政府の人間とのくだらないやり取りを終えると、見知らぬ人間達が届け物だと言って植物やら紙やらを運び込んできた。聞けばどうやらナミが、暇を持て余して買い物に出ていたらしいと知る。
当人はと思って見れば机に向かっていて、何を書いていのかと思えばこの島の地図を描き上げているところのようだった。この島の中で探したとしても、恐らくはこのレベルの地図は1枚も存在しないだろう。
見る間に完成へと近付くそれは、たった1本の線があるかどうかで大きく変わるのだと教えて来る。素晴らしい出来栄えに、感嘆の溜息が自然と落ちた。
これが、俺の妻か。美しいその真剣な顔に魅せられ、戦う時等に見せるこの瞳に心を囚われた身としては、邪魔する事さえ出来ぬ。
普段の穏やかで甘ったるい所は、愛らしいばかりだと言うのに……。邪魔せぬ為に甲板に出れば、退屈になり届いていた物を広げてナミの出した本にある通りに、折り紙を形作っていく。
……存外、楽しいものだな。形が多少歪でも、ただの紙切れが鶴やら船やらに変わって行くのは、不思議な気持ちになる。
幾つか作った所で船内から音が聞こえて来た。ドアを開ければナミが歌いながらペンを動かしていて、歌詞を聞けばどうやらナミがやろうとしているこのイベントに関するものだと気付く。
歌い終えるのを待って拍手すれば、ナミが驚きを隠さずに振り向いた。その直後に真っ赤に染まる頬が、いつまでも初々しいと思わされるのだ。
その顔を隠すように俯き、それにより髪で隠れた顔が惜しい。そう思い足を進めれば小さく身体を震わせる。
本当はナミを抱きしめてやろうかと思ったが、先に完成しているだろう物に視線が釘付けとなった。描き上がった譜面を手にすれば、子供にも歌いやすそうな曲調で万人受けしそうだと思う。
だが、歌詞が少しばかり難しすぎやしないかと思う。改良の余地ありか……それともわざとそうしているのか。
「ふむ……ナミ、もう1度歌ってくれ」
「え?」
「ナミの歌声を聞きたい」
「……し、かたない、わね」
そう吃りながら言って、照れた様子で歌い始めたナミは、けれども歌い出せば淀みない。どうしたら、俺の恋女房は俺だけを見てくれるのだろうか。
「見事だな。……ロロノア達と共にこのイベントを行うつもりなのか?」
「うん。だって、家族でしょ」
「……俺の家族は、ナミだけだ」
「ふふ、照れちゃって」
可愛らしく笑うナミだが、本気だと言うのに分からない当たりが困りものだ。仕方ないかと溜息と共にシッケアールに船を戻していれば、俺が折り紙で作った物を見てナミが笑う。
歪な鶴を指先でツンツンと弄び、優しく笑う。そして、七夕では本来、鶴じゃなくて白鳥なんだけどなんて言いながらも何処か嬉しそうだ。
「器用ね」
「歪んでいる」
「初めてで、本見ただけで作ったなら、十分過ぎるわ」
そう言って俺の作った物全てに紐をつけて、後で飾りましょうと笑う。そんな姿に、帰ったらあの二人にも作らせるかと思った時点で、恐らくは随分毒されているのだろうな。
帰り着いた所で当然のように四人でイベントをやろうと言うナミに、戦争の後未だ消息不明な弟達を思えば気晴らしは必要かと思い至る。まァ、麦藁だけは無事だとわかったがな。
だからこそ、ロロノアは俺の弟子になった訳だ。……伝えていないが。
食事を作り、飾りの作り方を教えて、楽しそうに笑うナミに、こういった日常も悪くは無いなと思わされる。自らそれ等を手放し、突き放して生きて来た筈だが……ナミはもう、手放せぬ。
もしナミを手放さずに済む手段として必要ならば、どんな事でもしてしまいそうだ。俺の新妻、幼妻、なんと呼ぶのが1番正しいのか……今でもよくわかっていない。
「ナミ」
「なぁに?」
「愛してる」
「……私も、よ」
「突然イチャつき始めんな!!て言うか、ナミを返せ!」
ナミと見つめ合っていたと言うのに、邪魔するゴースト娘。斬り捨てたくなるから、辞めてもらいたい。
無論そんな事をしようとすれば、ナミが庇おうとして俺は刃を止める事になるのだろうが。もしくはナミが間に合わず、泣き崩れるのを見るか……。
どちらも気分は良くないな。俺はナミを、寝所の他で泣かせる予定は無い。
「ナミは俺の恋女房だ。返すも何も、俺のものだろう」
「私の友達だ!!」
「友情と愛情ならば、愛情が勝る。ナミは俺の新妻だ」
「いつまで新婚してんだよ!?新婚ってのは、結婚して間もない奴らの事だぞ!!」
「間も無いだろう」
「あるだろう!?何言ってんだ!!2年以上過ぎてんだろうがァァ!!」
「僅かな時だ。光陰矢の如しとはよく言ったものだな」
ゴースト娘が騒ぐのを受けてか、ナミは困ったように笑うと願い事を書いてねと微笑む。そうして願い事とヤラを書かせている間に食事の支度を終えてしまうナミは、俺を含めた全員の扱いが上手いと言えるだろう。
願い事……か。ふむ……。
筆を手に取り、書いたもの。それをナミが見れば、顔を赤く染めて誘って来たりするだろうか。
僅かな期待を込めて、笹に吊るす。その願いを見た時、ロロノアがギョッとした顔をしていたが、まぁ、構わぬだろう。
「鷹の目……お前……」
「そろそろ、避妊を辞めようかと思っている。……2年いるなら、見られるやもしれんぞ」
叶うならば、ナミに似た娘が良い。そう願うのは、実の子と言えど、ナミを奪おうとすれば敵とみなす自信があるからに他ならぬ。
『新たな家族が欲しい。』
そう書かれた短冊が城内で揺れる。食事をテーブルに並べ、飾り付けされ損ねていた物を手にしたナミが笹に近付く。
それを眺めていれば、吊るされた願いを見て小首を傾げるナミに、小さく笑ってしまう。それから何かを決意したような顔で、ナミは突然動き出した。
……今宵は期待できそうだな。そう思いながら、俺の前に用意されているクッキーと蜂蜜入りの紅茶を口に運ぶ。
そうして少しして食事の時間となれば、この後ロロノア相手に少し汗を流してから夜の楽しみとするのも良いかと内心でほくそ笑む。相変わらず上手い味付けと、イベントに合わせた可愛らしい見た目の食事に舌鼓をうてば、突然ゴースト娘が言った。
「……パパ、ダイスキ」
「…………頭でも打ったか」
「オヤジ、イツモアリガトウ」
「気でも触れたか」
続いたロロノアの言葉に、疑問符さえつける気にならぬ。しかし、視線を向ければドヤ顔をしているナミが居て……。
……まさか、そうとったか。いや、普通に考えて可笑しいだろう。
しかし、相手はナミだ。油断していた、ナミは時にこうした謎な解釈をするのだという事を失念していた俺のミスであろうか。
「うふふ……サプライズ!どう、嬉しかった?」
「…………今宵、じっくり話し合おう」
身体で、な。そう思って笑えばナミは嬉しそうに頷く。
欠片もわかってない様子のナミとは違い、強制的に言わされただろう2人は、疲れたような顔で俺とナミを見比べる。そして、ゴースト娘が言う。
「あんまり、虐めすぎんなよ。私は明日も、美味い飯が食いたいからな!」
「俺の料理は不満か」
「……不味くは無いんだけど、ナミので慣れると……物足りないんだよ」
「俺は、酒があればいい」
「……?ご飯、足りなかった?ちらし寿司なら、まだもう少しあるわよ」
そう言って首を傾げるナミに、この阿呆めと心底思う。だが、こんなところも可愛いのだから、勝ち目は無い。
「俺の織姫、部屋に行くぞ」
「え?……え!?」
抵抗はせず、ただ赤くなるナミを抱き上げ、2人に視線を向ける。残りは勝手に食えと言い残す為に。
部屋に入れば可愛らしく耳まで赤く染めたナミに、俺の理性は崩れ落ちた。今日も織姫と彦星は、年に一度の逢瀬なんて耐えられないと、引っ付いたまま離れない。