戦争が終わって、でも、私の知る運命には進まなかった。それは喜ぶべきか悲しむべきかと問われたら、喜ぶべきだとは分かってる。
確かにこの戦争では大切な家族を何人も亡くしたけど、隊長格の人達は全員生きているし、親父様も生きているわ。つまり、運命は変えられたという事。
ただ、黒髭も生きていて……私も、何故か生きてる。予定では、エースの代わりにルフィを庇って私が死ぬ筈だったのに……。
そう思えば苦しくて、どうして私が生きて皆がこんなに傷付いてるんだろう。私がもっとしっかりしてたら、被害を今よりも減らせた筈なのに……と、自分を責めて、でも泣く資格もないから顔を上げる。
……それでもきっと、黒髭がグラグラの実を得ていない事はこの先大きな意味を持って来るわ。何よりも、四皇の地位に黒髭が上がれる可能性は現状皆無に均しい。
前を向いて、必要な情報を精査して……守らなきゃ。大切な家族を。
そう思うと賢くて強い親父様は無敵に思える。影響力もあり過ぎて、何かの時には代わりにと思うけど……そんな事をしたら泣かれるのも分かるから……強くて賢くて優しいとか……勇者様か。
「やっぱり、親父様は偉大だわ」
「……たまには夫を褒めてくれてもいいと思うぞ、俺は」
「あらエース、褒められるような事を、何かしたの?」
意識散漫だった私は、突然聞こえた声に内心心臓バクバクなのに笑ってそんな事を言う。そんな私にエースは、ひでェななんて笑いながら隣に立った。
隣に立って、同じ方向を見ていても必ずしも同じ景色が見える訳じゃない。それでも、価値観とかを含む多くの物を互いに理解しようとしてるのだという事が伝わる、この姿勢が私は嬉しいの。
「……エース、ありがとう」
「ん?」
「生きててくれて、ありがとう。もう、私の知る未来は消えたわ。悲しいばかりの未来はもうない」
「……ナミは、1人で抱え過ぎなんだよ。俺も悪かったけどさ」
そう言って困ったように笑うエースに、飛び付くように抱き着いて、その頬にキスをして逃げる。それにより僅かに動きを止めていたエースが真っ赤になって、ヤり逃げかよ!?と人聞きの悪い言葉を口にする。
そんなエースに、いつの時代の人間だと思うような言葉を向けて逃げ続ける私は、多分随分阿呆っぽい。でもね、これ、結構本気でやらないと危険な遊びでもあるのだ。
「ふふふ!私を捕まえてごらんなさーい!!」
「うがァ!!逃げ足早すぎだろ!?」
「それやるなら、浜辺にしときなよ。モビーでやらないでよ……」
疲れたような声を響かせるハルタに皆が笑いだして、私が捕まるか逃げ切れるかで賭けが始まった。その元締めにイゾウが名乗りを上げて、マルコがオッズを付けるから、騒動は大きくなるばかり。
賭けが1区切りした頃を見計らって、私は親父様の元へと逃げ込みその膝で休憩すると言う暴挙に出たらエースが卑怯だろー!!って騒いだけど、正直疲れたんだもん。べ~って膝の上でやってから、親父様に問い掛ける。
「ねぇパパ、次の島にはいつ頃行くの?」
「……そのパパ呼び辞めろ。何でも叶えてやりたくなるから、それは駄目だ」
「わかったわ。お願い事がある時だけ使うようにする」
「余計駄目だろ!?」
笑い合う私達の声はモビーの中にある暗い空気をその時だけは払拭出来る。それを狙っての事だと皆わかってるから、こんなに騒いでも許されるのだ。
そして常夏の無人島へとモビーが到着したのは、その二日後だった。泳いで来るーと言って飛び出した私に、先に測量じゃ無いのかと声をかけたのはビスタで、それにそうよねと頷いて私はビキニ姿で森に突入した。
そんな私にナースのお姉様達は叫んだけど、白髭の縄張り内にある無人島だもの、獣にだけ気を付ければ問題ないと思うのよね。そんな事を考えながら、私は足を進めた。
それが大きな過ちだと、この時の私は知らなかったのだ。まさか、戦争で目立ち過ぎた私を気にしていた人物が接触してくるなんて、考えても見なかったのだから。
それでも、測量を終えて1人で頷いていた所に桃色の羽根が落ちてくれば警戒くらいする。嫌な予感がしてクリマタクトを構えると、フッフッフッフッフッ……と聞こえて来て内心で舌打ちした。
こんな事になるのなら、誰かには着いてきて貰うか、遊ぶ直前に脱ぐようにしたら良かったわ。布一枚でも、その効果は計り知れないものがあるもの。
「やっと会えたな……ナミ?」
「……はじめまして、じゃないかしら?」
強気に返してみるけど、こんなものフリでしかない。実力が、違い過ぎる……!!
けれども笑う男は寂しい事言うじゃねェか……なんて言うから、クリマタクトを握る手に力が入る。何が、寂しいと言うのか。
「戦場でも会ってるだろ。忘れられた事なんざ、これ迄無かったってのに……」
「新たな経験だなんて、その歳を考えたら貴重じゃない。良かったわね」
「フッフッフッフッフッ……俺の筆下ろししてくれたんだ。今更、他人行儀は無いだろ」
「あらヤダ、私……チェリーボーイに興味無いのよ」
フフっと笑って見せる私に、ニンマリと笑う男。本当に厄介だわ。
どうにかして皆に知らせなきゃと思う。思うけど、向けられる攻撃を躱すだけで精一杯な私には、対応しきれない現実がある。
クリマタクトを左手に持ち替えて、右手に短剣をと思った時、右手が動かなくなる。しまったと思った時にはもう遅くて……それを切っ掛けに全身の自由を奪われてしまう。
「……戦場で見た時、幻かと思った。あんな何年も前から現在迄姿が全く変わらないなんてのは、有り得ねェだろうからな。それでも、悪魔の実の能力者ならばと考えた」
何を言われてるのか分からない。けど、これは大切な情報だと思う。
だから私は黙って話に耳を傾ける。力じゃ適わないなら、情報戦しか私には残されてないもの。
「その為に調べた。それが理由で迎えに来るのが遅くなっちまった。……あの時の〝ナミ〟と名乗った女とは別人とわかっちゃいるが、それでも……お前は、俺のものだ」
ゾクリと全身が震えた。けど、身体は勝手にドフラミンゴの元へと歩み寄り、自らその首に腕を伸ばす。
迎えるようにドフラミンゴが身を屈めれば、しかと抱き着き……糸で操られているとは言えども、自ら唇を重ねてしまう。そのまま深くなる口付けに、息苦しさに涙が滲む。
「んっ……ぅ……!!」
その次の瞬間、ドフラミンゴがその顔を離した。理解出来なくて見つめた時、驚愕に彩られているその顔が見えてしまう。
何かしら?
私のキスが思ったのと違ったとか?
そりゃ、私はエースしか知らないけど、多分そんなに下手では無いと思うのよね。でも、この身体だと下手だと思われてたなんて事は無いような気がするから、やっぱり実力不足を驚かれたのかな?
「そうか……そういう事か……!!ナミはナミだったんだな」
本気で意味が分からなくて、でも離れる事も出来なくて戸惑っている間にビキニの紐は簡単に解かれてしまう。声を出せないように塞がれた唇をそのままに、ドフラミンゴにより愛撫が始まる。
身体は当然ドフラミンゴに都合が良いように動いて、身体が程よく湿った所で地面に腰を下ろしたドフラミンゴに自ら跨る。でも、そんなの私、やだ!!
「やっ……!嫌!」
「自分から乗ってる癖に何言ってやがる。安心しろ、俺ので慣れたら他の奴なんか相手は出来なくなるからな」
「いやぁー!!」
その瞬間聞こえた、聞きなれた声に振り向く事も出来ず、けど……挿れ無くて済んだことにホッとする。怒りに声を低くするエースが本気で怖いけど。
「人の妻に、手ェ出してんじゃねェよ!!」
「ナミから乗って来たんだぜ?見てたんだからわかるだろ」
「操ってたのは分かってる。だいたいナミが本当に自分から乗る時はもっと色っぽいし、恥じらいを捨てきれないから可愛いんだよ!!……つまり、今のナミは操られてる!」
私はエースに何を言われたのだろうか。不貞を疑われなくて良かったと喜ぶべきなのかな?
いや待て私、流されちゃいけない。ここはちゃんと突っ込むべきよ!!
「ちょっと待ってよエース!!突っ込む所おかしいから!!」
「おかしくねェよ!!後でしっかり俺のを突っ込んでやるから、今は黙ってろ!」
「エース!?」
この状況下で言うのがそれ!?気遣いとか、優しくするとか、慰めるとか、普通はそうなるんじゃないの!?
……まぁ、エースが普通な訳が無いんだけど。でもさぁ……。
そのまま炎を操り戦うエースと、動けない私と、ニヤニヤ笑うドフラミンゴの戦いとなり……気が付いた時にはマルコ達も来てくれていた。そんな中で突然、バサりと頭上からかけられたのは、サッチのコックコートで……。
その頃になって、漸く糸から解放されて動けるようになった私が頭からそれを下ろして前を合わせると、サッチに頭を撫でられた。安定の兄である。
「しっかり着とけ。上だけで悪いが、ナミならミニのワンピース程度にはなる」
その言葉に頷くと泥とかで汚れてる上に原型を留めてないビキニが目に入り、使うのは諦める事にした。そんな私の方へと流れ弾的な炎が飛んで来ると、サッチがそれを軽く弾いてくれる。
いつもはキッチリ着込んでるサッチが上半身むき出しである違和感は強いけど……でも、何だか酷く安心する。必ず守ってやると笑うサッチに、ありがとうと答えた自分の声が情けなくも震えていた。
「でも、エースの火が飛んで来るから、サッチも気を付けてね」
「あ?……俺、コックなんだけど?炎怖がってたら、仕事にならねェだろ。……気にしなくていい」
うわぉ、カッコイイ!……どうしてこれでモテないの?
残念臭が漂い続けるのは何故。本当に勿体ないわ。
「その……あからさまに俺を哀れむ視線向けないでくれる?マルコに言いつけるぞ」
「マルコは、この話題なら私の味方してくれると思う」
エースと共に戦う姿に視線を向けて言えば、サッチは項垂れた。現実を見つめてしまったらしい。
「今回は分が悪いな。……ナミ、次はちゃんと天国見せてやるから……待ってろよ」
その言葉を残して去るドフラミンゴをエースは追いかけようとするけど、それをマルコが止めて私を示す。すると私へと振り向いたエースが、そのまま目を見開き慌てた様子で私の元へとかけて来た。
その勢いのままに強く抱き締められて、エースの胸に汗とは違う水滴がぽたぽたと落ちるのを見て、私は漸く自分が泣いていたと気が付く。怖かったのだと、気付かされてしまう。
そうなれば身体は勝手に震えて、呼吸さえ辛くなってしまう。そんな私の背中を優しく叩きながら、エースは言う。
「こうならない為に、わざとあんな態度で応戦したのによ……。でも本当に……間に合って、良かった。ナミが無事で……良かった」
「えー……ス!」
「怖かったな。もう、大丈夫だ。……早く、家に帰ろう」
最も安全で、優しいその場所に帰ろうとエースは言ってくれる。それに頷けば、涙を唇で拭って、そのまま見つめ合ったと思った直後に重なる唇。
慰めるように、癒すように、甘やかすように、エースが私に角度を変えて何度もして来るキスに夢中になっていた。それが落ち着いた頃、冷静な声が聞こえて来た。
「それで、ナミは歩けそうかよぃ?」
「裸足だし、俺が抱いて行くから大丈夫だ」
「戻ったら風呂と治療だなぃ。その後は……勝手にイチャついてろよぃ」
クッ……と笑うその人に、私は赤くなる。そうして冷静になれば周りには何人もの隊長達。
エースしか見えなくて、皆の存在忘れてたわ……!!
そうして他に逃げ場も無かった私は、エースの胸に顔を埋める。そんな私にエースが小さく震えて、それから抱き上げてくれたのでそのまま身を任せてしまう事にした。
今は、誰の顔も見られそうにない。それくらいには、私の心が弱っていた。
モビーに帰り着くと、私は親父様に話をする隙も与えられずに、ナースのお姉様達に預けられた。その結果私は磨きあげられ、診察着に着替えさせられた直後に若先生に検査と治療をされる事となる。
それは怒涛の勢いとしか言えない。それでも確認すべき事項はあるのだ。
「エースは……?」
「マルコ隊長と一緒に親父の所へ報告に行ってますよ。……こうして、ゆっくり話すのも久々だな」
「えぇ……。いつも、ありがとう」
「こっちこそ、ありがとう。ナミが居なけりゃエースは……。副船長が居なければ、船長は死んでた。流石はスペード海賊団が誇る二人だと思ってる」
今はもうその立場にない。それをわかってて、この人はそう言うのだ。
本当に感謝してるのだと、そう思ってるそれが伝わる。それに小さく笑って、大切な昔からの仲間に抱き着く。
その瞬間に開いた扉の向こうでエースが固まり、そして……首を傾げた。少し暗い空気を放ちながら。
「……今は、操られてねェよな」
「うん。感謝の意味で抱き着いただけ」
「……その癖、直せ。ナミは俺の妻なんだって……自覚持たせてやるから」
その言葉を聞いてビクリと震えた私は、おかしくない。絶対に!!
縋るように若先生に視線を向けたけど、いい笑顔で手を振られてしまう。それにそんな!?と思いながら部屋に運び込まれた私は、その日から2日程……エースにタップリと私が誰の妻なのかを教えこまれる事となった。
よく生きてた私……と思ったのは当然と言える。エースの無尽蔵な体力と、1般人に毛が生えた程度の私を比べないで欲しい。
ただ、おかげで私は、泣く暇もなければ、怯える暇もなかったのは確かな事。何も考えてないようで、いつも色々考えてるエースだから、きっとこれもそんな所まで計算してのものだろうと思えば怒る気にはなれなかった。
この先ドフラミンゴと言う謎の敵が現れた事に、親父様が心配してくれる事は間違いなく、エースの執着も強くなるだろう。家族が過保護になるのも、こればかりは仕方ないなと思えたので、私はそれを笑って受け止めた。
波間の向こうを目指して、私達は見えない明日へと続く航路を進む。それでも皆が居る今よりも幸福な時等無いのだから、これを1秒でも長く続けて行けるように最大限の努力をしようと私達は心で誓い合っていた。