突然大きく揺れたモビーに驚いたのは、間違いない。何せモビーは巨大な船だから、基本的に揺れる事さえ殆ど無いのだ。
それにも関わらず揺れるのは、通常ならばサイクロンとかの異常気象に巻き込まれたか、海軍等により攻撃を受けた時と言う事になる。だが、海軍は日和見主義なのか何なのか、俺達には基本的に手を出さない事を決めている上に他の海賊が襲って来る事もごく稀だ。
そうなれば残るは天気系だが、それもナミが乗船して以降は被害等皆無に均しい。だからこそ、珍しい事もあるもんだと思っていた。
「何かあったのか?」
「サイクロンみたいです」
「ナミは、どうしたんだ?」
「今、海と戦ってます」
……つまり、ナミの天才的な能力でも回避できない事態に陥ってるのか。成程成程。
モビーはナミがいる限り、自然現象では沈まない。寝込んでるとかなら別だが、ナミは今戦っているからな。
って事は、いいタイミングだな。……最高だ。
「網、降ろせ」
「は?」
「魚が大量に捕まるから、釣り上げろ」
これは珍しい好機だ。見逃す手はねェ。
魚は海に居るから嵐とかで被害を受けないと思われがちだが、普通に被害受けまくる。通常はそんな状態では船が沈んだり、釣ろうとした奴が海に呑み込まれるからやらないだけで魚は普段海底に居るようなの迄海面に流されて来てる事が多いんだ。
因みにだが、雨の後とかは海水の中に空気が大量に含まれるから、酸素を取り込む為に海面近くに浮上して来るので、波の荒れた後や雨の後は釣りのチャンス継続中だ。流されて来てる魚だから、こちらの希望通りの収穫とはならないが、これだけの大所帯では食えれば正直何でもいい。
そんな訳で、ナミがサイクロン相手に戦ってる間、俺達四番隊は魚を得る為に戦っていた。全員の胃袋を預かる四番隊としては、こういうチャンスは逃したくねェのよ。
荒れた海では、普段は深海にいるような魚も取れるので、是非とも頑張りたい。そうしてそれぞれがそれぞれの立場でやれる事をこなして、サイクロンと言う自然現象との戦いを乗り越えた。
その直後、疲れ果てた全員に捕まえた魚料理を振舞えば、調味料系が予定より早く底をついちまう。仕方なく相談に行けば、そのタイミングでマルコも親父に報告があったらしいのでそれが終わるのを待つ。
「親父、荒波でインク壺がご臨終したよぃ」
「親父、魚料理作ってたら調味料が旅立っちまった」
「言い方に工夫してみても現実は変わらねェぞ。……仕方ねェな。近くの島に向かえ」
そうして向かう事になったのは、魚料理と猫の多さに定評のある島だった。そうなれば、魚料理の新レシピとかも手に入るかなと思いつつ甲板に出る。
そういや、ナミのレシピに魚のレシピがいくつかあったな。二人で作るのも楽しそうだ。
魚も肉も独特の臭みがあるから、ニンニクや牛乳を使うレシピは良いんだよな。特有の臭みを緩和できるから。
同じ理由から、生姜醤油や酒を使うのも有りだ。その他には、香りの強いハーブを使用するのも良い。
「ナミ、もうすぐ島につくけどよ、その時に足りない物は買い足しでもして俺と料理の試作品作ってみねェ?」
「試作品?」
「島に着くまで網下ろしとくからよ、それで捕まえたヤツで何か作ってみて、美味かったら今度メニューに加えようかと思ってな」
俺の言葉に頷いたナミは、なんとも無邪気に笑う。けれどもその直後にナミは俺から視線を外して空を見つめるから、俺の恋人はいつも簡単に海に奪われそうだと認識する。
……なァ、頼むからナミ、俺の傍を離れないでくれよ。もう俺は海にナミが奪われそうになった時、ナミを奪い返しに海に飛び込めねェんだからさ。
その辺理解してくれよ。そうじゃねェと、俺は、いざとなったら、共に沈んじまうぞ。
そんな言葉を向ける事も出来ず、髪を風に靡かせるナミに背を向けて俺は厨房へと帰って仕事を開始した。それからどれくらいの時間が過ぎたのか、島が見えたと言われてて表に出ると、珍しくナミが島の港を凝視している。
確かにナミは測量をしたがるけど、それは別に到着と同時じゃねェし、俺と過ごす約束してたのにって考えれば可笑しい。だからと思い視線を辿れば、港にいる猫に釘付けだとわかり、つい声が出ちまう。
「仲間が居たから、視線を奪われたのか」
「仲間って?」
「俺の腕の中でにゃんにゃんにゃんって鳴くんだから、仲間だろ」
「サッチの馬鹿っ!!」
真っ赤になったナミが船を勝手に降りちまうから、待てと声をかけたけど当然止まってはくれなかった。……親父には報告しとかないとな。
それから暫くするとナミの名前で届く荷物。なのにナミが帰らないから、嫌な予感がして来る。
「親父、迷子の子猫、迎えに行ってくる」
「ほー……犬のお巡りさんは大変だな?」
「ナミの出した歌に、そんなのがあったな。まァ、ナミの場合は帰る場所が俺の腕だから、お家がどこだか分からないって事はねェだろ」
「違いねェな。……ゆっくりしてくるか?」
喉で笑った親父の問い掛けに、俺は首を横に振る。今日はナミと、仲良く健全に過ごす予定だ。
どうしたってナミといるとつい、鳴かせちまうからたまにはのんびり普通に過ごしたい。そうしないとナミが突然、体力切れで倒れるからよ。
「いや、帰ってから二人で厨房を使う予定だ」
「……俺にも試作品、持って来いよ」
「了解。不味くても文句言うなよな」
笑いつつ言った俺に親父は鷹揚に頷くから、俺は可愛い子猫を迎えに向かった。だが、何処にいるのか全く分からない。
とりあえずカモの多い酒場辺りだろうかと当たりをつけて向かえば、ナミの香りがする。だが、姿は見えない。
「ナミ、どこだ?」
「にゃー……」
クリマタクトで姿を隠してるだけなら、呼びかければ姿を見せるだろうと思って声を出すが、返事をしたのは猫だ。確かに猫探しに来たが、だからって本物の猫を連れ帰ってどうするんだよ。
そう思いながら数歩足を進める。匂いは強くなり、すぐ近くにいるのは分かるが、ならば何故姿を見せないのかと思う。
「どこだ?……近くにいるのはわかるんだが……」
「にゃー……」
「猫……?」
先程からナミを呼ぶと反応する猫の声に導かれて視線を向ければ、ナミと良く似た色合いの猫がいる。珍しいその毛色に、つい頬が緩んだ。
「似てるな。……おいで」
そんなこと言っても、寄ってくる訳もない。野良なら人を避けるし、飼われてるなら飼い主に近い人種にしか通常は近付かないからな。
わかってるのに、手を引っ込められない。近付いて来て欲しいと、愚かにも願ってる自分につい苦笑しちまう。
だというのに、猫は近付いてくる。飼い主を見付けたかのように駆け足で寄ってきて、無駄と思いながら差し出した手に擦り寄るから本気で連れ帰りたくなって来た。
そっと抱き上げてみれば、猫特有の柔らかさ。それに心を少し癒されつつ顔を見れば、既視感がある。
……え、似過ぎだろ。勿論獣だからそのままでは無いが、顔の雰囲気と言うか……色々な事がナミな上に、香りまでナミそのままだ。
「あれ?ナミ?」
思わず出た俺の問い掛けに、猫が頷く。にゃっ!って鳴きながら。
それと同時に輝いた猫は人の形へと変わり、普段の姿には無いがあってもおかしく思えない耳と尻尾を生やしてその光を落ち着かせた。どうやらナミは、本当に猫だったらしい。
自分の耳や尻尾を弄るナミは、何だか不思議そうにしている。それから俺に笑かけるから、俺はそれだけで思考が停止しちまう。
「わかってくれてありがとう。気付いて名前呼んで貰わないと戻れなかったみたいなのよ」
「……そうか」
この時、俺は他に言葉を持たなかった。この猫に首輪と鈴つけて、部屋に閉じ込めたいと願っちまう自分に愕然とする。
おかしいな。俺はこれ迄、心の広い男のつもりだったんだぜ?
「この耳とかも暫くあるみたいだから、その間この島に停泊して貰える?安全の為に」
「……わかった」
おう、ナミの安全の為だ。親父もマルコもイゾウも、ハルタもエースもフォッサも反対はしない。
寧ろ声を揃えて閉じ込めとけと言いそうだ。それくらいに、凶悪な可愛さだ。
「ありがとう!」
いやもう、頼むから笑うな。虫が群がるから、俺以外に笑いかけんな。
そんな無理な事を脳内で騒いでたら、ナミが俺の手をとって笑う。それに導かれるように頭を撫でれば、気持ちよさそうに眼を伏せるから……この場で襲わないように理性との戦いを強いられた。
……若くなくて、本当に良かった。後十年若かったら、酒場に併設されてる部屋に運び込んでたぞ。
んで、後二十年若ければこの場か、建物の隙間でやってた。間違いねェ。
「サッチ?」
「あー……食材買って帰るか」
「うん!」
信頼のこもった眼差しを向けて来るナミが、どこにも行かないようにその手を俺から強く握り返して、適当に食材を選んで回る。にしても……何作るかなァ。
ナミのレシピっても、種類が多過ぎる。気になる物は、案外多いしよ。
「食いたいもん、あるか?」
「どうしても大皿料理が多いから、
「……パスタとか、どうだ?」
出す時は個人にできるが、作る時は纏めて作れる。丼物とかと違って、これは案外助かるんだよな。
そんな俺の提案に、ナミは反対はしないが首を傾げる。その首の動きに合わせて、髪が揺れた。
「魚のパスタ?……魚、何があるの?」
「鮭なら数匹」
「ホワイトソース系なら、美味しいかもね」
鮭は特有の臭さがあるから、確かにクリーム系は有りだな。他には……。
パスタなら、スープが欲しいな。スープで野菜つけるなら、サラダはいらねェだろうから、箸休め的なのを魚で作るか。
「なら、味噌系とスープも作るか」
「あ、美味しそう。楽しみだわ」
そう言って笑うナミの耳が動く。尻尾もピンとしてるから、本気で楽しんでるのがわかる。
……凶悪な可愛さだ。マジで、俺をどうしたいのかと肩を掴んで揺さぶりたくなるのを必死で耐えた。
そんな時ふと視線を向けるとナミソックリな、生き別れの姉妹かと思うような猫のぬいぐるみを見付ける。食材に紛れさせて購入してたのは、もう無意識の行為だ。
ナミがナミ猫のぬいぐるみ抱いてたら可愛いだろうと言う俺の願望から購入したそれは、さり気なく玉ねぎの中に埋まっている。そうしてモビーに帰れば、足を止める事なくキッチンへ向かうが……。
厨房の入口でエプロンつけたナミ猫が、俺の理性を狂わせる。だってよ、耳が、尻尾がっ……俺を誘惑し続けてんだもんよ!!
「サッチ、さっきから時々変よ?」
「全てにおいて、ナミが悪い」
「何それ!?」
横暴だと騒ぐ猫の尻尾を撫でてやれば、ふにゃっ!?と言って大人しくなったから、今夜は尻尾をいじり倒すと決めて厨房の中へ向かった。そうして二人で作ったのは、鮭と玉ねぎを使ったホワイトソースのスパゲティと、鮭と玉ねぎとキャベツのスープ。
このスープはニンニクが入っているので、臭みも消せている。それとニンニクの臭い緩和の為に、鮭とジャガイモの味噌バター焼きだ。
発酵食品は腐らない上に、臭い消しに最適だ。だからこそ、湿気の多い島国には発酵食品が多く存在している。
完成と同時に親父と三人で食べれば、親父からメニューに加えとけと言われる。だが……もう少し何とかならねェかなと考え込む俺とナミに、親父は楽しそうに笑うばかりだ。
その日の夜、部屋に戻るのと同時に猫のぬいぐるみを投げ渡せば、驚いた顔で受取り、認識するのと同時に嬉しそうに抱き締めるナミ。その姿が妙に幼くて、俺は珈琲を入れつつ気持ちを落ち着かせるしか無い。
傷付けたりしたくねェんだよな。でも、それも時間の問題だろうか。
「サッチ、今日って猫の日なの、知ってた?」
「……なら、猫の形のパンケーキ用意したから食うか?」
「いつ、作ったの!?」
「ナミが後片付けしてる間にな」
今日が猫の日だと言うのなら、俺は俺の猫を甘やかしたい。俺だけの猫を独占したいと願って、何が可笑しいだろう?
パンケーキを食い終わったら、俺に食われる覚悟しとけよと、内心で呟くが口には出さない。そんな俺はきっと、優しい男には程遠いんだろう。