「これであなたにはサーヴァントが居なくなった。悪いようにはしないから、私達に着いて来て。それとクルマがあるなら出して頂戴。それにお付きの人を乗せて、こちらの拠点まで来て頂くわ」
「それは構わないけど、あなたは誰? お母様に似ている気がする。触覚の感じもするよ?」
「まぁ、似たような産まれなんでしょう」
「ええ? 他家でそんなのあるの?」
「魔術師ってそういうものでしょう?」
「もう~。お祖父様の成果が盗まれたのかな」
「逆かもよ?」
「うん?」
何とか誤魔化せた?
「絶対ぇ無理だと思うぜ? いっそ並行世界から来たって言っちまえばどうだ?」
「イリヤとシロウになら話しても良いけど、凛が居るからさ」
「あ~。お家芸が下手に広まっても困るのか……」
「そう。キャスターのリンが彼女を認めるなら別だけど」
「だよな。今回そんな打ち合わせも無かったしな」
「多分だけど、私やモードレッドを測っているのよ」
「だろうな」
そんな事をランサーとヒソヒソ話している内に、あちらの用意が整ったので私達は森を出発した。後ろから着いて来る300SLにはセラとリーゼリットが乗っている。
あの二人が無事で良かった。これからのイリヤには絶対に必要な二人だ。
そんな風に思っている私の心を知ってか知らずか、当の本人は凛とシロウの間に座り、シロウに『お兄ちゃん、お兄ちゃん』とベタベタしている。
凛がそれにイライラしているけれど、まぁ、許してあげて。肉体の幼さに精神が引っ張られているのよ。
『凛は時々子供の姿になるじゃない?』
『ヤメてよ。何を聞くの? あれはルビーとの約束があって仕方なくなの』
『わかってるわよ。そうじゃなくて、私も英霊になる18歳まではおチビちゃんみたいな見た目だったのよ。それで振り返って思えば、随分子供っぽかったなぁって』
『あなたは今でも子供っぽいじゃない』
『そこは純粋で無邪気と言ってよ。でもさ、そこで疑問がね。凛もあの姿の時は思考が子供っぽくなったりするの?』
『ああ、それね。確かにあるわよ。精神的に参っている時に転身すると、すぐに涙が出たり。やっぱり、肉体年齢に引きずられるところはあると思う。あ~、なるほど。いよいよ並行世界で自分から動こうと?』
『まぁね、そんなところ。エルマが頑張っているのに、逃げてばかりもいられないもの』
『うん、うん。偉い、偉い。エルヴァが喜ぶわ~』
『あ~、バカにしたな~』
やっぱり今も子供っぽいな、私は。
『姉さんは今のままで良いと思います。どのみち少しずつ変わっていきます。人とはそういうものですから』
だよね。だからイリヤは今のままで良い。そこを見守ってあげられるシロウになって欲しいな。
皆んなしてシロウの家に入ると、イリヤは疲れたと言った。それでシロウが部屋を用意しにセラとリズを率いて奥に行った。
一瞬ぎょっとしたけれど、エルの事だ。空間操作して居場所はわからなくしているだろう。現にイリヤを迎えに戻ったセラは何も言わなかった。
「なんだ、先に居間に入って寛いでくれたら良いのに」
「家主がいないのに勝手な事は出来ないでしょう?」
「それもそうか……」
それで居間の襖をシロウが開くと、中では桜が座っていて、その真向かいにはシンジが座っていた。そしてそれは異常だった。何とシンジは泣きながら桜に土下座しているのだ。
「さ、桜、慎二、どうしたんだ?」
「先輩。場所をお借りしています。今、間桐家に於ける立場を思い知らせていたところです」
「た、立場って……?」
「魔術師の家に産まれておきながら魔術回路もない。それは水の中でしか生きられないのに、エラ呼吸が出来ないも同然なんです。そんな無価値で人以下の奴を、対外的な面もあって今までは兄と呼んできましたがそれも今日まで」
そしてシンジの髪を鷲掴みにした桜が続けてこう言った。
「お爺様の裁定です。今日中に自害しなさい。それが出来ないなら、冬木から出て二度と帰って来るな」
蹴飛ばされたシンジが泣き叫びながら玄関に向かった。
「おい、慎二! 出ていってしまった……。桜、何があった? 仲直りできないのか?」
「そうやって八方美人だと、本当に大切な事を見失いますよ、先輩?」
ぎょっとするシロウ。
「事情も知らず、上辺だけで判断する薄っぺらい正義を振りかざすのは、さぞ気持ち良いでしょうね?」
「桜……?」
ここからの桜が凄かった。
「私が間桐に養子に出されたのは小学校に上る前でした。そしてそこで最初に行われたのは、間桐の術に馴染むための肉体と精神の馴致訓練でした。ええ、調整ではありません。まさに馴致です。奥に行ったアインツベルンの少女の腕くらいもある蟲が蠢く蟲風呂で、毎夜毎夜身体を犯され、穴という穴を蹂躙されました。お父さま救けて、お母さま救けて、お姉ちゃん救けて……でも、誰も来ません。5歳のあの日から今の今まで。そうやって使い魔の蟲を身体に馴染ませ、やがては身体に巣食わせ、どちらが支配者かを知らしめる。それが間桐の技だったのです」
シロウと凛の顔がみるみる内に青褪めた。
「蟲の通りが少しでも良くなるようにと、父と初めての性交をしたのが7歳でした。あの兄とは11歳頃からですね。中学時代は1週間に1~2回。毎回違う男性と。お爺様が用意した相手も居ましたが、そういうところに登録もしていました。なぜなら冬木だと遠い先祖は遠坂だったっていう魔力持ちが一般人に多いからです。そうやって魔力を溜めて体内の蟲を自分色に染めていくんですよ」
「桜……」
「間桐は水の家系であると同時に、共存共栄して蟲を操る家でもあります。ですから痛みを抑える蟲や媚薬を分泌する蟲なんてのもありまして。4年生頃からは快楽しかありませんでした。悍(おぞま)しかろうが、醜かろうがそれもまた魔道です。極めた者だけが生き残れる。先輩、魔術師ってそんな世界ですよ? どうしてサーヴァントなんて召喚したんですか?」
シロウの手の甲の令呪は、赤々とその契約を明かしていた。え? モードレッドは貸しただけで、契約なんてしていないよ? どうして?
「桜……俺は……俺は前回の聖杯戦争の被害者だ。あの災害の生き残りなんだ。だから、だからこそあんな事を二度と起こさせない」
「なら、それを遠坂先輩や私に言えば」
「言えない。だって今の今まで、桜が魔術師だなんて知らなかったから」
「先輩は衛宮の家の養子でしょう? 前回の勝者、衛宮切嗣の……? 誰からもマークされて当然ですよ? まさか……それで……? それを知らなかった……だから土蔵であんな馬鹿な訓練を……?」
桜がシロウの鍛錬方法を知っていたという事実にたじろぐシロウ。そして明かされた鍛錬方法に凛が呆れ、声を出そうとしたが桜の告白に臆して何も言わなかった。
私も以前は知らなかったが、『彼』を小聖杯に取り込んだ事でそれを知った。一度開けば後は起動するだけで済む魔術回路を、毎回一から開き直すという自殺行為にも等しいその所業。
私の中の『シロウ』が『この桜のあり方こそが分岐の影響だろうか』と呟いた。そうかも知れない。当初はエルの操作か、或いは本物はまだ眠っていて、エルの出力したエーテルではないかと疑っていた。
だけどどうやらそうではなく、心の奥底に仕舞った桜の本音が表に出た世界のような気がしてきた。
「先輩。お父様の本当のお気持ちは、先輩に普通の人生を歩んで欲しいって事ですよ。だから諦めるだろうといい加減な方法を教えたのだと思います」
これが真相だと私も思う。キリツグが安心して逝けたのは、夢を継いでくれるからじゃない。自分なりの主張をあそこで初めて出したからだ。
きっとキリツグもシロウの精神的な病に気付いていた。だけど医者に通わせる程でもないと軽く見てしまった。そこが失敗だったのだと、私はあの高校生の『イリヤ』が居た世界でわかった。
エルの姉や彼女に出逢って、私は私の可能性が無限大にあったのだと気付いた。と同時に、それは誰しもに言える事で、シロウにも凛や桜にも可能性がある。
その最たるものが大魔導師のリンであり、その弟子の凜であり、この目の前の桜なのだろう。その桜が話を続ける。
「お仲間が頼もしく強いのは認めます。現に間桐は敗退し、『ランサー』もそちらに着いている。どうやらアインツベルンも敗退したか仲間に引き抜かれていますね。胡散臭い監督役は行方不明ですし、その監督役が前回から隠し持っていた『アーチャー』の存在も明らかになりました。先輩、これから先は失敗しかしない魔術師モドキが生き残れるような、甘い戦いではなくなりますよ?」
とても厳しい目でシロウを見詰める桜。きっと今までシロウに見せなかった、マキリの後継ぎとしての真実の姿だ。彼女は魔道を正しく歩んでいる。その凄惨な調整に対して同情するのはお門違いかも知れない。
むしろ家の魔道のための殉死を受け入れていた、かつての私には共感できるあり方だった。もしかしたら、エルは手術も何もせず今まで話し合っていたのかも知れない。
そうとなれば魔導師にも会ったろうし話したと思う。ああ、アーチャーも自分が何者であるかを話したかも……。
『私もそう思う。この桜は強い。どういう魔術を使うかはわからないが、あのマコト以上に精神が強い可能性はある』と、胸の中の彼が言った。
「その監督役が隠し持っていた『アーチャー』って?」
シロウが尋ねた。
「ウルクの王、ギルガメッシュです。その宝具は『王の財宝』という蔵であり、そこに溜め込まれた無尽蔵の宝具に匹敵する武器にあります。前回彼はその宝具で最後まで余裕で勝ち上がりました」
「まさか親父の?」
「いいえ。先輩のお父様が召喚したのは『セイバー』でした。その正体はブリテンの赤き竜、アーサー王です」
モードレッドの眉毛がピクリとした。
「じゃ、誰がマスターなんだ?」
「召喚者は遠坂時臣。遠坂先輩のお父様です」
『遠坂先輩のお父様』……。この言い回し方が厳しい。現に凛は口をパクパクして何も言えずにいた。
「その遠坂時臣を刺殺し、サーヴァントを奪ったのが言峰綺礼。今回の監督役であり『アサシン』のマスターでした。先輩のお父様がやったのは、その言峰綺礼の心臓を撃ち抜いた事です」
「だけど、アイツは生きていたのよ!?」
父親を殺された事にショックを受けていても、そこは凛だ。謎にはしっかり食らいついた。
「『アーチャー』が聖杯の中で澱んでいた泥を浴びて、何故か受肉してしまったのですね。その奇跡が契約していた神父にまで及び、復活したようです。遠坂先輩、あなたは陰で笑われていたんですよ?」
「ええ……どうやらそのようね。けれど、さ……間桐さん。あなたの情報は少し古いわ」
うん? と首を傾げる桜。
「そのギルガメッシュは、もう斃された。綺礼も捕らえられている」
「そうなんですか? となると残るは『キャスター』と『アサシン』ですね。ほぼそちらの陣営の勝ちでしょう」
エルは『ライダー』を救う方向でなく倒しに行ったようだ。この桜のあり方からの影響だろうか。『ライダー』に違和感を覚えたのかも。
「桜、慎二はもう……?」
「殺さないだけでも、慈悲だと思って下さい。普通に学園生活を送って平凡に生きるなら、そのまま何もしなかったのに。魔道の家に産まれただけに、魔術回路がなく無価値である自分が許せず、私を羨む気持ちが強かった。そこに気付いていたのに、情にほだされ令呪一画分の条件でライダーを貸したのが過ちでした」
「何故、貸したの?」
「陽動です。遠坂先輩か時計塔から派遣された魔術師が釣れればと考えていました。ですが、『キャスター』を召喚したアトラム・ガリアスタはサーヴァントの裏切りに会い脱落。『ランサー』を召喚したバゼット・フラガ・マクレミッツも神父の謀略で脱落しました。これは前回、『ランサー』を召喚したケイネス・エルメロイ・アーチボルトよりも悲惨です」
ちらりと見たランサーは、苦虫を噛み潰したかのような顔だった。
「ところがそんな状況下で、お二人の先輩は一向にサーヴァントを召喚しない。そこもあって兄に動いて貰った訳です」
「じゃ、学園の結界は!?」
「ええ。お二人を釣るために私が『ライダー』に命じました。片方は『ランサー』でしたが、うまい具合に二騎も校庭に。ところが結界を発動する瞬間に『ライダー』が『セイバー』に斬られました。ズルいですよ、衛宮先輩は」
「何がだ?」
「本命の『セイバー』を隠し持って、別の『セイバー』を。陽動に引っ掛かっていたのは私の方だった」
何も知らないシロウは口をぽかんと開けた。
「そんな二騎なんてどうやって喚び出すのよ?」
『ランサー』に触れないで疑問をぶつける凛。
「この聖杯戦争では表向きの七騎以外に、後二騎喚び出せます。合計九騎。この裏技を御三家なのにご存じない?」
「知らない。初耳よ」
「そうですか。なら、遠坂先輩も最後はアインツベルンに負けますよ。まさかこの裏技を利用して2チームも送り込んで来るなんて。完全にやられました。やっぱり300年より1000年ですね。こうやって生きているだけでも儲けものですよ」
「あなたは一旦アインツベルンの誰かに、サーヴァントを斃され捕まったのよね?」
「はい」
「その人が見逃してくれたの?」
「ええ。その代わりお爺様が……。ですから私がマキリを継承して、マキリの魔道を更に伸ばさねばなりません」
「……そう。それはそれで重要な事よね」
「はい」
この時だろう。凛が記憶の中の『妹』を、一人前のライバルだと認めたのは。そして二人はとても爽やかに笑い合っていた。
これを理解できないのがシロウだ。
「桜、それは間違っている。そんな魔術があって良い訳がない。それとは違う事は出来ないのか?」
「先輩は『魔術師殺し』を知っていますか?」
「……ああ、聞いた。その願いも……」
「なら、私を殺しますか?」
「……いいや。俺は親父とは違う。もっと違う正しい方法があるはずだ」
「先輩の夢は知っています。魔道とは掛け離れた事だとも。それでも美しい事だと思います。それを諦められますか?」
「ぅ……」
「ならズルい事は言わないで下さい。申し訳ありませんが、この件に関して口出しする権利はありませんよ」
シロウは大きく溜息を吐き、桜に謝った。
「安心して下さい。私もお爺様とは違います。他者を害してまで追求しようとは思いません。戦うのはこの聖杯戦争のような、条件が整い限定された場のみです。そして間桐は降りました」
「……そうか」
「はい。先輩、それと冷蔵庫に下拵えが済んだ鶏肉があるから唐揚げにして食べて欲しいと」
「誰が?」
「お仲間の方でしょう?」
「あ、そうか……」
そして冷蔵庫をチェックしたシロウは飛び上がっていた。凄まじい量が調味液に浸けられていて、生野菜もボウルいっぱいに切られて冷やされてあるからだ。
そんな、そろそろ夕飯の支度に掛かろうかという間の空いた時に、それは起きた。バコ~ンという間の抜けた音とともに、サーヴァントが三体も中庭に現れたのだ。
当然、私達は応戦に飛び出た。凛に桜とシロウは後方待機だ。そこで素っ頓狂な声を上げたのは私とモードレッドだった。だけど私の驚きの方が大きかったかも知れない。
だってエルかリンが張った結界を突き破って来たのは、『キャスター』こそメディアだけど、後の二人は『セイバー』と『キリツグ』だったのだから。
それでもって『セイバー』と斬り結んでいるのはエルのセイバーで、エルは『キリツグ』を『大蛇の尾っぽを生やし、全身鱗に覆われたような姿態』でタコ殴りにしていたのだ。
〈イリヤ、手を出すな〉……出しようも無かった。
「その姿は何ですか!? 巫山戯るな!」
そんな怪物のような姿になったあなたが言ってどうするのだと思わなくもないが、エルは『キリツグ』の戦国武将風な鎧姿を怒りを込めて詰(なじ)っていた。
『セイバー』も普通じゃない。どこかあどけなさが残る顔と、白のようなピンクのようなふんわりしたドレスと、ポニーテールにまとめ上げた髪型が、まるっきりあの並行世界のイリヤちゃんの転身姿だった。
〈あの子の転身姿は、この『セイバー』だったのだったのだな〉 ……そう私も思う。あのカードがアクセスしているのは、エルヴァの指摘通りセイバーの若かりし頃なのだろう。案の定、『セイバー』はセイバーに押され始めた。
「父上!」
「わかっています! あなたはエルの方を! 彼女は『キリツグ』を殺しかねない!」
「わかった!」
離れに居たであろうアーチャーは、凛のアーチャーの姿を見るや屋根の上に跳んで気配を消している。その凛のアーチャーは弓を構えつつもキャスターに攻撃できなかった。
何故ならキャスターが抱えているのは……。
「藤ねえ! テメェ……藤ねえに手を出すな!」
はぁ~……。タイガが現れなかったのはこういう事だったのね……。そのタイガを救いにランサーが出ようとしたけど、ヘラクレスが止めた。
「オッサン、何故止める? あれって坊主の関係者だろう?」
「あれを見ろ」
『あれ』とはエルやっている事だった。その腕の中には、痩身で眼鏡を掛けた意識を失った男が抱えられていた。そしてその尖った爪で衣類を切り裂き、腹を抉っていた。
このわずかな間に柳洞寺か学園から強制転移させていたのか。
「交渉は無意味です。お前が引く以外に道はないと知れ」
そうして怪物姿のエルは、男の腕を引き千切った。
「いやぁ~~~ッ! 宗一郎様ぁ~~~! わ、わかった、わかりましたから、宗一郎様を……」
次にエルはもう片方の腕をズタボロにして、男をメディアに投げ棄てた。それもかなりのチカラで。受け止めたメディアは苦悶の呻きを残して消えた。
代わって空から落ちてきたタイガをランサーがすかさず受け止めた。『キリツグ』はこの隙きを見逃さず、塀を乗り越え逃げようとした。そこを4番目のアーチャーの矢が貫いた。だけどそのまま逃げられてしまった。
残る『セイバー』は、セイバーとの圧倒的な力量差に鎮圧され捕縛された。ランサーやモードレッドの存在に驚き、ヘラクレスの存在に慄き、最初から戦意を喪失気味だったようだ。
「あの二人(リンとシロウ)は何をしていたのよ?」
思わず悪態をつけば、転身を解いたエルがこう言った。
「あの『アサシン』を見て撤退したそうです。後は私の判断に任せるからと」
シロウの方が躊躇したのかしら? けれどキリツグが英霊って、そんなのあるの?
「『何か』があって、アインツベルンと縁もないまま戦場や災害現場を渡り歩き、最後の最後は『世界』と契約を交わしたのでしょう。つまりあの『アサシン』は私達と一切関係なく、士郎クンとも関係ない。純粋なアラヤの守護者ですよ」
結界を張り直したエルは、ヘラクレスを残して先に居間に戻っていた私達に自己紹介の後そう言った。凛とシロウも混乱していて何も言えないようだった。タイガは隣の部屋で寝かせてあるが、こちらもエルが暗示を掛けていた。
「質問がある。あの『アサシン』に刺さった矢は誰のだ? 君達の仲間だと思うが、まさかまだサーヴァントが居るのか?」
凛のアーチャーだ。これは凛の家に向かう時の殺気の件もあったしバレるだろうとは思っていた。何よりセイバーが戦っていたし、あからさまに桜の話した九騎と矛盾するからだ。
「マキリも知らない裏技だと言いたいですが、もう隠しても意味は無いでしょう」
そうしてエルは第4のアーチャーを呼んだ。
「嘘っ! アーチャーが二人?!」
混乱から立ち直り、その後はずっと考え込んでいた凛が、腰を抜かさんばかりに驚いていた。タイガの容態が心配だったのか、幸いシロウは席を外していた。
「墓穴でしたね? 彼が居るという事は、私はあなたの真名を知っているという事ですよ?」
バツの悪そうな顔をするアーチャー。それをニヤニヤと眺める第4のアーチャー。あなた、意地が悪いわよ?
「教えて? アーチャーは何者なの?」
「その質問の前に、正確に答えられるかどうか……」
「え?」
「考えられる事は『座の風』ですが、飛ばされるのは魂、或いは意識だけ。そして受け入れる『器』がある事。ですがその『器』に見合うだけの堅牢な魂か意識がなければ不可能……。あなたは、英霊から人間に一度転生している?」
アーチャーの動揺は一瞬だった。大きな溜息の後、こんな不思議な事を言った。
「その通りだ。かつての私は一介の平凡な人間だった。しかし、ある事が切っ掛けで理不尽な災害を憎むようになり、そんな災害に遭いそうな人々を助けたり窮地から救ったりしていた。やがてどうしようもない程の大きな災害が起き、中途半端に齧っていた魔術知識から世界と契約する手段を取った。それで200~300人は救えた。だが、これまでも何度か人前で魔術を使っていた事が魔術協会にバレ、追われる者となってしまった。そして囚われ処刑された。死後は世界の抑止、アラヤの守護として、あらゆる世界のあらゆる時代に派遣され、居なかった事、無かった事にしなければならない人々を殺戮していた。時間の概念なんてない。何十年なのか何百年なのかそれも不明なまま、ただひたすらに人々を殺すだけ。私はそれを悔やんだ。逃げたかった」
「それで元の時代に喚ばれたなら過去の自分を殺そうと?」
「ああ。そして殺した」
凛が小さく『バカよ……』と呟いた。彼女も理解しているのだ。それは並行世界で、自身の過去ではないと。そしてアーチャーの過去を夢で視ていた可能性が高い。
「ところが奇跡が起きた。目が覚めればそこは過去の自分の部屋で、鏡を見れば昔の自分だ。そこでその過去に経験した理不尽な出来事が再び始まった。一度経験がある自分は上手く立ち回ったと思う。何より以前は無理だった、守護者時代に近い魔術が使えた。それで……私を狙う、あるサーヴァントを返り討ちにした」
ここまで暈しながら話していたのに、『サーヴァント』と言った。『遠坂の』と言わなかっただけ偉いのか。彼は奇しくも『自分殺し』を二度も達成していたのだ。
「だが、最後はそのマスターと組み勝ち残った。私は中途半端な知識が前回の失敗だったと反省し、今回は時計塔へ正式に留学した。そしてそこで数年過ごし、ある実験に巻き込まれ意識を失いこの状態になった」
皆んなが首を捻っているが、エルだけが手のひらを叩いた。
「その実験は目的と異なり、結果が精神だけの時間旅行だった?」
「おそらくな。そして私は消える寸前の奴と入れ替わったのだろう。これも天罰かも知れん」
「あちらはわざとあなたに斃された可能性は?」
「言ってしまえばキリはないが、あるだろう。逆の発想で過去の自分に殺されるとどうなるのか。その実験に加担させられた可能性は大いにある」
「皆さん、あがいていますね?」
「まったくだ。自分の撒いたタネなのにな」
「今も抑止として?」
「いや、以前のような仕事はないな。不思議ではあるが。それともそちらの『私』が何か?」
「いえ。座が再編されましてね。彼もそれで救われたクチです」
「そうなのか? 再編とは何だ?」
エルはここで居間に防音結界を張った。
「屋台を引いて腕を磨き店舗を構えるまでになった。だけど一度目は回転資金が足らず、借金まみれで首が回らなくなり店を畳んだ。そして再起を誓い幾星霜。再び屋台を引いているのが今ですね」
「どういう例えだと思うが、そんなところだ」
「有り体に言ってしまえば、あなた方という存在には上位互換がおり、その人がすべての『英霊エミヤ』の代表存在となったからです」
凛は驚きこそすれ、やっぱりという顔もしていた。
「まぁ……鶏野菜のドロドロこってりや、ホウレン草を乗せる豚骨醤油を独自に作ったと言い張っても、今の世では通用しないって事です。それが元祖であり知名度であり信仰です」
「どういう事だ?」
「小惑星と激突して滅びるしか無い地球を丸ごと救ったのです。その小惑星を破壊して」
今度はアーチャーが驚いていた。
「そんな奴が居るのか……?」
「居ます。その人が正英霊なので、アラヤ寄りの仕事が減ったのだと思われます」
「……そうか」
色々思うところはあるだろうけど、言葉が出るのは一度落ち着いてからだろうな。今はまだ動揺が隠せないでいる。次にエルは、『天の鎖』で縛られ大人しくしている『セイバー』を指差してこう言った。
「士郎クンに彼女を貸すまでは良いですが、『クラス』を取って居なかったでしょう? それで『キャスター』に『セイバー』を召喚させてしまった」
え? まさか、私のミス……?
「ミスはミスですが、怪我の功名ですね。アラヤはどうしても士郎クンを巻き込みたいらしく、彼女の令呪はその効力が『キャスター』に2割、士郎クンに8割ってところです。それで彼女はやる気が出なかったようですね」
後ろ手に縛られた『セイバー』は複雑な顔だった。『キャスター』に何かされて愛想を尽かしていたようにも感じる。
ここで再起動したのが凛だ。
「質問」
「どうぞ」
「裏技よ。マキリも知らない十騎も喚ぶ裏技って、どういう事? 察するにこの冬木のマナ量なら九騎が限度なんでしょう? どういう事?」
ここだ。ここで明暗が分かれる。この子は大魔導師(リン)の答えを聞かされているはずだ。何と答える?
「第二魔法とまでは言いませんが、割合近い世界だと私でも移動できるらしく」
「え!? 並行世界?!」
「そうです。それが答えです。私は彼女の妹で、エルヴァと言います。何故、イリヤスフィールが二人いるのか。疑問を感じるならそこからですよ?」
「あ、そっかぁ……」
残念。アウトだったようだ。
そこからエルは、『セイバー』にあれこれ質問していた。セイバーとモードレッドが居るので、ほとんど尋問だけど。
というか、彼女はモードレッドを知っているのか。それが聖杯の知識か座に流れ込む知識なのかは不明だけど、とても面白い現象だと思った。
それは私には無い現象だったからだ。勿論、聖杯の知識はある。だけど他の分霊が居ないからか、それとも経験が浅いからか、自分の経験は自分のものだし、記憶もそうなのだ。だから座の記録というのものがない。
これがガイアに属する英霊の特徴なのか、自分だけの事なのかは不明だけど、本当に私という存在は特殊らしい。
『一分霊かも知れませんが、姉さんはある意味でアーチャーさんを救っていたのです』
そうエルヴァに聞いた時、私が縛ってしまって申し訳ないと思っていた心が幾分軽くなった。それにエルのようにエーテル出力できないかと研究中だ。その一つのヒントがエルマのやったゾウケンだ。
あんな風に彼を出してあげられれば────。
〈君の気持ちを軽くするために賛成したいところだが、君はあまりにも特殊過ぎる。私と離れれば、その能力が使えなくなる懸念もあるぞ?〉……だよね。でもさ、そこを小聖杯が補ってくれたり?
〈甘いな。その楽観主義な部分が君の良さだが、焦らずもう少し研究を進めるべきだ〉……だろうねぇ……。
〈それよりも、ここの衛宮士郎をよく観察したまえ〉……え?
〈あれもかなり特殊と言えるだろう。ここまで知っても焦りが無く、泰然として見える。どうも愚鈍なだけでは無いようだ。後で良いから、奴の夢を聞いてみると良い〉……そうだね。
おおよその質問を終えたエルはシロウを呼び、令呪に関する事実を話し、その上で『セイバー』と契約した。これは令呪でなく魔力供給に関してだ。
今まで『セイバー』は『キャスター』から魔力を得ていた。それをエルに切り替え、令呪の効力の残る2割もシロウに独占させたのだ。
『セイバー』としても『キャスター』は嫌だったらしく、かなり安堵していた。
「そこまで『キャスター』が嫌だったの?」
「はい。等身大の着せ替え人形のごとく、次から次ヘと……。それと『アサシン』の存在が堪らなく嫌でした」
これも座の知識なのだと思う。彼女自身は第四次には出ていないという。だから『キリツグ』と面識はない。そもそも彼女は時間軸的に死んでいないし世界と契約もしていない。
だけど目の前に居るエルのセイバーや、エルヴァのセイバーの過去では無いと私は思う。根拠はないけれど。でもエルも何かを感じたのか、どこか別の事を考えながら皆んなと話している気がした。
そこで思い浮かべるのが、あの『アルトリア』だ。エルとエルヴァの姉。私はひと目見た瞬間から苦手だと感じて避けていたので、会話は一切なかった。
それでもエルヴァは彼女をとても大切に思っていた。私としては軽い嫉妬を覚えはしても、『苦手』『合わない』とは話していても、エルヴァをそこまで悲しませるような態度は取っていなかったつもりだ。
外泊も無駄な争いを避けたかったからだし、それはエルヴァも理解してくれていた。その合わない部分の『萌芽』が何となく、この『セイバー』から感じられる。
まさかと思いエルを見れば、こんな念話が送られてきた。
〈まだ何とも言えませんが、私のカンもそう言っています。最終的には連れ帰りたいですね〉
絶対とは言えないけれど、やはりという感じだ。まぁ、そうなると『セイバー』はエルに任せよう。そして私はあの『アサシン』に最大限の注意を払うべきだ。
今回は仕方無しに、『キャスター』の策とも言えない策に乗った可能性が高い。あの『キリツグ』があんな正面突破をするはずがない。
やるなら『キャスター』と『セイバー』を陽動に使ってのイリヤ奪取だ。そうなるとセラとリズも危ないのだけど、幸い奥の部屋や離れは二重三重に結界が張ってあった。
だから『キャスター』も目標を見失ったのだろう。何より竜牙兵を出してこちらの戦力を分散・疲弊させるはずが、来てみれば思った以上に英霊は居るし、顔見知りのヘラクレスまでが居る。
彼女なら『バーサーカー』とは異なると直ぐに感づいたろう。そこへ想い人の空間転移だ。度肝を抜かれた事だと思う。だけどそれはいい。それはまだ予測できる。
やはり問題は『アサシン』となった『キリツグ』の存在だ。凛とシロウに学園を休ませて正解だと思った。
昼食抜きだったので、早めの夕食を摂った。冷蔵庫で仕込んであった唐揚げは、とても美味しかった。
「胸肉の包みにチーズが入っているのか。凄いな食べるまでわからなかったぞ」
「それとは別に生姜とニンニクのもあるわ」
「こっちはモモ肉で肉汁がすっごくジュシーです」
「このスパイスが効いた長細いのがオイシイわ」
「うん、オイシイ」
「お嬢様のお口に相応しくないと思いましたが、これは中々ですね」
揚げたのはシロウと凛に桜だけど、仕込みは『シロウ』だろうね。他の皆んなもガツガツ食べている。
「捕虜のくせに5個目とはどういう了見だ、『セイバー』。これはどう見ても一人4個までだろう?」
そう言ってセイバーが箸で『セイバー』の箸を撥ね退けた。
「親の顔が見てみたいぜ」
「それってお前ぇの爺ちゃんだろ?」
「あ、そっか」
この二人は解説不要だろう。そして謎の男はこんな事を言う。
「しばし待て。今、追加を揚げている」
キッチンで何やら揚げている凛の『アーチャー』。
「遠坂のサーヴァントって料理ができるのか?」
「ええ。どこのどういう英霊なのか、得意らしくて。少し台所を貸してあげて」
「良いけどさ。俺としても他の人の料理を口にするのは勉強になるからな」
そこで立ち上がったのが第4の男だ。
「衛宮士郎、貴様に料理の何たるかを教えてやろう。着いて来れるか?」
「何言ってんだ、あんた? まずは座って食えよ。育ちが悪いのか?」
「う……」
敢え無く轟沈だった。そして凛の『アーチャー』が作ったのは、カニカマや竹輪に味付け海苔の天ぷら。それにチーズとシソを挟んだ白菜のミルフィーユ天ぷらなどだった。
どれもこれも冷蔵庫の余り物らしいが、ダシと一緒に頂くと意外にオイシイ。
「あんたやるなぁ」
「自慢にもならんよ。貧乏だったものでな」
「いや、そう卑下するなよ。俺も貧乏でさ、こういうので十分だ」
「中庭の隅に菜園があったろう? あれを見てな。私もああだったと懐かしかった」
「そうか……英雄もやっぱり苦労するんだな?」
「そうだな」
妙に共感している二人だった。
「それと皮のきんぴらは何日目だ? いっそかき揚げにしてしまわんか?」
「お、良いな。そうしよう」
「漬物の天ぷらはやった事があるか?」
「ああ、あるよ。キュウリや糠漬けはイマイチだけど、タクアンと醤油漬けは結構行けた」
「だな。糠漬けはどうもイマイチだ。時にタクアンとべったら漬け、紀の川漬けの三種の中では何が良い?」
「弁当のおかずなら、断然紀の川漬けだな。あれが一番メシが進む」
「同感だ。もしあればだが、伊勢たくあんや伊賀越漬けも捨てがたい」
「そうそう。伊賀越の中身だけってあるだろう? あれがまた弁当に合うんだ。少々値は張るけれど」
「まぁ、漬物はな。加工品が総じて値が張るのは仕方ない。メシ加速装置として認めざるを得んだろう」
「だよな~。高いけど美味いのが奈良漬けだよ」
「粕漬けも良いな。名古屋の守口漬けも中々だぞ?」
えらく仲が良くない? こっちのアーチャーもセイバーも驚いている。私なんて奈良と聞けばシカと天理か彩華しか思い浮かばないよ?
〈君はどこでそれを食ったんだ……?〉……知らないけど、辛いのに野菜たっぷりで美味しいって記憶があるよ?
〈それは私の経験では無いのか?〉……そうなのかなぁ? どこかで召喚されて食べた記憶があるのよ。
〈どこかという事はないだろう? それこそ奈良か大阪でしか食べられん地域限定のラーメンだぞ?〉……じゃ、シカか大仏様にでも喚ばれた?
〈わからん〉……匙を投げられた。
〈しかし……この衛宮士郎のユメは、もしかして『シロウ』と同じなのではないか?〉……そんな気がするね。
私達の方の第4のアーチャーも同じように感じているみたい。気付いていないのは凛と桜、それとイリヤくらいなものだろう。
夕食が終わり、それぞれが交代でお風呂に入った後、私達は作戦会議を開いた。
「最大の懸念事項は『アサシン』よ」
「そうだな。英霊になった『キリツグ』か。やべぇよな」
「ランサーはオヤジを知ってるのか?」
「お前ぇの父ちゃんは知らねぇけど、知ってる奴は現代人と思えばヤバい。ま、本気でヤバいのは娘の方だけどよ」
「娘? イリヤさん?」
イリヤはとっくに眠っていてここには居ない。だからシロウの言うイリヤは私を指しているのだけど。
「そいつの妹だ。やってる事は『キャスター』と変わらねぇが、攻撃力と応用力がハンパない」
これに頷く私と、当然だろうと少し自慢気なモードレッド。また、ランサーも賢い。敢えてエルの事を話さずに居る。これはシロウや凛達を混乱させないためでもあるけど、対『キリツグ』にはエルの存在が不可欠だと感じているからだ。
いざとなったら二の足を踏みそうなシロウに言っておかないと。
「念のために言っておくけど、あの『アサシン』は衛宮士郎とは何の関係もないわ。母親と出会わず聖杯戦争に出なかった『キリツグ』の成れの果てだと思う。だから思い出の人だと躊躇していると必ず負ける。そこはきちんと切り分けて考えておいてね」
「わかった」
『わかった』と言っても難しいだろう。土壇場では絶対に戸惑うと思う。特にこの英霊になりそうもないシロウだと。だけどそれが人だと思う。それがあるから踏み止まれるのだ。
『酷薄』な事は『強さ』とは関係ない。むしろ『弱さ』の裏返しだ。エルヴァのように全部『抱えて』でもやり通す人が本当に強い人だと私は思う。まぁ、この評価には姉としての依怙贔屓も入っているけれど。
だけどエルヴァの『元』であるエルはとことんだ。『綺麗なキリツグ』を超えている。攻められるとしたらどこからなのか、そこを教えて欲しい。
タイガは藤村組に返し、アサシン達が陰から護衛として見張っている。だから問題ない。関係ない第三者を人質に取る事も、エルには通用しないと読んでいるだろう。となると?
「目的が読みきれませんね。聖杯たるイリヤスフィールが目的なのは『キャスター』であって彼ではない。彼の真の目的は……?」
「ええ。令呪に縛られたからと『キャスター』の言いなりなのも可怪しい」
「抑止として動いている可能性もあるな。つまり『大聖杯』の破壊であるとか」
エル、セイバー、アーチャーの意見だけど何となくそんな気がする。
「『キャスター』は獅子身中の虫を、知らずに召喚した?」
「だから彼女(『セイバー』)は気を許せなかった可能性はあります」
「裏切りの予感か。裏切りの魔女が喚ぶに相応しいな」
この意見に『セイバー』も頷いていた。行動原理的に考えて私もこの線だと思う。となると接触してこちらの真の目的を話すべきなのか。
「大聖杯に乗り込んで、細工をしましょう。それで相手を釣って一気に片付けます」
エルがそう言い、皆んながそれに頷いた。
翌朝、私達は付かず離れずの距離で2班に分かれ円蔵山を登った。『キャスター』の気配は感じない。
「隠れているのか逃げたのか」
「それか大聖杯のある鍾乳洞に拠点を変えたか。行ってみればわかるでしょう」
セラとリーゼリットは置いてきた。桜とともにお留守番だ。そこをアサシンが固め、多分魔導師とシロウが護っている。
そして鍾乳洞に入る前に陣形を変えた。エルにシロウと凛の左右前後をランサー、モードレッド、セイバー、アーチャーが囲っている。この輪の中にヘラクレスの肩に座るイリヤと『セイバー』を引き連れる私が居る。
凛の『アーチャー』は斥候として少し前を歩いていた。
「大丈夫なのか、アイツは?」
モードレッドだ。『アーチャー』の能力に疑念を抱いているのだ。本人の目の前では言えないが、エルと私は昨夜も念話で相談していた。
どうも彼は世界から制約を受け弱体化しているようなのだ。それをしてヘラクレスもモードレッドにランサーも『弱い』と言い切ったのだ。
では何故弱体化した?
『英霊が人に戻り、再び英霊となった。この稀有なる事象が原因でしょうね。具体的な事は現段階では不明です』
エルでもわかんないか。
『もしかしたら、一度人に戻ったのでアラヤと切れたのかも。つまり世界のバックアップが失くなったか、弱くなった』
私もその線かなと思う。
鍾乳洞を進めば徐々にあたりの風景が異界化していった。最深部には大聖杯でなく神殿がそびえている。それをぽか~んと眺める凛とシロウ。
突如大きな魔力弾が神殿から襲い掛かった。当然セイバーが前に出て弾き飛ばした。
「あっさりですね?」
「その内、あなたもこれくらいなら弾けるようになります」
昨日までと違い、セイバーは『セイバー』に敵意を懐いていなかった。話を聞けば『セイバー』としても不本意な召喚で、『キャスター』や『アサシン』と相容れなかった事が明白だったからだ。
何より今はモードレッドと並んでシロウや凛をしっかり守っていた。魔力弾への反応もモードレッドより少し早かったくらいだ。それだけ周囲に目を配っていた証拠だ。
「お前ぇが父上に並ぶのはまだまだ早ぇぜ」
モードレッドは本当に面白い。そしてこの隙きを利用してエルが首のチョーカーに触れた。
「エルヴァ~~・フラ~~ッシュ~~~!」
このチョーカーにそういう能力があるのは聞いていた。昨日のゴルゴーンもそうだ。元はあちらのおチビちゃんが持っていたカードを解析して作ったものだという。
そしてルビーの転身能力なども付与して、独自のものになっているとも聞いた。
今、大弓を引き絞るエルは、私よりもかっちりした衣装に身を包んだエルヴァであり私だった。凛のアーチャーが驚いている。
そしてここが私と似ている。彼女の宝具は、座としてあの2番目のアーチャーを抱えている。だからバーサーカーと並んでアーチャーと馴染みが良い。
エルヴァがアーチャーのカードを使ったのもそこがあったからだろう。
右手に浮かんだ『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』と『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。長短関係なく両方が同じ長さの矢に変形し、放たれたそれらは空気と同時に幻想を斬り裂いた。
呆れた。威力がハンパない。
「どうしてこれをエインズワースで使わなかったの?」
「子供達の成長を促すためですよ。デウス・エクス・マキナではあるまいし、エルヴァも居た訳ですから」
「だけど、それでエルヴァは……」
「そこは反省しています。さぁ、行きますよ!」
「ええ!」
ここで私は初めて転身姿を凛やシロウの前に曝した。エルと同時だと同じ魔術として誤魔化せる。私も遠慮無く、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』と『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を放った。
現れる大聖杯の真上に浮かぶ魔女。だけどその横にはエルが浮かんでいて、大剣で一気に斬り裂いた。セイバーを飛ばしさえせず、自らカタを付けに行った。
「父上?」
え? セイバーが居ない?
居た。セイバーは大聖杯の真横に立っていた。そしておもむろに空を斬った。耳に届く断末魔。何と魔女の転移先へ先回りさせていたのだ。
エルはあの接触で、空間転移の術式をハックしていたのだ。そして私達全員を宝具に取り込んだ。
出して貰えたのは円蔵山の麓だった。目の前に『アサシン』が立っていた。
「これが目的だったのですね?」
「ああ。大聖杯を君らもろとも爆破する積もりだった。だけど見破られていたようだね」
「ええ。前者の達成は私達の目的に沿います。ですが後者は考え過ぎでした」
「そのようだね。君らの目的も同じだったとは」
「このまま還られますか?」
「ああ、もう用は済んだ。また次の仕事に向かうだけだ」
そうしてアサシンは消えた。エルの表情は変わりなかった。だけど手を握るとしっかり握り返してきた。
「アーチャー?」
「私も還ろう。凛、そこの衛宮士郎と桜を頼む」
「残れないの?」
「君の魔力なら或いはとも思うが、どうやら私は知らぬ間に救われていたらしいからな。ならどこかの『凛』をまた助けるだけさ」
「『アサシン』と同じことを……」
アーチャーも消えた。とても良い笑顔で。
「では、私も……」
「あなたは還しません。連れ帰ります。私の使い魔ですよ」
哀れにも『セイバー』は、エルと強制的に契約させられた。
次回か次々回に後日談をあげます。