〈話が通りました〉
〈良かった。拠点は以前のチームが使っていた場所?〉
〈ええ。あの者達が手を入れた廃墟ですな。かなり綺麗ですよ〉
〈あなた方は綺麗好きですからね〉
そんな綺麗好きの彼らだが、森の伐採なんかはしていない。エルマがエルヴァの立場を慮っているのだろう。その分手こずって、館まで30分以上掛かってしまった。そもそもスカートでオフロードに乗るなよ、私。
「エルヴァお姉ちゃんが言ってたけど、エルお姉ちゃんってバイクに乗るのが上手だね?」
「腕は変わらないと思いますよ。思いっきり好きなものと思っているか、道具だと割り切っているかの差だと」
だからバイクや銃器はギリギリ勝てても、クルマは不明だ。ちらりと小さなエルヴァを見る。そのうち抜かされるだろうけど、魔術が好きという気持ちだけは負けたくないなぁ。
アイリスフィールさんによる館の解錠がやっと終わった。頑丈に掛け過ぎだろう。そう思い入れのある建物では無いけれど、子供の頃に見たあのままなのには少し感動した。
「お姉様?」
「ここも同じなら3階です」
エルヴァ以外の子供達はキョロキョロしている。珍しいだろうね。
「こんな広い森の中にこんなお城があるなんて……うちってお金持ち?」
「売るなら食器と楽器です。それも別荘にある」
「別荘って?」
「この森は広いでしょう? そんな中に幾つか洋館がありましてね。その内の3つは実際に使われていたらしくて。200年も前の調度品や楽器などがそのまま残っていました。中にはカタログで欠番になっているストラディバリウスなどのクレモナの銘機が時間凍結して保存されていましたよ」
ここに喰らいついたのが父だった。
「それって何億円もするんじゃ……?」
「残念。しませんよ。新品同然なので贋作と評されるのがオチです」
だから好みのピアノは運んだが、ハープシコードやチェロにヴィオラは凍結し直した。そして2挺あったストラディバリウスも1挺を凜に贈呈して他は凍結した。私はヴァイオリンを弾かないし、ギターもなかったしね。
ただ、錬金術師が関わったという初期のマイセンが、日本の当時の焼き物と並んで棚にたくさんあった点、それと結構なコレクションの日本刀があった点。これが私には大きかった。
「すると、館にもそんなのが眠っているの?」
これはアイリスフィールさん。
「いいえ。あそこは二次・三次・四次と拠点にされたでしょう? その都度、調度品が変わってしまったらしく、これといったものはありませんでした。そういう過去の名品を別宅に運んだのだと思われます」
当時の流行りもあるだろうし、センスと合わないなんて理由もあっただろう。『過去の名品』とは現代に於ける評価だ。一次の頃に持ち込んだのなら、二次の頃は流行遅れの骨董品でしかない。調度品とはそういうものだ。
「へぇ、気付かなかったわ」
そんな事を話しつつ3階の廊下にやって来た私達だ。
「ここですね、お姉様?」
「ええ、エルヴァちゃんの言う通り。ここみたいね」
「え~。ただの壁だよ? 何にもないよ?」
イリヤちゃんにはわからないか。ルビーは感づいているみたいであれこれ教えていた。以前以上にこの子とルビーは仲が良い。ルビーがまるでお姉さんのようだ。
そして魔術による偽装をエルヴァが10分で解除した。ここまではできると思う。問題はこの先だ。
「普通のお部屋……じゃないですね……? あ、クローゼットだ」
「どれどれ? エルヴァちゃん、これ術式が知っているのとは全然違うわ。どういうのかしら?」
「あ、あれ? 反応しない……? あ、しまった。これって刻印に反応するタイプですよ」
やっぱり刻印を受けていなかったか。宝具はエメラルドだしねぇ。私が開けても良いけれど、そこまでやって良いのか、正直迷うなぁ。
「お姉様?」
「私は11代アインツベルンです。ケチくさいかも知れませんが、対価を頂きますよ?」
「それはもう。承知の上です」
クロちゃんとクロエちゃんはわかっているようだけど、二人のイリヤちゃんが少々不満顔だ。でもね、ここを曲げると、私がエルヴァを認めていない事になるんだけど。
ともかく私は皆んなが見守る中で、クローゼットの封印を解除した。あの日と同じだ。中に閉じ込められたすえた匂いが部屋に漂って来た。
そして中には『ラインの黄金』の模造品。
「その中には研究ノートと日記があります。その日記の最後だけ読んで、後はエメラルドに取り込んで下さい」
「はい」
日記を取り出したエルヴァは、杖に戻していたエメラルドにエーテル出力させて、膨大な数のノートを取り込んだ。
「日記は声を出さずに読んで下さい。お父さんもお母様も、ここはご遠慮願います」
「わかった」
「ええ、わかったわ」
読み終えたエルヴァは神妙な顔をしていた。
日記に挟んであるお手紙や、ユグドミレニアの狙いなどを記したメモなどはエルヴァも口にしなかった。もう11歳だものね。あの頃の私より3つも年上だ。
『私はここで終わるだろう。ともにあって倒れたメイドたちは保管器に納め墓の下に埋めた。その魂は当家の資産だ。父に返して欲しい。最愛の妻は私とともに自然に帰りたがっている。父よ彼女だけは戴いていくよ。我が宝、エルヴァによろしく。どうか娘に『帰れぬ父と母を許して欲しい。愛しているよ』と伝えて下さい。アルトゥル・フォン・アインツベルン』
確かこんな文章だった。10年も前の事なのに今も覚えている。おっと。思い出に浸っている間にエルヴァがその下にあった木箱に気付いた。
「これは?」
「中身はお祖父様へのお土産ですよ」
出て来た銃を見て驚く子供達。
「戦利品?」
「そうです。この中にあるPPKの1挺をここのお祖父様に差し上げたのです」
「ああ、あったね」
「それならお姉様。一つお持ち帰り下さい」
それならと一つ頂いく事にした。勿論エーレバッフェでないスタンダードなモデルをチョイスした。
「エルヴァ。このクローゼットはウォークインクローゼットを改造してあって、この奥にも小部屋があります」
「あ、確かに空洞ですね。一体何が?」
「それも、お祖父様へのお土産ですね」
そう話しつつ父にも手伝って頂きながら、奥の壁を開いた。案の定、凍結された木箱がギッシリだ。蓋の開いた木箱を見て驚く父。
「これは……」
ギッシリ詰まったトンプソン・サブマシンガンM1921にドラムマガジン。コルトのM1911A1に何万発もの.45ACPの弾。
「アルトゥル様の弟様から送られた武器です。取り込めたらお墓に行きましょう」
中をある程度片付けて廊下に出ると、再度封印してあげた。
「元の壁になっちゃった」
「これしきに驚いていてはダメですよ」
「そうよ、イリヤ。美遊の世界での敵の城。こんな感じだったでしょう?」
厳密には異なる魔術だけど、今はそれでいい。逸早く違和感を感じ、対処する心構えが重要だから。
館を出て、玄関を再度封印した私達は、裏手に回って小路を歩いた。少し進むと小さな広場に出た。その先にある樹の下だ。あったあった。やはりクロスは朽ちていた。
エルヴァとともに祈りを捧げた。その後、ここも父に手伝ってもらい、さくさくと掘り返した。お墓と言っても骸骨でなく、遺品だけが埋められている事は話してある。無駄に怖がらせても仕方ないからね。
「そうは言っても大きいな。棺桶じゃないのかい?」
「違いますよ。上にあるカプセルはそのままエルヴァに渡して下さい。エメラルドは中身を取り込んで」
声に出さず、小さな首肯で返すエメラルド。調整の違いか、随分違う反応だ。取り込まれる時に私は黙祷した。エルヴァはもっと長い時間黙祷していた。
掘り返した土を戻し、私達は森を後にした。帰りのクルマはエルヴァに頼まれ一緒に乗った。
「お姉様。ご検分とご助力感謝致します。あの方達の願いと祈りは私が背負います。それをお誓いします」
これだけ言えれば十分だろう。だからおでこにキスしてあげた。
「エルお姉ちゃん?」
クロエちゃんだ。
「エルヴァが背負うものを私達3人で背負えないの?」
これをクロちゃんが言ったなら、私は泣いていたかも。だけどそれはあの子が、私のような総裁になりたいと言ってくれたから。つまりは跡継ぎだ。
ところがクロエちゃんは家が違うし、エルヴァもそれは望まないだろう。両親とともに小さな魔術から趣味の範囲で覚えていく。そしてこの日本という国で、普通の幸せを掴んで欲しい。きっとそれがエルヴァの願いだろうから。
エルヴァはドイツ語でお礼を言って、クロエちゃんと手を繋いだ。そしてプイッと窓の外を見た。前に座る助手席のイリヤちゃんには見えないだろうけど、窓に映るエルヴァは涙を流していた。
「師匠、何人まで行けますか?」
「え? どういう意味ですか、凛さん」
「いえ。子供達5人にエルにエルヴァ。ここに私とルヴィア。更にエルマとトロンメル……これだけで11人ですよ」
「お二人の宝石剣と私の宝石剣を共振させれば、まだまだイケけますよ。誰を考えています?」
「美遊のお兄さんを」
「今後のためも考慮して?」
「はい。それに私もルヴィアも彼に魔術を教えています。いわば二人の弟子なんです」
「そう来ましたか。私は構いませんが、先輩が何と言うかですね?」
「そこは何とか口説きます」
良し、第一関門突破。次はエルかエルヴァか。
何故こんな事をやっているかと言うと、そもそも私もルヴィアも美遊を連れて行くのは反対なのだ。だって当事者じゃ無いのよ?
やっとの思いでここに来て平和に暮らしているのに。それもあって姉代わりのルヴィアも、魔術を教えそびれているのだ。それが災厄を喚び込まないかと不安になる気持ちは私だってわかる。
そしてそんな美遊は、イリヤとクロエのためなら危険を顧みない。これは逆も言えて、イリヤとクロエも美遊のためなら火中の栗を拾うのに躊躇わないだろう。
そこでお目付け役と言うか、良い塩梅の重しとなるであろう衛宮君が重要になる。表向きにも案内人として最適だろうし。更に彼の存在は当事者であるクロとイリヤの励みにもなると思うのだ。
本当の励みはイリヤとクロエの存在だろうけど。つまりこの式はクロとイリヤにはクロエとイリヤが水先案内人として重要となるのだけど、美遊を下ろすにはクロエとイリヤも下ろすしか左右が釣り合わないのだ。
だけどそれだと今はルビーもないイリヤと、まだまだ実戦が甘いクロには負担が大き過ぎる。そしてそうなると私達はともかく、エルとエルヴァの負担が大きくなる。何よりエルは作戦参謀であって、表に出れない。
だから二人のお手本となり、表に出るエルヴァを助けられるクロエとイリヤは外せない。そうなるとクロエとイリヤの抑えになる、小さなエルヴァの存在が活きて来るのだ。
問題はエルと同じく世界から目を付けられないかだが、ここはエルがなんとかするだろう。結局誰も欠かせないのが、私達というチームなのだった。
そんな事をルヴィアとあれこれ考えていたら、エル達が帰って来た。そして数十分の時間差でエルヴァも帰って来た。
「遅かったですね?」
出ていた事を誤魔化すエル。
「帰りの途中でパンクしてしまって……今朝は何ともなかったのになぁ」
いや、パンクって突然するものでしょう?
「いえいえ。案外とそろそろかなとか、今日は危ないなとかわかるものです。ね、エル?」
「ええ。ですから危ないと思った日は水溜りや湿った地面を避けますし、地面のどこをタイヤが通っているかを意識しますね」
「そうです。古釘とかは踏みそうになる瞬間に車輪の通る位置を変えますからね」
そんな器用な事をしてるの? どんな動体視力だ。
「それだけに不思議です。ここに来て初めてのパンクですよ。タイヤも溝が無くなる前に交換しているのになぁ」
それは何回か見ていた。ゴムが硬化してひび割れる前に交換するんだって聞いていたから。ルヴィアが私の肩を突いて頷いた。やっぱり……。
アサシンを使ってパンクさせたな? この帰着の時間差を得るために。つまりは、森での事はエルヴァに秘密にしておきたい事。おそらく当主どころか頭首、一門の総裁でなければ知ってはならない事なのだ。
「尋ねたい事があるのですが」
「何でしょう?」
エルヴァからエルへの質問だ。
「学校の事なのですが、来春の1年生からIBコースができるそうです」
『IB』とは『インターナショナル・バカロレア』の略で、端的に言えば国際人を育てるために国語以外の授業を英語で行う事を指す場合が多いと思う。
さすがは3年生か。そんなコースが増えるなんて情報は初めて聞いた。
「それであなたも私も、姉のイリヤもIBコースではないですか。役立つことってありました?」
エルヴァも元はIBコースだったのか。というかあっちにはあるんだ?
「本音を話すと、正直メリットは無かったですね。イリヤも私もマルチリンガルなので、日本語の授業を受けた方がメリットが多かったかも知れません。それに学園から紹介される大学に私の希望は無かった訳ですし」
一体、どこを狙っているのだ?
後にエルはドイツの大学に進み、エルヴァは高卒で時計塔の講師になった。元は同一人物のはずの二人が、決定的に別人になったのだ。
部屋の中をフヨフヨと漂うルビーとエメラルド。
「このエメラルドっておとなしいわね?」
「静かだよね」
「最初の起動に呪文を挟むのも大切ですが、その後の調整も手を抜けません。見た目は子供向けですが、相当魔術慣れした人でないと」
「そうだろうね」
部屋の中には五人居ても、話すのはもっぱら私達とエルヴァで、クロとイリヤは聞き役に徹していた。ただ、エルヴァには興味津々らしく、二人は見過ごすまいとエルヴァをジッと眺めていた。
だけどエメラルド様々だ。こんな風にエルヴァと話せるなんて。そして森での事が刺激になったのか、真剣に魔術を学ぶとイリヤから言い出した。パパやママには悪いけど、正しく学べば大丈夫だと思う。
そしてママはセラやマアエモさんとお昼を作っている。パパは裏庭でアーチャーのお兄ちゃん達と話しているだろう。
「エルヴァ、本当に危ないよ?」
ルビーが壁に記録していた、あの城での映像を写している。
カードでセイバーになったりキャスターになったりアーチャーになるイリヤに驚くエルヴァ。
「あのもう一組の私達……完全に使いこなしている?」
「だけじゃないよ。あっちの私、皆んなに目を配って、自分がどこで何をするかちゃんと考えて動いている」
ここでやっとクロとイリヤが声を出した。
「あの二人は前々からエルお姉ちゃんやセイバー達から訓練を受けているの。私らも今は少しずつ習っているけど、キャリアが違うからね」
「どうして今回は来なかったの?」
「エルお姉ちゃんが止めたんだろうね」
この子達と直接関係ないしね。ただ、それが並行世界であっても友達は救けたいって気持ちはあっちが上だと思う。それはともかくあのイリヤやクロのように、今度は私達がクロとイリヤを励まして戦わなきゃ。
「クロエはジュースの飲み方が男性っぽいね」
え? 景気付けに一気飲みしただけだよ?
「そういう飲み方をするとママに叱られるの」
「そっか。エルヴァは育ちが良いもんね」
それでエルヴァがスイスの学校で寮に入って暮らしている事、本来の家は森の城の何倍もある大きな家である事などをクロとイリヤに話してあげた。
予想通り、二人は目を丸くして驚いていた。
そしてそのスイスのお祖父様の家での事を、ルビーがちゃっかり撮影していた。これは知らなかった。
『白い方のエルヴァ(エル)さんに頼まれていたんですよ~』
「本当に?」
『本当ですよ。だってそちらのエルヴァさんに会えるからと、皆さんは頭が一杯だったでしょう? せっかくの海外旅行ですから記録してあげて下さいと言われていたんです』
そう言われると確かに。パパもカメラを持って行かなかったしね。って事はエルヴァお姉ちゃんも知っていたって事だ。もっと後で見せるつもりだったのかな?
裏庭に回った僕は英霊の皆んなにあらためて挨拶した。二人のアーチャーには言わずもがなだけど、特にモードレッドには話しておきたかった。
「何だ、あらたまって?」
「いや。エルヴァが行く事に決定した」
「頑固だからな、あいつは。けど、良かった。仲間はずれは無ぇからな」
「ああ。だからお願いだ。何としてもあの子を守って欲しい」
「当たり前だ。それこそ今更だぞ。けどその気持ちは受け取るよ」
「ありがとう。そして皆んなも。全員無事で帰ってきてくれ」
皆んな力強く返事をくれた。頼もしいな。そして何故か、左右から同じタイミングでコーヒーの入ったマグカップが突き出された。
「む?」
「……ここでは貴様に一日の長がある。私のは取り下げよう」
苦笑する他無い。別人のはずだし、ここでの運命は全然違った。それなのに家の息子とまったく同じタイミングで、同じようにコーヒーを出してくれる。
「二杯目は君から頂こうか」
「気を遣わせた、済まない」
「だけど面白いもんだね。以前来てくれていた彼と君は違うんだろう?」
「ああ……。あいつはエルにとって兄だからな。向こうは『お兄ちゃん』で、こちらは『アーチャーさん』だ」
2番目に発生した座を持つ彼は、100人からの士郎が統合された存在だった。経験も豊富そうだし、実際物事を良く見ていて物知りだった。美遊ちゃんの兄が最初に師匠と仰いだのが彼だ。
そんな彼は並行世界のイリヤ(巫女のイリヤ)のサーヴァントで、アルさんの同僚でもあった。そして目の前にいる4番目の彼の大切な人、エル君のサーヴァントであるセイバーまでもが2番目の彼には一目置いていた。
凛君とルヴィア君に仕える5番目の彼は、見た目通りの若さがある。それを青さとは言えないだけのものを彼も持っているのだけど、こうして4番目という彼と比べると5~6歳は異なるように感じる。不思議なものだ。
「奥さんは?」
「アイリはメイド達と子供達の昼食を作っているよ。僕がここに来たのは先程のお願いもあったけれど、君達の料理が食べたくてね」
「わかった。腕によりを掛けよう」
そして貴様も手伝えと5番目に声を掛ける彼。そうやって仲間を求める姿が立派だと思った。一匹狼だった『僕』という存在を振り切っている。あの『呪い』を断ち切れている。
「面白いものですね。私どもと馴染みのアーチャー殿が20代半ばなら、彼は30代前半に思えます」
ランスロット卿だった。
「そうだね。では2番目の彼は?」
「彼は……40代と言っては失礼でしょうか。我々の時代なら子を一人前に育てた経験のある、つまり一族を率いる騎士のような顔をしていました」
「へぇ……。要は円卓に座れるくらい?」
「資格があると思います」
これは高評価だ。
「そいつは強いのか?」
ランサーだ。
「一対一なら十中八九あなたが勝つでしょう。ですが、あなたが二人・三人と増えれば彼の勝ちです」
「戦略家か。確かに俺は将らしい将だと自分でも思う。身分こそ高かったが、将を率いるタイプじゃなかったからな」
「それがわかっているから、あなたは怖いんですよ」
「お前ぇの方が怖いっての」
確かに伝説のクー・フーリンは一対多をものともしない猛者だった。だけど一軍を率いる戦略も持ち合わせていたはずだ。なのに我を張らず、相手に花を持たせる物言いができる。
英霊は伝承だけでは見えて来ない。英雄も付き合ってみれば味のある奴が多い。それを僕に教えてくれたのがモードレッドだった。
君がセイバーの側に居るあの子なら良かったのだけれど。記憶を失っているのか、座の異なる別人なのか、僕には皆目わからない。
だけど子供達を護ると言い切ったその瞳は、あの日のモードレッドと同じだったね。今の僕にはそれで十分だ。
今回のお話が終わった後に、本来はエルの過去篇でした。
ですから文章表現が逆転していて、自分でもアレッと思います。