昼食にアイリスフィールさんがお作りになったオムライスを食べた子供達は満面の笑顔だった。私達もご相伴に預かったが、ケチャップ・ライスに工夫があってとても美味しく頂けた。
ご本人は謙遜なさるが、かなり練習されたのだろう。あのクロエちゃんやイリヤちゃんの妹のために。当のエルヴァちゃんも、食後にきちんと『美味しかったです、お母様』と日本語で感謝を述べていた。
複雑な事情があると聞いていただけに、親子の仲が近づいたのは良かった。これも乳母のマアエモさんの教えが良いからだろう。だからあんなにしっかりした子になるのだ。
そして深夜12時半。ご両親に私やトロンメルさんが見送る中、エルさんやエルヴァさんを筆頭に一行は遠坂の家に向かった。
エルヴァさん、ルヴィアさん、凛さん、エルマさん、エルさん、凜さん、士郎さん、それにクロエちゃん、イリヤちゃん、エルヴァちゃん、美遊ちゃん、英霊の皆さん……皆んなで無事に戻って来て下さい。
「どこに行くの?」
「私の家の庭よ」
「凛さんの?」
「どうして?」
「師匠からの受け売りだけど、円蔵山の内部がそっくり入れ替わっている可能性が高いのよ。だから冬木で二番目に大きな霊地であるウチを使おうってわけ」
凛の説明でもイリヤはわかっていないだろうな。それと凛の家を使うのは、出現場所を同じ庭にしたいからだ。建物が同じとは限らないので、結構危ない渡り方らしい。
だけど、そこは3本のルビーと2本のサファイア、そしてエメラルドが補ってくれるそうだ。
結界を張った庭で、私達は輪になって手を繋いだ。その中心に宝石剣を握った凜が立ち、左右に凛とルヴィアが立った。
「霊脈との同調完了。凛さん、カウントダウンお願いします」
「了解しました。では……始めます。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……ジャスト1時です!」
凛もルヴィアも師匠の凜を本当に尊敬しているのだろう。言葉が途端に丁寧になる。
そして移動は一瞬だった。夜中だった庭が明るい。太陽は真上だ。
「皆さん、大丈夫ですか? 気分の悪い人は?」
凜の問いかけに、全員首を振った。以前酔っていた凛も大丈夫そうだ。そして出現場所をここにした、もう一つの理由は……。
「師匠、もぬけの殻です」
「どういう事ですの?」
「この子達の話と、エルの方のクロやイリヤの話が似ていたのよ。つまり全員が並行世界へスリップした可能性が高いわ。原因はイリヤが2本の杖を無理矢理使った事による霊脈と空間の乱れと、そこに追い打ちを掛けた異世界からの侵入があったからだと推測されるわね」
凛は凜とかなり打ち合わせをしたようだ。前回、敵の城へ行けなかった事が相当悔しかったみたい。
「あのロボットと騎士ですわね?」
「ルヴィア。あんた、元の顔を覚えてないの?」
「ヘラクレスさんが一瞬で倒しましたでしょう? ですので全然覚えていませんわ」
「まぁ、私もなんだけど」
なんて気の毒な敵だろう。まぁ、いいけど。私も興味ないし。でも、そのスリップでルビーとサファイアが踏ん張り、この二人はエインズワースの居ない世界に送られた。
と同時に、そこの凛やルヴィアは連れ去られた美遊と同じ世界に行っちゃった可能性が高いのだとわかる。その二人は大丈夫なのだろうか。
「洋館は洋館だが、私の知る家とは違うな」
「崖崩れで建て直した凛の家ならともかく、ここは崖が残っている。どういう事だ?」
「そういう世界もあるさ」
新しく来たアーチャーに、いつものアーチャー、そしてシロウさんだ。そこに美遊のお兄ちゃんまで並んでいるから、すっごくシュールだ。
「開きましたよ」
「師匠……エルヴァやエルじゃないんだからアッサリ解錠しないで……」
「毎回毎回、同じ呪文ですの?」
「いえ、それも世界に拠るとしか。それに定期的に変えている痕跡もありました」
「あら。リンはリンでも……と言ったところでしょうか?」
「口元抑えて、そういう目で見るな!」
それで凜と凛が中に入り、危ないところや壊して欲しくないところ、秘密にしておきたいところなどを先に入ってチェックする。要はしばらくここで寝泊まりするわけだ。
それを待っている間に、エルお姉ちゃんとエルマお姉ちゃんはそれぞれのアサシンを出して、情報収集に走らせた。日にちは出発した日と同じで、約12時間後らしい。
ルヴィアの家や二人の家もきちんとあったが、火が消えたようだとアサシンからの念話があったそうだ。セラやリズだけでなく、ママやパパも海外から戻っているらしい。
「すぐに会わせてあげようよ」
イリヤの訴えにエルお姉ちゃんは首を振った。
「先に私とエルヴァがご両親に会います」
「どうして?」
「敵に捕まって無理矢理成長させられたと」
何を言ってんの、このお姉ちゃんは!? ママが腰を抜かすよ!
「ダメですか? そのために穂群原小の夏服を用意したのに……」
そりゃ、6年生には160くらいありそうな背の高い人も居るけどさ! 高校生であれを着るの? ってか、どうお店の人に話したんだろう?
「それに今夜は焼き肉ですよ。家中臭くしてやる。アーチャーさん達も、掃除厳禁」
「なんつう事を言うのよ!?」
ここで凛が出て来た。残りは師匠の凜がチェックしているらしい。
「エルさん、それは残酷ですわ。借りるんですから、来た時よりも綺麗にしませんと」
「洗い物もほったらかして、トイレも詰まらせます」
「セイバー、姉さん……エルを取り押さえて下さい。魔力放出で筋力を上げてぶん殴ります……」
「どうどうどう。抑えてエルヴァ。どこかの誰かみたいに、自分殺しなんてしちゃダメよ」
このお姉ちゃんは、また……。どうしてこんな事を言うんだろう? エルヴァが驚いてるよ……。
やがて凜がドアからアーチャーやセイバー達に美遊のお兄ちゃんを手招いた。少し掃除があるらしい。
「よし。最終報告が来ました。ここの凛とルヴィアが行方不明なって約2週間です。二人の体感時間とそう変わらないようですね。良かったです」
「それを調べていたの?」
「そうですよ。スリップ事故が何時あったのか。それで手立ても変わります。まず間違いなく、クロちゃんとイリヤちゃんには捜索願いが出ています。それもあって海外からご両親が戻られたのだと。つまりセラがかなりパニックになっています。これはオーギュストさんもそうだと思われます」
「となると、私がここのオーギュストと会えば勘違いさせてしまいますわね」
「そうです。こんな事は考えたくはありませんが、万一の場合は……。正直、2週間が痛いです」
え?
「エルお姉様は安全を確保できたクロやイリヤでなく、最初からルヴィアさんや凛さんを心配していたんだと思いますよ」
そうエルヴァが教えてくれた。
「そうだよ。お父さんやママ達が安心できても、お向かいは……」
じゃ、どうするの?
「エルヴァ、起源弾を投影。娘は預かっていると、脅迫状とともに送りつけましょう」
「嫌ですよ! ここで会わせようというのはわかりますが」
「まぁ、そういう事ですよ。私とあなたが先にお邪魔して、お誘いするのが正解な訳です」
「なら、最初からストレートにそう言えよ!」
「じゃ、着替えましょう」
そして庭先で服を脱いで、本当に穂群原小の夏服を着始めた。脱いだ服を宝具に投げ込み、制服をさっと取り出すその早さはお見事に尽きる。
「な、なんか危険だよ~~」
胸があるからね。だけどピッチリじゃない。
「これって、特注?」
「いいえ。150Eってサイズです。155Eと迷いましたが、こっちの方がシルエットが綺麗です」
そんな事を言いつつ、白い制帽をちょこんとかぶる。スカートが短いからヤバイ。
「エルヴァも着ようよ」
「姉さん、マジですか?」
「だってあっち、思ったより似合うし可愛いよ?」
そう、高3だしエロい。イリヤの指摘通り、危険な香りも漂う。なのに妙に似合っているのだ、あのお姉ちゃんは。
結局イリヤお姉ちゃんに根負けして、エルヴァお姉ちゃんも着てしまった。着替えたんじゃなく投影だけど。
「投影できるほど強固なイメージがあるって事は、お前も脳味噌イカレポンチだな?」
「うるさい!」
そして『吉報を待て』と言い残してお姉ちゃん達は出掛けてしまった。あの格好のまま。
「エルヴァさんも勇気あるね?」
「お姉ちゃんは、元々コスプレ好きだしね」
「そうだった」
これは美遊とイリヤ。クロとイリヤはイリヤお姉ちゃんが中に連れて行った。
「凛、普段からちゃんと掃除をしろ!」
「レンジは温かいうちに拭き取れと何度も……」
「だ~~~っ! 洗濯機の中に数週間前のが放り込まれたままだ! これが優雅の舞台裏なのか!?」
「凛さん。あの三人は誰に話しているんだろうな?」
「言わないで……衛宮君……」
そんな事を話しながら換気扇を取り外して洗うシェロと電灯傘を拭くリン。
私とエルマはリビングの掃除で、セイバーさん達とモードレッドさんは廊下と階段の掃除、ランサーさんとランスロットさんはお風呂場とトイレの掃除ですわ。
このホコリが失踪してからの時間を物語っていますわね……。
そんな風に各所を手分けして、そこここにアーチャーさん達の誰かが入るカタチで掃除を行っていますの。と言いますのも、ある程度そこがどういう部屋かがわかるのがアーチャーさん達とシロウさんだからです。
それは私どもや子供達の部屋の確保のためですのよ。いえ、部屋数は十分以上にありますのよ? 私どものアーチャーさんの元マスターだった彼女の家……つまり、リンの元の家よりこちらは広く大きいらしいのです。
ですから、空き部屋はたくさんありますの。ですが、何十年もそこは手付かずな訳でして……。そこを掃除して使えるようにし、寝具を入れ替えてとなりますと、どこかのリンに仕えた経験のあるアーチャーさんやシロウさんでなければ無理でしたの。
「いや、倫敦時代は君の無茶振りにも応えたものさ。茶葉の蒸らし方を覚えるまで、一日百杯はお茶をいれたものだ。それを毎回試飲していた君も凄いのだが」
並行世界とはいえ、それは本当に私ですの?
とは言いましても、4番目というアーチャーさんのお茶は2番目のあの方と変わらない味でした。
「これよ、この味が出ないのよ」
「う~む……。確かにウマい。ここまで明確に差があるとは……」
「慣れとコツさ。そこを掴むまでは遠いが、一度掴んでしまえば」
「簡単に言うけど、この領域に来るまでが大変なんだ。お前もあのエル達の兄貴も、よくぞここまでって感じだぞ?」
「いや、シロウには遠いさ」
人は自身をどこまで磨けるものなのでしょうね? そしてお二人の世界の私は、一体何を求めていたのでしょう?
「着きましたね」
確かに目的地に着いたけれど、エーデルフェルトの門は固く閉ざされ、あの暖かな家も何だかくすんで見える。エルマより一歩早かった彼女のアサシンの報告は正しい。こんなに物悲しいなんて。
そして人が心を落ち着ける間も与えずインターホンを押すエル。
ピンポ~ン、ピンポ~ン。
『はい、アインツベルンです。どちら様でしょう?』
「セラ、私だよ! イリヤだよ! やっと帰って来れた……」
こいつ……どこから声を出しているんだ? 何でそんな小学生みたいな高い声をすんなりと……。
『お、お嬢様? 本当にイリヤさん?』
「そうだよ! 敵の魔術攻撃で見た目が変わっちゃったけど……。隣にクロも居るよ!」
『奥様! 奥様~~!』
本当にやりやがった!
「最低過ぎだ!」
だけどエルは真剣な顔で私にこう言った。
「この世界を特定できた要因は何だったと思いますか?」
「それはルビーとサファイアが反応して……」
そうだ。範囲を絞るのには時間が掛かったが、絞れたらステッキが反応してくれたのだ。
「この世界のおチビちゃんも美遊ちゃんも握っていないのに?」
あ……。
「今のセラの返事でわかったでしょう? ここのお母様が二本握って毎日祈ってくれたのだと」
そしてピンク色のフリフリな衣装を着た、並行世界のお母様が飛び出てきた。後ろにいる父は10歳以上年老いたかのようだ。
「ほらね? この姿をあの子達に見せられますか?」
「私が浅慮でした……」
お母様がここまでやっているなんて予想できるか! けど、イリヤちゃん達のお母様は、やっちゃう人なんだね……。そして私達を娘じゃないと一発で見破る人でもあった。
「あなた達は一体……? 同族なのはわかるし、近い存在なのもわかるわ。でも、イリヤちゃんやクロちゃんじゃないわね?」
「そこを詳しくお話したいので、中に入らさせて頂いても宜しいですか?」
「え、ええ……」
リビングに通された私達はソファーを薦められた。『何者だ』と訝しむ父の目が鋭い。だけどエルはどこ吹く風で、まったく動じていなかった。
「私の名はエル。エルフ・フォン・アインツベルンです。そして彼女は私の妹でエルヴァ・フォン・アインツベルンと申します。実は先日、こちらのイリヤちゃんとクロちゃんが私どもの世界に、そこのルビーとサファイアの機転で流されて参りました。そこであの子達が知りうる限りの情報をお聞きし、友人の第二魔法使いとともにこちらへ世界を渡って参りました。ここに直接連れて来なかったのは、お向かいのエーデルフェルトのお嬢様も並行世界へ飛ばされていると予測できたからです」
「はい。私達の世界もこちらと似た世界で、この冬木に居を構えたアインツベルン家の真向かいはエーデルフェルトです。きっと杖から聞き出し、お嬢様方がカードに纏わる問題で街を守ってた事は既にご存知だと思います」
「そのようにある程度事情を理解していましたので、こちらで保護したお嬢様方をお返ししたく馳せ参じた次第です。と同時に、エーデルフェルトを無意味に刺激しても良い事はありません。そこで再会と情報提供を個別に行うべきだと、このような行動を取らせて頂いた訳です」
「まぁ。そうだったのね」
「それで、娘達はどこだ?」
さっさと吐けとばかりに鋭い眼光が飛んで来る。
「この地のセカンド・オーナーの屋敷ですよ。彼女こそがルビーの元マスターであり、お嬢様をカード狩りに巻き込んだ張本人です」
「ええ、それはわかっているの。けれど?」
「ルヴィアゼリッタさんとともに並行世界へスリップしたようですね」
「そのスリップ先が敵の世界なのは明白。なのでゲートが開いた瞬間にルビーとサファイアが、せめてイリヤちゃんとクロちゃんはと私どもの世界に逃れさせたのだと思われます。ともかくルヴィアゼリッタさんは、私どもの大切な友人であります。ここが並行世界だとは重々承知ですが、それでも救けてあげたい。それが私達姉妹が世界を渡った理由です」
その後、私達はエーデルフェルトを刺激せぬよう裏口から家を出、遠坂邸を目指した。小学生ルックな私達も変なのだが、魔法少女姿で歩くお母様も大概だ。
そしてそれを何とも思っていない父とエルも。こちらは穴があったら入りたいくらい、羞恥に耐えているというのに。
『ここは並行世界』『旅の恥はかき捨て』『お二人を誘い出すための演技の一環』……これを呪文のように、脳内でリフレインさせている私だ。
やがて一行は洋館街の一番高台に建つ、赤い屋敷に吸い込まれたのだった。
「イリヤちゃん達が五人に増えた!? 嬉しい!」
『嬉しい』で、流すんだ? 流石はお母様。この心境に至るには、やはりお腹を痛めた我が子を抱くしか無いだろうな。こちらが高3なら、大学の2年生くらいにしか見えないお母様。母は偉大だ。
「残念ですが、内三人は私どもの方の妹です。私達と同じく、この子達も三つ子でして」
「あら、そうなの? にぎやかで楽しいと思ったのに」
父は勘弁してくれとばかりドヨ~ンとしていた。それはそうだ。同い年の子が倍以上に増えたら、生活費も養育費もたまったものじゃない。
だから私は、自分の授業料やエルマの授業料はできる限りお返ししている。受け取ろうとしないので、かなり揉めたのだけれど。『あなた達の将来のために貯金する』と、何とか母が受け取ってくれたのだ。
イリヤ姉さんも、先月末に入ったアルバイト代から、父や母にプレゼントを用意していた。
ただ、この話だと私達の年齢に疑問というか矛盾を抱かざるを得ない。なので私の漂流から始まった、一連の物語をすべて話してあげた。
すると父の顔がどんどんと柔らかくなった。
そして母は姉さんを抱きしめて泣き、父はアーチャーさんの存在に気付き、悲痛な声を上げた。
「イリヤちゃん……どうして……?」
「士郎……何故だ……」
「だから給仕するなと言ってあったのに」
「ウソを吐くな。気を利かせられなかったのは私の落ち度だが、君は一言もそんな申し送りをしていなかったぞ?」
当のイリヤちゃんとクロちゃんは両親に会えた喜びより先に、母親の姿に驚かされ、この流れるようなドラマ展開に乗れずに居た。
「イリヤ、乗るなら今よ! 転身しようか!?」
「何言ってんの?! クロお姉ちゃん……あっちのお姉ちゃんじゃなく、エルヴァお姉ちゃんを見習おう?」
良い子達だ。凛とルヴィアに凜は空気を読んで姿を現していない。セイバー達もそうだし、エルのセイバーの彼氏であるアーチャーさんもそうだ。
お茶を入れたのはシロウさんらしいが、運ぶのは合図を受け取ったエルか私だった。だけどエルマの事も話したので、紹介方々エルマに運んでくれと念話を送ったのだ。
そこを本当に何の考えもなく、アーチャーさんがひょいとお盆を抱えたらしい。シロウさんが止める間も与えず。
結局それが切っ掛けで、美遊ちゃんを救けに行きたいというイリヤちゃんとクロちゃんの願いや、それを手伝いたいという妹達の願いを話した。
勿論、ご両親の不安を払拭する意味もあり、英霊の皆さんを紹介した。
「セ、セイバー……」
「セイバーが三人……?」
一人はモードレッドである事、英霊は座に本体があるのでコピーたる分身は同時存在可能な事を話した。
「……そうか……」
「あなた?」
「そうだね。話すべきだろうね」
うん?
「正体と言うか真名は皆んなお互いに?」
「はい。仲間ですから」
「そうか。なら……僕が第四次で召喚したサーヴァントはアーサー王だった」
モードレッドじゃないんだ?
「アイリとイリヤのために、アインツベルンを裏切る気で日本に来た。僕はセイバーに命じ、アハトと戦闘用ホムンクルスを先に斃した。そしてアイリとイリヤには隣の県の旅館に滞在して貰った」
聖杯の運命を消し去るために……。
「聖杯戦争なんて儀式は、もうその頃の僕にはどうでもよかった。僕は自分の願いより、妻と娘を取った。そしてそれは人として正しい道だとセイバーは言ってくれた。そんな彼女だから、僕はできる範囲で彼女を手伝ったんだ」
「セイバーは聖杯を欲していた?」
「いや……願いはあったようだ。けれど、どうもそれで叶えられるような願いでは無かったと思う」
「それは? 例えばブリテンの滅びを無かった事にしたいとか?」
「王の選定をやり直して欲しいとか? そういうのでは無かったのですか?」
二人のセイバーが問い質した。この時、嫌そうな顔をしていたモードレッドが印象的だった。
「違う。どちらでも無かったな。これは僕の予想込みだけど、彼女はどうして国が滅んだのか……その理由を知りたかったようだ。一度そんな事を、赤ん坊だったイリヤに話していたのを見掛けた記憶がある」
それってアルトリア姉さんと同じだ!?
「エル?」
ソファーの横に座るエルが、彼女とは思えないほど驚いていた。間違いない、姉さんじゃないけど姉さんだ。姉さんの分霊に違いない。
エルの長い間秘めた願いは、姉さんの救済だった。姉さんは私達の姉として救われてはいるが、それは一分霊にしか過ぎない。
反転してしまったので座に戻れなかったのだ。だから先生も姉さんの座の位置を正確に掴めなかった。これはその手掛かりだ。ここの大聖杯をハッキングすれば姉さんの座の座標が探れる。つまり、姉さんを丸ごと救える。
だけど大聖杯はエインズワースの世界に飛ばされた可能性が高い。この戦いは子供達だけでなく私達の戦いともなった。これがエルの持つ強運だ。
そこからの話は、あまり重要じゃない。順当にセイバーが勝ち上がり、最終決戦まで残った。だけど冬木に聖杯は居ない。つまり何騎斃そうと聖杯は現れない。この父は全陣営を騙し通したのだ。
いや、少聖杯に不具合ありと聖堂教会は勘付き、第二次か三次のヒビが入った聖杯に切り替えたらしい。そして汚染に気付いた時には何もかもが遅く、遠坂も間桐もそれで当主が居なくなった。犯人は英雄王辺りだろう。
ただし、言峰綺礼にケイネス先生、雨生龍之介はここの父が早くから斃していた。爆殺、刺殺……。ここの凛を救けたのは父とセイバーだったのだ。
この少し前に子供達を別室へ案内したのはシロウさんだ。
「事前情報から最悪の敵は言峰綺礼だとわかっていた。そして奴の異様さも。だから最初から疑っていたし、排除する事に決めていた。なので空港から降り立ったら、その日のうちに教会を見張り、奴の行動パターンを探っていた。そしてある店の前のマンホールに爆薬をセットした。聖杯戦争開始前だ」
泰山の前だ。一般人に被害が出ていない事を祈ろう。
「アーチボルトは空港で刺殺した。たぶんサーヴァントの召喚前だ」
お手洗いにでも行こうとした時だろう。ここの先生はアウェーの怖さを理解していなかったらしい。
「そんなだから開始宣言は遅れに遅れた。それが功を奏して児童の誘拐事件が目立ったんだ。その報道にセイバーが憤ってね。ある一家の惨殺事件を発見して、そこでそいつを殺し、一人生き残った子供を救けた」
救けられたのは、この世界の士郎クンだろう。父の凄惨な話が終わりを告げても声が出なかった。妻と子を守ると決めた男の戦い……。そこに綺麗も汚いもありはしない。
そしてそれが騎士道に反しようとも、人として正しいと思えば賛同するのが姉さんだ。
「セイバーは聖杯が現れない事を知っていた?」
「……たぶん。僕の嘘は見破っていたと思う。それでも戦いに手を抜かなかった。彼女は恩人であり同志だ。今も感謝しているよ」
俯くお母様。それは何とも言えない気持ちになる告白だった。それは聞いていて楽しい話では無かったけれど、子供達が今逃げるわけには行かない岐路に立っているのだと理解もされていた。
何より大きかったのは、美遊ちゃんの兄の士郎クンの存在だ。彼を救う戦いでもある事が決定打となった。
「僕もアイリも行けないんだね?」
「人数制限がありますので」
この人数でも今の凜なら平気なのに。サラッと嘘を吐けるところがエルだ。
キッチンではシロウさんが子供達とハンバーグをコネていた。冷蔵庫にはイサキの刺し身と、塩焼き用に下拵えが済んだアユが冷やされている。
アーチャーさん達は付け合せの野菜や小鉢のおひたしを作っていた。
「渡るのは何時?」
「明後日を予定しています」
このところ凜はお疲れだった。先日も半日寝ていたくらいだから、かなり疲れている。先生からの頼まれ仕事が増えているのだとエルが教えてくれた。
明後日の出発予定時刻をお知らせして、夕食後に両親は子供達とともに一旦帰った。今日は長い間話し込んだので、子供には辛かったろう。
ここのお風呂はそんなに広くなかったので、二人ずつ入った。イリヤちゃんとエルヴァ、その後にクロエちゃんと私だ。エルはエルマと入り、凛と凜、そしてルヴィアとモードレッドにイリヤ姉さん、二人のセイバーと続いた。
男性陣は申し訳ないが後回しだ。それでも女の子にしては皆んな早く上がっていたと思う。
「お姉ちゃん、一緒に眠ろう?」
クロエちゃんだ。どうしたんだろう?
「先約があるけど良い?」
そう答えたのはイリヤ姉さんだ。今日はお風呂をクロエちゃんに譲っていた。
「クロエちゃん、何かあった?」
「……うん。イリヤやエルヴァの前で弱気を見せられないでしょう。それで……」
ああ……お姉ちゃんだからと。この子も賢い。だけどまだ11歳だ。何より一度掴んだ幸せを手放したくはない……そんな諸々が不安となって来たのだろう。
クロエちゃんに見えない角度で、私に向かって片目を瞑る姉さん。ありゃ、お風呂の前から気付いていたのか。私は目で詫びた。
優しく背中を撫でていたら、クロエちゃんが寝息を立て始めた。
「この子を、しっかり見ていてあげてね」
「はい」
「エルヴァちゃんが思ったよりイケイケな子だから、同じイケイケのクロエちゃんがその分、一歩引いて周りを見ているのよ。自然教室で成長した事も大きいわ」
「そうですね」
「うん。だけどそういう感情は、ギリギリの戦いだと二の足を踏ませたりするの。だからこの子を……ね?」
「わかりました」
「あ、あの……エル様? どうして私はお風呂も部屋もあなたと同じなのでしょう……?」
「トロンメルの事で聞きたい事があるのでは?」
何故か壁に追いやられ、アゴをクイッと掴まれている私。
「あ、あの子の精神モデルがトントゥさんなのは本当ですか?」
「本当です」
「それで治療方法を探るためにトロンメルを抱いたのですか?」
「は?」
「いえ、だから。あの子に告白されて遊ばれたんですよね?」
「誰が誰を? 何か勘違いがありませんか? トントゥのためになれば良いなとトロンメルを造ったのは事実です。その弊害なのか、彼女に過度な鋳造者への依存があるのも事実です。ですけど私があの子を抱いた? ナイ、ナイ。それは絶対に無いですよ」
え? どういう事だ?
「手紙に告白なんて何度もありました。隙きあらばボディタッチにキスなどの過剰なスキンシップ……こういうのが人目を憚らずあったのです。そしてこのままではトントゥに悪影響が出ると予想されますよね? それで凜に預かって貰っていたのですよ。それがエルヴァが引き取ってくれるとか。どれだけそれが嬉しかったか」
何だそれ?
「久々に見たトロンメルはとても情緒面が安定していました。それはあなたを見てもそうですよね? エルヴァは馴致がウマいですね」
馴致って言わないで……。でも、そういう事か……。結局接し方だ。お姉様はそれがお上手なんだ。ただ、抱いただの抱かれただののお話はお姉様から出た。それがお姉様の早とちりだ。乗った私も悪いのだけど……。
「あのトロンメルの思わせぶりな態度は、妄想に浸っている姿だったんだ……?」
「いえ、あの子の脳内では既成事実にすり替わっているのでは?」
かも知れないなぁ……。気の毒だと思って、こちらからあまり聞いていないのも良くなかった……。
「それと私は自らが鋳造した相手に性欲をぶつけるほど落ちぶれていませんよ? それにそういう相手は間に合っています」
そうだ。この人はバイで、異性は幼馴染みの間桐慎二を好み、同性は恋人、愛人、割り切った相手と、複数の人と付きあっていたのだった……。
「と言う事で、鋳造者を疑った責任を取ってもらいます。今夜は寝かしませんよ?」
え?
そして……おかしな欲望で抱かれたわけでは無いが、私は10回以上イカされてしまった。あの、あそこから滲み出る分泌液を採取されたのだ。
エル様のお話だと、エル様のそれは私達のようなホムンクルスにはクスリになり、その効果は一部の人間にも出るという。
そして私のそれは、分析の結果高い回春効果があると判明した。セレブな小父様方が高額で買ってくれるだろうと言われても、ちっとも嬉しくない。と言うか、知りたくなかった……。
結局眠りについたのは窓の外が明るくなる頃だった。
「ひゃ~~!」
起こしに来てくれたエルヴァお姉様の叫び。
私とエルお姉様は素っ裸で抱き合って眠っていた。終わった……何もかもが……。
遅い朝食を終えて片付けが終わっても、洗濯物を干し終わっても、エルヴァお姉様から話し掛けられる事は無かった。と言うか、目を合わせてもくれない。
私は自らの不明と陥った現状を嘆いた。
エルマが薬品採取のモルモットにされたのはわかっていた。だけど脇が甘過ぎる。『世の中のため』『人様のため』『お金になる』『それでお世話になっている人へプレゼントでも』……。
あの天然のタラシは口八丁の手八丁で落としに来る、根っからの商売人だ。詐欺ではないし、嘘でもないけれど、世のため人のための前にお金が真っ先に来るのがエルだ。
あいつは言い切る。『貧乏人に他者を救う力は無い』と。そして私も、そうだろうなぁと納得してしまう。それはその言葉がある意味究極の正論だからだ。
エルマのアレが回春剤に使えるなら、おそらくあの子の尿もそうだろう。ラブドールだった名残りとも言えるが、魔術師の分泌液や尿に魔力がこもっているのも似たような理由があるからだ。
人というか生物は口から取り入れたものを消化器官で消化吸収し体内を廻るエネルギーとする。そして余分なモノが排泄される訳だが、日々体内で生成される魔力も魔術を使ったりしなければ排泄されてしまう。
これが勿体無いから、昔から宝石に限らず貯めておくタンクとなる礼装は進化発展していた。アインツベルンのホムンクルスには、このタンク型の鋳造法もある。
タンクに人を被せる、器に人を被せる。要はそういう事だ。だから各家の当主は妻以外の愛人に自らが鋳造したホムンクルスが居たりする。
だから当然エルもと思っていたら、彼女は作品に手を出さないタイプだった。ちょっと驚きだ。と同時に私はかなりの記憶が削られている事を実感した。
今、目の前には喚び出したエルが居る。
「こんなところに連れ込んで、一体何ですか?」
問い質したいのはエルマの事よりこちらだ。
「私の記憶って、一体全体?」
「それですか。背負う必要が失くなったのですから、知る必要も無いでしょう? 頭首として、第11代アインツベルンとして次代に繋がなければならない事、忘れてはならないご先祖様達の願いや祈り……あなたに必要ですか?」
「普通で居ろと?」
「それが今のあなたのご両親の願いであり、可愛い妹達の願いでしょう? それにあなたでなくエルヴァが居ます。あの子の良き姉として支えてあげて下さい」
ダメだ……記憶を操作された言質は取れたが、こう聞くと何も言えない。あの晩餐会でのキスはその切っ掛けだったのか。そして倫敦でパスを結ばれ、徐々に徐々に違和感が出ないよう削られたのだろう。
悔しいので抱きしめてキスしてやった。すると顔を赤らめ……。
「あなたは29番に31番、59番に83番、89番に97番を覚えていますか?」
「はい。彼女達は?」
「29番と59番に83番はドイツで暮らしています。47番だったあなたが剥離して流された時、絶対に探し出せと私に訴えて来たのが彼女達ですよ。試合に支障が出ないようにしますから、一度里帰りしますか?」
「良いのですか?」
「父や母の記憶には薄いですが、あなたの事は姉さんと王様が気に掛けていらした。そしてミトとパミも」
「29番と83番……」
エルはエルヴァをお手本として日本での生活に馴染みました。
その感謝の思いはあっても話せない事があります。今回はそのサワリを少々描きました。