さて、これで食事2食抜いたな、あの馬鹿猫。フライパンを回しながらそんな事を思う。
その時弟達の喧しい喚き声が聞こえて来て、それに怒鳴るように言葉を返す。本当に、休む暇なんてねェな。
「サッチー!俺辛いのがいいー!」
「おー!なら、ハバネロ入れてやるよ!!」
炒飯にハバネロソースを加えて仕上げたそれを提供してから、ホットサンドとクリームスープをちょいちょいと片手間に作っていく。弟達に炒飯作りを任せて、麻婆豆腐の味付けを確認しつつじゃんじゃん作り、その隙間で蜜柑と林檎を刻んで混ぜたサラダを用意すれば、残るは飲み物だけだ。
麻婆豆腐と炒飯、とろみのある卵スープに胡瓜とトマトたっぷりのマカロニサラダが本日のメニューなのに、全く違うメニューを用意したのは愛しい人が食べやすいようにと言う配慮から。……ついでに、俺も食ってくるか。
鍋ができる毎に味見してるからと、普通に飯食うのを忘れちまいがちな俺も、ナミがいれば飯を食うからか、皆俺がナミに何かを持っていく事を推奨してくれる。飲み物は、レモングラスを少し加えたジャスミンティーにしとくか。
部屋に到着する頃歌声が聞こえて来て、どうやら意識はこちらにあるらしいと気付く。イゾウが好みそうな歌だと思えば、自然と溢れる笑み。
ドアをそっと開いて、歌の邪魔をしないようにそっと近くの台に持って来た物を置いたのと、ナミの歌が終わるのは同時だった。それにより驚いた顔で振り向いたナミを見れば、自然と手を広げちまう。
だってよ、泣きそうなのを我慢してる顔だと気付いちまったからな。不器用で強がりで、でも本当は泣き虫なナミは……痛みも悲しみも、放置しとくと押さえ込んで我慢じまう。
1人だと泣けないなら、泣かせてやるから俺の胸で泣け。そう思って笑えば飛び込んでくるオレンジの塊。
蜜柑の香りをさせながら、甘えるように擦り寄るそれが愛しくないなんて筈もない。でも、どうしたってんだろうな。
「何かあったか?マルコに叱られたか?それともエースがまた問題でも起こしたか?……あ、まさか親父にまた無理難題吹っかけられたのか!?」
「親父様は何も酷い事なんて言わないもん!!……海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
このファザコンめと少し思ったが、そんなのは置いといて……確かに全員でやるのはなかなかに難しいだろうし、ナミがこう言うならナミが作りたいんだろうと考えられる。そうなると、弁当争奪戦になりそうだよな。
でもな、ナミが望むなら叶えてやりたい。そう思い頭を撫でれば顔を上げたナミだが、その顔は驚きに満ちている。
「やろうか、花見」
「え?」
「全員で同時にってのは、難しいかも知れねェけど、親父と相談してみるから、少し待てよ。な?」
俺の言葉にナミは不安そうな表情を見せる。本当にこいつは、どうして素直にありがとうって言えないのか。
ここは全て俺に任せて、可愛くありがとうって笑うところだろうがよ。とは言え、持ってる情報がそれを許さねェのも分かっちゃいるんだけどな。
「いいの?だって、この間食材が尽きそうだって……」
「だからこそ、補充兼ねて無人島に行けばいいだろ。この人数で騒いだら島民には迷惑極まれりだろ」
俺の言葉にそうだけどなんて言ってから、でも嬉しそうに笑ってくれる。その顔をすぐにナミは隠しちまったけど。
そのまま暫くナミと俺は抱き合っていて、その後で持って来た食事を楽しむ。ナミとの食事は俺の憩いのひとときだ。
「はい、あーん」
「もう、自分で食べられるってば!」
「俺が食わせたいの。そして、食わせて欲しいのよ。分かる?」
「もー……。仕方ないなぁ。はい、あーん」
「あー……」
口を開いた瞬間勝手に入ってきた癖に、この部屋暑苦しいとハルタが嫌そうな顔で言う。そこで来てくれたついでなので、ハルタにも話をして親父に花見について相談したいと言えば、賛成してくれた。
その間もナミに食わせてた為か、ハルタからは嫌そうな顔をされちまったがな。その内羞恥に負けて泣きそうになってるナミに気付いて、仕方ないのでハルタと共に親父に相談しに向かう。
「ちょうど春島も見えてるし、良いだろうとは思うが……食材が海王類だけってのはどうなんだ?」
「俺っちが買い物行ってくるよ。足りない所はな。ナミが燻製機の作り方教えてくれたから、海王類も色々使えるだろうと思うぜ?」
「島にも獣や山菜、茸類はあると思うよ。元気の有り余ってる奴らに行かせて、食料調達したらいいんじゃないかな。親父も、花見自体に反対な訳じゃないんでしょ?」
親父の言葉に俺とハルタが言葉を口にすると、親父は抑揚に頷く。それにしても親父も感情表現豊かな方だよな。
ナミに言わせると、そんな所が可愛いとか言ってたが……。待て俺、妬くな、今は妬くべき時じゃねェ。
「まァな。食料がどうにかなるなら、構わねェぞ。サッチがモビーを離れるのは駄目だがな」
「なんでだよ」
「……ナミが寝なくなり、飲食しなくなるからな」
親父の言葉を受けて確かにと思ったので、ならばと素直な意見を口にする。それに親父は首を横に振った。
「なら、行く時はナミを連れてくよ」
「それも困る。今度はマルコが過労で倒れちまう」
厄介だなとうちの末娘と長男を思い浮かべれば、その場にいた皆考えた事は同じらしくて揃って笑っちまった。良く似た2人に困ったもんだと笑いながら、それでもその末娘が望み、長男を休ませられるかもとの話になれば否は出ない。
早速それぞれが食料調達等に動き、俺は放置すると何も食わなくなる2人に飯を届けつつ花見のメニューをナミと相談するべく動き出した。数日の時間を要して整えられた食材に、マルコがたまにはこういう金のかからないイベントやるのは良いもんだと笑う。
俺とナミは厨房に入り、俺は弟達を指揮しながらナミが料理の基礎を伝えて行く。四番隊総出での料理は久々で、腕がなるぜと活気立つ。
ほぼ全ての料理が揃う頃、俺とナミでナミの貰って来た重箱に花見に合いそうな可愛らしいメニューを作り詰め始めれば、あのバカップルめと弟達から野次が飛ぶ。それを聞き流しながら、花の形にくり抜いた人参や大根を使ったメニューを完成させて行く。
勿論くり抜いた周りのそれを使ったメニューや、残りの細かい所を使ったメニューも用意してあるので、食材に無駄はない。ナミにメニュー作りを手伝わせると生ゴミが発生しないので、俺達からナミへの印象は常に最高ランクだ。
大鍋で作ったスープ等も用意して表へと出れば、待ってましたと騒ぐ家族に俺達は笑う。焼肉コーナーも創設されて、恐ろしい勢いで用意した食材が消えるのを眺める。
「ナミ、後は俺達も花見を楽しめる筈だぜ。作ったそれ、1緒に食おうか」
「うん。あ、卵焼きにちょっと工夫してみました」
「ん?なんだろ。楽しみにしてるよ」
5段のお重だったので、メインのちらし寿司を2人で作った他は、2段ずつそれぞれが作り開けてみてのお楽しみとなっていた。俺は春らしさを演出する可愛いおかずを作ったが、どうやらナミは少し違うらしい。
桜の根元を避けて、枝の重なる辺りに腰を降ろすと、ナミが差し出してくれたお手拭きで手を拭きつつ桜を見上げる。するとナミが重箱を広げて歓声を上げてくれたので、視線をナミに戻した。
「可愛い!煮物の野菜がお花になってる!あ!こっちも!皆花とか動物になってるー!」
「喜んでもらえたなら、充分だ。ナミのは……って、なんか、らしいな」
全てのおかずに野菜を使われたメニューで、どれを選んでも野菜付きと言う野郎共に野菜を食わせようとする母の愛が詰まっていた。つまりいつも、それを求められてきたのだろう。
「エースは幸せもんだな」
「なんで?」
本気でわかってない様子を見せるナミに笑っちまう。本当に、無防備で危なっかしいな。
「ナミにこんなに愛されてて」
「サッチへのそれとは、質が違うわよ?」
「同じならナミをベッドに繋いでるよ。ナミは何当たり前の事言ってんだかなァ。さて、食うか!」
俺の言葉にナミはなんか怖い事言われた?なんて首を傾げるけど、弁当の中身を口に放り込んでやれば頬を緩ませて全てを忘れてくれる。俺もまたナミの作った卵焼きを食べて固まった。
山菜入りか。これ、親父が喜びそうだな。
金のかからない料理を愛する親父は、目方が増えたりする小さな心配りのある料理を好む。今回は金掛けてねェから、親父も大喜びだしな。
その時延びてきた手がナミの作った唐揚げを摘んで、おぉ!と声を出した。珍しいなとイゾウを見れば、鮭が衣に混ぜこまれてると言うので俺も手を出してみる。
「……考えたな。美味いよ」
先日切身にするには場所が悪かったそれを全て焼いて欲しいと言われて、焼いてみたら鮭の解しを作ってくれたナミだが、それを使っているらしいと分かれば楽しくもなる。だが、明らかに肉じゃない物も1緒にあるよな。
何だこれ?じっとそれを見ていると、ナミが可笑しそうに笑った。
「野菜も唐揚げにしてあるのよ。肉に当たるかは運次第!鮭の他に人参混ぜてあるから、お花見に合わせて彩りになるかなと思ったの」
勿論ドロは大量に作り、皆が摘んでる方のそれを作るのに使って貰ったから大丈夫と笑うナミは、何故料理人を名乗らないのかと問いただしたくなる程。その後も次々と現れては俺とナミの重箱から中身を盗む奴らに笑いつつ、俺達は花見を楽しんで行く。
そんな時ふと視線を向けた先に煌めく湖が見えて、そっとナミに手を差し出す。よく分からないままにその手を掴んだナミを引っ張りあげて、その腰を抱きながら湖を目指す為に兄弟に声を掛ける。
「残り、食っていいからちゃんと片付けとけよ」
それに是と応えた兄弟に笑いながら歩き出せば、途中の見事な桜にナミがその瞳を煌めかせる。湖に到着すると、上も湖面に映るそれも合わさり幻想的な風景となっているのをナミは静かに見詰めていた。
だが、どれ程美しい光景も、俺にはナミ以上の価値なんて見いだせない。そっと名を呼び、見上げてきたその顔に己の唇をそっと降らせる。
花より団子というが、俺は花よりも、団子よりも、ナミが欲しい。俺達の姿は桜が覆い隠してくれるだろうと、暫しその場で互いの唇に溺れていた。