次回からは第三部として上げていきます。
エーデルフェルトの家に戻った私達は雁夜さんを会議室に招き、裏庭に居る仲間の英霊にも声を掛けた。今回はエルヴァちゃんに関わる事なので、おチビちゃんもクロエちゃんも同席を許可した。
ただしアインツベルン家の問題なので参考意見を述べても、戦いへの参加はするなとルヴィアと凛は凜から釘を刺されていた。
私も今回はマルガリータさんとともに留守番に徹して欲しいと考えていたので、渡りに船の注意だった。
「雁夜さん。相手はユグドミレニア?」
「さすがだね。中心になっているのはラズヴァン・アイスコル・ユグドミレニアという男だよ」
『アイスコル』? 何だろう? 何か引っ掛かる。けれど何も心当たりがない……。
「それでそのアイスコル家とフレイン家、それといつぞやのムジーク家が、どうやら君ともう一人のエルヴァさんとの活躍で時計塔から追い出された者達、並びに君達に恥をかかされたと感じた組織と手を組んだ。僕の調べられる範囲で調べた資料がこちら。リストアップした組織名や個人名はこっちだ」
って事は……?
「エルヴァさん。相手にとっての『アインツベルン』は君ともう一人の彼女だよ」
なんて事だ。私とエルのせいでエルヴァちゃんまでが?
「お姉様。それだけではありませんよね? 私とモードレッドが受けた妨害は多分そのユグドミレニアからでしょう? それは何故ですか? ルーマニアに何かあるんですか?」
そうだ。そもそもこの子はどうしてロシア奥地の霊脈を知った?
「その前にエルヴァちゃんは、どうやってロシアの霊脈を知りました?」
ここで驚きの発言がなされた。
「私は小さな頃から霊脈に意識を委ねて、精神の旅が出来ました。地下の工房で寂しくなかったのは、そうやって世界中を旅していたからです」
何だそれ? そんなの聞いた事もない。あのエルでもそんな事は……。だけど今はお互いの認識を共有化するために話を続けないと。
「ルーマニアに巨大な霊脈があるのは知っていますか?」
「はい。ですがその実態はあまり知られていませんね。単なる噂だと思っている人も多いです」
このエルヴァちゃんの証言。つまりここではユグドミレニアがそれだけのチカラを持っているって事だ。
「まさか、ダーニックがここでは生きている?」
「いえ。プレストーン家は滅んでいます。ですからそれ以外の、ダーニックと盟友だった者達が動いているのだと」
そういう事か。
「なるほど……。わかりやすく説明すると、霊脈はそれぞれが単独に存在するように見えても、血管と同じくどこかで繋がっています。そして欧州の霊脈は、その全部がルーマニアのそれに繋がっています。つまりルーマニアで堰き止められてしまえば、ルーマニア以西の魔術師は廃業せざるを得ません。勿論回避……迂回路を作る方法もありますが、まず並の魔術師では不可能です。きっとその強みと、英霊召喚を成功させた実績、それがあっての決闘申し込みでしょう。そしてエルヴァちゃんへの答えですが、ルーマニアのさらに大本の霊脈が……」
「それがロシアの? そこに繋がっていたから……だから、妨害が?」
「そういう事ですね。見張られていたと考えるのが妥当でしょう。私達が原因のとばっちりでしょうけど」
そこでエルヴァちゃんを差し置いて立ち上がったのがモードレッドだった。
「そんな事はねぇ! どのみちエルヴァの前には、いつかそいつらが立ち塞がったはずだ! それが早かったか遅かったかの違いだ!」
その言葉にセイバーもランサーも、ランスロットさんも頷いた。ここでアーチャーさんが声を上げた。
「それも十分考えられるが、では何故今の今までユグドミレニアは霊脈を堰き止めなかった?」
「おいおい、話し合いの余地があるみたいな言い方だな?」
「今更そんなものに期待はしておらんよ。実力不足で止められなかったとも考えられるが、もっと裏があるのではないか? そもそもユグドミレニアは何故アインツベルンと敵対した? そこから紐解かんと見えて来んぞ?」
そこで私は奇妙な、けれど決定的な違和感を覚えた。ユグドミレニアが大聖杯を狙っていた事。それを阻止するためにアルトゥル様が戦われ、無念にも斃れられた事。
それは知っている。だけどユグドミレニアは『何故』大聖杯を狙っていた? それが一切わからない。
「お姉様……」
エルヴァちゃんがそっと近づいて私の手を握った。
「ユグドミレニアの真の目的は、魔術基盤の書き換えに拠る神秘の独占です」
それか! それを大聖杯で行おうとした?! となると……。
「もしかして、大聖杯のレプリカを完成した!?」
「アハトの城から調べ上げたようですね。それとお姉様方が襲われたのも、大聖杯のチェックという目的を秘密にするための陽動だった可能性があります」
それだ……やられた。あんなアルさんを召喚していた段階で気付くべきだった。相手は燃料となる英霊を既に喚ぶ実験に成功している。
いや、待って。学園でのほほんと宝具の発動を感じた私と違って、エルと姉さんはその場に居た。となるとエルは、こうなると読んでいたのではないか……?
それでエルヴァちゃんの成長を待っていた……? だけど、思ったより相手は早く動いたのではないか。こうなるとセイバーやモードレッドまでが危険だ。
これはカンだけど、要するに大聖杯とは関係なしに倒された英霊はそのレプリカに吸い込まれ『願い』の糧にされてしまうのでは?
そう考えたのは、レプリカが何騎のサーヴァントを召喚できるか不明だったからだ。そもそも最大召喚数も、何騎焚べれば起動するのかも不明だ。
しまった……思いっきり後手に回っている。もっと早く気付いていたらアサシンを派遣していたのに……。
「雁夜君。時計塔へ提出された書類は?」
「決闘状の写しと、決闘を決心した理由が書かれてあっただけのようです。問題はそれが認可された事ですよ」
「裏で何かあったわけだ……」
お父さんと雁夜さんの会話だが、時計塔はサーヴァントにでも脅されたか、何かあったのだろう。
「それで決闘場所は?」
「ルーマニアのほぼ真ん中。シギショアラという街の郊外、トゥリファスです。おそらくそこが先程から話している霊脈の中心地で、ユグドミレニアの領地ですよ」
「だろうね。となると正式な決闘状がこちらか、エルヴァのところにやがて届くわけだ」
「たぶん」
「皆んなは、この決闘をどう見る?」
質問の意味が曖昧だ。
「決闘という言葉を使った意味ですか?」
お父さんが頷いた。
「そういう意味なら、魔術師業界に知らしめるためでしょうね。つまり必勝の秘策ありだと」
静かにお父さんが頷いた。
「関係ないわ。勝てばいいのよ、勝てば」
「そんな簡単に……」
「イリヤ。難しくても、気持ちで負けたらダメだって」
「まぁ、そうだけど」
「そもそも決闘が向こうの言い掛かりでしょう? それにエルヴァが言った事が本当の理由なら、その協会ってところが本当は止めなきゃならないのよ? エルヴァはそれを協会に訴えられないの?」
「出来ますけれど、それは倒した後です」
「どうして?」
「霊地の存在をあまりおおやけにしたくないからです」
「あ、そうなるか。なら、チャッチャッとやっつけちゃおう」
簡単に言うけど、それが返って頼もしかった。本当の怖さがわかっていないとか、子供だからとか今のこの子達には言えない。あれだけの戦いを潜り抜けているのだから。
それにある意味、魔杖のあるおチビちゃんとエルヴァちゃんは安全だとも言える。目は光らせるが、姉さんも居ればセイバーも居るしモードレッドも。
クロエちゃんの言葉は、少し狭くなりつつあった私の視野を広げ勇気付けてくれた。
ここでエルヴァちゃんの携帯電話が鳴り、お父さんの携帯電話が鳴った。
『はい、エルヴァです。ええ、そうです。今、その話をお姉ちゃん達と。わかりました。そのまま調査をお願いします』
『ああ、キリツグだ。何か入った? なるほど……。ありがとう。そのままお願いするよ』
ドイツ語と英語だ。どうやら電話の相手は獅子劫さんとナタリアさんらしい。それぞれ似たような仕草で、似たような連絡を取っていた。たぶん、客観的に見たら私もこうなんだろうな。
結局、情報が出揃っているとは言い難いので、そのままお開きとなった。だけど私はエルマに命じて、アサシン数人を獅子劫さんとナタリアさんのもとに送らせた。空港まで行って霊体化し、目的の便へ潜り込むのだ。
そして現地で獅子劫さんやナタリアさんとアクセスして、より立体的に現地の情報を探って貰う。問題は言語だけれど、これは多言語を習得しているアサシンが付く事で何とかなる。
そのアサシンは私達の今後のためにと、『専科百般』をフルに使っていてくれたのだ。嬉しくなってリーダー格の女性アサシンを呼ぶと、二人揃って仲間の者は皆んな私達に役立つならと普段から自己鍛錬を怠っていないと証言してくれた。
なんて嬉しい言葉だろう。思わず抱きついてしまった。
「あなたがそんな方だからです。そしてあなたに役立てる働きをする事が、我らのマスター意向でもあります」
エルマがそんな事を話していたのかな? だから私はエルマを抱きしめ頬にキスした。
「我が生涯に一片の悔い無し!」
鼻血を流しながら何を言ってるのだ、この子は?
「エルヴァさん……家同士の事となると私も手が出せません。ですが出来る限りのバックアップは致しますわ」
「ありがとうございます、ルヴィア。でも、無理をしないで下さい。それよりも後の事です。全貌を暴いて、時計塔が動き出す段で動いて下さると助かります」
「わかりましたわ」
「けど、弓道の試合はどうすんのよ?」
そこですよ、凛。どうしたものかなぁ……。
「エルヴァさん?」
「どうしました、トロンメル?」
「私、英霊の宝具を取り込んでも消えてしまう、その理由がわかってきました」
「へ?」
「しばらくお待ち下さい」
そう言ってトロンメルは意識を集中した。すると彼女の横にエーテルが編まれ、やがてそれは褐色の肌を持つ私そのものになった。
「私が操作しても良いですが、意識を分割できるならエルヴァさんが」
私は3人の妹達を見た。
「トロンメル、それってこの子達の分も出来る?」
「可能ですけど、意識を入れ替えて本人達を日本に残すのは無理だと思います。エルヴァちゃんなら或いはと思いますが、後の二人は杖がないと難しいでしょう。だからと言って杖を置いていくと戦力ダウンが大きいです」
「そっかぁ……そうですよね」
「ですが、現地でダミーを作り、私が操作する事は可能です」
「わかった。それしかないね。なら、その方向で行きましょう。お父さんも言いたい事はあると思いますが、エルヴァちゃんを見捨てるクロエちゃんやおチビちゃんではありません。なら、同時操作して相手の目を分散させつつ、セイバー達で叩いていくしか無いと思います」
「そうだね。それと今回は僕も行くよ」
「それは反対しません。と言うか出来ません。決めるのはお祖父様でありエルヴァちゃんですから」
「だね。そして僕は何としてでも許可を取る」
そんなお父さんを眩しい目で見るエルヴァちゃん。ああ、家族旅行は正解だったね。
「あ! 持ってっちゃダメ!」
「取り込んで片付けないと!」
「嘘! その顔は絶対私と同じことを考えてる!」
トロンメルの作り出したエーテル人形の腕を引っ張り合うエルマとクロエちゃん。なんだかなぁ……。
私が奥様やセラさんとお喋りに夢中だった最中に、旦那様とお嬢様方が戻られました。旦那様の顔を見た奥様の様子がさっと変わります。
それは私も同じでした。お嬢様の顔を見た瞬間に、何かがあったとわかったからです。
『お嬢様……?』
『これよりはアインツベルンの誇りを賭けた闘いです。とある魔術師一族が決闘を申し込んできました』
『お嬢様はそれをお受けに……いえ、マアエモはお嬢様を。ただ、支えるのみです……』
『ありがとう、ママ。悲しむのはわかっていたけど、こればかりは避けられません。逃げれば、私にチャンスは二度と訪れないでしょう』
言葉は通じないだろうに、お嬢様のお姉様お二人が、お嬢様の手を取って私に訴えていた。きっと『エルヴァは私達が守る』『大勢の仲間もいる』と話しているのだろう。
こんな風に姉妹の絆は深まったというのに……どうして、また闘いなんて…………。
『マアエモさん、親のあなたがうろたえてはダメよ。危険は危険だし、心配は心配だわ。でもね、どこかで今まで引いてきてあげた手を離さないといけない時はあるの。それが今なのよ。先日の並行世界も、このための予行演習だった。そう言えるくらい、この子達は大きな運命を持っている。だからこそ親である私達がしっかりしないと』
『奥様……』
お嬢様の本当の母親は奥様だろう。なのに奥様は私を『同じ親』と言って下さった。そうだ、仰られる通り。送り出すべき私が戸惑ってはいけない。そして無事帰ったお嬢様方を……。
『お嬢様、やる限りは勝ちましょう。マアエモは何があろうと、お嬢様の勝利を信じて待っています』
キーンと耳鳴りのような感覚で、お嬢様の声が聞き取りにくい。私はきちんと言えただろうか。ハッとすると奥様が手を握っていて下さった。
お嬢様は頬を少し赤らめ、高揚とされていた。ああ、良かった……きちんと言えたようだ。奥様と旦那様が頷きあった。
『ノイント老の許可を得て、僕も行くから。娘達は絶対に守る』
旦那様が力強く仰って下さった。その言葉に奥様もセラさんも力強く頷かれた。
『だいじょーぶ。パパさんが絶対に守ってくれるよ』
ありがとう、リーゼリットさん。その後、私とお嬢様は暖かなアインツベルン家をお暇し、お向かいのエーデルフェルトに戻った。その際に入れ替わりでご長男のお坊ちゃんが戻られた。
「ああ、エルヴァちゃん。今、帰りか?」
「はい」
「ごめんな。家がもっと大きければ泊まっていって貰えるのに」
「いいえ」
そんな会話の後、エーデルフェルトの門を潜った。玄関先の詰め所に居たメイドに声を掛け、お嬢様を部屋に送り届ければ、もう一人のお嬢様が私を待っていた。
『エルヴァ』お嬢様ではないし、元の世界に戻られた『エル』お嬢様でもない。さりとて見知らぬ誰かという気もしない。お顔は『エル』お嬢様そのもの。
『あなたは一体?』
『強いて名乗るなら、わたしもまたエルヴァです。エルが空間断層に隠していました。ユグドミレニアがアインツベルンにちょっかいを出す可能性を彼女は85パーセントと見ていました。それで万一に備え、その廊下の鏡の中で眠っていたのです』
鏡の魔術! そこは異界とも異空間でとも言われる謎の場所。扱える魔術師は珍しい。仮に入れても、鏡に写った世界というだけで別段何もないと聞く。
というのはそこに住む人々は私達の影であって、私達と同じ動作しかしない。と同時に、私達は実態を伴った本体だ。だから鏡の中では何にも触れられない。
なので憎い相手を鏡の中で殺して、実体にも死を……というわけには行かないのだ。また、そこにある富も財宝も触れられない。それで誰しもが諦めた魔術なのだ。
だけど鏡で占う、鏡で誰かを呪う、そういうお伽噺は昔からある。それで諦めずに研究する者が居たりするのだけど……。
『もしかしてエルお嬢様は鏡の魔術を完成している?』
『さて、何をもって完成というのか。しかしゲートとしてなら、結構有用に使っていた魔術師は昔から居ましたよ』
そうだ、そちらだ。アインツベルンが利用するとなったら。工房に侵入してもそこにあるのはダミーで、置かれた姿見の中にこそ本物の研究成果がある。そして割ってしまえばすべてが失われる。
こんな廊下の奥にある大きな鏡。子供がボール遊びでもしない限りまず割れない。エルお嬢様は手を打っていたのだ。廊下で立ち話もなんなので、私は自室へお招きした。
『とにかく、並行世界でのユグドミレニアとの事は全部記憶として持っていますので、出来る限りエルヴァちゃんをお手伝いします。ですがその問題をあの子が解決したのだと、選定員を納得させませんと』
『総裁は遠いですか?』
『ええ。お祖父様から軍資金を借りられても人員は借りれません。その人脈もまた、総裁に必要な要素だからです』
やはり。当然といえば当然だ。
それから他愛もない話をしていて気が付いた。この会話もエルお嬢様の配慮なのだ。私の心が折れないようにとの。心配なさって、私を真っ先に訪れて下さったのだろう。
あれほど不安だったのに、私はぐっすりと眠れた。
昨夜は不本意だった。あの幼いエルヴァがこれから立ち向かう事については、あの子の家の事だから部外者の私達が出る幕ではない。だけど無事であって欲しいという気持ちは本当だし、手伝える事があったら手伝いたいとも思う。
それでも、人様の家の事情には口を挟まないのが魔術師の仁義だ。そんな悶々とした気持ちで、お盆明けから向かうロシアの取引相手を検討していた。
「それで今回はこの3件?」
「ええ。少々物足りませんが、マルガリータさんのご協力で得られた情報を元に、あちらの『私』がもたらしてくれたリストを照合しますとね。ナタリアさんが地域的にこの3件が近いからと、既に打診にして下さっていますのよ」
それならばとインターネットでその街を調べつつ、礼装や呪体の値踏みを行う私とルヴィアだった。やはり心に引っ掛かるものがあるので、中々集中しきれない。
そこを気持ちを切り替えなさいと師匠に叱られたのだ。それである程度作業を進め、そろそろと切り上げたのが夜中の2時だった。
「ふぁ~~、眠ぅ……」
「ヒューメンタ(おはようございます)、リン。シャキッとなさいませ。あれを……」
「ヒューメンタ、ルヴィア。どうしたの? って 、うへぇ~~!?」
もう大抵の事には慣れたと思っていたが、私は朝っぱらから素っ頓狂な声を出してしまった。
厨房と食堂の間にあるカウンターから、せっせとアーチャーが作った料理を配膳しているのは、制服の上からエプロンを付けているエルヴァだ。
これは良い。良くある光景だ。そんなエルヴァとともに配膳をしているのが、白い肌のエルヴァ……いや、エル? もしかしたらイリヤさん?
だけどカウンター越しに見える厨房の中には、アーチャーと巫女のイリヤさんの他に、褐色の肌を持つエルヴァがもう一人居るのだ。
「だ、誰?」
ルヴィアが顎でテーブルに突っ伏しているイリヤさん(英霊の方)を指した。それをマルガリータと師匠が慰めている。対照的なのはマアエモさんと小さなエルヴァだ。
エルヴァなんて瞳をキラキラさせて謎の人物を見詰めていた。
「頭を切り替えて、ドイツ語のヒアリングを」
ルヴィアに言われるまま、この食堂で流れるドイツ語を拾った。
『さすが、お姉様! スゴイ!』
『お嬢様、これがアインツベルンの御業なのですね』
『だよね、ママ』
ここまで聞いて昨夜のあれだ。早速エーテルを探査した。3人とも実存している? って事は?
「わかりました?」
「どっちかのエルヴァが昨夜の人形で、残りがエル?」
「いいえ。厨房の中は確かに昨夜の人形ですわ。配膳されているエルヴァさんは本日、学園で弓道部の打ち合わせです」
それで、制服なのか。
「そして問題は配膳されている、もうお一方。あの方はエルさんでもイリヤさんでもありませんわ」
え?
「夢のような光景だとは思いませんか?」
振り向けばエルマとトロンメルだった。
「あの肌が白い方も、ある意味お姉様ですよ」
「どういう事?」
「私とエルマに近い存在です。きっとエル様が残していったんですね」
「凛さん、エルお姉様を看病していた人形が居たでしょう? あれの改良・進化版です。中のパーソナリティのモデルがまるっきりお姉様なんです」
「しかも私やエルマ、それとヴンダーの能力もあるような……」
ヴンダーの能力? それは知らない。どういうのだろう?
「あれなら一人くらい戴いてもバレませんよね?」
「何を朝から発情しているの? それよりエルマも着替えなくて良いの?」
「私は同じ弓道部でも、ペーペーの平部員なの。お姉様みたいなレギュラーじゃないもの」
「情けない」
「情けないとはどういう意味よ?」
「私、あっちじゃ800mの選手だったんだから。来年のインハイは確実って言われてたんだよ?」
「私も来年はレギュラーだよ!」
800mは走る格闘技と言われ、トラック1周の400mとはかなり走り方が違うそうだ。当然1500mや3000mとも異なり、それなりに速度も出すのでかなり厳しい競技なのだとか。
エルヴァも足が速いし、クロエもイリヤもかけっこが得意なのよね。そういう家系なのかしら?
あれ? 何か忘れてる。えっと……。そうだ!
「トロンメル。あの人形はあなたが動かしてるの?」
「いいえ。今朝起きたら、もう居なくて。それで慌ててエルマを起こしてここに」
そういう事か。
「良からぬ事をしようとあなたが盗んだのかと思ったわ」
「したかったけど、魔術でがっちりロックしてたでしょ!」
「やっぱり夜中に来たのか!」
トロンメルがどんどん普通の子になっていく。エルマのお陰だろうなぁ。
「では、あれはあの白い方のエルヴァさんが操っていると?」
「そう考えるのが妥当なんですが、どうもそればかりでは無いようで。思った以上に自由度も完成度も高いんです。私も伊達にお姉様フリークはやってないんで、この異常さがわかります。これって家族レベルでも見分けがつかないですよ」
そうなのだ。ルヴィアは弓道部の情報を知っていた。なので制服で見分けていたが、必ずしもそうは言えないでもいるのだ。
あのイリヤさんが頭を抱えているのもそこにあるのだろうし、巫女のイリヤさんが作業に没頭しているのもそうだろう。二人の小さなイリヤはずっと同じ表情で、目が行ったり来たりしていた。
「で、フリークのあなたはどちらが本物だと?」
「厨房。お姉様、精神をシンクロさせて、インハイに出ないお積もりかな?」
「あの子(エルヴァ)が気になって?」
「最終判断は、正式な決闘状が届いてからだと思います。それまでに能力チェックでしょう」
「その手始めに学園へ?」
「はい。それにあの見た目。お兄さんの方のアーチャーさんの協力もあったのか、繋がっている気がします」
それはあるだろうな。エルが座ならそういうのが簡単にできそうだ。待てよ……。
「トロンメル、あれってあなたの作った人形じゃないんでしょう? だから私はエーテルで彼女を探索できない」
「そういう事です。エル様はつまり、こういう場合を想定してこの館のどこかに2体隠していたのだと思われます」
そういう事だろうな。そしてトロンメルの作ったエーテル人形は消されたか、その『隠し部屋』に押し込められている。
「それが2体なのかも怪しいですが、どこにそんなものを? 仮にもここは魔術師の家ですわよ?」
そうなのよね。そんな『隠し部屋』なんてものがあったら、ルヴィアが気付かないはずがないのだ。謎が謎を呼ぶ状態だけど、配膳が終わったので皆んなで席に付き朝食を頂いた。
朝食後、エルヴァ(謎1)がリュックを背負って学園に向かった。後片付けをエルヴァ(白)とエルヴァ(謎2、本物?)が行っている。食後の紅茶をエルヴァ(謎2)が運んでくれた。
「こ、この味は……あなた、偽物ですわね!? エルヴァさんの味はこんなレベルではありませんわよ!」
エルヴァ(本物?)が頬をポリポリかいた。どこか衛宮君っぽい。そして厨房の奥でアーチャーがドスンと膝を付いた。それを指差して巫女のイリヤさんが笑っていた。
「ルヴィア?」
「あ、あら……?」
それにアーチャーをドンマイと慰めているのはエルヴァ(白)だった。その仕草はまさに私の知るエルヴァそのもの。う~ん……。こういうのってどう捉えれば良いの?
ともかく私は戸惑う気持ちを棚上げして尋ねてみた。
「じゃ、あなたが本物のエルヴァ?」
「本物は今出ていきましたよ?」
ブ~~~~~~ッ!
今度は盛大にエルマが紅茶を吹いた。真向かいだったトロンメルがびしょびしょだ。
「そこまでシンクロ率が高いってどういう事ですか?!」
「おい。まず謝れよ、エルマ」
エルヴァ(謎2、偽物確定)がトロンメルにタオルを渡した。それを受け取ったトロンメルがお冠だ。
「まぁまぁ、許してあげて、トロンメル。今から説明しますから」
皆んなが一斉にトロンメルの横に座ったエルヴァ(謎2)に向いた。更にその横に、エプロンを外したエルヴァ(白)が座った。
アーチャー(立ち直ったんかい? 早いな?)も巫女のイリヤさんも、手を止めてそこらの空いている席に座った。
「結局どちらも捨てられなかった。インハイもエルヴァちゃんをはじめ妹達の事も。それで悩んで悩んで眠りにつけば、声が頭の中でしました。起こしたのは彼女です」
エルヴァ(謎2)は横のエルヴァ(白)に目線を向けた。
「廊下に喚び出された私は、そこで……」
「待って。どうしてそんな本物みたいな話し方を?」
「そこまで記憶も経験も共有しているって事です。平静を装って出て行きましたけれど、気の毒なくらい今朝も動揺していましたよ?」
そりゃそうだろ。私も初めて師匠に会った時は腰が抜けそうになったわ。だけどそれが並行世界存在だと聞けば納得できた。それに他の並行世界での『私』は皆んな微妙に違っていた。
なのにこれは同一存在と言っても良い魔術だ。世界修正とか起きないのかしら? コンフリクトとかどうなっているのだろう?
「ゴメン、続けて?」
「ええ。それで2階の廊下の奥にある鏡から彼女が私を取り出したのです。そこからです。記憶も視点も異なったのは。目の前には驚いた顔の自分。振り向いて鏡を見れば、また自分。どういう事だと。ですが説明を聞いて理解しました。これも鏡の魔術の一種で、自分のコピーを作る魔術でした」
だけどそれには問題がある。丸ごと自分を作るには対価と材料が必要だ。魔力は問題ないだろう。材料は……?
「鏡の中を『倉庫』として、予めその身体を隠していましたの?」
そっか、ルヴィアの家には『倉庫』という概念があるのか。私の家では『分割』『複製』、それに『異界の扉』だ。こんな具合で鏡の魔術は家ごとに伝わる内容が異なっている。
現代の私達では不可能な、文献だけに残る古い古い魔術。それがエルの家には残っているのだろう。
「みたいですね。いつそんな事を仕込んだのか、そこは謎です。それに私もこの魔術は使えません。どうやら伝授されているのは彼女だけのようなので」
「どうしてあなたが知らないの? 一部だったとは言え、元はエルだったんでしょう?」
「アルバイトを始めた頃から違和感を覚えたのですが、ここで生きるのに不必要な知識や記憶が削られているようです」
そういう事か。だけど小さなエルヴァを助けるためには必要な部分もある。きっとこの白いエルヴァはその記憶と経験を持ち、目の前のエルヴァ(2)はエルヴァ(1)を補うための存在だ。
「じゃ、あなたがルーマニアに?」
「はい。私と彼女が行きます」
その声も仕草も私達の知るエルヴァだった。それだけに小さな違和感を、これまで育んだ友情が覆い隠した。小さなエルヴァもそれは同じだったようで、二人のエルヴァに頭を下げていた。
「ですが、後日消えてしまうのですか?」
「消えると言うより、記憶と経験を学園に向かったエルヴァに渡して、次に備えて眠るだけでしょう」
「居場所がないなら、スイスで一緒に……」
「そのお気持ちは嬉しいですが、総裁になるためには甘えとなります。自分の足で立ちましょう。エルヴァちゃんなら出来ますから」
この諭すような物言いもエルヴァそのもの。頼りたくなる気持ちも良くわかる。ここでエルヴァ(白)が声をあげた。
「エルヴァちゃん、魔杖を出して下さい。取ったりはしませんから」
それで小さなエルヴァは髪の後ろからエメラルドを出した。
「握って下さい」
小さなエルヴァが握った上からエルヴァ(白)が握った。そして呪文を唱えた。そこで何かが起きた訳ではないけれど、エメラルドが言うには魔力の通りが良くなったそうだ。
それでエルマがルビーとゾウケンを取り出し、エルヴァ(白)に頼んだ。
『この通り方だと出力が1.2倍に上がりますねぇ~』
『じゃな。どういう方法じゃろうか』
私とルヴィアが速攻で、ルビーとサファイアを部屋まで取りに戻ったのは言うまでもない。
清掃の終わった静謐な道場で前部長だった遠峰薫の声が響く。大会に向けての心構えを述べるのと、この休みで緩んだ気持ちを引き締めるためだった。
この後、先生方のお話を聞いて解散だ。弓具も以前、必要な人は持ち帰っているし日程も集合場所も確認済み。後は本番に臨むだけだった。
少々眠いが心は晴れ晴れしていた。何故眠いのか。それは昨夜、もう一人の自分と戦ったからだ。そして何だ何だとやって来た英霊達に囲まれる中で、私と彼女はお互いの干将莫耶をお互いの喉と心臓に突きつけて勝負が流れた。
『エルヴァ、ゴメン。私はあなたとパスを繋げているからわかるけれど、でも動きだけじゃわからなかった』
『私もです。腕は間違いなく互角です。合わせ鏡を見ているようでした』
姉さんとセイバーだった。だから私は彼女を認めざるを得なかった。そこでクルマでも勝負してみろと言ったのがモードレッドで、『そうだ、そうだ』と煽ったのがランサーだった。
二人とも私に対して思うところがあるのか、着かない勝負に納得していなかったのだ。
そこで白い肌を持つ私が、その宝具(レプリカ?)からブルーマイカのMR-Sを取り出した。ボンネットもエアロも私のスーパーレッドVのMR-Sと同じだ。
そこでジャッジとして私がモードレッドを横に乗せ、彼女がセイバーを助手席に乗せて円蔵山からの下り勝負をした。そして大差で負けた。
『何でだよ!? お前ほどの腕がどうして? こんな事ってあるのか?』
能力は同じだと思う。詰まるところドラテクも同じだ。それでも負けた。理由はエンジンだった。私のは1ZZ-FEのメカチューンで、ノーマルだと140ps/6400rpm、17.4kg-m/4400rpmなのが、150ps以上、18kg-m近く出ている。
それが彼女のはヤ◯ハ製の2ZZ-GEで、ノーマルが190PS/7600rpm、18.4kg-m/6800rpmだ。発生回転数を見るとわかる通り、高回転型だ。更にそれをメカチューンしてあって200ps以上出ているという。
おまけにバッテリーをフロントに移設してあった。フロント荷重を少しでも稼ぐためだ。ズルいだろ、それ。だけど負けは負けだ。私はモードレッドにもセイバーにも仲間として、否、私としてともに戦って欲しいとお願いした。
もうこの時に私は、試合に専念しようと決めていた。だから今は晴れやかな気持ちだった。
「エルヴァ先輩、この後どこかに寄りますか?」
「いいえ。弓具は揃っていますし、このまま真っ直ぐ帰ります」
2年生が3年生を食事に誘っていた。気持ちは嬉しいが、だけど早く帰らないと。家に戻ると、案の定決闘状が届いていた。
「ノイント老から連絡があった。どうやらあちらにも届いているらしい」
お父さんもエルで慣れてしまったのか、私が二人いる事に何とも思っていないようだ。もしかしたら、肌の白い方をエルだと思っているのかな?
そして翌日、皆んなは空港から旅立った。その飛行機にはマアエモ・ママも一緒で、ママはスイスに一足先に戻る事となっていた。
エーデルフェルトには、凛とルヴィアに私とマルガリータさん、それとエルマに代わってアルバイトに行かなければならないトロンメルに、巫女の姉さんと二人のちぃ姉さんが残った。英霊で残ったのはアーチャーさんだけだった。
お向かいのアインツベルン家はお母様とセラにリーゼリット、それと士郎クンだ。士郎クンにはエルヴァちゃんの誘いでスイスに行った事になっている。そしてお父さんは送りついでに仕事に戻るとも。
正直、後ろ髪が引かれるけれど、こればかりはどうしようもない。残った限りは試合に専念し、己に勝つだけだ。
スイスのチューリッヒ空港で家の人と合流するママを見送った私達は、乗り換えの搭乗口へ向かって歩いた。モードレッドが怖いくらいに真面目な顔だ。周りに変な者は居ないか、見張ってくれているのだ。
この後、私達は乗り換えてルーマニアはブカレストにある、オトペニ空港(この5月から、アンリ・コアンダ国際空港と改名された)に向かう。
そこはもう敵地だった。だけどブカレストは首都だけあって、ユグドミレニアに与しない魔術協会の支部が残っていた。そこまで安心は出来ないけれど、一応筋を通す意味でも寄ってみる積もりだった。
二人のお姉ちゃん達は私の緊張をほぐそうとしてか、冗談や笑い話を教えてくれた。さすがに飛行機の中ではおとなしかったけれど、チューリッヒ空港ではお腹が空いたとか遊びに行きたいとか言ってた。
でも、それは心の底からこのスイスをお姉ちゃん達が気に入ってくれたからだ。『お腹が空いた』と言っても、それはスイス名物のチーズフォンデュを食べてみたいだったし、『遊びに行きたい』は、もっとスイスらしい観光名所に行きたいという意味だった。
わかったよ、クロエ、イリヤ。絶対にお招きするからね。目の前を歩くエルヴァお姉様達がエルマお姉様と何かを話している。先にルーマニアに入っているアサシンの誰かから報告があったようだ。
父もナタリアという師匠にあたる人と電話で話していた。あのノヴォシビルスクで知り合った人だ。その人は獅子劫さんと既に合流済みで、アサシン達とも合流していた。
『トゥリファスという街の郊外、そこに広大な森があるらしい。その森の中で闘おうと指定があった。きっと二重三重に罠が張られているだろうけどね』
『きっと強力なサーヴァントを5~6騎は召喚しているでしょう』
『私は7騎だと思いますよ。理由は最悪自害させて大聖杯(レプリカ)を起動できると知らしめるためにも』
魔力供給のパスなんかは割合わかっても、マキリの令呪はとても難解複雑で、そう簡単に解析できるものではないという。なら令呪も簡易的なもので、『縛る』というより『お願い』に近いものではないかと思った。
予測通りブカレストの空港には、獅子劫さんとナタリアさんが迎えに来ていた。
『やぁ、元気だったかい?』
『はい』
父やモードレッドも口々に挨拶を交わしていた。落ち着いたところで私達は獅子劫さんが取ってくれていたホテルに向かった。
モードレッド達は、アサシンの案内で街へファストフードを買いに行った。ホテルに入ったは良いけれど、私達はお昼がまだだったのだ。部屋に入った私達は早速会議に入った。
『ナタリア、何か新情報はあるかい?』
『ああ。獅子劫の調べで、魔術協会が動けない理由がわかった』
『何だ?』
『ジャック・ザ・リッパーだ。そいつを倫敦で召喚して、一般住民を天秤に載せたのさ』
『な!?』
獅子劫さんがエルお姉様に手紙を預けた。
『ベルフェバン代理からだ。力になれず申し訳ないと』
『それは仕方ありません。それで触媒の方は?』
『概ね掴んでいる。しかし、歯抜けもあるぞ』
『まぁ、アサシンも追ってくれたが、少し出遅れた感は否めないな』
『今の段階でこれだ』
そうして獅子劫さんはメモをお姉様に渡した。それを私も横から覗き込んだ。
血に染まった菩提樹の葉────。
何かの文字が書かれた人体図────。
鏃に青黒い血が付いた古い矢────。
染みのついたガラス瓶────。
以上の四点だった。
『これは?』
『それが触媒です。そこからサーヴァントを推測するのですよ』
『こんなのから?』
ドイツ語なので、おいてけぼりになっているお姉ちゃん達にも日本語で説明した。
「こんなので何がわかるの?」
「菩提樹の葉はジークフリートでしょう」
エルヴァお姉様がそう断言した。
「どうしてわかるのですか?」
「倫敦のオークションを調べた事があるからですよ。『征服王のマントの切れ端』とほぼ同時期に出品されていて、それを調べているうちに、ジークフリートの触媒だとわかったのです。この『鏃に青黒い血が付いた古い矢』も知っています」
「それは?」
「まず間違いなく、ヘラクレスがケイローンを射抜いた矢です。あのヘラクレスを喚ぶのにも使った可能性があります」
そうか、二者択一の触媒だったのか。
「じゃ、人体図とガラス瓶は?」
「わかりません。その書かれてあった文字がヒントになったかも知れませんが。ですが『ランサー』かどうかは別にして、一人外せない英霊が召喚されているのは目に見えていますね」
「それって誰?」
クロエの疑問に、父もナタリアさんも獅子劫さんも少し笑っている。遠く離れた日本の小学生には難しいだろうな。
「ワラキアのヴォイヴォダ(領主の意味)。可能性としてはヴラド3世?」
「どうかな、獅子劫君。正解?」
「たぶんな。俺とナタリアの見解も同じだ」
「だから誰?」
それはわからないだろう。
「日本人に通りの良い名はヴァンパイアのモデル?」
「そうですね。クロエちゃん。その人はあの『ドラキュラ伯爵』のモデルとなった人物です。あだ名は『串刺し公』。父親から継いだワラキアという、今のルーマニアのこの辺りの領主でした。当時最強だったオスマン・トルコの度重なる侵略に対して、諸侯をまとめあげ国と民を護り通した大英雄です。ただ捕らえたオスマン兵に過酷な罰を与えていたので『串刺し公』と呼ばれるようになったのですね。またドラキュラとはドラクルの子という意味で、父親のヴラド2世が竜公と呼ばれていた事に由来します」
「あ、ドラクルってドラゴンって意味?」
「そうです。そしてここからが推測ですが、私達は彼らにとってオスマン帝国に等しい侵略者な訳です」
私はここで唇を噛んだ。先に手を出したのはユグドミレニアなのに。
「だけど領地を守るなら最高の英霊だろうな。知名度補正もかなりのものだろう」
「ああ。それとこれで予測は5騎になるが、どうもアサシンの予測は7騎なんだ。理由は5騎は同時に喚び出されたと思うんだが、アサシンはそれとは別に先に2騎喚ばれてないかとな。どうも彼奴等にそちらが持たせている礼装がそう反応するらしい。その報告は受けているか?」
獅子劫さんに答えたのはエルマお姉様だった。
「いいえ。まだですが、お姉様が7騎と先に予想を立てていましたので」
「そいつは冬木の?」
「さすが、耳聡いね。僕達の予測では、その『大聖杯』の術式が幾つか盗まれたと考えている」
「やっぱりか。あれだろ、お前さんが聖杯戦争に係わった方のアインツベルンをぶっ壊したから」
「言わないでくれ。まさか、こうなるとは夢にも思っていなかったよ」
この場合は『礼装』あるいは『装置』としての『大聖杯』は護れたが、『大聖杯』の成り立ちや要所要所の『魔術式』は8代目の廃墟から盗まれたという意味だ。
そしてお姉様方への襲撃も、『大聖杯』に近づき演算するためだったと思われる。ヘラクレスに拠る宝具の二連撃。持ち場に居たアサシンさん達も驚いた事だろう。
だけどここでもう一つ考えなきゃ。その触媒は果たして『本当に使われたのか?』だ。わざと誤情報をこちらに流すためだったとも取れるからだ。
だけど獅子劫さんはその可能性を検討したが、今回は低いと見ているそうだ。というのも時計塔にしても、神秘の拡散は避けたいので、触媒となる聖遺物の流通をこのところかなり厳しく監視していたからだ。
つまりユグドミレニアは監視されていた。それが堪らず今回背水の陣を敷いたのだろう。
「聖堂教会の動きは?」
「表立ってはないな。それにこの国は元ソ連の傘下だ。正教会に手を出す聖堂教会でも無いだろ」
聖堂教会はバチカン側だ。時計塔のお膝元は英国国教会でバチカンから分離独立したものでこれまた別だ。こういう諸々の事情もあって、旧社会主義国家に魔術協会会員が少ないのだ。
裏返せば逃亡している封印指定者や隠棲を望む魔術師ほど、こういう旧社会主義国家に流れ着く。お金の仕事のために先進国の都会に流れ着くロマなどの人々とは逆の道順……。
「そうだろうね。ルーマニア革命は1989年。ソ連崩壊はその2年後の1991年。それからまだ十数年しか経っていない訳だからね」
「ああ。空港からホテルに来るまでにクルマの窓から見えてたろう? 街もどこか陰気でな。死んだような活気があるのは地下だけだろうさ」
『ナタリア、悪い。子供達と別室へ』
『わかった』
『ナタリアさんはここに居て。私が連れて行くから』
そうしてイリヤお姉様に別室へ連れ出された。その時に白い方のエルヴァお姉様も出て来たので、私はドイツ語で尋ねた。何のお話なのかと。
そこで教えて下さった内容は凄惨なものだった。ニューヨークやロスアンゼルス辺りのストリートチルドレンの話ではない。
革命の際に大衆の目前で殺された、独裁者チャウシェスクの無謀な政策で産み出された行き場のない子供達の事だった。彼らは肩を寄せ合い、ブカレストの下水道に住み着いた────それがマンホール・チルドレンだ────。
手を差し伸べるべき大人ですら、明日どころか今日食べる食料が手に入らなかった共産国家末期のルーマニア。88年のソウル・オリンピックでメダルを取った国民的英雄ですら、故国を捨ててアメリカなどに出て行くドン底の経済破綻ぶり。
そしてその地下街では麻薬とシンナーとHIVが蔓延り、今も明日の見えない若者達が刹那的に生きているという────。
おそらくヴラド公を懐柔するならこの線だろう────。と、お姉様は教えて下さった。こんなのを聞いて、どうにか出来ないかと思う英雄は多いと思う。
『令呪なんかより、心情と報酬の方が確実に人を動かすものですよ』
その通りだと思った。そしてこちらが悪だと一方的に喧伝されたなら────。
「父上、どこか陰気な街だな?」
「ですね。これは一体?」
「死と病。それが目に見えねぇところにあるんだろう」
「それだけでは無いでしょう。建物もどこか中途半端に歪です。空港のような施設でない限り、新しいものが何一つない」
「だな?」
「今もそうなのかはわからねぇが、これはどん底まで行った国かもな」
「そんな気がします。そしてそれが今も続いている」
「だよな。時代は違うがブリテンだ……」
オレ達が歩いているのはホテルと近い『勝利広場(ピアタ・ビクトリエイ)』という名のロータリーだった。こっから見えるビルがどれもこれも崩れそうだ。
だけどアサシンが言うには、ここに良いファストフード店があるそうだ。それで観光がてらに散策している。
「何つ~店だっけ?」
「スプリ◯グ・タイムですよ。それと思ったよりこの街にはケバブ屋がありますね。ドリ◯トルケバブが良いと聞きました」
「ホンッと情報通だな?」
「私どもは戒律的に食べられないものが多いですから。こうやって調べては楽しんでいるのです」
「それもまた……」
「豚だっけ? 豚骨ラーメンも豚カツも食えないのか?」
「はい」
父上でなくとも仰け反る。何て寂しい人生だ。いや、そうでもねぇのかな。人はどこでだって楽しみを見付けられるものだ。そんな市井の人々を守りたいから、破滅を予言されても剣を抜いた父上。
そんな父上に笑顔はなかった。だから王位を譲れとガキの理論で文句を垂れていたオレ。国まで滅ぼしちまって、本当にバカだ。
「なぁ、この国って何が美味いんだ?」
「名物ですか? まずはトウモロコシの粗挽きをミルクとバターで茹でた、ママリガというお粥ですね。そこにスメタナというサワークリームのような乳発酵食品を掛けて頂くのが、この国の一般的な主食です。肉料理なら挽き肉にキャベツの漬物を巻いて煮込んだ、サルマーレというロールキャベツが有名ですね。チョルバという具沢山のシチューに近いスープは、この国だけでなく陸続きの国ならどこにでもあります。あれもまた良いですね。後はチーズとワインです。お酒ではワインが一番好まれているようです。あ、それと」
何だ?
「国民的おやつがひまわりの種です。大人から子供まで皆んな食べています」
だから、何でそんなに詳しいんだよ。けど食い物の説明をするコイツの楽しそうな顔。釣られてランサーまでニヤニヤと聞いている。きっとオレもそうなんだろうな。
獅子劫さんやナタリアさんの持つ情報を、あれこれ聞いているお父さん。不思議だ。先日の朝、学園に向かったのが本物だとわかっているのに、自分もエルヴァだという認識しかない。
そう言えば私は47番という役割があるので、エルを自分というよりも客観的に見た『本体』という認識が強かった。だけど今回は違う。
自分もエルヴァだ。だから妹達を何としてでも護る。そしてお父さんともども無事日本やスイスに帰って貰う。その思いだけが沸々と湧き上がる私だった。
「ちょっと良い?」
「どうぞ」
それで白いエルヴァを廊下に連れ出した。
「彼女が心配なのですね?」
そう言ってキリツグの居る部屋に視線を投げている。
「そう。あのさ、入れ替わってない? あの子がエルヴァじゃないの?」
「多分、本人も自分がエルヴァなのではと、妙な錯覚を懐いているでしょうね」
「そこまで本物そっくりなんだ?」
「はい。妹達や父だけでなく、姉のあなたにも無事に帰って頂かないといけませんからね。そのための彼女です」
「捨て駒にするの?」
「いいえ。ですがそんなに甘い敵ではないでしょう。あの身体のスペアは2体や3体ではありません」
そこまで想定しているの……?
「ええ。そしてこの魔術の心構えは彼女も知っているはずです」
死んでも復活できるという、嬉しくない安全から来る覚悟。それはあまりにも英霊のあり方に似ていて……。
「そんな顔をしないで下さい。姉さんが犠牲になれば、同じ世界の同じ時代で同じように召喚されるかどうかわからない。彼女もそれだけは避けたいと考えています。だからこそエル様は私を作り、ここに寄越したのです。私が居る限り、あの子は大丈夫です」
「それを信じて良いのね?」
「ええ。あの死はエル様もショックだったのです。そして二度も三度も使える魔術ではありません。その対策と考えて下さい」
「……わかったわ」
窓の外に広がるブカレストの空はどこまでも灰色だった。
第二部 完