最近明らかにナミの食欲が落ちている。顔色を見るに、胃腸の調子が悪いらしいとわかるので、自然と溜息が落ちちまう。
……もうすぐ誕生日だってのに、どうするかな。誕生日当日に、粥しか食えねェなんてのは不味い。
だが、よくあるパーティメニューは提供出来ねェなと、誰にともなく呟いたのは1人で海を眺めていた時だった。けれどそれを耳聡く聞き取ったイゾウが、どうしたと言いながら近寄って来る。
「ナミの体調が悪いみたいでな」
「マルコに話したか?多分、マルコが気付いてねェなら、マルコも1緒になって政務に追われてるんだろうぜ」
そう言って笑うイゾウに、なら少しは手伝ってやれよと言おうとして、辞める。俺とイゾウの担う少しばかり珍しいというか特殊な立場を思えば、そんな言葉は軽口としても言えるもんじゃねェと気付いたからだ。
「マルコも……1人で抱え過ぎてたが、ナミが加わって楽になったんだろうか?」
「楽にはなってるだろうさ。だから、前は手が届かなかった所までやるようになって、本人は嬉しそうだぜ?」
「
「オマエモナ……」
呆れたようにイゾウは俺に、そんな言葉を残して去って行く。全く俺の何処が奴等と同じだってんだよ。
コックとはこういう仕事だってんだ!
そう思いながらキャベツをふんだんに使用したメンチカツを作り、それと同時進行で薄めにフォカッチャを焼いて行く。焼きあがった円形のフォカッチャを半円型になるように切って、ポケット状態になるようにして少し粗熱を取る。
そうしている間に法蓮草と豚肉、卵を合わせて炒めておく。そうして焙じ茶を入れる時その茶葉にレモングラスを入れて作ったそれに、蜂蜜と牛乳を入れて焙じ茶ラテを用意した。
それからフォカッチャの中に、法蓮草の炒め物を敷くように入れる。そこにメンチカツを差し込むと、隙間を埋めるようにまた法蓮草の炒め物を詰めた。
生のキャベツだともう奴等には、消化出来ねェ気がしての策略だ。最低限必要な栄養素はこれで取れる筈だと、仕事中毒者共にそれを届ければ双子のように同じ反応を見せた恋人と親友に、泣きたくなった。
俺の作った物を無表情で食う親友と、熱いのかはふはふとしながらも嬉しそうに食べる恋人を眺めて、やはり俺とは似てねェと思う。2人に区切りが着いたら1度寝た方が良いと言って、休む事が結果的に効率的だと助言するとナミがそっと俺の服を掴んだ。
「……1緒に、寝てくれる?」
思考が1瞬止まる。……分かってんだ、これは眠るって意味で誘ってんだと。
だが、お前、いくらオッサンと呼ばれる歳でも、それはキツイからな?
まァ……寝かせないとだからと思って頷いた俺はそう考えたら、相当な阿呆だろうけど。そうして俺はナミの誕生日には、豆腐メニューを作る事を決意した。
豆腐ならばエースも求めて来ねェだろうと思ったのもあり、誕生日当日に豆腐尽くしで作り上げて行く料理達。野郎共の手前もあるので、豆腐ハンバーグや豆腐グラタンも作った。
だが、蓮根豆腐団子が俺としてはナミの為に作った物だ。手軽に作れるのは勿論だが、柔らかいから食べやすいだろうというのが大きい。
後は豆腐ハンバーグと同じ作り方で作った、豆腐団子を入れた野菜炒めだとかを用意して行く。ハンバーグはクリームソースで味付けて、胃の弱ってるナミが食べやすいようにしておいた。
立食バイキング形式で食べられるように考えているので、種類がどうしても増える。だが、これならば文句も出ないだろう。
1通りの料理を1度作ってから後は、クルーにそれらを大量に作るように指示しておく。クルー達は作り方も何もかも見てたし、初心者じゃねェから後はやれる筈だ。
無理なら何か言ってくるだろうと判断した俺は、ナミの為だけのオリジナルメニュー作りに入る。その時ふと顔を上げたら、ハルタが当然のような顔で豆腐団子を食べているのが見えた。
それにより頭を殴れば弱々しく酷いよー……なんて言うが、誤魔化されねェぞ。っとに、油断も隙もねェ。
「摘み食い禁止だ」
「ふぅん?皿ごと奪ってた小僧も居たよ?」
「エースー!!」
綺麗にハンバーグの皿を1皿空にした馬鹿の首を締め上げつつ、持って行かれたのがそれで良かったと内心で胸を撫で下ろす。蜂蜜檸檬ならぬ蜂蜜蜜柑を持って行かれていたら、本気で許せなかっただろうからな。
最後に添えるだけとはいえ、それはナミに出すなら当然付けたいものだ。その後幾度も俺がコッソリ作ってる物を狙って忍び込むバカを蹴り飛ばしつつ、完成させた物をしっかりと隠しておく。
そうして1息入れようと肩を回しつつ表に出て、コックコートを脱いだ時ナミの歌声が聞こえて来た。歌声に導かれるように進めば、そこには蜜柑の世話をしているナミがいる。
風が髪を靡かせると、普段は隠れているその耳が見える。耳には俺が作った飾りが光を放っていて、日常的に使ってくれてるんだと思えば顔がニヤけそうになり、それを必死で抑えた。
ただ、歌詞を聞けばそれが切なくなる程に帰郷を願っていて、どうしたらいいかと考えさせられる。頼むよナミ、俺の傍に居てくれ。
夜ナミが眠れなくなるだろう事もそうだが、俺もまたナミが居なければ眠る事が出来なくなるだろう。それが分かるから……だから、双方の為にも離れない方が良いだろう?
そんな言い訳を胸中で繰り返しながらナミの歌が終わるのを待って抱き締めると、その身を当然のように俺に預けてくれた。だから俺は、細くて小さなその体を精一杯の優しさで抱き締めなおす。
「帰りたくなったか?」
頷かれても、帰らせてはやらないが。そう思ってナミを見下ろしていたら、ナミは不思議そうな顔で俺を見返して来た。
「何処に?」
可愛過ぎる上目遣いに、俺は自分の衝動を抑える事を放棄した。強引にその愛らしい顔を引き寄せて、自分の唇に押し付ける。
貪る程飢えちゃいねェが、その舌を絡め取れば微かに怯えたように逃げようとするから、それだけは許さねェとたっぷりと蜜を吸い取ってやる。その際苦しくならない程度に調整してるのは、ナミの可愛い声を誰にも聞かせない為だ。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
唇の隙間でそう言われちまえば、なんで全部分かってんだよ言いたくなるのも当然だろうと思う。酷い女だ、美しい女だ、俺は溺れて、もう手放せねェ……。
そっと抱き締める腕に力を加えれば、苦しそうに小さく喘ぐそれに部屋に連れ込みたくなる。ずっと、ベッドに繋いでおきたいと思わされるんだ。
どのくらいそうしていたのか、俺を探す声が聞こえて来て、最後にと思ってもう1度だけ触れる程度のキスをしてその体を解放する。今夜は、楽しんでもらおう。
「今夜は今月誕生日の奴等を祝う宴だ。……イゾウがナミを着飾らせると言っていたから、頑張れよ」
「え!?待って、なんで私が誕生日今月なの知ってるの!?」
叫ぶようなそれに、俺の情報網を舐めんなよと笑っておく。その為に俺はいつもチャラけてんだ。
なんも考えてないアホで明るいヤツには、人は簡単に口を割るもんだからな。バーテンダーが情報を持っていても口を割らないのと同じ法則で、親父とマルコにしか報告しねェが、そういう意味でも情報は入って来る。
1仕事終えてナミを探せば、和服姿の艶やかな女が困った様子で、イゾウの隣に居た。1応寄ってくる阿呆の牽制は、してくれてたらしい。
「どうだナミ、少しは食えたか?」
「うん、どれも食べやすくて……太りそう」
「何言ってやがる。寧ろ太れ。最近痩せ過ぎだ。とか言いつつ、今日のメニューじゃ太れねェけどな」
「そうみたいね。私が食べやすいと思ったんだもの」
クスクスと笑うナミは、だがもう食うつもりは無さそうなので、次は俺が喰う番かとニンマリとした笑みを浮かべる。するとビクリとナミが体を震わせたから、部屋に用意してある物があると言って連れ帰る事にした。
幾度となくエースとハルタを蹴り飛ばして守り抜いたのは、簡単に言えば豆腐プリンだ。それに蜂蜜蜜柑を添えて、どうぞと差し出せばナミが嬉しそうに笑ってくれた。
食べ始めたナミの様子に、俺は安心して言葉を向ける。ちゃんと食って、ちゃんと生きてもらわねェとな。
「ナミ、誕生日おめでとう。これから先の誕生日もずっと、祝わせてくれ」
「サッチ……?」
「ナミが産まれてくれた事は、俺にとって喜びだ。だから、俺の為に祝わせてくれ」
声を無くしたナミに言うのは、俺の本心。自分の価値を石ころ以下だと思ってる愚かな猫に、伝えたかったんだ。
「産まれてくれて、俺の傍にいてくれて、ありがとう。俺はナミを愛してる」
本当に大切なものを前にした時、素直に心を綴る以外の何が必要だと言うのか。ナミは微かに震えている。
どうやっても人は、孤独を何処かに抱えて生きている。だからこそ大切な相手の温もりを求めるんだ。
2人だからこそ温かく、2人だからこそ気持ちがいい。全く違う2人だから、1つ1つ覚えていくしかないんだ。
Happy Birthday ナミ。今夜は寝かせてやれねェと、俺はその細く白い首筋に食らいついた。