今回はその矛盾の一端を書いてみました。
武家屋敷街の衛宮邸で全員が揃った時は、まだ正午を回ったばかりだった。ともかく先輩方は浴槽を洗い、お風呂を沸かした。その間にアーチャーさん達と元気な方の衛宮さんとで掃除に掛かった。
私と先輩はラーメンが効いているのでお昼はパスだけど、他の皆さんはお腹が空いた事だろう。シロウさんはせっせとお米を水に浸け、ダイコンを下ろしていた。
まな板の上にはエボダイの干物が積み上がっていた。関西以南では鮮魚が多く、関東以北では干物が知られるスズキ目イボダイ科の魚で、タイと付いてもタイではない。
イサキなんかと同じで少しクセのある白身魚だ。だから私はあまり好きではない。だけどそれは刺し身の場合で、フライや唐揚げにすると結構イケる。
そしてシロウさん特製の干物の焼き魚だ。一旦つけ汁に浸けて干すと旨味が濃くなり、あの独特のクセが味へ彩りを添えてくれるのだ。関東の人が干物にする理由が良く分かる。
そこに刻んだショウガを添え、ダイコンおろしはナスのオランダ煮用だ。このオランダ煮も幾つか方法があるが、シロウさんは扇に開いたナスを素揚げしてからフライパンで煮ていた。これも美味しくてご飯が進む一品だ。
キュウリとワカメの酢の物もある。私はここにタコブツが入ったタコ酢が好きで、先輩はウナギの入ったウザクが好物だった。
お味噌汁は金糸瓜(ソウメンカボチャ)と甘海老。どれもこれも夏の食材だ。
「金糸瓜だったか?」
「そうだ」
「ここに甘海老を?」
「あれ? 作った事ないのか?」
「無いな。金糸瓜なんて滅多に出ないだろう?」
「まぁな。けど、こういうのも楽しんで欲しいだろう?」
「言わんとする事は、わからなくもないが」
新顔のアーチャーさんとシロウさんの会話だが、ここでシロウさんは配膳を手伝っている衛宮さんを呼んだ。
「はい? 何ですか?」
「良い機会だから教えてやるよ。実はオレの親父は、実の娘を救けるために金を使いすぎてな。社会人になるまで、すげぇ貧乏人だったんだよ、オレ。そんなだから給食費の滞納に学費の滞納、市民税に県民税、固定資産税の滞納なんてザラだった。食費も事欠く有様でさ。だから料理の前に釣りを覚えて、中庭を菜園にしたんだ。オレがダイコンやニンジンの皮のきんぴらが好きなのも、そういう生活が長かったからだ。お米も農家の人と直談判して安く譲って貰ってな。ところが親父は日に日に弱っていく訳だ。少しでも笑って欲しい。健康を取り戻して欲しい……と、あの手この手を考えて工夫したよ。イサキの若狭地焼きも6年生の夏に作ったんだ。刺し身やイカソーメンなんかも5年生頃には作っていた。ちゃんとした包丁が欲しいなと、後見人だった人に頭を下げてさ。使わずに仕舞い込んであった錆々の柳刃を自分で研いだもんさ。あの土蔵も探せば江戸時代の菜切りや明治時代の出刃が眠っている。そんなのも掘り出して全部自分で研いだ。わかるか? オレは正義の味方なんて目指していなかった。魔術もどうでも良かった。ただ好きな親父に美味しいものを食べて欲しかったんだ。結局親父は死んじまったけど、それがオレの原点なんだ」
「それを知っておれば、私も早く諦めていたろうに……」
そう。シロウさんがまだ衛宮士郎だった頃、その生命を狙ったのが、この4番目のアーチャーさんだったのだ。そしてこの赤き英霊を召喚したのが、当時シロウさんと同じ学園の2年生だった先生である。
そしてシロウさんはアーチャーさんに勝ってしまった。全然話は噛み合わなかったそうだけど。
『誰を救うのかも定まらん、そんな精神では破綻は避けられん。だから死んでおけ』
『(ウマいものを食べて貰って)人々を笑顔にする事が破綻しているだって!? 破綻してるのはお前だ!!』
『クッ……頑固な小僧だ。私はある意味、貴様の求める理想だ。その理想を懐いて溺死しろ』
『好き勝手言いやがって! オレはなるんだ! 絶対に! 人々に笑顔を与える料理人に!』
『何ッ!?』
ここで斬られたそうである。干将莫耶でなく鮪包丁だったそうだ。
「あの頃は、何でお前がオレを狙うのか不思議でならなかったよ」
それはそうだろうな。『お前もいつかは、私と同じ轍を踏み後悔する』とか言われても、料理人を目指していたシロウさんにはちんぷんかんぷんだったろう。
人々に笑顔を与えたい、笑顔を取り戻して欲しい────焼け出され命を救われた少年は、養父の安堵した顔をそんな風に解釈した。
「私の拙い記憶では私が襲った時より、セイバーを奪われた時の方がエラく怒っていたように思うが?」
「当たり前だ。丹精込めた家庭菜園を竜牙兵に荒らされたんだぞ? ダイコンやハクサイも良い感じに育っていたのに……。それにお前と違ってオレはあの頃、セイバーが苦手だったからな」
「そうなのか? それは初耳だぞ?」
「だってそうだろう? 平穏無事に生きてきたのに、なりたくもないマスターにされるわ、食費は嵩むわ。まぁ、命と冬木を守ってくれるんだから文句は言えないんだけど。それでもリンがマスターになった時はホッとしたよ」
「それが真相か? あんなに安心した顔だから、余程セイバーが好きなのかと思ったぞ。むしろ、こいつは森に来るのかと不安だったくらいだ。しかも凜は凜で悪態と罵詈雑言のマシンガンだったしな……」
「何を言われたんだ?」
「余り言いたくは無いが、『守護者の契約くらい事前に調べろ』『約款(やっかん)も読まず、判子を捺すバカよアンタは』……と、まぁ散々だった」
「アイツなら言いそうだ。ほら、慎二を救ける係とギルガメッシュを倒す係で分かれたろ? あいつ、慎二を亡き者にして間桐を配下に置くとか言ってたんだ。まぁ、桜のためだったんだろうけど」
これがシロウさんと先生だ。
そしてセイバーさんの擁護じゃないけど、あんなに大きな一軒家に住むシロウさんが貧乏だったとは夢にも思わなかったと思う。
何よりセイバーさんの時代とシロウさんの時代が、余りにも掛け離れていた。そんなところから二人はギャップを抱えたままだった。
アーチャーさん達の記憶にあるような、ギクシャクした関係からお互いが理解し合えたのでなく、どこまでも擦れ違っていたのだ。
本当の意味で仲間だと、何かを頼める相手だと、信頼関係を築けたのは倫敦時代だったという。特に散財しがちだった(宝石魔術師の宿命だ)先生の財布の紐を握り、家計簿を付けてくれた後年のセイバーさんには感謝しかないと仰られている。
そして先生もシロウさんも、もし私が英霊を召喚するならあのセイバーさんしかないと断言されている。でも、私は先輩のセイバーさんがいい。あの人こそが理想の英霊だ。
問題はもれなくアーチャーさんが付いて来そうな点と、そのアーチャーさんのマスターである、妹弟子の凜さんと確実に揉めるであろう点だけど。
カシャン、ジャコ。
子供達が看病で寝ている衛宮さん部屋に行っている事を良いことに、また先輩が物騒なものを広げて点検していた。
「ちょっ? エルさん、そいつはヤバイだろ!?」
驚きの声はこちらの衛宮さんだ。
「倫敦の時の彼女、もっと凄かったのよ? それに衛宮君の世界でジュリアンとか言う奴を平気で撃っていたし」
「あいつを?」
「正確にはそいつに取り憑いたダリウスっていうのを撃ったんだけど。その準備だと思う」
「……そうか」
概念刻印だけを撃ったと理解したのだろう。それ以上は何も言わなかった。
「エルさん、それは狙撃銃ですの?」
「そうです。父はワルサーのWA2000でしたが、私はH&Kを使っています。これはSR9という民生用のライフルですよ。あなたは確かサコーのTRGを」
「ええ。ですが父のお供でトナカイ狩りをする時ですわ。この方が中るからと、呆れたことに狩猟用でなくスナイパー・ライフルを持たされましたのよ」
そのTRGは先輩もお持ちだし、私の方のルヴィアも使っている。スポーツ・シューティングは各国どこでもスモール・ボアと言われる22口径が盛んだけれど、ビッグ・ボアという30口径のライフルで競う競技もある。
先輩もルヴィアもそのビッグ・ボアを嗜んでいた。おまけに二人とも祖父や父親の伝手で、特別に狙撃手の軍事教練を受けているのだ。先輩はスイス軍でルヴィアはフィンランド軍だ。
中でも先輩は巧い。父親の血なのか、母親から受け継いだ人工生命の能力なのか、あり得ない腕を誇っていた。そこに風の魔術を併用すれば百発百中だ。
なので、H&KのPSG1やMSG90にナイツアーマメントのSR-25などのセミ・オートマ・ライフルもたくさんお持ちだ。中でも同じ7.62mmでなら、このSR9をもっぱらよく使われていた。
この上となると50口径の対物ライフルだが、会社の備品なので余り持ち出せないのだとか。政府とEUに登録してある正規の警備会社。その肩書は大きい。
だって先程のH&Kやあのコルトが、CQB(屋内近接格闘)専用のカービンを直々に納入してくれるそうだから。おまけにその銃身の短さでも、最大限の効力を発揮できる弾を作っているのはお祖父様の会社だったりする。
そして今回先輩は、そのアサルトライフルを持参していた。G36KとG36Cに、M4にCQBレシーバーが着いた14.5インチ銃身のモデルだ。
どれもこれもNATO弾で揃えるところは先輩っぽいのだけど、フルメタル・ジャケットは本当のところ魔弾には向かないものだ。
なのでジャケッテッド・ホローポイント用のボルトアクションライフルか、ショットガンを用意してあるはずだ。だけどそれは出さず、先輩はP2000とP99のお手入れを始められた。
それを見習って私もP22を出して頂き手入れを始めた。するとルヴィアがバッグからP99を出し、お手入れの方法を教えて欲しいと言ってきた。買ったんですね、ルヴィア。
「ミストレスの仰られる通りでした。握った安心感が魔術回路の安定に繋がりますのね。つくづく魔術はメンタルが重要だと気付かされました」
こうなると凛さんも黙っていない。
「私にも何か貸して」
先輩はスッとP99を凛さんに預けた。ルヴィアとお揃いだし、私もレクチャーしやすい。代わって先輩はSIGのP228を出された。
これも数ある先輩の愛銃の一つで、お持ちの警備会社の制式ハンドガンもSIGのP226とこのP228だ。そしてお祖父様の会社に務める衛宮の小父様も、支給品はP226とP228だった。
「遠坂さんまで?」
「あのさ、衛宮君。海外に行けば、日本の常識を持ち出しても通用しないの。それと同じで魔術師同士の戦いに日本の法律を持ち出しても意味がないの。剣を持ち出した段階で銃刀法違反なんだから。それってダブスタよ?」
「あ。確かに……」
「それよりも、ルヴィアが言ったように持った安心感と精神安定の方がメリットとして大きいわ。撃つ撃たない関係なくね。それと、そもそも私だって人なんて撃ちたくないの。けどさ、それを持っている事で相手が二の足を踏んでくれたら、そのチャンスは結構大きいと思わない?」
「そうか、そこで二人の宝石魔術か」
「そうそう」
うんうん。凛さん、正解です。成長していますね。
「だ~~~~~っ!!! オ、オレが悪かった!」
セイバーさんっぽい声だけど、あの口調はモードレッドさんだ。廊下を走るモードレッドさんを雷が追い掛けていた。
「な、何あれ? 雷?」
「あれは先輩も使いますが、エルヴァちゃんですね。何かあったのかな?」
そして突き当りでくるりと反転したモードレッドさんはスライディングで雷を避け、廊下を蹴って私達の部屋に飛び込んで来た。
「悪ぃ、匿ってくれ」
「何があったの?」
「何だか知らねぇが、城が崩れたもんでエルヴァがめっちゃ怒ってんだ。確かにオレが塔に穴を空けたけどよ、城が崩れたのは父上の宝具だろう?」
「ううん。城壁に大穴を空けたのは、確かに地下へ行った方のセイバーだけど、城を壊したのはエルヴァよ? ね、ルヴィア?」
「ええ、間違いありませんわ。空の上から見ておりましたが、エルマの後ろのセイバーさんも屋根に穴を空けていただけでしたわね。何かありましたの?」
「わかんねぇ」
「ああッ!!」
大声を上げたのは先輩だ。
「何かわかったの?」
「あああ…………」
「どうした、わかったんなら教えてくれ。何があった?」
そして先輩は恐ろしいことを話しはじめた。
「もしかしたら……城には美遊ちゃんとお兄さんだけでなく、こちらの凛とルヴィアも居た?」
「それをエルヴァが感じ取っていたって事か?」
「いえ。感じ取ったかどうかまでは……。ただそこに気付いただけの可能性も無きにしもあらずのあったりなかったり……?」
「マ、マズいじゃない!? アーチャーじゃないんだから、自分殺しなんてしたくないのよ!」
「ま、ま、まぁ、魔術で難を逃れた……あるいは最初から捕まっていなかったと考えましょう。ええ、それしかありませんわ」
「ね? もう現実逃避するしかないわ……」
そこへシロウさんが居間の方から声を上げた。
「士郎! 客が来たぞ! 今、手を離せないんで代わりに出てくれ!」
「え~~なんでさ? ここは俺の家じゃないってのに……」
そうボヤきつつも、玄関にそそくさと行く彼も衛宮士郎ですね。この波動は……。
「サーヴァントの気配だ!」
奥からランサーさんが駆け廊下を横切るのと、モードレッドさんが立ち上がるのは同時だった。私達も急いで玄関に向かった。
殺気立った面々の向こうには、赤毛の女性と金髪の美少年が愛想笑いをしていた。
「あんたはチビガメッシュ!」
「あなたはバゼット・フラガ・マクレミッツ!」
「セイバー! 令呪で命じる! エクスカリバー10発、速攻でぶち込め!!」
皆んなが驚く中で先輩は笑いながら腕を上げた。セイバーさん用の令呪なんて、とっくに背中に移動しているのに。
「待って、待って! 僕達はあの城から逃げてきたんです!」
「嘘です! 金王はひかぬ、媚びぬ、省みぬと……」
「それは大人版の僕ですね……。何でこうも誤解を生むような真似ばかり……風評被害もいいところだ」
「まぁ、良いです。上がって下さい。そして蔵に仕舞った人達を出して下さい」
「お姉さんは話が早い……と言うか、僕はさっきからかわれたの?」
少年がジト目で先輩を見た。わかっていたなら最初からそうしろよと。
そんな風にからかいつつも、先輩はかなり感謝しているようだ。だって、宝具から傷一つ無い凛さんとルヴィアさんが現れたのだから。
お二人は眠らされているのか、スースーと寝息を立てて……。
「こいつ、なんつう格好をしてんのよ? これって敵のメイドだったって事?」
「あ、ありえませんわ! 私が敵の使用人に成り下がっているだなんて」
「この服、可愛いなぁ。デサインが中々ですね」
先輩一人だけがまったく違う感想だった。
「それでこの二人の抜き出された魂は?」
「こちらの人形です。これを対価にして協力して頂きたい」
バゼットさんがギルガメッシュから二体のぬいぐるみ受け取り、私達の前に差し出した。
「どういう風に?」
「あなた方はサーヴァントを大量に抱えている。その戦力でエインズワースの陰謀を暴きたいのです」
「何故、私達に?」
「一つはその戦力ですが、もう一つはミス・トオサカが二人もそちらに居ます。この眠っている彼女を含めれば三人です。エーデルフェルト嬢の存在もそうですが、あなたは並行世界を渡る魔法使いですね? 宝石翁以外に存在していたとは露程も知りませんでしたが」
「それで暴いてどうされます?」
「え? ですから実情を調べ、ここの協会にすぐさま報告を。私もこの世界に流された者ですが、このような神秘の使い方は容認できません」
「そうですか。けれどもここはあなたの世界ではありません。それでもですか?」
「ええ」
「剪定事象の世界であっても?」
「剪定……?」
「そうです。最終判断は裁定者に委ねますが、彼をここまで案内した事であなたの役目は終わりです。これ以上は手を出さない方があなたのためですよ?」
この時、ギルガメッシュは先輩を意味ありげな顔でジッと見ていた。
「どういう事ですか?」
「『世界』がこの世界を切り捨てる段階に来ているという意味です。実は似たような世界へ数ヶ月前に訪れたのですが、そこではガイア側の準守護者と、アラヤ側の準守護者が揃っていました。それで比較的楽に事が運んだのですが、今回のこの世界ではその準守護者がどちらからも現れていません。その事から、これはもうそんな段階を過ぎていて、滅ぼすしかない世界なのだと察せられます」
「そんな……」
「数多くある並行世界の中には、こうやって消される運命にある世界が十や百ではきかない程あります。私達稀人はこの苦い思いを教訓として、自分自身の世界を少しでもより良い、こんな滅びを迎えない世界にしていくしかないのです」
「……ああ……」
バゼットさんが嘆いた。無理もない。
「バゼットさん。これが幾つも並んでいて、未来に繋がる世界群なら『編纂事象』と認識され、やがては『異聞帯(ロストベルト)』として独立したかも知れません。ですがこの世界は未来に繋がらない、完全な『剪定事象』の世界です。そして弁護人も検察官も居ませんし裁判官も居ません。論告求刑もなく速やかに執行されるのみなのです。それが『世界を敵に回す』という事なのです。その世界の中でしか生きられない者が未来の芽を摘み取った。そして自分達の罪を理解してくれるかどうかは別として、同じ業界の魔術協会を滅ぼした。ここでもう詰んでいるのですよ、エインズワースは。おそらく当代のジュリアン・エインズワースはパンドラを消して自分も死ねば、少なからず『剪定対象』から外されるのではないかと淡い夢を懐いています。それは世界をここまでにした歴代当主が背負った概念刻印であるダリウスのせいです。ですが今更その刻印を滅ぼしても、ここまで狂った環境を元には戻せません。何故なら……」
「何故なら?」
「唯一の対価となりうる美遊ちゃんを私が他の世界に逃すからです」
そして先輩はバゼットさんをP2000で撃った。額と鼻に中った弾は後頭部に大きな穴を空け、血と脳漿を壁に飛び散らかせた。
そしてすべての英霊が動じなかった。今にして思えばランサーさんが大人しくしている時点で可怪しい。
「な!? エル!?」
「お待ちなさい、リン。これは……?」
そのバゼットさんの遺体は見る見る間に白い人形と化した。
「いやぁ、助かったよ。面倒な監視付きでさ」
「こちらに潜入して探れと?」
「ああ。ただしその二人は本物だし魂も本物だ。盗んだ事がバレていた」
「あなたはこちらに直接渡さず、先に彼女に預けたでしょう? あそこで、バレていた事を気付いたのでしょう?」
「そうさ。後でこっそり渡すはずが、『人形を対価に』と言い出したからね。まぁ、お姉さんは最初から疑っていたようだけど」
「ええ。英雄王ギルガメッシュとは縁がありますので。そちらの考えはある程度読めます。それにバゼットは、有能ではあっても使い勝手の限られた人物です。このような場面で、あなたを満足させる相手ではありません」
「クサイ演技だったよね。で、僕がここに来た理由だけど」
「カードですね。抜き出しますのでお待ち下さい」
そう言って先輩は宝具から金髪の女性を取り出し、胸に手を埋めた。そして女性は事切れた。だけど抜き出されたその手は、一枚のカードを掴んでいた。
それを受け取った少年はこう言った。
「直ぐにでも出発して欲しいところだけど。エインズワースと対決するかい?」
「その時間が頂けるなら、そうします」
「良いよ。それまで待とう。それとこれだけ人数が居るんだ。山狩りして欲しい」
「本物のバゼットがそこに?」
「きっと草の根でも食べて生き残っていると思うよ」
それを聞くやいなやランサーさんがすっ飛んで出て行った。マスターであるエルマを抱えて。
「あの足には誰も追いつかないでしょう。バゼットは彼らに任せて、私達はジュリアンとダリウスの攻略を考えましょう」
「お姉さん。その前に壁を拭いて、その人形を片付けなよ」
「あらら」
物理攻撃に耐性が高そうな人形の脳天を貫く9mm。あれも魔弾と言えば魔弾だけどそこまで魔力は込められていない。ここぞという時の先輩は、魔弾を撃ち分けられるリボルバーを好んで使っていた。
使わなかったけれど、倫敦に持っていったスミス&ウェッソンのモデル13などが先輩の切り札だ。そして魔弾の研究用には、必ずルガーのSP101を使われている。それは小型なのに口径が多岐に渡り、なおかつ安いからだ。
銃社会のアメリカ南部でも、現在はグロックに代表されるポリマーフレームのピストルが主流となって、リボルバーの生産は年々減少している。
それ故に名高い有名リボルバーは軒並み価格が高騰し、千ドル越えも少なくない。それは一昔前のカスタム・ガンの価格に近い。
そんな中でトリガーの感触を著しく悪くした、2001年以降のスミス&ウェッソンに搭載されたインターナル・キーロック・システムを先輩は毛嫌いしている。
だからそれ以前のキーロック・システムが入っていないリボルバーは、昔から使っているモデル13以外全部コレクションに回されてしまった。そういう理由もあってのSP101だった。
そして南部に親族がいらっしゃるので、昔ながらのシングル・アクション・リボルバーも好まれている。コルトのS.A.Aもコレクションされているが、ブリンキングにはもっぱらルガーのヴァケイロ(バケーロ)を使われている。
ラウンドバットのステンレスで、銃身は4.62インチ。口径は.357マグナムだ。さすがに空き缶は.38スペシャルで撃っている。
私も何度か撃たせて頂いているが、先輩のようなガン・アクションはできない。
先輩が部屋の片付けを終えた頃、衛宮さんが意識を取り戻した。英霊の皆さんを残して私達は衛宮さんの部屋を訪れた。
「クサッ、草が生えますね。wwwwwwwww」
こちらの衛宮さんが顔を赤くした。
「お兄ちゃん……」
「……美遊。あ、あれ。まだ調子が悪いのか。美遊が二人に見える……ってか、俺が居るッ!」
「それがお前の死だ。ドッペルゲンガーに殺されろ」
「私の時と同じ事を言うなッ!」
おお、凛さんが先輩にツッコんだ。
「落ち着いて聞いてくれ。俺達はお前と妹を救けるために並行世界から来た。似た顔ばかりでややこしいけれど、こっちの二人がお前の妹の友人で、俺達の世界に飛ばされて来たんだ。そこから話を聞いてこの子達と妹さんが出会った世界を特定してこの世界に来た。そして俺も並行世界のお前だ。同じようにエインズワースに幽閉されていた。それを救けてくれたのが彼女達なんだ。今は彼女達の世界で暮らしている。わかっているだろう? ここもやがて滅ぶぞ?」
「え? 滅ぶ?」
「地軸が狂っているのに、何時までも同じ食材がスーパーや商店に並ぶと思っているのか? 物価もどんどん上がっているし、閉めてしまった店も多い。もう、この世界は終わりなんだ」
「そんな……」
そこから先輩が、現在わかっている状況を噛み砕いて話した。
「……と、まぁこんな訳です。体力があるならお風呂が沸いています。ゆっくり浸かって考えを纏めなさいな」
そして衛宮さんはお風呂に向かった。振り向いた美遊ちゃんは私達にお礼を述べ、並行世界の友人や自分自身にもお礼を言っていた。
「エルさん、さっき変わったスプレーを使ってたろ? あれって?」
「ドイツのバリストールです。銃器用の防錆・洗浄・潤滑剤ですね。自転車やバイクにも使えますが、溶解性もありますので私はそちらにアメリカのWD-40とキャブクリーナーを使う事が多いです」
「へぇ~。実は美遊に自転車を買ってやりたくて。今度、相談に乗って貰えるかな?」
「え? エルヴァでなく私に?」
「いや……あの人は真剣に考えてくれるタイプだろう? 大会が近いからさ」
「なるほど。要はそこまで本格的でなくていいので、武家屋敷からエーデルフェルトまでの距離を、中学に上がる数年持てばという女の子向けの自転車?」
「さすが、話が早い。そういう事さ」
「わかりました。予算もあるでしょうし、数種類考えておきますね」
衛宮さんには予感があったのだろう。先輩がおチビちゃんに与えたのはプジョーのコリブリ16だったのだ。そして末っ子の美遊ちゃんはルイガノの子供向けだった。
このコリブリには18もあって、そちらはイリヤ会長が持っている。小父様がイタリアの工房に特注したミキストとともに会長はとても大切に乗られていた。
正確に言うならそれを見て、コリブリ16に決まったとも言える。と言うのは、クロちゃんは先輩からアレックス・モールトンのAM Speed Sを譲られていたからだ。
コリブリはまだしもモールトンはそうそう買えるシロモノじゃない。ただ、中学に上がる少し前に特注したらしく今の先輩にはサイズが小さかった。それであっさり譲ったのだ。
なお会長の通学用自転車は、先輩が手を入れたミヤタのクォーツ・エクセルαだ。リアやフロントのギアを替え、3段変速なのに学園坂を登れる特別仕様になっていた。
しかも高等部に進学する前の先輩は、この自転車の試走を埠頭近くの倉庫街で行い、メーター読みで時速53kmも出したそうだ。
前に伏せて前カゴを掴み、長い直線を鬼のようなケイデンスで。魔術での身体強化も空気抵抗軽減措置などもせずにだから、この話を聞いたライダーさんは先輩に惚れ込んだ。
後に彼女は河川敷で風除けとなって先輩のロードバイクを引っ張り、そこで先輩は瞬間64kmを出したそうである。それなのにライダーさんは発射してあげた先輩を抜き直し、向かい風の河川敷で93kmも出したそうだ。
先輩が間違って買ってしまったサイズの大きな、ビアンキのレース部門レパルト・コルセのマルコ・パンターニ/ダブルツール優勝記念限定モデル(MEGAPRO XL)でだ。
確か数の少ないジロ・モデルだったと思う。それをいたわりながらの、その速度だ。
なお、随走していたセイバーさんは皿そばを100皿(一人前5皿)も食べた後なので、お腹がつかえハンドルがキツく、思うように走れなかったそうだ。
ライダーさんは30皿で先輩は5皿だったという。その日、三人は冬木から自転車でそばを食べに出掛けたていた。その帰りの未遠川堤防でのエピソードである。
後に先輩はサイズぴったりなジロとツールの両モデルを手に入れていたから本当に好き者だ。
「楔(くさび)をどうにかしないとね」
ギルガメッシュだ。楔って?
「宝具がないから身を守れずエインズワースに捕まった。この時解析されて、カードから顕界した異分子であると見破られたのでしょう。さすがに『世界のシステム』は知らないでしょうから、あなたの役目も当然知らない。それでも対策だけは講じた。もしかしてですが、カードから本来のチカラを取り戻せない?」
「そうさ。僕がカードを使えばカードに戻る。そんな術が込められた注射を打たれた」
ジュリアンの身を借りたダリウスだろう。先輩はこれを可能性の一つとして予測していた。
カードが自らの意思を取り戻す────それは『座』とカードの結びつきが強いからだ。黒化英霊があれだけ多いのも、座と微妙に外れて失敗していたからだ、とは言い切れないのだ。
『凜? あれはあれで成功していたのでは? 意思が希薄だからカード使用者の意のままになる訳でしょう? 英雄王だからでなく、たまたま私達の知った事例が英雄王だっただけで、『座』と結びつき過ぎててはイケない……つまりそれこそが最大の失敗だったのでは?』
更に先輩は続けた。
『凜が『世界のシステム』を知っていながらにして、見知らぬ世界に流されたとしたら? どうやって外に知らせます? SOSを発します?』
ここで仮説が成り立つ。ここが剪定事象だと意思を取り戻した瞬間から気付いていた。だけどカードの身ではどうする事もできない。
ところがそのカードの能力を気に入って使う者が居た。それが感情のほとんどを失ったアンジェリカ・エインズワースだった。
なので彼は用意を整え、機会を伺った。並行世界の『聖杯戦争』で召喚された曰くのあるカード7枚と自らを美遊ちゃんとともに送ったのだ。
『美遊ちゃんとともに飛ばされた』のではない。アンジェリカの意識に介入し、そうさせたのだ。だけど私達の方の世界では、カードに予備があった。だからあのアンジェリカは英雄王の姿をしていた。
けれどここでは違うのではないか?
予備はなかった────だから回収に来たとも取れるのだ。それも遠坂から奪った第二魔法の一部を使って逃げたカードの渡った先を特定し、世界を渡って追い掛けて来た。
これはミョルニルにそのような能力があったとも取れるけれど、先輩はそうではなく脱走者を追い掛ける対策が既に講じてあったのだと指摘した。
何千年もエインズワースが続いた世界。これまでの歴史で魔術協会に至ろうとする家や大家となる家は尽く滅ぼされ、その奥義をエインズワースが奪っていった。
『他家の魔術を、完全にその身に宿そうと思えばどうします?』
刻印の問題だけではない。代々受け継いだこの血……この身が持つ魔術回路が他家の魔術を受け付けない。となると自分自身と寸分違わない、ホムンクルスか人形に最初から異なる魔術回路を植えて育てるしかない。
先輩の方のアインツベルンがとっくに完成していた術だ。そしておそらく並行世界のエインズワースも。
『奪われたのか、共時的な発見だったのかは判断が付きかねますが、少なからずアンジェリカはその実験台だったと思われます』
人形に置換されたから感情を失ったのでなく、何体にも分かれたから感情や人格が希薄になった。歴代のエインズワースは、跡取り以外こうやって使い潰されたのだと先輩は指摘したのだ。
つまり遠坂もエーデルフェルトも……いや、もしかしたら宝石翁の時代から他家の魔術を奪い取っていた可能性もあるのだ。
「前回は不意を突いて、こちらの都合の良いように畳み掛けられましたが、今回は違います。本気のダリウスとの戦いになるでしょう。それがこの2週間という時間差がもたらした結果です」
人は自分だけで最良のタイミングを選べない。自分自身に帰結する自分だけの問題ならどうにかできても、第三者が絡む場合はどうしようもない。何故ならそれぞれが自由意思を持っていて、自分の信念や考えで行動するからだ。
説明する時間が無い、それを理解する頭脳が無い、そこで動けば十の内の三しか取れない、だけど次だと八は取れる……先輩と接する事で英雄王のあり方が徐々に理解できた私だ。金髪の少年は先輩をジッと見詰めていた。
まだまだ謎は多いし、黒化英霊がどのくらい現れるのか想像も付かない。それでも先輩は少年を道場に誘いこう話した。
「私はある宝具を得た事に拠って、英霊の宝具をこの身に宿せます。ただ、扱う腕がありません」
そして少年の前で『王の財宝』を展開した。
「何かあると感じたからここに来たんだけど、予想以上だ。お姉さんという人は……。それで、どうする積もりなの?」
「パンドラの首を落とします。それに適した剣を教えて頂きたいのです」
「本物の英雄でなければ扱えないよ?」
「成人したあなた以外なら、この中で誰が適任ですか?」
先輩は裁定を代理で行うと言ったのだ。
「手がそれしか思い浮かばないなら手伝えないよ?」
「乖離剣ですね。それはあなたを核に、成人した英雄王を召喚して行って戴きます」
「良いんだね? この世界を剪定してしまっても?」
「はい。それしかありません」
暫く目を瞑った少年は、目を開くとこう返した。
「何度か『王が背負うべき罪』を背負ってきたようだね。わかった」
そう言って、彼は先輩の『財宝』から一本の剣を取り出した。
「これを罪を知る者に。適任者とは言い辛いけど、アーサー王の子が良いかな」
「罪ですか?」
「そう。クー・フーリンだと神性が高過ぎる。ランスロットはアーサー王と同じく聖剣に縛られているし女神の加護を受けている。贋作者は罪の解釈が自己に帰結していたので、その罪が理解できない。だからといってアサシンだと荷が重い」
「この剣ってもしかしてラムダック?」
「違うッ! 語源はエヌマ・エリシュにあるマルドゥクだよ。だから『原罪(メロダック)』なんだ」
叙事詩エヌマ・エリシュに刻まれたバビロニア神話は、マルドゥクによる創世記だ。きっと乖離剣に次ぐ大切な宝剣なのだと察せられる。
「だからだよ。アーサー王はカリバーンに縛られ、この剣が使えない。お姉さんの分身も、お姉さんがグラムに縛られているから使えない。これはそういう類の剣なんだよ」
「裏返せば英雄王は乖離剣に縛られているから、却ってこれが使える?」
「本当に怖いもの知らずだね。大人の僕が聞けばお姉さんは死ぬよ?」
「私を殺せるAUOはこの世にいません。それに義兄にはそんな口を利きませんよ」
「義兄?」
そこで先輩は英雄王とアーサー王の物語を話した。
「そうか。本体に近い僕か。もしかしてお姉さんは……いや、いい」
そして先輩はギルガメッシュが去った後、もう一人の先輩を呼んだ。
夕飯の下拵えはシロウさんに一任しているので、アーチャーさん達と残った場所の掃除をしていたのだ。
しかしお昼といい今といい、これだけの人数の食事をたった一人で、それも家庭用の台所でこなすシロウさんは凄い。
「士郎クンは?」
「もうお風呂から上がっています。私達の方の士郎クンと何度も話してどうにか現状を把握したようです」
自分自身への説明と、異世界への脱出を説得する役は、彼が自分から買って出ていた。凛さんやルヴィアとロシアへ行く事を決めた彼は、以前と違って何に対しても積極的になったような気がする。
いや、どこかの衛宮士郎のようなロボットでないのに、こんな大きな家を維持していたのだ。元々動けるタイプなのだろう。私の知る、遠坂司郎君よりアグレッシヴだ。
「それで城を崩した理由は?」
「済みません……。感情が抑えられなくて」
「アサシンかあなたのセイバーかは知りませんが、何か見付けましたか?」
「……はい。数多くの刻印と、人体実験されている人達が……」
「ダリウスの子孫……」
「の、ようです。アンジェリカもその昔はあそこに居たのかも」
「それで?」
褐色の先輩はちらりと私を見た。
「……遠坂の刻印と、ユスティーツァ様と同質の魔術回路を刻印としたものがありました」
「わかりました。戻って下さって結構ですよ」
先輩は本気で怒っていた。
イリクロをもっと出せよと自分でも思いますが、この矛盾というか疑問に5年生が立ち向かえるのか。
そう思うと中々キーボードが叩けません。
それを描かれている原作者と、こんな世界観を作り上げた元作品の原作者には心底敬意を表します。