※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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92、夏祭り 後編

 一口に『お祭り』と言っても、実は神社の『お祭り』はとても多い。

 ざっと挙げると、祭神や謂れのある日を祀る『例大祭』、遷宮などで知られる数年から数十年に一度の『式年祭』、元旦に1年の無事を祈願する『歳旦祭』、豊穣などを祈願する『祈年祭』、それと対だともいえる収穫を感謝する『新嘗祭』、6月と12月の晦日に行われる穢れ祓いの『大祓』、6月に行われる祭神の衣替えが『御衣祭』、祭神に神饌を供える『月次祭』と『日供祭』、この他不定期に建て替えの時に行われる『遷座祭』や、神社が新しく建った時の『鎮座祭』などがある。

『鎮座祭』は出張して行われる『地鎮祭』と字は似ているが内容は異なっている。そして『お祭り』とは『祀り(祷り)』であり、『政(まつりごと)』であり、『務(まつり)』でもあるのだ。

 つまりワッショイワッショイとワイワイするイメージから、ついつい楽しい事と思いがちだが、本来は厳粛な儀式の一環なのだった。

 だから私は、ご先祖を祀る儀式を執り行う立場だっただけに、こういう神社仏閣の『お祭り』にはいつも敬意を払っていた。魔術師だから関係ないのではない。魔術師だからこそ『お祭り』という儀式の重要性が理解できるのだ。

 またこの遠坂神社の『お祭り』は『例大祭』に当たるが、冬木という土地柄から災厄を祓う『大祓』のような意味合いと、無病息災を感謝する意味合いもその歴史の中で付加されていった経緯がある。

 人口が少ない地方都市なのに、青い羽やら赤い羽根やら募金活動が盛んなのも冬木の特徴だ。

 

 もう『エル』ではなくなった私は、あの『セイバー』とは念話が通じない。だけど彼女を召喚したあの日の事はとても良く憶えている。

 1月31日の深夜、日付が2月1日に変わった直後。土蔵の陣は適切な召喚陣に描き換え、詠唱呪文も別途書き加えていた。

 士郎クンから取り出した聖剣の鞘を急遽作った白布で覆った祭壇に祀り、使い魔で見張っていた凜の召喚と同時刻に行ったのだ。

 

『問おう、あなたが私のマスターか────』

『そうです。私の名はエルヴァ・フォン・アインツベルン。母を護りし騎士の王よ、此度は我らを護って下さい』

 

 まぁ、『母を護りし』は嘘だけど、彼女の経験ではそうなってるはずだ。そしてその後、アルトリア姉さんとは異なる清澄な騎士を母屋に招き、深夜なのに作ってあったブリ大根とアラ汁を食べて頂いた。

 それは神饌だった。何故なら私はお風呂に入った後なのに、召喚前の禊として水垢離までやったからだ。

 

『何やってんだ? 風邪ひくぞ?』

 

 だからキミは駄目なんだとは言わなかった。シロウさんに預けている私の『弟』。ああ……『お祭り』の事を考えていたのに、客引きする士郎クンを見ていたら『弟』の事を思い出した。

 あの子は今、料理人を目指して頑張っている。殴ったし引っ叩いたし、道場で気絶するまで蹴り倒した事もあった。

 

『女の子が戦うなんて!』

『男か女かは関係ありません。冷静に戦力分析しなさい。キミの魔術が相手に通用しますか? キミが私以上の戦力になりますか?』

『だけど!』

『今でなくとも良いでしょう? この先三十代、四十代となった時でも。ハッキリ言いますと、今のキミだと足手まといなんですよ』

 

 悔し泣きしてたよね……。

 

「エルヴァさん……エルヴァさん!」

「は、はい?」

「そろそろ次の分を焼かないと。凄い売れ行きだ」

「ああ、そうですね」

 

 ああ、駄目だなぁ。ついつい思い出に浸ってしまった。そうだよね。ここではキミが『弟』だ。あの子はエルの『弟』で、私の『弟』ではなくなったのだ。

 私は鉄板に集中した。姉さんが出来上がってパックに小分けしたヤキソバに、青海苔や鰹節と紅生姜を振り掛けている。それがさっきから次々と売れて行ってる。と言うか、人集りが列になっている。

 

「うわぁ、これって材料が持つのか? この分だと売り切れちゃうぞ?」

 

 はぁ? 幾ら何でも可怪しいでしょう?

 

 〈エルヴァ、魔術だわ。誰かの催眠よ〉

 

 横にいる姉さんからの念話だ。

 

 〈まさか? 魔力を感じませんよ?〉

 〈きっと起点が遠いか小さいのよ〉

 

 そんな事がと思い、探査を掛けた。すると。

 

 〈左奥。遠巻きで巫女の姉さんとちぃ姉さん達が〉

 

 浴衣を着た巫女の姉さんとちぃ姉さんに、イリヤスフィールが立っているのだ。

 

 〈邪魔にならないように3人で様子を伺っているだけよ? 魔術は使っていないわ〉

 〈ええ、それで右側〉

 〈おチビちゃん達ね。そっか、あの子達と遭わないように彼女は?〉

 〈そうみたいですけど、更に正面奥〉

 〈正面? ランサー達だわ。背が高いから見えるけれど、セイバーやモードレッドも居るのかしら?〉

 〈これ、悪意なき結界です。限定的なコンフリクトを起こしていますね。つまりこの3組の立ち位置とメンバー構成が、多分ですけどエルヴァちゃんやおチビちゃんの願いに直結しています〉

 

 急いで嶽間沢さんに追加の具材を寄越して欲しいと携帯で電話を入れたが、こちらに勝負を掛けていたようで、海の家には在庫がもう残っていなかった。なので7時半には売り切れてしまったのだ。

 

「流石はエルヴァさんとイリヤさんだって言うべきなのか? こんな事ってあるんだなぁ」

 

 いや、普通は無いよ。ある種の奇跡だよ、これ。誰一人として魔術は使っていないのに、結界が張られ囲みの中に居る人達の購買欲を駆り立てた。そんなのあり得ない。けれど目の前で起きてしまった。

 帰りしなランサーがニヤニヤしていた。気付いていたな?

 

「プールでのお返しな。明日も手伝ってやるよ」

 

 こんなに売れちゃ、明日は尋常でない程の材料が用意されるだろう。だから私はランサーに頭を下げた。

 

「やっとお前ぇに一矢報いたぜ」

 

 ちくしょー! ランサーはわざと起点になる位置に動いたんだ。本気でヤラれた。こんな詠唱も何もない偶発的な、魔術とも呼べない現象がこの世にはある。それを知っていたのに……。英霊という自分の存在とセイバーやモードレッドまでを渦の増幅装置として利用し、あまつさえ自らが起点になるなんて……。

 思った以上にあのランサーは当たりだ。この冬木の召喚方法には何とも言えない弱点がある。それは英霊の分霊をクラスという匣に収めるところだ。

 これがあるから神霊が喚べない。小さなクッキーの型に、ホールサイズのスポンジケーキは入らないのだ。そして無理くり型に嵌めるから、その英霊の『良いところ』が削られやすいのだ。

 それは能力である前に、絶対的に人間性だった。武器や使い魔に人間性は必要ないと考えられたのだ。そもそもこれを推し進めるのが『バーサーカー』だからね。

 だから『戦闘狂』のような、本来の伝承に残っていない悪い性格が出て来たりする。やたら頑固なセイバーが多いのもこれが理由の何割かを占めているのは確認済みだ。

 だからだ。私がカードからセイバーを召喚したのは。だから最初からあんなにフレンドリーに話せたのだ。聖杯戦争の経験が豊富だったのは幸運以外の何物でもない。

 願いはしたけれど、何て素敵なセイバーが来てくれたのだろうと嬉しかったのだ。

 そして『エル』の場合も召喚陣こそ使ったが、大聖杯は座標読み込みにしか使っていなかった。だから凜があんなに惚れ込むセイバーだったのだ。そしてこのクー・フーリンも。多分、間違いない。

 凜がこちらに残ったのは、弟子の凛やルヴィアの事だけでなく、おそらくあのランサーのピンポイントな座標を掴むためだと思う。

 どこに座があるかでなく、座のどの辺りから出た分霊なのか。そこを突き止め、大聖杯無しで召喚する積もりなのだと思う。と言うのは、セイバー召喚を先生から禁止されているからだ。

 その理由が振るっている。先生には二つの願いがあった。あの鮮烈な聖杯戦争を一緒に乗りきてくれた『アーチャー』、青春そのものであった倫敦時代のみならず、その後の生活やシロウさんのワガママなお助け活動を手伝ってくれた『セイバー』。

 その二人を、英霊の軛(くびき)から外して再召喚するという願い。そしてそれを偶然にも『弟』が居た世界の凜(姉弟子の凜)がやってしまった。

 あのクールな先生がアーチャー(4番目)さんに再会した時、泣きながら抱きついたくらいだから、まさに奇跡の召喚だったのだ。

 だから『エル』がどれだけ邪険に扱おうとも、そりゃもう庇う庇う。シロウさんがヤキモチを焼くほどではないが(シロウさんの中身は枯れたジジイだ)、もの凄い冗談を平気で言うのだ。

 

『こんな捻くれてへそ曲がりなサーヴァントは要らないわ。エルの『お兄ちゃん(2番目)』と交換してくんないかしら』

『要らないなら私が頂くわ。何時でも返品ウェルカムよ?』

『先生、返品って……』

 

 この時のエルのセリフがこれだ。

 

『とっくにクーリングオフ期間が過ぎてるよ。そもそもそいつは賞味期限切れで、廃品の選別から洩れてただけだから』

 

 どれだけ嫌いなんだと思ったものだ。まぁ、無理もないのだけど。料理人を目指していたシロウさんを襲うわ、寺の階段から突き落とすわ、碌な事をしていなかったからね。

 それに『念には念を入れて』真剣に召喚したセイバーの元カレだもの。アソコを斬り落としてやると干将を振り回して追いかけていた。

 おまけに彼女の中で庇っていたのは私くらいだった。今はミトもパミもビジネス・パートナーとして対等に接しているけど、以前はドイツから出て行けとすごい剣幕だったのだ。

『心は硝子』とはよく言ったもので、泣いているのを数回見た憶えがある。それがアルトリア姉さんが認め、アルさんが庇い始め、シロウさんまでが庇い出した時、お兄ちゃんがこう言ったのだ。

 

『私とアイツをトレードしろ。それが出来ないなら、これ以上の悪態を吐くな。悲しいぞ』

 

 そこからエルは悪口を言わなくなったと思う。代わりにお兄ちゃんをボロカスに言うけれど。そしてその問題のセイバーだ。きっと先生には愛弟子の凜(魔法使い)が引きそうな予感があったのだろう。

 座の代表になってしまったので神霊格に近い。だから冬木方式だと召喚不可能になる。だけど凜ならそれ以外の方法で召喚可能と先生は見ているのだ。それはそれで凄い評価だと思う。

 

 

 そのあと家に戻った私は、こちらもアルバイトから帰っていたエルマとトロンメルを伴って衛宮家を訪れた。エルが残していった自転車の件を話すためと、お土産話を聞くためだった。

 そのエルが残した4台の自転車はクロエちゃんとおチビちゃん、それにエルヴァちゃんと美遊ちゃんのだ。だけどいきなり渡すと邪魔になると思い、1台だけ持って行った。

 

「お姉ちゃ~~~~ん!!」

 

 先に自転車の箱を玄関脇に置いて正解だった。ぶつかると怪我をしかねないからね。インターホンでセラに来訪の旨を知らせれば、クロエちゃんは玄関で即待機していたようだ。

 予測通りなんだけど、ゲフ……。今回は頭がみぞおちに入ったぞ……。それでクロエちゃんを抱きかかえながら尻もちをついてしまった。息を整えて……。

 

「お帰りなさい。楽しかった?」

「うん! ただいま!」

 

 満面の笑顔だった。見上げれば、あがり框(かまち)の向こうに、これまた笑顔のおチビちゃんとエルヴァちゃん、お父さんとお母様にマアエモ・ママ、そしてセラにリーゼリットに、押しのけられて入る隙間がない遥か奥で士郎クンの振る手が見えた。

 それで自転車の件を伝えて、見せてあげた。大喜びだ。エルヴァちゃんはクロエちゃんを押しのけてまで、抱きつく場所を確保した。

 だからイリヤちゃんを手招きして3人まとめてギュッと抱きしめてあげた。ドサクサに紛れてエルマが背中に張り付いているが、トロンメルからチョップを食らっていた。

 後日、残り2台渡すと話せば、セラとママが引き取りに行ってくれた。念のためエルマにも行って貰った。

 

「お姉ちゃん、ヤキソバ凄かったね?」

「ありがとうございます。皆んなの浴衣姿も可愛いですよ。ですがまずは、皆んなお帰りなさい。楽しかったお土産話を聞かせて下さいよ」

 

 リビングのソファーに腰掛けると、3人は旅行の思い出を口々に語り聞かせてくれた。うどん店をはしごしたのには笑ってしまった。

 そして様々な人との出逢いとふれあい。その一期一会の大切さを学んできてくれたようだ。日々お姉ちゃんらしく成長するクロエちゃん、優しさの中に潜んでいた真の強さが益々育まれているおチビちゃん。何て可愛い妹達なのだろう。

 そしてクロエちゃんはエルヴァちゃんの読んでいた本の事も話してくれた。それで私は幾つかのロジカルシンキングを啓蒙する書籍をエルヴァちゃんに紹介し、次に『かもめのジョナサン』と『チーズはどこへ消えた?』を教えてあげた。

 この2冊は小学生でも読めてしまう自己啓蒙本であり、歴史に残る大ベストセラーだ。まだ読んでいない人は一度手に取る事をお薦めする。

 そしてエルヴァちゃんには追加で『ステーキを売るな、シズルを売れ!』、中学生になったら『本を読む本』と『マネジメント 基本と原則』を読むと良いと薦めておいた。

 この『シズル』という言葉は肉を焼くときの『ジュー』っという音を指す。広告業界では絶対的な公式で、キャッチコピーと写真で表現される『シズル感』で言い表せられる場合が多い。

 しかしこの本の著者ホイラーの言いたい事はそんな表面的な事でなく、その奥にある購買者の心理を紐解く事にある。そんな『ホイラーの法則』が5つ書かれてある。商品を売るにせよ、自分を売るにせよ、読んでおいて損はない1冊だ。

 次の『本を読む本』は退屈だけど、本を読めば何が得られるかといった読書論が書かれてある。『批評』に於けるマキャベリの君主論への批評以外はまぁまぁ読める内容だ。中でも『分析読書』と『シントピカル読書』に関しては読む価値がある。

『マネジメント 基本と原則』は『マネジメントの父』とも言われるピーター・F・ドラッカーが書いた名著だ。日本語版は2001年出版で要約版だったが、英語版はもっと昔から何冊も経営やマネジメントに係る本が出ていた。

 元々オーストリア=ハンガリー帝国出身でフランクフルト大学で学んだ人だ。アメリカに移住したとはいえ、ドイツ語版の出版も多い。

 エルヴァちゃんなら既に何冊か読んでいる可能性が高いが、私も彼の著作から学んだことが多いので敢えて推薦した次第だ。

 何より本格的にビジネスをするなら、何度も何度も読み返して損はない。一介の魔術師だった小学生時代に読むのと、この先起業家となった中学生で読むのとでは、得られるものも異なってくるだろう。そこを期待しての推薦だった。

 私の愛読書は『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』、『赤と黒』などのドロッとした長編だったりするが、『老人と海』や『ライ麦畑でつかまえて』、『路上』なども読んでいる。

 SF小説も好きで、ヒューゴー賞にネビュラ賞の候補や受賞作は大抵読んでいた。日本に来て『砂の器』や『白い巨塔』なども読み漁り、後に映画やドラマも観て大いに感動したものだ。

 今回の旅はエルヴァちゃんに良い刺激になったかな? 遠い西欧からだとアジアの文化は見えづらい。中でも日本はどこの国とも異なる文化と雰囲気がある。

 ほんの数百年前の事が伝説になってしまう欧米と違って、千年も前の文化が本として学べてしまう。なのに鉄鋼、造船、建設機械にクルマにバイクと工業製品の品質はトップレベルだ。

 そしてその信用度は絶大で、円はユーロにスイス・フラン、ドルに英ポンドと並ぶハードカレンシーとなっている。その分、タカろうとするレベルの低い国が周りに多い。

 西高東低の低の吹き溜まりが東アジアの実態だった。だけど日本と一部の東南アジアだけは違う。そういう事も日本に来てわかった事だ。

 クロエちゃんやおチビちゃん達お姉ちゃんとの交流を経て、そういう幅広い視野を持って貰えたらなと切に思う。まぁ、元一部だったからこそ言えるのだけど、『エル』ほどになると行き過ぎだと思う。

 ミトのように当たって砕けてもいいから何でも体験から学ぼうという姿勢、パミのように書籍や資料を漁り、入念に下調べをした上で一歩踏み出そうとする姿勢────その中間が良いと思う反面、そういう人は得てして大成しないというのもまた真理だったりするから困る。

 やっぱりどの分野でも成功者は、冒険家であり野心家であり変人だ。ドイツにあるエルの『家(部屋)』の本棚には、心理学の本や哲学書と並んで、『ファニー・ヒル』や『わが秘密の生涯』、『ヨゼフィーネ・ムッツェンバッヒェル』などがあった。

 ミトの『家(部屋)』には使い込まれたドイツ製のタイプライターと、これまた使い込まれたラップトップが数台ある。ラップトップはどれも法人向けの会社で使っていたものだ。

 型が古くなりOA機器入れ替えの時期が来る度に、自分が使っていたものを下取りに出さず個人で買い取っていた。それで何をしているというと、彼女の趣味は恋愛小説を書く事だったりする。

 BLとか官能にも流れない。性愛と言ってしまえば語弊を生みそうだけど、読めばその純愛に泣かされるというような内容が多い。

 偽名で自費出版などもしていたが、熱心な女性ファンが付いているらしくあっという間に売り切れるそうだ。普通、本屋さんに自費出版の本を置かせてくれと言っても、そんな売れるかどうかもわからない本は断られるものだ。

 むしろ置かせて下さいとお金を握らせる必要があるだろう。なのに彼女の本(毎回数百冊)はあっという間に消える。後々オークションで嘘でしょ? と思うような金額で取り引きされたりもしていた。

 一方、パミの『家(部屋)』はぬいぐるみだらけだ。記憶に間違いがなければ、12~3歳頃までお人形遊びをしていたと思う。

 そんな子が会社ではテキパキと仕事をこなしていた。表向きはミトの妹で、肩書も長い間アルバイトの秘書だったはずだ。今は18歳だから正式に務めていると思う。何をやっているのかな? 元気にしているだろうか。

 そういえば、トリンキンはどうしたろう。彼女は秋から大学生のはずだ。どこに進学が決まったのかな? ネーベルさんの精神安定のためにと自分の分身を預けるという大胆な行動。

 そしてそれがあったから、彼女の娘のフリューゲルを匿えた。お祖父様の実験の弊害と言ってしまうとそれまでだけど、私達の隠された『姉』は今更オオヤケに出来ない立場でもあった。

 お祖父様の実の娘。スキャンダルが怖いのではない。その原因は魔術の実験にあった。かつての『エルヴァ』の魂はマアエモ・ママに使ったので残っていない。だけどお祖父様はその複製に成功した。

 そこでかねてよりお気に入りだったネーベルさんの意識を眠らせ、自分の分化させた意識を入れて性交に及び、妊娠出産した。

 その後にネーベルさんの意識を戻したのだ。だから彼女は1年以上病気で意識不明だったと思っている。そしてそれでも見捨てず養って下さったお館様には感謝しか無いと、より一層の忠節を誓っていた。

 だけど時々夢で、恐れ多くもお館様と交わり子を設けた夢を見てしまう。それこそが肉体の記憶なのだけど、そんな事をネーベルさんが知る由もない。

 そこでネーベルさんはメイド長の大婆に相談した。そして大婆からの報告で、観念したお祖父様はフリューゲルの存在を大婆だけに明かし、大婆が育てる事となった。

 私達より4歳年上のフリューゲルは、7歳か8歳頃からメイド見習いとして大婆の下で働いていた。当時3歳か4歳の私はチューリッヒに戻るたびにフリューゲルと遊んでいた。

 そんな彼女の秘密を知ったのが10歳の頃で、お祖父様や大婆と相談の上で、自分から引き取った。エルの意識だけではない。全員が賛成したのだ。

 そして精神を患ってしまったネーベルさんをドナウエッシンゲンの家に引き取りトリンキンを預けた。彼女との生活でネーベルさんは徐々に回復し、今もトリンキンの乳母としてお元気なはずだ。

 ちなみにネーベルさんはママ達の一つ前の世代の最終型で、性能がかなり高い。それでもってマアエモ・ママの良き先輩であり、直属の上司でもあった。

 そんな事情もあったのでネーベルさんを引き取ったのだ。そしてその気持ちを理解して下さり、お祖父様はネーベルさんとフリューゲルへ莫大なお金を用意した。それを今もエルが預かっている。

 どちらが先に亡くなるかは不明だけど、万一お祖父様が先の場合はお祖父様の遺産の一部がフリューゲルに転がり込んでくる。

 それをスキャンダルにせず、すんなりと渡すためには一芝居も二芝居も打たなければならない。それもあってフリューゲルを引き取りメイド長にしたのだった。

 

 

「何を考えていたの?」

「あちらに残してきた姉妹の事ですよ」

 

 ベッドの横の姉にそう言った。

 

「ミトやパミの事?」

「どうしてその名を?」

「巫女のあの人と記憶を交換したの。あなたのためにって」

「ああ……そうでしたか。だからロシアの事を?」

「そう。そしてそれは私にとってもチャンスだと思う」

「姉さんにとっての本気で打ち込めるもの?」

「可能性はあると思うよ。それにエルヴァちゃんを手伝うのはあなたの意向にも沿っているでしょう?」

「……そうですね。その通りです」

 

 その夜、私は姉さんと手を握って眠りに就いた。

 

 

 翌朝、いよいよお祭りの本番で、アルバイト最後の日となる。気になったので電話で仕入れ数を尋ねた。すると……。

 

『出来る限り売って欲しいけど、売れ残ったってそれは俺の欲目だから。気にせずいつも通りのエルヴァちゃんで行ってくれ』

 

 と、励まされてしまった。そしてランサーもモードレッドも応援を確約してくれた。ランサー曰く、モードレッドとの二人だけでも結界は張れるそうだ。

 それは私と姉さんも起点にしてしまう、昨日とは真逆の三角形だった。開店は11時からで、終了は夜7時。これは後片付けもあるけれど、お祭りのクライマックスで皆んな境内に入ってしまい、5~6時以降はお客が来ないからだった。

 休憩は士郎クン、私、姉さんの3人で各1時間をどこかで回す事になっている。労働環境としては高校生にこれを頼む段階でかなり怪しいのだけど、仕事の内容と拘束時間に時給は妥当なラインだ。

 実は私の時給が8月に入ってから1100円になっていた。名目上大学生の姉さんで1000円。それも他の大学生より高いのだ。士郎クンは950円。

 この頃の冬木市内のアルバイト募集は、高校生だと600~650円が普通だった。そこを士郎クンは800円で海の家を選んだ。私もこれは同じで、期間限定だからこそ破格とも言える時給だったのだ。

 それが7月半ばで850円、後半には900円になっていた。私は7月半ばで900円、20日以降は1000円だった。そしてその差はお客をどれだけ捕まえ単価を上げるか、その営業能力とセールストークに懸かっていたのだ。

 つまり嶽間沢さんは私達3人をきちんと見ていた。そして更なる期待を込めてここに投入したのだ。当初の予定は私と士郎クン、それと嶽間沢さんか奥さんかの3人組だった。

 それが私達に任せれば海の家の終盤に追い込みを掛けられるし、この後にある未遠川での花火大会や、9月に入ってすぐの柳洞寺の縁日にも弾みが付く。

 稼ぎどきだとわかってはいても連続だと身体が着いて来ない。それが今年はイケそうだと、奥さんからとても感謝されたのだ。

 だから私はランサーに甘える事を、恥とも何とも思わなかった。霊脈調整なら1日で数千万から数億は軽く稼げる。だけどそれだけが仕事ではない。期待に応える事、この充足感も大きな成果の一つだ。

 それでも午前中は暇なのが目に見えていた。人が集まりだすのは午後の3時以降だ。そこからどれだけのスパートを掛けられるかだった。

 なのでランサーには2時以降に、持ち場に入って欲しいと頼んであった。ペットボトルのお茶で水分補給をしていたら士郎クンが尋ねてきた。

 

「なぁ、エルヴァさん……?」

「ん?」

「2学期に入ったら進路調査があるんだ」

 

 ああ、あるね。大学進学か就職か。進学ならどこ大学の何という学部か、就職ならどういう職種なのか。まだ第一段階だろうけど、預かっている学生をきちんと送り出したい学校側としては当然の調査だ。

 

「それで迷っている?」

「そう。人の役に立つ仕事が良いなとは思うんだ。けど何が向いているのかなって」

「あれ? 進学は?」

「向いていないと思う。司法関係が良いなと考えた事もあったけど、どうもなぁ」

 

 なるほど。姉さんも興味があるのか聞き耳を立てていた。

 

「エルヴァさん。ズバリ俺って何に向いてるって思う?」

 

 それを私に訊くのか。責任重大だ。そこでしばし考え、私はこう話した。

 

「17~8歳の子供の考える進路が、その後の人生80年を決めてしまうという自覚をまず持ちましょう。ここに躓くと一生苦労します。まず私は士郎クンには、大勢の仲間が居る職場が良いと思います。弓道のように 大前・2番・中・落ち前・落ちが居て、それぞれが自分自身と戦いその成果が全員の勝利に繋がる。そんな職場です」

「ああ、わかる。けどそういうのってあるか?」

「とても良い環境の寿司店や料亭ならそういうのがありますけれど、仕事の堅さと潰しが効くかどうかの融通面を求めるなら、消防隊員でしょうね」

「消防? 何でさ?」

「人様の役に立つ。間違いないでしょう? 次にあの仕事は持ち場が明確なのです。それぞれがそれぞれの持ち場で、きちんとしたチームワークを組みながら仕事を全うしないと災害を消せません」

 

 ここで士郎クンの目が光った。

 

「次にクルマの大型免許や特殊車両の免許が取得できます。これが実に良い。第一線から引いても免許さえあれば仕事はあります。大型牽引とフォークリフトを取れば、港湾のトレーラーにも乗れますし、運送屋さんでも重宝されます。何より若い時から訓練で身体を鍛えている訳ですから、ガッツリ働けます。すると……」

「すると?」

「一生桜ちゃんを食べさせていけるし、お子さんも育て上げられます。お孫さんにもお小遣いが用意できます。そして人生の前半が公務員だった訳ですから、老後の保証が厚い。つまり出世から外れた一隊員であっても一生安定が望める訳です。士郎クン、誰しもが大金持ちになれる訳ではありません。誰しもが生涯安定と言い切れない、それが現実です。だから自分の分と奥さんの分のお葬式が出せるプランをきちんと考えないとイケないのです。その一番の近道が消防官だと思います。免許だけを言えば自衛隊員も該当しますが、世間を知らないと潰しが効きません。次に電信柱作業員かガス・水道かな? ライフラインに関わる仕事は社会がある限り失くならないですからね。ですが、老後の旨味が少ないかな。検針員なんて結構大変です。あれなら夜勤して施設警備員の方が楽かも」

「警察官とかは?」

「自分の正義と職務の正義が異なると苦労しますよ? ぞれに免許に旨味がありません」

「なるほど」

「人生80年。60歳で定年を迎え、その後の生活をどうするのか? 仕事はそこからも考えましょう」

「じゃ、親父なんかは……?」

「お父さんと同じ仕事を士郎クンがやりたいと言い出したら、お母様と一緒に反対します」

「オヤジの仕事は海外でのボディガードだろ?」

「そうです。日本でいう4号業務の警備員です」

「4号業務?」

「ええ、1号が施設警備。ホテルやデパート、空港や遊園地の警備です。そして2号が交通誘導と雑踏警備ですね。道路工事とかのあれです。3号業務は現金輸送や絵画や彫刻などの美術品に貴金属、これらの運搬を警備する職務です。そしてお父さんのそれは3号業務も含まれています。しかも日本ではありませんから、銃器やナイフも扱うわけです。格闘すればキミでもお父さんにあっさり負けますよ。それだけ鍛えていますから」

「そっか。だから年をとったら老後が厳しいのか?」

「そう。つまり並の人だと老後が安定しません。お父さんだから、動ける間に一気に稼ごうなんて考えられる訳で。それでも大型免許や大型特殊免許を取っていた。先日のキャンピングカーで私、感心しました。どうもお母様に言われて取ったらしいですね」

「それでか……」

「そうです。海外の免許は持っていたとしても、引退後に日本で暮らすとなったらね? お母様はさすがです」

「わかったよ、エルヴァさん。そういう観点からもう一度考えてみる」

「はい。それと美遊ちゃんのお兄さんが料理人を目指すのは、美遊ちゃんの事もひっくるめて考えているからです。キミとはまた立場が違う事を理解してあげて下さい。あと、お父さんとお母様の老後は私も応援しますから、重く考えないように」

「わかったよ。ありがとう、エルヴァさん」

 

 と言うか両親の老後は余裕でみれる。エーデルフェルトの北極海霊地開発は光回線の敷設とセットでいまや一大事業となった。

 顧問料としてスイスに作った口座に、毎月100万ユーロ近く入っている。日本円で約1億2千万だ。情報提供料としては破格だ。

 それは今後の情報にも期待があって、なおかつそれだけの利益をエーデルフェルトが得られたからに他ならない。オーストラリア近海はベーリング海と同じく敷設と関係ないので、カニやエビの漁業とセットで進めないと儲からない。

 おまけにそんなところの霊地を活用できる魔術師がまず居ない。だから『根』を繋ぎ替える事業が強くなる。それこそが、私がエルヴァちゃんやエルマとともに行いたいと考えている事なのだった。

 そしてそれはアフリカ大陸東部や南アメリカ西部でも言える。さらに忘れてはいけないのは第六大陸、南極の霊地と巨大な油田だった。

 かつての南極大陸は、もっと北の海の上に浮かぶ密林の大陸だった。それらが化石となり石油となって凍った氷の下で眠っている。

 国際協定で掘削は不可能に近いが、蟲を使い空間を繋ぎ変えればマナも石油も取り出せる。エーデルフェルトはこのプランに乗ってくれたのだった。

 あ、ダメ……。アンターティカ(南極物語)のタロとジロを思い出して泣きそう……。

 

「ど、どうしたんだ? エルヴァさん?」

「え?」

「涙……」

「あ、ん、目にホコリが入ったのかな? さぁ、頑張りましょう」

 

 そこから集中してヤキソバを焼いた。だからランサーとモードレッドが来て、結界を張ってくれた事に気付いたのは休憩に入った時だった。

 時刻は3時を回った頃。私はヤキソバを3つ持ってランサーとモードレッドに手渡した。勿論ドリンクも渡した。起点は姉さんが代わってくれている。

 モードレッドは受け取るやいなや、道にドカッと座り一気に食べていた。

 

「おぅ、まぁまぁじゃねぇか」

 

 まぁね。限られた具材と原価の知れている麺だからね。それでも調味料は海の家と同じ特製ソースなので、他所の屋台よりは美味しいと思う。

 離れたところでランサーは立ち食いだった。ペットボトルをズボンのポケットにねじ込み器用に食べていた。食後、二人にお礼を言って仕事に戻った。

 

「もう少し休みなさいよ」

「いえ、もう十分ですよ」

 

 4時を過ぎると人が増えてきた。そして昨夜と同じく人の輪はどんどんと膨らみ、列となり飛ぶようにヤキソバが売れて行った。

 鉄板の下のガスは全部使っている。温めて取り置きできない。次々に焼かないと間に合わないのだ。そして麺が失くなったのが6時だった。

 海の家でのピークの3倍はゆうに売れている。海の家では450円だけど、夜店では350円。海の家では他のメニューもあるので、1日500食も行けば良い方だ。

 だけど昨日で1000食、今日は1500食もはけた。決め手はカセットコンロを2台用意して、そこで肉と野菜を別に炒めていた事だ。

 その分キャンプ用のテーブルを準備したり、焼けたヤキソバを一旦よける金属バットなども準備してあった。ここが大きかったと思う。

 士郎クンの売り切れですという声でランサーとモードレッドは手を振って帰って行った。それを見送って嶽間沢さんに売り切れたと電話を入れた。

 撤収は嶽間沢さんと大学生が行う。小銭と千円札ばかりの売上をきちんと箱に収め、やがて現れた嶽間沢さんに預けた。

 

「ご苦労さん。2日間で2500食か。大したもんだ。本当にありがとう」

 

 大学生の人が、私達で用意したテーブルとカセットコンロなどを見て驚いていた。

 

「この使ったボンベ代や、コンロにテーブルのレンタル料もバイト代に乗せとくから。自前でわざわざ、本当に済まない。母ちゃんに今日は1500食だって言ったら叱られちまったよ」

 

 毎年、はけても1日700食前後だという。つまり3.5日分を2日で売った事になる。空になったクーラーボックスが、ひい、ふう、みい……裏手にゴロゴロだ。LPガスも途中で替えていた。

 私達が焼きやすいように、1回で焼く30人前ずつ食材を分けてくれたのも、お釣りの小銭の用意も嶽間沢さんが全部やっている。海の家の仕事の合間だから大したものだとこちらが思う。

 

「7月26日からのバイト代は、明後日以降に海の家の方に寄ってくれたら払うから。ご苦労さんだったな。ここは良いから祭りを楽しんできな」

 

 撤収は全店7時ジャストだ。それまでは屋台を崩さす、電灯も照らしておかないといけない。お礼を言って帰ろうとしたら、右隣の輪投げのお爺ちゃんが声を掛けて来た。

 

「衛宮さんとこの人だろう?」

「はい」

「さすが、あの人のお身内だね。爺ちゃんも驚いたよ。良く頑張ったな」

 

 お爺ちゃんにもお礼を言って左右にびっしりと屋台が並ぶ参道を歩いていたら……。

 

「ウッソ!? お姉ちゃん、もう終わったの!?」

 

 素っ頓狂な声は浴衣姿のクロエちゃんだった。おチビちゃんもエルヴァちゃんも居る。その後ろにはお父さんも。

 

「アイリとセラ達は留守番だよ。でも随分と早いね。まさか売り切ったの?」

「はい。1500食完売です」

 

 そこでクロエちゃんの提案で参道を引き返し神社に向かった。お祭りのクライマックスを見て帰るのだ。

 

「お父さん、今日は浴衣ではなかったのですね?」

「うん。クルマだったからね」

「駐車場は空いていました?」

「だから少し遠いよ。しかし、3人ともヤキソバの香りが凄いね?」

「言わないで下さいよ……」

 

 姉さんが『もう~』と怒った声を出しているけど顔は笑っている。士郎クンも晴れ晴れとした笑顔だ。

 境内では全部のお神輿が集まって、大勢の観客が見守る中でぐるぐると回っている。周囲に置かれた篝火がお神輿を大きく浮かび上がらせていた。

 お神輿の間隔が狭くなり時々ぶつかっている。危ないなぁ。お父さんは『見えない』という妹達3人を交互に肩車していた。

 5年生にしては小柄な子達だけど、それでも息が乱れないお父さんに士郎クンは感心していた。ね? ちゃんと見たら鍛えているのがわかるでしょう?

 威勢のいい掛け声はそれぞれのお神輿の上の登っているお兄さん達からだ。祭り囃子のリズムが早くなって、ピタリと全部のお神輿が神社の本殿に向いた。

 そして本殿のきざはしの上に居た階位の高そうな神主様が祝詞を捧げた。そこでお祭りは終わりだった。

 

 

「先パイ」

 

 振り向けば浴衣姿の桜ちゃんだった。雁夜さんも居る。

 

「行っておいで士郎。僕達は先に帰っているけど、あまり遅くならにようにね?」

 

 顔が赤いぞ、士郎クン。そして士郎クンと桜ちゃんが参道の方に戻った。

 

「何かあったのかい、雁夜君?」

「ああ。聞いてくれ、切嗣さん。一昨日の夜、ルーマニアの魔術師がアインツベルンに宣戦布告した。正確には時計塔を通した正式な決闘通知だ」

 

 雁夜さんが青褪めお父さんが驚く中で、私は運気が巡って来たと感じた。

 

「これでロシアの憂いは消えるかも」

 

 不思議そうな顔をするエルヴァちゃん達に、帰ってから説明すると話してあげた。

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