こっそり練習していた舞は、思ったより上手く出来たと思う。1通りは舞えるけど、やっぱり本業は巫女舞だからどうしても歌舞伎を元に作られた日本舞踊系の物は、慣れてないのだ。
他の踊りも人前で恥をかかない程度には、踊れるんだけど……琉球舞踊だけは無理。あの独特な距離感は、私には再現しきれない。
和の文化だけでなく、海外の踊りも恥はかかない程度に踊れるからこちらの世界でも役立っている。正直、和の舞は戦いでしか役立っていない気がしてたから、この間は嬉しかった。
そんな事を思いながら、お正月の時の写真をアルバムに挟み込む。すると顔を覗かせたエースが、それを見て納得したように頷いた。
「この、娘姿のナミ、すっげー綺麗だった。鷹匠の時はカッコよかった」
「……ビックリする位、小学生の感想文ね」
「ショーガクセー?」
意味は当然通じなくて、そうだったと思いつつ笑う。説明できないから、誤魔化し方も雑になるけど、エースは深く突っ込まないから助かるわ。
「いいの、気にしないで。宴の時とかはいつも写真撮ってくれる人がいるのね。ちゃんと配ってくれるから、それぞれ挟んであるのよ。……ほら、エースが女装した時の写真もあるわ!!」
「それ貸せ!燃やしてやる!」
「それ、返せないから貸すのとは違うじゃない。返せない物は、借りるとは言いませんっ!!」
「つべこべ言わず寄越せ!」
「そもそもコレは私の私物だから、エースが手を出す権利はありませーん!!」
アルバムを抱き締めてンべっ!ってやれば、エースが生意気にと言いながら抱き締めてくる。それに笑いながら過ごしていたけど、空気が変わるのを感じ取ればエースを突き飛ばして表に飛び出したのは当然の事。
この風は、空気は……サイクロン……!でも待って、急がなきゃ!!
「総員!!三時の方角に急いで!!七時と十時の方角からそれぞれ大型のサイクロンが来るわっ!!」
「「「ぬァにィ~!?」」」
サイクロンの進行速度によっては、急いで避難したとしても巻き込まれる。でも、三時の方角に突き進めば背後で合流する筈だから、その後は変化が起きるのを待って指示を出すしかない。
悲鳴のような声を上げて、バタバタと動き出した皆に視線を向ける余裕は無い。今、この場は私が皆の生命を握っているのだから。
どうしても余波の雨が降り注ぎ、波が荒れる。その中で全力で進んでくれるそれの中で、二つのサイクロンが合流した。
「……総員!!九時の方角へ舵を切って!!全力で逃げてっ!!」
ぶつかり合った二つのサイクロンは、今モビーのいる方に向かって出力を高めてる。動き出したら、その瞬間に恐ろしい速度で動く筈だわ。
舌打ちしたくなるのを抑えて、皆が動かしてくれるのを信じるしかない。けれども波が高くなり続けて、それにより後方を陣取る私は幾度と無く波に洗われてしまう。
ここを乗り越えたら、お風呂に入りたいな。……なんか、異様に、寒い。
そんな事を考えた直後、サイクロンが動き出したのを確認して声を上げる。ありったけの声量で。
「全速前進っ!!サイクロンが、こっちに向かって来るわよっ!!」
私の言葉に呼応するように、雄叫びなのか怒号なのかも分からない皆の声が響いて、サニーは突き進む。サイクロンの脅威はそれにより時と共に遠ざかり、私は安堵の息を吐き出した。
「皆、もう少しよ!踏ん張って!!」
後は距離さえ取れれば何とかなると判断して、私はそれを伝えようと少し離れた所に座ってる親父様に声をかけようと口を開いた所で……突然の波に呑まれて、海へと沈んでしまった。私を助けようと手を伸ばすエースと、それを羽交い締めにするサッチの姿が見えたけど……何かを伝えるだけの隙はない。
エースが飛び込まなくて良かった。大丈夫だと伝える事もできなくて、私身体は海の中へと沈んで行くけど、心底サッチには感謝してるのよ。
でも、大丈夫。私は泳げる。
そう思って、でも無理に波に逆らわずに様子を見る。今は下降水流になってないから、流されても大丈夫。
下降水流にぶつかったら横移動して行けば、上昇水流に入れるからそれに乗れば海面に行ける。問題は息がそれ迄持つか……って所ね。
そう思った時、何かが視線の先で沈んで行くのを見付けて、それが人だと気付いてしまえば少し無理してでも助けなければと動き出す。明らかに下降水流なのに、真っ直ぐ筋力で登ろうとしてる阿呆に呆れそうになりながら、潜水して行く。
そうしてその場で足掻いている人の服を引っ掴んで引き寄せれば、下降水流から逃れた瞬間にその人物は物凄い速度で海面へと登って行く。服を掴んでいたから、私までそれに引っ張られてしまい海面に到着出来たけど……。
……なんか、見覚えがあるのよね、この人。……誰だっけ?
「助けられたな。娘、名は?」
すんばらしい美声だなとは思う。でも、そんな事より、寒い。
恐らく私の唇は今紫だろう。そんな事を考えつつ荒い呼吸を繰り返し、整いきらない状態で見える大波により会話を断念した。
「……まだ、助かってないから、油断しないで」
「……ふむ。では、少し大きく息を吸え」
何がではなんだと思った直後、本能が従えと言うので従って息を吸えばそのまま男が私を片腕に抱いて泳ぎ始める。もう私には、抵抗する体力も気力も無く、温かなエースに逢いたいなぁと心の中で呟いていた。
そうして到着したのは近くの島で、海岸線を見るに親父様の縄張り内だと分かる。この島には前に来た事があるわ。
無人島だけど、希少な動物が生息してるからと保護する為に縄張りに加えたのだと話していたのを思い出す。とりあえず雨が降っていては火も起こせないから、今更だけど雨宿りしなきゃね。
「……こっちよ、着いてきて」
記憶が正しければ……と言うか、地形が変わって無ければ、この先にそれ程深くは無い洞穴がある。途中で濡れているのはわかっていて落葉や小枝を拾いながら進み、洞穴へと入れば男も理解した様子で入口で重そうな衣服を脱いで景気良く絞り始めた。
豪快に落ちる水を見て、それを着てあれだけ動き回れるのかと感心しつつその肉体美につい見惚れる。この世界の人達は、本当にいい身体してるわ。
私もと思い、まずクリマタクトを取り出して拾って来た物を乾かしながら奥へと投げ入れて、自分の着ていたものを脱いで軽く搾ってから自分と服にも乾燥するように風を当てる。そうして乾いたものを再び着て奥へと進み、木の枝と葉っぱを使って簡単な焚き木にしてしまえば、男が興味深そうに私を見ているのに気付く。
「なぁに?」
「見事なものだな」
「その服も乾かすから、貸して」
「ああ、頼もう」
焚き火なんて大抵誰でも出来る。確かに火起こしは面倒だけど、私はクリマタクトがあるもの。
そう思うからこそ、会話をバシッと断ち切るように別な事を言ったのに、男は気にした様子も見せない。それどころか素直に応じられてしまうのだから、対応に困る。
そうして差し出された物を1枚ずつ乾かして、その中に下着もあるのを見て小さく笑って返せば男はなんの躊躇いもなくそれを受け取った。なのに、何故か着ようとはしないから首を傾げれば、焚き木をじっと見ているのが分かる。
とりあえず木の枝が含まれてるから、二時間位は持つ筈だわ。何か気になるのかしら?
「……もう少し拾ってこよう。着ていなければ、問題あるまい」
「いや、裸体で歩き回るのってどうなのよ?」
男である証もブラブラしてる訳でしてね。そりゃ、私は気にしてないけど、常識的にはどうなのよ?
無人島とは言え、外なのよ。プライベート空間じゃないのよ?
「誰も居ない事はわかる。ならば、気にする必要はあるまい」
そう言って服を置いて雨の中突き進む裸体の男を見送り、私は発煙筒に火を付けて入口付近に置いておく。真っ赤な煙が上がるこれは、いい目印になるからあの男も迷わず帰ってこられるだろうし、何より皆が安心するだろうと思えた。
雨の中でも煙はちゃんと空へと向かうから、何とかなるだろうと小さく笑う。その間にと1人の時間を利用してビキニや髪の毛も乾かしておけば、差程経たない内に裸体の男は帰って来た。
その男の身体から水気を取ったのは、洞穴の中を濡らされて火が消えたら嫌だと言うのが1番の理由。だって、震えが止まらないくらいに寒いんだもの。
それに何だか、胸が苦しい。それにしても……男は発煙筒を気にしてるけど、私は男が壁に立てかけて行った巨大な剣が気になって仕方ない。
どこかで見たような気がするのよね、それも最近。なのに、思考が上手く働かない。
乾いた身体を不思議そうにしながらも拾い集めて来たらしい木の枝を私の前に置いてから、男は衣服を纏い始める。その男の瞳は、何とも珍しく鷹を思わせる美しいもので……?
「鷹の、目?」
「いかにも。……戦場でも会うたな、白髭が有する自慢の娘〝宝玉〟であろう」
「あら、ホンモノ?」
「俺の偽者が居るとの話は、ついぞ聞いた事が無い」
まぁ、そうよね。世界一の大剣豪と呼ばれる男に成りすましたとして、安全性は担保されないもの。
通常ならばその名前だけで怯えて手を出さないとしても、七武海である為に他の海賊からは目の敵にされて、海軍からは所詮海賊と罵られる。その上海軍が偽者と判断すればそれは即座に捕えられるのだから、成りすました時にリスクしかない存在なのだ。
そういう意味では、ただの海賊として生きていればこの人はきっと偽者が溢れ返ってたタイプだろうと思う。誰でも真似できそうな服装だもの。
「主、名は……ナミだったか」
「え?ええ、そうよ。えっと……ジュラキュールさん?」
言いにくいのよね。ジェラシックパークみたいな名前だなとか、そんな事思った事もあるけどそれ以外には言いにくい名前だなしか感想を抱けない。
この世界は日本と同じで、氏が前に来るからジュラキュールが氏の筈なのよね。だから、名前で呼ぶよりはと思ったのに……何故か嫌そうな顔をされる。
「ナミ、俺の名を呼べ」
「名前って……ミホークさん?」
「敬称は要らぬ」
「ミホーク?」
「それで良い」
漸く満足したらしいミホークに、確かに海賊として生きていると通り名か呼び捨てが多いから、敬称は気持ち悪いのかもと思う。私もポートガスさんって呼ばれると、不思議な気持ちになるもの。
そんな事を考えていたら、いつの間にかすぐ近くに迫っていたミホークが私の腰に腕を回していて、顎を指先で掴まれる。どうしたのかとその瞳を見詰めれば、可笑しそうにミホークが笑った。
「この状態で、状況把握せぬとはな。生娘か?」
「……人妻ですが?」
エースと結婚してるの、案外広まってないのよね。元々がエースも私も有名で、どちらも最初からくっついてて、更にはどちらも白髭海賊団に所属してるから変化が分からないのかも。
昔から何かあると私がエースを〝弟〟と呼んでいたから、手配書の名前がナミからポートガス・ナミに変わっても姉弟だからだと、気にされないのも理由かも知れない。でも、私は本気でエースはおマセさんなだけだと思ってたんだもん、弟扱いして当然だと思う。
何より中身は成人してた訳で、そんな時に幼い少年から向けられるそれを恋愛として見られる筈が無いじゃない。だから、分からなかったのは事故よ、事故!!
あの頃から好きだったなんて……普通思わないじゃない。私もそりゃ、可愛いとは思ってたけど、種類が違うって言うか……。
「……この状況で、他の男を想って頬を染めるとは……初の経験だ。主、面白いな」
「ほぇ?」
男の存在を忘れて思い出に浸ってたから、変な声が出た。 そんな私を男は楽しそうに見るけど、何が楽しいのかサッパリである。
「人妻という事は〝火拳〟の妻か。……1戦混じえてやるから、俺の物になれ」
「……タチの悪い冗談、辞めてくださいな。私は、エースの女ではあるけど、誰の物にもならないわよ」
エースに所有されてしまえば、何かあった時私は荷物にしかならなくなる。だからと思って口にした言葉に、ミホークは笑ったらしかった。
直後私の視界が揺れたと思ったら床に押し倒されていて、ミホークの身体があった場所を火球が通り過ぎた。それにより私の意識は入口に向かう。
「エース!!」
「ナミっ!!無事か!?……鷹の目、俺の妻を返してもらおう」
「海賊が1度手にした宝を簡単に手放すと思うのか」
「なら、戦うまでだ」
エースは間髪入れずに言うけど、どうしてこうどちらも人の話を聞かないのか。そもそも今、ミホークが押し倒さなければ、私燃えてたんじゃない?
「……愚かな。俺が武装色の覇気を扱えると、知らぬ訳でもあるまい」
「俺も伊達に白髭の隊長やってねェんだよ」
そうして狭い洞穴で戦いが始まるかと思った直後、妙に息苦しさが強くなって来た。ずっと寒いとは思ってたけど、火の傍に居るのに寒さが増して、身体が勝手に震え出す。
1人の時ならともかく、人がいるのに震えが止まらないなんておかしい。私、どうしちゃったの?
「ナミ?」
私を抱いているミホークが、驚いたような声で私を呼ぶ。でも、唇さえまともに動こうとはしない。
世界が歪み、呼吸が瞬間毎につらくなる。苦しい……。
「ナミっ!!鷹の目、ナミを返せ!!」
「何を……」
「身内の傍じゃねェと、ナミは……!良いから返せっ!!生命に関わるんだよっ!!」
意識が朦朧とする。でも、この温かさを私は知ってる。
「えー……す?」
「すっげェ熱だぞ!?すぐ帰るぞ、ナミ。マルコ達来てるから、ちゃんと治してやるからな」
「……あったかい」
「分かった。寒いんだな。……笛、借りるぞ」
何するつもりだろう。クーちゃんを呼ぶ笛なのに。
そう思った直後、笛が使われたと思ったら、マルコが姿を見せる。どうなってるのかと思ったら、どうやら鳥笛はマルコにも届きやすいらしい。
今度から、困ったら笛使おう。マルコは鳥なのね。
「……ナミがおかしいねぃ。鷹の目、どうしてもナミが欲しいなら、白髭海賊団と全面戦争するつもりで来い。俺達が〝家族〟に手を出させない事は知ってるだろぃ」
「不死鳥か。……少し検討して出直そう。本人が望めば、貰い受けて構わぬだろう?」
「ナミはエースしか見えてねェよい」
そんな会話が、確かに聞こえたように思う。愛しい温もりに包まれて、私の意識は深く沈んで行く。
エースのこの世の終わりのような声を聞いたような気もするけど、そんなに心配しないで良いのにと、心から思ってしまった。それからどれくらいの時が流れたのか、目覚めると点滴されながら親父様の部屋で寝ているらしい事に気付く。
……なして、親父様の部屋?
「起きたか」
「親父様?」
「エースとナミの部屋だとエースが落ち着かなくて変な事し出すし、診察室だとエースが通って来て他の奴らの治療に障るからと俺の部屋に隔離された。……肺炎だったそうだぞ」
「海に落ちたからね」
色々言わなくても疑問に気付いて説明してくれる親父様に、つい笑ってしまう。海に落ちたからって肺炎とか、少し情けないわね。
そう思った時、親父様の眉間に皺が寄った。どうやら心配してくれてるらしい。
「その前から、調子は悪かった筈だ。覚えは?」
「……落ちる直前に寒いからお風呂入りたいって思ったわ」
「まったく、困った娘だよ。必死で隠してるってのに、変な男引っ掛けて回るしなァ?」
「まったく身に覚えがありませんが?」
本気で言った私の返事にグララララララ!と笑った親父様は、もう少し寝てろと笑ってくれる。頭を撫でてくれるその温もりに笑えば、診察の為に来たマルコと若先生も笑顔を見せた。
そうして後2、3日寝ていれば良いと言われた時、飛び込んで来たエースが私から離れなくなり、辺りは笑いに包まれる。そして何故か私は異口同音に〝変なの引っ掛けんな〟と言われ続けたのだけど、何を言われているのかサッパリわからない。
ただ、確信的に言える事がある。私は愛されていて、今幸福に包まれながら、波間の向こうを目指して進んでいるという事。