50、10年前の冬木
「『完』とはなんですの、『完』とは? もう少し私とリンとの活躍があってもよろしいのではありませんこと?」
今回の件でリポートを書かれていますエルヴァさんについ口を挟みました。ですがお許し頂きたいですわ。
「まぁ、無理ないわね。私はルビーを5千万で買い取れたけれど、サファイアは断られちゃったもんねぇ?」
そうですの。リンの姿勢を見て私も考えましたの。自分にしかできない事を。それで、ここのエーデルフェルトと連絡を取りましたが、家宝は売れないと断られましたのよ。
「まぁまぁ、落ち着きなさいルヴィア。この先も私を手伝ってくれるのなら、売ってくれる世界もあるわよ」
倫敦での事務手続きを終えた先生とここのリンが戻られたのは一昨日で、エルヴァさん達が戻られたのが昨日でした。
ですのでセイバーさんのお迎えは、明日からとなっています。
「ミストレス、本当にありますの?」
「きっとあるわよ。それに次は忙しいわよ」
「と、申されますと?」
「第四次聖杯戦争が始まる世界だから。ルヴィア、凛。気合を入れなさい。誰と誰をどう救うのか。そこもしっかり考えて」
どう救うのか。救い方が大切なのですわね。
「先生、師匠は?」
「次の次くらいに会えるかも」
「そうですか……」
「フフ……。並行世界の自分でしょうに。もしかして姉のように感じているの?」
「え~と……。一方的にですが憧れます」
「そういうの、あの子は素直に喜ぶわ。あなた達二人と凜は相性が良いのね。今後も頑張りなさい」
「はい、頑張ります!」
「ええ! やるしかありませんわ!」
「そうそう、その意気よ。そういう意気込みが運命を切り開くのよ」
そうして私どもはセイバーさんを伴った先生がお戻りになられたのを機に、事後処理があるここのリンを残して、次の世界に渡りました。
なお、アーチャーさんは先生がレンタル契約されましたのよ。御本人は呆然とされていましたけれど。
「レンタル・サーヴァント。笑えますね?」
エルヴァさんがウィンクしながらアーチャーさんに。
「言わんでくれ。どうしてこうなった」
「まだあちらの凛が宝石剣を作っていませんから、仕方ありませんよ」
「しかし、この仕事の報酬はマスターの凛に渡るのだろう?」
「それはそうですよ。それがひいては彼女が宝石剣を得るための資金となるのですから。そもそも国籍も戸籍も置き去りにしたあなたに人権があるとでも?」
「くっ……」
エルヴァさんは基本優しい方ですが、申す時はズバッと申される方です。これで私もリンも泣かされましたものねぇ。
現在私どもは10年前の冬木に来ておりますの。勿論並行世界ですわよ?
そこでエルマがアサシン達を、エルヴァさんと私が使い魔を放っています。ですがリンにはヤメなさいと先生が止めましたの。何故ならここには全盛期のトオサカ・トキオミが居るからですのよ。
また、エルヴァさんがアーチャーさんに厳しいのは、あの方がここに来てから「ジ~サン、ジ~サン」と煩いからです。
アサシンが調べた限りをリストアップしておきました。
セイバー /アインツベルン
アーチャー /トオサカ
ランサー /エルメロイ
ライダー /ベルベット
キャスター /?
アサシン /コトミネ
バーサーカー /マキリ
既にこれだけが召喚済みです。そして、令呪の浮かんだ連続殺人犯はアサシンが囚え、令呪を奪った後に警察署に投げ入れたそうです。どうも両目を潰し、令呪の浮かび掛かった左腕を切り落としたとか。恐ろしいですわね。
そしてその令呪を今は私が持ち、リンがキャスターに収まりました。これは先生がなさいましたのよ。こんな事ができるのかと思われるかも知れませんが、クラスを埋めるだけならできるそうですわ。
なおリンにはあのイリヤやミユと同じく、セイバー、アーチャー、ランサー、キャスター、アサシンの5枚のカードがエルヴァさんより支給されています。今回の事を見越して用意されていましたのよ。それを知っていたから、サファイアを何としても手に入れたかったのですわ。果てさてどうなる事やら。
そして夜になり、エルヴァさんはアサシンと出掛けましたの。それをトオサカの家に張り付かせた使い魔で見守る私達でした。
コトミネのアサシンが庭に侵入しましたわ。あ、屋根の上にあの裁定者の王が。
『何っ!?』
黄金の王が唖然としています。それはそうですわね。だってエルヴァさんが、王の言葉で固まるアサシンとトオサカの結界用宝石を掴み、瞬間に転移したのですから。
射出された宝具は全て素通り。屋根の上で地団駄を踏む王。滑稽と言っては失礼でしょうか。
このアサシンには『破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)』を用い、こちらの手の者とする算段です。
面白いものですわね。あちらのアサシンは、こちらのアサシンをまったく警戒しないのです。それは同一存在ですものね。そこに紛れて転移を繰り返し、易々と作戦成功です。
彼は『基底のザイード』という名らしいですが、今は私どもが拠点にしている場所で、こちらのアサシン達に取り囲まれ説得を受けています。
なお『蔵知の司書』で他のアサシンに知られる事は無いそうです。良くわかりませんが、LUC判定が必ず失敗するようにエルマができるとかどうとか。意味がわかりませんわね。
遠坂邸、書斎。
「時臣! 茶番に付き合ってみれば見事消え失せたぞ? 我を道化にするとは貴様……!」
「お、お待ち下さい、王よ! こ、これは何かの間違いです! そもそもアサシンが目の前で消えたというのがあり得ません。霊体化では宝石を奪う事は不可能です!」
「ふむ……確かにな。霊体化ではなかった」
「綺礼からの報告では、令呪による転移でもありません。何者かに拐われたとしか……。そして霊基盤にはキャスターの召喚が確認されております」
「なるほどな。ククク……。一杯食わされたという事か。ハハハッハハハハハハ!」
そして黄金の王は金色の光となって時臣の書斎から消えた。
「ホゥ……。一体何だと言うのだ。キャスターめ……」
某マッケンジー邸の2階個室。
「ライダー、何か変だぞ?」
「……」
「って、聞いてるのか!」
「煩いぞ、坊主。余は今世界情勢を観ておるのだ。情報収集中である。静かにせよ」
「だからってニューヨーク株式市場やNASDAQを見てどうするんだよ! 株なんて持ってないだろ!? トオサカで変な動きがあったんだよ!」
「煩いのぅ。何だと言うんじゃ?」
「アサシンが消えたんだ。霊体化じゃないと思うんだけど。あの家の結界用の宝石ごと消えたんだ」
「ふ~ん、それで?」
「それで、トオサカのサーヴァントらしき金ピカが屋根の上で呆然と……」
「ワハハハッハハハッ! そりゃあれだ、坊主。トンビに油揚げとかいうヤツだ」
「知らないよ、そんな言葉」
「おおっ? スマン。これは聖杯の知識だ。坊主はそのトオサカとかいうヤツと、アサシンのマスターは師と弟子の間柄だったと言っとたろう?」
「ああ。調べた限りはな」
「つまり、今夜何らかの偽装を仕掛けるつもりだった。それを横からオジャンにされたっちゅう事だ」
「となると誰だ?」
「さてな。妥当に考えればキャスターかもしれんし、他の者かもしれん。何れにせよ敵もさるものよ」
某ビジネスホテルの一室。
くたびれたスーツ姿の男が、室内テレビのモニターを見詰めながら携帯電話を使っていた。モニターにはビデオカメラが接続されている。
「君の使い魔が抱えていたCCDカメラの映像……。解像度の問題なのか。詳細が不明だな」
『別の使い魔で通して視た限り、その映像のように忽然と消えたようにしか見えませんでした。ただ、一瞬何かの影が見えた気もします』
「不確定だな。今は措こう。ともかく当初の予定通り、各陣営の調査を続けてくれ。今の段階で拠点がわかっているのはこの遠坂と間桐、そしてエルメロイだけだ。エルメロイが拠点とした冬木ハイアット。こちらの使い魔は?」
『既に五体張っています』
「わかった。動きがあれば知らせてくれ」
携帯電話の通話を切った無精髭の男は、近年白から茶色に変わった紙袋からガサゴソと冷え切ったハンバーガーを取り出し、むしゃむしゃと食べながらもう一度モニターの映像を観た。
壁にはメモや写真が大量に貼られている。こうしてマッピングする事で、視覚イメージからロジカルシンキングとクリティカルシンキングを引き出しやすくしているのだ。
「サーヴァントの誘拐? 意味が不明だな。それにこの線は無いだろう。仮に空間転移が行えるキャスターの犯行だと仮定してみても、令呪の縛りがあるサーヴァントを仲間にするなんて絶対に無理だ。他の陣営だとするなら転移には令呪を切る必要がある。そして遠坂に乗り込んだのは紛れもなくアサシン。拐らったとして、そこまでして欲しい戦力とは思えない……。では、あの一瞬の隙きを突いてアサシンを脱落させた? どこか別の場所でじっくりと殺すつもりなのか? わからないな……。金色の奴が遠坂のサーヴァントだとは思うが、能力が何一つ見られなかったのは痛い。だけど、動きは出て来た。次は誰が動くかだな」
不明な点は多い。と言うより不明瞭過ぎる。
『遠坂邸に侵入しようとしたAが、遠坂のサーヴァントと思わしきBの前で忽然と消えた』
事実だけを並べるとこうなる。
『アサシンらしき何者かが遠坂邸に侵入し、遠坂のサーヴァントと思わしき者の前で、キャスターらしき何者かに拐われた。目的は殺害か、或いは仲間にするため……』
思い浮かぶ限りの仮定を当て嵌め、一番筋が通った内容でも意味不明だ。
だが……『拐う』、或いは『消す』といった能力は宝具や令呪以外だと、キャスターと考えるのが妥当に思える。しかし、本当にそうだろうか? 何か裏がありそうに思える。
もう十数回は映像を見ている。だけど謎は深まるばかりだ。聖杯戦争は始まったばかりだと言うのに、逃げ出したい気持ちになる。だが、何れにせよやるだけだ。
「そうか! 弟子だった言峰と遠坂が仕組んだ何らかの仕込みが、第三者に壊された。その線だ。そう考えれば、できるできないは別として意味はある。となると……」
某所での魔術通信。
『ああ、綺礼。そうだ。当初の予定通り教会に入ってくれたまえ』
「ですが時臣師。これではアサシンの脱落を」
『問題ない。仮に拐われたとしても、もう消されているだろう』
「……」
『当然だよ、令呪がある者がマスターだ。百貌の謎はまだ活きている』
「わかりました」
翌日、空港から客を拾った1台のタクシーが冬木の繁華街で停車した。支払いを済ませ後席から降り立ったのは、白いコートの令嬢と、彼女をエスコートする黒いスーツ姿の少年と見違えるような少女だった。
奇妙な取り合わせだが、白い肌に銀髪が映える令嬢の見目麗しい姿は言わずもがなだが、金沙の髪を後ろで括り、その宝石のような碧眼で辺りを警戒するジェンダーレスな出で立ちの少女もかなりの美貌だ。
二人は街の人達に眼福という名の小さな幸福を振り撒いていた。歩道を歩けば誰しもが振り返る。かなり目立つ容姿を持つ二人だ。だが、それが二人の目的でもあった。
「とうとう冬木に来たわね。見て、見て、セイバー。あんなに高い建物が」
「ええ、ビルが多いですね」
「ね? ああ! 見て、あの服可愛い~。イリヤにどうかしら?」
「ご息女にですか。ええ、似合うと思いますよ」
「でも、ドイツまで送れないわね」
まるでオノボリさんのようにはしゃいでいた令嬢は、送り方がわからないのか急に意気消沈した。
まるで、愛娘のおめかし姿がもう見れないとばかりに。そんな彼女を宥めていた少女が、彼女を自身の後ろに下がらせた。
「アイリスフィール、私の後ろに」
「え?」
セイバーと呼ばれた少女は、歩道をこちらに歩いて来る若い女性達を警戒していた。
「セイバー? 普通のお嬢さん方じゃない?」
「ええ、ですが……」
二人の少女はアイリスフィール達を無視して、先程のウィンドウの前で立ち止まった。
「ねぇねぇ、エルヴァ。あの服、どう?」
「ああ、おチビちゃんなら似合いそうですね」
「その横のボーイッシュなのはクロエちゃんに」
「これも良いですね。おチビちゃんにも似合いそうです」
「だよね?」
「それはそれとして、もう3時ですよ。お腹は空いていませんか?」
「少し空いたかな?」
「では、おやつにたこ焼きでも買いましょうか?」
「うん!」
アイリスフィールは唖然とした。二人の少女は明らかに日本人ではない。薄いサングラスを掛けているので瞳の色は不明だけれど、髪は明るい茶色と金髪。だから同族はあり得ない。
なのに背の高い方の女性が自分と似ていると思え、低い方の子はドイツに残した愛娘のイリヤと面立ちが似ていると感じた。
おまけに標準的な高地ドイツ語でなく、上部ドイツ語、それも自分と同じアレマン語で話していたのだ。だからつい声を掛けてしまった。
「Grüß Gott(神に感謝を/こんにちは)」
「Griiss Goettle(神に感謝を/こんにちは)」
「Grüß Gott(神に感謝を/こんにちは)」
案の定、Guten Tag でない挨拶が帰ってきた。背の高い人は Grüß Gott。低い子は Griiss Goettle。自分も普段は Grüß Gott が多い。これが Grüezi と帰ってくればスイスやオーストリアの人だとすぐにわかるのだが、何となく同郷のような気がする。
お聞きすれば、なんとあちらはバーデン=ヴュルテンベルク州からの旅行中だった。アインツベルンの故郷、黒い森のある州だ。そうかあの州では Griiss Goettle という表現もあるのか。
そして背の高い人が誘ってくれ、タコヤキなる食べ物をプレゼントしてくれたのだった。
「どうぞ。このお店のは外の薄皮がカリッとしていて、その下がフワッとして中はトロトロなんです。お薦めですよ」
「へぇ~」
熱かったけれど、言われるままにセイバーと一緒にハフハフと食べると結構美味しい。
「ここのはソースも良いけれど、ネギ載せの土佐醤油か紅塩がベストよね?」
「ボウズもオツなものですよ? 熱々のダシにチャプンと浸けて」
「そんな明石焼きみたいな食べ方、初めての人にはハードルが高いわよ」
話の内容はイマイチわからないが、このタコヤキについてだろう。とても楽しそうに話している。
「アイリスフィール。この中に入っているクニュっとしたものは何でしょう?」
「何かしら?」
「それはタコですよ。馴れないうちは気味悪く感じるかも知れませんが、この国は南北に長く四方が海に囲まれています。世界一、魚介類が豊富で美味しい国ですよ」
「そうそう。だから日本に来たら絶対にお魚を食べないと。人生を損しますよ」
「ほぅ~。確かに最初は違和感がありましたが、この旨味のあるソースと合いますね。それと茶色く薄いウネウネしたものと、この青い粉がまた良い香りだ」
「茶色いのはカツオ節です。ソウダガツオというお魚の内蔵を取り除き、カチコチになるまで干して、それを専用のカンナで削った食材ですよ。干したり寝かせたりしてあるので旨味が凝縮されています。この日本ではこのように食材に振り掛けるだけでなく、スープを取ってそれをベースに様々な料理の下味としていますね。干した魚を下味にする手法は世界的に幾つかありますが、日本のものが一番洗練されていると私は思います。また、青いのは青海苔という糸状の海藻を干して粉状にした食材です。これも食品に振り掛けてありますが、風味付けの意味が大きいです。類似品にアオサ海苔がありますが、あちらはミソ・スープに入れる場合が多いのかな? 他はあん掛け豆腐やかき揚げにおにぎり、茶碗蒸しに佃煮……。色々使えて便利ですよ」
セイバーの質問に答えてくれたのは背の低い方の子だが、やたらお料理に詳しい。アイリスフィールはそんな子達と話すのがとても楽しかった。
それにこのタコヤキがまた美味しい。香ばしいソースも良いが、ピリッとする赤いジンジャーが後を引く。気付けば3個も4個も食べていた。
確か16個あったと思うので、12個はセイバーが食べている。この子がこんなにも食べ物が好きだったなんて、初めて知った。
夫との会話が儘ならない現状、こうして食べ物で募る不満を発散してくれればと思う。
「この赤いジンジャーは何かしら?」
お城育ちのアイリスフィールが、遠い日本の紅生姜を知らないのも無理はない。
「どこかの戦隊モノのリーダーみたいな表現ですね?」
最初、赤神社と聖杯から知識が来てたまげたが、赤ジンジャーと訂正が入った。セイバーはそれだけで聖杯を信じられた。
「タラタッタタタッタタタタタ~タ~♪ ムチンよ~身体の隅々に届け~! ドロついた血液を~さらッさらにするぜ~♪ 上がる血圧ゥ~尿酸値~♪ 悪のコレステロールを逃しはしない~♪ エマージェンシ~γ-GTP~! 糖尿! 腎炎! 脳梗塞ッ! レディトゥゴー! 毛細血管の端まで追いかけて行く~正義の血潮をさらさらに変える~♪ レディトゥゲット! 五つのパワー集め~向かうところ敵無し~♪ 綺麗な血管を取り戻す為に~さぁ~プリン体~追い出せ~! ウォウウォウ~飲み会~ブッちぎれ~! 血管戦隊~ネバレンジャ~~~~♪♪」
いきなり背の低い子が歌いだした。
「何ですか?」
「な、何の歌?」
「ミクロの決死圏……でなく、納豆に山芋、オクラやめかぶにもずくの効能についての歌です。ウチの父が今年で40歳なのですが、γ-GTPが三桁を越えたとか、LDLコレステロールが二百台に乗ったとか、尿酸値が10を越えたとか。妙な自慢をするものなので。食生活が偏っていて、ハンバーガーとお酒ばっかりなものですから。おまけにヘビースモーカーですし……まったく。一時は禁煙していたらしいですが、日本に来た今は、昔以上に吸っていて……。困ったものですよ」
この子の話す父親は、何か知っている人と妙に似ている気がする。
「その値が何を意味するのかわからないけど……Gute Besserung? (お大事にね?)」
「ありがとうございます。ですが和食は奥が深いですよ? バランスよく食べれば健康で長生きできます。それに美味しいものがたくさんあります。その証拠にその赤いジャパニーズ・ジンジャー・ピクルスをですね、スライスして天ぷらにするのです。これがまた美味しくて、天ぷらのタネの最上級クラスです」
「お漬物の天ぷらなんて反則だよ。ご飯がパカスカ食べられるもの」
「へぇ~」
何だか、とてもおもしろい子達だ。
「お二人は観光なの?」
「いえ、グルメ旅行です」
「グルメ?」
「美味しいものを求めて、あちこち回っています」
なるほど。それでお料理に詳しいのか。そういう旅も面白そう。セイバーも頷いている。
こうして打ち解けて話してみると、背の低いよく日に焼けた方の子は高校生で、背の高い方の人は大学生だとわかった。見ていると、とても仲が良い。
そして二人は冬木市が無料で配っているガイドマップに印を付けてくれ、ここの寿司は美味しいとか、うどんならここだ、ラーメンならここ、本格的な和食のお店ならここだと懇切丁寧に教えてくれた。そんな親切で爽やかな二人がサングラスを外して質問をして来た。
好奇心旺盛なキラキラした瞳は茶色と黒色。アインツベルンの赤では無いが、素顔の面立ちは本当にそっくりだ。偶然なのだろう。
だけど二人と楽しく話していると、成長した愛娘と話しているようだ。ああ……あの子が大きくなった姿を見たい……。
「日本へはどんな御用でいらしたんですか?」
「ん~と。夫のビジネスに着いて来たの。夫と会うにはまだ時間があるから、秘書の人と散歩中だったのよ」
「え~! お若そうなのにご結婚されていたのですか?」
「あら。独身に見えた? こう見えても8歳になる娘がいるのよ?」
「うあぁ~、とてもそうは見えませんよ。ママ似だったら可愛いでしょうね?」
「フフフ……」
「旦那様は素敵な方ですか?」
「姉さん、初対面の方に失礼ですよ」
「ああ、ごめんなさい」
「ううん、良いのよ。仲が良いわね。ご姉妹なの?」
「はい」
そして小一時間ほど会話を楽しんでから、Gute Reise(良い旅を)、Tschuessle(さようなら)、Uf Wiederluege(さようなら)と、別れたのだった。
「フフッ……」
「アイリスフィール、ご機嫌ですね?」
「ええ。だって日本で同じ言葉を話す人と会うなんて。何か良い事がありそう」
「ですね。とても気持ちのいいレディー達でした」
「もう、それなのにセイバーは疑うんだから」
「いえ……何というか、直感で強いと思ったのです」
「ん? 危険とかじゃなく?」
「ええ、危険とは思いませんでした。ですが、何故か強いと。サーヴァントではありませんのに」
「魔力の気配もなかったわね」
「やはりそうですか。何とも不思議な感覚です」
「魔力の気配は感じなかったけれど、遠い祖先から魔術師の血を引いているとかじゃないかしら?」
「そうかも知れませんね。どことなくアイリスフィール似なのも驚きました」
「ね? 似てたわよね? それもあって親近感が湧いちゃって。また会えるかしら」
「そうですね。会えるかも知れません。さて、次はいかがなさいますか? お嬢様?」
「もう、セイバーったら。じゃあね、そうだなぁ。海が見たいわ」
「仰せのままに。では、海に参りましょう」
晩秋の海は冷たかった。波打ち際まで行ってしゃがめば、冷たい海水が指の間をすり抜ける。ちょっとした波でブーツが濡れてしまった。
「アイリスフィール、危ないですよ」
「ええ」
波は沈み始めた夕日を反射してキラキラと輝き、白い飛沫を細かな砂に染み込ませる。その小さな砂の一粒が自分のように感じた。
波は夫であり、アインツベルンだった。いえ……あの人は誰かが残した砂のお城だわ。波に逆らって形を残そうとする。私はそのお城の中の一粒の砂……。
ああ……とうとう日本に来てしまった。この9年間は幸せだった。聖杯を必ず手に入れて、夫の夢を叶え、愛娘の運命を変える。それは夫と誓った悲願だった。
寄せては返すこの波の遥か向こうはドイツに繋がっているのだろうか……。
その水は遡ればきっとライン川で愛娘のところまで届く。そう信じて、遠い水平線の先に沈む夕日を眺めるアイリスフィールだった。
すっかり日が沈んだ。たっぷり遊んで、そろそろという時にセイバーが何かを察知した。
「アイリスフィール!」
「セイバー」
「ええ、今度こそ間違いなくサーヴァントだ。誘っていますね」
「なら、行きましょう」
「はい!」
アイリスフィール達がサーヴァントの気配を追ってコンテナ埠頭に到着すれば、誰かと誰かが戦っていた。
「既に始まっていますね。下手に出ず様子を見ましょう」
「ええ」
少しずつ近寄ると結界が張ってあった。一部、ディスペルして中に入れば遠くで剣戟の音が聞こえる。
「人避けと防音の結界ね」
「はい。あ、あれは!?」
「え?」
セイバーに促され視力を強化してみれば、戦っているのは午後に出会った姉妹と、槍らしきものを持った男性だった。何かを言い争っている。なので聴力を強化した。
「ま、待て! そちらはサーヴァントでは無いだろう!?」
「煩い! 怪しい奴め! 平和な街でずっと殺気を放ち、市街を練り歩く不届き者!」
「こいつ、人間ではありません! 妖魔の類か。魅惑の術まで放つとは。きっと女人を襲う妖怪ですね! 成敗してくれます!」
「待て! 本当に待ってくれ! お前達は関係ない人間だろう?! それに魅惑の術ではない! この呪いの黒子(ホクロ)のせいだ!」
「絶対に嘘だわ」
「デマカセですね」
「本当だ! 気の毒とは思うが、女人を魅惑する生来の呪いなんだ! 信じてくれ!」
「言い訳ばっかりで怪しいです。ああやって騙して女を襲う魔物では?」
「だよね? そうとわかれば。この素敵な街を脅かす魔物は退治してやるわ!」
二人は同じ双剣を握り、デザイン違いの赤い衣装を身に纏っていた。髪の色が銀色に変わっている。
男性が躊躇しているのもあるし、2対1というハンデもあるが、互角に立ち合っているようにも見えた。
「セイバー?」
「ええ、危険な場合は飛び込みます。しかし……これは?」
布に包まれた長短二本の何かを持つ男性だが、徐々にその布が切り裂かれ中身が顕になりつつある。セイバーとさして変わらぬ、小柄な妹の方が二本の剣で相手の武器を明らかにしていった。
しかし、あれは……あの剣は? あり得ない方向からの斬撃に男性が戸惑っているのだ。
「目に見える以上に手数が多いのか? これは……もしかして空間を跳ばしている?」
顕になった姿は赤い柄の槍と黄色い柄の槍だった。あれは宝具だ。わかってはいたが、やはりあの男はサーヴァント。ランサーに間違いない。
こうなっては、ランサーも本気にならざるを得ない。左右の手に持つ二本の槍を巧みに操り、少女を牽制する。少女の剣が弾かれ飛んで行った。
「マズい!」
武装して出ようとすれば、少女が隙かさず後方に跳び、残る剣を投擲した。驚くべきは着地した少女が既に先程と同じ剣を握っていた事だ。
そしてまた投げた。合計八対は投げ、コンテナの上に跳躍した。そして何かを呟くと同時に地面にバラ撒かれた剣が爆発した?
「何ッ!?」
「礼装かしら。使い捨てにするなんて」
「ええ、あり得ない戦法です。それにアイリスフィール。ランクは低いが、あれも宝具ではないかと」
「宝具! つまりそこまでの神秘を得た礼装って事ね?」
「現代のものであるなら、そういう事になりますね。ですがまた手に持っている。あれは一体?」
「わからないわ……」
さすがは敏捷力の高いランサーだ。瞬時に反応し上に飛んで避けた。だが、そこをもう一人の姉の方が矢で射た。最初から上に逃げるよう狙っていたのだ、あの姉妹は。
当然ランサーは二本の槍を振り回して回避するが────
見ていたセイバーはギョッとした。先程まで双剣を握って様子を伺っていた小柄な妹が、ランサーの真上に浮かんでいるのだ。そしてしっかりと弓を構えている。足場なんてどこにもない空中で。
隙かさず少女は、引き絞った弓から、恐ろしいまでの魔力が籠もった矢を射た! 二段構えの攻撃。あれは逃げられない!
「きゃっ!」
捲くれ上がるコンクリートとアスファルト。吹き飛ぶコンテナ。薙ぎ倒される街灯。ガントリーが揺れ、飛んで行った瓦礫が暗い海に落ちて水煙を上げた。
咄嗟にアイリスフィールを庇ってコンテナの影に入ったが、瓦礫はコンテナにガンガン当たるし、地面は地震のように揺れている。凄まじい威力だ。
地震の体験が殆ど無いアイリスフィールは腰が抜けそうになった。セイバーにしてもここまでの揺れは記憶にない。
何という威力か。直撃すれば自分でも危ない気がする。あれはほとんど宝具ではないか? 本当に現代の礼装なのか?
もんどり打って転がるランサー。粉塵の向こうに見えるその姿は、何とか回避したようにも見えたが、両肩と片方の脚が矢に貫かれていた。姉の方だ。俊足で手数の多いサーヴァントの長所を潰す見事な腕だ。
そして姉妹はランサーにビタリと照準を付けて、同じ弓を構えていた。この番えている矢が異様だった。姉の方は捩れた矢、妹の方は黄金に輝く────
(あれは失われた岩の剣……? バカな、それはあり得ない。そもそもあれは矢だ。なのにどうして……?)
それはセイバーにとって、とても気になる矢だった。
「サーヴァントと互角……」
「あの子達、魔術師だったのね? けど、サーヴァントと渡り合うって」
「ええ。個別ではともかく、あの連携は見事だ。特に先程の矢です。今番えている矢も信じられないが、魔力が尋常ではない。強い……何者でしょう?」
「セイバーの勘が当たっていたわね。ただの学生さんじゃなかったのね?」
「ですね。妖魔がどうとか話していましたから、そういう……」
「ハンターかもね」
「はい。昔もああいう者は居ましたが、現代にも残って居たとは」
これを見ていた倉庫の屋根に陣取る金髪オールバックの男性は呻いていた。ステータスが見えないので、明らかにサーヴァントでは無い。だが、実戦派の魔術師だと直ぐにわかった。おまけに腕が良い。きっと超一流のハンターだ。
男は若き魔術師が集う学び舎で教鞭を執っていた。なので動揺しながらも冷静に少女の矢を分析していた。
(あの矢が内包する神秘は、サーヴァントの宝具に匹敵する。人の手が造り出した礼装ならば超一級品だ)
男が用意した自慢の礼装も一発で吹き飛ぶだろう。あんな攻撃に耐えられる魔術師はおそらく居ない。
どこの誰だか知らないが、あんな者達がこの儀式に参加するマスターでなく助かった。しかし、ここに至って別の問題が起きてしまっている事に素早く気付いた。
間の悪い事に、ランサーが怪異として狙われているのだ。
この状況は不味い、実に不味い。参加者ではないのに、参加させてしまう可能性がある。こんなケースは想定していなかった。
監督役は代行者クラスだと聞いているが、最悪マスターとサーヴァント全員で相手をせなばならない場合もある。そうなった時に恐いのは、この儀式が公にならないかどうかだ。
自分が敵わないと思う相手だ。時計塔の他のロードも歯が立たないだろう。となれば、今回参加している田舎者の魔術師や、愚かな魔術使いどもでは相手にならないだろう。どうしてあのような者が、この時期の冬木に?
もう、何度念話を送ったかわからない。だが見ればわかる。ランサーは今、引くに引けない状況下に置かれている。
〈ランサー、霊体化して早く引っ! 〉
最後の念話は続けられなかった。自分の張る結界内に人が立っていたのだ。
「動くな、エルメロイ」
「な、何者だ? ガッ……」
有無を言わさず殴られ気絶した。
また別の屋根の上に居たヨレヨレコートの男も死地に居た。
「動くな、衛宮切嗣。こちらを振り向かず大人しくしろ」
「うッ! 誰だ?」
全然気付かなかった。伏射の姿勢でライフルを構え、エルメロイに照準を合わせているところに、いきなり宝具のような何かが炸裂した。
地震のように揺れる屋根の上で、ライフルを落とさぬよう構え直せば、飛んで来る瓦礫の礫。
(あの二人は何者だ?)
そう考えていた矢先に声が掛かったのだ。自分を上からまたいだ状態で。
「まさか、サーヴァント!?」
膨大な破壊力を持つ礼装で気を取られたのが隙きとなった。霊体化していたサーヴァントがいきなり実体化したようにしか感じられない。
誤算だった。自分のサーヴァントが霊体化できないので、この方法があるのを失念していた。昨夜遠坂であった事を思い出す。
「アサシンなのか?」
内心ではキャスターの線も考えているがすべては不明だ。せめて顔でも見てやろうとゆっくりと後ろへ振り向こうとしたら──
「動くな!」
後頭部を殴られたのか、そのまま意識を失ってしまった。
これにより、衛宮切嗣は揺れるガントリーの上で驚いている第二のアサシンと、それを背後から稲妻のような短刀で刺す、赤い男性サーヴァントを見逃したのだった。
この戦いを、初手から冬木大橋のアーチの上で眺めていた二人組が居た。揺れはここまで来ないが、河口に落ちる瓦礫が起こす水煙が凄まじい。
対岸のコンテナ置き場は液状化現象を起こしたようになっている。大きく斜めに傾き、一部は暗い海水の中に沈んでいた。
「うわぁっ! 凄い! あれは宝具なのか?」
「むぅ~、なんともはやだな」
「ああッ! ランサーがやられるぞ!」
「いかん! 坊主、往くぞ!」
「うぉおい! 待てよ~」
「早ぅ乗れ!」
赤ら顔で上半身の筋肉が凄まじい大男と、大男とは見事なまでに対象的な、線が細く背の低い若者だった。革鎧の大男は赤いマントを羽織っていて、若者はワイシャツにネクタイ、そしてセーターだ。英国の学生っぽい。二人が乗る戦車は二頭の牛が牽いていた。それが空を飛んでいるのである。
「アララララーイ! (軍神アレスのご加護があらんことを)」
大音声とともに戦車が空から埠頭に降りた。位置は少女達とランサーの間だった。地面が45度近く斜めになっている。瓦礫と瓦礫の頂点に上手く車輪を乗せ、水平に止まった。
「双方武器を収めよ。王の御前である!」
見たところ互角に感じたので、どちらの窮地を救ってやったつもりも無い。特に押され気味に見えたランサーは、まだまだ実力を隠していたと確信している。
が、あのまま行けばどちらかが斃れる。それは余りにも惜しい。戦場の華は愛でるべきだ。それが武であれ美であれ。
ニマリと少女達の方を見た。ほぅ、姉妹か? 中々の美人ではないか。満足して次のセリフを言おうとした矢先に、背の高い方の少女からとんでもない事を言われた。
「そりゃ12時は回ったけど! 何が午前なのよ! 頭がおかしいわ、この人! このぉ、化け物め!」
「ば、化け物? 何を言うんじゃ、小娘め」
「こんな夜中に牛車で空を飛ぶ奴が怪異でなく何だと言うのよ! 槍を振り回す変なのも居るし! 百鬼夜行なの!?」
ここに集うは外国人ばかりだが、イリヤは上手い事言うなぁと、感心しきりのエルヴァだった。そんなエルヴァはサイモン&ガーファンクルの『ボクサー』を無意識に口ずさんでいた。きっと『アララララーイ』からの連想だ。
そして牛に近づき頭を撫でた。んもぉお~と撫でられた牛は歓び、もう一頭も撫でろと首を振った。
物怖じしない女の子に戦車の少年は驚いていた。目が合うとニコリと微笑んで来る。かなり可愛い子だ。プロポーションも良いし、背の低い自分に似合いそう……。そんな事を0.3秒で考えてしまい、思わず顔が赤くなった。
そして彼女が口ずさんでいた、『スティル リメインズ』の部分。そうだ、僕はまだ何もやっていない。何も成せていない。だけどここに居る。誰でもない、僕が決めて、ライダーを喚び、ここに立っているんだ。
少しシャキッとした少年に、大男は「ほぅ」と感心した。そんなライダーに近づく少女が言った。
「美味しそうな牛ですね? これは戦場での携行食にも?」
「んな訳があるか! おい、坊主。こいつらは何者だ?」
「ステータスも何も出ない。に、人間だよ!」
「なんと! ただの人間がサーヴァントと互角に戦っておったと言うのか?」
ただの人間だと聞けばさすがに大男も驚いた。
「やりおるのぅ──」
そんな事より、ランサーは焦っていた。マスターの危機を察知したからだ。傷はある程度癒えた。直ぐにでも駆け付けたい。なのに話が長引きそうだ。
またそれは、怪我こそ負っていないが、コンテナの影に隠れているセイバーも同じだった。
だが、この状況下では動きようが無い。ランサーにしてみれば、背を向けた時点で死は確定だ。セイバーにしてもアイリスフィールを置いて走れない。ただどちらも、死んでいない事だけは確かだ。二人はお互いのマスターの無事を祈るばかりだった。
しかしセイバーが先にしびれを切らした。
「アイリスフィール。どうやらマスターの危機です」
「わかったわ、セイバー。私はこの辺に隠れるから、あなたはキリツグの下へ行って」
「わかりました。アイリスフィール、後で必ず迎えに上がります」
そうしてセイバーはコンテナの上に飛び上がり、戦車から見えない位置を走った。
舞弥も焦っていた。切嗣からの応答が途絶えた。何かあったのか?
「娘ども気に入った! どうだ、余の配下にならんか?」
「あなたは誰よ?」
「おう、そうであった。余の名はイスカンダル。征服王イスカンダルである!」
「バカァ~! なんでバラすんだよっ!?」
「椅子噛んだる? 制服追う? へ、変態! 変態だ~~~!」
「ちょい待て! 待ちよれ! 何か勘違いしておらんか? それとも余の言葉が通じんのか?」
「キモい!」
そう言い残して少女二人は消えた。忽然と目の前から。
「ぬぅ? 霊体化?」
「ち、違う。魔術だ。信じられない。大魔術の空間転移だよ!」
二頭の神牛が振り向いて御者に『んもぅ~』と、前脚を掻きながら文句を言った。あの少女が気に入ったらしい。
「喧しい、静かにせい。なんと空間転移とな? それは坊主にはできんのか?」
「できるか! 時計塔の講師でもできないよ!」
「つまりそれ程難しい術を、あの娘どもはいとも容易くやったと言うのか?」
「そうだよ。何であんな幻の大魔術ができるんだよ」
「いやぁ~良い! 実に良いではないか! 欲しい! 益々欲しいぞ!」
「おい、感心してる場合かよ? ランサーが居ないぞ?」
「む? むぅ~、逃げられたか」
少年は心底呆れた。何も考えなしに突っ込んでみれば、誰もが皆んな逃げてしまったのだ。
しかも自陣は真名を暴露している。頭も痛いが胃が痛い。
「はぁ~。今宵は収穫なしだ。帰るか坊主」
そして戦車は何をしに来たのだという虚しさを漂わせて、宙に帰って行った。牛の耳の穴に礼装を突っ込まれたのも気付かずに。後でエルヴァは、やはりここでもマッケンジーさんの家だったかと再確認できた。
目を覚ました衛宮切嗣は焦った。目の前にセイバーが居たからだ。
「セイバー! アイリは!?」
「隠れています。大丈夫ですか、マスター?」
「僕はいい、直ぐに戻れ! アイリと合流して城へ行け!」
「わかりました」
セイバーと会話している事すら意識しないほど衛宮切嗣は焦っていた。
何故なら咄嗟に現況確認すれば、それまで構えていたワルサーWA2000が消えていたのだ。更に懐のトンプソン・コンテンダーと弾薬、ナイフ、財布までもが奪われていた。ポケットには小銭すら残っていない。
正直やられたと自覚した。相手はプロだ。こちらの証拠を一切合切消しているのだ。だけど、生きている。となるとこれは警告だ。この戦いから手を引けという意味なのだろうか?
ハッとして屋根を降り、クルマの方向に走ると舞弥が呆然と立っていた。
「どうした、舞弥!」
「クルマが、盗まれました……」
「な!?」
クルマの中にはキャリコM950や9ミリの予備弾薬があった。エルメロイの泊まるホテルを爆破するプラスチック爆弾も。しかも盗難防止のための礼装が仕込んであったのだ。それを容易く盗まれた。
国道に出てタクシーを拾い、深夜料金を舞弥に払って貰ってホテルに戻った。部屋に入り、ホッとため息を吐いたところで彼女が叫んだ。
「切嗣!」
「何だ?」
「金庫が……」
「何!? まさか!!」
備え付けの金庫に入れてあった衛宮切嗣の切り札、概念礼装である起源弾の予備28発を含むその他の予備弾薬がごっそり失くなっていた。
コートに忍ばせていた起源弾やコンテンダーまで奪われたので、これで切り札が一切使えなくなってしまった。
よくよく調べると、現金に偽造パスポートや偽造の免許証までが消えていた。
そこへ追い打ちを掛けるセイバーからの念話が来た。それは最悪の報告だった。アイリスフィールが行方不明だという。衛宮切嗣は崩折れてしまった。
「切嗣……?」
「セイバーからの念話だ。アイリが行方不明だ」
「え?」
「見事にやられた。敵はこちらの方針も方法も切り札も、何もかも熟知していた。マスターの危機をサーヴァントが感じ取る事を逆手に取られたんだ。クソッ……」
「ともかくここを引き上げ、体制を整えましょう」
「わかった。それしかないな。君の方のアジトは大丈夫だろうか」
「ここまでする相手です。私の事も調べが付いている可能性は高いでしょう」
痛い。こうなると舞弥に預けていた予備の弾薬やサブのコンテンダーも使えないだろう。
「だろうな。となると別の武器が必要だ」
切り札は諦める他は無い。今から注文しても.30-06 Springfield用にカスタムしたコンテンダーは手に入らない。そもそも起源弾なくして、戦略も戦術もあったものではない。
根本的に一から作戦を組み直す必要がある。だけど、別の武器は絶対に必要だ。何故なら銃器を使用する以外の方法なんて、自分には何一つありはしないのだから。
衛宮切嗣は後悔した。アインツベルンに入ってからの9年は長過ぎた。その期間、相手は自分の事を徹底的に調べていたのだ。
御三家の一角に入れば足も付くし、こちらの目的も明白だった。こんな初歩的な事を失念していたとは……。
自分だけを追っている相手なのか、今回参加している誰かの仲間なのかは不明だが、余りにも隙きが大きかった。甘かったと言わざるを得ない。
舞弥の前では強がっているが、財布を探している時に見付けた、コートのポケットから出て来たメッセージが凶悪だった。
そこには──
『地獄で待っているぞ、坊や。 ナタリア』
『ケリィ、ここは寒いわ。早く来て。 シャーレイ』
──とあった。
それぞれが筆跡の異なる現地の言葉で書かれてある。ナタリアはロシア語。シャーレイはアリマゴ島で使用されていた公用語だ。それも血糊の付いたメッセージカードで。
相手は完全に自分を熟知している。動揺する心と頭脳を必死に切り離し、頭を巡らせた。
「舞弥。城には行けない」
「はい。アインツベルンにとっては長年の拠点です。既に知られていて、罠が仕掛けられてあって当然と睨むべきです」
「ああ、僕もそう思う。そうだ、深山町にある武家屋敷だ。あそこに移動しよう。そこで武器をもう一度揃える。その前にカードと銀行の口座停止だ。こちらの資金までが奪われる可能性大だ」
万一を考慮して、助手の舞弥にも資金を分散してあって助かった。だけど、舞弥に預けてある予備の銃器や弾薬は諦めるしかない。それが実に痛い。
遠坂か、間桐か、或いは別の陣営か。それはわからないが、敵は恐ろしい程の人員を今回投入していると思われる。
再起を図るには時間との勝負だ。武家屋敷も三日と保たないかも知れない。
一方、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは茫然自失としていた。月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を含む身に帯びた礼装が綺麗さっぱり失くなっている。腕の令呪も消えていた。
「な!? 令呪が……ランサー……。私は負けたのか……?」
それより何よりここはどこだ? 辺りを見渡すとまったく憶えのない場所だった。
「ここは? ヘ、ヘ、ヘ~ックション!」
そこで自分はパンツ一枚でどこかに放置されている事に気付いた。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは英国人である。しかも、時計塔のロードであり、名門の出であり、紳士であり名士であった。
だが、日本語は話せない。この冬木に於いては、現状パンツ一枚の異邦人でしかない。誰かに暗示を掛けて服を奪おうにも、こんな深夜に誰も歩いてはいない。何より寒い。
おまけに体感保全や冷気遮断の魔術を使えない。魔術回路が麻痺しているのだ。
何者かはわからないが、自分のサーヴァントは倒され、回路を一時的に凍結されたのだ。命があって助かった。奇跡だろう。
そう思うと悔しさより、このピンチをどう脱するかで頭の中は一杯になってしまった。
「落ち着け、落ち着くのだ。まだ、私は生きている……」
そこは円蔵山に連なる峰にある展望台横の公園だった。10年前なので走り屋は居るかも知れないが、売店にせよ何にせよ、一般人は朝まで来ない。
突如、ゴスンと頭の上に何かが落ちてきた。何だと見れば透明なビニール袋に衣類が入っていた。これは天の恵みかと慌てて着込んだ。とにかく寒かったので何も考えられなかったのだ。
そして着ている最中にフラッシュがバシバシ焚かれた。自分に向いた閃光を訝しんでいたら、今度は懐中電灯に照らされた。
それは善意の通報を受けた警察だった。彼は婚約者と連絡を取る事も許されず、そのまま手錠を掛けられしまった。体操服に盗難届が出ていたのである。
しかもその体操服と併せて金品まで盗まれていたのだ。その容疑者としてケイネスは逮捕され、警察署に連行され、勾留されてしまった。
誤認逮捕だ、濡れ衣だ、冤罪だと、何日も何日も後に連絡が取れた弁護士が論を張っても、盗難していないという主張は一切通らなかった。何故なら彼の供述が全部曖昧で信憑性の欠片も無かったからだった。
警察署の取り調べで、通訳を通して素直に身ぐるみを剥がされたとでも供述すればまだ良かったのかも知れないが、聖杯戦争中の出来事であるから、どこまで話せば良いのか迷ってしまったのが痛い。
何よりこれを契機に、最初の脱落者と他のマスターに知られるのも癪だという妙なプライドがあった。
なので、深夜に裸で何をしていたのか一切合切話せなかったのだ。そうなるとアリバイも何も無い。怪しさ満点だ。それ故に金品の強盗は言い訳が出来ない袋小路に入ってしまった。
結果、英国大使館が動いて保釈された時には、聖杯戦争はとっくに終わった後だった。
彼は生きて倫敦に帰れたが、このゴシップを消すために財産の五分の三とロードの地位を失なった。その原因は時計塔の学生達の間で出回った体操服を着込もうとしている写真が原因である。
ケイネスが着込もうとしていたのは穂群原学園の女子体操服であり、出回った写真は長ズボンが見当たらないので仕方なくブルマをたくし上げている最中のものだったのだ。
サイズが小さいので無理矢理グイグイと足を通していた。しかも胸のゼッケンには「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト」と英語でバッチリ入っていたのが凶悪だ。
撮影者は当然『基底のザイード』、『迅速のマクール』、『怪腕のゴズール』の三人衆である。
婚約も解消され、一族からも見放された。勿論、体操服を空の上から落としたのは魔法少女の凛である。人の命は救ったが、ケイネスの名士としての人生は終わりを遂げた。後はモグリの魔術師になるしか道はない。
アサシンの目を借りていた言峰綺礼は呆れていた。なんと聖杯戦争とまったく関係ない魔術師がランサーと戦い、宝具に匹敵する礼装を開放したのだ。
その後、ライダーを一方的に罵倒して消えた。時臣師の手を潰した一派の可能性もある。
アサシンの報告では、キャスターの偽装は考えられないという。目を借りていたこちらもステータスが表れない事を確認済みだった。
となれば相手はただの魔術師だ。それがあれだけの礼装を使い、サーヴァントと互角に戦っていたのだ。あの実力……一体奴らは何者だ?
しかしその報告を最後に、当の報告を寄越したアサシンが消えた事に彼は気付かなかった。己がサーヴァントに対して無関心であったがための失態だが、自覚できなければ失態にも失敗にもならないのだった。
悶々と考えても、綺礼が知りたい答えは出ない。
だが何故かこんな状況なのに、引っ掻き回され、右往左往する時臣師や父の姿を見ていると、カラカラに干乾びた胸の芯に水が沁み込むような気がする。潤いだ。潤いを感じる。これは……。
綺礼はそっと右手で左胸に手を当てた。踊っている。心が踊っているのがわかる。それは長らく忘れていた感覚だった。堕落した唾棄ずべき邪心との考えもよぎった。
だが時臣師も父も、この程度の事態なら何の苦もなく乗り越えるだろう。何より自分は師の不幸も父の禍事も願ってはいない。ただ、起きてしまった事象を……愉しいと感じただけだ。
あの少女達には何かがある。それが何かはわからない。だけど、いつしか少女達を調べろとアサシンに指示を出していた。
これは当然といえば当然なのだが、何故か綺礼はあの二人に会って問うてみたいと思ったのだ。
あの若さで何をすればああいう事ができるのか。そこに至るには何らかの動機や衝動があるはずだ。それは何なのか。それを知りたいと思った。
言峰綺礼は生まれついての求道者である。彼は恵まれた才能と、努力する事を怠らない意志の強さを持ち合わせていた。
しかし、その鋼鉄の意志の下に誰にも明かせぬ無味乾燥な感情があった。何をしても感動しない。心動かされる悦びを感じないのだ。
無関心なのではない。不感症なのでもない。だが妻が死のうが、娘を捨て置こうが何の後ろめたさも感じなかった。世間では非道な事だと非難されるようなあり方だろう。
だが……身内ならばこそだ。そこまでしても心は乾いていた。何もない。自分には何もないのだ。その何もなさが聖職者でもある綺礼には、苦悩であり苦痛であった。
求道者であり、世間から隔離された狭き教えしか知らないのも、その苦悩に輪を掛けていた。
そしていつしか、自分には何かが足りない、他の人とは異なり、何かが欠けていると考えるようになっていた。
答えそのものとは言わない。だが、それを埋める何か、或いはそれを知る手掛かりがどこかに無いかとここ数年探し求めていた。
そんな何かを得られないかと期待して参戦した聖杯戦争だが、食指が動いたのは師である時臣の工房で見た衛宮切嗣のプロフィールのみであった。
しかしあの少女達の奇想天外な行動と、父や時臣師の動顛ぶりが繋がった時、何故か愉しいと感じた。人様の狼狽振りや混迷振りを嗤う心は持ち合わせていない。
粛々と流れて欲しいこの降霊儀式が壊されるのも良しとはしない。なのに……。
再度繰り返される、混迷した思考と罪悪感。そしてそれを塗り潰さんばかりの潤いある感情。
「愉しいだと? 馬鹿な! それは悪徳だ!」
声に出して己の内なる感情を否定する。だが……。
「これは……この感情は一体何なのだ……?」
そしてほぼ全員が眠れぬ夜を過ごし、翌朝の黄色い太陽を感じたのだった。
翌日、拠点でエルヴァはランサーを説得していた。
「二君に仕えずの心意気は買いますが、あの者があなたの主に果たして相応しかったかどうか」
「それは関係ない。俺は俺を喚んで下さったあの方に忠誠を誓ったのだ」
「では、どうしても私どものチカラにはならないと?」
「愚問だ。主に身命を捧げてこその騎士だ。何を言われようとも主を裏切る真似はできん」
「嘘ですね。結局グラニア姫に折れて、フィン・マックールを裏切っていますよね? 黒子(ホクロ)のせい? ゲッシュのせい? 関係ありません。あなたの性根の問題でしょう? 最後の最後で拒否できなかったあなたが今更です!」
「グ、グワァ~~~~!」
「何よりその忠誠は押し付けでしょう? 別にエルメロイでなくとも良かったのでは?」
「そんな事は……」
「ほら、迷った。忠義も忠誠も、信頼の後から生まれるものです。騎士と主の関係は従業員と雇用主の関係ですよ。金銭や聖杯というわかりやすい報酬も求めず、忠節を尽くさせて貰えれば他は何も要らないなどと。その思考方法は現代人の誰にも通用しません」
「通用しない……?」
「そうです、通用しません。お友達になってくれるなら、お仕事手伝いま~すって言ってるようなものです。エルメロイは子供ではありませんよ? ましてや騎士道は、野蛮な時代に生まれた規範です。それが正しいとか間違っているとかの前に、あなたの時代からどれだけの年月が流れたか。わからない人には、とことんわからないものなのですよ」
「時代が違い過ぎるのか……だから……」
「ええ。エルメロイには、あなたの業界でしか通用しない常識は理解できません。『武を競う場を提供しろ』『今世の美味いものを食わせろ』『女を用意しろ』。あなたの感覚には合わないでしょうけれど、こういう条件提示は現代では重要です。それをあなたは怠った訳です。『忠誠だけを尽くさせろ』、そんな霞みたいな物を要求する相手が信用できますか? それも呪いの黒子をどうにかしてくれと言うならまだしも、それは願わずに会う女性、会う女性に『生まれついての呪いなので、女として産まれた我が身を恨んでくれ』などと。メロメロになった婚約者を馬鹿にしているでしょう?」
「あ! だから、ケイネス殿は……」
「そうですよ。どれだけ腹を立てていたか。私のような子供でもわかります。どうです? あなたの願いは一方的な押し付けだったと気付けましたか?」
「だが、俺は!」
「どうしようもありません。令呪は既にエルマのもの。契約も切れません。あなたは誰かに負けない限り消えません。もう、行って良いですよ。魔力は送って差しあげます。令呪は使いません。エルメロイを探してもう一度契約してくれと頼んでみては? パスが切れていますから、探しようも無いでしょうけれど」
「もしかして、ケイネス殿は死んでいないのか?」
「私は弱い者イジメが嫌いですので。こちらの手の者が昨夜、意識を奪って山の中に捨てただけですよ」
それを聞いたランサーことディルムッド・オディナはすっ飛んで出て行った。場所も聞かず。俊敏性は買うが、心底要らないと思うエルヴァだった。
覆水盆に返らずという言葉を送ってあげたい。あれ? これって親指を噛む人の故事に近い?
「良いの? あのまま行かせて?」
ランサーが出て行ったのを見届けた凛がエルヴァに尋ねた。
「構いませんよ。昨夜のアレでケイネスはブタ箱です」
「ブタ箱? 何で?」
「あの体操服には盗難届が出ています」
「と、盗難? 誰のだったのよ?」
「藤村大河。ついでに下着や制服に現金も盗ませました。聖杯戦争中に何を警察に話すのでしょうね?」
コイツ、やりやがった。その後の予想を聞いて私は震え上がった。まさに魔術師殺しだ。このところ、エゲツない方法を取らなかったのに、今回は出逢った頃の彼女のようにトコトンだ。
「現金と言っても、陶器の貯金箱に入っていたのは483円でしたが」
「500円も無いのかよ……。リアルにみみっちいわね?」
500万円奪われた自分とは大違いだ。
「ま、貯金箱を割って部屋を無茶苦茶にする事に意味がありましたから」
「それで盗難届か……」
本当に無茶苦茶しやがる。だけど、そのエルメロイは確実に護られる事に私は気付いた。
霊体化したサーヴァントに勾留所を襲わせでもすれば別だが、そこまですれば一大スキャンダルだ。だからどのマスターもエルメロイを狙えない。
いや、そもそもが聖杯戦争参加中のマスターが逮捕されて、姿をくらましたとは誰も考えない。この世界での、高校生くらいの藤村先生には悪いが、これも一つの手なのだと思えた。
「けれど、どうして藤村先生を?」
「あそこは家が家でしょう? 大事にできないと言うか。それと第五次の頃、この藤村先生が士郎クンの後見人振って、朝夕の食事を毎日タカっていたのです。本当の後見人は、祖父の藤村雷画さんなのに」
「タカっているって? 本当に?」
「本当ですよ。衛宮切嗣が生きていて、士郎クンも幼く、あの人が学生である今時分ならまだ許されますが。ですが、この10年後、後見人だ、姉だと、素直な彼をすっかり洗脳して。先だっての第五次くらいなものですよ。食費を真面目に納めていた藤村先生は」
「ああ……! あそこはイリヤさんが居たから?」
「そうです。1食300円として、300×2×365日×10年で219万円。食べない日を差し引いても凡そ150万円は、士郎クンからタカっています。現実は1食500円前後は掛かる料理を作っていて、お米はどんぶり飯で最低三杯ですからね。おまけにお弁当の催促もありですから……ざっと、450万はタカっていますよ。雷画さんは愛情を以て、早くにご両親を喪った孫の藤村先生を育てて来ました。何度も何度もこんなやくざ者がと悩まれて来たのです。それが教員採用に受かり、心から喜んでいらしたのですよ? それなのに影ではこうやって、親の居ない少年から食事を漁るさもしい性根……許せませんでしょう? この人が剣道五段なのに剣道部の顧問になれなかったのは、本気で性根が腐っているからですよ。いや、案外教員採用も暗黙の恫喝で捩じ込んだ? 一般人が関わりたくない、非合法な特定組織が後ろ盾ですものね。ああ、嫌だ嫌だ」
凄い言いざまだ。だけどアーチャーが幾ら睨んでもそういう事になる。どこの衛宮君も将来のために生活費を切り詰め、バイトをしながら、遺産を出来る限り使わない方針だったと先生から伺っている。
何よりアラヤから目を付けられている衛宮君の背中を、直接的では無いにせよ間接的かつ長期に渡って押していたのが、担任で英語教諭の藤村先生だったと並行世界の私でも気付けた。
二番目に押すのはセイバーか、どこかの私なんだろうけど……。
それ以外にも、エルヴァが指摘した理不尽な弁当催促で、弓道部に届けた帰りに死に掛かった話なども聞かされていた。
まぁ、不可抗力なのはわかる。聖杯戦争中にホイホイ出掛ける、その衛宮君が間抜けだとも言える。だけどイリヤさんは藤村先生に暗示をかけ、巻き込まないようにしていたのだ。この差はデカイわよ、アーチャー?
そしてエルヴァでなく、あのエルは先生に『あの家は誰一人血の繋がらない者同士が、家族ごっこを演じていた嘘っぱち(フェイカー)の家だ。だから誰しもが相手を利用し、容易く見捨てる事ができるのだ』と話していたそうだ。
それと同じ事をエルヴァが、睨むアーチャーに話した。アーチャーは黙り込んでしまった。結局第三者から見ればそういう事になるのだ。むしろ、裏返せば藤村先生を餌付けして堕落させたのは誰だという話にもなる。
しかもアーチャーは人だった頃に桜を見捨てていた事が判明した。通い妻よろしく出入りしていたと聞いて頭が沸騰した。だってそれって単なる恋心だけじゃないわよ?
「それって桜からのSOSじゃないの!? なんで気付かないのよ! バカなのあんた!?」
お門違いは重々承知。自分の事を棚に上げてとも思うけれど、それでも文句は言いたい。だが、それもこれも第四次聖杯戦争がすべての元凶なのだ。
そして今回のこれも、両親を奪い、桜と離れ離れになってしまった、あの忌まわしい四回目の儀式の再現なのだ。第四次は本気でヤバイと先生は仰っていた。となればさすがのエルヴァも、手を抜けないのだと思う。
何より私自身が心を鬼にしないといけない時が来るだろうと認識を改めた。
「さて、アイリスフィールさんの聖杯を封印しましょうか」
「エルヴァ、桜はいつ救けるの?」
「少し待って下さい。小聖杯を封印してからです」
「リン、順番ですわよ?」
「ええ、そうよね……」
「そう落ち込まないで下さい。今夜、間桐を襲いますから。それで拠点をあちらに移します。バーサーカーはランスロットさんとセイバーで抑えて下さい。その間に間桐雁夜の契約を切りますので」
「わかりました。カリヤ……サクラ……」
「卿よ、必ず救けましょう」
「はい」
「しかし私は昨夜、あの埠頭で出るのかとビクビクしましたよ」
「まさか。アーサーが出れば大混乱ですよ。時にアーサー? 何故こちらのアーサーや、英雄王は出なかったのでしょうね?」
「エル達が先に戦っていたので様子見をしていたのでしょう。また、英雄王に関しては、二人が征服王の言葉を封じたからだと思います。ですが、どこからか見ていたでしょうね」
「ですね」
この頃の言峰は受動的であり、百貌のハサンを使いこなせていません。
実に勿体ない。
このハサンの中の独りを追うだけでも、面白いと思うのですが。