「軽く行ってしまったな。大丈夫なのか?」
「大丈夫でしょう。さぁ、次は何?」
「では、メインの仕込みに掛かろう」
「りょ~かい」
私はイリヤ(ちぃイリヤ)の事もあったが、シロウ(2番目)が残ったので行かなかったのだ。シロウが残った理由は知っている。このパターンの場合、先方の凛が呼び出しているのは確実に3番目だからだ。
そしてシロウはエルや私を守るために、別の意味での自分殺しを何度かしていた。そういう事を溜め込むタイプなので、エルもセイバーも無理に付いて来いとは言わない。
それに今は4番目の彼が居る。だから手の空いたシロウは、裏庭のサウナ作りをするランスロットを手伝っていた。
モードレッドとランサーに私は、基本本来のマスターから離れられない。
通常サーヴァントは、単独行動のスキルがあるアーチャーは別として霊脈の通る冬木市内限定だ。そしてセイバーやバーサーカーとなるとマスターとの距離がかなり限定される。
エルヴァが言うにはセイバー・ランサー・バーサーカーは半径3kmで、魔力供給のパスが切れた場合は持って半日だそうだ。アサシン・ライダーだと半径5kmで1日。
これはクラスに於けるおおよその話しだ。サーヴァント個々の能力もだし、マスターとなる魔術師の腕で大きく左右されるのは言うまでもないだろう。
それでキャスターは格で大きく変化し、アーチャーもその英霊次第だが、中には冬木市外にも行ける英雄王みたいなタイプも居るという。
そしてその令呪の届く限界は、2番目のアーチャーで半径30kmなのだとか。
勿論、今の彼は礼装の併用で地球の裏側にも行ける。これは私達の方のアーチャーとランスロットが、フィンランドに行った事で証明されている。
だけど今回は並行世界を超えるわけだ。でもその問題はエルがあっさり解決した。だって私達のマスターの並行世界存在であり大本なんだから。
パスをチョチョイといじってエルが供給役となった。
慣れているのか、4番目のアーチャーがすぐにコンビニに入って新聞を買って来た。
「げっ、今日じゃん!?」
シロウが驚いている。今は夜で新聞は2月2日だった。日付の変わる深夜にセイバーが喚び出されるのだ。私達は急いで学園に向かった。
その間に魔導師のリンは冬木市の霊脈を掌握し、シロウとエルにセイバーは別働隊としてどこかに行った。
私達はヘラクレスをリーダーとして学園に入った。ライダーの結界は既に張られていた。煌々と明かりが灯る弓道場。
「相変わらず居残っているわね。嫌だと言えないのかな?」
「この頃は何も考えておらんよ。強いて言うなら、それも人助けと信じ込んでいるだけだ」
「来たぞ」
「あのヤロー……」
ランサーだった。学園に張られた結界の調査だろう。すぐに起点を特定し、校舎の外壁を屋上に駆け上がった。
「いけ好かねぇ。オレが行こうか?」
「まぁ、待て。少年を確保してからだ。そこで一気にランサーとアーチャーを落とす。ともかく少年と少女が争う目を潰し、拠点を確保だ。そして『セイバー』にはモードレッド、君が入れ」
ヘラクレスが案を出した。それに皆んなが頷いた。来た。アーチャーと凛だ。全員が持ち場に散った。ランサーの逃げ道を塞ぐのと、ここのシロウの監視だ。
私はシロウ担当だった。5~10分後に校庭で剣戟が始まった。予想通り校庭に向かうシロウ。ランサーの魔槍に大気のマナが集まる。
「誰だッ!」
「私だ。夜の校庭で怪しい不審者め。ぶちのめしてくれる。少年は彼女の側に」
「こっちよ」
シロウの腕を引いて、後で説明するから今は大人しく側に居てと話した。シロウは上の空で頷いた。それはそうだろう。2m50cmはある大男が、長槍を振り回すおかしなのを相手に一方的な暴力を振るっているのだ。
「リン! サーヴァントか?!」
「ううん! ステータスが見えない! 人間よ! なのに、何あれ? サーヴァントを叩きのめしている……?」
気絶したランサーは槍を折られ、腕や脚も折られていた。
「弱い! 弱過ぎる! そこの赤い男、次は貴様だ!」
ドドドドドと校庭を走るヘラクレス。蛇に睨まれたカエルのように凛達は動けない。それでも何とかアーチャーが動いて声を出した。
「リン、下がれ!」
「遅ぇ。チェックメイトだ!」
こちらのランサーが凛の喉に槍を突きつけたのだ。
「お前達には話がある。大人しくしな」
「な、何でランサーが二人もいるの!?」
隣に居たシロウが声を出した。
「遠坂……なのか……?」
「脅しはしても手荒な真似はしないわ。君と彼女は今、とんでもない事に巻き込まれようとしているの。それをきちんと説明するから、今は大人しくしていて」
そして弓道場の戸締まりをするのを見届けてから、私達は深夜の深山町を歩いた。
「彼女は衛宮君のサーヴァント? 複数の相手と組んでいたなんて。そもそもランサーが二人も居る……参ったわ、完全にやられた」
「サーヴァントって何だ? そもそも遠坂はこんな夜中に何を?」
まったく話が噛み合わない。だけど無理もない。この時のシロウはまだ何も知らなかったのだから。
「それもひっくるめて説明するから、今は静かに歩いて。キャスターの監視があるかも知れないから」
そう言うと凛は黙った。
この世界のランサーは『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を刺して校庭に放置した。これは選択肢を与えるためだ。私達のランサーの要望だった。
そしてこちらのアーチャーはずっと姿を見せずに隠れている。
「で、案内してくれたのが私の家って、どういう事よ?」
「取り敢えず、今夜はここを宿にするからよ」
「勝手に何を言ってくれてるのよ? 説明は?」
「中に入ってするから」
ホンッとにもう~とかブチブチ言っているが、一旦負けを認めてしまったら終わりだよ。おまけに起死回生を虎視眈々と狙っていたアーチャーの右肩を、ランサーが左から肩組みしている。当然右手はゲイ・ボルク。
何よりヘラクレスが眼光鋭くアーチャーに睨みを利かせているし、更にはこちらのアーチャーが見えない場所で弓を番えていた。ここに居る英霊なら誰でも気づく殺気を放って。
きっと念話でその事を凛に伝えているだろう。だけどこの一行の中で、重鎧に兜のモードレッドだけは一言も話さない。これも後々の効果を考えてだ。
程なく私達は凛の家の玄関に入った。ここに来て女の子の家にどうとか言うシロウには呆れる。腕を組んで無理やり引っ張り上げたら顔が真っ赤だった。
「待て、待ってくれって。靴が……」
リビングへ案内された私達は早速凛とシロウへの説明に入った。シロウの中で渦巻いている謎と疑問が、もうパニックを起こす一歩手前だと踏んだからだ。
「まず、君の名は衛宮士郎で良いのよね?」
「どうしてそれを?」
「調べは付いているの。これは確認だから、イエスかノーで」
「う……イエスだ」
「君の父親は衛宮切嗣で間違いない?」
「ああ……」
「そんな質問に何の意味があるの? そもそも衛宮君は関係ないでしょう?」
ま~た口を挟んでくる。仕方ない、エル並みにキツく話そう。その間、シロウには手で制した。
「こんなので御三家の一つ? セカンド・オーナー?」
「どういう意味よ!?」
「前回の第四次聖杯戦争での勝者が、彼の父親である衛宮切嗣だからよ」
「え?」
「まさかと思うけど、前回の事も前々回の事も調べてないの?」
「ぅ……」
そして何か問いたかったであろうシロウに向き直った。
「色んな疑問点があってパニックになると思うけれど、まずは聞いてね?」
「ああ」
混乱するのはここからよ。頑張ってね、シロウ。
「この冬木という街には、単独型のとても大きな霊脈があってね。そこから汲み取ったマナを、ある大きな釜に60年掛けて溜め込むの。そうしてその溜まった魔力を使って『英霊』という、『世界』に隷属し『現象となった存在』を召喚するのよ」
「英霊?」
「日本語にするとそうなるだけで、神社に奉られたあれとは少し違うわ。一番わかりやすいパターンで言うと、一騎当千の実力を誇った英雄などがいるじゃない? アキレウスとか。そういう英雄がその死後に人々からの信仰を得て『英霊』という存在になるのね。ここまではわかる?」
何とかシロウは頷いた。
「そんな人類以上の存在となった彼らを召喚して相争うのよ。それが『聖杯戦争』という儀式なの。勿論、あの『聖杯』ではなく、願望器という機能が似ているからそう名付けられただけの別物だけど」
「争う事が儀式って……?」
「変でしょう? でもその疑問はしっかり頭に残しておいて。この儀式は簡単に言えば降霊術なんだけど、その『英霊』七騎を『サーヴァント』という使い魔にして戦うのは、あくまでも要素の一つでしか無いの」
案の定、ちんぷんかんぷんという顔をしている。
「重要なのは、膨大な魔力を帯びる『英霊』という存在を燃料にして『聖杯』を降ろす事なのね。つまり『英霊召喚』という第一降霊と、彼らを元に『聖杯を降ろす』第二降霊とがセットになった儀式なの」
私は生来神秘に関係する事は理解が及ばなくても、あるものはあり、存在するものは存在すると、簡単に受け入れてしまうタイプだった。それは『小聖杯』が安直に答えを出す事に慣れてしまっているからだ。
これまで数回、皆んなと世界を渡った。それでも『シロウ』との接触はほとんどなかった。理由はエルヴァの思惑もあるけれど、私自身が何をどう話せば良いのか迷うからだった。
だけどこれはチャンスだ。なんとかこの戦いの虚しさを理解して貰って、シロウ自身が抱える問題を自覚して貰わないと。
「それで、衛宮切嗣はこの儀式に前回勝ち残ったの。わかる?」
「何とか。それは誰でも参加できるのか?」
「うん。召喚は魔術師でなきゃダメだけど、協力者に魔術師を迎えたり、既に参加が確定している魔術師から、そのサーヴァントを使役する上で絶対に欠かせない『令呪』というものを奪う手もあるわ」
「奪うって……?」
「魔術医療が使えるなら移植も可能だけど、腕を切り落とす事も出来るわよ?」
凛の目が大きくなった。そうよ。あなたほどの魔術師でも甘いの。まして拠点は明確、行動パターンも学園に通う段階で明らか。あなたのアーチャーはライフル狙撃を阻止できる?
一方、シロウは自分の手の甲を見詰めていた。
「そうそれよ。まだ兆候だけど、サーヴァントと契約するば凛と同じようにはっきりしたものになるわ。次に、どうしてそこまでする者が居るのか……よね?」
「ああ、そこだ。親父が参加していた理由って……?」
「うん、そこを話す前に……『真の狙いを暈すため、この儀式は二重三重に嘘が散りばめられている』事を知っておいて。それで少し違う話をするわ。それが疑問の答えになると思うから」
シロウも凛も頷いた。
「ある男が居たのね。その人は魔術師の息子だったのだけれど、ある時父親のミスで南の島の人々が全滅したの」
「南の島?」
「それがどこであるかは関係ないわ。ともかく封印指定を受けていた父親は、跡継ぎの息子とともにある島に隠れ住んでいた。だけど父親の作った薬品を誤飲してしまった、少年にとっての姉代わりの少女がグール化して……擬似的な死徒になってしまったの。それで聖堂教会や魔術協会が動いて島の人々は全滅させられたのね」
「だ、誰か助けらなかったのか?」
「これね、擬似的な死徒って言ったでしょう? 他者を食わずには生きられなくなるという、人為的な伝染病なのよ。そしてそれが何人に感染したか不明なの。救けてあげた人が発症して、その逃げた先が東京みたいな大きな街だとどうする?」
「あ…………」
「ね? そして『衛宮切嗣少年』は封印指定だった自らの父親を殺した。そこから彼の数奇な運命が始まるの」
これでわかったろう。
「親父が自分の父親を……!?」
「否定できる? それも正義じゃない?」
「ぅう……」
そうそう。この部分は大いに悩みなさい。
「で、彼は賞金稼ぎとしてあちこちを回るの。そしていつしかこう願うようになったのね。『人類から争いを失くしたい』って」
「それで衛宮君のお父さんは聖杯戦争に?」
この辺りからなら凛の発言も良いだろう。十分空気を読んでくれた。
「そうよ。でもその願望は絶対に叶わない」
「どうして?」
「一つ、自分の中で答えのない願望は受理されないの。正確には『自分の中でその方法』を知っておかないと無理なのよ」
「でも、何でも叶うんじゃ……待って、それが嘘なの?」
「そう。そもそも世界全体を平和にしたいなんて、等価交換的にどうなの?」
「言われてみればそうよね。魔力の量的問題もあるし……かなり限定されるんだ?」
「そう。そしてその二。この儀式に必要な釜は元々願望器でも何でもなく、召喚したサーヴァント全員を焚べるための釜なの。要は人類を超越し神秘の鎧を纏った英霊が持つ魔力を利用して、その魂が帰ろうとする座にアクセスするための儀式なのよ」
「こ、根源に向かうための儀式だったの……?」
「ええ。世界の外への孔を穿ち固定する。そのための儀式なのよ。御三家でそれを知らないのは致命的ね?」
「ぅう……」
「三つ目。その釜は本来無色透明だった。でも第三次に御三家の内の一つ、アインツベルン家がアンリ・マユという邪神を喚ぼうとしたのね。実際に喚ばれたのは、その呪いだけを一身に浴びて蔑まれ生涯を終えた若者だったの。そしてその『呪い』だけが釜に残り、釜を汚染したのよ」
「もしかして、その呪いが溢れて前回街が焼けた……?」
シロウがギョッとした顔をする。
「そうよ。けれど衛宮切嗣はそんな呪われたものだったとは知らなかった。だから自分のできる最後の事だからと君を救けたの」
「あ……」
ここからよ、シロウ。
「彼には奥さんも娘も居たのよ?」
「お、親父に?」
「そう。でも、その『呪い』を浴びて余命が少ないと悟ったのね。それでも君との時間を優先しつつ、何度か娘に会いに行こうとしたみたい。けれど根源への道を開けなかったので裏切り者と見做されたの。そんなだから何度アインツベルンに行っても門前払い。娘に会えないまま失意の中で死んだのよ」
シロウは俯いて黙り込んでしまった。
「その衛宮君のお父さんが、参加した家って?」
「アインツベルンよ。しかも奥さんが小聖杯だったの」
「身体に埋めたの? いや……ホムンクルス?」
「正解よ」
それで凛も顎に手を当て、考え込んでしまった。もう理解はしているだろう。このまま続ければ再び街に災厄が訪れると。だから、こちらから提案してあげよう。
「セカンド・オーナー? アインツベルンは大きな家でね。この聖杯戦争で根源に行きたい勢力と、災厄を振りまく儀式を終わらせたいという勢力の二つがあるの」
「あ、あなた……?」
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。衛宮切嗣の実の娘よ」
凛もだけど、シロウの驚き方が半端じゃない。そしてそれはアーチャーもだった。
「どっち……?」
「わかるでしょう? 儀式を終わらせたい方よ。そこで提案があるの」
「提案?」
「同盟を組まないかってお誘いよ」
しばし逡巡する凛。だけどシロウは二つ返事だった。もう、さっきまでとは目が違う。血の繋がらない姉……というより同じ父を持つ同志という視線で私を見ている。
そこでモードレッドを『セイバー』として紹介し、ランサーもこちらの陣営が裏技を使って召喚した事にした。更に霊体化しているヘラクレスは、巨体のせいで表で待っている事にして、こちらが鋳造した戦闘用ホムンクルスとした。
「セイバーを君にしばらく貸すわ」
兜を脱いで素顔を晒したモードレッドに、シロウが赤くなりながらも握手を求めた。
「俺は何としても街に被害が及ぶのを食い止めたい。協力してくれるか、セイバー?」
「ああ、短い間だがよろしくな」
そんなトントン拍子な事があってたまるかと、アーチャーが凛を諌める目で見ていた。きっと念話で『凛、考え直せ。何かが可怪しい』みたいな事を話しているのだろう。なら機先を制するまで。
「ところで凛のサーヴァントはどういう英雄? 真名は聞いたの?」
「え、ええ……」
「別に教えて欲しいわけじゃないのよ。信頼関係があるかどうかの話だから」
そう言って私はアーチャーを見た。実にバツの悪そうな顔をしている。そんな固まった空気をほぐそうと凛が提案した。
「衛宮君が参加するなら監督役に報告しないと。着いて来て」
私は葛藤した。ノコノコと言峰に会いに行くのか、夜が更けたと断るのか。いっその事一切合切暴露してやろうかとも思ったが、このタイミングで私に念話が届いた。エルからだった。
〈テス、テス、聞こえますか?〉
〈私とエルヴァのパスに介入したの?〉
〈まぁまぁ、そう仰らないで。その教会行きは受けて下さい。今回はその方が早いでしょう〉
何か考えがあるようだ。なので私はシロウに教会へ行くよう促した。外でヘラクレスがリュックを持って待っていた。
「リュック?」
「君達の衣類や財布が入っている」
こういうところがエルね。私とモードレッドは再び家に入って着替えてから外に出た。そして橋を渡り新都に入ったところで、途中にあるコンビニに立ち寄りサンドイッチや菓子パンを買い求めた。
それを皆んなに配って歩きながら食べた。シロウはチラチラとモードレッドのお腹を見ている。
「何だ?」
「いや、寒くないのか?」
「寒いのか? ジャンパーを貸そうか?」
「そうじゃなくて。そっちが寒くないのか? そんな薄着で」
モードレッドはデニムのホットパンツにショートブーツ、チューブトップに赤い革ジャンという出で立ちだった。
「ああ、オレの格好が寒そうに見えたのか。そういうのは気にすんな。英霊ってそういうもんだから」
「そうなのか?」
「そうさ」
あの小さなエルヴァとの日々があるからだろう。モードレッドは随分と話しやすいタイプだった。だから何も知らないシロウには向いていると思う。
やがて一行は教会へ続く坂の前の交差点に差し掛かった。信号はまだ点滅になっていないが、青になっても渡れなかった。
ウ~ウ~ウ~! カンカンカン!
ポンプ車にはしご車。それも一つの分署からじゃない。近隣の分署にも増援が掛かっている。どこかで大きな火事が起きているのだ。
「間違いねぇ。これは絶対に教会だ」
ランサーがそんな事を言った。それは私も一瞬頭をよぎった。だって橋を渡る時からサイレンが聞こえていたのだから。
そこで私達はランサーの案内で横手の石段を登り、道でなく墓地を通って教会に向かった。やがて見えたのは燃え上がる教会だった。何十台もの消防車両が教会を囲み、水を掛けていた。
仕方がないので私達は来た道を引き返した。徒労だと思うとドッと疲れが出る。先程の交差点では緊急車両の渋滞が起きていた。
「君の家の方に行こうか」
「何でさ?」
「着替えたくないの? 深夜に学生服のままよ?」
「あ」
それで行きに使った歩行者・自転車専用橋でなく、大橋へ向かって歩いた。黙々と夜の繁華街を歩くと青髪の少年が倒れていた。
「し、慎二!」
白いブランド物の服はおびただしい血で真っ赤に染まっていた。腕も脚も変な方向に曲がり、息があったのが不思議なくらいだ。
魔力残滓は感じない。サーヴァントの戦いも起きていない。となるとイリヤは考えられない。これはエルだ。ライダーの目の前でシンジを空間転移で拐ったかしてやったのだろう。もしかしたらライダーも殺ったか奪ったかも知れない。
「一体全体、慎二に何が?」
「わからないけど、ここじゃ手当が出来ない。連れて帰りましょう、衛宮君」
「そうだな」
普通は救急車か警察を呼ぶだろう。凛の提案に疑問を感じないシロウに呆れる。それ即ち、聖杯戦争関係者だと明かしているも同然なのに。
ランサーがひょいとシンジを担いだ。大橋の歩道を歩き、深山町に入り裏道を抜けて武家屋敷の建ち並ぶ一画に入った。
「この道を知ってるなんて。詳しいんだな?」
「調べてあったと話したでしょう? 君の家は元々キリツグが前回拠点していたところなの」
「そうなのか?」
「そうよ。本当は魔術師が隠れるには今ひとつなところだけど、ああいう一般家屋の方が見つかりにくいからね」
「まったくだわ! 衛宮君、後でその事に付いて話があるから!」
吐いて捨てるように言う凛の剣幕にシロウが驚く。
「どうしたんだ、遠坂は?」
「魔術師って社会の中でも、かなりのマイノリティーよね?」
「そうだな。だから遠坂までが魔術師とは思わなかったよ」
「数が少ないものね。でもね、そういう少なさから相互扶助と言うか互助会というか、そういう組織が昔からあったの。それが魔術協会なんだけど」
「それは知ってる」
「ならこの先も考えて。組織の運営にはお金が掛かるものよ?」
「そうだな。それもわかる」
「君はそれを誰かに支払った覚えはある?」
「いや、無い」
「この冬木では、その徴収係が代々遠坂家でね。ここの霊脈を管理しているのも彼女なの。そういう事だから、この地に住む魔術師も魔術使いも、彼女に規定の協会費や居住料に霊脈使用料などを収めないとダメなのよ」
「え?」
「税金と同じ。それを支払ってこそ魔術師や魔術使いなの。何を目指しているとかの目的の話じゃなく、相互扶助に参加する意思があるのかどうかの話だから。断るならそれなりの覚悟が必要よ?」
「ええ~!」
「マイノリティーだって話したでしょう? お互いがお互いを守るために必要な経費であり、ある種の税金なのよ。税金が集まるから、さっきのような火事でも消防車が来てくれるの。病気になれば救急車が来てくれるし、犯罪を警察が調べてくれるの。わかる? 『いいや、一人でも問題ない』と思えるなら、君の中にある『正義』は考え直した方が良いよ」
はぁ~……。エルヴァみたいに話せたかな……? 内心ドキドキだ。
それでシロウの先導で家に近づくと……。
「あれ? 電気を消し忘れたのか……?」
門の上の外灯が煌々と灯ってた。エルかな?
そんなふうに予測しながら家の中に入ると、居間に大魔導師が居てお茶を啜っていた。
「あ、あんた誰だ?」
「お邪魔しているわ。私の名は明かせないけどキャスターよ」
「キャスター!?」
凛が身構え、アーチャーが双剣を構えようとするが、ランサーが先にドカリと座り、私も座った事で微妙な間が空いた。
「柳洞寺に居座る方でなく、こちらのキャスターよ」
「味方なの?」
「そう」
「どうしてそんなクラスの重複が……?」
凛の言葉が続かない。あの並行世界の弟子の凛が特別で、今回置いてきた凜や凛のような経験と知識がないと理解は難しいだろう。
『遠坂は父親の死で断絶したも同然』というエルヴァの言葉は正しい。
「何かあったの、キャスター?」
ここでリンとは呼べないだろう。
「奥でね」
彼女は視線と顎で奥を指した。おそらく桜だろうな。つまりエルはとっくに桜を拐い、ここに入っていたって事だ。教会の事を含めれば随分と早い。
おもむろにキャスターは、座布団の上に寝かされたシンジの治療を始めた。
「よしっ。これで治ったわよ」
「あ、ありがとう」
「それでこの男の子は? 君の友人?」
「ああ、そうだ」
キャスターはシロウにわかりきった質問をしていた。だけどこれはとても重要な事だった。
例えば師匠の凜と弟子の凛、また姉弟子の凜を思い浮かべれば、それぞれにかなり個性の差がある。巫女のあの人と私は似ているが、ちぃイリヤやおチビちゃんとはかなり違う。
そんな風に世界を越えれば、同じ境遇のシロウでも結構違う。そんな違いをこういうわかりきった質問などで探っているのだ。
リンはリラックスしていた。だからこのシロウは『アーチャー』にならない。どこかで留まれるタイプなのだろう。
自分のお茶や私達のお茶をいれようとキッチンに行ったシロウが驚いていた。
「どうしたの?」
「いや、鍋に旨そうなブリあら大根が」
「冷蔵庫にもあるわよ?」
「え?」
リンの指摘で冷蔵庫を覗くシロウ。そこにはブリカマの塩焼きと刺し身が入っていた。これを造ったのは間違いなくリンのシロウだ。おまけにシロウの知らない缶ビールやチューハイが冷やされていた。
早速ランサーとモードレッドが刺し身とチンしたブリカマで一杯やり始めた。
私はシロウと凛に睡眠を取るよう促した。まぁ、思うところは色々あるだろう。それでも文句を言わずに引き下がってくれたのは、現在の時刻もあるけれど、どうもこのシロウのタイプにもあるのかも。
凛の部屋をセットしたシロウがお休みと言って自室に戻った。アーチャーは屋根の上に行ったし、魔導師も奥に行った。ここでやっとヘラクレスが霊体化を解いた。
「オッサン、あのアーチャーをどう思う?」
お酒を薦めながらランサーが問いかけた。ヘラクレスはランサーに感心した顔をしてこんな不思議な事を言った。
「あの少年は違うな。守護者ではないかもしれん」
私は驚いた。
「自分殺しを企んでいないって事?」
「うむ。シロウ並みに稀有な存在の気がする」
「じゃ、自分の実績で英霊になったっていう事なの?」
「それはわからん。現代人であるなら、まず考えられん事だからな。だが、あの校庭で私が入らねば、少年はやられていた可能性が高い」
「弱いって事?」
「弱い」
その言葉にランサーもモードレッドも頷いた。姿をくらませているアーチャーの意見も訊きたいところだけど、彼と私にはパスが通っていなので念話ができない。
今もどこにいるのかさっぱりだ。たぶんセイバーとともに奥でエルを手伝っているのだろうけど。どっちにせよ考えても答えは出ない。
それで私は出来ることから片付けようと、中庭に出て地面に手を付いた。以前エルマに教えて貰った、地脈から大聖杯を探査する方法だ。屋根の上に居たアーチャーが興味深そうに降りてきた。
「何をやっているのだ?」
「地脈・霊脈とたどって、大聖杯を調べるの。アンリ・マユが沈殿した釜の中は危険だけれど、それ以外のシステムは安全だからね」
「それで何がわかるのだ?」
「どのクラスのサーヴァントが召喚済みだとか、7枠埋まったかどうかとか。そういうのがわかるのよ」
「ほぅ。便利なものだな? それは君がアインツベルンだから出来るのか?」
「そうなのかしら? 地系の魔術師なら出来そうなものだと思うわ。ただ、やろうと考える人は少ないみたいね」
「それは何故だろうか?」
「多分だけど、距離と範囲が壁になるんだと思う。それと霊脈のオーナーでもない限り、する理由がないものね。でも、こういう聖杯戦争みたいな場合はメリットが大きいと思うわ」
「そうだな」
「あなたのマスターがこれをしないのはうっかりなのか、それとも霊脈調整以外にも使えると考えられなかったからかしら?」
「言わんでやってくれ。まだ彼女は若く……いや、それは君もか。ともあれ、彼女の家は一度断絶したも同然だからな」
私は思わずアーチャーの顔を見た。彼はしまったという顔を一瞬だけ浮かべたが、その後は何食わぬ顔を通していた。
「それで全騎埋まったのか?」
「ううん。『セイバー』は空いているわ。私達の方のセイバーは冬木で召喚していないから」
「それでサーヴァントの気配が無いのか。何者だ、彼女は?」
「それは真名を聞いているの?」
「いや。英霊だとはわかるのに、サーヴァントの気配が無かったからな。それで興味が湧いただけだ」
これはモードレッドが受肉しているのもあると思う。一方、ランサーにはサーヴァントの気配がある。こちらは並行世界とは言え、大聖杯を使って召喚されているからだ。
だけど、ヘラクレスにはサーヴァントの気配も英霊の気配もない。霊体化するところを見なければ、まるっきり人間にしか思えない。身長2m50cmというのがあり得ないけど。でもそこがエルの術だった。
そして私も同じような術をエルヴァに掛けられている。受肉もしていないので、霊体化も出来る。おまけに大聖杯を使って召喚されているのでサーヴァントの気配があるはずだ。
それでも人間に見えるところがエルヴァの実力だ。
ちなみに私は霊体化を拒んでいる。受肉化のクスリも何度か貰ったが全部エルヴァに返した。それはあの子を守りたいからだ。
そう真摯に訴えたら、エルヴァは寂しそうに了承してくれた。悲します積りは無かったけれど、それが『私』だった。受け入れたモノは最後まで守り通す。それが『器』たる私の使命であり、起源でもあった。
「なぁ、ヘラクレスさんよぉ。回転するスシってあるだろう? ああいうところにも行くのか?」
「まず、行かんな」
「どうして?」
「私が上流だと、下流の人が何も食えんからだ。それはさすがにな」
「あんた、意外とそういうのを気にするんだな?」
「人として当たり前ではないか?」
こういう人を『バーサーカー』で喚ぶなんて。罪だなぁ。制御ができなくて怒ったりしたものだけれど、今思い返しても自分の無知ぶりに呆れる。
今は朝の5時。昨日遅かったから、シロウと凛はまだ寝ている。それで私達は一晩中起きて話し込んでいた。いつもなら早々に飽きるところだけど、ヘラクレスを交えて話すと本当に楽しい。
知恵者とは違うけれど、経験が豊富って言うのかな? ランサーもモードレッドも聞き役に徹して生徒みたいだった。それで4時半頃から話題が食べ物になって今に至る訳だ。
「時間制限があったらどう? それも回転でなくちゃんとしたお寿司屋さんで」
「そうなるとイリヤにも負けるかも知れんな」
「え? 何でだ?」
「どうして、オッサンがこの嬢ちゃんに負ける可能性があるんだ?」
「ハハハ……彼女が言ったろう? 回転寿司でなく職人が握る寿司屋だと。しかも時間制限付きだ。どう考えても職人の握る早さがネックになる」
「あ!」
「そういう事だ。同じ土俵に立たなければ、私に勝つ方法は幾らでもある。奇襲の得意なランサー、円卓一の奇策家であるモードレッドともあろう者が。イリヤが英霊として立ち回れるのもそこだろうな」
「うわぁ~、言い返せねぇ」
「参ったぜ。そういうのアリかよ」
「それはアリだろう。この聖杯戦争もそういう意味では抜け穴だらけだ。真っ向勝負だけが手では無いし、奇策だけが手でもない。両方出来てこそだろう?」
ランサーとモードレッドがウンウンと頷く。そんなところにシロウが起きてきた。ヘラクレスがサッと霊体化した。
「おはよう。まさかと思うけど一晩中?」
「まぁ、気にすんな。英霊は眠らねぇでも大丈夫だからよ」
「けど、そっちのイリヤスフィールさんとか……?」
「私は少し眠ったわよ。だから気にしないで」
「悪い。部屋もろくに用意しないで」
「良いから、良いから。それよりも今日は学校?」
「ああ」
「休んだ方が良いわよ?」
「だけど」
「生命が懸かってるのに? 今の時期なら風邪を長引かせたと言い訳も出来るのよ? 何より君の足取りがバレバレじゃない。更に言うならあのオーナーが特別なんであって、衛宮なんて名を長年この冬木で使っているなら、君が誰の関係者なのかわかる相手にはわかるわ。キリツグみたいに登校途中に狙撃して終わりだね?」
「まさか?」
「何としても聖杯を手に入れて、世界を平和にしたいと鬼になっていたの。そういう相手が今回も居ないとは限らないわ」
「それこそセイバーに」
「長距離狙撃に使う弾は音速の2倍は出るそうよ? セイバーが気付くのは君の頭が破裂した後よ」
「ゲッ!」
本当は飛来音などで、モードレッドやランサーならシロウを守れるだろう。だけどそれが多方向からの狙撃や、気を引く何かを起こされた瞬間だと不味い。
目の前でわざと交通事故を起こしたりする相手も居るのだ。というかエルが使った手だとエルヴァから聞いて、私は呆れたものだ。
ジト目でエルヴァを見れば、昔仲間の一人が爆弾を内蔵した自動人形10体に抱きつかれて爆破された事があると教えてくれた。やる奴は本当にそこまでやるのね。
これがおチビちゃん達のような姿をしていたら、死なないまでも確実に引っ掛かる。私とモードレッドはそういう意味で共通の弱点がある。
シロウや凛がそういうのに巻き込まれないよう注意しないと。
シロウが朝食の準備に掛かる頃、凛が起きてきた。この情けない寝起き姿は全世界共通かな? いや、魔法使いの凜だけが違うみたいだ。
牛乳を渡したら腰に手を当てて一気飲みした。それで目が覚めたのか、私や周りを認識すると真っ赤になっていた。
「遠坂……」
私はシロウを軽く小突いた。そういうのは言ってあげるな。寝不足や低血圧など要因は色々あるだろうし、何よりこういう姿は知られたくないはずだ。
そこに気付いたのかシロウは料理の続きを始めた。
「おはよう、オーナー」
「おはよう。凛で良いわよ」
「なら、私はイリヤで。それで先程彼にも言ったんだけど、あなた達学校をしばらく休みなさい」
「どうしてよ?」
それで私は再び説明を始めた。この時アーチャーも入ってきて、私を感心した目で眺めていた。
「リン、言ったろう? 君はその若さで魔術師としてはかなり優秀だと思う。また、正々堂々とありたいという姿勢も素晴らしい。だが、相手までもが堂々とやって来るとは限らん」
「そんな外道な奴って居るの?」
そこで私はドカンと言ってやった。
「居たわよ。そいつはホテル最上階をフロアごと借り切って工房化していた、倫敦から来た時計塔のロードをビルごと爆破したわ。キャスターのマスターは狙撃で殺しているし、アサシンのマスターも心臓を撃ち抜かれた」
「な、何者!?」
「その男の異名は『魔術師殺し』。聖杯戦争に参戦するまでに37人以上の逃亡した封印指定対象者や、人体実験を行って執行者や代行者に追われる立場となったお尋ね者を抹殺していたの。自分の中の正義のために殺戮を厭わない超一流のハンターだった。その名が衛宮切嗣よ」
凛が手で口を覆い、キッチンに居たシロウが飛んで来た。
「う、嘘だろ?! オヤジがそんな……」
だから言ってあげた。
「雨の中で濡れそぼった子犬を不良が拾ったからって、そいつは良い奴なの? 子犬君?」
それに凛が反応したが、アーチャーが制した。
「君は父親を嫌っているのか?」
「方法論が合わないわね。裏を掻くだけでなく正攻法でも勝とうと戦力を固めないと」
私がそう話すとアーチャーはランサーやモードレッドに視線を移した。
「君は……いや、何でもない……」
そこから朝食が始まったのだけど、お味噌汁の具が豆腐とワカメで…………。何かを思い出しそうだったけれど、玉子焼きに納豆と、小鉢に入ったブリあら大根ですべてを忘れた。
「このブリあら大根はイリヤさんが?」
「いいえ。キャスターかな?」
「そうか。ウマいな。旨みたっぷりなのにしつこさが無くて」
「本当。これだけでご飯がお代わりできちゃいそう」
ランサーに睨まれ食卓を囲んでいるアーチャーも目を瞠っていた。やがて満足して、ご馳走様と皆んなで唱和したところで障子がスパーンと開いた。
「呼べよ、衛宮! お腹が空いているんだからさ!」
「慎二、起きたのか。もう大丈夫なのか?」
「……ああ」
「何があったんだ?」
「別に……」
『別に』という言葉に呆れる凛とシロウ。でも、言えないだろうね。
「大排気量ツインターボのスーパー・スポーツカーを手に入れても、ガソリンもオイルも用意できなければ意味は無いよね?」
睨んできても全然迫力がない。
「君さ。中身のないスカスカっぷりが透けて見えるよ」
「何だと!」
「お爺様怖い~って震えてるの?」
「ク、クソッ!」
ここでモードレッドが声を出した。
「お前ぇみたいなヤツを知ってるぜ。抑圧と恐怖でビビリあがっている。だから物事の優劣にこだわり、自分より立場の弱そうなヤツをすぐに見下す。そうやってバランスを取らないと……惨めだな?」
「おい! 衛宮! 何だこの女は! 追い出せよ!」
とうとう馬鹿みたいに癇癪を起こした。
「本物のマスターじゃないし、そもそも魔術師でもない。だから彼女が英霊だともわからない。本当に間抜けね」
「な!?」
ここで当然シロウや凛が疑問を投げかける。
「マスターって?」
「魔術師だって……?」
だから教えてあげた。
「この聖杯戦争は一人の魔術師が始めたんじゃないの。三つの家が共同で始めたのよ。一つは大本の術式を編み出し、大聖杯を設置したアインツベルン。一つは冬木という霊脈のある土地を提供した遠坂。後の一つは、召喚術の一部と令呪を開発したマキリよ」
「マキリ?」
「そう。マキリ・ゾォルケン。日本に来て、当て字をして姓と名を入れ替えたの。日本名は間桐臓硯。300年も生き残って間桐を支配している怪物で、そいつがさっき言った『お爺様』よ」
「慎二、お前は魔術師なのか?」
そっぽを向きながら『そうだ』と答えるシンジ。
「マキリは水系の魔術師なの。水芸の一つや二つ見せてちょうだい」
「クソッ! バカにしやがって!」
すかさず暗示を掛け、投影したナイフを持たせてみた。意識はそのまま。でも、腕は握ったナイフで自分を刺そうとする。
「ヤメロ! 早く止めろ!」
「ヤメて下さいでしょう? そもそもどうして今まで生かされていたのか考えた事はないの?」
「ど、どういう意味だ……?」
「あのさ、魔術師って魔術回路ありきなの。そしてその中でも質が良く回路の本数が多い者が後継者に選ばれるの。例え60本あっても80本ある者には負けるのよ。それを覆せるのは、よほどの才能があるか、1本が通常の2本分や4本分にも匹敵する良質の回路を持っている場合だけよ。ましてや臓硯と何世代離れているの? 身内だからとか長男だからとか、そういうのは絶対に無いから。臓硯にとって、君は無価値だから殺すまでも無かっただけよ。真の後継者はとっくに養子で迎え入れていた訳でしょう? その子がマキリに馴染むために必要な、調整の範囲内の精神的抑圧なら許されただろうけど、ガソリンも用意できないのに『偽臣の書』なんかで調子に乗って。サーヴァントはどうしたの? 帰れば本当に殺されるわよ?」
ここまで言うと凛も気付く。
「どういう事?」
「ライダーを召喚したのは臓硯に命じられたその子よ。それでサーヴァントを、『偽臣の書』という令呪を委託できる魔術書を使って、シンジが借りていたの。本命のその子を隠すために。なのにその役目を忘れて、スーパーカーを乗り回していたのよ。ガソリンはそこらの人間を襲わせれば良いと。で、逆にヤラれたのが昨夜の惨めなコイツって訳よ」
「サーヴァントを奪われたっての?」
「大聖杯をハックして、そのくらい平気でやってのけるレベルの魔術師がこの世には居るの。遠坂家だからとかアインツベルン家だからとか関係ないわ。もっと言うなら、そこらの高校生レベルの考えじゃ生き残れない。それが聖杯戦争よ」
凛とシロウ、特に凛は猛烈なショックを受けたようだ。だけど今はそれで良い。
「なぁ……教えてくれ。『その子』って誰だ……?」
「『足りないものは他所から持ってくる、無ければ買いに行く』それが魔術師なの。君が思い浮かべた人物は他の魔術師の家から引き取った養子よ。そして前回の勝者、衛宮切嗣の息子を監視していた。いつ令呪が浮かぶのか、いつサーヴァントを召喚するのか。召喚したらそのクラスは? その実力は? それがわかれば君は殺される予定だった」
「そんな! 桜が!」
「その子とは限らないでしょう? どうせ実行犯になるのは臓硯だろうし」
多分昨夜の段階でエルは奪ったライダーに命じて、学園に張られた結界を解除しただろう。それで今夜辺りに決着を付けるはずだ。となると日中に森へ行くのが正解だろうな。
「さぁ、時間がもったいないわ。日の明るい内に、森へ行ってアインツベルンを落とすわよ?」
え~っと驚く凛とシロウ。わかるわよ? でもそんなにゆっくりも出来ないのよ、こっちは。凛達が着替えるのを外で待っていたら、キャスターがクルマのキーを私に預けてくれた。
「エルから。そこのクルマよ。頭に血を上らせないで上手く話すのよ」
「わかった、ありがとう。それでエルは?」
「桜の容態を看ているわ。手術も治療も終わったけれど、まだまだ安静が必要だから。それと言峰は捕らえたけれど、AUOを逃したの。ほとんどの宝具は奪ったけれど、飛ばす事のない薬品なんかは持ったままだから」
「わかった。そっちは?」
「セイバーを借りて、旦那と柳洞寺へ散歩」
そう言い残してキャスターは消えた。空間転移だ。実は私も空間転移が行えるし、ある範囲ならクロエちゃんも出来る。おチビちゃんも夢幻召喚中なら出来ている。
ただ、エルヴァが言うにはそれらは空間跳躍に近いもので、エルヴァですら空間跳躍と空間転移の中間くらいなのだそうだ。だけどあの小さなエルヴァが行っているのは、本物の空間転移らしい。
魔力封印の結界をものともしないのは、そこにあるだろうと話していた。私にはそういう小難しい事はわからないが、魔導師のリンが行う転移と、エルの転移、それと小さなエルヴァの転移は、エルヴァの転移とは確かに違うという事だけはわかる。
そしてその三人の転移も、またそれぞれ異なる方法なのだと教えられたのがつい先日だ。確かに小さなエルヴァの転移を、エルヴァが見たのはあの時が初めてだった。だからこんな話をしてくれたのだろう。
『先生の転移は第二魔法の応用で、世界間をミニ・ジャンプしているようです。エルの転移は、『異世界泡沫空間』というものを体内の宝具で発生させてそこを潜るのですね。対するエルヴァちゃんのは、古来からあるオーソドックスな空間転移を洗練させたものです。座標を捕まえるのに凄まじい計算を瞬時に行っています。あれは面倒くさいですよ。ですから私は地脈や霊脈上に座標となる印を置いて、そこを目標に跳んでいます。いわば手抜きですが、これはエルも使います。面白いのは姉さんでありクロエちゃんですね』
『どこが?』
『小聖杯に計算を代行させて瞬時に答えを出すところもそうですが、英霊化している事でヒトの耐久性を考慮していないのです。ご自分の事なのに気付いていないでしょう?』
『え?』
『さすがにクロエちゃんは子供でありヒトの領域を守っているので無茶はしていません。言ってみれば、自分の身体の大きさが潜れない穴には入ろうとしていません。それが安全マージンなのですね。ところが姉さんは霊体化出来るので穴の大きさを考えなくて済みます。つまり針の穴でも潜れてしまうその感覚が、クロエちゃんとは違った空間転移となっているのです。方向とおおよその場所がわかれば、地球の中心にも飛べる可能性がありますよ』
要は私の転移はリンやエルのようなとことんまで研究されたものではないし、小さなエルヴァのような古代の魔術を洗練させた『再発見』的なものでもない。大魔術であっても、それはどこまでも現代魔術の領域なのだ。
だけど私には私だけしか出来ない可能性がある。そうエルヴァは指摘してくれたのだ。
鍵を開けてクルマに乗り込んだ。シロウと凛は後席でランサーとアーチャーは霊体化。モードレッドが助手席だ。当然ハンドルを握るのは私。
「これ、言い方が悪いけど土建屋さんの乗ってそうなクルマだな?」
「だよね?」
それは10年くらい前のタウンエースのバンだった。乗用車のワゴンでなく商用のバンだから5人乗りで、内装も素っ気ない。
ミッションはマニュアルで四駆のディーゼル・ターボ。シビックとかMR-2に乗るような子が。エルはこういうのも好きなのかな?
森の前まで来たところで私達はクルマを降りた。幾ら四駆でもこの先は厳しいからだ。城まで1時間は掛かるが、アサシンが先行してくれているとヘラクレスが教えてくれた。
そこで一番最初に城に潜り込んだアサシンからの第一報が、ヘラクレスに届いたようだ。
〈イリヤ、先に行く。英雄王が森に入ったらしい〉
その念話を受けて、私達は先を急いだ。しばらくして再びヘラクレスから念話が入った。
〈緊急事態だ。あいつが城に入っている。私も城に突入したが間に合いそうもない。視覚を送るので、座標がわかるならランサーを飛ばせ〉
今まで他者を飛ばした経験は無かったけれど、今はそうも言ってられない。だから私は言われた通りランサーを転移させた。二つ返事で請け負ってくれたランサーには感謝だ。
私が城に到着すれば、数名のアサシンが城の前で待っていた。
「ヘラクレス殿、お早く。今しがた英雄王が入りました」
「わかった。君達は情報収集に当ってくれ」
そう指示してイリヤに念話を送った。扉は壊され中では煙が立ち込めている。ふむ、宝具ではないな。しかし、油断は禁物だ。
中に入ると『バーサーカー』が天の鎖で縛り付けられていた。しかし、決め手になる宝具は残っていないようで、膠着状態だ。
しかし奴にはその時間で十分だろう。後三歩でイリヤに届く。これは私でも間に合わない。しっかり相対位置を目に焼き付け、イリヤにそれを送った。
よしっ! イリヤの前にランサーが出現した。朱槍を一閃。英雄王の心臓を貫いた。どうにかそこまで走った私は、消えていく英雄王を思いっきり蹴り飛ばした。最期のあがきをされては堪らんからな。
「オッサン! 破裂して消えたぞ!」
「つまらん悪あがきをされては堪らんだろう?」
「オ、オッサン! 後ろ!」
残心を残して目を開ければ、吹き飛んでいくバーサーカーが見えた。
「オッサン、今のは?」
「フ……無想転生だ」
「は?」
「いやなに。マンガで覚えたのだ」
ここからはオレが解説しよう。
オッサンは崩れた壁から起き上がったバーサーカーを、何かの技で3回殺した。そしてすかさずバーサーカーのバックを取り、力任せに後頭部を殴って1回殺し、蘇生間際に首を折って殺した。これを4回繰り返した。
後ろでちっこい嬢ちゃんが悲鳴を上げている。そりゃそうだろ。最強と信じた『バーサーカー』を次々と殺してのける漢がバーサーカーと同じ英霊なのだから。
「な、何? 何なのアイツ?」
「本物のヘラクレスだ。狂わせられていない、知能も技も全部持っている本物のヘラクレスだよ」
そうだ、思い知りな。お前達魔術師が何をやったかを。こんな最強の漢を、パラメーターなんてものに踊らされて『弱体化』させていたんだからな。
仲間でなければ本気で闘いたい。10割負けるのがわかっていても挑みたい最強の漢だ。もし勝てば最高だろうとか夢も見ない。挑めるだけで光栄だ。
そんな漢がとうとう狂化された哀れな自分を斃した。
「……イリヤを頼む……」
「わかっている。安心して逝くがいい」
そうしてバーサーカーは消えた。
「え? バーサーカーが来ない……どうして?」
「嬢ちゃん。お前ぇさんは『器』じゃねぇ。生きろ。俺達はそのために来たんだぜ?」
「そんな事を言われてもという顔だな? 私の今のマスターは余命幾ばくもない君でも治せる。そして弟と平穏に生きろ。その道筋を必ず付ける。信じてくれないか?」
嬢ちゃんはオッサンにしがみついて泣いていた。やっぱりな。生きられるなら生きてぇよな。けど、家の事とかしがらみがそれを許しちゃくれなかった。
「坊主、遅ぇぞ?」
道すがらイリヤが話したのだろう。坊主が嬢ちゃんに駆け寄った。
「君は確か……『喚ばないと死ぬ』って言ってた子だな?」
どうやら違ったらしい……。