誕生日に貰った麦藁帽子を眺めて、よく出来てるなぁなんて思う。ワノ国で作り方教わったとか、言ってたけど……だとしたら、あの時エースに妙に懐いてたお玉ちゃんから教わったのかな?
明らかにワノ国出身のイゾウさんに今度あの時の話をしてみようかなと考えて、鎖国してる事を思い出して余計な事を言わない方が良いのかと動きを止める。訳ありじゃない人が、海賊になんてなる筈も無いのだから、何も知らない私が口を挟むのは良くないだろうか。
「何かあったのかよぃ?」
「ん?何でもないのよ。ただ、エースの意外な特技に驚いてただけ」
マルコからの問い掛けに答えると、マルコは私が手にしていた帽子を見て確かにと言いながら笑う。そしてその帽子に手を伸ばすので差し出せば、不思議そうに眺め始める。
私が誘拐された時も被ってて、でもそれをちゃんとエースは忘れずに回収して来てくれたのよね。それが嬉しくて、私は少しダメになってた所は自分で直したのだ。
「変に不器用で、能力の制御も下手なのに、よく作れたもんだねぃ」
「……私が蜜柑の世話してると、夢中になって倒れるからって言われましたけど」
「それは、珍しくエースの判断が正しいねぃ」
そう言ってマルコは私の頭に帽子を被せる形で返して来たので、飛んで行かないようにそれを押さえると紙の束を差し出された。見れば倉庫の目録でマルコに視線を向ければ、困ったように頼むよぃなんて言われてしまう。
「在庫のチェックだけで大丈夫ですか?」
「まァ、いつものように頼むよぃ。もう10日程誰もチェックさえ出来てなくてなぃ」
「もっと早く言ってくださいよ」
そう言って笑いながら倉庫に向かうと、終わったら報告を頼むよぃなんて背中から言われて、私はそれに間延びした返事をする。倉庫は掃除もされてなかったようで、埃臭い。
仕方ないかと掃除道具を持って倉庫に籠り、掃除をしながら在庫の状態と数量をチェックして、必要だろう報告を纏めて行く。それを終えて表に出ると、その足でマルコの元へ向かい、報告を済ませた所でナースのお姉様に捕らえられた。
何事かと思ってる間に着飾られて、海へ向けて放り投げられれば、流石に悲鳴の1つも出ようと言うもの。けれども身体が海面に落ちる事はなく、受け止めてくれた腕に驚きつつも感謝する。
そんな状態で助けてくれた人物に視線を向けると、慣れ親しんだその温もりが、僅かにその表情を硬くしている事に気付く。出かける所に私が落ちてきたから、驚いたのかな?
「エース?どうしたの?」
「あ……いや、このまま、食事に、行こう」
「あら、それでお姉様達が着飾ってくれたのね。突然で驚いちゃった」
別に今日は私やエースの誕生日とかでは無かったと思うけどと首を傾げたけど、エースはそれについて何も言わないままにストライカーの前に私を立たせる。そして、胸の下に腕を通したと思ったら軽く足を浮かせるようにしてから、ストライカーを動かし始めた。
「大人しくしてろよ。火傷させちまうから」
「普通に小舟とか使えばいいのに」
「嫌だよ。時間かかるじゃねェか。漕ぐのも面倒だし」
本音は面倒なところだなと分かれば、どうしたって笑えてしまって、そんな私に小さくいじけたような声を出すエースが本当に可愛いなと思う。温かいを通り越して熱い位のエースだけど、私はこの温もりが好きだったりする。
くるりと身体の向きを変えてエースに抱きつけば、1瞬動揺したけど、こうした方がストライカー動かしやすいと思うのよね。操縦に専念してもらおうと、そのままの状態で言葉を伝えたら何故かエースに喋るなと怒られてしまったけど。
なんだろ、擽ったかったのかな?
そんな事を思いながら大人しくしていたら、いつの間にか到着した島でエースに手を握られて歩き出した。移動している間に日は傾き始めていて、エースと良く似た色が視界を覆い尽くしている。
「エースの世界って感じがするわ」
「え?」
「今の時間は、エースの色で世界が満たされてて、包まれてて、エースの時間って気がする」
思わず口にした言葉に、エースは足を止めると私をじっと見つめてきた。その表情は逆光でよく見えないけれど。
それでもエースと繋がっている手の温もりと、夕陽の熱とで、私は随分素直になっている気がする。そんな私にエースは暫く無言で居たけれど、なんだか不貞腐れたような声が返って来た。
「寧ろ、ナミの時間だろ。俺は、こんな時いつもそう思ってた」
「……私?」
何処が私なのか。この時間の色は、エースの炎と同じオレンジ色でしょ。
エースの優しい炎の色。強くて、温かくて、でも……時に強過ぎる熱の色。
いつも、私を包み守ってくれる熱。そして、敵には恐怖となる苛烈な力の色。
「……ナミの、髪の色で、蜜柑の色で、いつも包んでくれてるのと同じ……愛情みたいな温かさだろ」
そう言ってから、エースは私の腕を強く引く。それによりエースの方へと倒れ込めば、易々と受け止めたエースが小さく舌打ちした。
「……カッコつかねェな」
「エース?」
「ナミ、これから先もずっと、離れんなよ」
「……エース?」
離れる予定は今の所ない。だって……私がエースを守る為にも離れる訳にはいかないから。
そう思ったけど、何か違う気もする。エースの心臓が、強く脈打ってるのを感じて……どうしたのかなとその顔を覗き込むように見上げれば、エースがまたもや舌打ちした。
「ナミのバーカ!とりあえず飯行くぞ!」
エースの言葉によく分からないままに頷くと、いつもより若干早い足取りで進む。それにお腹すいてるのねーと呑気に考えながらついて行く。
そんな時間さえ、私には愛しいのだけれど。だって、エースの耳が少し赤い。
向かうお店は初めから決めていたらしくて、誘われるままに店内に入れば目の前で料理して提供してくれるタイプの、ステーキ等の肉に強いお店らしいと気付く。これは私の為に考えてくれたんだなと分かる。
コレでサラダメインとかなら、私が遠慮するだろう所迄考えられていると気付けば、素直にありがとうと言葉が落ちる。言葉と共に笑えば、エースは帽子を目深く被ってしまいその表情を隠すから、勿体ないなと思ってしまう。
店内に入ったなら、帽子は脱ぎなさいよと言おうとして、その隠された目元が赤いのに気付けば声は出せなくなってしまった。どうやら、照れてるらしい。
店内の奥へと案内されると、窓から見える景色に驚かされる。海と空しか見えない大きな窓があり、いつの間にか空には星が輝いているのが見えたから。
完全に沈んでしまった太陽がなんだか物悲しくて、けれども空と海の境が分からないその景色は見慣れた物の筈なのに、なんだか酷く現実感が無い。ガラス越しに見ているからかな……?
「窓の外を見るのは食後にしてくれると嬉しい」
「あら、そんなにお腹すいてた?」
「まァ、それもあるけどよ……。とりあえず食おうぜ!ビスタがここのワイン美味いって褒めてたんだ!」
珍しい事を言うななんて思いながら頷いて、目の前で用意されるそれらをエースを楽しんで行く。ワインから作られたソースが妙に美味しくて、サッチに伝えてみようかなと作っているその手元を見て記憶出来る事は全て記憶しておこうと見詰める。
「ナミ……」
「ん?どうしたの?」
今日は妙に緊張してるななんて思いながらエースに視線を向けると、帽子を外したエースが座っている私の足元に膝をつく。何か落としたのかなとそれを見ていたら、そっと手を取っていつもより少し熱い手で私の指先に唇を寄せた。
「エース?」
「ナミ、好きだ」
声が、出せない。知ってるとか、私もとか、そんな言葉が浮かんでは消えて行く。
それくらいエースから伝わって来るのは、必死な様子だから……。唇から、指先から、エースの真剣な想いが伝わってくるような気がするの。
「ナミ……窓の外を見てくれると嬉しい」
言われるままに視線を向ければ、海に浮かび上がるのは炎で描かれた文字。
『どうかYESと応えてください』
それに息を飲み、エースに視線を向けると燃やされるんじゃないかって位に熱い眼差しが、私を焼きつくそうとして来る。ゆっくりと開かれた唇から紡がれたのは、予想外の言葉。
「ナミ、俺と結婚してくれ。俺は本当の意味で、ナミと家族になりたい」
「エース……」
「姉と弟じゃなくて、恋人でも無くて、師匠と弟子でも無くて……俺はナミと、夫婦になりたい」
何かを言わなければと思うのに、唇は戦慄くだけでそれを音にはしてくれない。長く共に生活して来たし、何度もその熱を、想いを交わして伝え合ったけど……。
「ナミ……愛してる。この為に、皆に協力して貰ったんだ……。俺はナミを誰にも触れさせたくねェから、俺の隣にはナミにいて欲しいから、だから……」
そう言って俯いてしまったエースに、私はどんな表情を向けているんだろう。視界が歪み、言葉より先に瞳に溜まっていた水分が頬を流れるのを感じながら、やっとの思いで言葉を音にする。
「私も、エースの隣にずっといたいわ。エース……私、エースをちゃんと、愛してるつもりよ」
「ナミ……」
「エース、ありがとう。私には、今まで居なかったのよ」
「え?」
「私に戸籍上の家族がいた事は、1度もないの。エースが、私の唯一の家族になるのよ」
私からの返事を受けて、エースは無言で私を強く抱き締める。その瞬間店内には割れんばかりの拍手が巻き起こり、ここには2人だけじゃ無かったんだと今更思い出す。
でも、エースは私を離してはくれないし、小刻みに震えているし……。何より私がこの温もりの中から、動きたくなかった。
胸が潰れるんじゃないかって位の圧迫感と、全身を包み込むような燃えるような熱に、溺れてしまいそうになる。そっと身じろいだのは、エースから離れたいからじゃなくて、その体を抱きしめたくなったから。
漸く得た僅かな隙間から手を出して、そっと熱すぎるその体を抱き締める。どうやっても人は孤独を抱えて生きていく運命だから、余計に人肌を恋しく感じるのかも知れない。
全てを分かり合うなんて出来ないのは分かってて、でもだからこそ知りたくて、知って欲しくて、大切な命の脈動を手離したくないと足掻くのかも知れない。何度も言葉を重ねて、胸を割ってみても、心の全てを見せ合う事は出来ないから……その身体で伝えきれない想いを伝え合おうとするのかも知れない。
「「愛してる」」
重なる声は、言葉は、互いのむき出しになった偽りのない真実の想い。この日……2人がモビーに帰る事は無かった。