正直、いつもと変わらない忙しさだ。だと言うのに、何故か妙に疲れた気がして揺れる視界に驚きを隠せない。
目眩、だと?
マルコに診てもらうべきかと考えつつ、とりあえず過労から来る何かである可能性が高いからと少し壁に手をついて休んでいれば、弟達から部屋で休むのを推奨される。だが、まだ仕事が残って……。
「良いから、休んでください!後はやっときます」
そんな言葉におされて厨房を出れば、妙に深い霧が出ている。厄日かよと思いながら歩いて行けば、人影が倒れようとするのが見えて慌てて駆けだした。
その人影が誰であれ同じ事はしただろうが、それがナミだとわかっていては心臓が軋むような音をたてたのも当然だろう。だと言うのに大丈夫だと嘘をついて離れようとするそれを、俺は許してやれそうにない。
自分の体調不良等1瞬で消し飛ぶ位の衝撃。この程度で甘えだと言って、己を律するナミが悲しい。
俺はナミの恋人であり、庇護者だ。そんな俺にさえ、弱さを見せられない程に傷付けられたその精神。
強がるなよ、ナミはそんなに強くねェんだから。俺に、護らせてくれよ。
「この程度、甘えには入らない」
だから俺に、もっと甘えてくれ。俺をもう少しでいいから、頼ってくれよ。
抱き上げて部屋に運び込めば、とりあえず現状維持しているその体重にホッとする。最近は共に飯を食ってたからか、増えなくとも現状維持はしてくれてるらしい。
結構頑張って食わせてるのに、なんで増えてねェんだろう?
そんな事は置いといてマルコにナミの体調不良を伝えれば、ナース達も数人倒れたと聞いて何かあるらしいと気付けば近くの島へ向かうと言うそれに否は無い。だが話を聞いていたナミはそれならやりたい事があるなんて言うから、珍しいそれについ視線を向ける。
「やりたい事って?」
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
聞いた事ねェな。最近本とか読む暇無かったからか?
そう思ってナミを見ると、楽しそうに重ねられる言葉。だが、それもまた知らない言葉だ。
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってなんだ?」
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
「了解。後で見て親父達と相談してみる。……ナミは、良い子だな」
「いい子?どこが?」
首を傾げるナミの頭を撫でながら、いつも皆の事を考えて普通の人ができる事の数倍をこなすナミにいったい他に何を言えるだろう。勿論、それの半分でいいから、自分を大切にして欲しいところだけどな。
そんな事を考えていたら、掌に変な感触がありそっと手を退ける。それはナミも感じてたようで、自分の耳を触って不思議そうに俺を見ていた。
互いに顔を見ていたら、ナミの頭上に変なものが見えた。それにはやはり俺も疲れているのかと思っちまったが、無理のない事だと思われる。
「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」
目の錯覚なら休暇申請して、暫く休ませてもらわないと不味いだろう。だが、違うならマルコを呼ぶしかないなと思った時、ナミが鏡に向かい駆け出す。
その様子を見ていれば、頭上に耳があるのは間違いではなさそうで、それどころか可愛らしい尻尾まであれば何か問題が起きてるのは分かる。有り得ない事が無い海だとは言えども、流石にこれは無いだろうと思うのは、妙に似合いすぎてる可愛いそれが愛しい恋人だからだろう。
「サッチ、なんか、なんかあるの!!」
「そうだな。ナミは猫の方が似合う気はしてたが、兎も良く似合う。可愛いぞ」
「……?……!?そうじゃない!!」
小首を傾げた時にその耳が1緒に傾いたのがまた可愛い。マルコに報告しないといけないと思いつつ、体調にも問題が無さそうなので、つい抱き締めて耳や尻尾をモフったのはある意味当然と言えるだろう。
その後嫌がるナミを構い倒して、ヘロヘロになったところで寝かし付けるとマルコや親父との話し合いと言われて少し悩む。必要なのはわかってるが、ナミが起きちまうからな。
「俺は、電伝虫での参加にして貰いたい」
「どうした?」
「やっとナミが寝たところでさ、起こしたくねェ」
「……抱いて来い。多分起きねェよ」
子電伝虫経由で親父と連絡を取っていたらそう言われたので、素直にそれに従えば到着と同時に耳に気づいた皆が笑い出す。やっぱりかと言うそれに、俺もやはりかと思う。
想定していたとは言え、実際にそうだと分かれば脱力する。だとしたら原因はどれだろうか?
「ナース達が全員か?」
「そうなんだよ!驚いた!……ところでさ、サッチってナミが14歳の時から惚れてて拐うようにして故郷から連れ出したってマジ?」
俺の言葉に頷いたエースがそのまま問い掛けてきたそれに飲んでた酒を吹き出すと、ハルタが爆笑してビスタがニヤリと笑った。マルコは肩を震わせ、ジョズは視線を逸らす。
犯人探しに騒ごうとすればイゾウにナミを示唆されて大人しくするしかなく、諦めたように頷けばエースがなら仕方ないかと肩を落とした。その様子にそういう事かと思えばそれ以上騒ぐ気にはなれず、イースターイベントについて話し合う。
そうしてイベント前日、買出しを終えた俺達にナミが妙な事を言い出したのでそれを実践する事にした。黄身が外に来て、内側に白身が来るゆで卵の作り方だと言うのだ。
使用するアイテムはストッキング。頭がおかしくなったのかと思ったが、卵を高速回転させる事で本当に可能らしい。
先に試しに作ったゆで卵を剥いてみると確かに黄身が外に来ていて、面白いと言って今回のイベントの卵を半分逆転させた物で用意する事に決めた。割ってみるまでどちらなのか分からないのも、また楽しめる要因だろう。
四番隊が総出でゆで卵製作に取り掛かり、明日の料理のプランを練ってる間にナミはレシピの案を出したりしつつ何かを作っていた。卵を染める為に食紅の中へ漬け込んで、明日取り出せば良いかと話していた時ナミが俺達を呼んだ。
「皆、できたよー!」
「ん?」
視線を向ければパエリアが用意されていて、全員で食べようと笑うナミに凄いなと思う。コック相手に、料理振る舞えるナミの神経が真面目にすげェ。
その上、真面目に美味いんだよな。使われてるのも、今朝とれた魚介だ。
網で漁をしているからそれを使ってくれたらしい。適当に皿に取って皆で食い始めれば、ナミがコーンスープを出してくれて、コンソメスープじゃないのかと笑えば少し膨れられちまう。
「コンソメ作るには時間が足りないし、私の腕だと美味しく作れないもの。コーンスープが限界よ。嫌なら飲まなくてよろしい!」
「いや、貰うけど。コックに料理出せるって凄いよな」
俺の言葉にナミは何故かドヤ顔だ。悪い方に自信満々なナミは、変な所でどうだとか言ってのけるからそれがまた可愛い。
こう言う読めないところは相変わらずだよな。何年も友に過ごしてるのに、読めるようにならないナミの言動が可笑しくてたまらない。
「不味くなければ、コックは料理が何たるか知ってるから残さないもの。不味くない物を作ってます!」
「……美味い物作ろうって考えじゃないのか。成程」
宝玉として活動してるのに、自己評価の低いナミについ笑っちまう。それでも準備のだいたい整った現状では、とりあえず明日を楽しみにナミの手料理を楽しむのが優先だろう。
Happy Easter……。愛しい女の手料理を並んで食べ始めれば、他の声など耳には届かない。
楽しそうに笑いながら、本番より少し早く兎を食べようと狙う男に気付かずに、兎は無防備に笑うばかり。兎が翌日イベントに参加出来たかは、ご想像にお任せしよう。