「『自分の描く理想郷』……? どういうこと?」
『それはあの方が持つ『ラインの黄金』が成し得た奇跡であって、できるできないは別としてあり得る事だと考えられます。問題は対価の方です』
「『自分の持つ理想』……」
『そうです。誰だって『理想』があります。それが『夢』である人も居れば、『希望』である場合もあるでしょう』
「それをエルお姉様は棄てたって言うの?」
『断定はしません。ですが、私が思い浮かぶ答えはそれでした』
ステッキの言葉で呆気に取られたのは子供達だけではない。誰よりも私が一番ショックだった。借り物の『理想』とも気付かず、そこに『希望』があると信じ、それを『夢』として生きた我が人生。
そこに後悔はない。例え借り物であったとしても、その『理想』は美しかった。誰しもが胸に秘めた願いであり、誰しもがいつかは……と、信じる祈りだ。
それを成したいと行動した事自体に後悔はない。自らが手を掛けた者を、切り捨てた者達を悼みもするし、哀惜を感じずにはいられない。それでも私は『理想』を追い掛けた。なら後悔は『理想』への裏切りだ。
もし後悔があるとすれば、それは『守護者』となった点のみ。あの『世界』との契約だけだ。
そして────方法に種々の問題点はあっても、その『理想』そのものは間違ってなどいない事、並行世界の『衛宮士郎』を殺しても『守護者』から脱却できない事、『理想』を追い掛けた過去の自分と『守護者』となった現在の自分を切り分けて考える事……などなどを教えてくれたのがエルヴァだった。
『理想』と『現実』は乖離している。だから摺り合わせもない性急な動きは周囲を戸惑わせ、やがて敵となるという点、一人二人が動いたところで世の中は変わらないという『現実』も教えられた。
メディアを動かせるだけの権力と金を掴んで、ムーブメントにできたとしても『あるいは』程度だろうとも。そしてそういう運動を言い換える適切な言葉があるとも教えられた。それは『宗教』だ。
だが、それはエルヴァだけの考えだったのだろうか? エルの考えでもあったのではないか? そう思い至ったからショックだったのだ。
人は『理想』を棄てて明日を迎えられるのだろうか? 生きていけるのだろうか? その対価を我が身に置き換えれば……。
凜とエルヴァが席を外してくれていて助かった。子供達だけなら何とか誤魔化せる。
「厨房での仕事が残っていた。私はお先に失礼させて頂く。ここで私達が思い悩んでも、結局は経過を待つしかない。君達も外に出て遊んできたまえ」
そして私達は主の居ない部屋を辞した。
見慣れたはずなのに、居心地が良いとは言えない食堂に私達は集まっていた。私とエルマに凜と凛にルヴィア。そしてここのルヴィアが私達を遠巻きに見ている。
もう何日も帰っていないらしいので、ここの凛は一旦家に戻った。セイバーやランサーにモードレッドは、バゼットさんの案内で牛丼を食べに出ている。もしかせずとも豚丼だと思うけれど。
厨房ではここのニコさんとアーチャーさんに姉さんが、何やら料理談義を楽しんでいた。そこに子供達と残したアーチャーさんが加わった。
士郎クン二人はそれぞれの美遊ちゃんを連れて、オーギュストさんとシロウさんを不動産屋さんに案内している。ルヴィアがここのルヴィアを口説いて衛宮の家(武家屋敷)を買い取りに行ったのだ。
貧すれば鈍するとは良く言ったもので、エルに対する贖罪の意識で押し潰されそうだった私は、士郎クンと美遊ちゃんの新しい家について何も話せなかったのだ。
まともとはまだ言えそうにないけれど、行動できたのは昨日からだ。エルマに白状させたのだ。眠りっぱなしのエルの体を拭いたり、点滴を付け替えたり、排泄の始末をしてくれている者が誰なのかを。
それはあの城で最後尾を歩いていた、私をモデルにしたエーテル人形だった。一度エルに戻って消えたはずなのに、ここに帰ればエルを、自分で自分自身を看ていたのだ。
第一発見者はエルマだった。そしてあの子は私や凜に嘘を吐いて、その奇妙な看護人の存在を隠していた。『コード(絶対命令権)』を発動されて。
「あなたはエルなの?」
そして食堂から会議室に移動した私達は、鍵を掛け防音結界を張った。今、その彼女が目の前に居る。
「いいえ」
「じゃ、誰?」
「それは彼女が一番良くわかっている。そうですよね、エルヴァ?」
「あなた……?」
「私の名はエルヴァ・フォン・アインツベルン。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとエルフ・フォン・アインツベルンとは三つ子。その三番目」
いつかの設定そのままだ。エルは私をデータ解析して、この人格を宝具の中で育てていたのか。
「それは何の……「エルはどうなったの!?」……ため?」
「そうですわ。エルさんは一体?」
凜が苦笑している。凛の大声には私も苦笑する他ない。
「問題はない。対価を支払うために意識の中で旅をしている」
「それはいつ終わるの?」
「ここでの時間で後3日」
その明示された期日の意味を弟子達も理解していた。
「これは……?」
「ええ……」
「そうです。今の私の修正可能範囲ですね」
そう凜が白状した。
並行世界間の移動には現実的な時間が必要となる。A点とB点の時間を比べた場合のズレでなく、移動の時間だ。それが限りなくゼロに近いか、3日も4日も掛かるかどうかは世界間の概念的距離に拠る。
だけどそれをゼロにする方法がある。それがゲート構築だ。先生と凜にしかできないと聞かされている。宝石翁の方法はまた別らしい。
この構築されたゲートだけなら妹弟子の凜が使える。あちらのルヴィアも最近成功したと凜から聞いた。そしてゲートを構築すれば、帰りの時間設定が単純になる。凜の処理能力なら出発した数十秒後にできる。
ただ、できる限り到着から間を空けずに構築する方が望ましい。それはその許容範囲が術者に拠って異なるからだ。先生なら1ヶ月後でも可能だが凜は1週間が限度だった。それを越えると出発日のズレがリアルなズレとなる。
だから未知の私が指摘するまでもなく、凜は構築済みだったし、眠っていても連れ帰る予定だった。だけど、どうやらギリギリで目覚めてくれるらしい。
この帰りの日を気にするのは、帰着した翌日にクロエちゃん、イリヤちゃんにエルヴァちゃんを交えた家族旅行が待っているからだ。
「それで、その旅って?」
「ホモ・サピエンス・サピエンス(現人類)が文明を創出し、現代に至るまでの旅」
「何よそれ?」
「何ですの?」
『黄泉がえり』。唐突にそんな言葉が頭に浮かんだ。蘇りでも甦りでもならぬ『黄泉がえり』。小説が映画になったアレではない。この言葉は「よみぢがえり」と読む。
そして洋の東西を問わず死者の国からの帰還物語は残っている。必ずそれには大きな困難が伴っている。重要な通過儀礼を経ないと駄目なのだ。
あの時、私は間違いなく死んでいた。だけど彼女は魂を扱う専門家集団の総裁だ。私の魂が霧散して自然に帰る前に、彼女はきっと宝具に捕らえ……いや、彼女の魂の中に帰ったのだろう。そしてその通過儀礼を肩代わりしてくれている。
私は本来分離された意識であって、魂は無かった。だけどカードを触媒にしていたので自意識だけで動けた。それが受肉の際に彼女の魂のコピーを入れられた可能性がある。
何よりこの誰にも不可能とされた魂のコピーを成功させたのが、他ならぬお祖父様だ。マアエモ・ママはお祖父様のお孫だった『エルヴァ』の魂そのものだが、エッペルハイムでメイド長をしている義理の姉フリューゲルは、その『エルヴァ』の魂をコピーした完成品が使われている。
その前にお祖父様が、お腹を痛めて産んだ子というのが信じられないが。そしてエルの研究テーマは、ホムンクルス同士からの子供の誕生だ。
人工生命同士が交わり新しいヒトを作る……その『夢』が対価ではなかった。人類が精神的に進化して真の平穏を自らが得るという『希望』が対価でもなかった。
まさかそんな古典的でありがちな精神の時間旅行を…………自分で選択した? 一番リスクの少なそうなのを選んだ?
凛やルヴィアでは埒が明かない。この子は完全な操り人形だ。だから自分で質問した。
「もしかして彼女は自分で対価を選んだ?」
「正解です」
「そしてあなたを後催眠のように後で出力する術を編んでいた?」
「正解です」
およそ6日間で1万年。なんて濃縮された時間旅行なのだろう。あ……。
「これって、彼女のマトリクスを奪わせないためであり、アーチャーさん達の危険回避も含まれている?」
「正解です」
「それを彼女に教えたのは誰?」
「マーリン。だからあの世界を召喚した」
「どうしてそんな事ができるの? そんな伝承の世界を? それに順番が逆でしょう?」
それってアーサー王伝説のマーリンに会えば、私を救ける方法がわかるって解釈になる。どうしてエルはそれを知り得た? 召喚術は奥が深い。だからエルならできるのかもと思い始めると、益々そこが大きな疑問となって残った。
「教えて。どうしてなの?」
「S級機密事項。私にそれに関するアクセス権はない」
「プロテクトか……。こういうのは手を抜かないなぁ」
「エルヴァ先輩?」
『先輩』でなく『エルヴァ先輩』……。凜は敢えてそう呼んだのだろう。
「何?」
「彼女と私は面識こそありませんが、『先輩』のお考えはある程度わかります。これ以上は……」
「アイデンティティー崩壊を招く?」
「受け売りですが、その可能性は無きにしもあらずです。それに彼女が先輩が現世に帰る……いえ、現実に戻るために必要な波止場の気がします」
「確かに。そういうのも手を抜かなさそうですよね」
過去に遡り根源を目指すはずの魔術も、ことアインツベルンの錬金術から生み出されるホムンクルスや、それに類する疑似生命体に於いてはSFに近いものがあった。
だから私もSF小説が好きだし、エルはとりわけ大好きだった。そしてお祖父様も曽祖父様も。厳密には曽祖父様の時代に、そんな小説は無かった。
それでも曽祖父様の時代の親族は懐古趣味宜しく、ある場所にローマ時代さながらの街を造り、こじんまりとした今でいうテーマパークを作っていた。幾つかの宿泊所と浴場しか無かったそうだけど。
そこで働いていたのは、秘匿を第一義とする研究成果達(ホムンクルス)だった。要は規模の少し大きい売春宿だ。
どんな風に犯そうが文句を言わない女達。その宿に行けばで自己の秘められた欲望を開放するお客達。限定され選び抜かれた客ばかりなのに、一時は大いに儲かったそうだ。
だけど人形でしかない筈のホムンクルス達は、小さな不満を少しづつ溜め込んでいた。それがやがて爆発し反乱を起こすに至った。絶対命令権でプロテクトしてあるはずなのに、ヒトに歯向かい殺害したのだ。
この事件自体は当時の社会が閉鎖的だったので、どこにも漏れなかったそうだ。このお話を教えて下さったお祖父様は言う。規模は違うが、まるで映画の『ウエストワールド』のようだと。
そんなものを13世紀に作っていた。このホムンクルスの反乱は、我が一族の暗黒史だが、大いに研究を進める原動力となった。自我の確立を成し得たのだ。
その後も小規模なホムンクルスの反抗や反乱はあった。その分、『コード(絶対命令権)』は益々強固になり、同時にホムンクルスの扱いがデリケートなものへと変化した。
こういった失敗と成功を交互に重ねた果てに姉や『私』が生まれた。
信じられない? 19世紀辺りのガス灯が灯る石畳の街を、銀髪・赤眼の少女が追手を殺していたと想像した? 現実はそうじゃない。
最初の反乱は、箱庭の中でいつも犯され虐げられていたあの者達から始まり、あの箱庭内で事態は終結したのだ。決められたセリフしか言えず、自発的に話す能力など無かったのに不満を口にしたそうだ。
休眠時に個体の意識を並列接続した事で、知能が急速に上がったのが原因とされている。だけどそれが切っ掛けで自我確立が達成された。並列思考や分割思考もこれ以降大いに進歩した。これは魔術協会も聖堂教会も知らない我が一族の史実だ。
そして目の前の人形はそんな昔聞いた話を思い出させるほど、処理能力が低いように感じられた。介護ロボットさながらだ。きっと時間に猶予がなく、思考をそこまでしか入れられなかったのだろう。
いや、違うか。凜が気付いたように、もはや私とエルは違うのだ。記憶には無いが、エルなら緊急用のバックアップやオーグジュアリは何段階も用意してそうだ。きっとその内のレベルが低いタイプが出力されたのだろう。
「わかりました。本来の仕事に戻って下さって結構ですよ」
「はい」
そうして私そっくりな人形はエルの眠る部屋に戻った。
これが妹達やアーチャーさん達をエルの部屋に入れない理由だった。こちらの両親には先手を打って、私とエルマとでご挨拶済みだ。
「お姉様」
廊下を歩く私を呼び止めたのはエルマだった。
「申し訳ありません。皆さんに嘘をついて、お姉様にも秘密にしていて……」
「いいえ。それが『コード(絶対命令権)』です。あなたの鋳造者はエルです。そしてそのコードの発動権だけをあの人形は持っていた。エルは最初からあなたを仲間に引き込む積もりだったのでしょう。思い詰めなくて結構ですよ。騙されたとは考えていませんから。妹が吐いた、可愛い嘘だと思っています」
「ありがとうございます」
心底ホッとするエルマ。これだけ高度になったから嘘も吐けるし思い悩みもする。それが今のホムンクルスだった。
「なぁ、バゼットさんよぉ。牛丼も興味あるけど、オレはトンカツってのが食いてぇ」
「トンカツですか? う~ん……牛丼ならば400円弱で食べられますが、トンカツ定食ですと1000円前後しますよ? それでも良いですか?」
「ああ、金はエルヴァから預かってるんで問題ねぇぜ」
「いえ……私の懐が……」
「そんなの気にするな。案内してくれてんだから奢るって」
モードレッドのマスターは、幼いとはいえお金持ちですね。
「ランサー殿?」
「言ってくれんな、ランス。並行世界って残酷だよな? あんだけ腕の立つ奴がここまで貧乏になるもんなのか?」
「現代は相当賢くなければ難しいようですね」
「腕より頭ってか」
「はぁ。トンカツや牛丼くらいなら、家で食べた方が安く付きますのに」
アーサーもアルバイトをするようになってから変わりましたね。
「そう思うけどよ。作んのはアーチャーかエルヴァだろう?」
「まぁ、そうです」
「なら、今度オレ達で作らないか? セイバーも手伝えよ。それでエルヴァに食わせてやんな。喜ぶぜ、あいつ。お前ぇも喫茶店で覚えた事は多いだろ?」
「そうですね。そういうチャレンジは面白そうだ」
「だろう? ランスなら簡単に覚えそうだしよ」
「私頼みですか!?」
「あのな、戦でも何でもそうだ。戦う者だけじゃ勝てねぇ。見張る者、策を練る者とか色んな奴が必要だ」
「それで私が作る間、あなたが見守り、味の検分はアーサーだと?」
「そこまで言わねぇよ。オレも手伝うって。けど、この中で一番料理が上手いのはお前だぜ?」
また、そうやって煽(おだ)てる。私は単に器用なだけで、そこまで料理上手とは思いません。現にランサー殿も私と変わらぬ腕前です。
おや? モードレッドとバゼット殿が立ち止まった。どうやらあの店のようですね。おっと、「ご飯お代わり無料」。なるほど。バゼット殿はわかっておいでだ。
案内された席につくと私達は四人とも「ローストンカツ定食大」でした。普通で1100円。2枚入って1350円なら、たったの250円差。そうなると2枚の大ですよね? 私もイリヤ殿から学んだのですよ。
「う~む。牛丼3杯分以上ですから、お代わりも最低3杯は」
「バゼット、お前ぇ、喋らない方が良い」
ランサー殿の元マスターはもっと違ったタイプだったようです。殺気なんてありませんが、ホンの少しだけ怒りの滲んだ物言いでした。相当大切な方だったのですね。私がカリヤを忘れられないのと同じで。
トンカツがテーブルに並んだのは、そこから10分後でした。そして2分も掛からずモードレッドとアーサーが同じタイミングでお代わりしました。親子ですねぇ。
「ではこれで宜しいですかな?」
どこのオーギュストさんにも驚かされるな。サラサラと万年筆で小切手に書き込んだ金額は5千万だ。エルヴァさんは俺の時の4千万は土地代だけと考えても破格に安かったと話していた。
今まで知らなかったし、考えもしなかったけれど、ここは冬木でも一際閑静な高級住宅街なんだそうだ。言われてみればそうだな。こうしてクレーターのない世界で生きてみれば。
近所の家も親切だし、美遊を暖かく見守ってくれている。あいつにもそういう平穏がきっと来る。借金は俺より多いだろうけど。
「おいおい。爺さん、ここは藤村の息が掛かってるんだ。後、1本は足りないな」
がめついな。俺の時はイリヤちゃん達の親父さんが動いてくれたけれど、どうなる?
「じゃ、そいつを持って皆んなで藤村組へ行こう。オレが話を着ける」
シロウさん?
「大丈夫だ。ここは雷画組長にとって思い入れのある家なんだ。そのお眼鏡に、そこの士郎が叶うかどうかなのさ」
「けど、美遊は?」
「門の前で待っていて貰えば良い。彼が面倒を見てくれるよ」
そこでシロウさんの顔をまじまじと見たのが、さっきから偉そうにしている男だ。実はこいつは不動産屋じゃない。この家を買いたいので見せて欲しいと言うと、どこかに電話を入れて、それで来たのがこの男だった。
「ほら、さっさと行こうぜ。ここの隣なんだから」
士郎が驚いてる。けどそのマサさんって本当は優しいんだぜ? それを知っているうちの美遊が、もう一人の美遊に大丈夫だと話していた。
話によると藤村組は江戸時代の前から続く忘八者で、日本でも最古参の一家の一つだという。昔は賭博やノミ屋(公設競馬などの胴元を代わって開き、客からの投票を受け付ける。地方都市に多い違法行為。場外売り場に行かずとも、電話などで気軽に申し込めるので客は個人商店の店主など多岐に渡る。払い戻しは公設の発表通りだが、大穴は上限10万と決めているところが多い)もやっていたらしいが、今は神社仏閣で立つ屋台の仕切りと経営、それと港湾や土建の人夫出し、それとみかじめ料(スナックなどへの花の押し売り)などでシノいでいるらしい。
そんな事を士郎に教えつつ、俺達は隣に入った。
「悪いな。あの家にはちと思い入れがあってな。買いたいってお人にはこうして会って話をさせて貰ってるんだ。で、お前ぇさん達兄弟で住むのかい?」
俺達三人は同時にむせた。
「で、親父さんは外人さん?」
これも雷画さんの優しさで、俺達を怖がらせないよう冗談を言っているのだ。
「いや、住むのはこいつ、「衛宮士郎」とこいつの妹の「衛宮美遊」って女の子だけだ。俺達は違う場所で暮らしているこいつの兄だ。オレは一郎、こいつが三郎、それでそいつが士郎だよ」
「へぇ。って事は次郎ってのが居るのかい?」
「あいつは駄目だ。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。今もどこで何をやってんだか。で、こちらのオーギュストさんはオレ達のオヤジの親友で、ま、言ってみればオレ達の後見人ってとこなんだ」
「そうかい。兄さんは肝が座ってんな? 相当修羅場を潜ったろ?」
「そうだな。何度も地獄を見たよ。弟達も。けど天国も楽園も見たぜ」
「へぇ、そいつはどこだい?」
「家族の待つ家さ。親分もそういうのを、若い兄さん達に与えたいって思ってんだろ?」
「チッ、言ってくれる。わかった。建て替え増築は罷りならねぇけど、修繕・修理はオーケーだ。それさえ飲んでくれたら4千万だ。手数料込みの支払いは不動産屋を通してくれ。後、連帯保証人は兄さんな」
俺達は全員で頭を下げた。オーギュストさんは手数料などを算出させ、その金額の小切手を書き直し、その場で不動産屋さんに渡した。
引き渡しはこれまた簡単。そこで鍵を渡されたからだ。それで俺達は表に出たんだけど。
「参ったな。家財道具、全部エルの宝具の中じゃないか……」
エルさんは今昏睡状態だ。見舞えるのはエルヴァさんとエルマなどごく少数だ。
「どのみち買い換えなきゃならないモノもあるし、買い足さなきゃいけないモノも後で出る。前後するけどそういうのを揃えるつもりで買っていくしかないと思う」
「そうだな。あいつは呆然としているけど」
「以前の俺もそうでした。けどシロウさんやアーチャーさんと俺は出会えて少しずつ変われた。あいつにもそんな気付きを与えてくれる人が現れますよ」
「ほぅ? それは?」
「自分ですよ。自分自身が自分をしっかり見ていれば、シロウさんでなくても気付かせてくれる人は周りに居る。それが人の世の中だと最近思っています」
「正解だ。人は他者と触れ合い他者から学び、より良き自分へと変えていく。やっと呪縛が拭えたな。自分の幸せは見えてきたか?」
「その答えは以前と同じです。妹を先に嫁がせないと」
「それはオレが言ったんだろ?」
「そうでしたっけ?」
ひとしきり笑いあった後に聞いた。
「ゲートは?」
「凜が構築する。できる限り面倒は見るよ」
「お願いします」
これが、俺の料理の師匠であるシロウさんと滅多に会えなかった理由だ。俺だけじゃなかった。もっと過酷で辛い目に遭っている俺もどこかに居るんだ。そういう奴のところを周りながら、新たに救けたりもしている。
それって何人くらい居るんだ? 延べで何年掛かるんだ?
『お前はそこまで行かないけど、それでも危ういところはある。それをまず自覚しろ』
『人は他者を『手助け』できるが、『救ける』なんてそういう職に就くか大きな災害でも起きない限りまずあり得ない。そんな事を何度も口を酸っぱくして話しても理解できない奴も居る。そんなバカの成れの果てがアーチャーでありオレだ、士郎。人が最後に救うのは自分自身だ。そして最初に救うのもな。他者は無理でも自分なら可能だ。そこを気付いて欲しい』
どちらもシロウさんが俺に話してくれた事だ。そうだな、その通りだと思う。美遊も大人になれば自分で自分を探して行かなきゃな。でも、まだ早いよ。あいつは5年生だぜ。だろう?
マサさんが買ってきてくれたであろう缶ジュースを飲みながら、二人の美遊は日陰で話し合っていた。結構仲が良いもんだな。
「ほら士郎、ボサッとすんな。掃除を手伝え」
「はい!」
それで俺達は仕事があるだろうオーギュストさんを見送って、見慣れているはずなのに初めて入る家の掃除を始めた。
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仲間と木の実を集めて遊んでいたら、太ももが血だらけになった。だから慌てて洞窟の住処に帰った。洞窟は長くて広くて、横道も多い。その横道のそれぞれに住処と寝床がある。
「お前も女になったんだね」
洞窟の長である父(てて)さまに母(かか)さま、そして大勢いる兄(あに)さまや姉(あね)さまが祝ってくれた。婆(ばば)さまも大婆(おおばば)さまも喜んでくれた。私は嬉しくて窟に絵を描いた。
「お前は絵が上手いな」
皆んなが褒めてくれた。それから幾つかの暑い時と寒い時を繰り返し、一人前になった『印』を入れる日が来た。
「思い出すね。私が『印』を入れて貰った時、お前はまだ歩けなかった」
姉(あね)さまの上の姉(あね)さまがそう言った。
「痛いけど我慢しな」
『印』は尖らせた枝に色を付けて、肩や胸に突き刺す。血はいっぱい出るし痛い。姉(あね)さまが痛いと泣いていたのを思い出す。
私も痛くて泣いた。けれど白くて冷たいものが空から落ちる時に痛みは消えていた。
その大姉(おおあね)さまは外が暗くなると、洞窟一猟の上手い男と交わり合う。番(つがい)になる準備だ。
「暖かくなったら、あの男と新しい窟で暮らすよ」
そして草の背が伸びる頃、大姉(おおあね)さまは出て行った。あの猟が得意な男と番(つがい)になったのだ。
「大姉(おおあね)さまの男は長になるのかな?」
「なるよ。あいつなら」
父(てて)さまがそう言った。
風が爽やかな頃、すぐ上の姉(あね)さまが水浴びしていて男と知り合った。そいつも猟が上手い。そして私もその男の弟を寝床に招くようになった。
「お前は早いね」
姉(あね)さまに笑われた。そして草が背を伸ばす頃、姉(あね)さまも男と出て行った。
「あの男は長になる?」
「どうだろうな。けど罠が上手いから大丈夫だ」
兄(あに)さまがそう教えてくれた。
お腹が目立って来た。男と出たいと言ったら反対された。私は大婆(おおばば)さまや婆(ばば)さまの反対があって出れなかったのだ。番になるのに反対なのか。長になれなさそうな男だから反対なのか。
あいつは同じ洞窟で大きくなったから気に入っているのに。
「だからだよ。お前は婆(ばば)さまや大婆(おおばば)さまのお気に入りだ。あいつとここで暮せば良い。兄(あに)さまもここに居ろって」
そんな事を母(かか)さまが言った。だから私は同じ洞窟で子を産み、育てた。
幾つもの暑い時と寒い時を繰り返し、一番目の子も二番目の子も死んだ。
「大姉(おおあね)さまと姉(あね)さまの年が離れているのは、間に死んだ兄姉が居たからだよ。それでもあの子は姉(あね)さまを産み、お前を産んだ。私も大婆さまも同じだ」
泣いている私に、そう婆(ばば)さまが話してくれた。
また何度かの暑い時と寒い時がやって来た。私の子はまた二人になった。その間に大婆(おおばば)さまが死に、婆(ばば)さまも死んだ。
上の子が大人の『印』を入れた頃、父(てて)さまが死んだ。しばらく経つと母(かか)さまも死んだ。悲しかったし寂しかった。
「母(かか)さまは絵を描くのが上手いな」
下の子にそんな事を言われた。嬉しかった。
兄(あに)さまの子が窟の長になっても、番の男が死んでも私は洞窟で暮らして壁に絵を描いていた。
「大婆(おおばば)さま。またお話して?」
ああ、孫だったか孫の子だったか、それとも兄(あに)さまの孫の子だっけか。もう覚えておらん。目もよう見えん。壁の絵も今は孫が描いている。
その草木が枯れる時、私は深い眠りに着いた。
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木の実が実る頃、お婆(おばば)が私を呼んだ。
「また遊んでいたのかい? 練習の時間だよ」
お婆は村で呪い師(まじないし)をやっている。父(とと)が獲ってきた獣の骨を焼く。その割れ方で先に起こる事がわかるのだ。だけど今日の練習はそれじゃない。
「遊んでいたんじゃないよ。この草でしょう?」
「おやおや、見付けて来たのかい。ではこれを使う方法を約束通り教えようか」
そうして私は草を使って薬にする方法を教えてもらった。お婆(おばば)は呪い師としても薬師としても有名だった。今まで何人もの病気や怪我を治して来た。
だからこの村だけでなく、遠い村からも人がお婆(おばば)を頼ってやって来た。私はそんなお婆(おばば)が好きだった。なので後を継ぎたいと自分からお婆(おばば)に話したのだ。
「お前は本当に飲み込みが早いね」
それからも毎日、お婆(おばば)から学んだ。やがて20歳になる頃、私はお婆(おばば)の跡を継いだ。そしてそのお祝いとしてある事を教えてくれた。
「私は若い頃から、この世に『ある法則』がある事に気付いていた。だけどそれを成そうと思えば何かが足りなかった。お前はそれを見付けられると信じているよ」
そう言って古くて端が削れた石版を渡された。
「母(かあ)さま。これは……?」
「これが私がお婆(おばば)から受け継いだものさ。お前が20歳になったら教えようとずっと考えていた。世界には目に見えない決まりごと(ルール)がある。だけど手順を踏まえて呪(まじな)いのような事をすればお前にも使えるだろう。お前は私の子だ。備えるべきものは備わっているよ」
──────────────────────────────────────────────────────
「神官殿、こちらが?」
「むぅ。王の第47子でご息女だ。だが、王はこの御子が国を乱すと申されてな。我が下で育て仕(つかまつ)る事となった」
「それでそのような?」
「たわけ。子を背負い出仕致す神官など過去に居たか? だが、こうせねば私が破滅する」
「は?」
「シドゥリ殿の命なのだよ」
「祭祀長の?」
「そうだ。だが、御子が大きくなれば王の目に触れぬ場所へ逃さねばならん」
「それでしたら……」
そんな大人の事情で私はイシュタル様の巫女となっている。私を逃してくれた神官様とその友人には今も感謝しているが、さすがにここは無いだろう。
この気紛れな女神に、もう何年お勤めした事だろうか。いつか立場を入れ替えて、奔放な私に泣かされるあのお方を見てみたいものだ。
「ま~た、お前はそうやって不気味に笑う」
「うるさい、黙れ。イカレポンチでクルクルパーの女神様」
「キィ~~! 何ですって!?」
バシ~~ン、ズド~~ン。
「毎回毎回、よくも飽きないものね」
「ってか、何で女神様にあんな暴言を吐いて死なないの!?」
「わっかんないけど、あの子には特殊な能力があるのね。雷でも炎でもケロッとしているのよ。こんなのがあなたの来る前から、ズ~ッと続いているのよ?」
「ですけど、あの子は私達より年下ですよね?」
「キャリアで言うなら12~3年はここに居るわよ。あの子、1~2歳の頃からずっとここだから」
「はい?」
「だから私達が生まれた時から人であるように女神様も女神様なのよ。そしてあの子も生まれた時からあの子なの」
「何者なの?」
「王の子だという噂があるけど、本当かしら?」
「まさか」
その噂を一番まさかと思っているのは私だ。私があのギルガメッシュ王の娘? どんな冗談だ。あの御方とエルキドゥ様が居らっしゃればウルクは安泰だ。
そんな賢王と御友人の御姿を拝謁できる機会があるだけで光栄なのに。
「あらあら。あなたが王の娘である事は事実よ。そしてその忠誠心と敬愛ぶりも。だけどあなたは王に似過ぎた。だから殺されないよう私が引き取ったの」
「そういう精神攻撃も利きません」
「もう、あなたってば」
やがてウルクは白銀に輝く月を失い、日輪はその輝きを失った。
「エルキドゥ様……」
「泣いても失われたモノは帰って来ない。それは神でも覆せない事実よ」
「いいえ、イシュタル様。死者の魂はいつか必ず取り戻せる。私はそれを見付けます」
「そう? 長い間、ご苦労さま。行って良いわよ、エルヴァ」
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