いい加減疲れた。とりあえず2時間でいいから、仮眠を取らせてくれと言って部屋に戻る為に廊下を歩く。
ふらつく足取りで部屋のドアの前に着いた時、呼吸を整えて元気な顔を作る。それからドアを開けた瞬間、俺の胸に子猫が飛び込んできた。
予想外だったが折角だからと、抱き留めてその勢いで撫で回せば、いつもなら猫パンチが来るのに今日は来ないからどうしたかと思ったら心配そうな瞳とかち合った。……俺の演技は見抜かれてしまったのか、それとも相当駄目な顔をしてるらしい。
「サッチ、少し寝ましょ。倒れちゃう前に」
「あァ、そうだな……少し、寝ようか」
素直に頷いてナミに導かれるままにベッドに入った俺は、傍で心配そうに俺を見て、優しく頭を撫でてくれるそれに少し癒されつつ、深く深く眠った。優しいその手の温もりに力が抜けたのか、ナミから漂う蜜柑の香りが安心させてくれたのかは分からないが、質のいい眠りだったと思う。
目が覚めた俺は、俺のすぐ側でナミが子守唄を歌いながら俺の戦闘服……ならぬコックコートのボタンを直したり、解れが無いかを点検してくれているのを見る。これ迄ずっと、俺のコックコートだけいつまでもダメにならないのが七不思議扱いされてきていた。
それに対して〝お前らの扱いが雑なんだろ〟と言っていたが……答えはこんな所に隠れていたのか。……器用なもんだな。
直し終わるとそれをクローゼットに閉まって、次のコックコートを確認している。何枚目かのそれで動きを止めて取り出すと、また椅子に座って縫い始めた。
良く見れば袖口が焦げていて、ピザを焼いた時のだと思い出す。布を当てて内側から直していくそれに、どうして今まで直されてる事に気づかなかったのかと自分を責めたくなる。
船でクルーとして働き、時間を見付けては執筆活動や読書を楽しむ他に、俺の繕い物迄してたのか。本当に、休む事を知らない奴だよな。
「……サッチ、起きてたの?」
「あァ、今起きた。それよりナミ、それ……」
「いつもサッチを怪我や火傷から守ってくれてる鎧だもの。直すくらいするわよ。酷い時はサッチが諦めて処分してから、新しいの買ってるのは気付いてたし」
「ありがとう。ナミのおかげでマルコにも褒められるんだぜ?コックコート大切に使ってるから、経費がかからねェって」
「マルコは、経理でいつも頭悩ませてるからね」
そう言ってクスクスと可笑しそうに笑うナミに、俺はそっとキスをしてから立ち上がる。名残惜しいが仕事が待ってる。
触れる程度のキスに顔を真っ赤にするナミは、クリスマスに俺が贈ったイヤリングを毎日身に付けてくれている。壊れたらまた作るから、そんなに大切に扱わなくても良いと言っても、外している時の扱い方はガラス細工でも扱うかのようで、それが少し気恥しい。
「もう少ししたら、ゆっくり休めるから正月は2人でのんびり過ごそうな」
「うん。楽しみにしてるわ。その為に餅つきやったり、バイキングの提案したんだもの」
「……そうかとは思ってたが、やァっぱり、俺の為か」
「だって……サッチ倒れるんじゃないかってくらい、過労気味なんだもん。心配になって、どうしたらいいかなって……考えるくらいするわよ」
可愛い事を言いつつ視線を逸らすナミの頭を撫でて、行ってくると言葉を残す。部屋に残っているナミがまた続きの縫い物をしてくれるのだろうと思えば、嬉しくもなろうというものだ。
年越し蕎麦の関係で戻った厨房は戦場だ。確かにこれは鎧だなと思いつつ、皆に喝を入れる。
そんな俺のスカーフを見て、それどこで買ったんですかなんて何人かには聞かれた。それに対してナミがくれたと答えていたら、彼女に刺繍して貰ったとか……爆発しろ!と、隊長である俺に言ってくるようになったのだから、困った奴らだ。
これでコックコートも直してもらってるなんて言ったら、襲いかかられそうだな。まァ、負けてやるつもりは無ェけどよ。
年越し蕎麦を作り、盛り付けようとした所でナミが髪を1纏めにして姿を見せた。そして1人何個の天麩羅?なんて聞くから3個だと答えると何故か天麩羅をバイキングのように前に並べ始めた。
「皆さんは蕎麦を盛って、渡して下さい。それなら盛り付けは1人で済むわ。それと見張り1人が1人につき3個って指示出して多く取ろうとした人を殴ってください。そうすれば交代で食事したり、お正月のバイキングの準備に入れるでしょ」
その言葉に天使だと言う声が響くが、俺の彼女だってんだよ!クソッタレ共め。
その提案により取りに来た奴らに配れば、仕事は格段に減った。その間にナミは洗い物を率先して行ってくれて、だが随分と手馴れてる様子に何者だよと呟く新人達を眺める。
暇みちゃ俺の手伝いとして洗い物をしてくれるから、洗い物だけは本当にいい仕事してくれるんだよな。料理はプロと並ぶと邪魔にしかならないからなんて言って、手を出そうとしないのが勿体無い。
そうして全員に蕎麦を配り終える頃には、大半がこちらも蕎麦を食い終わっていて正直助かった。俺が新たな料理をと言う度に新しいレシピを考えて出版してくれるが、その上でこれだ。
本当に足を向けては眠れないなと思う。残りは少しか……。
「ナミ、もう充分だ。先に部屋に帰って休んでてくれ」
「サッチ……」
「少しは、信じて待っててくれよ」
「うん、分かった。待ってるわね」
そう言って俺にそっと抱き着いてから、静かに離れる。また、後でねなんて囁いて行くナミは、厨房を出てから纏めていた髪を解いた。
細かい所まで気を使ってくれるナミに、笑みが浮かぶ。それを羨ましそうに見ていた部下達に喝を入れて本職だけの戦場へと戻す。
そうなればもう、この場は戦場以外の何ものでもなく……紛う事なき戦場であるそれは、それでも珍しく終わりが見えてるだけ今回はマシだろう。もう少しで終わると加速する動きの中で、手抜きや妥協はそれでも1切許さない。
そうして戦場での戦いを終えた俺達は、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。これで全員休みに入れる。
俺はふらりと立ち上がると、鍋の中からお節料理を適当に2人で食べる分だけ箱に詰めて行く。それを見ていた隊員がなにやらブーブー言ってるが、頼むから騒がないでくれ。
疲れてるから暴れそうなんだよ。殴り飛ばすぞこら。
そんな事を思いながら、色々と詰め終えた俺はそれと茶葉を手に戦場を後にする。その時1度振り向いて声だけはかける。
「……皆、よく頑張ったな!明けましておめでとう、そして3日まで休みだ!ゆっくり過ごせよ!」
それに野太い歓声が上がり、コックが休みなんて奇跡だなとしみじみと思う。部屋に帰ると、全員に平等に配られていたお年玉のその袋が幾つか机に置き去りになっているのが見えて、やっぱりお前が全て出したのかと呆れ半分、愛しさ半分でナミに視線を向ける。
そんな事とは知らないナミは俺が帰った事に気付かずに本を読んでいた。見ればそれはどうやら医学書らしいと分かり何を目指してんだと、本の間にお年玉の空封筒を差し込む。
それにより視線を俺に向けたナミは少し焦った様子で謝る。お年玉袋をそのまま栞代わりにして本を閉じて、俺に全ての神経を向けてくれる。
「あ、サッチごめん、帰ってたの?おかえりなさい」
「俺もお年玉が欲しいな」
「え?……全員に配られたと思うんだけど、サッチには行ってないの!?」
慌てるナミを抱き締めて、そっと唇を奪うと唇を離した瞬間に1日はそういうことしちゃダメなのー!と怒られる。
だがなナミ、そういう事さえしなけりゃいいんだろ?
「俺の歳の数だけ、キスしてくれ」
「なにそれ!?」
「お年玉、俺バージョン」
「ひぇ!?」
「他の奴らと同じだなんて……許さねェよ?ナミは、俺の彼女だろ」
「ううぅ……」
腕の中で唸りながら俺の頬にそっとキスしたナミは、キスしたわよなんて言うが……俺は1歳かよ。まだまだ、足りねェな。
俺もナミの歳の数だけキスしてやるから、ナミも俺の歳の数だけキスしろよなんて言ってその唇を堪能する。キスの合間に必死な様子で、本当のお年玉とは本来お餅の事でありましてなんて言い出したナミを、お年玉とは別で唇を重ねてやる事で黙らせる。
……今は、俺からのお年玉を楽しんどけよ。やっとのんびり2人だけで過ごせるんだからな。
「俺がお年玉を貰い終わるまで、寝かせねェからな」
「サッチは疲れてるんだから、早く寝てよー!」
「お年玉が1日のうちに終わらないと、つらくなるのはナミだろうけど、持ち越すか?」
ニンマリと笑う俺に、湯気が出そうな程に赤くなったナミが猫パンチを繰り出して来る。これがないと落ち着かねェとか、俺……実はMなのか?
そんな事を思いながら、痛くもねェ可愛い猫パンチを受け入れる。初めて会ったその瞬間から、俺のモノだと決まっていたんだから、諦めろよと囁くように口にする。
Happy new year……年の数は俺の方が多いから、俺にキスする数の方が多くなるのだと気付いていない子猫に笑う。今年もきっと、いい年だろうと信じられる幸福を噛み締めながら、柔らかなその体を抱き締めた。