※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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84、巫女のイリヤの思い出 中編

 翌朝、朝食を終えた私達はチェコに向かって出発する事になった。目指すはプラハから東へ50kmほど行ったコリーンという街だそうだ。

 そのコリーンの郊外に欧州最大の営業所があって、倉庫や工場が幾つもあるという。そこに長距離移動用のトラックが置いてあるらしい。

 私は知らなかったが、そのコリーンという街は工業国家である現在のチェコの中でも有数の工業都市なのだそうだ。ハイデルベルクからは直線で約500km。

 空港までの移動時間や待ち時間を考えれば、飛行機で飛ぶよりクルマの方が早くて楽だという。それはアウトバーンの6号線で一気にプラハを抜けてコリーンまで行けるからだ。

 その6号線も5号線を少し南下すれば簡単に乗り換えられる。時速120kmで走れば約4時間ちょいだ。それが今のEUなのだとエルに教えられた。

 自分の中の時間とお金とのバランスで、人は飛行機や列車などの手段を選ぶ。エルはクルマを選ぶタイプだった。館の正面まで歩き玄関前で待っていると、舗装された送迎路にキャンピングカーのような大きなクルマが停まった。

 するとシロウがいきなり武装して、両手に剣を握り構えた。

 

「どぅ、どぅ。味方です。私に仕えて下さっているアサシンですよ」

 

 そうエルが説明すれば、シロウは大人しくなって剣を消し元の服装に戻った。

 クルマの助手席には確かに知らない女性(女性のアサシンなんて居るんだ?)が乗っているけれど、運転席にはミトが座っているというのに。まったくシロウは。けれど良い兆候の気もする。

 私達はクルマの横から後部の室内に入った。中は対面の座席とテーブルに簡素なキッチンと少し狭いベッドがあった。トイレやシャワールームも備わっているそうなので、これでも十分だと思う。

 

「では、お姉様。出発しますので立たないようにお願いします」

 

 シートベルトをしてエルと並んで座った私は、向かいでシロウがシートベルトを掛けたのを確認してから返事をした。パミやメイド達の見送りでクルマはゆるゆると発進する。

 これだけ大きな館なのにメイドの人数は4人。随分と少ない。

 

「広かろうが大きかろうが、あちらはほとんど使っていませんから。お客様がいらっしゃった場合に清掃が行き届いて清潔である事と、美味しいお料理が提供できれば良いだけですので、あの人数でもきちんと回りますよ。どうしても人員が足りなくなるパーティなどは、ドナウエッシンゲンの別宅から応援があります」

「別宅?」

「はい。ノイントのお祖父様のお父様がお使いだった家を改修して、今も維持しています。理由は黒い森で行わなければならない儀式が数年に一回あって、そこで寝泊まりするからですよ。長ければ一週間ほど掛かる場合もありますので」

「そんなのあるんだ?」

「アインツベルン全体でなく当家の儀式ですので。一種のご先祖供養ですね」

「へぇ~。どうしてあなたの家にだけ?」

「当家は第9代のお祖父様に、そのお祖父様のお祖父様である第5代、そしてその5代目の曽祖父様が初代という、頭首や総裁を何度も輩出した由緒ある家だからです」

 

 アハトのお祖父様の家は2代目が中心となって、初代が成した第三魔法のみを追求するために興した、ホムンクルスばかりの家なのだった。

 つまりキリツグの血が入り私が生まれるまで、あの家に普通の人間は居なかったのだ。知っているようで知らない歴史。それは聞いていてとても面白かった。

 

「頭首は門下百家の内、古くから残る家の当主が会議を開いて選ばれます。言ってみればその当主達が選帝侯ですね。ところがアハトはあの城のシステムだったのでこの選挙権がありません。ホムンクルスで選挙権を有していたのは、第7代のユスティーツァ様だけですよ。これは第5代と第6代が強く推した事で決まりました。あの方が冬木で礎なんかにならなければ、アハトが勝手に第8代を名乗る事もなかったでしょうに」

「どうしてお祖父様を止めなかったの?」

「どの家も混乱したのですよ。勝手に名乗った事でなく、頭首が自殺も同然に大聖杯に身を捧げた事で。それは魔道を追求する我らから見ればとても崇高な事だと賛同する家もあれば、頭首が勝手な真似をと反対を唱える家もあった訳です。その混乱に乗じられたと言いますか。城から出られないキカイなのに」

「でも後から訂正できるよね?」

「しましたよ。それでお祖父様が第8代に続いて第9代に就任されたのです。8(アハト)と呼ばないのはミソが付いたからです」

「ノインのお祖父様が第9代になられたのは何時?」

「100年前です。つまり混乱期が100年あったという事です。第7代のユスティーツァ様が城からあまり出ない人だったので、7代就任当初はお祖父様のお父様である第5代や第6代が補佐をなさっていたそうです。私も母から血が繋がっていますので自然の触覚です。なのでユスティーツァ様を慕う心はあります。ですが後継者問題をおざなりにしたのはイケませんね。他のアインツベルンに何も言わず冬木に行かれたのですから」

 

 そう言って唇を尖らせるエル。この子にこんな顔をさせると何だか申し訳ないって気持ちになる。口には出さないが、もしかしたらエルのような存在が私にも居たのではと内心で思っているからだ。

 アハトのお祖父様がキカイなのは私も知っていた。本体はお城の一番下に設置されている事も。そして外部用端末としての8番目の身体が、ユスティーツァ様の死によって第8代を名乗り始めた事も。

 でも擁護じゃないけれど、どこか勘違いから来ていたような気がする。お祖父様はこんなに親族が大勢居たり、頭首というものも知らなかったのだと思うのだ。

 あの人は私に優しかった。だから家族だと思う気持ちが強い。私を見捨てたキリツグ、私を置いて消えたお母様。両親の事情も今ならわかる。

 それでも残された私は寂しかった。そんな私に唯一優しかったのがお祖父様なのだ。だからなおの事、お祖父様を憎む気持ちになれない。

 こと天の杯という儀式に臨む姿勢に関しては、抜けていたなぁと思うけれど。それもエルやイリヤから真相を聞いた、『今にして思えば』の話だ。

 私はこんな風に後でわかって、『あの時はしまったなぁ』と思う事が多い。性格的に待てないのだ。すぐその場で『答え』を知りたがる。それは結局、キリツグと同じなのだ。

 人類から永久に争いを失くしたい。恒久的な平和を実現する。そんなの自分一代で出来るはずがない。でもそういう『世の中』を見たかった。

 だからその方法を探して探してあちこちに行って。でも、どこに行っても人々は争ってばかり。それだから聖杯という『奇跡』にすがるしかなかった。

 

『ですが、それって自分がそんな世界を見たいってだけの、わがままに帰結していますよね? つまりはお菓子売り場で寝転んで駄々をこねる子供な訳です。そんなレベルの男が自分の父親なのかと、出逢った当初はかなりショックでした』

 

 それでキリツグを殴ったのだとエルは話してくれた。それで気付いたのだ。今ままでの私もキリツグと同じだったって。やっぱり娘なんだよね。

 だからだろうなぁ。血は繋がっていないけれど、キリツグに育てられた弟が心配だ。それはシロウが聖杯戦争の犠牲者であり、二重の意味での参加者でもあり、あの冬木で私に唯一優しかった家族でもあったからだ。

 勿論、私の知るシロウと今のシロウは別人だろう。それでも、きっとシロウにも『イリヤスフィール』との思い出があるはずだ。それが呼び水となってくれればと思う。

 

 クルマは東に向かって走っている。ハイルブロンを越え、クライルスハイムを抜け、ニュルンベルクの辺りで一度休憩となった。

 気付かなかったけれど、運転手のミトは私のようなエーテル体でなく受肉していた。なので定期的におトイレに行かないと駄目なのだ。

 

「彼女はあなたと同い歳よね? 運転免許は?」

「正式に持っていますよ。つまり戸籍も。公的には今25歳です」

 

 へぇ~。そしてエルの使っている人形も性能が高いので、適度な食事や休息が必要なのだという。

 サービスエリアでは24時間営業の売店があり、営業時間は限られているけれどレストランなどもあった。特にここは大きな施設だそうで、ホテルやガソリンスタンドもあった。

 駐車スペースにクルマを止めると、皆んなで外に出て背伸びをした。ミトはアサシンと一緒におトイレに向かった。どうやらあのアサシンはミトの護衛のようだ。

 

「こういう場所って初めてよ」

「あれ? こちらに来られてから、お母様とドライブに行ったりしていたでしょう?」

「けれど、それはドイツじゃなく日本でしょう? それはそれで面白かったけれど」

「フフフ……。日本の高速道路もアウトバーンも、サービスエリアやパーキングエリアはそう変わりありませんよ。強いて言うなら、こちらはほとんどのトイレが有料なところですかね」

 

 無料のところもあるそうだけど、そういうところは清掃が行き届いていない。それはアウトバーンが基本無料だからだ。その点、日本は綺麗だけれど高速料金を支払わなければならない。

 様々なサービスに関わる人件費を、そこで賄っているのだとエルが教えてくれた。だけど、有料トイレの方が安心感があるとはエルの弁だ。

 

「どうして?」

「有料だと犯罪が起きない確率が高いからですよ。強盗がお金を払ってトイレに来ますか?」

 

 思わずエルの顔を見た。料金は大抵50ユーロ・セント(0.5ユーロ)らしい。日本円でたったの60円ちょい。カップのエスプレッソは倍の1ユーロだ。

 お金に困る人はとことんお金がないもので、ガソリン代すら事欠く有り様だという。交通事故はともかく、犯罪は日本の高速道路の方が多いとまで断言していた。

 

「そんなニュースなんてあまり聞かないよ?」

「日本は報道のレベルが低過ぎですからね。窃盗を万引と言ったりね。ここで言いたいのは煽り運転ですよ。あれは立派な犯罪行為です」

 

 エルは運送業も行っている関係で流通業界の事も詳しかった。

 

「例えば高価な精密部品を運んでいるトラックがあったとします。そのトラックは期日中に積荷を壊さないよう安全に荷受人に届けなければなりません。すると制限速度内での遅めな速度でしか走れませんよね?」

 

 それはそうだろう。

 

「ところがトラックがそんな貴重で高価なものを運んでいるとは、バカほど想像できないものなのです」

 

 イライラしたドライバーは、トラックの前で急ブレーキを掛けて仕返しとばかり脅す。ところが事故を防ごうと急ブレーキを掛ければ荷崩れを起こし、その煽った相手に損害賠償の訴訟が起きる。

 相手は企業だ。リスクは負えないので、確実に裁判を起こし何億もの賠償請求をして来るそうだ。そしてそれは自己破産をしても逃れられない。自殺する以外に逃げ道は絶対に無いのだとか。

 

「車種を見れば、何馬力でどの程度の速度が出るかはわかるでしょう? それでも遅い場合は確実に過積載で重いからか、貴重品を運んでいるからです。そして過積載も運送会社の社名やタイヤを見ればわかります」

 

 名の通っていない会社は過積載の可能性が高い。有名な会社はそういうリスクを負わない。言われてみればその通りだ。

 

「道路は国家の血管です。それを利用するすべての人がシェアしている事を忘れてはいけません。ましてアウトバーンや高速道路は物流に欠かせない重要な道路です。飛ばしたければニュルブルクリンクやホッケンハイムに行けばいい。車種ごとのラップタイムも出ていますから、自分がどれだけヘタクソなのか理解できるでしょう」

 

 だからドイツでは煽り運転なんかまず無いのだという。そうかも知れない。例えスピードが出るようなクルマに乗っていても、そのドライバーが上手い訳じゃない。

 

「強いサーヴァントを召喚できても、その魔術師が必ずしも聖杯に届くとは限らない」

「ちょっと、どういう意味?」

「イリヤスフィールを人混みの中で刺殺しようと思えば楽勝です。衛宮士郎も遠坂凛も校門前で狙撃できます」

 

 そしてエルは私の前で空間跳躍をして見せた。私の胸に、エルの人差し指が中っている。

 昼間は戦わないなんて言ってた過去の自分がバカみたいだ。この子は誰よりもキリツグっぽい。いや、それ以上だ。怖いと思うと同時に、この子は間違いなく同じ血を引く妹なんだなと思った。

 

「お待たせしました」

 

 ミトとアサシンが帰って来た。手に袋を抱えていて、中はサンドイッチとドリンクだという。私達は再びクルマに乗り込み出発した。

 このニュルンベルクを少し行くと6号線と9号線が交わる。南北に走る9号線は、北がライプツィヒを抜けポツダムの手前でベルリンを囲む環状線の10号線と交差する。南はミュンヘンだ。

 ミトの用意した軽食(シュニッツェルのサンドイッチだ)を頂きながら、エルが地図で教えてくれた。だけれど、何も知らない自分はどこの国の人間だろうと悩みそうだった。

 やがて国境を超えると6号線はE50号線と呼び名が変わる。

 

「ブルゼニ、プラハと抜ければコリーンはすぐですよ。そちらで一泊してクルマを乗り換え明朝出発です。できれば契約書へのサインをコリーンでして頂ければ」

 

 これは問題なかった。契約内容は単純で、シロウと私が万一の場合の交代ドライバー(まず出番はない)であり、ヘラクレスを含めて3人でミトを護衛する事にある。

 ミトの一番近くにはアサシンが控えては居るが、言ってみればそこが最終防衛ラインなのでその前に障害となる『何か』を防ぐ必要があるとの内容だった。

 期間はコリーンを出てから戻るまでの約3週間。成功報酬は破格の50万ユーロ。日本円で約6千万円だ。

 

 どうしてこんなに高いのかと言うと、見た目の年齢がそれっぽいミトこそが、イヴ有限会社の実質的トップと見做されているからだ。

 本業の鉱山事業だけでなく今回の視察は霊脈も絡むため、魔術協会の目が届きにくいロシアは危険なのだという。昨夜この内容をシロウとヘラクレスにも話した。

 

『君の新しい生活に必要な姉妹の頼みだ。受けるのが正解だ、イリヤ』

 

 ヘラクレスはそう言ってくれた。シロウもコクンと頷いた。

 

『護衛と言うか、誰かを護るという事に反応するようだな。この旅は正解かも知れん』

 

 敢えてそういう仕事を回してくれたのだと思う。ミトやエルなら武装したボディガードを雇えるし、多分そちらでもアサシンが居れば十分だと思う。

 ヘラクレスは相手が人間なら過剰だ。それでも私に声を掛けてくれたのはシロウのためだろう。なら、私もその気持ちに応えないと。

 

 午後の2時前にようやく私達はコリーンの旧市街地にあるエルの家に到着した。

 途中、立ち並ぶ大きな倉庫や工場を柵越しに教えられても、同じような建物にしか思えなかった。そんな広い広い敷地の横を走り、聞き覚えのある会社(日本の企業もあった)の工場の前などを幾つも通り過ぎた住宅街に別宅があった。

 

「うわぁ、田舎って感じだね?」

「雰囲気があるでしょう? 大きなスーパーやファストフード店もありませんし」

「観光地も聖バルトロメウス教会くらいですね」

「教会?」

「はい。セドレツ納骨堂や聖ヤコブ教会ほどではないにせよ、人骨教会として知られています」

 

 ミトの説明では、納骨堂に何か骨を使ったアートがあるそうだ。荷物を置いて街へ買い物に出た。本当に古い建物が多い。道路は全部石畳だし。けれどどこか懐かしい気もする。

 

「ここもボヘミア地方ですが、ゲルマン人に追いやられるまではケルトの人が住んでいました。アインツベルンのご先祖様も、黒い森付近に定住するまではこの辺りに居たそうです」

 

 そうなんだ?

 

「ピザを買って家で温め直す手もありますが、家でスヴィチュコヴァーやブランボラークを作っても良いですよ」

「スヴィチュコヴァーって何?」

「わかりやすく言えば、牛フィレ肉の煮物のクリームソース掛けです」

「ザウアーブラーテンみたいな?」

「似てますよ。伝統的な添え物は異なりますけれど、元々はジビエの保存性を高めるための加工から始まった料理だったらしいですから」

「ふ~ん。じゃ、ブランボラークって?」

 

 それはジャガイモを使ったお好み焼き(或いはパンケーキ)だった。この中欧や北欧、西欧の田舎に多い食べ物を私は知らなかった。

 ベラルーシではドラニキ、ポーランドではプラツキ・ジェムニャチャーネ(プラツキ・ヴェンギェルスキェ)、オーストリアではシュピッテルベルガー・エルトエプフェルプッファー、ドイツではカルトッフェルクーヘン(カルトッフェルプッファー。ライベクーヘンという呼び方もある)、そしてスイスではレシュティというそうだ。

 ジャガイモを潰すのか、スライスするのか、下拵えで茹でるのか茹でないのか、方法は各国どころか家ごとにまちまちだとか。けれどありふれた食べ物で、スイスでは国民食なのだとエルは言う。

 アインツベルンがその名を使ったベルンから発祥した料理。私は俄然、それが食べたくなった。ミトとエルは早速家でブランボラークを作ってくれた。

 折り畳んだ生地にはソーセージが挟んであって、スメタナというサワークリームとたっぷりのザウアークラウトが添えてあった。

 チェコはクネドリーキという茹でパンが多いらしいけれど、この料理なら普通のパンとチーズが合う。実際エルはそういうのを毎朝食べていたそうだ。

 もうわかるだろうが、私が日本のお好み焼きにハマったのはこのブランボラークに感激したからだ。

 ちなみにエルは某ハンバーガーショップのハッシュドポテト(ハッシュブラウン)が大好きだったりする。フライパンで焼くのと揚げるのとではかなり違うけれど、ポテトチップよりフライドポテト(フレンチフライ)で、フライドポテトよりハッシュドポテトなのだそうだ。

 そしてそこにマヨネーズを掛けるのだ、あの子は。そのうち太るぞと思うけれど、太らないだけの運動をしているのが偉いと思う。

 

 食事を終えてお茶を頂きながら、私は落ち着いて室内を見渡した。チェコの家なんて初めてだから興味が湧いたのだ。壁はどこも白一色。天井には等間隔に木製の梁(はり)がある。そのダークブラウンの梁と梁の間は結構高い。

 天井周りと床は全部濃い色の木製で壁は白一色。質素だけれどとても落ち着く。そして今座っているダイニングには、意味不明なものが壁側にドンとあった。

 暖色と言うか天井と同じような茶色いタイルで飾った出っ張りだ。天板は鉄? 何なのかわからなかった。

 

「これは何?」

「『カムナ』という薪ストーブ(かまど)です。その熱気で暖を取り、上の天板に鍋を置いたりして料理をします。今は飾っているだけですが、私がこの家を買い取る前の住人は使っていたそうですよ」

「ふ~ん。でも、使わないなら邪魔じゃない?」

「この国の人々は、先祖代々から受け継いだアンティーク家具なんかをとても大切に使います。そんな由来を買い取る時に聞かされましてね。おいそれとは廃棄できません」

 

 へぇと思い、どういう由来があるのか聞いてみた。

 

「この家は昨日部屋に飛び込んで来たフンボルトの曾祖母が暮らしていた家ですよ、お姉さん」

 

 ミトがそんな事を言った。続けてエルが教えてくれた。

 

「もっと詳しく話せば、フンボルト君の母方のひいお祖母様が、このチェコで根を下ろしていたアインツベルンでしてね。そしてそのひいお祖母様が、亡くなられる前に娘さんに遺言を残していた訳です。『この家はあなたが嫁いだ事で跡取りが居なくなった。代々伝わって来た家だから、宗家の人にお返ししなさい』と」

「じゃ、その娘さんが……ヘーゲルさんのお祖母様?」

「はい、その通りです。それとそのお祖母様の旦那様、つまりお祖父様がノインのお祖父様の大切な部下だったのですね。それで創業の時に信頼できる者を何人か紹介すると聞かされて。その内の一人がそのフンボルト・ヘーゲル君だったのですよ」

 

 そういう縁があったのね。代を重ねて魔術回路が枯渇しても見捨てず見放さない。それはきっとこの子のお祖父様の教えなのだろう。

 私は家の中をあちこち見学させて頂いた。内装の壁は塗り直して、天井も家具も手直ししてあるんだ?

 

「家具を手直しして下さったのがフンボルト君のお父様です」

 

 そのフンボルト・ヘーゲルさんのお父さんは、ミュンヘンの家具職人で祖父の代まで北欧で暮らしていたそうだ。元々はあのエーデルフェルト家に連なる家だったらしい。って事は……?

 

「そうです。フンボルト君にはバッチリ魔術回路があります。それでもって上司のミトに一方ならぬ恋をですね……」

「ああ……11歳だなんて言えないものね……」

「ですから、お姉様。時々試食を頼んだり、レストランに一緒に行ってあげるだけで偉いと思って下さいな」

「ダメダメ、ミト。それって返って思わせぶりだよ」

「え~」

 

 この辺が11歳だなぁ。怪しいところに連れ込まれたりしてないだろうね? 心配になるよ……。あれ? でも……?

 何だかわからない疑問を感じながら、家の案内を続けて貰った。キッチンとダイニングとリビングが独立しているのはすぐに分かるけれど……本当だ。

 それぞれの部屋のアンティーク家具がとても凝っているし思ったより綺麗だ。これがお父さんの仕事か。凄いね。そうだ、思い出した。じゃ、この内装は?

 

「先生の旦那様のシロウさんですよ」

 

 ああ! この子が先生と呼ぶのは魔法使いのリンの事だ。そっか、内装はあのシロウなんだ?

 

「どうしてそのシロウに頼んだの?」

「あの人の投影魔術をご存知ですか?」

 

 どういう意味? 同じじゃないの?

 

「例えですが……ある宝具の剣があったとしたら、シロウさんの投影品の方が元の宝具より切れ味が良くなるのです」

 

 え? 模造品でしょう? 宝具は神秘を内包してこそ宝具なのよ? 切れ味なんかもそれが持つ伝承なんかで上乗せされているんだから最高のはずでしょう? それって宝具のランクが低い場合の、限定された話でしょう?

 

「違いますよ。あの人の投影する宝具が刀剣類なら、まず間違いなく元の宝具より切れます。それは『切れる刃を付ける方法』をきちんと知っていて、なおかつそれを『神秘として上乗せできる能力』があるからです。そしてそれは長年培ってきた、『オリジナルを超える』という信念とイメージを脳内に正しく映像化出来るからでもあります。あそこまで行けば執念ですよ。それともう一つ種明かししますと、あの人は先生と並行世界を何度も渡り、その魔法によって延べ1600年もの経験を積んでいます。それってほとんどの刀剣より蓄積年月が長いって事ですよ?」

 

 魔法を得ると不老になるとも言われる。もしくは第二魔法を使えば世界間の時間差を利用して、自らの体内時間を『無』に出来るのかも。

 あ、そっか。今は英霊だとも聞いていた。そこもあるのか。考えても私なんかじゃ答えなんて出ないのに、返す返すも不思議な話だ。

 するとこの窓のガラス枠もシロウなのかな。まるでミュシャの絵にあるようなアーチ型でとても素敵だ。

 女の子なら住みたいって思うようなオシャレな家だと思う。階段室が独立しているのも良い。その踊場が屋内のサンルームみたいになっていて、小さな椅子が2脚とテーブルが置かれている。

 そしてその上にはステンドグラスほどではないけれど、色とりどりなガラスが嵌められていた。ここは雰囲気があって、考え事をしたり読書をするのに向いている。良いなぁ。

 2階には4部屋ある。天井裏もあるみたい。だけど1階も2階もどの部屋も狭い。予め狭いとは聞いていたので、ヘラクレスには別室で食事を摂って貰ったくらいだ。

 立てるだけの天井高はあるし寝転がれる床面積もあるのに、霊体化しないと出れないし入れない。これはエルの『部屋』もそうだった。基本、この子はこういう小ぢんまりと暖かな雰囲気の家が好きなのだろう。

 今夜の部屋割は私も1室与えられた。パミの部屋らしい。ミトもエルも自分の部屋があり、ベッドがシングルなのだ。アサシンはミトの部屋で番をして、シロウが客間を使う。ヘラクレスは霊体化してクルマなどの警戒だ。

 

「シロウはヘラクレスを全然警戒しないね。仲間だってわかっているんだね」

 

 おやすみなさいと言って、私はシロウの部屋を出た。

 

「お姉様。お風呂を使って下さいね」

「あなたは?」

「この2階にあるシャワーを使いますから。1階のバスタブをどうぞ」

「ありがとう」

 

 この会話の中にとても重要な意味がある。

 一つ、西欧では浴槽にお湯を張って肩まで浸かる習慣はない。なので、どこであろうと大抵はシャワーで済ます。

 二つ、都市ガスが引かれているような街中でも、タンクにお湯を溜める電気式が多い。しかもタンク容量は100~200リットルとお湯を張るには心許ない。100リットルなら、シャワーだけでも3人目は水の可能性がある。

 勿論、こんな知識は私に無かった。日本でキリツグやイリヤに教えて貰ったのだ。お祖父様の城にはゆっくり浸かれる、ローマ風の大きなお風呂があった。

 魔術で雪を降らし、その雪解け水を集め生活用水にし、排水を天に帰していた。お湯も魔術ならカマドも暖炉も魔術だった。

 そしてエルの『部屋』の浴室は併用型だった。浅いバスタブにシャワーなのは一般の家と同じだろうけど、お湯は礼装に拠る魔術で42度キープだった。あの子も日本の生活が長いからそうなるのだろう。

 案の定、1階のお風呂はドイツの家と同じだった。シャワーも上水道と直通なのに、間に礼装を噛ます事でお湯にしていた。三つ目の答えはこれだ。魔術師の住んでいた家を買い取ったから出来る事。

 この家の結界は中々のものなのだ。敷地が狭いから隣の家なんてすぐそこだ。なのに魔術師が住む家には見えないし、魔力が洩れたりもしていない。大したものだと思う。

 だけどエルが言うには中欧や北欧、東欧にこんな家が時々あるという。特に元共産国だったところに多いそうだ。一般人への秘匿だけでなく、国家への秘匿も重要だったからだ。

 

 

 翌朝、顔を洗い着替えて下に降りるといい匂いがしてきた。

 

「おはよう、ミト。エルが作ってるの?」

「おはようございます、お姉様。いいえ。キッチンを覗いてみて下さい」

 

 キッチン? 何だとキッチンを覗いてみればシロウが料理をしていた。というより途方に暮れていた。

 

「ど、どうしたの?」

「味噌が……味噌が冷蔵庫にないんだ……」

 

 そして私を認めると、エルを後ろに庇いこう言った。

 

「イリヤ、俺の後ろに。君は……?」

 

 だけど私は口を噤んだ。シロウの後ろからエルが目で合図を送ってくれたのだ。

 

「シロウ、そちらは私の大切な家族よ。ほら、ちゃんとよく見て。おダシもお味噌もここにあるわ」

 

 エルはどこからともなく何かの容器を取り出した。

 

「何だ、君が先に出していたのか。味噌汁の具は何が良い?」

「お揚げさんとお豆腐」

「良し、待っていてくれ。すぐ作るからな」

 

 嬉しいけれど悲しい……。でも……シロウの意識と自我が戻りつつある……。私はミトに慰められながら、ダイニングで待っていた。

 

 〈イリヤ、気落ちするな。少年の中での君は、まだ小さな少女のままなのだろう〉

 〈……そうね。でも……〉

 〈焦るな。良い兆候ではないか〉

 〈でも、ここがどこで誰の家かもわかってないわ〉

 〈ドラマであるだろう? 長い間、意識を失っていたも同然なのだ。今やっと病室で目覚めたようなものだろう。言われた通り行動できていた事の方が不思議だ〉

 

 驚いた事に、ヘラクレスは結構テレビ好きだった。けれど、彼の言う通りの気がしてきた。そうだ、前向きに考えよう。

 やがてエルがダイニングへやって来た。

 

「エル、シロウはまさか日本の料理を?」

「時々和食を食べたくなるので、どこの別宅にもお茶碗とお箸を置いていて。それを食器棚で見付けてからあの調子です。材料の方は礼装を付けたコンテナ箱にストックしてあった分です。今回はこの体ですので宝具が使えません。ですから非常食程度のものだと考えて下さい」

「食べられればそれは良いんだけど。シロウはあなたを私だと思ってるのよね?」

「だと思われます。その聖杯を閉じた頃って、そんなに低かったのですか?」

「う、うん……135もなかったと思う」

「じゃ、今の私よりかなり低いですね。私は後少しで140ですから。でも、姉さんとの思い出が、このこんがらがって混濁した記憶をほぐす切っ掛けになる気がします」

「エル。でもそれは、お姉様との思い出じゃないわ。あの人がただの人だった頃の『イリヤスフィール』よ」

「だから、それを私が演じて姉さんとの『思い出』にすり替えて行くのですよ」

 

 そんなに上手くいくのだろうか? 一抹どころか、思いっ切り不安が残るけれど今は任せるしかない。

 

「上手くいかせるしか、残された選択肢はありません」

「どういう意味?」

「ご自分の聖杯戦争を思い返して下さい。アルさんは敗退後も戦って、マキリの聖杯から逃げて姉さんを護ろうとした。アーチャーは敗退後、姉さんの聖杯の中に居た。表現はともかくこんな感じですよね?」

「ええ」

「では、誰が誰のマスターでした? そのサーヴァントの英霊としての格、意志の強さ、契約の強固さ。この差が出ているのだと思われます」

 

 そうだわ。令呪は失われたけれど、『バーサーカー』との繋がりは……。だけど、シロウにはリンが居ない。

 

「それで第三魔法の掛かりが弱かったのでしょう。今は私が送っているので魔力も十分なはずです。それでも英霊の本能で座に帰ろうとしている。そうとなると、思い出という記憶で現世に縛り付けるしかありません」

 

 そういう事か……。

 

 

「イリヤ、出来たぞ。ありあわせの材料しかなかったから、小エビの天ぷらと肉じゃが、それとお浸しに玉子焼きだ」

 

 エルの前にポンポンと朝食を並べていくシロウ。

 

「メイドの二人の分もあるからな」

 

 私とミトを、セラとリズだと思い込んでるの!?

 

「二人はそっちの方が似合うし良いな。あの白い服はどこかヘンだ」

 

 待って。シロウとセラ達は会っていたっけ? やっぱりこの記憶は生前の記憶なんだわ。そこではセラやリズと会っていたんだ。

 

「お兄ちゃん。服がヘンとか、レディに対して失礼だよ? あれはアインツベルンの由緒あるハウスメイドの服なんだから」

「あ、ごめん。ヘンは良くないよな……」

 

 エルが完全にあの頃の私を演じている。私は曖昧な顔で笑顔を作るしかなかった。

 

「コンニャクの買い置きがあったと思ったのにな……ネギもないし……」

 

 そのニクジャガにはコンニャクという材料が入っていないのだと、ミトがそっと教えてくれた。その前にジャガイモの大きさが日本のとは違うから気付きそうなものだと思うんだけど。

 オヒタシもアスパラガスとブロッコリーで、あの緑色の葉っぱじゃない。気付かないのかな……?

 

「思い付いた事を生前の記憶から拾って、本能で話しているみたいですね?」

 

 ミトの言う通りだと思う。

 

「じゃ、手を合わせて。頂きます」

「「「イタダキマ~ス」」」

 

「味はどう?」

「美味しいですよ。何より普通の日本人にはありえないでしょう。100%ヴァージンの、オリーブオイルで揚げたエビ天なんて。発煙点は高いし、カラッと揚がるし良い油です。けれど日本だと高いからなぁ。これってかなりな贅沢ですよね。まぁ、それはともかく。お浸しはエグみを消すための下茹でがちゃんとしています。肉ジャガも炒めてから煮込んでいます。どの料理もダシが弱いのは、私が顆粒ダシしか出さなかったからです。だからダシ巻きでなく玉子焼きなのでしょう。丸い鉄のフライパンしか無いのに、見事な出来栄えです。味噌汁は薄揚げの油抜きをきちんとしていますね。お豆腐も細かく刻んであってこの麹味噌と合います。惜しむらくはネギが無かった点と顆粒ダシの点だけですね」

 

 私より日本のお料理を食べ慣れているだろう、エルの評価が随分と高い。

 

「味付けや手際は『シロウ』でなく、『アーチャー』なのだと思います」

 

 ああ、なるほど。

 

「この朝食、実は私がおねだりしました。朝起きたらキッチンで道具を検めていたのですね。それも曾祖母様がお使いになられていたキッチンナイフとフライパンなどを手にとってジッと。きっと解析していたのだと思われます。それで私にこう話してくれたのですね。『家族のために何年も何年も料理を作り続けてきた人の道具だ。健やかに育って欲しい、ずっと健康で居て欲しい……そんな愛情と思いの丈が籠もっている。イリヤは良い家で育ったんだな』って。ここが『イリヤの家』だと言いつつ、『買い置きが見当たらない』と話したり混濁した部分は多いですが、人らしさが一気に出て来ました」

 

 私はエルをまじまじと見た。

 

「彼を今回の旅でのコックとして正式に雇います。今後は私もミトも料理をしません。彼に任せましょう」

 

 チェコは内陸の国なのでエビなんてマーケットにまず出ないとミトが言う。これはトウフやウスアゲと同じく時間を固定した箱の中に、非常用としてストックしてあった分だそうだ。

 エルはこちらに来る時、いつも日本の食材を持ち込むという。それは料理の幅を広げ、食事に飽きないためだ。私もお城の料理に飽きていた。

 美味しくない訳ではないけれど、変化に乏しいのがドイツの料理だ。だからお城でお料理担当でなかったセラが、日本で作ってくれた食事は楽しかった。

 

「姉さんは、何か作った事はありますか?」

「え? Das Spiegelei(目玉焼き)……なら……」

「あまり自信はない?」

「ま、まぁ……」

「なら、リーゼリットのフリをしろとは言いませんが、この機会に彼から習えば良いと思いますよ」

 

 そうしてエルはシロウに私を鍛えて欲しいとお願いした。旅の目的もどうしてここに居るのかもわかっていないのに、シロウは『丁寧にやれば大丈夫だから』と優しく笑って引き受けた。

 こうして私はシロウの助手兼見習いとして、お料理を教わることになってしまった。

 

 食後シロウが洗い物をして、ミトと私で食器を拭いて棚に収めた。それが終わるとシロウはお風呂やお手洗いを掃除し始めた。

 

「習性だけで動いていますね。それも流れるように自然な動きです。家事は任せて、私達は打ち合わせをしましょう」

 

 それで私達はリビングで話しあった。

 

「契約書や行程表に書かれてある通り、鉱山掘削に見せかけた霊脈の開発がこの仕事の本質です。ただ、掘り出してダイアヤモンドなどが出て来れば、政府に申請し直さなければなりません。目的地はイルクーツク州北部のナカンノという村の郊外です。有名なダイアヤモンド鉱山であるサハ共和国のミールヌイとは、湖を挟んで300kmほどの距離です」

「そこに霊脈が?」

「はい。火山帯に左右されない内陸型の巨大霊脈です。おそらくユーラシア大陸最大のもので、ルーマニアの霊脈とも『根』で繋がっている事が判明しています。あれを当家が押さえれば、万年は安泰ですね」

 

 その『根』という部分の通りを良くしたりする事業がエルの魔術師としての仕事だった。そして今回は数年掛けて『根』を繋ぎ替えるのだという。

 要は黒い森へ、この大陸が持つ巨大なマナを引き込むのだ。

 

「どうしてそんなのがわかったの?」

「大昔から東欧に大きな霊脈があるのは知られていました。中でもルーマニアの霊脈は有名です。そこを独占していた家と当家は長い間争っていました。それを叩き潰して、今は私が管理しています。そしてその霊脈を調べていて、イルクーツクに大本があるとわかったのです。パミとミトを西欧に送ったのはこれがあったからですよ。英霊七騎を焚べるような儀式を行わなくとも、何十回でも根源への孔を空けられる魔力が期待できます」

 

 冬木なんて足元にも及ばない、大陸最大の霊脈を独占するのみならず、自分の領地へ引き込もうなんて。この子は本当に総裁だった。なんて事を考え出すのだろう。

 

「そして今回は2回目の予備調査です。これを成して来年本調査を開始、再来年に掘削です」

 

 ツンドラ地帯なので春から夏に掛けてしか出来ないのだそうだ。

 そんなエルの話を聞いている時にミトの携帯電話が鳴った。ミトは廊下に出て通話を開始すると、アサシンと表に出ていってしまった。

 

「何か緊急の用事?」

「たぶんそうでしょうね。クルマにラップトップがあるので、メールで詳細が送られるのでしょう」

 

 やがて戻って来たミトはエルにこんな事を言った。

 

「出発を2日遅らせて欲しいそうです。それと今、本体とリンクしていますか?」

「え? 何か日本でありました?」

「いえ。モスクワでの交代でなく、ここでの合流だそうです」

「合流? 交代でなく、合流?」

「ええ、今のままで。本体は日本に人形を置いて、こちらに向かっているそうです」

「何だろう?」

「別段、事件が起きたとか事故が起きたとかではないようで、パミが言うには本体しか出来ない別口の仕事が入ったらしいです。それをこなしながらこちらの様子を見るには、あのトラックが一番ですからね」

 

 そのトラックとは、今回の仕事で使うクルマの事だ。荷台に居住スペースがあるだけでなく、かなり大きな礼装を積んでいて、それがゲートとなってスイスの本部と繋がっているのだそうだ。

 そして本来、エルはモスクワで合流して私をサプライズで驚かす積もりだったらしい。けれど仕事が入ったのでモスクワでの合流が難しくなった。

 それならここで合流してしまえば良いという判断だった。

 

「何より散発的なフォローが必要らしく」

 

 つまり短時間でスイスとこちらを行ったり来たりしなければならないらしい。

 

「その仕事先ってチューリッヒなの?」

「お祖父様からの依頼だそうです」

「なるほど。あれかな?」

「たぶん。だから交代でなく合流なのだと」

 

 二人はそれで納得していたけれど、その仕事の内容はともかく合流というのが何とも不思議だ。それってつまりエルが二人になるって事だ。しかも日本には、目の前に居るエルみたいな人形を置いて学校に通ったりするんだから。

 それで仕方なく私達は日本から来るエルを待つ事にした。時間が空いたのでシロウに声を掛け、街を散策する事となった。

 

「ルズィニエ国際空港には誰か迎えが行くの?」

「それは手配済みですが、電車で来るかもしれませんね。それよりもっと到着時間をはっきりしてくれれば、お姉様をクトナー・ホラやサーザヴァ、チェスキー・シュテンベルクなんかにも案内できましたのに」

「突然だものね」

 

 そのクトナー・ホラという街はここから近く、世界遺産に指定されているそうだ。何もない街だからと、二人は私が退屈しないようあれこれ考えてくれているみたいだ。けれどそんな事は全然ない。

 のどかでゆったりと流れる時間が心地良い。ここはここで十分魅力的で楽しい街だと思う。シロウも物珍しそうにあちこちをキョロキョロと眺めている。

 彼は日本から出て、どういう人生を歩んだのだろうか。そしてどうして英霊になったのだろう。もっとちゃんと話せるようになったのなら聞いてみたいなと思った。

 

 散策を午前中で終えた私達は、商店で幾つかのお買い物をした。ミトが案内してくれ、コロナーダというお菓子や、ミュシャの絵が入った文房具などを買ってみた。

 

「本当のお土産ならビールとガーネットのアクセサリー、それとグラスですね」

 

 ビールはともかく、ボヘミアン・ガーネットとボヘミアン・グラスはチェコを代表する装飾品であり工芸品なのだそうだ。プレゼントして貰えるのと冗談めかして言えば、ミトは何でもどうぞと本当に買ってくれた。

 

「お姉様とお揃いのグラスが欲しくなったんです」

 

 ドイツでパミやエルから聞いた話だと、以前のミトはもっと奔放なタイプで甘えたがりだったとか。早くから大人と同じ姿をして働いているので、それで変わってきたそうだ。

 だけどパミやエルのお姉さん役には向かなかったようで、心の中では誰かに甘えたかったらしい。それで私にこういう態度を取っているのだとエルが分析してくれた。

 そして今の私とさほど身長が変わらないミトを私は可愛いと思った。ミトは今も時々日本に来る。それは私に逢うためだ。そして私も時々ドイツに行く。それはミトの笑顔が見たいからだった。

 

 翌日のお昼過ぎ、本当にエルが来た。時間が押し気味なので、荷物を纏め、戸締まりをしてキャンピングカーで倉庫まで走った。

 敷地内は何台も大きなトラックやトレーラーが走っているのが見えた。エルは自分からシロウにイリヤの従姉妹だと話した。

 そしてこれからアインツベルンにとって重要な儀式があるから、それに臨むイリヤを励ましに来たのだと説明していた。それを鵜呑みにしてお礼を言うシロウ。根っから人が良いんだろうなぁ。

 

「それでその検分役を仰せつかっているので、私も同行します」

 

 倉庫で乗り換えたキャンピング・トラックの中でそんな事を言う。

 

「しかし、凄いトラックだな?」

 

 シロウの疑問ももっともだ。

 

「前1軸、後2軸の3軸で、ベースは消防車のクレーン用です」

「だからキャビンが4ドアなのか」

「ええ。ス◯ニアのこんなの、自家用で所有しているバカは私くらいなものです」

「これって自家用なのか!?」

 

 おお! シロウの食いつきが良い! 男の子ってこういうのが好きだよね。

 とは言え、このクルマは圧巻だ。前席に2人、後席に3人の5人乗りに見えても、荷台側も6人まで乗れるので11人乗りなのだという。そして9人は確実に寝台を確保できるそうだ。

 キャビンの上も後ろのハウスの上にも荷物が載せられる、大陸横断用のトラックなのだとか。

 

「しかし、パンクしたら大変だぞ?」

「予備のホイールとタイヤは重力軽減の魔術を掛けて屋根の上です。ジャッキアップはアルさんがやっちゃってくれるでしょう。交換はお兄ちゃんだし」

「イリヤはサーヴァント使いが荒くないか?」

「どこかの『あかいあくま』よりマシでしょう?」

「かも知れん……だが、私が交換出来るのは6本までだぞ?」

「嘘!? タイヤが10個もあるのに?!」

 

 シロウは『シロウ』として話していたり、『アーチャー』として話したりしている。両方の立場を行ったり来たりだ。でも受け答えがしっかりして来た。内容はさっぱりだけど。

 

「なんでシロウは6個が限界なの?」

「この人、たぶん聖杯戦争に100回近く召喚されています。その中で、バーサーカーのアルさんを6回斃したのだと思いますよ」

「へ? それって無茶苦茶強くない?」

 

 このシロウが……? バーサーカーを6回も斃した?

 

 〈イリヤ。それが神の血なのか、私は狂っている時の事をすべて覚えている。確かに私は過去、アーチャーに6回殺された世界があった。そうか、この少年だったか……〉

 〈本当に!?〉

 〈本当だ。さすがは君の弟だな。彼は固有結界を使える。そこに私と『イリヤ』を囚えた。自在に動く無数の剣を内包した世界だ。彼は私だけを狙い、その『イリヤ』に一切手を出さなかった。チャンスは何十回とあったのに〉

 

 シロウが『固有結界』持ち!? ヘラクレスの送ってくれるイメージは、赤茶色い鉄が錆びたような世界だった。そこに君臨するシロウは大地から空から、斜め横や後ろから、無数に剣を生み出し飛ばし続けた。

 そして剣だけでなく弓も用いていた。宝具の剣を矢にを変形させ、バーサーカーを射抜いているのだ。なのにそこの『私』だけは狙わなかった。

 むしろバーサーカーから離れていて欲しいと、その瞳はすがるように訴えていたのだ。確かにそれは違う世界で私じゃない。生前の『イリヤ』とも別人だろう。

 なのに『イリヤにだけは怪我をさせたくない』という気持ちが伝わってくる。バーサーカーもその気持ちに気付いている。だから1回斃されたバーサーカーは戦いを中断し、「何をやっているの? もっと本気を出してアイツを殺しちゃえ」と言う『私』を黙らせ、後ろに下げさせた。

 そしてその仕切り直し後からシロウの本気が始まった。だけどバーサーカーも負けてない。その神秘で覆われた鎧は次々と襲い来る剣や槍に鎌や斧を撥ね退けた。

 空気を切り裂き唸る石斧剣は飛来するシロウの宝具を撃ち落とし、ついにはシロウを捉えた。一瞬だった。飛び散る血が空気に触れて金色に変わる。

 

『イリヤ、死なないでくれ』

 

 それがシロウの最期の言葉だった。12回の半分、6回も殺されたバーサーカーはいつものように上を見ず、ただ消えていくシロウを見詰め、消えた後は黙祷までしていた。

 風景が何時の間にか森の城のエントランスに戻っていた。

 

『バーサーカー……? アイツって何なの?』

 

 狂化でものが言えない彼は、ただ『私』の頭を撫でていた。

 

『もう~。アイツのせいでお兄ちゃんやリンに逃げられちゃった』

 

 私は声が出なかった。兄殺し……いや、弟殺しを知らずにしてしまったどこかの『私』。

 そして翌日には、シロウとセイバーに完全に殺されてしまうバーサーカー。リンまでが1回斃していた。

 

 〈よもや、七度(ななたび)も殺されるとはな。あの少年が居ればイリヤは安全だろう。そう安心して消える事が出来た。しかし、その頃の私はアーチャーの正体に気付けなかった。君と関係があるとだけしか〉

 〈知っていたら止めた?〉

 〈イリヤ、私は君達とは余程縁が深いらしい。一体幾つの並行世界で喚び出されたか。だから君ではなくアインツベルンを恨んだ。エルもあの子の姉のイリヤも私にこう言ってくれたのだ。『何時も何時も、狂化して申し訳ありません』『並行世界の姉を助けてくれてありだとう』と〉

 

 だから『アルさん』なのだ。

 

 〈ヘラクレス……〉

 〈君も再会した私にお礼を言ってくれたろう? だからもう済んだ事だ〉

 

 私はこの静かな大英雄と、奇跡で手に入った第二の生に於いてずっと一緒だ。エルの寿命が尽きるまで。

 

 〈これからもよろしくね?〉

 〈ああ、勿論だとも〉

 

 クルマはコリーンから北上してE67に乗った。そこから西への道はポーランドに続く。ヴロツワフでE40に乗り換え、カトヴィツェ、クラクフと抜けて、ウクライナのリヴィウからキエフまで走った。

 窓の外はすっかり明るい。一晩中走り続けているのだ。燃料もだし、ミトは交代しないの?

 

「このトラックの燃料タンクは、お祖父様の石油精製会社のタンクと繋がっています。使った分の請求は私に来ますが、無補給で走れます。後、そこでグースカ眠っているのはミトで、今は本体の意識がミトの身体を使って運転しています。今朝方は私でした。私を出したままなのはそういう意味だったみたいですね」

 

 意識を交換しての三交代。食事の間はアサシンが運転している。サービスエリアやパーキングエリアにはトイレ休憩以外立ち寄らない。理由はこの先、設備やサービスがどんどん悪くなるからだった。

 だからシロウはせっせとサンドイッチなど、摘んで食事できる料理を作っていた。それを空間転移の出来る二人のエルかミトがキャビンに運んでいた。

 

「どうしてキャビンとここを繋げなかったの?」

「それはバスのような一体構造でないとどこの国でも違法だからです。ここも中からは窓で外が見えても、外からは窓に見えないよう偽装してあります。要は荷室で通さないと駄目な国もあるからですよ。少し待って下さいね……」

 

 エルはそう言って、ミトの身体を借りて運転している本体のエルと情報交換をした。

 

「ん、OKです。お風呂に行きましょう」

 

 へ?

 

「早く。次の休憩でアサシンと交代して、ミトの身体をお風呂に入れてあげないと」

 

 意味がわからない。確かにここにはシャワールームがある。だけど今のところ誰も使っていないのだ。エルが私の手を引いてシャワールームに向かった。ここは一人用だよ?

 なのにエルが何かの起動呪文を唱えると、扉の先は別の空間だった。

 

「スイスの本部にある秘密の空間です。ここにも宿泊用の個室やキッチンなどがありますが、最大のメリットは湯水がふんだんに使える、サニタリーが揃っている事です。トイレにお風呂、クリーニングも出来ます。衣類や食材もストックしてありますが、外に出てコープに行けばお買い物も出来ますよ」

 

 空間を繋げてあるとは聞いていたけど、移動しながらこういう事が出来るなんて……。しかも魔力はスイス側に設置された大型の魔力炉心から送られるという。

 こんなの知らない。魔術の使い方が根本的に違う。私はお風呂の中で悩んでしまった。

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