俺の為にナミが死にかけたあの日から、もうすぐ二年か。そんな事を思いながら年々細くなる足腰と、年々でかくなるたわわな果実に成長を遂げる現実に、流石に可笑しいだろうと思いながら首を傾げちまうのは当然だろう。
だが原因は……まァ……俺だろうな。その身体を作る栄養素は俺が作ってる訳だし、何よりも俺が毎日揉んだりしてるんだから、大きくなるのも、細くなるのも当然だ。
俺の身長に合わせてハイヒールで過ごすナミが頬を染めて、サッチの隣にいて見劣りしたくない……とか言い出した時は、翌日の休みもぎ取ってから部屋にこもったのを覚えている。明らかに、見劣りするとしたら俺だろうと思うから余計にだ。
腰を抱き寄せると、それだけで頬を染めてくれる可愛い恋人に、俺の心はいつも、何度でも落とされる。そんな事を思いながら、俺は親父がお気に入りの海王類を使った食事を作り始めた。
それが後仕上げだけとなった時、ピアノの音色が聞こえて来て動きを止める。すると肩を叩かれてハッとした俺に、行って来いよと笑ってくれる弟達にありがとうと笑って駆け出した。
到着した時、ピアノを演奏しながら歌う姿に息を飲まされた。悲しそうに、切なそうに、己を責めながら歌うそれは胸を痛くするばかり。
多くの生命を救い、守り、運命を捻じ曲げて……。なのに、どうしてナミはこんなにも苦しそうなのか。
理由は何だろうかと考えて、ふと思う。俺が、年齢を理由に今の関係のままで居るのが理由かな?と。
俺の愛を疑う事無く受け入れてくれたナミに甘えているのは、寧ろ俺の方だ。俺が関わる以前に、ナミはどれ程の悲しみと苦しみの中にいたんだろうな。
見せては貰えないその傷と、時に耐え切れずに苦しむその姿に胸が痛む。誰よりも美しく、誰よりも優しく、そして……だからこそ残酷な俺の最愛。
歌が終わった直後、立ち上がったナミに手を伸ばして抱き締めたのは、失いたく無かったから。少しでも力加減を間違えたら、砕きそうで怖くなるが……手放すなんて事だけは、天地がひっくり返ろうとも出来る筈もない。
「必要としてる」
俺が必要としなければ、自分の価値を見失うと言うなら、いくらでも告げよう。俺には、ナミが必要だ。
その時ナミが俺を振り向き、微笑んだ。花のような笑顔で。
「うん、ありがとう。私も防災の日は必要だと思うわ」
……待て。いやマジで、ちょっと待って。
……流石に思考が止まったのを自覚する。俺今何の話してたっけ?
動揺し混乱する俺にナミは小首を傾げるから、そうだコイツ天然だったと思い出す。自己完結型の天然は、本当に強い。
だが……舐めてもらっちゃ困る。こちとらナミよりは、随分と長く生きてんだよ。
「それも必要だけど……」
俺のペースに戻させて貰おうか。可愛い蜜柑が、料理人から逃げられると思うなよ?
重ねた唇が、俺に甘露を与える。俺にとってナミは、きっと世界よりも大切な存在だ。
立っていられなくなったナミの腰を支えて、けれども俺も早く戻らないといけないからとキスをしたままその身体を抱き上げる。慌てて俺に抱き着く腕に力を込めるナミが可愛くて、愛しい。
そっと唇を離して、食堂まで抱いていく。そっとソファに降ろして、飲み物と軽食を置いてからその頭を撫でればナミが恥ずかしそうに俯くから、ちゃんと食えとだけ言って俺は仕事に戻った。
「……あ!」
「うん?」
「次の休みに、さっきの〝防災の日〟について話そうな」
「うん!ありがとう!!」
俺もナミも、多忙過ぎるだろうと内心で笑いながら、俺達はそれぞれ日常へと帰って行った。勿論、夜は双方の体力が大丈夫な範囲でイチャつく事も忘れないがな。
その数日後、俺の休みに合わせて厨房の1角を借りてナミが何かを作り始めた。見れば海王類を燻製にして居て、保存食系かと気付く。
そのままオイル漬けを含む長期保存が可能な物を幾つか作るから、食えるのは最低数日後だなと思っていた。いた……んだが、今作ったのと同じ物が直後に取り出されるから少しおおお?ってなる。
そして、茹でたパスタにオイル漬けのオイルと中身を少し掛けてあえるから、ついじっと見つめちまう。オイル漬けの作り方は見てたが……成程と思う。
オリーブオイルにスライスしたレモン、刻みニンニク、胡椒、唐辛子を入れて、好みだけど……なんて言いながらパセリを加えていた。
その寝かせていた物を使い、茹でたパスタにレモン以外の部分をオイルごと絡め、仕上げに残していたレモンを添えたら確かに簡単なペペロンチーノだ。具材やオイルを多目に作っておけば、数人分や数回分として使えるから、それに合わせてレモンの輪切りを増やせばいい。
よく考えられて……ん?
「食べてみて」
「おう」
出されたパスタを口に運べば寝かせてる間にオイルに溶け込んだ唐辛子の辛味と、ニンニクの香りが良いアクセントになり、レモンとパセリが口を爽やかにしてくれた。これは、癖になりそうだ。
「美味いよ。……で、何が目的なんだ?」
「非常食に使えそうか聞きたくて……」
「作る時に気を付ければ、保存食に向いてるとは思うが……。その場合レモンとパセリは抜きたいな。果汁が理由で腐りやすくなるから長期保存には厳しい」
水というものが大抵何でも腐らせる要因になる。ならばその水分を含む食材を抜けばいい。
そう思って提案した俺だが、それにはナミが落ち込んだ。ションボリしてますってのが凄く伝われば、俺にも罪悪感を抱く心位ある訳よ。
「それ抜くと、味が……」
「あァ……なら、レモン酒……梅酒のレモン版を作って置いて、そっちを後から加えればいい。その時は輪切りじゃなく、刻む感じにして混ぜこめば良いんだよ。それに見栄え良くしたいなら、スライスも残しておいて乗せてやればいいだろ」
「流石プロ!!」
パセリは乾燥してるのを絡める時に混ぜてやれば似たような感じになるし、乾燥したパセリならオイルにつけても腐らねェから、それも有りだろうと思う。そうして説明してやれば、ナミは嬉しそうに笑って頷いた。
長期保存可能な食材は、災害時に役立つのは勿論、船の上に長くいる俺達にも必要不可欠な物だ。メニューは少しでも、多いに越した事はない。
昨今冷蔵庫や水道設備の無い船なんか無いくらいに進化してるが、それでも数ヶ月持たせるなんてのはそれ程多くは無い。だからと思って、ナミの作ってくれた食べ物には心から感謝してる事を伝えたくて口を開く。
「寧ろ、流石は〝宝玉〟だろ」
「褒めても何にも出ませんよーだ。……あ、他に希望の防災グッズとか料理ってある?」
「ある」
迷い無く答えた俺にペンを片手にナミが首を傾げるから、分かってねェなと思う。確かにこのパスタは美味いし、皆の役に立つだろうが……。
そもそも、折角の休みにまで仕事してんじゃねェよ。俺だけの保存食を、いい加減堪能させやがれ。
「詳しくは、部屋でな」
「……あ!そうよね、ごめん」
反応から性に関する必要アイテムだと判断したらしいと気付くが……まァ間違っちゃいねェな。それでも俺が望んでるのは、ナミの事だけ。
そうしてナミを連れて戻ろうとしたら、横から伸びてきた手が俺の皿を奪い、勝手に中身を食い始める。見れば奪った犯人はハルタで、美味そうだなとそれを更に横取りしてるのはイゾウだ。
「何してんだお前ら!?」
「サッチだけ狡い」
「ナミ、俺達にもあるんだろ?」
「うん。試作品だからそんなに多くないけど……味見なら出来るわ。試してくれる?」
試すな!俺とナミの時間を奪うな!
そう喉まで出かかったが、ナミのその笑顔に言葉を飲み込む。そんな俺に気付いていながら、ありがとうと笑う兄弟に恨みがましい視線を送れば、ケラケラと笑い出すコイツらは確信犯だろう。
どんどん集まるそれに、とりあえずナミを手伝って終わらせないと、のんびりナミを楽しめないと気付いて立ち上がる。そんな俺にナミはありがとうと笑うから、ついコックモードに入っちまって、師匠と弟子みたいな状態になっていた。
そんな俺にマルコが呆れたような顔をして、親父が楽しそうだなと顔を出して、エースが他の奴らの分まで奪おうとして乱闘騒ぎを起こすのを眺めつつ、俺とナミは料理を作り続けた。今日もやっぱり、俺の周りは笑顔と愛で満ちてる。