結婚してから、何かが変わったと言う事は特に無い。相変わらずナミは忙しそうだし、俺も隊長としての役割を割り振られている。
ただ、どうにもならないとは分かってるが、シャンクスさんから届いた結婚祝いのぬいぐるみが気になる。なんで黒豹なのか。
しかもナミは、妙にそのぬいぐるみを可愛がっている。最近俺の帽子と良く似たそれをぬいぐるみに作って楽しそうに笑っていたから、多分俺と似てるとか思ってるんだろうけど……色々複雑だ。
結婚後は、夜だけは基本的にナミと2人で過ごせるようになったけど、この日は何となく様子がおかしくて、どうしたのかと不安になる。苦しそうな呼吸を繰り返して、頬を赤く染めて、瞳を潤ませて……。
なんか、抱いてる時みたいな様子だなと思った直後、ふらりとその身体が揺れて、倒れようとした。それに慌てて手を伸ばすと、軽すぎる身体が力無く俺の腕に収まる。
ゾクリとしたものが背筋を走り、助けを求める為に叫ぶ。他に誰の名前も思い浮かばなかった。
「マルコー!!」
夜中だとか、他にも船医は居るとか、そんなのは関係無い。俺よりナミが熱いなんて、あってたまるか!
何が起きてるのか分からねェ。頼むからナミを助けてくれ!
「マァル、コぉー!!」
「五月蝿ェよぃ!」
ドアを蹴破る勢いで入って来たマルコは苛立ちを隠しもしないが、ナミのそれを見た瞬間その表情を変える。突然船医の顔になったマルコはナミに話し掛けて、いつからなのかと問い掛けるけど、こんな時俺は何も出来ない。
怖い……と思うのと同時に、マルコの姿を見ただけで安心して崩れ落ちそうになる自分を自覚する。震える俺からマルコはナミを受取り、ベッドへと運ぶ。
俺、病気になんか、なった事ねェもんよ……。ガキの頃も病気になってたんじゃなくて、ナミに接近され過ぎて赤くなったのをナミが勘違いしただけだ。
あれ……でも、待てよ。ナミに熱があって、食欲がなくなるなら……。
「ナミは、妊娠したのか?」
「「違う」よぃ」
声を揃えた2人に違うのかと思うと、少し寂しい。ナミに似た娘なら欲しいなって思ったのに。
でも、それによりナミが笑ってくれて、でもそれに安心したのも束の間、ナミはそのまま意識を失った。血液検査とか色々やるからと、マルコに部屋から蹴り出される形で追い出された俺。
中に入れず、かと言って何が出来るかも分からない。どうしたらいいだろうかとドアの前でウロウロしていたら、イゾウに落ち着けと頭を殴られ、ハルタに鬱陶しいと蹴られちまう。
その時俺の肩を軽く叩いて、呆れた様子を見せたのはサッチだった。何も言えずにサッチを見たら、困ったようにサッチは1度天を仰いで、俺に視線を戻してみせる。
「暇なら手伝いに来い。……何かしたいんだろ?」
「でも、なんか、普通の病気じゃ無さそうだってマルコが……だから……」
サッチの言葉にそう言えば軽い調子で肩を抱いて、ハイハイと言いながら厨房に連れ込まれた。そばに居ても何も出来ねェだろうからなと言われればその通りで、落ち込む俺にほらよと肉を差し出すからとりあえずそれを齧る。
そんな俺に視線を向けずに小さな土鍋を取り出したサッチが、1人で何やらブツブツ言っている。なんだろうと聞き耳を立てれば、知らない言語では無さそうだ。
「卵は案外弱ってる時には消化に悪いから、そうなると……白粥か?でもなァ、それだと栄養が不足するから……味も足りない」
多分、料理の話だよな?
サッチとナミって、自分の世界に入ったら中々帰って来ない所が似てる気がする。仲も物凄く良いのに、妬かないのはそれが理由だろうか。
「雑穀米で作れば食物繊維は取れるだろうが……いや、じっくり煮込めばどうにかなるか。後は油揚げ入れて、海藻はキツいだろうから……となると、雑炊だな。チーズはきついからリゾットは論外だろ。トマト……そうか、トマト雑炊なら」
サッチの言語は分かるが、何を言ってるのか俺には分からねェ。そう思ってサッチを見ていたら、俺が肉を食い終わるのと同時に、手を洗えだとか、なんだとか指示が飛んで来て思わず従う。
こんな時、サッチって長年隊長やってたんだなと痛感させられる。迫力もあり、逆らえないような威圧感もあるのに、その指示に従っていれば問題ないのだと思わされるのだから凄ェと素直に思う。
サッチの指示に従って動いていれば、完成したのは明らかに俺が食うのにも問題が無さそうな量の雑炊。それもトマトベースで、豆だとかが大量に入ってる。
「サッチ……これ……」
「お前も食うだろ。ナミとマルコ優先な。残りは全部食っていいから」
「……ありがとう」
「ほら、鍋敷き忘れるなよ。あ!それから……」
そう言いつつ色々とトレイに乗せてから、最後に土鍋を乗せてほらよと渡される。最後に、無理させんなよと笑ったサッチは隊長の顔じゃなくて、明らかに兄貴の顔になっていた。
それがなんだか嬉しくて、同時に気恥しい。だからろくな返事も出来ずに足早にナミの寝る部屋に戻ると、マルコが調度部屋に戻る所だったらしく俺の持ってる物を見て、優しく笑った。
「それ、エースが作ったのかよい?」
「なんで?」
「……サッチが作ったにしては土鍋が汚れ過ぎてるよぃ。それに……」
そう言って俺の腕にあったトマトのヘタを指先で落とすと、並んで歩き出した。その様子に、もしかして他にもなんかついてんのかなと思えば天を仰ぎたくもなる。
まァ、仰いだ所で天井しか見えねェんだけどな。そうしてマルコに続いて入室すると、荒い呼吸を1人で繰り返すナミがいて俺は動きを止めちまう。
「エース、そこの机に鍋置いて、器に少し雑炊入れて来いよぃ」
「でも……」
「少しでも何か腹に入れねェと、薬も飲ませられねェ。良いから、早くしろぃ」
マルコに言われるままに盛り付けてレンゲを手に近寄れば、マルコが身体を支えるようにと言うので器等を渡してナミの身体を支える。すると俺よりも熱いそれに、心臓が激しく脈打った。
「ナミ……」
思わず情けない声で名を呼べばナミは優しく笑って、でも、苦しそうで……。俺は、無理させてばっかりだ。
「だ、いじょ、ぶ……ょ」
「熱が40度あって大丈夫なら、それは人間として間違ってるよぃ。元々平均的な体温しかねェってのに」
それから体温は筋肉量に比例してあがり、それが免疫力となるから、うんぬんかんぬんとマルコが説明するのを聞きながらナミは、俺に支えられた状態でマルコに雑炊を食べさせられる。最後に薬と水分を飲まされて、またベッドに寝かせる事となった。
マルコは器に自分の分として少し雑炊を取ると、それを食べながらナミの様子を眺めている。ソワソワするばかりで、何もできないし、できる事も分からねェ。
「マルコ、俺はどうしたらいい?」
「……ついててやって、額のタオルを定期的に変えてやれ。後は、氷枕の氷が溶けたら中身取り替えれば良い」
俺は言われた事に頷くと、ナミの手を強く握る。そんな俺にナミはへにゃんとした顔で笑うから、無理に笑うなよと言いそうになって辞めた。
だってよ、多分これ、無理してんじゃなくて……。俺を見たら笑えて来たとか、そんなだぞって気付いたから。
「ナミ、寝てろよ」
「うん、ありがとう」
「エース」
いつの間に食事を終えたのか、ドアに手をかけたマルコに呼ばれて振り向けば、マルコにまた薬の時間に来るからそれまでに残りの雑炊を食べるようにと言われる。それに頷くと、ナミが寒いと言ったら毛布を足せ、暑いと言ったら掛け布団を外してやれと言われた。
意味が分からない。具合が悪い時は、布団とかで暖めるもんだろ?
そう思って首を傾げたら、マルコが納得した様子を見せる。その顔は船医のそれだ。
「病気の時は体温が上がる時寒さを感じて、体温が下がろうとする時暑さを感じるんだよぃ。だから、体の訴えに従ってサポートしてやるのが良い。暑いと言ってるのに暖めたら、体温が何時までも下がらねェから、寧ろ悪化する。勘違いしてる奴多いんだがねぃ」
そう言われてそんなもんなのかと思って頷くと、マルコは兄の顔でちゃんと食えよぃなんて言うから、サッチが雑炊を持たせた本当の理由に気付く。俺がナミを気にして、食事を忘れないようにって事だったんだ。
当然のように甘やかしてくる兄貴達に、少し面映ゆい気持ちになる。それから左手でナミの手を握ったまま雑炊を食べてみれば、少しショッパイ……。
言われた通りに作ったつもりなのにと思えば、何だか切なくて、サッチは凄いなと思う。初めて作ったにしては上出来だと思うが、同時にいつも俺に色々作ってくれるナミを尊敬する。
「ん……ェー……す、き」
突然聞こえたそれに驚いて顔を見れば、穏やかな顔で寝ていて……寝言でこれはどんな拷問だと少し思う。熱は、汗かけば良いからと体調を崩してる女を襲う奴もいると聞いたけど、この様子では耐えられない男ばかりを責めるのはおかしく思える。
だってよ、それくらいには色っぽい。汗に塗れた身体と、熱った頬、そして瞳を開けば熱に潤んで目元は赤く染まっている。
それは行為中のそれと変わりは無いだろう。その上で弱っているからこそ無防備で、こうやって男を惑わそるのだろうから。
……それでも今は耐えてやるかと思えるのは、珍しく甘える様子を見せてくれる強がりなナミの仕草が理由だろう。それに、そんな事をすれば間違いなくマルコとナース達により、ナミと暫く会わせても貰えなくなるのは目に見えている。
俺は雑炊を食い終わると、マルコに言われていた通りにナミの額にあるタオルを取り替える。手にしたタオルは温かくて、本当に心配になっちまう。
何度もそれを繰り返し、氷枕を取り替えて……とやる内に、眠っているその呼吸が落ち着いて来たのに気付く。もしかしてと様子を見れば、ナミがゆっくりと瞼を開いた。
「エース?……もしかして、ずっと、看病してくれてたの?」
「おう……」
「……雑炊も、エースが作ってくれたのね」
「うん。でも、塩、強すぎたな」
俺の言葉にナミは小さく笑うと、それで良いのよなんて言う。何がいいのか分からずにいると、ナミは気怠い様子でゆっくりと腕を動かし、俺の頭を撫でる。
「熱で汗かいてるから、塩分は多めの方が良いの。今のエースには、つらかったかもだけど、通常なら美味しく感じたと思うわ」
「……俺も、普段ならそんなに気にならねェかもって事か?」
「そうなるわね。いつも動き回って汗かいてるし、基礎の体温も高いから暑がりでしょ?だからね、普段なら美味しかったと思うわ」
そんな風に言って、具合も悪いだろうに笑うナミは、優しい姉の顔をしている。その時、結婚を期に刺青を右肩にも入れようかなとナミが言っていたのをふと思い出せば、滑らかなその肌が惜しく思えてきた。
「刺青、増やすのか?」
「そうしたいと、思ってるわ」
「……綺麗な、肌なのに……」
俺が言えばナミは病気とは明らかに違う様子でその顔を赤く染めるので、ん?と思ってナミの顔を覗き込めば、明らかに動揺した様子だ。でも、肌が綺麗なのはいつも言ってるのに、どうしたんだろう?
「…………を…………ぃ……」
何を言ったのか全く聞き取れず、首を傾げたらナミが勢いよく言葉を口にする。それは鬼気迫る勢いでもあった。
「エースの印を、消したくないって思ったんだから、しょうが無いじゃない!!」
言われて左肩に俺の印、つまりスペードが刻まれているのを見れば、何だこの可愛い生き物と思って思わず強く抱き締めていた。そのまま唇を重ねると、口内がいつもより熱くて……。
しかし夢中になるより早く頭に走った痛みで顔を上げると、鬼の形相をしたマルコが仁王立ちしていた。やばいと思った直後、覇気を纏った鳥の足で蹴られ、踏みつけられる。
それにナミが慌てて身体を起こして、俺を庇おうとすればマルコにナミが叱られる。その上でナミは、直後に熱で意識を失っちまった。
その後散々に叱られた俺は、けれども言い訳も聞いて貰えて、マルコの見張りつきて傍に居させて貰っている。その状態でマルコは書類を書いたりしていて、本当に忙しそうだ。
「なァ、マルコォー……」
「なんだよぃ」
「ナミが、刺青入れたいって。右肩に」
「……そうか」
「そうかじゃねェよ。勿体無いと思わないか!?」
「……エースの事を考えて、今まで入れてなかっただけだ。認めてやれよぃ」
意味が、分からない。俺の為?
そんな俺の思考を読み取ったようにマルコは笑うと、仕方ない奴だよぃなんて言う。そして、簡単に説明してくれた。
それは、ナミが親父や兄貴達よりも、俺を優先してると分かりやすく示す為に、白髭の印を入れなかっただけだと言うのだ。そう言われれば、確かに俺よりも親父かといじけてた時期があったのを思い出す。
まさか……と思ってナミを見詰めれば、時々苦しそうにしながらも眠っているナミ。何も言わなくても、その身に刻まれたそれがそんな意味を持ってたと知れば、今度は俺の顔が熱くなる。
「……今度はエースが、何かのウイルスにかかったかねぃ?」
そう言って笑うマルコは、分かってる癖に診察してやろうかなんて言うから、いらねェよと叫んで甲板に飛び出した。……早く回復してくれないと、俺からナミに想いを返すのも難しい。
そんな事を思いながら雄叫びをあげたら、フォッサから五月蝿いと叱られちまう。そんな俺を見て、ビスタが呆れを隠さないのもまたイラッとする。
「手綱が寝てるからな。今は我慢してやろう」
「タヅナ?寝てる?」
「グララララララ!エースはナミがいないと暴れ馬だって話だ。アホンダラ!」
突然入って来た親父の言葉に、酷ェと叫べば皆の笑い声が谺響する。……だからほら、早く起きろよと熱に苦しむナミを思いつつ、やっぱりナミの所へと戻る俺に、皆がまた笑っていたのは俺には与り知らぬ話だ。
時間間に合わなくてごめんなさい!