【三次】 みほエリを見たかった俺はこの先生きのこれるのだろうか? 作:米ビーバー
普段から優雅で気品に満ちた空間であるこの場所が、今日はより一段とその空気を強くしていた。
答えは簡単なものだ。今ここには滅多に顔を見せない雲上人が集まっているのだから。
流石に思わず身を強張らせてたどたどしい足取りで、彼女たちの集まる場所へと歩いていく。
―――今代生徒会長であり“疾風”の二つ名を持つ『アールグレイ』様
―――次期生徒会長を引き継ぐことが決定している『ダージリン』様
―――ダージリンの補佐として生徒会役員に就任するであろう『アッサム』様
―――そして、
「―――では、改めて。私の
―――そして、アールグレイ様の補佐を務めてきた今代の冠名『オレンジペコ』様―――。
「―――身に余る光栄。謹んでお受けいたします」
震える声で、そう答えることしかできない。
ツゥと一筋涙が溢れた。周囲の皆はそれを歓喜の涙だととらえていることだろう。
ただ一人を除いて。
【副題:『狐と狸のコン・ゲーム』】
>> Orange Peko
仕掛けがバレて三流。仕掛けをバラすことなく仕込んで二流。
「仕組まれているとわかっていながらもそれを妨害できない」ことで初めて一流。その言葉に沿って言うならば、ダージリン様は「一流」だった。
卒業までの一年間を邪魔者不在のまま先輩と過ごしていた私は、はっきりと弛緩しきっていた。ぼんやりと首を腹を無防備に晒していたと言っても過言ではない。
―――だから討たれた。ただそれだけの話。
卒業式が終わり、進級前のこまごまとした作業のために紅茶の園へやってくるとそこにはダージリン様がいた。隣に一人の女性を連れて、
その女性を見た瞬間、脳裏にあった人物の顔とピッタリと一致した瞬間、わたしは全身から汗が噴き出る感覚を覚え、一斉に血の気が引いて貧血を起こしたようにクラリとバランスを崩していた。
バランスを崩して倒れそうになるわたしを抱きとめてくれたのは先輩だった。
「大丈夫か?今日は帰るか?」と尋ねる声も耳に届かない程に、近すぎる距離に思わず胸が弾む。心が跳ねる。
「体調が悪いようなら出直すことも検討するけれど……まずは一目、見極めておきたかったからお邪魔させていただきましたの」
ゆっくりと、言い聞かせるような声色で、ゆったりとした足取りでやってくるその女性の名前は、よく知っている。
「―――私のような端女に、声をおかけいただいて光栄です。
―――オレンジペコさま」
目の前の女性こそが、高等部三年生『オレンジペコ』その人なのだから。
*******
―――“冠名”は、ひとつだけ。
―――“同じ冠名は、冠名の持ち主が卒業するか正式に『継承』しなければならない”
紅茶の園の『
わたしが『オレンジペコ』をあの時下賜されなかったのはこのルールのおかげで、
同時に、そのルールを上手く使ってわたしを逃がしてくれた先輩のおかげで、わたしはあの時『詰み』にはまることなくこうして先輩の傍に居られた。
―――警戒すべきだったのだ。
―――頭を回すべきだったのだ。
―――先輩に寄り掛かるだけで、自分で対抗することを忘れた時点で、わたしは終わっていたのだ。
今更、本当に今更そんなことを思ってしまう。唾棄すべき、唾棄すべき思考。
―――結局その日は顔見せだけで終わり
―――世間が春休みの中、わたしは正式に紅茶の園へ召喚された。
*******
「―――私の
「―――身に余る光栄。謹んでお受けいたします」
零れた涙は一筋。ただそれだけ。
哀しいのではない。―――悔しいのだ。
あれだけの時間を与えて貰っておきながら無為な時間を過ごしていたことも、その結果彼女にいらぬ苦労を掛けさせてしまったことも、その結果こんな事態を招いてしまったことも。全部、全部だ。
「おめでとう。って言っても大丈夫なのかな?」
顔を上げると今一番顔を合わせ辛い相手が目の前にいた。
―――天翔エミ様。紅茶の園の冠名を持たず、なのに現生徒会長で聖グロリアーナ戦車道を率いる存在、アールグレイ様から烏帽子名を受けた存在。
そして、わたしにオレンジペコの冠名をくださると約束してくださった方。
どうして?なんて恨み節をぶつける謂れなどない。たとえ“この話を持ち掛けたのが彼女であったとしても”。
「このままだとペコが冠名を持つまで中等部が無銘のままになっちゃうからな」
その言葉を聞くまで、中等部の状況を放置していたことに気が付かなかったわたしが最も愚かだったのだから。
ニルギリ様は今代の生徒会長であり、エミ様は『烏帽子名を与えられただけの生徒』、わたしは『エミ様から冠名を受け取る予定』の只の一般協力者に過ぎない。この状態でルクリリ様が卒業すれば、“冠名”不在で紅茶の園のヒエラルキーそのものが形骸化することに繋がる。それを彼女が危惧していたのだとすれば―――
―――彼女はこれまでずっと『わたしが自分の足で歩き、紅茶の園のために候補生を探すこと』こそを望んでいたという結論に達してしまう。
つまるところ彼女の傍に侍ることを最重要として自分から動こうとせず、ただ徒に時を浪費し続けたわたしが時間切れになるまで無為に過ごしていただけだったのだ。この結末は予定調和であり、彼女の真意を推し量ることをしなかったことが最大の間違いであったのだ。そしてそれもこれも遡って考えると、わたしが“それらのお膳立てを作るだけの時間を与えたという名目をダージリン様が得る”結果に繋がっている。結局はあの人の掌の上で踊っていたことに繋がってしまう。
結局エミ様に作り笑いでその場をごまかし、去って行くことしかできなかった。
今更後悔を繰り返したところで時間が戻ることもない。現実は変えられない。
「心中複雑、といったところかしらね?」
そんなわたしに声をかけてきたのは、オレンジペコ様だった。
*******
「どうぞ」
「―――いただきます」
彼女の私室に連れていかれ、あれよあれよという間にお茶会が始まっていた。
冠名を継承されたとはいえ現状はまだ紅茶の園の一員であり、ナンバー2の立ち位置に居るオレンジペコ様である。正直、紅茶の味もわからない程に内心では混乱の極みにあった。
「―――お茶会に誘ったけれど、実のところ貴女に掛けられる言葉はあまり多くないのよ」
そんな風に切り出したオレンジペコ様の表情は、純粋にわたしを心配しているようにも、何か別のモノを見ているようにも思えた。
「紅茶の園の本質は、暗闘ありの伏魔殿。言葉の端には別の意味が乗り、その裏側には棘がある。意図なき偽りも、重なる嘘も読み切って、毒であっても飲み干して利用できる強かさが求められてくるわ。そういう意味では“
微妙に韻を踏んで、詩か何かのように独り語りを続けていくオレンジペコ様の言葉を、ただジッと聞いて居た。その言葉がスルスルと胸の内に入り込んでいくようで、不思議な感覚だった。
「彼女は不合格だけれど、その真っ直ぐさが必要なこともある。私が支えてきた“
アールグレイ様の魅力について語るオレンジペコ様の目が少しだけ熱を帯びていて、少しだけ早口で、少しだけ不穏なオーラが見え隠れしていたことを除けば彼女の言いたいことが「あの子は私が育てた」ということだとわかる。
それをわたしに語る意味が、意図がわからないのだけれど。
そんなわたしの様子に、オレンジペコ様はニッコリと微笑んで、言った。
「―――――――――――――」
******* > O to D
上向きの気分を隠すこともせず、足取りもやや軽く高等部の紅茶の園へと向かう。もちろん、歩みは淑やかに礼節を持って。
天翔エミの方から「彼女を新学期までに冠名持ちにさせたい」「オレンジペコ様が良いのなら、直接継承させてあげたい」と言い出すとは思っていなかったが、理由を考えるとなるほど納得はできた。
中等部には今、“冠名持ち”が居ない。ニルギリが卒業してしまう以上、あの場に残るのは生徒会に所属する『冠名以下の候補生』のみ。紅茶の園の質そのものをOGに問われたとして、そこを穴として衝かれて中等部を掌握されかねない。
けれど天翔エミの「彼女にオレンジペコを下賜する」という約束がネックになる。卒業したオレンジペコ様の冠名をそのまま預ける場合、天翔エミの立場が重要になってくるからだ。
天翔エミはあくまで『冠名を持たず、烏帽子名を与えられた存在』に過ぎない。
そんな彼女がオレンジペコ様が卒業した直後にオレンジペコの冠名をあの子に与えたら、周囲はどう思うだろうか?
『アールグレイ様に目を掛けられている小娘が、先代の冠名を“先代の許可を取らずに”お気に入りの後輩に与えるために、先代が卒業するまで待っていた』と見る人間が出るだろう。特にOGの周辺などはそういう解釈を持ってくるであろうことは容易に想像がついた。
そうなった後のことを考えて
目下のところの最大の敵が自滅してくれたのだ。多少浮かれていたとしてもそれはしょうがないと言えよう。
新学期も始まり早半月が過ぎた。新一年生として進級してきた天翔エミを含めた一年生メンバーが正式に練習に参加するのももうすぐだが、それまでは紅茶の園での仕事を指導してあげなければならない。去年とは逆で、邪魔もいない。
「ごきげんよう。皆様」
意気揚々と紅茶の園の扉を開けた私の前に―――
「ごきげんよう、ダージリンさま」
―――ニッコリと笑顔を浮かべた“
******* > D to O
「―――ナンバー2っていうのはどういう存在だと思う?」
「……はい?」
思わず間抜けな声を上げてしまった私にクスリと苦笑して、オレンジペコ様は続ける。
「―――アールグレイは素晴らしいカリスマを備えた絶対的な隊長として周囲に認知されているわ。あの子のぶっ飛んだ性格は周囲にあまり認知されないようにしているからこそ余計にね。私が紅茶の園に手をまわして、陰で支えているからあの子が好きに動けて、あの子が輝き続けていられる」
熱を帯びたオレンジペコ様の言葉が耳からグラグラと脳を揺さぶっている。
何か違う扉を強引にこじ開けられている感覚。恐ろしい、けれどもっと聞きたい、結論を聞かずにはいられない。
「ナンバー2、トップを補佐する縁の下の力持ちというのはね?
―――“頂点”を選べるし、生かすも殺すも“
それはひょっとしたら、啓蒙なのかもしれなかった。
******* >Others
「―――どういう風の吹き回しかしら?」
ダージリンの言葉にオレンジペコは「はい」と微笑む。見るものが見るならばそれは紅茶の園で淑女二人が微笑みあう様子にも見える。
「中等部紅茶の園での一件の二の轍を踏まぬようにと、候補生を冠名候補として切磋琢磨に励んでいます。つきましては、ダージリン様にご指導ご鞭撻いただきたいと、冠名持ちである私が僭越ながらここにやってまいりました」
しれっと言い放ったオレンジペコの言葉にダージリンが一瞬硬直した。
ダージリンの内面では今非常に面白い事態が起きていることだろう。たとえるならば『王手飛車取りを仕掛けて圧倒的優位に立ったと思ったら、相手が王を護る壁を張った駒が直接こちらの王を狙っていて、飛車を取りに行ったら死ぬ』という状況である。僅かな間にこれほどの仕込みを終えてきていたことに舌を巻きつつも、脅威度を上げてやってきた後輩にやや戦慄を禁じえないダージリンである。
「In order to succeed, your desire for success should be greater than your fear of failure. *1」
「アメリカのコメディアン、ビル=コスビーの言葉ですね」
「Man needs his difficulties because they are necessary to enjoy success.*2」
「インドの大統領、アブドゥル=カラームの言葉ですね」
「 Pain is inevitable. Suffering is optional.*3」
「村上春樹ですね」
「If you really look closely, most overnight successes took a long time.*4」
「ジョブズの言葉ですね」
唐突に始まったダージリンの格言にも余裕でついてくるオレンジペコ。これは手強い上に面倒くさい相手が出来上がってしまったとやや警戒を強めるダージリン。
高等部紅茶の園のそんなじりじりと圧迫感を増す空気の中
―――天翔エミはややほっこりした顔で二人の様子を見つめていた。
「 成功するには、失敗の恐怖よりも成功する欲望が勝っていなければならない」
(意訳:そこまでして天翔エミの傍に居たいの?あんな失敗をしてもまだ懲りないのかしら?)
「アメリカのコメディアン、ビル=コスビーの言葉ですね」
「人間には困難が必要だ。成功を味わうために」
(意訳:もしかして貴女、マゾか何かなのかしら?この先は茨の道でしてよ?)
「インドの大統領、アブドゥル=カラームの言葉ですね」
「 痛みは避けられないが、苦痛は選択可能だ」
(諦めも時には必要よ?今ならまだ引き返せますわよ?)
「村上春樹ですね」
「じっくり調べてみたら分かる、一夜にして成功したと思われているほとんどが実はすごく時間をかけているってことを」
(意訳:今からやり直して追いつけると思っている?そんなに甘い話ではありませんわよ)
「ジョブズの言葉ですね」
カス「あぁ~~やっぱりベストパートナーっすねぇ~~~(ほっこり」
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