誰も見付けられなかったその島を発見したのは、ナミだった。それはまァ、よくある事で誰も気にしてなかったんだが……。
フラリと歩き出したナミは、俺の手をすり抜けて行く。いつも俺が呼べば振り向いて笑ってくれるのに、今回は何も反応せずにモビーを降りちまう。
聞こえなかったんだろうか。それとも、ふらついてたから体調が悪いのか……?
「ナミ!!待てよ!!」
体調が悪いなら休ませてやらねェと……!そう思って船縁に近づいた所で親父の制止する声と、マルコの手が俺の肩を掴む形で止められたのが同時におきる。
「エース、待て」
「親父、マルコ、どうしてだよ?ナミがおかしかったん「分かってるよぃ。だから、待てと言ったんだ」」
「白髭海賊団、総員、モビーから降りる事を禁じる!!」
俺の言葉を遮り言葉を向けて来るマルコと、全員に降りるなと命じる親父に目を白黒させていると、何人かは理解した様子で頷き、ナース達は何故か楽しそうに笑いあったりし始める。何だってんだ?
その時イゾウが困ったような、けれども嬉しそうな顔で笑って俺に言う。その説明は俺と同じように理解してない奴らにも、理解できる良いチャンスになった。
「エース、この島は優しい女からの愛情でしか育てねェ植物が居てな、それが育つ為に定期的に女を1人呼び寄せちまうんだ」
「それ、呼ばれたナミは大丈夫なのかよ!?」
「あァ、その女の身近な人間が何もしなければ安全だ。大人しく待ってな」
「ナミ……」
「主人に置いて行かれた子犬みたいになってんぞー」
つい、ナミの向かった方を見て名を呼んだだけなのに、サッチからそう言われて飲み物を差し出された。それをありがとうと言って受取り飲めば、温かいそれに心と身体が少し楽になった気がする。
蜂蜜でも入っているのか、少し甘い。その時ふと、蜜柑の果肉が入ってるのに気付く。
「これ……?」
「ナミと共同開発してるホット蜜柑だ。ホットレモンが作れるなら蜜柑も出来るとかナミが言い出したからな。……どうだ?」
「美味い……でも、渋い」
「やっぱり薄皮入れるとまずいか……ありがとな」
そんな会話をしながら、脳内でナミってマルコの副官だよな……。とか、航海士と作家が仕事の筈……だよな?と思う。
思った所で今更なんだけどよ。そんな事を考えてカップを空にした時、ナミが島から戻って来た。
それによりソワソワする俺から、サッチがカップを奪って去って行く。そんな俺に少し距離を取るようにして戻って来たナミは、腕に何か抱いていて……。
「ナミ、それなんだ?」
「……っ!エース、お願い正直に答えて……」
「ん?」
「1年くらい前に、誰かと、その……肉体関係持った?」
「あァ、持ってるぞ」
何を今更と思う。ナミが16歳の時から俺と関係を持ってんだから、そりゃあるだろ。
足りないからもっとって言うなら、俺はいくらでもやるぞ。ナミの仕事とか考えて、セーブしてるだけだからな。
「ナミと最低でも週一ではやってんだろ。何を今更」
「……!?私、以外でよ!」
「ナミは馬鹿なのか?」
「は!?」
いつ他の女に手を出せると言うのか。俺は、基本的にナミから離れてる時間って、他の隊長か隊員達と居るんだぞ。
俺は1人になる時間なんて必要ねェもんよ。ただ、ナミの傍に居られねェ時間はどうしたってあるから、そん時は他の誰かと用事済ませて、俺の自由時間は全てナミに宛ててるんだからな。
「やってなくてもナミと毎晩寝てんだろ。昼間は離れてる事多いけど、俺もそんなに暇してる訳でもねェし……島に降りる時は誰かと1緒でそんな事できるかよ」
「……でも……だって……」
そう言って落ち込んだ様子を見せたナミは、俺の顔をじっと見詰めてくる。よく分からなくて首を傾げた時、ハルタが優しく笑ってナミの頭を撫でた。
それにより泣きそうな顔をするナミに、ハルタが言う。その抱いてる包みの顔を見たいと。
顔って事は生き物かと思った直後、ぱらりと外れた布から出て来たのは俺そっくりな子供で……。え、て事は……?
「ナミ!?」
「な、によ……」
「産んだのか!!」
「馬鹿なの!?生後すぐのサイズじゃないでしょ!?産まれた時に、髪が生え揃っててたまるかー!!」
「グララララ……!!いや、ナミ。それはナミの息子だぜ」
「え?でも私、妊娠なんてしてな……あ!!」
驚いた顔でオヤジを見るナミは、その後オヤジから言われるままに完全にお包みから出た頭の上に生えてる双葉を見て、その頬を赤く染めた。意味が分からずにいる俺と、泣きそうな顔で俺を見てるナミにオヤジは続ける。
「ナミはエースをそんなに愛してたんだな」
「親父様……!!」
「3日だけとはいえ、孫だ。その孫の顔、ちゃんと見せてくれ」
「はい……」
すごすごと子供を抱えて近付くナミを、親父はナミごと抱き上げて可愛いもんだなと笑ってから、三日の停泊を命じた。それから話を聞いてみれば呼ばれた愛情深い女が〝もっとも愛する存在〟に擬態するらしいその植物は、三日愛情を受けてその先の成長段階に入れるらしい。
その間にその女が植物と離れたり、島から植物が離れたりすると双方死ぬと言われれば、皆も留まる事に否は無かった。そして、その植物とその女は繋がってるので、植物に何かあるとそれが女にも同じだけのダメージとして伝わると言われては、守らねばとなったのも当然だろう。
「それにしても可愛い」
「エースはデカくてもチビでも変わんないって事だねぃ」
「ミルクじゃなくて水で良いんだろ。持ってきたぜ」
「ほら、少し座ってな。この期間は仕事禁止だよ。わかるね?」
上からハルタ、マルコ、サッチ、イゾウである。そしてナミには全面的に笑顔を向けている子供は、初めはそのおっさん達に戸惑いの視線を向けていたが、次第に打ち解けたかのように笑顔を見せるようになった。
何かあるとナミに縋るようにするその幼い姿が、昔のルフィを思わせる。……あれ、俺じゃなくて、ルフィじゃねェの?
「ナミ、それ……」
そう言って近付くと、俺にだけ敵対心剥き出しにするそのガキの顔を見た瞬間、あ、これ俺だと認識する。でも、ナミはなんか泣きそうな顔で俺を見るんだ。
「ナミ?」
「エース、ごめんね」
「何が?」
「私、エースが、他の人との間にって、疑って……」
「俺は……嬉しかったけど」
「え?」
俺はルフィと似てると思ったんだ。無邪気に甘える姿を見て。
なのにナミは俺だと迷いなく思った。そして、俺にその植物が擬態してるなら、俺をそれだけ愛してくれてるって事だと理解する。
それにより、胸が暖かくなる。俺は、幸せ者だな。
「俺をナミは、誰よりも愛してくれてんだろ。家族でも、ルフィでもなく、俺を」
「それは……」
「俺は、それだけで充分すぎるくらい嬉しい」
「エース……」
言葉を詰まらせて赤くなるナミに、それでも愛されてるのは分かる。寧ろ、俺の方がナミに向けてる愛情が足りねェ気がしてきた。
「俺も、ナミが1番だと言えたら良いけど、親父とどっちなのか自分でもよくわかんねェんだよな」
「エース……ありがとう」
「え?なんで?」
わかんねェのに。ナミはこの船の家族の誰でもなく、故郷の家族の誰でもなく、ルフィやサボでもなく、俺を選んでくれたのに。
どうして、お礼を言われるんだろう。どうしてナミは、こんなにも暖かいんだ……?
「エースが前を見てくれてる。生きようと思ってくれてる。この子を、拒絶しないで居てくれる事が……嬉しいの」
「ナミ」
優しく笑ったナミにそっと近付いてその唇を奪うように重ねた瞬間、ナミがビクリとその身体を大きく揺らした。何事かと見れば子供が俺を殴ろうとして火傷したのが見えて、見れば同じ場所にナミも火傷をしている。
「ナミ!!」
「私は大丈夫よ。ちょっと驚いただけ。ジュニアのが痛かったよね。驚いちゃったね、泣かなくて偉かったね……」
自分の事を放置して子供を撫でるナミに、そうじゃねェだろうと頭を抱える。マルコはそんな様子に即座に飛んで来てくれて、子供も俺に攻撃しようとはしなくなった。
だが、俺にだけ向けられる敵意に、あの頃俺が周りに振りまいていた殺気はこんな感じだったんだろうなと気付かされる。そうなると、ダダンはよく追い出しもせずに育ててくれたもんだよな。
夜になれば子供は寝るからとナミを抱き締めてベッドに入ろうとしたら泣き叫ばれたりして、中々に苦痛な三日間だった。子供はナミを求めて、ナミに構われようと必死で……。
俺も、あんな感じなんだろうなと気付けば切なくなる。ナミはそんな状態でも俺を気遣うように微笑むから、こんなの続けたらナミが壊れちまうよなと思う。
そして迎えた三日後のその日。親父に言われてナミの護衛として島の奥へと進めば、植物との別れが待っていた。
穏やかに優しく笑うナミのその笑顔に、俺は騙されていたんだ。子供が光に包まれて巨大な植物へと姿を変えた直後に、泣き崩れたナミを見るまで……俺は……。
力強くナミを抱き締めると、ナミは子供のように泣きじゃくる。ただ、本当の子供と違うのは声を出して泣かないところだろうか。
苦しさが残るその泣き方に、どうして気付けなかったのかと笑顔に騙された己を呪う。ナミなら、子供の為にと無理してでも微笑むのなんか分かりきってたのによ。
「ナミ……愛してる」
「エース……エース……!」
「俺を、愛してくれて、ありがとう」
「エース……!」
子供なんて欲しいと思わなかった。それどころか、生きていたいとも思わなかったんだ。
でも、ナミとの間になら子供が欲しい。ナミとその子を守る為に、生きていきたい。
未来へ共に進みたいと願ってる。ナミと共に、家族を増やしたいと思うんだ。
「ナミ、俺の子を……今度こそ、産んでくれ」
「え?」
「ナミに似た娘が希望だけど、どんな子でもこの際いい。長男に恥じない子を、2人で守っていこう」
俺の言葉に頷いてくれたナミに、なら薬は飲むなよと笑って抱きあげれば、親父には宿ってから許可取ろうと決めて歩き出す。俺とナミが部屋にそのまま篭った事を責める兄弟は、誰一人居なかった。
この日から後に、白髭海賊団において幼い子供の姿が見られる日が来たのかは、定かではない。ただ後にこの島は、宝玉の書いた手記によりカップル達で溢れかえる有名な観光地になるのだが、それはまだ、誰も知らない小さなこぼれ話。