私が白髭海賊団に保護されて、今日で約2週間になる。私の荷物として大量の書類と海図、そして書籍が運び込まれた。
けど、それ等は生活を圧迫する事は無いよと言われたので良かったと胸を撫で下ろしたのも、その頃だ。海図は航海士チームの仕事場である測量室と、資料室に振り分けられた。
書類は私がお世話になる予定の隊長の部屋に置かせて貰う事になり、書籍は図書室に積み込まれた。どうやらこの世界の、ある程度大きな船には書斎系の部屋が造られるのが基本らしい。
個人的には本当に嬉しい。本が沢山あるのが普通とか、なんて幸せな世界なんだろう。
「まだ入手の難しい新刊が混ざってたよぃ……。あの状況下で良く〝宝玉〟の書籍、全てを揃えてたもんだねぃ」
マルコさんに後ろから突然そう声をかけられた私は、書いていた新作のそれを隠すようにして立ち上がる。書くのに集中し過ぎて、マルコさんが入室してたのに気付かなかった。
この部屋はサッチ隊長の部屋で、でも殆ど部屋に居ないから安全だろうって話でお世話になってる。でも、それって隊長と同室である意味って何処にあるんだろう?
保護を目的にしていても、監視を目的にしていても、部屋に居ないなら目的達成って難しい気がするのよね。まぁ、隊長達の部屋は基本的に近いから誰かしらは居るのだから、そういう意味では問題無いのかも知れないけど。
「あ、はい。そうですね……?」
「慌てて立たなくても大丈夫だよぃ。まァ1応は上司みたいなもんだろうが、今のナミは保護されてるだけの客だからねぃ」
「治療して頂いて、衣食住を確保させて頂いてる他、紙やインクも提供して頂いています。せめて礼儀くらいはと思うのは、良くない事でしょうか?」
「いや、ナミがそれを楽だと言うならそれでもいいがなぃ。……堅苦しいのは苦手なもんで、気楽にして貰えると助かる。ナミはまだ幼いしねぃ」
マルコさんの言葉を受けて、大人が明らかな子供にこんな対応される違和感みたいなものを考えれば確かにやるせないかも。うん……大人だからと、リスクを考えて子供を保護してみたら格式ばった対応されるとか、やりにくいかも知れないわよね。
ベックは大人として扱ってくれたし、そういうつもりで話をして来たから……でもそうか……随分甘やかされて優遇されてたのね。シャンクスも1人前の人間として見てくれてたし、アーロンは年齢なんて関係無く私の能力だけを求めてた。
それに対してこの船では、私を〝能力の高い子供〟として見てる。守るべき対象として、何も知らないのを当然として……。
慣れない事って言うより、初めての現象だから思い至らなかった。ここはきっちり謝罪しなきゃ!
「申し訳あり「そこは、ゴメンね。位にして貰えると助かるよぃ」」
「……ゴメンね、マルコお兄ちゃん」
これでどうだとばかりにお兄ちゃん呼びしてみたら、何故か崩れ落ちてしまう。何か変な事言った!?
ゴメンね……は、マルコさんから言われた通りだから、それに白髭海賊団って家族枠で考えてたよね!?
何か違うの!?
混乱する私の頭を軽く撫でて、マルコさんは立ち上がる。ちなみに隊長って呼ぶの辞めてって言われてたので、マルコさんと普段は呼んでいたんだよ。
「取り乱して、悪かったよぃ。……想像以上に可愛かったもんでなぃ」
「マルコさん、大丈夫ですか?疲れてません?」
「まァ……多少はねぃ。それで、何書いてたん……」
そう言って私が身体で隠していた、書き途中の原稿をマルコさんは簡単にヒョイと手に取ると、その場で固まった。それから私と原稿を見比べて、撫でていた筈の手が私の頭を強く掴む。
ギリギリと指の形で跡が残るとか、へこむんじゃないかって勢いである。正直痛い!
「痛い酷い痛い!!」
「痛くしてんだよぃ!まァ、痛いと言えるようになっただけ進歩だねぃ。んな事より、なんで黙ってたんだよぃ!?」
「なんの話!?痛いよぉー!!サッチ隊長ー!!」
「どうした!?」
思わずいつも手助けしてくれる相手に助けを求めて、その名を呼んでいた。するとドアを物凄い勢いで開けたサッチ隊長が飛び込んで来て、頭を鷲掴みにされて泣きそうになってる私を見る。
それにより私が1瞬その姿を見失うような速度で移動したサッチ隊長は、私をマルコさんから救い出してくれて強く抱きしめてくれる。だからそのまま、その胸に甘えるように頭を預けた。
「マルコさんが虐めた……」
「マルコ、お前……」
「誤解だよぃ。ナミが宝玉先生だったのを隠してたから、お仕置きしてただけだ」
その瞬間サッチ隊長の腕に力が入り、抱きしめられていた私は内臓がお口から〝こんにちは!〟ってしそうな状態に陥る。いや、マジで内臓吐くから止めてー!
いくらこの船の医療チームが優秀でも、内臓がこんにちはしちゃったらまずいと思うの。流石にそこからの回復は難し過ぎると思うのよ!!
「サッチ……ナミの顔色がヤバい事になってるよぃ?」
「はっ!悪い、つい……」
「ゲホッ……!死ぬかと、思ったわ……。サッチ隊長ったら、私の細腰が砕けたらどうしてくれるのよ?」
「「冗談にならない冗談は辞めろ」」
2人の声が揃ったけど、私としては本気だったんだけどな。未来の体型からもわかると思うけど、幼いこの身体は大変に細いです。
簡単に言うなれば、白髭海賊団としては私が奴隷になってたからとか被害者だったから保護したと言う話ではない。私の描く海図と地図の正確さや美しさもあり、天才だと大騒ぎになったのが理由で、これだと狙われて当然として保護された私である。
つまり……マルコさん達が言うには、他にも狙われる理由になり得るものがあるなら伝えておくべきだろうと言う話。報連相をしっかりしてくれないと困ると言われてしまえば、1社会人しては謝罪する他無いのである。
「申し訳ございませんでした」
「……で?」
低くマルコさんの声が聞こえる。それに首を傾げると、他に隠してないかと言われるので少し考えてしまう。
狙われる案件になりそうな事……よね。うーん?
「天候が読めるのは知ってますよね。海図と地図は本職で、宝玉の作品は全て私が出してます。あ!なので、たまに楽器に触れる時間が欲しいです!!」
「楽器でも植物でも、インクや紙にしても、それは好きにしてもらって構わねェよぃ。……はァ……親父には俺から報告上げとくから、ナミはサッチと客に会って来い」
疲れた様子で言われてしまえば、首を傾げたのも当然と言えるだろうと思う。疲れるような話題は、何も無かったと思うのだけど。
それよりも今お客様とか言っていたのが気になる。なんで、サッチ隊長のお客様に私も会うのかな?
「お客様?サッチ隊長になら、私は邪魔するつもりはございませんが……?」
「ナミに客だから、サッチも同伴させろぃ。……念の為だよぃ」
その瞬間、何故かサッチ隊長が身体を強ばらせたし、空気が張り詰めた。その状態で親父様の部屋に行くのは正直怖いけど、まぁ……親父様が何がする気なら抵抗するだけ無駄だもの、大人しくついて行くしか無いわよね。
そうしてドナドナな気分でついて行った先で待っていた人物を見て、私は知らず硬直していた。呼吸さえ忘れて見つめてしまうのは、この際許して欲しい。
震えなかっただけ、叫ばなかっただけ、許して欲しい。だって、つい最近までこの人の弟分に私は……囚われていたんだから。
同じ魚人で、同じ鮫族なのに、こんなにも違いがあるのね。まぁ、鮫の種類が違うんだから当然なのかも知れないけれども。
そう思っていた私に向けられた、震えた声。初めて聞くのに、よく知ってるその声が私の思考を冷静にする。
「アンタが……ナミさん、で、間違いは?」
「はい。……お初に、お目にかかります。海峡のジンベエさん」
「すまんかった……!挨拶が遅れた事、詫びが遅れた事、何よりもアンタとその故郷の事、本当に申し訳無かった……!」
あえて笑顔で名乗りをすれば、その場で土下座をするジンベエさんに、私は倒れそうな程衝撃を受ける。その衝撃は何故なのか、自分でもよく分からない。
想像よりも苦しんでるのが伝わったからなのか、挨拶と詫びはともかく、他の事は受け入れられないと思ってしまったからだろうか。ただ、倒れてはこの人の傷になるだろうと、その位はわかる。
あぁ、この人は……暖かい。こんなに苦しんで居たなら、それ以上責めるなんて……私には、できない。
「私には、謝らなくていいわ。でも、いつかチャンスがあったら……諸島で犠牲になった人達に、手だけ合わせて貰えないかな」
皆、優しい人達だった。だからきっと、そうして貰えたら、充分供養になる。
それに、何もしなくていいと許されるよりも、その方がジンベエさんも気が楽だろうと思うから。だから私は、素直に心の中にあるそれを伝える為に笑う。
「確かにアーロン1味には酷い目に合わされたけど、そんな酷い渦の中で出会った人達がいる。全部繋がって、私ができてるの。私は〝魚人だから〟って理由で恨みはしないわ」
誰も、何も言わなかった。ただ、全員の視線を強く感じる。
サッチ隊長は息を飲んでるし、親父様は苦笑してる。ジンベエさんは目玉を落としそうな勢いで見開いて、硬直してるのだ。
「……ただね、私の人生を勝手に謝らないで。捨てたもんじゃないのよ?今、楽しいもの」
「……何ちゅう、勿体無い言葉……!かたじけない……!!」
そこで思い出したのは、1人の魚人。そうだ……戦争回避ばかり気にしてたけど、その影響の中に奴らはいる。
「……ホーディ……」
「え?」
「ジンベエさん、ネプチューン軍にいる、ホーディって分かりますか!?」
「分かるが……それが……?」
分かると言われた事で私はホッとする。今なら守れるかも知れない。
その先、私は思考モードに入っていた。嗚呼、紙とペンが欲しいわ。
それを使って、情報を整理して順序だてて話を進めたいのに。でも、とりあえず……。
「変えなきゃ。アーロンが捕まったなら、動き始める可能性がある。次は、人魚姫が危ない……!」
「「「「な……!?」」」」
「オトヒメ王妃を殺したのは、ホーディの筈で、それの目撃者が幼かった人魚姫。アーロンとは違って、人間と仲良くする全ての存在をホーディは許さないから……
確かナミちゃんが20歳の時が世界会議の年だった。なら、アーロンが今こうなったからには、決行されるのは16歳の時に変更になる可能性があって、その時点ではルフィはまだ解決出来ない。
「あのタコは、確かハチより強い。ハチ迄なら私がサシならいけるけど、毒も持ってた筈だし……」
強くなったゾロが瞬殺してたから、そんなに強いイメージ無かったけど……。そうだわ、確かあの時王宮から盗まれた物を使って自らを強化して、決行した筈だから……。
あれ、確か盗まれたのは……。それと、それの中身が確か……。
「そうよ、玉手箱。玉手箱が盗み出されて、中味の薬を使う事で……?」
でも、これって、どうやって伝えたら良いんだろう?
その時肩を叩かれてハッと顔を上げると、恐ろしくいい笑顔なマルコさんがいた。何だろうと首を傾げると、聞いてなかったが、成程これは……なんて言い出して親父様とサッチまで恐ろしい笑顔を向けて来る。
何だろう?
この時、私は全て声に出てたなんて事は気付いていなかったし、これにより賢い彼等が解決する為に本気で動き始めるなんて知らなかったのだ。この日、私は突然正式なクルーとして認められ、親父様の〝愛娘〟として大切に守られるようになる。
大量の兄と姉を得た私は、ジンベエさんとの和解も済ませ、知らぬ間に運命を変えていた。その事を自覚するのは、この先の運命で魚人島を訪れた時となるがそれはまた、別なお話。
その他に変わった事と言えば、クルーに認められたこのチャンスに肩の刺青が白髭のそれに変わったのと、サッチ隊長が隊長と呼んだ時返事をくれなくなった事だけ。過保護な家族が沢山できたその日、私は確かに幸福の中で笑っていたのだ。