クルマの感触が凄ぇ良いんで、気付けば冬木をクルッと2周もしていた。その間、変なのが潜り込んでいないかもチェックしていたが、今のところはない。
エルヴァはあの父親が守るだろうし、アサシンが数人張り付いている事も知っていた。だから今のところは安心だ。だけどロシアに行ってから、急にきな臭くなって来やがった。
『こんだけ妨害されてんだぜ? それでもやるのか?』
『はい。あの霊脈を抑えてこそアインツベルンの未来が開きます。何としてもやり遂げます』
15歳になるまでにロシアにある大陸最大の霊脈開発を終えたいと話していたが、予備調査を手配した段階で妨害工作が始まった。あいつは開けちゃいけない箱を開けたのか?
エルヴァもエルと相談したかったようだが、今回のバタバタでそのチャンスがなかった。なら、エルヴァにとも行かないらしい。
『こちらのお姉様がロシアのそれをご存知かどうかはわかりません。ここで生きやすいように、相当記憶を削られたり改変されているようですから』
そんでもってエルとエルの父上はさっさと帰っちまうし。正直、ツイてない。まぁ、クサクサしてもしょうがないんで、オレは約束の場所までクルマを走らせた。
道路脇にあったパーキングに止めて、父上の働く喫茶店からほど近い彫刻が置かれているところまで行った。歩道の隅っこなんだが、この界隈では待ち合わせに使う人が多いのだと父上が話していた。
そこにドキッとするような金沙の髪を持ったオレに似た、けど雰囲気は清楚な少女が立っていて、腕時計をチラチラ見ていた。しまった、待たせたか?
「お待たせしました、父上」
「おお、モードレッド。良いタイミングです。実は父も今来たところでした。少々遅れたので、怒らせてしまったかと」
「それはありません」
「モードレッド、忌憚なく仰いなさい。その改まった態度は、何かありましたか?」
「その相談もありますが、まずは父上を労いたい」
「と、言いますと?」
「美味いものでも摘んで話しませんかという意味です」
「!……わかりました」
それで10分ほど歩いて、父上をここらで一番美味いという寿司屋に誘った。
「モードレッド、良いのですか? 流石に父もこのような店は初めてですが……」
「心配召されるな。軍資金はたんまりあります」
「エルヴァですか?」
「いえ。自分で働き頂戴した給金です。それを日本円に換金してあります」
そして店に入り、父上にスイスで祖父さんの手伝いをして得た真っ当な金だと改めて説明した。父上は納得したのか、頷いた後こう言った。
「とは言え、このようなお店は本当に初めてです。どのように頼めば良いのか」
それでオレは板前さんに日本語で尋ねた。こちらが外国人だからどこか遠慮がちだった職人が笑顔でこう言ってくれた。
「お好きなものをお好きな順番に召し上がって頂ければ良いですよ。強いて言うなら味の薄い、例えば白身から始めて頂き、味の濃いウニや穴子などでシメて頂くのが宜しいかと。これは味の濃いものから先に行くと、薄いものの味がボヤけるからです。それとご予算を仰って頂ければ、そのようなコースにも出来ますし、途中で今のをもう一つというのも可能ですよ」
そんな風に親切に教えてくれたんで、オレは予算を二人で5万と言った。そして父上の事を指して、私の大切な方なので美味しいところを頼みますと頭を下げた。
職人はニッコリと笑顔で承知と言ってくれた。
「父上、私はクルマなので飲めませんが、父上はご遠慮無くどうぞ」
「痛み入ります。ですが、クルマとは?」
「ああ、私のです。言ってみればボーナスってところでマアエモと色違いのを」
「そうでしたか。しかし日本で登録を?」
「業者に頼んで仮ナンバーですよ。本国へは船便で送ると預かって貰っていました。実際のところはエメラルドに全部持たせますが」
「ほぅ。確かにあの能力は便利ですからね」
「ええ」
やがて父上の酒が届き、マゴチの握りがやって来た。父上のおちょこに酒を注ぎ、マゴチを味わう。実に美味い。
「いよいよ、エルヴァが本気になって動き出します。霊脈に関わる事なのですが、予備調査の段階で礼装に不具合が出たり、人員手配がままらなかったり、挙句の果ては機材の盗難や怪我人が出たり……」
「妨害ですか。もしや、エルが既に経験済みではないかと相談したかった。ところが彼女は帰ってしまった。そこでエルヴァならと?」
「その通りです」
父上はしばらくお待ちなさいと、エルヴァに念話を送ってくれた。何か記憶に残っていないかとの確認だ。酒を注げばイサキと炙りカマスがやって来た。
父上はそれを摘み、もぐもぐと目を瞑っていた。結構な時間だった。
「やはり。あなたのエルヴァのためなのか。イルクーツク州北部ナカンノ村郊外の開発事業。彼女はしっかり憶えています。アルバイトが終われば家で話し合おうとのことでした」
助かった……。正直ホッとした。そこからは父上と寿司を堪能した。ウニやイクラに大トロといった結構なネタも食べたのに、支払いはシメて3万行かなかった。
随分と良心的な店だな。3万弱なら240ユーロくらいだ。あっちだと500ユーロは軽く超えるぞ? あれだけのネタと味なら、もっと行ってもおかしくない。その後、駐車場まで父上と歩いた。
「このクルマは……?」
「ああ、オレのだよ」
とは言え名義はマアエモだし、乗るのに一々許可が必要なんだけど、こればかりは仕方ない。
「価格が価格なんでネガティヴな部分も多いけど、走行に関わる部分は消してあるんだ」
「消した?」
「ああ、足回りの弱さにラジエーターの排熱がボンネットに溜まるところ、それとエンジンの熱問題。そういうのをパーツと礼装を併用して。フロア下はほぼフラットだし、ボンネットに溜まる排熱は礼装で外に吸い出される。これはエンジンの排熱もそうだ。オイルクーラーも車高調と一緒に入れてるけど、どれもこれも礼装と併用だ。シフトもワイアーを強化してあるんでカチカチ決まるぜ」
随分と驚いた顔をしている。そりゃそうだろ。こんな改造はまず聞かないからな。
「父が驚いたのはそこではない」
「え?」
「我がマスターのエル(エルヴァ)が、並行世界での仕事に使うクルマがこれなのです。色もまったく同じですよ」
「ええ~~っ!?」
今度はこっちが驚いた。そうか、あいつはやっぱりそういう奴か。どこかマスターのエルヴァに遠慮して、今まであいつとあまり話す機会がなかった。
だけどやっぱり父上のマスターだけはある。帰ったらしっかり話を聞かせて貰おう。
家に戻って門の中にクルマを入れるとランサーがやって来た。家の前の道路は仮設だけど、クルマは通れるようになっていた。つい先日まで大穴が空いていたとは思えねぇ。
「遅かったな?」
「父上と寿司を食いに行ってたんだ」
「買い物じゃなかったのか?」
「それは言葉の綾だ。相談事だと言ったら、却ってややこしくなるだろう?」
「違ぇねぇ。ま、何かあったら言えや」
「おう。あんがと」
ふと気づくと父上が中に入らず側で立っていた。
「父上?」
「あ、いえ……。少々運転したいなぁなんて……」
「悪い、父上。これ、オレのと言っても名義はマアエモだし、乗るにはエルヴァの許可が要るんだよ」
「ああ、色々事情があるのですね?」
「そうなんだ。本当に悪い」
そう言うと納得し引き下がってくれた。ランサーも『それは仕方ない』と言ってくれた。そして屋敷に入る父上を見送った後、オレはエーデルフェルトのガレージから洗車用具を借りてクルマを磨き始めた。
「随分と大切にしてんだな?」
「オレ、昔から馬の手入れとか自分でするタイプでさ」
「そこはオレらの時代より馬を大切にする騎士様か?」
「そうだな。けど、上級騎士には下級騎士に任せる奴も居たよ。オレも円卓に座っていた一人だ。けど他人に馬を任せた事なんて無い。やっぱり自分で面倒を見てこそだと思うんだよ」
「なるほど。オレもそうだった。馬もそうだし、戦車や槍に剣を他人に任せた事はない。あるとすれば鍛冶屋くらいだ」
「だよな?」
ランサーはこういうところが尊敬できる。
「良い礼装を積んでるな。ルーンで加護を付与しておこうか?」
「ああ、頼む!」
そこからはランサーと他愛ない話をしながらクルマを磨き上げた。やがて門が開いて、オレのと同じ赤いMR-Sが入って来た。
「な、何だぁ?」
幌でなく、かっちりした屋根が載っている。横に止めて降りて来たのはエルヴァだった。
「これ、お前ぇの?」
「はい。まさか同じのを選ぶとは。海岸線を走っていたのを見て驚きました」
そっか、バイト先から見えたのか。そこでエルマに預けていたとか、ナンバーが偽装だとか、諸々の事はさておいて、オレは俄然そのクルマが気になった。
それで軽く運転席に座らせて貰ったんだ。
「おお!? イスもハンドルも違うのか? それに何かカッチリしてないか? エンジンかけても良いか?」
「どうぞ」
キーを捻ってアクセルを煽ると、音も良いし、フケがやたら良い。何だこれ?
「マフラー?」
「排気は触媒から変えてあるようです。当然吸気も」
「少し走れるか?」
「横に私を乗せてくれるのなら」
それでエルヴァに横に乗って貰い、深山町から円蔵山に向かった。山に登る道に入った途端、エルヴァの魔力を感じた。
「何をしている?」
「こうやってサスとスタビに魔力を通します」
するとさっきまでのノーマル然とした挙動がグッと引き締まり、コーナーの速度が速くなった。
「もっと踏んで下さい」
「おう!」
ミッドシップだから重心はリア寄りにある。だけどアンダーじゃない。むしろオーバーだ。そこで前輪に荷重をしっかり掛ければ、信じられないほどのコーナースピードを稼げる。
しかもフケる。エンジンの回転だけじゃない。排気量が大きくなったかのようだ。魔術との併用はマアエモのオリジナルだと思っていた。
けど、こいつもそうだった。世界を越えてもあの乳母の娘か。やるな。
「実は元々エルのクルマだったのです。メンバーの補強やリジッド化など足回りの補強は当然として、ファイナルギアがセリカのC60に交換してあって、4.312から4.529と5パーセントほどローギア化されています。その辺がコーナーの立ち上がりで差となって来ますね。それと一番大きな効果があるのはスタビライザーですね」
そうなのか? エンジンもいじってないか?
「エンジンはファイン・チューンしてあっても基本ノーマルです。バランス取りと吸排気ポートの研磨だけです。ただ、礼装というかカムのプーリーに魔術刻印が彫ってあって、それでバルタイが変化します」
何だそれ? 他にもあるだろ? 怪しいなぁ。サスとかの礼装はどうだ?
「それもあります」
マアエモと同じ?
「いいえ、違うと思いますよ。あの術式はエルのオリジナルです。礼装自体はあちらのママもやっていますが、学んだという訳ではありません。あちらではお祖父様を筆頭に皆んなやっていますから、これも並行世界の奇跡なのでしょうね」
そうか。礼装の併用は昔からあったのか。
「それとこのような峠限定だと、本気で改造したS2000やFD3Sには負けますよ」
これより速いのがあるのか?!
「こちらのお母様と、あちらのママがそのS2000に乗っています。おまけにママのは峠用のバリバリチューンです。改造費で言うならコストパフォーマンスに優れるのは、圧倒的にFD3Sです。それでもホ◯ダ党のママは1千万近く掛けて、S2000を仕上げました。今走った円蔵山の展望台までの、上りルートなら10秒以上差が開くと思いますよ」
そんなにも?!
「そこでこの軽さを活かした下りですよ。下りなら互角の勝負が出来るはずです」
そこでオレはエルヴァに見せてくれと運転を代わった。それは圧倒的だった。あの祖父さんの走りの再現だった。勿論、車格が違うんで絶対的なスピードも異なる。
けど、英霊のオレが思わず『目を瞑っちまった』あの走りそのものだ。オレはエルヴァに頼んで、ガソリンが空になるまで練習に付き合って貰った。
一旦帰ってクルマを入れ替えても練習した。全然違った。エンジンもだが、足回りを含めた全体的な強化がバランス良く効いている。
何よりスイスに帰るまでに、シートとハンドルを変えようと決心した。やっぱりホールドしてくれないと落ち着かない。
「参ったぜ、ここまで差があったとは」
ガソリンを満タンにして、ランサーに零すオレだった。するとエルヴァがこんな事を言った。
「最後の最後は魔術師の特権です。さっきも言ったバルタイですが、元々あのエンジンにはVVT-iという可変バルタイが吸気側に入っています。ところが刻印に拠って吸入量と排気量、それとカムの作用角が変えられます。そこで私は侵入・途中・脱出でカムフィールを変えていました。それと、ストレートとコーナーではダンパーのセッティングも変えています」
「それも魔術でか!?」
コイツはそこまで出来るクルマだったのか……。
「ええ。それとそちらのデフはメーカー・オプションのヘリカルLSDだと思われますが、こちらのは機械式の1.5LSDが入っています。そこの効き具合も結構大きな差ですよ」
やっぱりそういう差があるのか。知識というか……いや、違うな。オレがそれを使いこなせるかどうかは、マアエモにわかるはずがない。そういうトコだな。
「後ですね。そのママのS2000よりもっと速いのが、そのママが同じく乗っているNA2型のNSX-Rです。あれこそが峠最強マシーンですよ」
値段を聞いてぶったまげた。ポ◯シェと変わんねぇ。つまりはメーカーのフルチューンって事だ。今のオレには早い気がした。だけどエルヴァやマアエモ、それに祖父さんに、そんなのがあるんだぜと相談しても面白いかも知れない。
エルヴァが館に戻ろうとする。そこでオレは重要な事を思い出し、慌てて相談があると話した。すると……。
「察するところ、ロシアの霊脈でしょう? エルヴァちゃんが動き出すなら、そこからでしょうから」
それが年齢差から来るスタートの違いだと言ってくれた。
「その霊脈を得て、一族の選定会議ですね?」
リンやルヴィアと、あそこで逢った事から気付いていたようだ。あれは妨害で諦めた帰りがけだったのだ。
「モードレッド、今夜はこちらで食事を摂って下さい。その後に巫女の姉さんを交えて話しましょう」
「どうしてアイツが?」
「その第2回目の予備調査に随伴していたからですよ」
そうだったのか! もしかしてそれで残っていた?
「二人のイリヤスフィールの事もありますが、それもあったと思いますよ」
そうかあいつはちゃんと考えていてくれたんだな。そしてオレは『良かったな』というランサーの声を背中に館に入ったんだ。
食後、いつものメンバーに巫女の姉さんを加えて、モードレッドの話を聞いた。イリヤとちぃ姉さんはセラ達とお風呂に行った。このまま就寝だろう。
「ユーラシア大陸最大の霊地!?」
純粋な驚きの声は凛から。そこに少々の非難の色を被せるのはルヴィアだった。
「ルヴィア、今回のこれはエルヴァちゃんが先に動いています。黙っていたのは悪く思いますが、それは事業としての価値が無に等しいからですよ?」
「どういう事ですの?」
「その霊地のある場所の環境があまりにも過酷なのです。道路もまともに通っていません。何より開発に当って、ロシア政府や西欧の魔術師に嗅ぎつけられず動かなければなりません。となるとヘリなどが使えず、すべて陸路となります。エルヴァちゃんが15歳までと言った4年弱の期間は妥当なラインです。現にエルも12歳になる少し前からこれに関わり、開発完了が15歳になった翌春でした。そしてこれが最大の問題です。そのような巨大霊脈をまともに扱える魔術師が、あなたの一族に居ますか? あなたにしたって、毎回空港もないロシアの奥地に行けますか?」
ここまで聞いて凛が発言した。
「『根』を繋ぎ替える……。そっか! それが出来る魔術師があちらではエルだけだったんだ?」
「正解です。能力だけを言うなら他家にもそれが出来る人は居るでしょう。ですが、『根』という概念を持っている家なのか、霊脈で事業展開できる家なのか。そこもある訳です。エーデルフェルトは海底とアフリカ大陸の霊脈で我慢して下さい」
ルヴィアが溜息を吐いた。
「仕方ありませんわね……」
「あっちじゃ、その海底の霊脈もエルが独占しているんでしょう? エーデルフェルトや師匠が共同参画しているとしても、オーナーはエルだわ。でもこっちじゃ、エーデルフェルトがオーナーよ? その情報を譲って貰えるだけで満足しないと」
「ハァ……そうですわね。ですが、妨害工作とはキナ臭いですわね?」
「ここはユグドミレニアの残党がまだ残っていますし、6年前と今現在という年齢差から来る時間のズレは大きいです。それがあちこちの耳聡い者への新情報として流れているのだと。本格的に動ける魔術師は居ないはずですから、手に負えないので情報を売りたい、或いは共同事業にしたい家などが動いている可能性があります」
「となると?」
「こういう言い方は失礼ですが、モードレッド一人では正直厳しいでしょう。エルのときで、百貌のアサシンが二組にお兄ちゃんとアルさん、それとあちらのランスロットさんが動いて下さったのです。つまり英霊を最低でも4人から5人は注ぎ込めるチカラがないと出来ない事業なのですね」
モードレッドの目が光った。
「となると、父上が難しくとも、ランサーやランスロット卿を?」
「それとアサシン一組にアーチャーさんですね。貨物を運ぶ寒冷地仕様のトラックと、掘削や計測に必要な礼装に魔術装置をルヴィアの家で用立てれば恩を売れます。またゾウケン君と私とで、地中を潜れる蟲を用意しましょう。そこまでやって動き始めれば、これは情報を売れる相手だと見做して妨害もなくなるでしょう」
「そっか。妨害は情報を高く買ってくれる相手かどうかを見るためだった?」
「そうです。本気度イコール情報の価値ですからね。つまりエルヴァちゃんはそれだけの投資をしなければなりません。各英霊への人件費と情報買取費用などなどです。私は先に『弓』を戴いているので無償で良いですが、その分ランスロットさんにはきちんと支払ってあげて欲しいです。また、ランサーさんにアサシンを貸してくれるエルマにも謝礼が必要となる点、アーチャーさんを借りればルヴィアと凛にも謝礼が必要となる点も忘れてはいけません」
「6年遅れはでかいな……」
「ですが、実際に霊脈開発を先に行った者からの情報ほど大きなものはありませんよ?」
「違いねぇけど、そうなるとその妨害野郎の情報料が無駄に思えるんだが?」
「口止め料と思えば、案外安いかも知れませんよ? 6年のギャップをそれで埋められる可能性もある訳ですし」
「なるほどな。わかった。英霊の皆んなは借りれるって事で良いんだな?」
「はい。ギャラはおいおい詰めるとして、まずはその事を報告してあげて下さい」
「お姉様?」
ここまで黙って聞いていたエルマだ。
「発言をお許し下さい。モードレッドさん? 私の方は謝礼は結構です。ただ、ランサーさんとアサシンにはしっかり払って頂ければ」
「あんがと。その旨を伝えておくよ」
続いてマルガリータさんが発言した。
「お二人のマップと、この開発地が重なるのなら同行されるのも手ですよ?」
「そうですわね。お手伝いできる事があるかも知れませんし」
「妨害工作とかあったんでしょう? 同行してお邪魔にならない?」
「どのみち、物資の移動で何ヶ所か中継基地を作らねばなりません。そこをそちらも利用するというのがベストかも知れませんね。妨害とは人が多いほど難しくなりますから。ですので早急に事業計画を立ち上げ、中継基地を作る事です。それでアサシンを常駐させれば、あなた方も士郎クンも安心でしょう」
そして私はマルガリータさんに向き直った。
「この世界の造物主はこれに関係しますか?」
「え?」
「エルヴァさん、どういう事ですの?」
「大掛かりな迷宮には、それなりの霊脈が必要です。一部のマナをそちらに回すだけで目を瞑って頂けるなら、これ以上ない幸運です。相手は死徒です。人が抱く倫理や行動理念とは、大きく異なる存在です。それでも『契約』という点だけは護って頂けると思います。ですのでそちらにもスジを通すべきと考えただけですよ」
「つまり、造物主の迷宮はその近辺にあるとあなたは?」
「はい、そう睨んでいます。ちなみにあちらでのあなたに、私は会って居ませんでした。向こうでのルヴィアからもその名を聞いた憶えがありません。エーデルフェルトの庇護下にあったとしても、お住まいはロシアではなかったのだと思います」
ここで巫女の姉さんが声を上げた。
「待って。記憶違いじゃなければ、ニジニノブゴロドにあるアサシン達の家、あそこって元は死徒が住んでいたって噂があったと聞いたわ。当時はミトやエルが安く買いあげるために流したデタラメだと思っていたけれど……」
住所諸々を聞けば、それはここでのマルガリータさんが住んでいた家と同じだった。となると……?
「じゃ、あのミトの調査は本当だったんだ? という事は、あっちでもマルガリータさんか誰かお仲間の家だった?」
「可能性はありますね」
「私もそう思うよ、エルヴァ。彼女の伝手でスジを通すのは正解かもね」
彼女の同位体は世界中に分散しているので、造物主との超長距離念話が可能なのだという。それでこの件はマルガリータさんに任せる事にした。
そこで話を打ち切り、各自お風呂に入るなり自由にするなりしましょうと相談を終えた。
本当はこんなので足りないくらい懸念事項はたくさんあるが、エルヴァちゃん本人やお祖父様を交えて話すべきだと私は思った。
何より今は夏の真っ盛りだ。今から準備しても秋冬は無理なので、動くのは来年の春以降になる。それまでにどれだけ詰めて準備ができるかだろう。
クロエちゃん、ごめんなさい。あなたが居るから迷っていたけど、やっぱり時計塔を抑えるためにも、私は学園卒業後倫敦に行きます。
お父さんやお母様の事もあるけれど、妹のエルヴァちゃんをあなたも見捨てられないでしょう? それに講師の身分だとフィールドワークの名目で活動予算が出ます。
その分論文の提出があるけれど、それはホイホイと書けるしね。何よりある程度の自由を得て欧州を拠点にしないと、エルヴァちゃんだけでなく、凛やルヴィアも心配だ。
ああ、私にエルのような分割思考をエーテル出力する魔術が使えたのなら……。
着替えを持ってお風呂に向かうエルヴァを私は追えなかった。何か『良くない事』を考えているってわかるのに、声を掛けるタイミングを逸した。
何より一人になりたそうな顔をしていたし、巫女の彼女に呼び止められたからでもあるけれど。そして電灯を落とした食堂に残るのは彼女と私だけだった。
「何かお話?」
「あの辺ね、沼地が多くてさ。四輪駆動のバンが何度かハマったり沈んだりしてね。ヘラクレスみたいな英霊が居ないと厳しいよ?」
「え?」
「そんな奥地にクレーン車を出せないでしょう? となると魔術で足場を作ってさ。そこに引っ張り上げて貰うしかないのよ。それよりもそうならないように、前もって地脈から安全ルートを探らないといけないの。それをそのエルヴァちゃんは出来るのかって話よ」
「あの子……もしかして、その仕事を……」
「力仕事は無いだろうけど、足場作りなんかは楽勝でしょう。たぶん、動くとしたら来年の春だわ。あなたがあの子の姉なんだから、しっかり見守ってあげてね?」
それは何とも言えない、普通なら不安を駆り立てる言葉だったはずなのに。だけど私が一緒に行けばエルヴァを手伝える、半分は肩代わりできる、そんな思い一色に塗り潰されてしまった。
なので気持ちを切り替えるために暗い廊下を歩いて、かなり遅れてお風呂に向かった。脱衣場では、上がったばかりのエルヴァが身体を拭っていた。
「お先でした」
「ううん。先に休んでおいて」
「はい、お休みなさい」
「ええ、お休み」
夏だからポカポカという表現はヘンだけれど、着込んだパジャマは生地が薄かろうが半袖だろうが暑そうだ。湯気が立っているぞ? だけど湿った髪と褐色のうなじは、同性が見てもセクシーだ。
そして出ていく後ろ姿を眺めつつ、ふと思った。私は英霊化した事で背が伸びた。だけどあの子もあの子の姉のイリヤも身長が150ちょいだ。
イリヤは小聖杯の影響で、『エル』は宝具の影響とだと教えてくれたのはエルヴァだったと思う。だけど今のエルヴァには宝具がない。
私の場合は英霊化していても、小聖杯が宝具のようになって残っている。となるとこれは胸に居るアーチャーの影響だ。そうか、そこが半英霊という事なのか。
今まであまり深く考えなかったけれど、やっと納得がいった。
(あなたって何番目なんだろうね?)……〈わからんが、裸で尋ねないでくれないか?〉
(慣れたでしょう?)……〈慣れはせんよ。さぁ、意識をこちらから切り離し風呂に入りたまえ〉
それで意識を小聖杯から切り離した。中で暇なんじゃないかと思って以前尋ねた事がある。すると私が意識を向けない限り彼の時間は止まっているらしい。
次に語りかけた時と繋がって空白が一切ないようだ。それに繋げた際の深度で、私と五感共有レベルも可能だし、見たり聞いたり経験した事を一気に流し込めたりもする。
逆も然りで、彼の今までの経験を私は全部見ていたしこの身で再現できる。つまり本当は干将莫耶などの投影だけでなく、彼並みの料理も作ろうと思えば作れるのだ。
それをしないのは、ニコやエルヴァにマルガリータが居るからだ。人に作って貰う方が楽だし美味しいからね。なのに巫女の彼女は積極的に作ろうとする。
彼女の料理や家事のスキルも、間違いなくあのアーチャーからだと思う。エルやイリヤが居るから変わって行ったのだと考えていたら、『弟』への深い思いがあったからだった。
私が『妹』を思うのと同じだ。なら私もあの人と同じように、どこまでも『妹』のそばに……。
部屋に入ると電灯は落ちていて、ベッドサイドの小さな灯りが点っているだけだった。起こさないようにそっと横に潜り込むと、寝返りを打って抱きついて来た。
不安なのかな? という考えと、この子に限って? という考えが交錯した。当たって砕けろなところがある私と違い、この子は慎重で計算深い。
それが良い時は大胆な結果を招くだろうし、今までもそうだったのだろう。だけど内面はとっても臆病なのだと思う。きっと本人は否定するだろうし、私も口に出さないけれど。
そんな事を考えながら髪を撫でていたら、いつの間にか私も眠っていた。
起きたら、朝日がとっても眩しい。キャンプ場の目の前が海で、東に向いているから太陽がまともなのだ。そして目の前の砂浜を皆んなで散歩した。
昨日の晩ご飯はおにぎりだけ。だってうどんでお腹がパンパンだったからだ。その分今日はちゃんと作ろうと、ホットサンドを作った。
便利な道具があるもんだね。ホットサンドメーカーと言って、中にパンと具を挟んでコンロで焼くだけ。3人でワイワイと楽しく作れた。味も最高!
この後、海で遊んでお昼を作って、午後はゆっくり。晩ご飯はマーボー茄子とサラダにしようと決めてあった。私とイリヤが砂で遊んでいる間、エルヴァはマットの上で本を読んでいた。ドイツ語かと聞けば英語だという。凄いわね。
「クロエは本をあまり読まないのですか?」
「そうだね。雑誌が多いな。ファッション雑誌」
「イリヤは?」
「私はマンガだなぁ。エルヴァは何を読んでいるの?」
「デール・カーネギーという人が書いた、『友を勝ち取り人に影響を与える方法(人を動かす)』という本です」
「難しそうだね。面白いの?」
「はい。この人の『悩む事をやめて生きていこう(道は開ける)』と並んで、ためになる本ですよ」
私がその二冊を読んだのは、後に高校2年生になってからだった。それも薦めてくれたのが、留学で穂群原に来ていたエルヴァだ。小学生でこんなのを読む人なんていないって、この頃の私はちっともわかっていなかった。
「嫌なことは数えないで、楽しいことや嬉しかったことだけを数えようと書いてあります」
エルヴァがイリヤに本の内容らしきものを話していた。その言葉がなぜかずっと頭に残った。
朝起きると、エルヴァが伸びをしていた。
「おはよう」
「おはようございます」
返してくれた挨拶に張りがある。そうよ、昨日の悩みは昨日に置いていくの。この子はそれがわかっている。
「さて、今日も一日頑張りましょう」
「はい。それに今日は私が焼きそば係ですから」
そうだ、夏祭りの屋台に向けての練習があったんだった。エルヴァが調理して私が売り子。後2日。ちょうどおチビちゃん達が戻ってくる頃だ。
いつものようにエルヴァ達に遅れて、師匠も交えてルヴィアとジョギングに出ようとしたら、玄関前に同じクルマが止まっていた。片方は後ろの羽や黒いボンネットでエルヴァのだとわかるけど、もう1台は誰の?
「しばらく置かせて欲しいと聞いていますわ。モードレッドさんの私物らしいですわよ?」
「あの人の? へぇ~。エルヴァと同じのを……」
「並行世界の同一人物がマスターですものね。あのエルヴァとの仲は言わずもがなですが、エルヴァさんとも相性が良いようですわ」
うん、それは感じる。何より衛宮の小父様が元はモードレッドのマスターだったワケだし。
「でも、あれって変わったデザインよね?」
「ですわね。ミストレスはどう思われます?」
「本当にエル先輩とは違うんだなぁって驚きです」
あれ?
「師匠? 確かこのクルマはエルから譲られたって聞いていたわよ?」
「ああ……。じゃ、こちらの先輩に合わせて用意したんですよ、きっと」
なるほど。それであっさり置いていったのか。けれどエルヴァは本当にクルマが好きみたい。以前の第四次でもかなり買い漁っていたものね。
全部エルマに預けてあるんだろうけど、今後値打ちが出るのがわかっている先行投資だとも話していた。公園まで走って体操をしながら私は尋ねた。
「ねぇ、ルヴィアは免許を取らないの?」
「これからの時代は必要でしょうね。あちらの『私』があれ程だったとは驚きでしたが」
「『らんえぼ』だっけ?」
師匠が頷いた。合ってた。
「私はそういうのでなく、もっとしっとりとしたものが良いですわ」
言いたい事はわかるが、しっとりという表現が面白い。
「そうですわねぇ……シュコダのファビアやワーゲンのポロとか」
シュコダって耳慣れないメーカー名だが、昔からあるチェコの会社だそうで、自動車メーカーのないフィンランドではチェコが社会主義時代から数多く輸入され走っていたらしい。
ラリーにも積極的で、そのファビアは世界選手権でも活躍しているという。また現在はワーゲンの傘下で、そのファビアとポロは兄弟車なのだそうだ。
師匠の話だとエルの社用車の中にあるセダンが、スペルブというシュコダ版パサートらしい。どういうクルマなのかもう一つわからないけど、仕事用となるとあのエルも堅いのを選ぶようだ。またルヴィアも思ったより保守的な気がする。
「あちらの『私』が尖り過ぎなのですわ。あそこまで操縦が上手だとは」
学園までの送り迎えで舌を巻いたのも懐かしい。
「先輩の影響でしょうね。尖っていると言えば、彼女誕生日を迎えたら英国で免許をササッと取っちゃって」
「え? 17歳よね?」
「その手がありましたわね」
その手とは免許制度の違いを利用した、かなりズルい取得方法だった。ルヴィアの家は代々スカンジナビアのファースト・オーナーで時計塔の理事でもある。なので倫敦の一等地に別宅があるのだ。
「特待生として時計塔には籍があります。それで書類上は既に倫敦で留学生活を送っている事に」
英国限定で同じEU圏であっても他国だと違反になるらしいが、それでも彼女はたまに行く倫敦の街でクルマを乗り回しているそうだ。
「『らんえぼ』?」
「いいえ、あちらはラリー用です。ポ◯シェの986ボクスターSですよ。それも左ハンドルで」
「まぁ! 英国は日本と同じく右ですわよね?」
「そうです。それでも本国仕様にこだわるのが彼女でして。ランエボは全部右ですよ」
つまりあちらのルヴィアは、ハンドルの左右が気にならない程の腕があるって事だ。
「けれど、師匠? レースならともかく、信号がある街中じゃ不便じゃないの?」
「それを彼女も理解していて、もう1台買うと話していました」
「何を?」
「お買い物用のクルマは既に倫敦にあるんですよ。それで次はロー◯スのエリーゼかエキシージにするって」
どちらも2ZZなんたらというエンジンで、とても軽くて速いのだと言う。おまけに姉弟子の凜さんが、そのエンジンが積まれているセリカというクルマを買っちゃったそうだ。
免許もないのに。アーチャーに運転させるのかしら? 何れにせよ、あの人も私と同じで周りに影響されやすいみたいだ。
「ですがそんな事よりも、どういったトラックを用意し、どういう改良を施したかですわ」
ルヴィアの言う通りだ。自分とは関係ない事だけれど、せっかく知り合えたのだし何よりあれだけ慕ってくれた子だ。そのロシアの大霊脈を何としても拝みたいし、手伝える事があるなら手伝ってあげたい。
きっとルヴィアも同じ気持ちだから、トラックが気になっているのだと私には思えた。
見事だ。誰が付けたか知らないが『ヤキソバマン』との異名を取った俺の、この一月に渡る精進をあっさりと抜いて来る……。な~んて偉そうな事を思う前に、料理に関しては天と地ほどの差があるのはわかっていた事だ。
だけどこの一ヶ月が無駄だったとは思わない。鉄板は友達だ。コテは親友だ。だから見える。『姉さん』がやっている事が理解できる。あんなに遠かったのに、出来る出来ないの前に見えて来た。
「あ~! シロウ、何か掴んだわね?」
「イリヤさん! シッ。今、エルヴァさんは大事なところなんだ」
具材も炒め終わり、ソバも解れたので、いよいよ嶽間沢特製ソースと混ぜようかという時に耳に入る雑音……。士郎クンは妙なところから私の料理の根幹を掴んだようだ。
この先はどこのアーチャーさんも負けるだろう。良い勝負をしそうなのは、美遊ちゃんの士郎クンとお兄ちゃんくらいかな?
今まで伝えたくても伝えられなかった、極意とも言えない微妙なコツ。それをこんなヤキソバにソースを混ぜるタイミングで気付くなんて。これも巫女の姉さんがもたらした奇跡だろうか?
「はい、出来上がり!」
「凄いや、姉さん!」
あらま。感極まって私を姉さんだなんて……。この子、まさか私の焼き方を見ながら憑依していた?
『料理の理念を鑑定し、基本となる味付けを想定し、選び抜かれた材料を吟味し、調理に及ぶ技術を模倣し、そこに至るまでの成長と経験に共感し、修行に費やされた年月を見切り、その先へ向かおうという気迫と信念を凌駕し尽くした時────俺は姉さんに追いつくのだろうか────』
くっ……士郎クン、君もやはり『衛宮士郎』なんだね。魔術回路も何も開かないで、そこまで見えたか。でも、嬉しい。その道は間違ってなんかいない。新たな『鉄板の魔術師』が誕生する日も近いね。
だけど、士郎クン。私もまだまだ陰を踏ませる積りはないし、その前に元祖『鉄板の魔術師』が立ち塞がるよ。だって巫女の姉さんは、間違いなく夏祭りを見越してお盆明けに帰ると話していたんだし。
その天性の才能を見て挫折するのか、それとも世の中には異なる山の頂があると識るのか、或いはそれすらも乗り越えようと思うのか。そこからだよ。
(へぇ~、エルヴァの顔が一気に明るくなった。今朝のどこか作ったような顔じゃない。これは本気でやる気が出た顔だ。シロウ、やるわね。これなら、私の話もまともにとりあってくれるかも)
(ま~た、良からぬ事を考えていますね、姉さんは……。まぁ、帰ってから話すか)
英霊のイリヤがアルバイトに出る前に信じられない事を言い残して行った。そしてそれが出来そうな気がするから困る。どうしたものかなぁ……。
「どうした? 手が止まっているぞ?」
ついつい考え事をしてしまって下拵えの手が休んでいた。
「戻ったのね、アーチャー。あっちは良いの?」
「ああ。ランスロットとランサーがな。モードレッドも居るし、あれなら今週中に完成だ。お盆明けに帰るなら、君も新しいサウナに入れるかもな」
「ここのルヴィアは……ホント、サウナに拘るのね?」
「まぁ、そうだが。そうやって仕事を作ってくれるだけありがたい。あれだけの二人を遊ばせるのは勿体ないしな」
「そうね。けれどリン(魔導師)の事だから、前回の後片付けが終わったら次は大きい仕事が来るわよ?」
「ランスロットはともかく、ランサーにはその方が良いだろう」
「相変わらずの戦闘狂ね?」
「いや、そうではない。要は何もない平和に耐えられんようだ」
「それが戦闘狂……。うん? 居場所がないって感じてしまうって事?」
「そうだ」
「案外、似たもの同士?」
「かも知れん」
そうだなぁ。こんな『シロウ』や『ランサー』が居る世界なんだし。ここは一つ肌を脱ぎましょうか。
「つ、つまり……4人の『イリヤスフィール』を触媒にして、『ヘラクレス』をもう一柱召喚するって事ですか?!」
「そう、『縁』なら最高でしょう? それにあなたと私なら、石斧剣でも石柱でも投影できる。アーチャーもやってくれるなら、もっと確実性が上がるわ」
思わずご飯を吹き出してしまった。何て事を言うのだ、この姉さんは。
「ですが、イリヤさん。誰がマスターに? エルヴァさんはもう一杯一杯だってお聞きしていますわよ?」
「そうよ。巫女のイリヤさんにしたって、いずれは戻らなきゃ。そんな何年も掛かりそうな仕事なんて引き受けられないでしょう? それにエルマかトロンメルだとしても、魔力容量的にどうなのかとかの問題もあるし、学園が始まったら動けないわよ? 時間を限りなくゼロに出来る並行世界じゃないんだから」
「だから私がマスターになるの」
「「ええええ~~~~~~!!!!」」
皆んなと一緒に驚いた。開いた口が塞がらないとはこの事だ。
魔力は────?
答え、礼装。狂化を伴わなければイケる可能性高い。それにエルヴァちゃんから提供して貰える可能性も高い────。
英霊が英霊を────?
答え、キャスターもやっていた。ましてや霊脈開発は聖杯戦争ではない。むしろ英霊召喚は他の頭を突っ込みたがる魔術師を黙らせる手法としてアリと言えばアリだ────。
姉さんのアイデアはどこから来た────?
答え、私が倫敦に行く決心をしたのに気付いているから────。
おまけに────エルヴァちゃんや私の代わりに、常駐して監督役が出来る────。
思わず巫女の姉さんを見れば、姉さん独自のアイデアで入れ知恵はしていないようだった。召喚時期は来年でも良い。その時にちぃ姉さんに来て貰えば良いだけだ。その期間分、下準備がしっかり整うだろうし、魔力炉心の用意も出来る。
しまった、この手があったか……。全然思い付かなかった。アルさんがもう一人来てくれたなら、確かにこの計画が一気に現実味を帯びる。
おまけにモードレッドが、よりエルヴァちゃんに専念できる。ああ……魔力だけどうにかすれば、問題がほとんど解決だ。姉さんをじっと見た。
「に、睨まないでよ」
「睨んでいません。この手があったかと感心していますよ」
「じゃ、じゃ、反対しないのね?」
「エルに諮りたいところですが、そこを私に気付かせるためのちぃ姉さんだろうしなぁ……参った」
本当に参った。姉さんは周りをしっかり見ていた。それぞれの立場や動ける範囲も。エルヴァちゃんはエルヴァちゃんであってエルではない。あの子にはミトもパミも居ないのだ。
ならばと私が動こうにも限界がある。実際問題、時計塔で融通が効くのは新年度が始まる来年の秋までだ。それ以降は週一の休日くらいはあっても、それ以外は授業に縛られてしまう。
学生の習得度に合わせて、カリキュラムも毎回変えなきゃならないだろうし。動けるとしたら今みたいな夏休み────バカンスシーズン以外に無い訳だ。
一方姉さんは英霊であるが故に、どこまでも自由だ。私が魔力を送り、ある程度の金銭的支援をすれば。私は姉さんの手を取り、額に当てて頭を下げるばかりだった。
そして2日後。昼前におチビちゃん達が帰って来た。おみやげ話もそこそこに、子供達は用意してあった浴衣に着替え始めた。着付けはセラだ。
手伝いたかったが、こちらはこちらで凜や巫女の姉さんとともに、凛にルヴィア、ちぃ姉さん達を着付けなきゃいけないので手一杯だった。何より夕方3時半に入ってくれと言われている。
遠坂神社までの移動時間を考慮すればギリギリだった。何とか間に合い、藤村組の仕切りで区画整理が終わった場所で嶽間沢の小父さんと合流できた。
「ご苦労さん。屋台は衛宮君と組み終えた。毎年俺はくじ運が悪くてな。こんな外れだが、何とか頑張ってくれ」
このアルバイトも今日、明日のお祭りでお終いだ。弓道の全国大会がいよいよ始まるし、お盆に入ると波が高くなるので海の家も毎年アルバイトをしている大学生で間に合うのだった。だから私と姉さんは元気よく返事を返した。
「任せて下さい!」
「ああ、頼んだぜ!」
夜店は夕方4時半から始まって、畳むのは夜の9時だ。実働4時間半。私が調理で売り子は姉さん。士郎クンは売り子でもあるが、私がお手洗いに行ったりする場合の交代要員だ。
手慣れた大学生に混じって、早くから屋台を組み上げていたそうだから、私よりアルバイト料が多いと思う。
「エルヴァさん、隣……」
士郎クンが声を潜めて恐る恐る左隣を顎で指した。地鶏焼鳥。威勢の良さそうなお兄さんだが気質の人だ。君ね、気にするなら右隣だよ。
好好爺然とした輪投げのお爺ちゃんは、藤村組の舎弟頭だ。さっきから法被姿でウロウロしている若いのが、皆んな右隣に向かって頭を下げているでしょうに。
さぁ、仕込んで行こうか。
「やっとお姉ちゃんと会えたのに、ほとんどお話できなかったよ」
「屋台があるって言ってたものね」
ブチブチと文句を言いながら浴衣に着替えるクロお姉ちゃん。私とエルヴァはそれを受け流すだけだ。だって前々からアルバイトだって話してくれていたし、屋台にはお兄ちゃんも居るので浴衣姿を見せに行こうって決まっていたのだ。
文句を言いたい気持ちはわかるけれど、エルヴァに楽しんでもらうためにもここは笑顔でいないと。
3人の着付けが終わったので、セラにお礼を言ってから1階に降りてパパやママに見てもらった。私が赤い浴衣でクロお姉ちゃんは黒い浴衣。エルヴァは青い浴衣だった。ママが張り切って新調してくれたのだ。
「ん~、似合うね。3人とも可愛いよ」
浴衣姿のパパとママが口々に褒めてくれた。これまた浴衣に着替えたセラとリズお姉ちゃんが降りてきたところで、玄関に出て皆んなで写真を撮った。
5時になったらルヴィアさんや凛さんが出て来た。後ろからぞろぞろと、凜さんやセイバーさんにモードレッドさんもやって来た。
皆んな浴衣だ。きっとルヴィアさんが用意したんだ。こういうところが偉いよね。それで私達はバスに乗って、遠坂神社に向かった。