※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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平穏な日常回です。


82、ねぎらい

『旅行では士郎が予約してくれた国民休暇村のホテルにも泊まるけれど、それ以外にキャンプもあるからね。そこでの食事は三人に任せるからお願いするよ』

 

 パパの言葉でやったと思ったのは私とイリヤだけで、エルヴァは不安そうな顔をしていた。

 

「どうしたの?」

「野外料理はあまり経験がありませんので……」

 

 あれ? エルヴァはお姉ちゃん達とかなり違うみたいで、キャンプの経験がほとんど無いようだった。まぁ、普段は寮生活だしね。

 

「私達だって作れるのはカレーとかシチューだし。覚えれば簡単だよ」

 

 そうイリヤが励ましていた。

 バスにはパパとママ、マアエモさんにセラとリズの大人五人に私達三人の合計八人だ。一番後ろと真ん中にテーブルがあって、向かい合って四人ずつ座れる。

 そのテーブルを外してベッドにすると、大人が三人は眠れるスペースになるんだって。

 今はテーブルを出していて、一番後ろに私達、真ん中にマアエモさんにセラとリズが座っている。運転席はパパで助手席はママだ。

 キャンプ道具なんかは椅子の下の収納スペースに入っていて、本当にどこででも泊まれるみたい。腰を浮かしてパカッと椅子の下を見ればキャンプ道具だけでなく、釣り竿にクーラーボックス、水中メガネに浮き輪、それにバトミントンの道具まであった。

 

「ハハ……冬になればスキーやスノーボードも出来るからね」

 

 パパは本気だ。遊ぶとなったらここまでする人だったんだ?

 やるとなればとことん行く。それがパパだと言っちゃえばそれまでだけど、ハンドルを握る横顔────そのサングラスの隙間から見える目はとっても楽しそうだった。

 だから私達も思いっ切り楽しもう。そして帰ったらお兄ちゃんやお姉ちゃんにお土産話をしてあげよう。

 

 

 

 犬の散歩があるのでアルバイトが早いエルマとトロンメルに朝食を提供し見送った私は、厨房に戻り残るメンバーの朝食の仕込みをしていた。

 料理長のニコがバカンスに入ったので、私が料理番を引き受けたのだ。ニコがお盆前に休みを取ったのは、幾つかの有名な卸売市場や厨房器具の問屋などを見学するためだった。

 事前に予約してあり、本日と明日は大阪で中央卸売市場と道具屋街。明後日は京都。明々後日は東京で築地とかっぱ橋らしい。真面目な男だ。

 なお、セイバー達は裏手で卿やランサー達と、シロウと4番目の料理を楽しんでいる事だろう。こちらで朝食を摂ればと誘ったが、モードレッドに引かれて行った。そこは仕方ないだろう。

 そしてゾウケンがやって来た。

 

『ダリウスとは結局会えんかったの』

「済まない。役に立てなかった」

『いや、ええんじゃ。あそこまで世界を捻じ曲げておるとは思わんかったのでな。それにお前さんが元守護者じゃったのを失念しておったわ。儂も老いたな。子供達の方が世界の法則をよう知っとる』

 

 そんな杖の姿で『老いた』と言われてもな。だが何故エルはあそこまで詳しいのだろうか。そこは疑問だな。

 

『お主はエルマの活躍を見たか?』

「途中までは近くに居たからな。あの子の持つカードはどれも強烈だ」

『よな? 驚かされるわい。また、どの転身姿もめんこいな』

 

『めんこい』って、それは東北や北海道の方言だろう? ゾウケンは何かその地方に関係があるのか? しかも、祖父や曽祖父が孫や曾孫を目に入れても痛くないほど可愛く思うような態度だ。

 不思議だ。今まで余り話す機会が無かったせいか、ここまで人間味のある性格に変わっていたとは思わなかった。いや、だからか。だからダリウスと話したかったのか。

 杖部分を収納したゾウケンは、食堂を抜けどこかへ飛んでいった。入れ替わってエルヴァ達が入って来た。見送りが終わったのだろう。

 彼女とイリヤも本日はアルバイトがある。出勤時間までゆとりはあるが朝食は早々に出してあげるべきだろう。本日はアジの干物に絹漉豆腐と油揚げの味噌汁、ゴーヤのお浸しにキュウリとナスの酢の物、そしてプチトマトのサラダだ。

 このアジの干物は自家製で、2番目のあいつが作っていたものだ。こんな夏場に干物とはと一笑に付せない出来だった。

 

『塩分濃度はわかるだろう? 後は乾燥シートに挟み冷蔵庫で乾燥させれば良い。夏の干物は冷蔵庫か、冷房の効いた部屋で扇風機を当てると案外うまく行くぞ』

 

 私は干物に関して通り一遍の知識しか無かったので、随分と参考になった。奴はどうも私とは違う。シロウと異なるのは見た目でわかるが、その造詣は劣らず深い。

 あのマルガリータがエルから貰ったという、新バビロニアの錆びたナイフ。あれも昨夜エルヴァと一緒に研いでいた。まだまだ仕上がってはいないが、あれなら刃が付く日も近いだろう。

 

『錆落としに薬品を使うのは最低限にしましょう。鋼を痛めますからね。専用の刃物研磨機(回転式砥石)でないグラインダーは、熱で焼き戻してしまうので使ってはいけません。耐水ペーパーもギリギリアウトです。水研ぎの刃物研磨機(回転式砥石)で荒研磨して、ワインのコルクなどにクレンザーを付けて磨きましょう。その後に荒砥石から順番に普通の砥石で研げば良いと思います』

 

 エルヴァのマルガリータに対するアドヴァイスなのだが、この子は本当に詳しい。そして彼女が買って来た回転砥石で、次々と包丁を研ぐ2番目。

 私はこの男が苦手だ。妹のように感じているエルヴァやクロエの元となったカードの英霊。そしてエルヴァが『兄』と憚らず呼ぶ男。

 嫉妬心も少々あるが、苦手なのはこの男の卒のなさにある。

 

『どこにそんな包丁が?』

『ああ。錆びた包丁や欠けた包丁を投影しているのだ。良い練習になるぞ?』

 

 おかしいだろうが!? だが、奴は見事にどれもこれも錆を落とし、最後は普通の砥石で仕上げ復活させていた。

 

『いや、まだまだだ。包丁程度なら研磨機だけでそこそこの刃付けが出来んとな。事実、店頭に並んでいる包丁は機械研ぎだ。職人の手研ぎは無理としても、売り物になる程度には研ぎの腕を上げたいものだよ。な、エル?』

 

 そしてエルは私の眼の前で、エルヴァが投影した干将を研いでみせた。すると毛髪は落としただけで二つに切れ、まな板に置いたトマトは、横薙ぎの一閃で1mm以下の薄切りになった。

 

『峰が厚いのでこの辺りが限界ですね』

 

 唖然とする他はない。彼女の言う通りで、こんな峰厚であんな薄切りが出来るはずがない。しかし、エルが研げば干将もここまで切れるのか。

 研ぎの技術云々ではない。まるで神秘が上乗せされたかのようだ。

 

『世に妖剣や魔剣があるだろう? あれを研げる魔術師って、本当に希少なんだよ』

 

 シロウの言葉だ。シロウは日本刀も研げる腕があると2番目は言う。しかし魔剣は無理だとも言う。それを研げるエル、それを知るエルヴァ。だから私の投影よりエルヴァの投影の方が『切れる』のだそうだ。

 ここまで切れると通常は刃こぼれが起きやすく、滑りやすいので実戦には向かない。剣豪小説にあるように、戦闘前に寝刃を合わせる必要があるだろう。

 しかし毛髪のキューティクルを捉え寸断する刃先とは────春秋戦国の干将莫耶以上の二対で有名な剣が三国時代にあった。その名を青釭倚天(せいこういてん)という。

 曹操の腰に下げられていたのが『天をも貫く』という倚天(いてん)であり、それと並ぶ青釭(せいこう)は腹心の夏候恩が持っていたとされる。しかし長坂橋の戦いに於いて趙雲が夏候恩を破り、それ以降は趙雲の愛刀となった。

 その青釭は────舞い落ちて来た毛髪でも、風に吹かれた紙片であっても、剣にチカラを与えず置いていただけで両断したという。

 

『しょせんその刃は包丁の延長────言ってみれば据物斬りのための刃です。戦場の刃は30度前後の蛤刃であって、顕微鏡で見た刃先はノコギリのようでなくてはいけません』

 

 エルが振るったエルヴァの干将は、面白いように何の力も入れず肉のブロックを裁断した。エルはエルヴァのような英霊のチカラを持っていない。

 なのにスッパリだ────私は刃付けの奥深さを知った。

 そしてそんな刃付けはイメージだけでは無理だとシロウは言う。何度も自分で研ぎ、切れ味を確かめなければその領域の切れ味は理解できず駄目なのだそうだ。

 

『だから研ぎを学んでいるのさ』

 

 そんな風に歯を光らせ爽やかに笑う男。あの昏さのなさは、どうにも苦手だ。

 

「何か悩み事でもあるの?」

「ん?」

 

 イリヤ……ではなく、昨日やって来た『巫女のイリヤ』か。英霊のイリヤと同じく背が伸びているので錯覚をおこす。彼女は本当に神社で巫女のアルバイトをしているらしい。

 

「おはよう。いや、少し考え事をしていただけだ。もうしばらく待ってくれ」

「おはよう。わかったわ」

「君。もう一人のイリヤは?」

「朝の散歩よ。裏手に行ったと思うわ」

「そうか」

 

 次に現れたのは、子供達の見送りを終えたエルヴァとイリヤだった。

 

「おはよ~」

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

 間延びした挨拶ときちんとした挨拶。この二人は対照的で本当に面白い。

 

「おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます」

「おはよう」

 

 こちらも見送り隊だったルヴィアに凛にマルガリータ。凜も居る。これで全員揃ったようだ。

 

「おはようございます」

「おはようございます」

 

 む? 士郎と美遊? どうした、こんなに朝早くから?

 

「おはよう。どうした?」

「いや……実は美遊も見送りに行ってたんだ」

「そうだったのか」

 

 仲の良い友人が家族旅行だ。それもかつての養父と同じ顔の父親だ。それの見送りは寂しかろう。士郎はともかく美遊の年代だと辛いだろうに。それでも見送りに?

 

「寂しいだろうに」

「いいえ、家族旅行ですから。それにルヴィアさんの誘いで、今日からこちらでお泊りを」

「そうか」

 

 なるほど。ルヴィアは最初からそのつもりだったのか。

 

「何をしている」

「いや、手伝おうかなと」

「お前はニコと同じく休みだぞ?」

 

 すると士郎は私の腕を引っ張り、カウンター越しに食堂の見えない奥へ連れて行った。

 

「何だ?」

「すみません。実はルヴィアさんから海水浴に誘われて。どうすりゃ良いんだろうって……」

 

 エルが眠っていた事で私達には7日間のロスがあった。その間にあちらの士郎と美遊の家は片付いたし、一部メンバーを除けば体を休められた事だろう。

 忙しかったのは凛とルヴィアにエルマだ。凛もルヴィアも積極的にあの世界の衛宮切嗣達へ説明と今後の事を話していた。またエルマもそこに参加しつつ、気落ちして使い物にならなかったエルヴァのサポートをしていた。

 

「そうだな。デートなどと堅苦しく考えず、ルヴィアの羽を伸ばさせてやる事だけを考えれば良いのではないか? 要は思いっ切り楽しめば良いのさ」

「そ、そっか」

 

 大丈夫なのか?

 

「一応、前の師匠にも挨拶していけよ?」

「それは済ませました」

 

 早いな。それだけ浮足立っているという事か。仕方ないが、結局配膳を手伝わせた。

 

 

「「いただきま~す」」

 

 

 配膳を終えようやく朝食です。今朝は和食ですよ。飯盒はカセットコンロですが、炭でアーチャー殿特製の干物を炙り、持参して下さったお漬物と、シロウ殿が作られたお浸しや卵焼きが並んでいます。

 ヘラクレス殿と飯盒のご飯を頂けば、洞窟を見張っていた頃を思い出しますね。

 

「シロウ? この酢の物は?」

「厨房から少し拝借した。三杯酢だ」

「ふむ、板ずりが甘いな。ワタも抜いておらんし。米酢が1.7~1.8、淡口醤油が1、煮切った本味醂が1に砂糖が0.5といったところか」

 

 注) 板ずり……まな板の上で転がし、キュウリやオクラなどの表面にあるツブツブや綿毛を潰す下拵え。これをすると口当たりが柔らかくなり、なおかつキュウリ独特の青臭さも抑えられる。また味が染み込みやすくなる。たたきキュウリはこの特性を活かした調理方法だ。

 

 注) ワタ抜き……ゴーヤのようにキュウリの真ん中のタネがある柔らかな部分をスプーンなどで取り去る下拵え。包丁で落とす場合もある。理由は水気が多いので味が濁るからだ。

 

「味醂を煮切っているところと、酢を抑えているところ、きび砂糖を使うところは偉いんだがなぁ」

「これなら一旦合わせて火を通すか」

「そう。それを冷まして使う方が味がマイルドになる。できれば砂糖を使わず、味醂を増やしてダシで割って欲しいところだけど、女の子ばっかりだとそうも行かないか」

「と言うかルヴィアの舌に合わせているのだろう。あいつは以前エルが作った会席料理を食べておらんからな」

「その時はどうしていたのさ?」

「そこはお前の弟子だぞ。確かリンゴ酢を使った八方酢だ。リンゴのリキュールを煮切っていたな」

「となると、あいつはエルヴァにもまだまだ遠いって事か」

「言ってやるな。お前に着いて行けたイリヤとエルが異様なのであって、家庭用と思えばこれはこれで十分美味いと思うぞ?」

 

 お二人は何やら難しいお話をされていますね。一方、もうお一方のアーチャー殿は二人の王とモードレッドの給仕でお急がしそうです。

 

「しかし……食うねぇ、ブリテンの奴らは?」

「だって、ウメぇじゃん」

「草の根でも食ってたのか?」

「それに近かったよ。騎士がいつも鎧なのは戦いに備えてでなく、痩せ細った体を隠すためだって冗談もあったんだぜ? 父上も昔はこんなに大食いじゃなかった。全部騎士に分けていたからな」

「マジか……」

「大マジもマジだ。ホンッとに何もない国だったからな。たぶん同じ時代のアルスターも似たりよったりだったと思う」

 

 ランサー殿の時代はもっと人が少なく獲物も多く獲れたでしょうしね。

 

「頼もしいな。どうだ、奢ってやるから着いて来ないか?」

 

 ヘラクレス殿……?

 

「ああ、行くぜ!」

「お、良いな。オレも連れてけ」

「ああ、良いとも。皆んなで行こう」

 

 私はサッと二人の王を見ました。こちらの王はアルバイトがありますので少し羨ましげでしたが、あちらの王は青褪めて……。え……?

 

「ランスロット卿。最悪は引き摺ってでも連れ帰って下さい。決してお店に迷惑を掛けぬよう、頼みましたよ」

「王は行かれないのですか?」

「うん?」

「セイバー、ここは並行世界だ。出禁の店でも入れるぞ?」

「おお! そうだった!」

 

 何をしたんですか!? あなたは!

 そしてシロウ殿とアーチャー殿は苦笑いをし、王の良い人であるアーチャー殿は財布の中を確認しています。何なのでしょう?

 

「一体全体、何なのですか?」

「君は知らんのか? あのギリシアの大英雄は早食い・大食いも人類史一なのだ」

「はぁ?」

「そこでセイバーは激辛なら勝てると踏んで彼に挑んだ。どこで聞きつけたのか、このチャレンジに飛び入り参加したのが、言峰だった」

「はい? コトミネ?」

 

 すると王とやって来たアーチャー殿が。

 

「あのラーメン屋の並行世界存在だ」

 

 私は知りませんよ。ですがシロウ殿とエル殿、凜殿と凛殿の五人で入ったというラーメン店の話は聞いていました。

 

「その並行世界存在にセイバーは負けたのだ」

 

 何とまた……。つまり1位はヘラクレス殿で2位は、そのコトミネ殿。アーサーは最下位だったと。結局、私はルヴィア殿の依頼であるサウナ小屋の設計をオーギュスト殿と協議するために残りました。

 ですから、食レポはアーチャー殿にお願いしましょう。

 

 

 

 朝食後、休憩を挟んでエルヴァとイリヤは、向かいの士郎と合流してアルバイトに行った。次に厨房を片付け終える頃、ルヴィアと士郎が出掛けて行った。

 巫女のイリヤと小さなイリヤは、エルがどこかに連れて出掛けた。夕方には帰ると言っていたが、三人の外出先だけ不明だ。

 なので残された私と凛と凜、それとマルガリータは美遊を交えて裏庭に行った。そこでシロウと2番目以外が出掛けて行った事を初めて知ったのだ。

 

「こちらのセイバーはアルバイトだとわかるが、他の者はどこに行ったのだ?」

「ランスロット卿はオーギュストさんと打ち合わせ。その他は12の功業にチャレンジだ」

「は?」

 

 何を言ってるのかわからん。ともあれ私達はシロウの提案で子供も大人も楽しめる簡単な工作を始めた。何かといえばワイヤー・クラフトだ。

 色とりどりのワイヤーで壁掛けやオブジェを作るのだ。下書きを描き、シロウと2番目の投影する柔らかい針金で作品を作る。そして出来上がった後に強化を掛ければ完成だ。

 お手本をシロウが見せてくれたのだが、これなら女の子でも曲げるのは簡単だし、最後の魔術もサファイアを使えば美遊でも出来る。ある意味、美遊より凜と凛が目を輝かせたくらいだ。

 

「面白いものを知っているな?」

「食べ物以外でも子供に笑顔を与えたいだろ? だから道具要らずのこんなのを昔から考えていたんだよ」

 

 なるほど。凜と凛の二人は、宝石を挟めるペンダントを作るようだ。マルガリータは経験があるようで美遊を手伝っていた。そちらは壁に立てかけるネコのオブジェらしい。

 これは面白い。夏休みの工作になるのではないか? 数日掛かっても良いわけだしな。すると2番目も何やら作り始めた。

 

「何を?」

「エルとイリヤ達が出て行ったと話していたろう? あの三人にな」

 

 ほぅ。そして奴は急に小声になって教えてくれた。

 

「理由は美遊だ。士郎がエルに、美遊の自転車の事で相談していたのは知っているか?」

「いや、知らん」

「そうか。まぁともかく、眠りこけた事で子供達には心配を掛けたろう? それで小さい方のイリヤをモデルにして、美遊やあの3人姉妹に自転車をサプライズ・プレゼントすると話していた。それを買いに行ったのさ。私とシロウが美遊の相手を任されたのは、何も士郎やルヴィアのためだけではないぞ?」

「……そうだったのか」

 

 そういう事をするのがエルなのだな……。

 

 

 

「ここは定食屋でな。肉でも魚でも、好きなメインを選べるのだ。そこにご飯と味噌汁、それと小鉢が付く」

「へぇ~、面白ぇな。何でも良いのか?」

「ああ、何でも良いぞ。好きな物を選べ」

 

 私は余計な事を言うなと、筋力A+に肩を掴まれつつ店内に引きずり込まれた。『いらっしゃいませ』と迎える店員の声が『いらっしゃ……』で止まった。

 無理もない。身の丈2m50cmの大男が187cmの男を引きずっているのだ。おまけにその後ろには185cmの野性的な男。救いの女性二人は金髪の外人と来れば、どうやってコミュニケーションを取るのだと悩む事だろう。

 開き直ったのか、店員は『空いているお席にご自由にどうぞ』と日本語で呟いた。これは私が人だった頃でも同じような対応しか出来なかったと思う。

 と言うか、夜道で出会えば逃げ出したくなるメンツだ。学園でお前に刺されたなとか、教会の下の交差点で腹を斬られたなとか、思い出したくとも思い出せなかった遠い記憶が走馬灯のように頭に浮かぶ。

 やっと肩の痛みが引いた時は、四人掛けテーブルの二席をヘラクレスが陣取り、その向かいにアルトリアとモードレッドが並んで座り、ランサーは別のところから椅子を持って来て短辺側をガッチリと埋めていた。

 私は仕方なく別のテーブル席に一人で座った。

 

「父上は何にする?」

「まずは小手調べです。肉で行きましょう」

「じゃ、オレも肉で。アーチャー! これなんて読むんだ?!」

 

 そんなところから私を呼ぶんじゃない! 何ッ!? モードレッドは、それを選ぶのか!?

 

「や、焼肉定食だ……肉には違いないな……」

「よし、それだな」

「おう、オレもそれだ」

「私もそれで」

 

 私はヘラクレスに頭を振った。彼はその太い指で『ご飯の小』を指してくれた。か、感謝する……。

 

「注文は良いかな?」

 

 流暢な日本語で店員を呼ぶヘラクレス。先ほどまでの客や店員達の緊張が一気にほぐれた。それはそうだろう。そこらのプロレスラーも真っ青な大男を先頭に外人ばかりだ。日本語が通じるかと不安だったと思う。

 

「は~い」

「メガ焼肉定食を五つ。ご飯は四つがこれで、残る一つはこれで、あの男のところに頼む」

 

 ここの焼肉定食とは牛肉スライスとタマネギを焼肉のタレで炒め、ゴマを振り掛けたものなのだが、普通の上に『大』があり、その上に『特盛り』、更にその上に『メガ盛り』があった。『メガ盛り』だと1kgは肉があるだろう。

 そして彼が選んだご飯は『マンガ盛り』だった。『マンガ盛り』とは、お供えのご飯のような『てんこ盛り』を軽く凌駕する須弥山のようにご飯を上に積み上げた盛り方だ。

 それでなくともこの店は、よく食べる学生やドカ食いしたい人に人気の大盛り店なのだ。通常でもどんぶり飯が普通サイズだ。

 その上におかずと同じく大盛り・特盛り・メガ盛りがあり、マンガ盛りは更にその上だ。私は普通の下の小盛りで許して貰えた。これは僥倖ではない。きっと破滅の始まりだ。

 と言うのは、この小盛りで一般的な男性用茶碗のてんこ盛りなのだ。少食の人向けにこれ以下のサイズもあるのだが、それは女性向けとしてヘラクレスの目には入らないのだろう。

 しばらく経つとテーブルに我々の定食が並んだ。先程も言ったが、他の客も大食いが多いのがこの店の特徴なのだ。が、ウドン鉢のような茶碗に、三千世界を見下ろすかのような山盛りでご飯が盛られている。

 四人のテーブルから離れたテーブルに一人座った私に敗走はない。手を合わせ、一斉に貪り食う面々。私はランサーやアルトリアに気付かれぬ間にこれを完食するのみだ。

 

「こりゃウメェ!」

「ああ! このピリッしたタレが良いな!」

「そうだろう。ここはウォーミングアップに毎回選ぶ店なのだ」

 

 ウォーミングアップとか言うな……。それを知っているアルトリアは黙々とご飯を掻き込んでいた。おそらく3~4合はあるだろうご飯を四人は見事に完食した。

 

「はぁ~ 食った食った」

 

 店の前で腹をさするランサー。会計を済ませ、出て来たヘラクレスの目が光った。

 

「何を言っている。ウォーミングアップと言ったろう? こんなのはオードブルだ。だろう、セイバー?」

「当然です」

「マ、マジか……」

 

 馬鹿め。これが後11回は続くのだぞ?

 そして次に入った店はステーキハウスだった。この店はまさか……あのチャレンジメニューを!?

 

「ブリテンの腹はまだ保つか?」

「ええ、入りましょう」

「アルスターはどうだ?」

「国の名を出すな! クソッタレ、やってやるぜ!」

「モードレッド、王を超えろよ?」

「ああ! 任せとけ!」

 

 ここは私が店員と話した。チャレンジメニューにアルトリアが引っ掛かったのだ。理由はここのセイバーが達成していたからだ。その記念写真があったので2回目ではないかと疑われたのだった。

 勿論、モードレッドともども姉妹であり、そこに写っているのは彼女の双子の妹だと話した。

 ここのチャレンジメニューは3kgの五重塔ハンバーグに、大盛りで500gはありそうなサラダとラーメン鉢のようなボウルに入ったスープ。そこにご飯が3合だ。

 このメニューを30分以内に完食すれば無料となり、3千円分の食事券が付く。ただし写真を撮られるので二度目のチャンスは無い。あちらにもある有名店だった。

 

「お? セイバー、この写真の下に書かれた文章を読め。妹はご飯を3杯食ったそうだぞ?」

 

 な!? ここのセイバーは9合も食べたのか!? あちらにもアルトリアの写真が飾ってあるが、彼女はお代わりしていない……。凄いな……。

 そしてチャレンジメニューは四人前。私はテーブル席でなくカウンターに座り、サラダだけを頂いた。離れて座っているとはいえ、何かを口にせねばヘラクレスが激怒するからな……。

 

 カウンターの向こうにはマスターが、汗だくで必死になって調理している。後ろのテーブルでは若い客が奥に陣取る四人の事をヒソヒソと話していた。店員が料理を次々運び、四つの時計のスイッチを入れた。

 四人は無言でご飯を掻き込んでいくかと思いきや、アルトリアがモードレッドにこんな事を言った。

 

「モードレッド、先にサラダを完食しなさい。野菜で肉の脂をブロックするのです。それと二段目と四段目のハンバーグにはチーズが入っています。それをおかずにご飯の8割を15分以内に食べきるのです。そして最後はスープで流し込みなさい」

「お、おう!」

 

 私には理解不能なアドヴァイスだった。

 

「プロレス巡業の移動中かな?」

「けど、あんな小柄な女の子が? それに話の内容がフードファイターっぽいぞ?」

「男性は知らないけど、女性の方は以前達成した女性の姉妹なんだって」

「海外のフードファイターだって噂があるわ」

「やっぱりな~」

 

 店員までが他の客とともに奥のテーブルに釘付けだった。モードレッドはアルトリアのアドヴァイス通り、塔を崩して二段目と四段目のハンバーグでご飯の7割を10分で食べていた。

 それを見て、ランサーも15分の段階でご飯の9割と4枚のハンバーグを食べ切っていた。これが『仕切り直し』だろうか?

 一方、ヘラクレスの皿にはハンバーグが3枚残り、サラダもスープも残っていた。これは……?

 

「店員さん、ご飯のお代わりを頼む」

 

 やはり。彼は実にバランスよく食べている。そしてここからの5分で他の三人の心を折りに来るのだ。何と18分頃に2杯目とサラダを食べ切り、ここで3杯目を注文した。それを残る1枚とスープで流し込み、21分12秒で完食してしまった。

 アルトリアは根性で22分ジャスト。ランサーは22分20秒。これはモードレッドと同タイムだった。笑顔で写るここのセイバーの写真には『達成、22分ジャスト』と書かれてあった。

 彼らが記念撮影をする間に、私はマスターに旅行中なので食事券は要らないと申し添えた。ヘラクレスは気付いていたが、何も言わなかった。

 

「では、次だ」

「嘘だろ!?」

「ほぅ、アルスターのクー・フーリンは尻尾を巻いて逃げるのか?」

「その物言いはヤメろ! わーったよ、デザートくらい付き合うって」

 

 そんなランサーにアルトリアが真顔で言い放った。

 

「ランサーよ。このチャレンジは後10回続く。彼の伝承を思い出せ」

「12の試練……」

 

 うんざりした顔で返事を返すランサー。

 

「モードレッドは王に遅れを取るのか?」

「そ、そんな事があるもんか!」

 

 煽る煽る。ヘラクレスの先導で一行は次の目的地へ向かった。モードレッドが市場で売られていく子牛のように見えたのは錯覚だろうか。

 

「次はここだ」

 

 焼き立て餃子60個、制限時間20分内に完食で無料。おや? あちらでは20分で100個だったと記憶しているが。

 再びチャレンジは四人なのだが、何故かヘラクレスは中華どんぶりも三人前頼んだ。怪訝そうに店員がどんぶりを運んで来た。その内の一つを私の前に置くヘラクレス。

 

「それは私の奢りだ。少年はもっとしっかり食べろ」

 

 その優しさは要らない……。

 

「男を見せろ。2番目の少年はかつて私を半分も斃したのだぞ? この2杯は私の分だ。半分の1杯は食い切れ」

 

 そういう意味か……フェアなようでどこかおかしい。しかし、奴には負けられない。かつて私が人だった頃に、城へ残ったあいつには。

 そして悔しい事に、奴がその城に残ってくれた事実をアルトリアは知っている。だから負けられない。私はベルトを緩め気合を入れた。

 

「父上、こんなアツアツなのをどうやって20分以内に?」

「そのコップの水をぶっかけるという邪道もありますが、これだけの数だ。底の方は最初に焼かれていたので幾分冷えています。ひっくり返して下の分から食べなさい。そして上にあった分には、そこの酢醤油を直接掛けて熱を冷ましておくのですよ」

「おお……なるほど」

「セイバー、ラー油は?」

 

 ヘラクレスは備え付けのスプーンで、ラー油の入った入れ物の底から沈殿している唐辛子の澱を掬い、餃子に塗りたくっていた。勿論、アルトリアは少々のラー油を垂らしただけだ。

 いよいよスタートの段で、器用に箸で6個ずつ餃子を掴み、一口で食べていくヘラクレス。6だ6だと無言のプレッシャーを掛けてくる。

 そんな彼は中華どんぶりをスープのようにレンゲで掬い、文字通り『飲んでいた』。目を奪われるが、彼のペースに巻き込まれてはいけない。

 意外なのはランサーとモードレッドだ。口に合ったのかウマイウマイと15~6分で食べ切っていた。これはほとんどアルトリアと変わらないタイムだ。

 ただしヘラクレスは10分掛からず完食して席を立ち、中華どんぶり三人前分を先に支払っていた。私達が店を出るタイミングで客が大勢来たので今がお昼時なのだろう。

 

「この時間帯だと豚丼が良いか。ランサーもモードレッドも豚丼を一度は食べておくべきだ」

「ウマいのか?」

「そうだな。ジャンクと言えばジャンクなのだが、ハンバーガーよりは健康的だ。牛丼の代替品だが中々のものだ」

「ほぅ~」

 

 店は思ったよりも混んでいなかった。これは牛丼というメイン商品がメニューから消えているからだ。ここでヘラクレスはこんな事を言った。

 

「一丁、勝負をしないか? セイバーは並を6杯、ランサーは特盛りを3杯、モードレッドは並を……」

「並ってのは少ないんだろ? アンタはどうなんだ? まずそれを聞かせろ」

「私も並だよ。ただし、その並を12杯だ」

「なら、オレも12杯に挑戦するぜ!」

「モードレッド、いけない!」

「父上。酒やメシの戦いも逃げる訳には行かないぜ」

 

 そして彼は豚丼並を12杯と白飯並12杯を卓に並べ、それらを完食後にモードレッドの残した分まで食べ切ってしまった。

 見ているこちらがエズきそうなハンデキャップ戦だったが、それでもセイバーとランサーは完食していた。僅か30分足らずの話である。

 私か? 当然ミニ・サイズを選んださ。勝負の舞台から降りたりはしない。だが敗走がないとは、勝てもしないが負けもしないという意味だ。それをズルいという者には言わせておけばいい。こちらにそんなプライドは元よりないのだから。

 

「ランサーよ、やるではないか。確かクー・フーリンは槍だけでなく剣も強かったと聞く。次は麺で行くか?」

「オッサン……マジか……。もう、何を言ってんだかわかんねぇよ……」

 

 剣と麺では字面が随分と違うと思うのだが。

 

「ランサー、麺はシメだ。モードレッドは既に……また、あなたにも限界が近いと彼は見抜いている。今日のようなパターンですと、普通ならこの後に連続してカツ丼や親子丼などのどんぶり物とカレーが来ます。更にその後にたこ焼き12人前、鍾馗というお好み焼き屋で五重の塔という最後まで熱いままの粉物が来て、再びどんぶり物の何かに大盛り中華定食などなどが続くのですよ?」

「このオッサン……素でもバーサーカーなんじゃ?」

「ランサー、面白いではないか。すぐそこに6kg食べられるラーメン屋があるのだが?」

「マ、マジで勘弁してくれ……。とにかく、今まで食ったメシが腹に溜まって……」

「だよな……。あのギョーザってのも、ここで並にしていたのも、こっちが食べやすいと考えてくれていたからだろう? 負けたよ……アンタには勝てねぇ……」

 

 そうして二人が素直にギブアップしたので、次は普通に蕎麦屋に入りソバを食べた。全員が1杯ずつ普通に食べて店を出た。私は苦しかったが、ランサーとモードレッドは思ったより余裕で食べていた。

 

「ソバは案外と入るものなのですよ」

「本当だな。だからシメなのか」

「そういう事です」

「さて、しっかり食べた後は労働だ」

「何だ?」

「ここでエルと合流して自転車を担いで帰る」

 

 そういう事か。ハナから彼には時間制限があったのか。聞けば、心配を掛けたからとエルから子供達へのプレゼントらしい。なるほどな。どうやらその事をアルトリアは知っていたようだ。

 そうなるとこの大食いは、彼なりのランサーとモードレッドへのねぎらいだったのだろう。この人はそういう人だ。

 

『このメニューに載っているものを全て持って参れ』

 

 あの王は彼を評判のとんかつ屋へ連れて行きこう言ったそうだ。そして彼は全メニューを飲み物に至るまで完全制覇したという。

 更に500gあるヘレ肉のカツは5回、ロースカツは3回もお代わりしたそうだ。

 その返礼の話が面白い。

 

『大将、全種類の串カツを揚げてくれ。あ、君は一口ずつで良いからな?』

 

 英雄王は意地になって全部食べたそうである。さしもの英雄王も栄養王と言わんばかり、しばらくテカテカだったとエルから聞いた。

 彼は王を辱める気は無かったのだ。ただその恩義に報いたいと串カツ屋に誘っただけだ。

 

『愚直な者への応対は命懸けぞ』

 

 そんな事を姉の方のアルトリアに零したそうだ。

 

 

 

 

 

 水着に着替えた私はシェロとビーチを歩いておりましたの。日差しが強いですので帽子とサングラス、それとパーカーを羽織ってですのよ。

 8月に入り気温はますます高く、海には人がいっぱいでした。まさかユキカやカネ達に出会うとは思いもしませんでしたわ。

 

 

「由紀香、あれは? ルヴィアゼリッタ嬢と衛宮……?」

「鐘ちゃん、衛宮君はさっきのお店で焼きそばを焼いてるョ? 他人の空似じゃないのカナ? でも、ルヴィアさんには彼氏がいるんだネ?」

 

 そのような声が聞こえましたので、こうしてあてどもなく歩き始めたのですわ。彼女達も遠慮はして下さったのですが、まさかこんな所で。

 

「ルヴィアさん、休憩しよう。汗びっしょりじゃないか。そこの店にでも入って何か冷たいものでも食べよう」

 

 そうですわね。少々喉が渇きました。

 

「こういう所でならかき氷が美味しいぞ」

 

 ホゥ。日本のフラッペですわね。良いですわね。

 

「エ、エルヴァさん……?」

 

 え? まさかこのお店が?

 

「エルヴァさん……なんという格好ですの……」

 

 彼女はお尻がはみ出るくらいのビキニで、お客を呼び込んでいるようでした。その後ろには何かを焼いているシェロ。

 

「士郎も居るけど、店の中にはイリヤさんも居るぞ」

「同じ場所だと話していましたものね」

 

 エルヴァさんやイリヤさんなら気心が知れています。それで私とシェロはそのお店に入りましたの。思った通りエルヴァさんも何かを焼いているシェロも、従業員としての元気な声を掛けて下さっても余計な詮索を致しません。

 イリヤさんの案内で、私達は奥の涼し気なテーブルに席が決まりました。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 シェロが目でお礼を致しました。

 

「かき氷を二つ頂けますか」

「お味はいかが致しましょう?」

「そうだな。ルヴィアさんは何味が良い?」

 

 香料が異なるだけで、中身は全部同じシロップです。となれば……。

 

「ブルーハワイを。あ、そこにミルクの……何でしたっけ?」

「練乳かな?」

「それですわ」

「了解。じゃ、ブルーハワイの練乳掛け一つと、レモンの練乳掛けを一つ。以上で」

「かしこまりました。1番さん、オーダー通します! ブルーハワイ・ミルク1丁、レモン・ミルク1丁!」

 

 イリヤさんの声にカウンターの奥から返事が届きました。レンニューはミルクで良いんですのね?

 

「ルヴィアさん、何時も何時もありがとう」

「改まって何ですの?」

「いや……俺の事とか、美遊の事とか。お世話になりっぱなしでさ」

「そんな……。よろしいんですのよ?」

「その気持ちだよ。そんな風にサラッと流して俺や美遊に重荷を背負わせまいとする……その気持ちが嬉しくて、きちんとお礼を言いたかった。本当にありがとう」

「……いいえ」

 

 イリヤさんはそっとフラッペを置いていかれました。だって……私はこの時、無意識にシェロの手を握っていたのですから……。そしてシェロもそっと握り返してくれ、その後こう言いました。

 

「ここのは刃が良いんだな。氷がふわふわだ。溶けない内に食べよう」

「……ええ」

 

 フラッペのようにジョリジョリしておらず、本当に舞い落ちる瞬間の雪のようにふわふわなかき氷。私はこの日以降、日本のかき氷が大好きになりました。

 レジでエルヴァさんに支払いを済ませますと、そっとこう囁かれましたの。

 

『ルヴィア、頑張って。でもここは士郎クンに出させないと。彼、財布を出していましたよ?』

 

 私は頬が熱くなるのを感じました。しくじりましたわ……ここは殿方に甘えるところでしたのね……。ですがまだまだチャンスはあるでしょう。私とシェロは自然と手を繋ぎ、海に向かって走り出しましたの。

 

 

 

「ルヴィアさんの一方通行と思っていたら……良い雰囲気だなぁ、あの二人」

「キミは人の事だけは良く見ていますね?」

「え?」

「桜ちゃんともう少し進展があっても良いのでは?」

「ちょっ!?」

 

 エルヴァさんは少し笑いながら、俺にそう言い残して客寄せを再開した。けど、美遊ちゃんのお兄さんはとても良い人だ。少し甘えたがりなところがあるルヴィアさんとはぴったりだと思った。

 それで一成が遠坂とくっつくと面白いんだけどなぁ。

 

 

 

「「……クシュン!」」

 

 同時にくしゃみをして苦笑いする師匠と私。

 

「どうした? 二人同時にくしゃみとか。夏風邪には注意しろよ?」

「誰かが噂を……」

「迷信だけどな。どれどれ、良い感じじゃないか。そこに宝石を嵌めるんだろう? 魔術師としてはどう使うんだ?」

「御守りかな?」

「凛さん。それなら研磨後の粉末を集めて、ラックを高めるように術を編んで込めないと。そこに嵌る大きさの石ですと勿体無いですよ?」

「そっか。粉末を溶融して個体に戻すんだ?」

「そうです。その時に特性の異なる石を組み合わせて。宝石剣作りの第一歩です」

「師匠、やっぱりこのペンダントの意味を?」

「私もこういう事から学び始めましたからね。基礎は出来ているんですから、溶融を学ぶには良い方法ですよ」

「じゃ、幸運を呼び込む組み合わせは……」

 

 私は今、この時間がとても楽しかった。師匠からマンツーマンで教えて貰えるこの時間が。

 だけどルヴィアがこの溶融が得意なのだ。それで時計塔時代から宝石を使った触媒や礼装を作っては発表していた。研究ノートを交換して愕然とした。魔術属性が一つしか無いルヴィアは、私が想像するより遥かに努力家でアイデア・ウーマンだったのだ。

 工房に一緒に入る仲の今となると、彼女も私の五大属性を羨ましく思っていたり、属性が無いために検証できない事があったりして苦労していた事が良くわかった。

 だけど今は検証役が私でアイデアを出す役はルヴィアと、分担しながら共同で研究している。この数ヶ月で時計塔に居た頃の7~8ヶ月分は進んだと思う。

 それでも師匠の足元には遠く及ばない。もっと頑張らないと。

 

 

 

「エル、いつもの自転車屋さん?」

「そうですよ。お目当ての第一候補はプジョーのコリブリ16です。車輪も小さいですし、ギア比の関係でスピードは出ませんが、5年生の女の子が乗る分には十分でしょう」

「じゃ、私は何で着いて来ているの?」

「説明した通りですよ。ここのイリヤちゃん達三人にも自転車をプレゼントするからです。ちぃ姉さんがフィッテイングすれば、一度に済むでしょう?」

「むぅ~」

「その代わり美味しいものでも洋服でも、何でもお好きなものを言って下さい」

「えへへへへ。じゃぁね~、じゃぁね~。お好み焼きが食べたいな」

「良いですよ」

「違う味で2枚だよ?」

「巫女の姉さん?」

「わかった、わかった。三人でシェアすれば2枚はイケるでしょう」

「でもトッピングは私の好みだよ?」

「良いわよ。ね?」

「はい。巫女の姉さんのご協力があるなら、何でも来いです」

 

 理由は単純。少食なのに多くの味を楽しみたいちぃ姉さんが、比較的よく食べるのは巫女の姉さんが焼いた場合に限る。この条件を満たすためには、お客が焼くお店を選ばなければならない。そしてその店舗の何軒かはとっくに頭に入っていた。

 

 新都のバス通りから少し入った裏手に、洋物の自転車ばかり扱っているお店がある。エルヴァがピストを買ったお店であり、エルマが作ったお店でもある。元は私が向こうでピストを買ったお店なのだけど。

「こんにちは」とお店に入ると、ミニベロのコーナーにお目当てのコリブリ16の他、コリブリ18やブロンプトンにバーディーなどもあった。

 やはりエルヴァやエルマの事を尋ねられたので、従姉妹だと説明した。そしてそのコーナーの天井に面白いものを見付けた。それは白いプジョーのPA25とUO18だった。どちらも70年代のヴィンテージだ。

 少し小振りなPA25は一度フランスで手に入れたが、姉に譲ったのだ。サイズは46.8と小型でリアだけが変速できる、女の子向けの街乗り軽快車だ。

 勿論、ディレイラーはサンプレックス。ブレーキはベレーブルクィンでペダルはレオター。650×35A(26×13/8)のリムはリジダ。テールライトはソービッツ。

 嘘みたいに綺麗だ。パーツも当時のまま。どういう事だ?

 それにUO18は日本で初めて見た。マファックレーサーのブレーキにサンプレックスのディレイラー。レオターのペダルにリジダのリム……どれもオリジナルだ。

 それにところどころキズはあるけれど、中古にしては随分シャンとしている。掘り出し物だ、これ。

 

「小父さん、あれは売り物ですか?」

「さすがはアインツベルンさんだ、お目が高いね。UO18はちょっとくたびれているから10万だよ。PA25は驚きの未使用品でね。フランスの倉庫で眠っていたのを日本持って来たんだよ。値を付けるなら15万だね」

「わかりました、両方買います。後コリブリの16を色違いで4台下さい。コリブリのフィッテイングはこの子に合わせて下さい。PA25は私に。UO18はこちらの女性でお願いします」

 

 私は即金で自転車を6台買った。UO18もそうだが、こんな程度の良いPA25は二度と手に入らないのがわかるからだ。

 後で人をやって引き取るのでコリブリのピンク1台とPA25、UO18だけ合わせておいて欲しいと頼んだ。残る赤と緑、黄色のコリブリはそのままで良いとも話しておいた。

 

 店を出ればちぃ姉さんが驚いていた。

 

「あの小さな方の白い自転車って、私がイリヤから貰ったのと同じだよね?」

 

 そう。PA25は今、ちぃ姉さんが乗っている。

 

「そうですよ。それの新古品でした。二度と手に入らない掘り出し物です」

「あの大きい方はどうするの? エルには大きいよね?」

「はい。ヒントは巫女の姉さんにフィッテイングして貰った事ですよ」

「ああ、英霊のあの人に?」

「そうです」

 

 そんな事を話し合いながら、私達はお好み焼き屋さんを目指したのだった。

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