※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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83、巫女のイリヤの思い出 前編

「この店か?」

「ああ。あちらでエルが世話になり、こちらではエルヴァとエルマが世話になっているそうだ」

 

 店の主人に声を掛けると、当初の予定と違い子供向けの4台とは別に2台大きなのがあった。自転車6台と言っても重量的には合計で70kg前後と意外と軽い。問題は嵩張るところだった。

 

「バラしたりキズが入っても駄目なんだろ。どうすんだ、オッサン?」

 

 ランサーでなくともそう思うだろう。そもそも普通この手のものは、ある程度の部品を外して梱包し、箱に入って輸送されるものだ。

 すると店員が子供向けの4台のハンドル部分を折りたたみ、箱に入れ緩衝材を詰めてくれた。

 

「その箱を紐でガッチリ固定してくれ。それで背負えるように手提げ紐を長めにして欲しい」

 

 ヘラクレスが店の外の通りから声を掛けてきた。

 自転車店は結構細々とした物が多く、体に触れる障害物がかなり多い。その実態はバイク店より酷く、ディスカウント店と双璧を成す危なっかしさだ。なのに扱っている商品は高額品ばかり。特にこの店なんかはそうだ。

 だから、その巨体のせいで店の中に入れないヘラクレスは通りで待機していたのだ。彼は結構細やかな心遣いが出来るタイプで、本日の飲食店もテーブルとテーブルの間隔が結構広い店ばかりだったのだ。

 唯一の例外が牛丼(豚丼)店のカウンター席だったが、それも両側を空ければ何とかなる。

 彼にしゃがんでもらい、その広い背中の上下に二箱ずつ背負うカタチで箱を括り付けた。残る自転車は大きい方をランサーが、中型のを私が担いだ。

 こうして新都から深山町まで歩いて帰るのだ。バス通りだと目立つので、裏通りをそのまま西へ歩いたのだが、そこでヘラクレスはお気に入りのバーガーショップを発見してしまった。

 この裏通りは表通りよりも地価が安い分、面白い店が多い。あの自転車店から反対に歩けば、ここにはアーネンエルベやワクワクざぶ~んがあると知ったのはもっと後だったが、あちらにも飲食店は多い。

 

「君達も食うか?」

「まだ食うのかよ? オレはいらねぇ」

「オレも。腹がパンパンだ」

「歩くと腹が減るぞ? だから歩きながら食べようとな」

「歩きながらって……。そもそもオッサンと違ってオレは手が塞がってんだぞ?」

「そうか、ここのはウマいんだがなぁ。まぁ良い。少し待っていてくれ」

 

 そして彼はショップの前に行くと大声で叫んだ。

 

「荷物があって中で注文できん! 悪いがトリプル・キングバーガー・スペシャルを一つとコーラのギガサイズをテイクアウトしたい! ここまで運んでくれ!」

 

 ガラスのウィンドゥ越しに店員や客がこちらを一斉に見た。

 

「恥ずかしいからヤメなさい。私が受け取ってきます」

 

 アルトリアが代金を持って店に入った。出て来たのは10分近く経ってからだが、遅いと考えてはいけない。この店の『トリプル・キングバーガー』は、ゲテモノや無理矢理タワー化した客引き商品とは違う。基本はBLTで味もしっかりしたものだ。

 その『トリプル・キングバーガー』は、私やアルトリアも美味しいと認める『キングバーガー』を三段重ねでなく、三倍の重さ(大きさとは敢えて言わない)で作られているものだった。

 まず『キングバーガー』だが、バターの風味が柔らかで食べごたえのあるオリジナル・バンズは、フワッとしているのに肉汁を逃さず最後まで美味しい。

 その間に新鮮なレタスと大判で1.5センチはあるトマトとスライス・オニオン、カリカリのベーコンとチーズ、そして2センチの牛100パーセントのパティが挟まっている。オリジナルのソースも中々という代物だ。

 そして問題の『トリプル・キングバーガー』は、バンズに三倍の原料を使ってあるそうでかなり大きい。そこに厚切りトマトが三枚と大量のオニオンとレタス、ベーコンが三枚にチーズも三枚、専用の三倍パティが挟まっているのだ。

 そしてスペシャルとは上記の『トリプル・キングバーガー』の1ポンドはありそうなパティが3枚重ねになっている、まさにスペシャルなバーガーだ。

 それを紙の手提げ袋から出し、包装紙を半分ほど捲ってヘラクレスの右手に持たせるアルトリア。左手にはバケツみたいな容器に入ったコーラを手渡した。どう見ても2リットルは入っていそうだ。

 

「スマン、助かる」

 

 礼を言い終えるや否や彼は大口を開けて齧り付いた。普通の人なら、絶対に縦には齧れない厚みがあるのに。

 

「す、凄ぇ……押し潰さないで食えるのかよ」

「オッサンの胃は底なし沼か?」

 

 モードレッドが感嘆し、ランサーは呆れていた。だが……私的に困るのはその紙袋から、ノーマルの『キングバーガー』が取り出された事にあった。

 

「ち、父上!?」

「マジかセイバー?!」

「これが王位に立つという事ですよ、モードレッド。その一口に民の生命が懸かっていると思えば、これしきどうって事はありません。貴公も円卓の一員でした。どうぞ」

 

 そう言ってアルトリアは、ガサゴソとモードレッドにオニオンリングのフライを差し出した。腕を通して提げている紙袋には、他にもまだ何か入っていそうだ。

 

「おい? この王も大概だな?」

「彼女と私が何年付き合っていると思う? 昔から負けず嫌いでなぁ」

「だろうな……」

 

 ちなみに私はこのランサーに心臓を刺されたなど話していない。忘れていたというのもあるが、彼は『衛宮士郎』のような一般人には一切手を出さず、エルヴァを認めて仲間になった男なのだと、あのイリヤから聞いていたからだ。

 だからなのか、私としても彼に嫌悪感を抱かなかった。それに話してみると、存外に面白い。5番目のあいつも同じ心境なのか仲が良いように思える。

 そして彼は、凜を生かすために消えていったというあの『ランサー』を彷彿させた。姉の方のアルトリアに聞いたのだが、凜は今もその『ランサー』を召喚できないかと考えているそうだ。アーチャーは2番目で、セイバーは目の前のアルトリアだとも聞かされた。

 

『君ではなく?』

『凜の目線で言えば、私は教師のアルトリアなのだ。鎧を纏った最後も、かれこれ7~8年前だしな』

 

 彼女は人の社会に溶け込んでいる。私のアルトリアが、尊敬できる人物だと言い切る程の人だった。そんな教師であるアルトリアが、実は『エルヴァのところにいるあのランサーは使える』と結構な高評価を下していたのだ。

 これは英雄王に影響を受けた上から目線の発言ではない。彼女は自分に厳しい分、他人にも厳しいところがあり、元々そういう人だった。そんな彼女が『使える』と評価した相手に今まで間違いは無かった。

 

 そしてもう一つ告白しておこう。私は当初、エルにかなり嫌われていた。普段の態度や言葉遣いに露骨な点は無い。だが、どこがどうとは特定しづらいが、嫌われているなとわかる瞬間がある。

 その事を私は当初、『彼女にとっての『セイバー』に取り憑く悪い虫と認識されているだけだろう。それに彼女の『兄』と同じ顔というのも違和感があるだろうし。きっとそのうち慣れて貰えるさ』と、軽く踏んでいたのだが全然そうではなかった。

 これは2番目や3番目にも絡む話なのだが、理由は私が過去に『衛宮士郎殺し』を目論んでいたからだ。その相手が今の『シロウ』な訳だが問題はそこだけでは無かった。

 あの2番目は何故あの子の『兄』なのか。それは一度も並行世界の自分に手を上げなかったからだ。自分の罪は自分だけのもの。並行世界の自分は他人。これらをきちんと理解し、切り分けて行動していた。

 どうしても一方的に嫌われる理由を知りたかった私は、意を決して彼女に尋ねたのだ。すると────

 

『問題を切り分けて考えられない者が抑止という『現象』となって、時々世に現れては人々に害をなす。それがどれだけ理不尽な事か。座ごと滅ぼしてセイバーに残っているあなたの記憶も消します』

 

 ────とまで言われた。

 ショックだった。八つ当たりに近い私怨だと自分でも自覚していた事だけに、何の言い訳も出来なかった。言えたのは────『守護者から外されたいと考えるのは駄目なのか?』と、だけだった。

 

『契約書の約款も読まずにサインしておいてその言い様。衛宮士郎という人間がおかしいのでなく、お前という『衛宮士郎』が特別イカれていた事にそろそろ気付け、キチガイ』

 

 低い声でズバッと言われた。そんな事があった後も彼女は『セイバー』にとっての彼氏として礼は通してくれても、私という個人は認めてくれなかった。

 それを取りなしてくれたのが姉のアルトリアだ。彼女はこんな私を『評価』してくれていたのだ。そしてシロウや兄のアーチャー、ヘラクレスらを取り込み、私の擁護者を増やしてくれた。

 だから私はあの姉のアルトリアやシロウに、兄のアーチャー、ヘラクレスに頭が上がらない。

 

 先頭を歩くヘラクレスは何故か(予測通りに)裏通りから外れ、カクカクと小路に入って行った。そして前方に未遠川の堤防が見える辺りの古びれた和菓子屋の前で立ち止まった。

 

「セイバー、団子を買ってきてくれ」

「わかりました」

「オッサン、まだ食うのか?」

「いや、子供達への土産だ。ここのはウマいのだ」

 

 その『子供達』とは、凜や凛にルヴィア、そして美遊を指すのは言うまでもないだろう。彼女達が気に入るかどうかは不明だが、ここの団子やまんじゅうは姉のアルトリアやエルが認める美味さであるのも事実だった。

 こんな寂れたところで今も潰れずに残っているのには、ちゃんとした理由があるのだ。並行世界なので何とも言えんが、今時分なら店内で心太(ところてん)も食べられるはずだ。

 出て来たアルトリアはバーガーショップの紙袋しか持っていない。あれに団子を入れているのだろう。

 

「アルトリア、頬に黒蜜がついているぞ」

「う……」

 

 団子が包まれる間で一気に食べたのだろう。ここのは本当に美味しいからな。

 

「ここ、何だ?」

「モードレッド、あれじゃねぇか? タコヤキ。昨日食ったあれ。確か庶民の食べ物だったよな?」

「ああ、間違いない。ここは子供向けの軽食を扱っている店だが、大人も利用できる。そろそろ喉が乾いたろう? お薦めはラムネだ」

「らむね?」

「炭酸の入った清涼飲料だよ。試してみるか?」

「ああ!」

「オレも!」

「私も」

「わかった。全員分買ってこよう」

 

 それで私は自転車を外壁に立て掛け、店主の老婦人に後で瓶を返すので外で飲むと伝えつつ、ラムネを5本受け取った。ランサーも自転車を立て掛け待機していた。

 

「このボールは何だ? 飲もうとしてもこいつが邪魔をして、チョロっとしか出てこねぇぞ?」

「そうか。モードレッド、あなたには聖杯の知識が無かったのでしたね。これはここの二つの窪み、ここでこのガラス球を止めながら飲むのです」

「へぇ~! 面白ぇ、こんなのがあるんだな。エルヴァに飲ませてやりたいな。驚くぜ、アイツ」

「フフフ……実は川向いのエーデルフェルトとここは意外と近い。あの子達が戻ったら連れてきてあげなさい」

「ああ!」

 

 西欧人から見れば日本のこういう部分は面白いだろう。どこの国へ行ってもそうだが、本当に面白いものは下町の文化にある。そこからその国で生きる人々が見えるというか。

 私達がエーデルフェルトに戻った時刻は4時前だった。それでも日は高い。夏真っ盛りだ。

 

 

 

 並んで前を歩く、エルとこの春に引き取られたイリヤ。背の高さは5年生のおチビちゃんやクロちゃんと変わらないのに、年齢は18歳。聖杯を閉じた頃の私と同じ。

 それでもって並行世界間のズレで、私と同じ11月20日生まれのこの子は後数ヶ月で19歳になる。つまりエルやイリヤの前年に生まれていたのだ。だから『ちぃ姉さん』と呼ばれている。

 それとこの子がエルやイリヤから親しまれているのは、根が素直なところも大きいけれど読書家な点にもあった。とにかく本が好きで、片っ端から何でも読んでいる。

 確かにこの子から薦められた本は面白い。だけどそこまで読書家ではない私には、『これでも同じイリヤなの?』と、何とも不思議な存在だった。

 私よりエルの姉のイリヤに近いと思う。あの子は8歳から日本で暮らしているし、エルの影響もあって真面目で勤勉家だ。だから私以上に、この『ちぃイリヤ』と仲が良い。

 では何故ここまで違うのか? それは『繰り返される世界』という不思議なところに居たので、4番目のアーチャーのマスターである凜と同じく以前の記憶を少なからず持っているからだった。

 凜の場合は記憶というよりデジャヴュを強く感じていて、その違和感が常に疑問となって頭の隅から離れなかったそうだ。それでついには『もしかしたら、繰り返されている?』と考えるに至り、軽いノイローゼになっていた。

 ところが『ちぃイリヤ』の場合はその記憶を小聖杯が守り、少しずつ彼女に啓示してくれていたのだそうだ。だから日本に来た理由は復讐でなく、『弟のシロウを守り、リンに本当の敵を教えるため』だったのだ。

 そんなイリヤの成長は見ていて楽しい。だけど身体より先に心の方が思春期を迎えつつある。何ともアンバランスな事だけど、姉のイリヤもそうだったらしいからそろそろ生理を迎えるのだろう。

 それでこのところ塞ぎ込んでいたこの子をここに連れて来たのだった。

 

 入ったお店は駅前の商店街にある、客が自分で焼けるお好み焼き屋さんだった。

 

「さてさて、何にするの?」

「ん~とね。シュタインガルネーレとティンテンフィッシュ。それとシュヴァインよ」

「クルマエビとイカ、それと豚ね。3種類か。全部乗せの1枚だと少ないし。どうしよう?」

「ご自分がイカ豚玉好きだから迷うのだと。海鮮と肉で分けて考えましょう」

「あ、そっか。じゃ、1枚はイカ玉にクルマエビをトッピングして、もう1枚は豚玉で良いわね」

「それですね」

「うん、それそれ」

 

 私はその2枚を注文し、自分で焼く旨を店員さんに伝えた。後、別料金を払うので長芋多めにとも。

 届いた具材からクルマエビを取り出し、先にイカ玉を焼き始めた。クルマエビは鉄板で軽く炒めてから、まだ生地の固まっていないイカ玉の上に乗せた。

 そして次にその横で豚玉の生地を焼き始めた。豚バラ肉も生地を広げた後に乗せるのだ。

 

 ジュウ、ジュウと焼ける音を聞きながら、私は昔の事を思い出していた。

 

 

 

 私とシロウにバーサーカーの三人が、エルに取り込まれたのは大聖杯を閉じてから7年後だった。

 エルや凜の師でもあるリンは、聖杯戦争の終わった世界を時折訪れていた。それは召喚されたサーヴァントの座を特定するためだった。

 当時4年生だったエルがあの世界に来たのはリンにせがんだかららしい。理由は姉のアルトリアとバーサーカーでないヘラクレスの座を特定するためだった。

 そんな事を私が知ったのは、エルが今のイリヤくらいの身長だった5年生の夏だった。私は半年以上もエルの中で眠り続けていたのだ。

 

 一番最初に目覚めたのはバーサーカーで、彼は私の持つ小聖杯でなく大聖杯の中に居たそうだ。サクラに何かがあって、そこから大聖杯に行ったらしい。

 狂化が解けているのはわかるけれど、魂に戻っても自我を保ち再会した私を呪いから護ろうとしてくれた事に驚く。当然私は意識不明で、徐々に徐々に身体は蝕まれていった。

 それに拠って小聖杯に穴が空いたのか、アーチャーまでが私を護ろうとした。

 そして奇跡が起きた。ほんの少しの間、私は意識を取り戻したのだ。アーチャーは言った。

 

『死なないでくれ、イリヤ』

 

 ぼんやりと見えたアーチャーはシロウだった。それですべてを聡った私は、ろくすっぽ理解もしていない『第三魔法』を自分の胸に願った。

 それで意識を保つ事ができるようになった。だけどそれは地獄との戦いが始まる事を意味していた。肉体が溶ける痛みは遮断できる。けれど四六時中訴えかける呪詛のこもった圧力は、私の意識だけでなく魂から壊そうとしていた。

 何度も何度も諦めかけた。そのたびにバーサーカーやシロウが励ましてくれた。面白い事に聖杯の中に時間の概念はない。それは刹那であり永遠でもあった。私は再び意識を失った。

 

 私が意識を取り戻しエルと話せるようになった頃、バーサーカーは『アルさん』とエルやイリヤから親しまれていた。

 エルがエーテル体で私を出してくれ、そこでバーサーカーのみならず、『セラ』や『リズ』、『キリツグ』や『お母様』とも会えた。

 自分の両親では無いとわかっていたが、嬉しかったし涙が出た。だってその日以降、私は娘となり再び家族として暮らしているからだ。

 一番上の姉が『元セイバー』なのには驚いた。だけど彼女の姿が『あのセイバー』と同じなのにはもっと驚いた。そして並行世界の第四次や第五次聖杯戦争を体験した後に、再度この世界で召喚されたと聞いて開いた口が塞がらなかった。

 

 家族として姉妹として、新しい生活に慣れ親しんで半年が過ぎた頃、中々目覚めなかったシロウが意識を取り戻した。

 なのにシロウは何を話し掛けても上の空だった。元々自我が摩滅し掛かった状態だったらしく、その上にあの呪いの攻撃だ。

 私を護るために必死だったからその反動だ、一時的なものだろうと『ヘラクレス』は言ってくれたけれど、私は元のように戻らないのではないかと不安で不安でいっぱいだった。

 

 それはエルとイリヤが6年生になって間もない頃だった。

 エルは魔術師として本当に天才だった。何度もその腕前に驚かされたものだけど、5年生のあの子はあの手この手でシロウを目覚めさせてくれた。

 それだけでも凄いのに、学年が一つ上がったあの子はこんな事を提案してくれたのだ。

 

『ロシアで新しい事業が始まります。そこへ姉さんとアーチャーとアルさんとの三人で行って頂けませんか? 案内や現地での仕事はこちらで手配しますので』

 

 その旅はシロウの自我を再構築するためだったのだ。だから私は快く引き受けシロウを伴い、エルの会社があるドイツに向かった。

 エーテル体の私には容姿に制限はない。イメージさえしっかり持てば、どんな身長や年齢にでもなれた。お母様なみに胸があって、お母様より背が高い。そんな理想の自分を想像したら、そんな風になった。あっさりと。

 それでお母様から借りた、大人っぽい洋服と着替えをトランクに詰めて空港から旅立った。荷物はシロウが持ってくれるけれど、やっぱり言われたことしかできないロボットのようだった。

 

 フランクフルトに着いた時、空港を見ていて思った。以前は違う世界だったけれど、霊体化したバーサーカーやセラにリズが一緒だった。

 今もヘラクレスは霊体化している。セラとリズはイリヤのセラとリズだけど、家でマアエモやルオンと留守番をしてくれている。

 キリツグもお母様も待ってくれている。だからこそ、シロウをちゃんと元に戻してあげなきゃと強く思った。

 ゲートを出るとサングラスを掛けた髪の長い女性が手を振ってくれた。

 

『お迎えの人?』

「日本語も通じますよ、お姉さん」

 

 ドイツ語で語り掛けたら、な~んて日本語で返された。そしてサングラスを外したその笑顔は私だった。アインツベルンのホムンクルスと思った髪も自毛で、その正体はエルの魔術で造り出されたエルの分身だったのだ。

 愛称は『ミト』といって、日本語の『肉』から来ているのだと笑いながら教えてくれた。そして再びサングラスを掛けた彼女は、乗ってきたクルマまで私達を案内してくれた。

 そこで私は腰が抜けた。助手席で待っていたのはエルだったのだ。

 

「に、日本に居るんじゃないの!?」

「この身体は普段ミトに預かって貰っている『人形』です。魔術で分割思考の一部を飛ばして操作しています。元の私は日本で今はお風呂ですね。ここが12時なら、日本では夜の7時です。もう4月なのでサマータイムに入りましたからね」

 

 私は最初、この子が会社を経営していると聞いて半信半疑だった。ノインのお祖父様の事も伺っていたので、その方が設立され名義をエルにしているだけだと軽く考えていたのだ。

 だけどミトのような分身や、こんな人形を遠い日本から操って本当に会社を経営していたのだ。それでも法や実年齢の事もあって出資者という立場で、社長は別に居るのだと教えてくれた。

 ただし見た目が今の私と変わらないミトは鉱山部門の社長だそうで、今回の新規事業は彼女の仕事だった。クルマの中で話せる範囲だとピンと来ないだろうから、事務所で詳しく説明すると言う。

 空港からアウトバーンの5号線を使って一気にハイデルベルクまで南下した。そこで下道に降りてマンハイムの方角に向かって走れば事務所はすぐだった。

 

「ここが本部ですよ。ミトの事務所もこの中にあります」

 

 エルの説明で頷くミト。入った駐車場はそこそこ広いが、ぽつんと建っているビルそのものはそんなに大きくない。大きいのは各部門の本社や事業所、倉庫だという。中でも一番大きなのはチェコやフィンランドにあるのだとか。

 

「登記上はスイスのチューリッヒに本社があります。そちらは貸しビルの中の一角に、事務員さんが数人だけですよ」

「そんなに小さいの? どうして?」

「同じ払うなら税金を少しでもスイスに回したいでしょう?」

 

 そうだった。この子はスイス人だった。そしてビルが近づくと駐車場が高い屋根付きに変わった。そこにクルマを止めると近くの大きなトラックを指差してこう言った。

 

「チェコの事業所に、こんなトラックの後ろが部屋になった移動事務所があります。それに乗ってこのメンバーでロシアを周ります。ミトは保険で、もし運転できるのならアーチャーに頼みたいと思います」

 

 無理な気がしたけれど、これも賭けだと思い私は頷いた。ビルを回るようにして玄関に向かえば植え込みがあって花がたくさん咲いていた。こちらが通りに面しているので、道を歩く人は楽しいだろう。

 上を見れば、ビルの窓にも植木鉢がぶら下がっていて、花が植えられてるようだ。女の子の会社だね。けれど玄関の脇に置いてある大きな像は変だ。

 

「何これ?」

「え? 信楽焼のタヌキですよ。福ひねりといって縁起ものですよ」

 

 高さが3メートルあってアルさんより大きいとか言ってるけど、日本の置物だとしたらこれを運ぶのに相当魔力を使ったと思う。まぁ、冬木の森にあの城をまるごと持って行ったご先祖様も大概だけど。

 自動の少し色の入ったガラスドアを抜けると、雨で靴が濡れたら滑って転んじゃうようなピカピカの大理石が床だった。さすがね。

 

「いえ、天然でなく人口ですよ。見栄えは大切ですが、そこまでお金を掛けていません」

 

 そうなんだ?

 

 エレベーターで2階に上がれば正面の部屋に案内された。中で20人くらいの人が忙しそうに電話を掛けたり、書類に目を通したり、ペンを走らせたりしている。

 そんな人達の横を通り過ぎる度に黙礼をされる。正直お邪魔な気がする。そして奥にある扉を開いた。どうやらそこがミトの事務室のようだった。

 

「ようこそ。イヴ・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクター・ハフトゥングへ」

 

 そこにはまた別のエルが居て、にこやかに握手を求めて来た。私は驚いて握手されるがままだ。愛称はパミというらしい。ミトの事務室は、このパミの事務室でもあったのだ。

 

 ちなみに彼女の言った『ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクター・ハフトゥング』は略称を『GmbH(ゲーエムベーハー)』と言い、有限会社を意味する。

 株式にせず有限で済ます企業はドイツに多い。メリット・デメリットは日本のそれとそれほど大差ないけれど、株式公開していないので、儲けは出資者と取締役が率いる会社との山分けとなるところが最大のメリットだろう。

 ただし資本金は最低2万5千ユーロ(約300万)からで、追加の資金も全額を出資者であるエルが用立てなければならない。

 けれどあの子は僅か7歳で代理人を立て、有限会社を設立し今に至る訳だ。現在11歳。誕生日が来てやっと12歳だ。

 

「どうして表の人達はパミやエルの存在を疑問に思わないの? 魔術?」

「いいえ。あの人達は全員魔術の事を知っていまして。種を明かせば、魔術師の家で生まれ後継者に選ばれなかった人や、魔術回路が枯渇した人達です」

「どうしてそんな人達を? どうやって知ったの?」

「ほとんどの人が同門か同族ですよ。魔術師とは成れなくとも、商才のある人は活かさないと」

「え? どういう意味?」

「日本では話しませんでしたが、私が当代のアインツベルン頭首であり、第11代アインツベルン総裁だからです」

 

 私はここで初めてエルの本当の正体を教えられた。エルの養父、ノインのお祖父様は『9』という面白い名ではなく『第9代』の意味だったのだ。

 私は『第8代』のアハトのお祖父様のところで育った。だから『ノイン』という変わった名の友人が時々訪ねて来る事も知っていた。なのに気付けなかった。そんなにも親族が居たなんて。

 だからか。だからこんな子供でも、平気で会社に通勤できるのか。

 しかし何ともおかしな作りの事務室だ。大きなデスクと立派な椅子があったり、ソファーのセットがあったりするのは普通だと思うけれど、横手に結構本格的なキッチンと大きな冷蔵庫があるのだ。

 

「このキッチンは?」

「私の主な業務がここでの試作品開発だからです」

 

 エルは食品会社も経営していて、そこの開発部員でもあったのだ。ミトが鉱山と霊地関係でパミは配送会社や倉庫会社の担当だという。だけどそれ以外にも複数の仕事を掛け持ちしているらしい。

 そしてそれらすべての管理を隣の部屋の人が行っている訳だ。また、経理の中の女性一人は霊地管理と温泉管理なども行っているという。

 そんな風に誰もが複数の仕事を並行してこなしている。それがこの会社の特徴だと教えてくれた。

 

 時間がちょうどお昼だったのでエルとミトが料理を振る舞ってくれた。最近食べ慣れた日本食でなく、ドイツらしい豚肉料理。

 量もちょうどだし午前中からタレに浸けてあったらしく、とても香ばしくて美味しかった。けれど私の知っているシュバイネブラーテンとはどこか違う。タマネギが付け合わせというのも珍しい。

 

「これは何? シュバイネブラーテンじゃないよね?」

「これは煮込み風豚の生姜焼きです。先に浸け込む生姜汁にハーブを混ぜているので、和風とドイツ風をミックスしたような味になっているのがミソですよ」

「へぇ~。でも、美味しかったわ」

 

 そこに若い男性が乱入してきた。シロウの眉がピクッと動いた気がした。

 

「Gebratener Reis!!」

 

 エルが対応しているが、揉めているようでもない。ただ『焼いたご飯を作ってくれ』と訴えているだけだ。

 

「今のは温泉霊脈部門のフンバルト・ヘーデルくんだよね? 彼はどうしたの?」

「フンボルト・ヘーゲルでしょ。以前作ってあげたらハマっちゃったみたいね」

「焼き飯?」

「ううん。中華鍋で作った、ちゃんとした炒飯よ」

「餌付けしちゃったの?」

「いや、余ったのをあげただけ」

 

 と、パミとミトの会話が聞こえた。そしてミトは『おやつの時間に作ってあげる』と返した。すると彼はひゃっほーいとか叫んでどこかへ行った。

 

「何なの、この会社は?」

「試作品が余ったら、試食して貰ったりしています。それで皆んなの期待値が大きいと言いますか」

「ああ見えて、優秀な営業マンでもあるんですよ」

 

 食後、一通り説明を受けた私は計画書と契約書を渡された。

 

「しっかり目を通して、納得した上でサインして下さい。わからない所があれば、エルに聞いて下さい」

 

 そうしてパミを残して、ミトと私達はクルマで宿泊場所まで向かった。

 

 

 

「さぁ、焼けたわよ。ソースは甘い方ね?」

「うん。マヨネーズはいらない。エルは自分の分にだけ付けて」

「ここって追いマヨネーズって出来たのかな?」

「出来るみたいよ。ここにあるから。それで青海苔と鰹節はどうする?」

「掛けて良いよ」

 

 切り分け方はそれぞれの1/4がイリヤだ。クルマエビは二匹分。それを彼女の前に押しやれば、隣のエルが小皿と割り箸を渡していた。

 私は残りを二等分して、片方をエルの方へ押しやった。するとすかさず自分の分へ追いマヨネーズをするエル。

 この子はマヨネーズが好きよね。

 

「マヨネーズだけは日本のキ◯ーピーに限ります」

 

 ドイツには多種多様なマヨネーズがある。酸味が強かったり弱かったり、甘味が強かったり弱かったり。ポテトの国なのでフレンチフライ(ポメス)も、お隣のベルギーに負けないくらいあちこちで売っている。

 そしてケチャップだけでなく、専用のポメス・マヨネーズがあったりする。お好み焼き専用のソースがあるのと同じだと、城育ちで何も知らない私に教えてくれたのはエルだった。

 そして日本人には、マヨネーズを万能調味料として扱う傾向が時々見られた。ソースを1つに絞るのはどうなのだと思うけれど、エルが『マヨラー』なる種族に分類されるとは、出逢った頃は全然気付かなかった。

 

 

 

「ここですよ」

 

 そう言ってクルマはメイドが開く門を抜け、奥にある屋敷の前に停まった。欧州の住宅街は基本どこでも静かだが、この辺りは特に静かだった。

 とてもホテルとは思えない。誰かの邸宅だろう。トランクから荷物を降ろすとミトは仕事に戻るべくクルマで出て行った。

 

「ここは?」

「私のドイツでの家ですよ。ミトもパミもここで暮らしています。つまりこの体もここの工房で普段は眠っている訳です」

 

 なるほど、やっぱりエルの家だったか。この子、思った以上にお金持ちみたい。あれ? お屋敷の横手に小さな家がある。

 

「あの家は何? 使用人の家?」

「いいえ。あれは私の部屋です」

「部屋?」

「そうです。こちらの大きな方はお客様を招く都合上、メイド達が住んでいます。それで私は普段あちらの離れで暮らしています」

「ミトやパミも?」

「彼女達の部屋は、あの離れの後ろにありますよ」

 

 荷物を玄関前に下ろして、シロウを待たせて屋敷の横に行ってみた。すると一角しか見えなかった家に並んで小さな家が数軒点在していた。

 

「そっか前庭が庭でなく、こっちの横手が本当の庭なんだ?」

「はい」

 

 そこには樹々だけでなく池もあり、小さな丘もある。きちんと手入れされているのに、どこか自然なところもあってとても落ち着く。

 確かにああいうお屋敷で暮らすより、こういう樹々に囲まれた煙突のある家で暮らす方が楽しいだろう。だって絵本に出て来るような暖かな家だったから。

 

「こっちで泊まれないの?」

「こっちですか? 客間を用意させたのになぁ。まぁ、良いか。じゃ、アーチャーをここに呼んで下さい」

 

 それでシロウを呼ぶとエルは、今度はここでシロウを待たせて欲しいと言って、私の手を引いて屋敷の玄関に行った。

 

「地下で繋がっています。鍵を持っていないので中から開けないと」

 

 へぇ~。

 大きな扉を開けて中に入ると、そこは吹き抜けのレセプション・ホールだった。構造的に言うと、玄関の扉は通常サイズだけど両開きで大きい。そしてその幅よりやや広い通路が10mほどあって、その奥がホールだ。

 詳しく聞けば200人が一度に立食パーティが出来る広さがあるという。通路の左右は、戸板を外すとクロークと受付になるカウンターがあるそうだ。

 そしてホールの右先に通路とエレベーターや階段室があって、左先はレストルームがある。ホールの裏手は食堂や厨房となっていて、その食堂や厨房の2階3階に客間が並んでいるそうだ。

 階段を降りて地下階に行くとリネン室やランドリー室があった。エルはそこに居たメイドと少し話していた。メイドが驚き顔で私に頭を下げた。悪いことをしちゃったなぁ。

 話が済むと戻ってきて、更に階段を下った。地下2階。そこはそんなに広くは無いが倉庫のようになっていた。薄明かりしか灯っていないそこを180度回るようにして進むと扉があった。

 その扉の先が地下通路だった。屋敷もそうだがこの通路に来て確信した。この建物はまだ新しい。

 

「完成したのは2年前です。暗いですから気をつけて下さいね」

 

 と言っても、目を強化する程でもない。通路の左右には幾つもの扉がある。何だろう?

 

「これってまさか工房?」

「正解です。ただし、扉の先が本当に工房かどうかは私にしかわかりません」

 

 空間操作だ。つまり魔術でシャッフルできるのだ。そして正解の部屋をどこにも繋げないという手も使える。

 

「街中で暮らすってそういう事ですよ。建築には一般の業者も入りますしね」

 

 まったくだと思った。やがて通路は二股になった。真っ直ぐだとあの手前の家で、左に曲がれば奥の家に繋がるのだろう。案の定エルは真っ直ぐ進み突き当りのドアを開けた。

 目の前には階段があり、それを登るとワインセラーを兼ねた倉庫だった。折り返して再び階段を上がると窓から外の光が洩れていた。地上1階だ。

 カチャリと玄関の鍵をエルが外せば、残念なくらいにシロウがぼんやりと立っていた。

 

「シロウ、こっちよ」

 

 私の声に反応して、彼は荷物を持って入って来た。

 

「ここは靴のままで構いませんが、マットで出来る限り靴底を拭って下さい」

 

 エルに言われた通り靴をマットで丁寧に拭うシロウ。

 その間に中を見渡せば、1階はまるまるリビングダイニングで、大きな暖炉が備わっていた。反対側にはカウンター式のキッチンも見える。

 そこでお湯を沸かしてエルがお茶を入れてくれた。良い茶葉を適切に扱っているからとても美味しい。

 

「ウマい……」

 

 え……………………?

 

「シロウ……?」

 

 それっきりシロウは話さなかったけれど、その声は大聖杯の中で私を励ましてくれたあの声だった。感激で涙が出そうだったけれど我慢して尋ねた。

 

「部屋は2階になるの?」

「はい。私の部屋とは離れていますが、一室だけ空いています。ですけど、アーチャーは男性ですよ?」

「そうね。じゃ、私とあなたで。どう?」

「良いですよ」

 

 エルが電話を掛けメイドに寝具を用意させた。

 そっか……。リネン室から運ぶなら地下からになる。雨の時は便利だけど、工房の前を通る事になるんだ。オープンだなぁ。でも、お祖父様のメイドも工房の最深部以外は出入り自由だった。そんなものなのかも。

 部屋が整ったようなのでお茶を頂いた後、私達は2階に上がった。2階には部屋が4つあるようだけど空きは1つしかないのだという。

 それは1つがエルの寝室で、その隣が勉強部屋兼書庫で、もう1つがまるまるクローゼットだからだった。

 

「ここってお手洗いもお風呂も1階にしか無いの?」

「洗面とお手洗いだけなら、私の寝室の横にあります」

 

 田の字で考えると、真ん中の横棒が廊下と階段で、左上がエルの寝室、右上がクローゼット、左下が勉強部屋、右下が空き部屋だ。

 シロウに使う場所を教えて、一つ一つの部屋を見せて貰った。

 クローゼットという部屋は本当にクローゼットで、衣類がこれでもかと何列もあるハンガーに掛かっていた。帽子や靴に小物の箱も、壁の棚いっぱいに置かれてある。普段履きの靴も片側の床にズラッと並んでいた。

 次に勉強部屋を覗いた。勉強机と言い張る3mはありそうな机は、窓に面した位置にドカンと置かれ、キャスター付きの座り心地の良さそうな椅子が2脚もあった。片方はパソコン用でもう片方が勉強用らしい。

モニターが2台とラップトップが置かれていた。

 そしてその後ろにはE型に、天井まである本棚が置かれてある。ちらっと背表紙を見れば難しい本の間に魔術書が挟まっていた。

 

「魔術書がこんなところに。良いの?」

「だから家でなく私の部屋な訳です。私以外は使わないのですから」

 

 なるほどね。パミやミトの部屋という家もこんな感じらしい。

 

「けれど、あの人達もあなたな訳でしょう? どうなっているの?」

「主体としての私が動かしているのでなく、分割思考を独立させているのですね。ですから、あの子達が今何をしているのかなどといった情報は入りません。ですが夕方に帰って来て夜にあの部屋で眠って貰えば、それらの情報が日本に居る私に流れるようになっています」

「面白い魔術を使うのね?」

「必要にかられてです」

「家族に秘密なの?」

「いえ。この魔術は皆んな知っていますし、パミとミトの存在も知っています。日本で学校にも通いたいし、ドイツで仕事もしたいとなれば」

 

 何て不思議な魔術を使うのだろう。

 そして最後に扉が2つ。奥がトイレなのは聞いた。その手前の扉をエルが開くと、中には大きなベッドが二つあった。天蓋はないけれど、かなり大きい。それ以外にはロー・チェストと化粧台。それと丸いテーブルと丸い椅子が3脚にソファーが1つ。

 

「どうして2つもベッドが?」

「片方にアルトリア姉さんやイリヤが」

 

 そういう事か。これは納得だ。だから私が同室でも嫌がらなかったのか。ベッドは1つと思っていたので、少し不思議だったのだ。

 

「あれ? これは?」

 

 可愛いコート掛けに、この子やイリヤが通う学校の制服が掛かっていた。

 

「どうしてドイツに?」

「パミのためですよ。あの子も見た目通り学園に通うなら6年生です。ですので週に3回、家庭教師から学んでいます。そこにたまにですが私も参加しています。それでですよ。たった二人でも、同じ服を着て並んで勉強すれば気分が違うでしょう?」

 

 つまりこの家の隣がパミの部屋で、そこに週3で家庭教師がやって来る。その際にパミはその制服を着て学んでいるのだ。理由も何となくわかる。家族と離れてミトと暮らしているんだもん。寂しいだろなぁ。

 

「そこは余り感じないタイプですから、あの二人は。それだけに、友人ができる学校という施設に思い入れが強いのですね」

 

 へぇ。条件付けかしら?

 

「いいえ、元々そういうタイプです。私も似たようなもので、両親と離れていても寂しいとは思いません。ただ、同年輩の姉妹や友人と会えなくなると寂しいです。きっと年上の人と会う機会が多いからだと思います。仲良くなれても、ビジネスカードを交換したりする間柄ですとね」

 

 両親と離れていても寂しくないと言った理由は以前も聞いていた。キリツグやお母様の存在を知らずに育ち、8歳で初めて逢ったからだ。

 だけどその後がちょっと違和感のある内容だったので訊き直すと、操作する人形を大人にすれば問題ないと教えてくれた。きっと工房にはそういう人形が幾つかあるのだろう。

 

「パミも、大人バージョンの人形を持っていて、そこに意識を写して商談に出ていますよ。一応そちらの顔が対外的な顔ですから。ミトは別人になって飲みに出たりしていますね」

 

 飲みに行くって……。あの人は大人に見えても、中身はエルと同じで11歳でしょう?

 そういう使い方があるのか。それだと今の私とほぼ同じだ。けれど自分自身の今の状態がイマイチわかっていないから、後でパミやミトにも訊いてみよう。

 

 

 

「あ~、食べた食べた。ふわふわで美味しかったよね?」

「はい。長芋の追加が効きましたね」

「あそこは生地に良いダシと醤油を使っているのに、長芋の量が少ないのよ。お好み焼きはつなぎが大切だからね」

「ですけど、自然薯や大和芋と違って長芋は水分が多いでしょう? あの生地で緩めずに焼き上げるって。お店の人が感心していましたよ」

「だよね~。さすが変化球のイリヤだ」

「自分でも公言しているから良いけど、でもイリヤ的な直球はエルなんでしょう?」

「うん。双子のイリヤには悪いけど、ドイツの料理はエルだね」

「そうね。お料理上手な子ではあるけど、あの子はドイツで過ごした時間より、日本で暮らした時間の方が長いからねぇ。和食に特化しているのよ。エルみたいにビットやファンネルを海外まで送れないもの」

 

 

 

 そうなのよね。結局私はパミやミトを自立したファンネルだと解釈する他なかったのだ。説明されても、私程度の魔術知識では理解が及ばなかった。

 

「すみませんが、晩餐だけはあちらで摂って頂けますか?」

 

 そうして夜の7時に部屋だと言い張る家を出て、私とシロウはドレスに着替えたエルの案内で館の1階奥にある部屋に入った。

 そんなに広くないけれど、部屋の真ん中には丸いテーブルがあり、そこにはこれまたドレス姿のミトとパミが既に待っていた。

 

「ここは?」

「言ってみればミニ・食堂ですね」

「それはわかるけれど、こんな丸いテーブルって」

 

 だってそのテーブルの真ん中には、これまた丸い台があって、それぞれの席の前にはお箸や陶磁器のスプーンが置かれているのだ。

 だから食事を頂くところだというのはわかる。けれどサイドテーブルには、白いお皿や器が積まれてあるのだ。バイキングじゃないだろうし何だろう?

 

「お姉さん、ようこそ当家へ」

「お姉様。実家とは異なると思いますが、これが今のアインツベルンですよ」

「これ。私のセリフを取らないで下さい。それはともあれ、第11代アインツベルンたるエルヴァ・フォン・アインツベルンの家へようこそ。ドレスコードは問いませんので、アルさんも出してあげて下さい。皆んなで食事を楽しみましょう」

 

 そこから中華料理のフルコースが始まったのだけれど、ここはドイツだ。

 前菜(オードブル)、湯(スープ)、主菜(肉や魚などタンパク質中心のメインディッシュ)、主食(ご飯物など炭水化物中心のメインディッシュ)、点心(デザート)という流れで出て来るのは知っているが、ドイツなのに中華料理なのかという疑問があった。

 エルと知り合って半年が過ぎているので、この子がお料理上手なのは知っているし、中でも中華料理が得意なのも知っていた。だけど今日は私とずっと一緒だよ? 作る間なんてあるの?

 

「パミやミトからその日あった記憶を頂く対価として、私が体験した事や学んだ事を送っています。それと同時に有益な情報や経験の記憶はメイド達にも流しています。ですから、このお料理はメイドが作ったものですよ」

 

 へぇ~、何か便利そうだ。

 

「実際便利です。ある程度絞っているので、そこから先を独自に工夫するのですね。それが意外と新商品開発の元になったりもしますので」

 

 なるほどねぇ。確かにどの料理も中華料理には違いないが、食材はドイツで手に入るものばかりだそうで、これがこんな風に食べられるのかってアイデアが満載だ。

 例えば前菜の一皿は敷き詰めた薄切りトマトの上に、この時期にしか出回らない白アスパラガスとチャーシューだったし、スープの具もキャベツとタマゴといったありふれたものだ。

 主菜の肉料理も、甘くて酸っぱいソースの掛かったシュニッツェルをタルタルソースにつけて食べるらしく不思議な料理だった。

 

「これは反則ですね」

「何が?」

「これって牛南蛮で、日本の料理ですよ」

 

 日本だとチキンの方が有名だけど、アレンジで牛肉や豚肉を使う場合もあるそうだ。この時に食べた料理が、変化球と言われる今の私を形作る切っ掛けになったのは間違いない。

 

 絶対に余りそうだった、たくさんのお料理もヘラクレスやシロウが食べきってくれた。私はヘラクレスがこんなに大食いだったと前の世界では気付けなかった。バーサーカーだったから仕方ないけど。

 そして淡々と無表情で食べているシロウをとても心配していた。

 

「イリヤ、少年が心配だな。何とか回復してくれると良いのだが」

「うん……。でも、この旅で変化があると思えるの」

「そうだな」

 

 食後のお茶を頂けば、彼は霊体化した。私もこの霊体化ができる。今の私やヘラクレスにシロウも、エルを座とするサーヴァントみたいなものだからだ。

 それでもってこの状態は、あの子の持つ宝具に拠る恩恵でもある。エルが生きている間、私達は不死だ。何度でも復活できる。だけど宝具に縛られてもいるので受肉はできない。

 それが良い事なのか悪い事なのか今はわからない。でも、第二の人生は希望があるように思えた。だからこそシロウを治してあげたい。

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