偶然の遭遇(光源氏14)side
騒がしいのはいつもの事だが、いつもとは質が違うそれに、なんだ海王類なら仕留めろ飯にしてやると思って顔を覗かせる。その時、見慣れない船が2つに割れて沈む瞬間を目の当たりにした。
確かここは
なのに、何があった?
赤髪か鷹の目でも近くに居るのかと辺りを見るが、あの特徴的な船は見当たらねェ。その代わりに、小さな船と1人の少女が見えた。
その少女もまた沈み行く船に視線を奪われているのだから、犯人では無いだろう。なんなんだ、いったい。
そう思った時、声が聞こえた。可愛らしいその声は、けれども幼い声には思えないのはきっと、その内容と緊迫感のせいだろう。
「カリーナ!サイクロンが来るから、9時の方向に逃げて!」
「ナミ!?まさかあんたがこの船沈めたの!?」
「そんなのはどうでも良いから、早く逃げて!」
そんな会話が聞こえれば、助けない選択肢は無くて無意識に樽の上で叫んでいた少女を拾い上げる為に甲板の床を蹴っていた。樽ごと抱いて甲板に戻れば少女は呆気に取られたような顔で俺を見てから、旗印を見て……嘘でしょと呟く。
どうやら〝白髭海賊団〟を知っているらしい。それにしても、血の臭いがすげェな。
少女から腕を離せば、抱えていた筈の腕の部分は真っ赤に染まっていて、この出血量はヤバかねェかと眉を寄せる。それにも関わらず少女は俺に対して小首を傾げるに留めるから、明るく声を掛けて様子を見てみる。
「……サイクロンが来るってんなら、樽じゃ危険だろ。この船も動かすから1緒に移動しようぜ!」
「ならば9時の方角へ急いでください。時間が余りないです!」
「おしきた!」
俺の声につられるように兄弟が動き出す。樽を甲板に下ろすと少女は身軽な様子で樽から降りると、辺りを見渡して真っ直ぐに親父に視線を向けた。
「お助け下さったのは、船長様のご指示でしょうか?」
「いや、俺は何も言ってねェぞ」
親父がそれに答えると、少女はご返答ありがとうございますと笑い、俺に視線を向けて来た。何だと思ったら、その姿には似合わない儚げな微笑みを浮かべた。
「お助け頂きありがとうございます。私はナミと申します。4番隊隊長のサッチ様でお間違い御座いませんか?」
「あァ、知ってんのか?」
「船長様と隊長の皆様方だけは、ご尊顔と御尊名を存じております。なれど、パラダイスでお会いする事になるとは考えてもおりませんでした」
……知識は多いなと思った時、少女の足元に血溜まりが出来ているのに気付き、慌ててその体を支えようと手を伸ばす。だがどうやら、それが止めになったようで意識を飛ばしてしまった。
触れた瞬間にくぐもった呻き声を小さくもらして、少女ナミはその場で倒れたのだ。せめて甲板に倒れさせたりしないよう抱きとめる。
その身を抱えて船医を呼べば、眉間に皺を寄せられちまう。その上で、よくもまァこのレベルの怪我人に無闇に触れたものだと嫌味ったらしく、溜息を落とされた。
そうして運ばれたナミが、何処か別な海賊団に所属してる筈だと船医に言われたのはそれから暫く経ってからの事だった。それにしても、気になる事の多い子だな。
モビーはナミの言葉を信じて動かした為にサイクロンを無事に躱す事が出来て、親父は〝恩人〟だなと笑った。そんな矢先に受けたその報告は、隊長達と親父から言葉を奪う。
「なら、なんで俺達にサイクロンの事を教えたんだ?」
誰かが呟くように発したその言葉の直後、船医が口を開いた。それは、何とも悔しそうに。
「んなこたァ知らねェよ!だがな……暫くはここにあの子を置いておくぞ!」
「他の海賊団に所属してるのにか?」
親父の言葉に船医が慟哭のような叫び声を上げた。握る拳が小刻みに震えていて、その仕事に掛けるプライドはわかる気がした。
「医者として!放り出せねェ!……生きてる事が、不思議な大怪我だ。明らかに、拷問された跡がある」
「……待てよぃ。あの歳だ、所属してる海賊団があるとはいえ、まだ見習いか何かが精々だろぃ?」
「仲間は……どうして傍に居なかった?あの時のもう1人の小娘は、明らかに仲間じゃ無かっただろう」
マルコと親父が言葉を向ければ、船医は治療はしたがいつ意識が戻るのか、それ以前に戻るのかも危うい事を伝えて来る。だから、情報が無いのだと。
その時念の為にとナミの元へ残されていたハルタが、部屋に入って来た。誰かを伴って。
それにその場にいた全員が言葉を失う。今、意識が戻るのかさえ危ういと言われていた少女が、凛とした表情でハルタの横に立っているのだから。
「……部屋に、入って貰っても良い?」
「あァ、入って貰え。モビーをサイクロンから救って貰った事だしなァ。礼をしねェ訳にもいかねェだろ」
親父の言葉に従いハルタがナミを中に入れると、室内を見渡してから真っ直ぐに親父に視線を向けて、その場で膝をついて唇を動かす。その視線は、固定されたまま動く事が無い。
「治療をして下さいまして、誠にありがとうございました。……これ以上のご迷惑はかけられません。何処かの島にでも下ろして頂けると助かります」
「礼はいらねェのか?」
「……私が先にサッチ隊長に救われました。そして私はただ情報を提供したのみ。それを回避したのは皆様の判断と操舵技術です。お礼を受け取るなど烏滸がましい」
「……それは、敵船の施しは受けられねェって事で良いのかよぃ?」
親父との会話にマルコが割り込むと、ナミは静かにその視線をマルコに向けて、小さく首を傾げてから納得したような顔になった。それから少し、気恥しそうに笑ったのだ。
「……敵船だと失念しておりました。でも……そうか、それなら……変えられるかも知れない」
「へ?」
突然1人で何かを考え始めたナミを見て、妙な声が出た。それから誰が声を掛けても暫く反応が無くなり、突然顔を上げたナミは親父に真剣な眼差しを向けた。
「前言撤回させてください。もしもお礼を受け取られるのでしたら、どうか〝ジンベエ親分〟との繋ぎを、お願いします!」
「……礼が、繋ぎ?……面白ェな。話を聞かせろ」
親父は興味を持ったようで、ナミから話を聞こうとする。それに対してナミは小さく頷いてから、ジンベエの弟分であるアーロンの居場所と所業について話し始めた。
それを聞けば成程話を伝えたくはなるなと思わされる。それも居る場所が最悪だ。
安全で抵抗力の無い
「ナミは、なんだってそんなに詳しいんだ?」
思わず声を出せばナミは俺に視線を向けて、自嘲的な笑みを浮かべた。明らかにその歳でするべき顔じゃない事に、全員が気付きそれでも言葉を聞く為に黙って待つ他の選択肢が無い。
「……私は、件のアーロン1味の幹部です」
「自分の1味を裏切るのか?」
「……それが、必要と判断致しましたので」
「1味全員が監獄にと言われれば、幹部ならば逃げられねェだろ。その覚悟はあるのか」
「……インペルダウンに行く事になっても、構わないと、この刺青を入れる時に覚悟致しました。私は〝守りたいもの〟があります。それが守れるのならば、他には何もいりません」
俺の問い掛けに少しずつの間を置いて、けれどもしっかりとした言葉で紡ぎだされるのは、覚悟を決めた者のそれだ。その小さな体で、何を背負ってる?
「……何もいらねェってのは、命もか?」
「はい。いりません。ただ、そうなったらきっと悲しませるから、私が死ぬ時はそれを知られないようにしたいとは思ってますし、捕まる時も同じです」
最後の問いには迷いなく答えが返った。微笑みさえ浮かべている。
……家族を、人質にでも取られたか。それを守る為に、心を殺して1味に入ったのか。
思わず親父を見あげれば親父も同じ考えのようで、鷹揚に頷くとナミに言う。もう、頑張らなくて良いと、無理せずに少し休めと言わんばかりに。
「……ジンベエに話は繋いでやる。だから、今は充分だから休め」
その言葉にホッとした様子を見せたナミは、グラりとその小さな体を揺らした。それを咄嗟に支えれば、腕に赤い物がねっとりと流れてきて思わず船医に声を掛ける。
だから動ける体の筈無かったんだと、船医が呻くように言えば、マルコが立ち上がった。協力すると言って。
急ぎ運んだ先でナミは治療を受けはじめ、その傷を見て俺でさえ1瞬迫り上がる衝動に耐える必要があった。それを実際にやられたナミは、どうしてこうも毅然としているのか。
「守る者を持つ女は強いねぃ」
マルコの言葉に、俺はそうだなと呟く。守る相手は、幼い弟妹だろうか。
それとも身動きの取れぬ祖父母なのだろうか。そう迄して、守りたい相手がいる事が、幸福か不幸かと少し考えさせられる。
それからは親父の指示でジンベエ親分と繋ぎを付けて、ジンベエ親分が意識の無いナミの様子を見て怒りに震えた為に、事態は1瞬で動き始めた。ジンベエ親分の為に協力するとの名目で動き出した俺達だった。
だが、俺が意識の無いナミの元へ足繁く通った為に、俺がナミに惚れてるとまことしやかに囁かれている事には、気付けて居なかった。ただ、気になって仕方なかったんだ。
結局ナミの願い通りに守りたかったものを解放した時、それがまさかの村1つだと知った俺達のそれは筆舌に尽くしがたい。親父が妙に気を使ってくれた結果ナミは〝白髭海賊団〟に〝保護〟される事となった。
保護であるからと隊長の誰かと同室と言われれば、いつも部屋を空けているとの理由で俺が名乗りを上げるのは当然だった。それに対して、何故か他の隊長達から生暖かい視線を向けられる事となっちまったが。
保護した筈のナミが正式なクルーとして認められるのに、さ程の時間はかからなかった事だけ、ここに残しておこうと思う。……世に、天才とは居るものである。