前に縄張りに加えた寂れた島の奴等に頼まれた。このままでは、滅ぼされてしまうから助けて欲しいと。
縄張りに加えて欲しいと言われたその島を調べてみれば、どの海賊団も求めないような小さな島だった。だが、親父がそれを受け入れたのならば俺達はそれでいいのだ。
だからこそ、無価値にしか思えないようなそれを縄張りに加える為に、俺達はモビーを動かして来た。そこは林檎の栽培と漁をする事で生計を立てているような長閑な島で、買物もろくに出来なさそうな場所だ。
そんな中でもサッチは林檎を買うかなんて笑って、それに溜息を落としつつマルコが算盤を手にした。そんなやり取りを眺めながら、測量してくるわと麦藁帽子を被ってモビーを降りて行く蜜柑の香りを纏う女を見送る。
よくある事だ。何もかも、いつも通り。
違うとするならば、縄張りでも無い島なのにナミを1人で降ろした事位なもの。縄張りならば1人で降ろす事もあるが、基本的には誰かが付き添っているのが当然だった。
何せナミは自分の容姿に無頓着だ。その上、世界から狙われてる自覚が足りてねェ。
それでもこの島は、もう既にほぼ親父の縄張りと呼んで間違いはないし、長閑すぎて何かが起きるなんて思えなかった。ナミは測量や買物の度に誰かが着いて歩くのが、申し訳ないと言うのだから俺達としても少しは自由にさせてやりたいとも思う。
それでも俺はいつもならついて行くんだが、この時はハルタ、ティーチ、俺の三人で厨房からパイを盗み出す事が第一優先事項だったんだ。だから敢えて言おう。
俺達は悪くない。サッチの作るパイが、美味すぎるのが悪いんだと。
俺達が盗み食いに成功してハイタッチしながら、パイを頬張ったのは至極当然と言えるだろう。因みにハルタはアップルパイを、ティーチはチェリーパイを、俺はミートパイを、盗み出してそれぞれが仲良く分け合った。
その後当然のようにサッチに見付かり叱られたり殴られたりしつつ、三人で甲板に正座させられた上で看板を首からぶら下げさせられている。いつ作ったんだよ、こんなモンと思うが……言葉に出せば、サッチの怒りを煽るだけなので黙っておいた。
『俺達は盗み食いをしました、今夜の食事は抜きで構いません。皆さん俺達の目の前で食べてください』
そんな事を書かれた看板に、通る兄弟やナースがケラケラと笑う。そんななんでもないような日常の中で、ビスタが珍しく呼吸を乱れさせて戻って来た事で、空気が変わる。
「ナミはいるか!?」
それに皆が見てないとか、随分前に降りたとかそんな返事をすればビスタは視線を巡らせて俺を見て動きを止める。それから明らかに脱力した様子を見せてから、サッチに振り向いた。
「サッチ、この馬鹿を借り受けて行くぞ」
「んァ?どうした?」
「ナミが、攫われた」
その瞬間に、凍り付いたように全員が動きを止める。それに最初に反応したのは、ティーチだった。
「エース隊長、急いだ方がいい。ナミの性格だと……命が危ねェ」
「ティーチの言う通りだ。これが届いていた」
そう言って差し出された封筒には、ナミを預かった旨と俺を名指しする呼び出し文がご丁寧に時間と場所を指定していた。そこで思い出す。
そうだ、ナミの左肩には〝俺のマーク〟が刻まれている。まだ、俺が〝船長〟と呼ばれていた頃のマークが。
自分の血の気が引く音が、聞こえた気がした。ナミは、俺の為なら平気で死ぬ。
「親父……!」
「1時間以内に帰れ。戻らなければ、俺達も動く」
淀みなく言われた親父からのそれに頷いて、俺は走り出した。指定された時間とほぼ同時に到着したそこには、記憶に無い奴等が居て俺を見て半数程が殺気を向けて来る。
……スペード海賊団時代の俺に対する恨みからって所か?
それにしても、どうしてナミがこの程度の奴らに捕まったのかと考えながらも、まずは確認しなければならないのはそれじゃない。残りの半数は、俺が足を1歩前に出しただけで怯えを見せた。
「……ナミは無事か」
「あァ……元気過ぎて、驚くくらいだぜ」
恐らくリーダーだろう男がそう言えば、周りにいる奴らが下卑た笑い声を出した。こいつら……ナミに、何をした……?
文字通り燃え上がった俺が、その直後電光石火の勢いで暴れだしたのは言うまでもない。感情が振り切れて、怒りが落ち着いて行く。
全員間違いなく息の根を止めてやると思い敵を焼いていた時、突然俺を蹴り飛ばす足があってそんな事ができる奴が混ざっていたのかと視線を向ける。だがそこに居たのは敵ではなく、絶対零度の氷を思わせる眼差しを向けるマルコがいた。
それにより呆然と見上げれば、低い声がその唇から向けられる。マルコが、感情を抑え込んでいる時の癖が見受けられて、俺の頭がサッと冷えるのがわかった。
「今、お前がやるべきはなんだ。エース」
「……あ……」
「……早く行け。俺は、ここで待っていてやるよぃ」
妙に優しい声で、マルコが言う。俺はそれに頷くと、ナミを求めて駆け出した。
俺の背後から何やら骨が折れるような音が聞こえた気がするが、構っている余裕は無かった。マルコもまた、ナミを愛してくれている。
それをナミは妹としてねと笑うが……馬鹿が、違ェよと何度叫びそうになったか。それでも、今マルコが止めてくれなきゃ、アイツらを炭にする事に俺は執着しちまってただろうと思う。
頼れる兄貴として、上司として、マルコは俺を行かせてくれた。本当は、自分が行きたかっただろうにと思えば、感謝しかない。
「……ナミ、何処だ?」
思わず呟いた時、あまり得意では無い見聞色の覇気が発動した。それに頼って駆け出せば、鎖等で妙に頑丈に施錠されたドアを見付ける。
明らかに怪しいそれに、ここかと思い破壊しつつ中へと押し入る。中には吊るされた状態で、焦点の合わない瞳で、俺を睨み付けるナミがいた。
ピチャン……と言う音に導かれるように視線を向ければ、その足元に出来ている血溜まりに、1瞬で俺の血の気が引く。足を踏み出せば、ナミの声とは思えない程低い声が発せられる。
「私は……何も、知らないわよ。まだ何か、用でもあるの?」
その声は、俺達を守る為に敵と対する時に出していたそれで、成程と思わされた。だってそうだろう。
ナミがこの声で敵に対して居たのならば、俺達の為に捕まった他に考えられる答えはない。そして〝俺が誰なのか認識出来ない〟位になっても尚、俺達を庇おうとしている。
「ナミ……」
掠れて震えた俺の声に、けれどもナミの表情が変わる。そして痛みを感じさせずに、ふわりと微笑んだ。
先程とは違う優しい声。何時もの蜜柑の香りに混ざって知らない臭いが、ナミから発せられている。
「エース、無事だったのね。よかった……」
「怪我……してるな、意識はあるみたいだけどよ」
「私の事は良いから、急いで逃げて……皆を狙ってる海賊達が徒党を組んで「詳しくは帰ってから皆にしてくれよ。俺が話すより、確実だ」」
俺はそう言いながら、優しく微笑んでいたナミがその表情を曇らせるのを見詰める。見詰めつつも、その細い身体を抱き締めて、鎖を解いたりはしている為解放の時は近い。
「でも、私がいたら足手纏いになるでしょ。今、自力じゃ動けそうにないもの」
「ナミ1人位抱いてても戦えるし、大抵は始末してきた」
「……エース、捕まってたんじゃ、ないの?」
心底驚いたような顔をするナミに、俺は呆れそうになる。捕まってない俺の為に、ナミは捕まったのか。
「……捕まってんのは、ナミだけだ」
「あらヤダ、私……騙されちゃった……?」
「みたいだな」
困った様子のナミに笑いながら、本当に自力では体を維持出来ない様子のそれを抱える。ぐったりとした身体を自らの体に持たれさせれば、ホッと息を吐き出したのが分かり、無事で良かったと思う。
近くに落ちていた瓶は、ナミに使われた物かも知れないからと1応手にして、近くに落ちていた麦藁帽子をナミの頭にぽぷりと被せてから、多分暴れているだろう兄貴の元へ急ぐ。どう転んでも、ナミの事を傷付ける家族はいねェから、急いで連れ帰りたい。
「エースが、無事で……よかった」
そう言ってそのまま意識を失ったナミに、俺が捕まったと信じて全てに耐えていたのかと思えば、泣きたいような気持ちになる。……ナミ、もう俺を守らなくていいよ。
今度は俺が守るから。そんな思いを込めて1度だけ、強くナミを抱き締めてから、嫌な臭いの充満する部屋を後にする。
兄貴と姉貴と、親父が……俺達の帰りを待っているその場所へ。さァ……帰ろう。
愛しい家族が怒り狂いながら待っている。そして、彼等がナミの状態を見て悲鳴をあげる事になるのは、このすぐ後の事。
マルコの所に帰り着くと、普段は極力命を奪わないようにしていて、更には後遺症に繋がるような事も避ける男がしたとは思えない惨状が広がっていた。ナミの意識が無かった事で、これ程ホッとするような事になったのは正直初めてだ。
少し凶暴だけど、愛しく暖かな存在に囲まれて、今という幸福の中で俺は生きている。かけがえのない家族と恋人が当たり前のように傍に居てくれる幸福が、いつまでも続く事を祈りながら。