バイキングの朝食を終えた私達は、宿舎をチェックアウトしてクルマに向かった。ウサギの島とお別れして、次のキャンプ場に向かうのだ。
やっぱりフェリーは15分くらいで次の島に着いた。この大三島を少し走って、しまなみ海道に入る。それで伯方島、大島を通って四国に入るのだ。逆方向の生口島だとジェラートのお店が色々あるのに。
どうしてそんな事を知っているかって? 昨日、宿舎のロビーにあったパンフレットで調べたのよ。と言うかママがエルお姉ちゃんから貰った写真の中に、このしまなみ海道をサイクリングしている写真があって、ジェラートを食べていたのだ。とても美味しそうに。
7歳の年齢差ってこういう事かと思い知らされた。イリヤでさえ、お兄ちゃんに感じた年齢差とは別種の差を感じたと言ってたくらいだ。
だからと言って、この件に関してエルお姉ちゃんを羨ましく思っても口に出せない。だってそれはエルヴァお姉ちゃんが失くした思い出でもあるからだ。
エルお姉ちゃんもそれがわかっているから、エルヴァお姉ちゃんでなくママに渡したんだと思う。窓の外の景色はとても綺麗だ。
海を背景に歩道を何台かの自転車が走っていた。橋の向こうは瀬戸内海で、あちこちに別の島が見える。こういうところを自転車で走れば楽しいだろうな。
「良いなぁ。自転車で走りたいな」
エルヴァだ。そういやこの子は自転車に乗るのかな?
イリヤが走ったり歩いたりするのが大好きなので、5年生になる今の今までお兄ちゃんの通学用とセラのお買い物用以外の自転車が家にはなかった。
それでも友だちのを借りて乗ったりしていたので、乗れないわけではない。だけどイリヤは臆病なところがあって、冒険をしない子だった。
知らない街を走りたいとかそういうのをあまり考えなくて、友だちの家を行ったり来たりと行動範囲が極端に狭いところがある。
対する私は、イリヤの中でくすぶっていただけに、あちこちに行ってみたいという思いが強い。そして知らない街で知らない何か……ジュースでも何でも良いんだけど、そういうのを体験する、そんなプチ冒険が好きだった。
「エルヴァは自転車を持っているの?」
「はい、持っていますよ。もっと背が伸びればロードバイクに乗りたいです」
これに関してマアエモさんが補足してくれ、ママがそれを訳してくれた。あっちでは自転車レースが盛んで、自転車は文化なのだった。
だからエルヴァお姉ちゃんも、自分で自転車を手入れしたりするのか。納得だ。男の子のお兄ちゃんですら、自転車の整備をお姉ちゃんに手伝ってもらったりしているもんね。
私もお小遣いを貯めて自転車を買おうかな?
そんな事を考えていたら、クルマは早くも四国に入っていた。今治市、西条市と来て国道沿いのスーパーにクルマが止まった。どうやらここで買い出しらしい。
パパが言うには、四国は私達がもっと大きくなれば、見どころのたくさんある面白いところなのだそうだ。全国区で有名なのは愛媛の温泉とみかんに高知のカツオ料理、それと香川のウドンだそうだが、それ以外にもいっぱい楽しめるところがあるのだとか。
買い出しの終わった私達はそんな中の一つ、新居浜市の『道の駅マイントピア別子』に向かった。川沿いの道を山に向かって走ると大きなレンガ造りの建物が見える。
ここは何でも銅山の跡らしく、道の駅だけでなくそういう跡地や資料館を見学できるテーマパークらしい。ここってエルヴァのためだ。
パパは絶対に幾つかのプランを立てていて、昨日の毒ガスの食らいつきを見てこっちにしたんだ。驚いた事にエルヴァはそういう歴史的な事が学べる資料館とかが大好きだった。そんなところにお姉ちゃんとの共通性を見つけて、『ああ』とか思う私とイリヤだった。
駐車場でクルマを止めたら、ぞろぞろと歩いて受付のようなところでパパが何かを申し込んでいた。
「何なの?」
「鉱山跡見学と砂金掘り体験だよ」
「へ?」
何だそれと思う私達を置いて、エルヴァだけが『ゴールドラッシュ』とか言って、盆踊りみたいに手を上げて喜んでいた。食パンをくわえて走る登校前の女子高生並みに、ベタだけど『あり得ない』もの。
だけどそれはパパの鼻の下を3センチは伸ばす効果があった。きっとお金を出しても見られない。それって『魔法』? となると凄いよ、この子。
イリヤの天然とはまた違う方向で天然だよ。そこからは何を見学しても、何を体験しても、『親が見たい姿』という見事なリアクションを見せ続けてくれたエルヴァだった。
私とイリヤがポカンとしているとママがこんな事を話してくれた。
「エルヴァちゃんを見ていると、エルヴァちゃんの小さな頃がわかるわぁ。お年頃だから滅多に見られないけれど、あの子も素直なのよね」
うん。確かにお姉ちゃんは真面目だし、あの年齢にしては心配になるほど素直だと思う。いや、そこから学ぶ事や教えられる事は多いんだけどさ。でも、お姉ちゃんの昔だとも言えるエルヴァが、ここまでだとは想像付かなかった。
一通りの予定をこなし、軽くお昼も食べて温泉に入った後の午後2時半に私達は出発した。小一時間走って到着したのは、県境にある高原のオートキャンプ場だった。
ロッジやコテージがあってとっても綺麗なところだ。ちょっとした遊び場もあって、中々楽しそう。だけど私達はクルマの横の芝生の上に急いでテントを建てた。今夜がテント泊というのもあるけれど、さっさと夕飯の支度をしないと直ぐ夜になるからだった。
ここはクルマを止めるコンクリの部分と、備え付けの炊事場にテントを建てる芝生の部分が挟まれたカタチになっていて、全部で14区画あるそうだ。
コテージの方には若いお兄さんやお姉さんが多いけど、オートキャンプは家族連れかお年寄りが多い。私達の隣の区画もお爺ちゃんとお婆ちゃんだった。お婆ちゃんの帽子がとっても似合っていて素敵だ。
「まぁまぁ、可愛らしいお嬢さん方だこと」
「これこれ、婆さん。お宅様はどちらからですか?」
「H県の冬木市からです。子供達が騒がしいかも知れませんが、よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。しかし可愛らしいお嬢さん方ですな」
パパがお爺ちゃんやお婆ちゃんと話し始めた。まぁ、テントさえ建てれば後はやる事が無いしね。
「セラ~。お米はどのくらい浸けようか?」
「そうですね。今夜はバーベキューでしょう? 大人はお酒が入るでしょうし……2合で良いと思います」
「その分、朝食をしっかりだね?」
「ええ。足りなければカップラーメンなども用意しましたから」
カップラーメンと聞いてエルヴァがまた喜んでいた。どうして?
『お嬢様はインスタント物を口にした経験がほとんどありませんので』
ママが訳したマアエモさんの言葉に驚く私とイリヤ。どれだけお嬢様なんだ?
「お肉などは下味を付けた方が良いでしょうね」
そうやって皆んなで下味を付けたお肉を、ビニール袋ごと保冷剤を入れたクーラーボックスに仕舞った。これで下準備は完了だ。後は時間になったらお姉ちゃんから借りてきたらしい七輪で焼くだけだ。
ご飯なんかはカセットコンロだけど、それの用意も整った。そんな風に私達の準備が終わった頃に、お隣のお爺ちゃんがエルヴァに声を掛けて来た。
「お嬢ちゃんはクルマが好きなの?」
「はい。これが日本でも走っていたなんて」
「ほほぅ。何かわかるかい?」
「ルノーのエスタフェットですね。70年代頃?」
「大当たり。74年のR2136だよ」
「良いなぁ、この引き戸」
引き戸と聞いてパパが驚いていた。近寄って見せてもらうと、白い色に花の絵が描かれた古いバンだ。当然左ハンドルの外車なのだけど、その運転席側のドアががらがらっと開ける引き戸なのだ。
だけど右の助手席側は普通の横開きで、そのすぐ後ろに荷物を乗せる引き戸がある。後ろは下半分が左右に開き、上半分が普通の上に開くタイプ。何とも変わったクルマだ。
「商用車ですからね。ヨーロッパならともかく、日本ではあんまり見掛けないでしょうな」
「そうですね。この手のだとシトロエンのタイプHか、ワーゲンのT1やT2が多いですよね?」
「子供の頃からこういう働くクルマが好きでしてねぇ。T2も持っとりますが、このエスタフェットも2台乗り継いどります。それで家内にいつも叱られておりますよ」
「ハハ……」
「それでもってその家内は、ボロボロの2CV(ドゥ・シュ・ヴォー)に今も乗っ取りますな」
私とイリヤには全然わからないお話だけど、パパは意外と知っていた。だけどそれよりもっと意外なのはエルヴァだった。
「2CV! ママと同じだ!」
この発言から、パパがお嫁さんと愛人にそれぞれの子供を連れて来ているようにちょっとだけ思われたみたい。
それで、『この子(エルヴァ)は跡取りのいない女房の方の祖父の家に養子に出ている。だからこの子のママ発言は乳母に対してだ』とごまかしていた。
まぁ、ごまかすも何もだいたい合っているんだけど。でもマアエモさんのクルマって、何とかRじゃなかった?
「そのタイプRと88年型の赤い2CV(ドゥ・シュ・ヴォー)を春夏用に持っていて、今も元気に走っています。元々お祖父様が58年型の黒い前ヒンジのを持っていて、ママはそれに憧れて手に入れたそうです」
「春夏用?」
「はい。国がスイスなので」
「ああ、冬は四輪駆動なのかな?」
「はい。ランドローバーの90とか、日本車ならSJ413サムライやリベロ(ドミンゴ)にL300(デリカスターワゴン)のバンとかがあります」
このSJ413ってスペインで作られるジムニーの事だった。1900ccのディーゼル・ターボだという。日本じゃ軽自動車なのにね?
リベロとL300は何なのかわからなかったけれど、パパが日本名を言ったらお爺ちゃんは頷いて感心していた。
「遠いお国でも日本車が走っている……実に感慨深いですなぁ」
「エスタフェットのオーナーがそれを仰られますか?」
そんなクルマ談義とエルヴァの親しみやすさから、お爺ちゃんとパパとエルヴァはずっとおしゃべりを楽しんでいた。何よりパパの今の愛車がレンジローバーだと知ってエルヴァは喜んでいた。
やがてお爺ちゃんはどうしたのと、お婆ちゃんもやって来た。そこでエルヴァが面白い動きをする。右手の拳を左にひねり手前に引いて『ガコン』と言い、今度は拳を立てて奥に伸ばし『ガコン』。そのまま手前に引いてまた『ガコン』。最後は拳を右にひねって奥に伸ばして『ガコン』と言うのだ。
これを見たお婆ちゃんが喜んだ。どうやらエルヴァの動きは、その2CVというクルマの変速機の使い方だったらしい。何でもシフトレバーがメーターの横から生えていて、そういう操作をするのだそうだ。この子、よく知っているわね?
それで結局夕飯はご一緒にしましょうとなって、バーベキューにお爺ちゃんとお婆ちゃんをお招きした。何だか悪いと言っていたお婆ちゃんが、スキレットでスパニッシュオムレツを作ってくれた。
ママとセラがお婆ちゃんから、タマゴ料理のレシピやコツを聞き、パパとエルヴァに私達はお爺ちゃんの様々なお話に耳を傾けていた。
本日のメインは、さっきも言ったバーベキューだったのだけど、オムレツも美味しくてご飯がいい感じで失くなった。
片付けものも終えて、やがてお開きになってもパパとお爺ちゃんはずっと話し込んでいた。
翌朝、ご挨拶してまた朝食を一緒に摂った。その後、お爺ちゃんとお婆ちゃんは荷物をまとめ、出発していった。お婆ちゃんが助手席から、見送る私達にいっぱい手を振ってくれた。
「優しそうなお爺ちゃんとお婆ちゃんだったね?」
「うん」
「子供さんを病気で失くされて、それからご夫婦二人だけの生活だったそうだ。お爺さんの仕事が当って財産はそれなりにあるけれど、老後の寂しさを紛らわすために、仕事をやめた後こうしてあちこちに旅行へ行ったり、キャンプを楽しんでいるんだって。それで自分達にも孫が居れば君達くらいだろうかと、ついつい声を掛けてしまったそうだ。夢を見させて貰って嬉しかったって話していたよ」
エルヴァがパパの手を握って涙を流していた。だからギョッとしてどうしたのと、ほとんどイリヤと同時に尋ねた。するとママが悲しそうに教えてくれた。
お婆さんはがんで入退院を繰り返していて、今はもう自宅療養という名目で本人の好きに生きるほかない状態なのだという。あの上品な帽子の中は……。
「『あんなに元気な家内の姿を見るのは数年ぶりでした。楽しいひとときをありがとう』……」
きっとお爺ちゃんがパパに伝えたお別れの言葉なのだろう。いつまでなのかわからない。それでもお爺ちゃんと動ける間は旅を楽しんで欲しいなって、イリヤと手を繋ぎながら思った。
私達の方のアーチャーが凛にメッセージを残した後、エルはイリヤとセラとリズを眠らせるや否や、そのまま宝具に取り込んだ。
そして魔導師のリンと合流後、そのまま世界を渡って帰って来た。3人は眠らせたまま調整し、再度送り返すのだそうだ。
「何か材料でも足りなかったの?」
「いいえ、先生に仕事があって。次の世界に直ぐに行かなきゃならないのです」
今回バタバタしていたのはリンの都合だったのか。まぁ元々がどこからか流れた、あり得ない世界だったらしいから仕方ないのかも。
「今回は反省点が多々ありました」
「私がミスしたから?」
「いいえ、そちらは問題ありませんよ。先生もシロウさんも手を貸さない中で良くあそこまでやったと思います」
「やっぱり魔導師に測られていた?」
「計測・測量という意味でならその通りです。昔、私もやられましたが……十分お眼鏡には適ったと思います」
「それはモードレッドも?」
「いいえ。モードレッドは計測対象では無かったと思いますよ? だって彼女のマスターのエルヴァは、あの宝具を杖に持たせたので監視対象になっていません。となると英霊持ちであっても、それは優れた魔術師というだけですから」
モードレッドは対象ではない? そうなんだ? まぁそこは良いわ。それよりこの子、今とっても気になる事を言った。『監視対象』って何?
「その疑問に対する答えを話しても良いのですが、あなたのエルヴァには絶対の秘密です。彼女に幸せになって欲しいがために、幾つか削った記憶の根幹部分ですので。隠し通せないなら聞かない方が良いですよ?」
この子は何かを抱えている。それはきっと『総裁』であるためのものとは別物だと思えた。だから私は逸る好奇心を抑え、訊かない事にした。
「それと、あそこの凛と士郎クンに対する諸々のフォローは、あの桜ちゃんに頼みました」
「やっぱりあの子は……」
それの意味するところは、ある程度こちらの事を話したという意味だ。
「治療していないのね?」
「はい。昔は損傷があったのでしょう。ですが今は蟲が細胞と化し、何ら問題はありませんでした。そしてそれはもう二度と、只人(ただびと)にも遠坂にも戻れないという意味です。何より弱いままで逃げたがっていた『桜』ではありません。マキリを背負う覚悟を持っていました」
私はエルの顔を見た。
「ただし臓硯への尋問は、ゾウケンを交えて致します。最終判断も彼と協議して下します」
「臓硯は任せるとしか言いようがないけれど、あの『アーチャー』は?」
「あのまま帰した理由ですか? それは『自分殺し』をきちんと後悔し反省していたからです。そして今後もどこかの凛を助け、今度は士郎クンと敵対せず善き理解者としてアドヴァイスを贈るのが目に見えていたからですよ。ついでに『セイバー』を連れ帰ったのは、お察しの通り姉の分霊の可能性があったからです。大聖杯が破壊されたので座の特定が不可能となりました。それでも、もしかしたら本人から何か探れないかと考えたからですよ。まぁ、姉さんで何度も試して無理でしたから、無理だとは思いますが」
「じゃ、あの『キリツグ』は?」
「完全に抑止でしたよね? あり得ない時間軸で、あり得ない奇跡をもって英霊に至った存在なのだと思います。その意味ではあなたと近い。ガイアのあなた。アラヤのあの人。興味はありましたが、妙な対立を産んでも仕方ありません。ああやって大人しく還って貰うのが吉です」
「でもどうしてそんな召喚が出来たのかしら?」
「あの場(冬木)にセイバーと契約している私、ガイアのあなたが居た。血縁も触媒の一部になったのだと思われます」
なるほど。『セイバー』もその意味があるのかも。あ、そうだ。
「あの見逃した『ランサー』は?」
「言峰神父を殺して消えました。けじめは付けた訳ですね。これはアーチャーさん(4番目)の希望もありました。やはり、あの美遊ちゃんの世界の彼を置き去りにした事を引きずっているようです」
何故引きずるのか? そのラーメン屋のコトミネと、面識のない私には不思議な事だけれど何かあったのだと思う。それで思い出した。聞きたくないけれど、聞いておかないと。
「結局あの世界は滅んだの?」
「ええ、裁定が下りましたからね。ジュリアンは先生に渡しました。どうなるかは不明です」
両方取りたい、両方救けたいって思っても、どうしようもない事って絶対にある。それを覆してこそ英雄だという人は甘い。夢を見過ぎだと思う。
そういう失敗談が霞むか残らないほど、何かを成し遂げた者が英雄なのだと私は思う。
「それと連れ帰ったイリヤスフィールのその後ですが……」
そうだ。あの子は? 再調整後に送り返すにしても、その後が危険だ。だって大聖杯が失われたら大問題だもの。ほっとくと凛やシロウにも危険が迫る。
「そこのフォローは先生とシロウさんがやってくれるそうです。協会もアインツベルンも黙るしか無いでしょう。私として重要なのはしばらくちぃ姉さんに任せ、あの二人を相互に良い方向へ影響し合うよう促す事ですね」
ああ、なるほど。健康になった後、学園に通ったりして欲しいと思うもんね。
「それでご迷惑でなければ、ちぃ姉さんともども残して行きますのでしばらく預かって頂けませんか?」
「へ?」
「あなただけではありません。ここにはエルマやトロンメルを導けるエルヴァが居ます。彼女は私にないものを確実に持っています。そこに期待したい訳です」
ああ……。それにクロエちゃんやおチビちゃんの存在か。あの子達ならニュートラルに『イリヤスフィール』と接するだろう。
「それもありますし、ちぃ姉さんはともかく、あの子は姉さんとコンフリクトを起こしそうなタイプに思えますので」
そこがよくわからない。でもエルが言うならそうなのだろう。
そしてその日の午後、リンとシロウ、それにエルとヘラクレスに2番目と4番目のアーチャーにセイバーは帰って行った。けれど巫女のあの人は魔法使いの凜とともに残った。こちらでのお盆が明ける頃に帰るそうだ。
それで今、夕飯時。
いつもの食堂で私を挟んで右にちぃイリヤ、左に新しいイリヤが座っている。別にケンカしている訳でもないし、相性が悪そうにも思えない。ソースや塩のやり取りなんてとてもスムースだ。だけど二人は一言も話さないのだ。
これには慣れているはずの凜やエルヴァも驚いていた。
「何ですの、あの二人は?」
「仲が悪いようにも感じないわね?」
「ええ、お互いに気遣い合っているようにも見えます」
ルヴィアも凛もマルガリータも不思議そうだ。だけど種明かしは簡単だった。
「もしかしてバーサーカーとのパス?」
エルヴァがそんな事を言う。
「そう。その残ったパスが、英霊のあなたが居ることで増幅されるみたい」
私は中継アンテナか。でも、自分じゃ感じないのにそんな風になっているらしい。そしてこの面白い現象は巫女の彼女もここに居るからだった。
バーサーカーの元マスターが四人。体調を崩すとか気分が悪くなるとかそういう嫌な事はないけれど、つまりこれもコンフリクトなのだった。
「もしかして、エルの計算なのかなぁ?」
「いや、どうだろうね? 無意識でそういう答えを引っ張り出す子だからさ」
ちぃさなイリヤと巫女の彼女。そこに加わる新たなちぃさなイリヤ。
「ふ~ん。やっぱりあの子は、変わってるよね?」
連れ帰ったイリヤだ。ちょっと複雑な意見だけれど、『これで二人の共感度が増して良い方向に影響しあえるなら、それはそれで良い事だから』と、エルヴァが私をなだめるように念話を送ってくれた。
いや、エルヴァが変だと言われたらカチンと来たと思うけれど、エルならそういう意見もわかるなと思えるのが正直な私の感想だ。
それと不思議なのがセラだ。どちらのイリヤに対しても忠実と言うか忠節を通そうとしている。そしてそれは遠慮がちではあるけれど、巫女の彼女や私に対してもそうだった。
一方、リーゼリットは『イリヤが増えて嬉しい』とか訳のわからない事を言っている。確かエルの世界では姉のイリヤのセラとリーゼリットの他に、このちぃイリヤのセラとリーゼリットも居るのだ。
その件を食後、ちぃさなイリヤ達がセラとリーゼリットを伴ってお風呂に行った時に巫女の彼女に訊いてみた。
「ああ、それはアハトの調整だろうね。自分の『イリヤ』が誰なのかはわかっていても、並行世界存在まで『同じイリヤ』のカテゴリに入れてしまうというか。普通はそんな事まで考慮しないからね」
そりゃそうだ。
「だけど姉のイリヤのセラとリーゼリットは、きちんと個別に認識しているわ。だって調整槽の段階からエルが調整していたのだもの。そこを考えると、ここのセラとリーゼリットも完成度が高いみたいね。こちらの調整はここのお母様かノイントのお祖父様だと思うけれど。それともしプラスアルファな要素をあげるなら、家族としての接し方かな。だからエルヴァもそうなるって言うか。エルマやトロンメルを見るとそういう関係性を感じるわ」
なるほどなぁ。実際、触れ合わないとわからない微妙な空気がおチビちゃんや、お母様から感じられる。それがあるからキリツグも違うと言うか。これはエルヴァも話していたので、間違いないと思う。
それだけに『アサシン』のキリツグの存在は、ただただ哀しかった。
それはオレやモードレッドが並行世界から戻り、エル達が帰った後の事だった。
「父上、明日もアルバイトか?」
「はい。ですが早上がりで2時には終わります。何か?」
「ならさ。ホンの1~2時間で良いから、ちょっと買い物に付き合ってくんないか?」
「良いですよ。それであれば新都で合流しましょうか」
「ああ、頼む!」
知ってか知らずか、セイバーは『普通』に対応している。
「どう考えても、『もう一人の父上』が帰ってしまって寂しいんだろうに」
「だからでしょう、アーサーが素っ気ないのは。焼きもちと捉えられぬよう、敢えて普通なのだと」
そこはあるだろうな。
「王も人の心がわかるようになって……」
「おいおい。言い過ぎだぞ、ランス」
「定番のブラック・ジョークですよ。ですが、彼の者が買い物とは……モードレッドに何かありましたか?」
「特別何かがあったって事は無ぇけど、あのキリツグが英霊だったからな。アイツなりに思うところがあったのかもな」
「あの者はマスターとかなり相性が良く、共感度も高い。その辺もありそうですね」
「そこだな」
元々モードレッドは気風が良い分、情に流されやすいところがある。言っちまえばオレと似たタイプなんだ。そんなだから、オレを持ち上げる話術なんかなくても、オレはアイツを気に入っていたと思う。
裏切りの騎士、反逆の騎士、な~んて言われるけど、それも仲間が大勢居てどうしようもなかったんだなって簡単に想像が付く。
ああ、そういう事か。アイツのマスターとキリツグの微妙な関係。それがあって今回の事を報告しづらいのか。おまけにあの魔導師が次の仕事があるとかで、気が急いているのかろくすっぽ説明がなかった。
そんな具合でこっちもバタバタしていたから、あっちのセイバーには相談できるチャンスがなかったもんな。どうも理由はその辺りにありそうだ。
それで翌朝、バイトに出るセイバーを見送ったモードレッドはオレにこんな事を言った。
「なぁ、頼みがあるんだ」
「何だ?」
「あれさ。あれの乗り方を教えて欲しいんだ」
ここは裏庭だ。『あれ』っていうのは館の裏口にある庇の下に置かれたエルヴァのバイクだった。
「お前ぇ、騎乗スキルあんだろ?」
「あるけど、それは馬だ。とことんまで行くとクルマは難しかった。それでバイクも違うと思うんだ」
聞けばコイツ、とんでもなく難しいクルマにチャレンジさせられ、怖い思いをしたそうだ。
「それで慎重になるのは良いけどよ。これ、オレのじゃなくエルヴァのだぜ?」
「そうなのか? でも、アンタばっかり乗ってんじゃんか」
「思い付いたらエンジンに火を入れてくれって頼まれてんだよ」
「なら、オレが乗っても怒らなぇよ。エルヴァはそういうヤツだ」
お前ぇのエルヴァとは違うと思うが、取り敢えずオレが今まで感じ取ったこのバイクの面白さや本来の使いどころ、それと微妙な匙加減を教えた。アクセルやらブレーキやら、そんなのだ。
けど、コイツもやっぱり『セイバー』だな。聖杯無しに喚ばれたらしいけど、そういう知識を与えられてんのか、やっぱり飲み込みが早い。20分も経たず、ウィリーしながらターンを決めていた。
「こんなの覚えてどうすんだ?」
「エルヴァを守る時に役立つだろ? それに伝説のクー・フーリンに教えて貰ったとなりゃ、めっちゃ自信になるじゃん」
まぁ、そう言われて悪い気はしねぇけどよ。本音は?
「父上とデートだ!」
なんつうチカラのある言葉だ。女親を『父上』と呼ぶのも凄いが、同性なのに『デート』と抜かしやがった。いや、お前ぇの生い立ちとかランスから聞いてるし、色々あるのも知ってるよ。けどなぁ……。
それで少々心配になって、現マスターであるエルマに念話で報告したんだ。するとエルマがエルヴァに念話でお伺いを立ててくれ、『壊さないなら良い』と色良い返事が返ったと知らせてくれた。
「な? 言ったろ? エルヴァはそういうヤツだって」
違うと思うぜ? エルヴァは賢いぜ?
万一壊したとしても、お前ぇのマスターが弁償してくれると読めるからだろ。サーヴァントの能力としての信用や信頼は評価が高いと思うが、お前ぇ個人の信用はお前ぇのマスターありきだよ。
オレだってエルマに恥をかかせられねぇから、そういうトコは気を遣ってるってのに。けどよ、こういう能天気さがコイツの味で魅力だと思う。やっぱ、似てるわ。
「けどよぉ、ヘルメットはどうすんだ? 緊急の場合ならいざ知らず、何にもねぇ時にお前ぇが違反すれば、割を食うのはお前ぇのマスターなんだぜ?」
そこでモードレッドは固まった。一つはエルヴァのがある。それでもオレがこの庭でしか乗らないのは、そんな女の子用のヘルメットじゃ頭が入らないからだ。
まぁ、モードレッドならサイズはクリアできるだろう。けど、二個は無ぇぜ?
「チィ~~~ッ! そうなるとクルマかぁ~~~」
クルマって。どこにあんだよ? エーデルフェルトのを借りんのか?
「ガレージ……」
ガレージ……? どこのだよ?
何だかわかんねぇけど、ブツブツ言いながらヤツは出て行っちまった。一体何だってんだぁ?
お爺ちゃんとお婆ちゃんが出発した午後に私達も出発した。次の目的地は香川県の海に近いオートキャンプ場だ。明日そこに入る前にパパの希望を取り入れてうどん屋さんを何軒か周り、金刀比羅宮も観光する事となっている。
お爺ちゃんとお婆ちゃんが心配で、私達は少し落ち込んでいた。それだけに今日はパーッと行きたいところだけど、これは仕方ないね。問題は今とっても眠いということ。
それは昨日の昼食前の事だった。
『朝6時に『上戸』、7時に『よしや』。8時半に『がもう』、その後に『なかむら』『山内』と行って11時オープンの『谷川米穀店』に備える。どこも昼の1時か2時に終わるからこれが限度だな』
なんのお話?
『うどん屋巡りだよ』
な?! そんなに周るの!?
『金刀比羅宮に行ってキャンプ場までにチャンスがあれば、『一福』か『宮武うどん』もだな。キャンプ場からの帰りは『竹清』『上原屋』『うどんバカ一代』なんかにも寄ってみたいところだ』
3人でパパにオカシイと突っ込んだらメモがヒラヒラと落ちて、それはお姉ちゃんの字だった。どれもこれもお姉ちゃんのお薦めのお店で、バイクで3~4日掛けて全部周ったらしい。
『小もあるし、それぞれのお薦めメニューも書かれてあるんだ。僕も小で行こうと思うし、ママもマアエモさんと分け合い、セラとリズも分け合う。君達も分け合ってさ、チャレンジしてみない?』
お姉ちゃんのお薦めと知って、反対するイリヤを真っ先に裏切ったのは私だ。本当にゴメン。それで日本の食べ物に興味のあるエルヴァが賛成し、哀れイリヤの意見は封殺された。本当の本当にゴメン。
何よりマアエモさんがお姉ちゃんのお薦めだからと、ママとセラを説得済みだった。だから仕方ないよ、イリヤ。と言ってもママも二つ返事で賛成だったらしいけれど。
それで次の日の朝が早いからキャンプ場のチェックアウトを早々に済ませ、わりあい近くにある道の駅にクルマを移動した。ここだと早朝の出入りも自由だし、建物には温泉がある。
どうやらパパは落ち込む私達を見て、急遽予定を変更したのだと思う。ママの意見もあっただろう。そこでお姉ちゃんのお薦めメモを活かす方向で、お昼までにプランを練り直したのだ。
そうして私達はうどんを、最低は7杯食べるぞという『うどん店巡り』に挑戦する事に決まった。
現在朝5時半。お店の前にチラホラと人が集まってくる。
「皆んな、オカシイよ。こんな朝早くから」
ブチブチ文句を言うイリヤを引っ張って列に並ぶと、パパがこう言った。
「香川といえば『うどん』で、ダシは『いりこ』だ。ここはそのダシガラの『いりこ天ぷら』が無料らしい。それと『かけ』の小を頼んでスタートだ」
オープンしてすぐに全員が席を確保できた。パパは『かけ』の小を4杯頼んだ。無料のテンプラを少しだけとってトップバッターは私から。
ズズズズズッ。すする事をエルヴァは何も言わない。この子も日本の事をお姉ちゃんに聞いたり調べたりしたそうだから。こういうところが偉いと思う。
麺はコシがあっておダシが本当にオイシイ。これが朝イチのスタートだと思えばとても贅沢だ。次のエルヴァも目を丸くしていた。
「これ、オイシイ」
「だよね? イリヤも行きなさい」
「え~」
けれどそんなイリヤも一口食べて驚いていた。知ってるうどんと全然違うのだ。だから意外と早く食べ切ってしまった。
「さぁ、次だ。次のお店は7時開店だけど、もう並び始めているはずだ」
「お薦めは?」
「どれもイケるよ。でも2軒目なんで『ぶっかけ』かな」
「ぶっかけ?」
「うん。最低限のダシしか入ってないんだ。汁を飲むとお腹が張るからね。トッピングや味変も4軒目辺りから考えた方が良いだろう。キツくなるのは5騎や6騎になった頃だ」
「『き』って何よ?」
「あ……ゴメン」
少ししか食べないで次に移動するのはお腹にキツい。もっと食べたくなっちゃう。だけどお腹いっぱい食べちゃうと次が食べられない。これは思ったよりも厳しいぞ。
それで次のお店に行く途中にも、何軒もお店があって並んでいる人が居た。皆んなどれだけうどんが好きなんだ。パパが『聖杯戦争』と混同しちゃうのも無理ないかも。
「『聖鉢戦争』ってところね。鉢が鉢巡りって本当に面白い」
それを『器』だったかも知れない娘の前で言うのか。このママは。
2軒目も何とかクリア。『ぶっかけ』ってああいうのだったんだ?
「ダシも何もなく、うどん用の醤油で頂く方法もあるんだ。要は麺を楽しむのがこの地方のうどんなんだよ」
なるほど。麺とおダシのセットじゃないんだ?
「その固定観念を早々に消し去らないと勝てないよ?」
「う~ん……。それで3軒目は?」
「うん。次は8時半開店だけど、かなりの行列店でね。長時間並ぶ可能性がある。行ってみないとわからないけどね。それとお薦めはきつねの揚げか、もしあれば玉子の天ぷららしい。それにそこは全部セルフで、外でも食べられるらしいよ」
けれど朝なので思ったよりスイスイ行けて、駐車場も広かった。お店の位置が駐車場のついたてで見えにくいけれど、これはエルヴァが見付けてくれた。10人ほど前にいたけれど、開店と同時にスッと入れた。
本当に全部セルフだ。前の人を参考にして自分達のを作ってお代金を支払った。それで表に運んで食べた。
「きつねの揚げを取り入れるだけあって、この地方にしては麺は細めで柔らかいね」
「取り入れるって?」
「きつねうどんは大阪が発祥なんだ。透き通った昆布だしに麺がセットという概念は京都だけどね」
「それ、お姉ちゃんに聞いたの?」
「情報の出どころはエルヴァだけれど、僕にそれを教えてくれたのは士郎だよ」
「あ、お兄ちゃんがお姉ちゃんから?」
「そう。立ち食いうどんを一緒に食べに行った時だってさ」
だいたいどこのお店も小で一玉だ。大で二玉。特大で三玉。つまりこの3軒目で、私達はそれぞれが約一玉を食べた事になる。ママ達は一玉半でパパは三玉だ。
ちょっと苦しいのか訊いてもいないウンチクをどんどん話してくれた。
「『きつねうどん』発祥のお店は、初代のご主人が寿司職人見習いだった経験から産まれたものらしくてね。その名残りで、今もそのお店は寿司揚げで出して来るんだって。それが2枚だったから、寿司揚げ2枚か同じ面積の薄揚げ1枚にするお店が多いらしいよ。そしてその甘い揚げというトッピングはインパクトが大きかったんだろうね。たちまち全国に広まった。だから関西へ働きに出る人が多かった北陸では、稲荷寿司用の揚げを使うので『きつねうどん』でなく『稲荷うどん』と言うらしい。それと天ぷらも江戸時代に全国に広まった調理法だ。だけど揚げ玉をトッピングにする発想は、天カスが多く出る山菜やきのこを天ぷらにしていた関東ならではのものだった。それで揚げ玉の乗った『うどん』や『そば』を『たぬき』と呼ぶようになった。これはタネが無いという意味かららしいね。ところが関西では天カスは天カスで揚げ玉ではない。天ぷらを揚げた際に出るカスだった。だから無料で出すお店がそこそこあったんだね。それをしてただのモノにお金を取るのかと、ややバカにした意味合いを込めて『ハイカラ』と呼ぶようになったらしい。それに昔の関西は『うどん』が主流で、関東ほど『そば』に親しんでいなかった。だから上方の符丁的に『そば』に『きつね』を乗せれば『たぬき』となったようだ。それと不思議な事に『カレーうどん』の発祥はその関東の早稲田にあるお店だったりする。『そば』より先に『うどん』だったのは『そば』の風味が消えて勿体ないからだろうね。裏返せば『うどん』に親しみが無かったからとも言えるのかな? けれど群馬や埼玉は良い『うどん』のお店があるらしいのに。『ひも川うどん』なんて有名なのにね」
全部お姉ちゃんからの情報なんだろうけど、お兄ちゃんもパパも真面目に聞いているんだね。だけどお話でお腹がこなれたのか、何とか3軒目は乗り切った。
4軒目以降は9時開店なので、だいたい閉まってしまう2時までに回れれば良いという感じだった。そしてパパの最大の目当ては山の麓にあるにあるセルフのお店で、お昼の2時間くらいしか開いていない屋号がお米屋さんのお店だった。
そして並んで入った4件目では釜玉うどんを食べた。それでもってここで誤算が起きた。エルヴァが食べなかったのだ。しまった。どうやら生卵がダメらしい。温泉卵なら大丈夫らしいので選べるなら次はそうしようと決めた。
だけどその分、私とイリヤの負担が大きくなった。これで一玉半だ。後半乗り切れるか……。
5軒目は山の中にあるお店で、私達は『ひやあつ』を頼んだ。麺が冷たくおダシが熱い。普通のかけうどんなら『あつあつ』で、真逆の『ひやひや』という食べ方もある。
麺はもっちりしていてオイシイ。なのでパパもママも『醤油』で食べていた。そして6軒目に入る前に休憩した。パパが本当に苦しそうなのだ。
それでナビで道の駅を探して、マアエモさんが運転した。セラが横でドイツ語に訳したりしている。パパはママに介抱されながら奥で横になっていた。大丈夫なの?
お手洗いを済ませ、1時間ほど休んだらパパが復活した。それでお目当てのお店に向かったら、長蛇の列だった。ここは青唐辛子の佃煮をトッピングできるのだとか。
子供の私達には辛いけれどパパにはピッタリだろう。現に何とか入れたお店で、パパはペロリと平らげていたからだ。
「この辛味が食欲を増してくれる。これは良いなぁ」
この後、金刀比羅宮に行ってキャンプ場に入る前に買い出しを済ませて、3時のおやつ代わりになんとか屋本店というところで再びうどんを食べた。7軒制覇だ!
何か知んねぇけど、マスターのエルヴァが楽しそうだ。そのお陰ですんなりクルマを借りれた。誰のだって? 決まってる。マアエモのだ。
アイツは長年エルヴァに仕えていたので、その功績を認められ、今回かなりの小遣いを祖父さんから貰っていた。それでオレ達があちこちに行ってる間に、日本でしか手に入らないクルマを買い漁っていたんだ。それを船便に乗せる前に預けてあるガレージに、オレは向かったわけだ。
最初はバイクでいいと軽く思っていた。けど、あれこれややこしい事があるならクルマがいい。理由は父上と二人きりになりたかったからだ。
甘えたいとかそんなんじゃねぇぜ? 言ってみればご苦労さまと二人だけで慰安会みたいなのをしたかったんだ。多少は金があるから、せっかくだしスシでも食いに行けたらなって。
それでこっちのエルヴァに頼んでも良いかなと思ったが、どうやらあいつのクルマは母親との共有らしい。そうなるとあいつを困らせる可能性が高い。ならエルヴァを通じてマアエモのを借りる方が気が楽だ。
たぶんホ◯ダのは無理だと思う。特に赤いバッジのは。そこでオレが選んだのは赤いオープン2シーターだった。濃い緑のはマアエモのだが、この赤いのは実はオレのだったりする。
スイスで見た雑誌で気に入り、前々から欲しかったんだ。それをエルヴァがオレとマアエモにプレゼントしてくれたクルマだ。
預かってくれている係の者に礼を言って、オレはガレージからクルマを滑らせた。コクコクと決まるシフトレバーが心地良い。
大して速くはないけど、もうオレは速さだけがすべてじゃないって知っている。微妙なアクセルにリニアに応えるエンジン。こちらのハンドリングで思うままに回頭してくれるボディ。
そういうのがあってこそだ。きっとその先に祖父さんのクルマがあるんだろう。これで練習しないとな。しっかし天気が良いな。まだ時間はあるし、ちょっと海岸沿いに走ってみるか。
「エルヴァさん、あれ」
「へ?」
士郎クンに促され、海の家から少し高い道路を見れば赤いMR-Sがスーッと流れていった。士郎クンはセイバーだと思ったのだろう。だけどあの髪のまとめ方はモードレッドだ。
私のMR-Sはエルマに預けたままだから、あれはマアエモ・ママが新たに手に入れたものなのだろう。どうもこちらのママはホ◯ダ以外も乗るらしいので、欧州で手に入るミアータ(ロードスター)以外となると自ずとあれになる。
他の欧州メーカーのオープンはFFだし、オ◯ルのスピードスターやロー◯スのエリーゼなどは後方のピラーが邪魔だし、価格も高い。
ヘタにターボなどを付けず、手の内に入るパワーで楽しめるクルマとなるとあれがベストだ。これはどうもお祖父様やママからの影響だなぁ。
そっか、免許もお祖父様がどうにかしているのか。だけど同じ色を選ぶとは。随分似合っていた。良いなぁ。早く免許が欲しい。