※この作品はR-18です。

光源氏シリーズ   作:夢枕 七変化

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エイプリルフール(光源氏20)side

 いつの事だったかは覚えちゃ居ないが、ナミが苦しそうに話した事を今も鮮明に覚えている。〝今の家族〟は愛情に満ち溢れていて、その愛に溺れてしまいそうになるの……と。

 その〝今の家族〟が、俺達白髭海賊団の事だけを言うのでは無い事はよく分かる。それくらい分かりやすく、ナミは母親と姉の愛に溺れているのだから。

 だが、その更に前の家族というのは……ナミが二歳になる前の事だとも聞いているのだ。賢いとは言えども、二歳以前の記憶がある物だろうか?

 そう考えればその矛盾に、もしやナミには前世と呼ばれる物の記憶でもあるのではないかと疑わしくなる程だ。そう考えれば、その歳に見合わない博識も納得出来る。

 だがきっとそうでは無い。ナミを奴隷としていた魚人海賊団の影響だろうと、その妄想を打ち消して俺はそっと机の端にナミが手を着けそうな物を置いておく。

 振り返りもしないナミの後頭部を見詰めていれば、つい最近の会話を思い出しちまう。情けなくも甘えるように言葉を口にしたのは、俺の方だった。

 

 「ナミは本当に助けを求めてくれないな。そんなに俺って頼りない?」

 

 おどけて口にした言葉に、ナミはその瞳を微かに揺らした。困ってますって顔に貼り付けて、でも、微笑んでみせたのだ。

 それから戸惑いを隠せもしないままに、ゆっくりと唇を動かした。その声は震えてはいなかったけど、何故か泣いているように思えてしまった。

 

 「誰か……と呼んでは、叫ぶ名前すら持っていない事に気付かされたわ。あの頃は、涙を流す事さえ罪だったの。シャンクス達には声が届かないと分かっていても、師匠だからと頼るように名を呼んでしまう事はあったけれど」

 「なら、今度からはそんな時は俺を呼んでくれよ。……俺は、声の届く所に居て、ナミを助けるから」

 

 間髪入れずにそう言って、震えそうになる腕を必死で抑え込みながら抱き締めた俺に、小さく頷いてくれたナミは……随分甘えてくれるようになったと思う。長い事、妹のような存在だったけど……今は恋人として。

 過去の記憶から立ち返り、久々の休みだし二人で有意義に過ごしたいと思いながらも、ナミを眺める事に終始してしまうのは俺の趣味みたいなものだろう。だが、飲み物くらいは手元に欲しいかと自分の分を用意しに向かい、ついでに用事も済ませておく。

 念の為に軽食も作り部屋に戻れば、半分に減ったホットミルクと蜜柑の隣で眠るナミ。身体に温かいものが入った事で、眠くなったのだろうか。

 そっと抱き上げた身体は相変わらず軽くて、これじゃ飛ばされかけたのも仕方ない事だよなと先日の事を思う。起きたらなんか食わせないとな……と思いつつも、何も思い浮かばないのはこの寝顔に思考能力を奪い取られたからだろうと理解出来る。

 寝ているナミに、先日買ったナミ猫のぬいぐるみを抱かせてやれば、しっかりと抱き締めるからこの空間は俺の心のオアシスだと心から思う。そう思いつつも、身体は迷い無く紙に有休申請の文言を書いてドアを開ける。

 部屋からは出ずに、通り掛かった弟に親父に届けてくれと言って渡せば頷かれたので何となく察してくれてるのだろうと思う。親父には『ナミの眠りを守る為に有給休暇を希望する』と書いたので、確実に降りるだろう事は分かってるのだ。

 だからナミの描いたレシピ本を開いて、のんびりとした時を過ごす。その後、夕方になれば部屋から出ない俺とナミを心配してか、申請の許可と飯を持ってフォッサが顔を見せた。

 

 「ナミは?」

 「見ての通り、しっかり寝てる。それでも俺が居なくなると起きちまうから」

 「……飯は持って来たし、明日も休みにしてくれてる。二人でのんびり過ごしたらいいんじゃねェか?」

 

 そう言って笑ったフォッサから受け取ったのは、俺一人で食うには少し多いくらいの食い物。恐らくナミが起きているのを想定したんだろうと分かる。

 

 「そうだな。起きたら、ゆっくり過ごすようにする。……問題は、俺が今これを食いきれるかだな」

 「まだ若い男なんだ。少し無理すりゃ食えるだろ」

 「俺には優しくないな」

 

 そう言って俺が笑えば、フォッサは可愛い妹にだけ優しくしてりゃ充分だろと笑う。その言には俺も反論できず、小さく頷くと素直に食事と許可証を受け取る。

 許可証を見れば今日を含めた三日間が俺とナミ揃っての休みとなっており、病気療養の名目になっているそれに本当にナミには甘いと小さく笑う。その後飯食って、部屋にあるシャワーを浴びてとしてみたがナミが起きる気配は無い。

 

 「さっち……」

 「寝言で呼ぶとか、可愛いが過ぎるだろ」

 

 そんな事を言いながらそっとベッドに入って、腕に閉じ込める形で抱き締める。いつもと同じ蜜柑の香りに、机に向かっていた名残でインクの匂いがするのを感じながらゆっくりと眠りに落ちて行く。

 目覚めると俺に甘えるように擦り寄ってるナミが居て、このままずっとこうしているのもいいなと思う。だが、そろそろ起こさないと飯を四日は食ってないからな。

 そう思って名残惜しくも離れて着替えていれば、背後から悲鳴のような声が聞こえて来た。どうやら、ナミは自分がどれ程寝ていたのか自覚が無いらしい。

 

 「うそ!?もう夕方!?」

 「朝焼けだ。……眠れたみたいで安心した」

 

 残念ながらな、とは、付けなかったが伝わったらしい。驚きを隠せもしないナミは、カレンダーを見て頭を抱えた。

 それから気持ちを切り替えたように俺を見て、困ったように笑う。こういう表情の変化があるから、ナミの心が死んでないと確信できている。

 

 「おはよ」

 「……ああ、おはよう」

 

 あんな目にあいながら、その元凶を好きにできる状況下に置かれて尚、微笑み許して見せたナミだからこそ、守りたいと思う。俺がナミの立場ならば、恐らくジンベエ親分をボコボコにして居ただろう。

 謝れば死人が生き返るのか!と、責めた事だろう。そう考えれば、こいつのお人好しは、既に修正不可能な領域だと理解出来る。

 だからこそ、俺達が周りから過保護に守るくらいで丁度いい。本人に自身を守る危害が足りず、溢れて零れる頭に馬鹿のつくお人好しを守るには、それでも不足が有り得るくらいなのだから。

 

 「そう言えば、朝ごはんって……」

 「食わないって選択肢は無いからな」

 

 伺うように問い掛けられたから、つい即座に答えちまってた。でも、そうだな……。

 

 「四日食ってない自覚を持てよ。でも、ナミがどうしてもって言うなら」

 「ん?」

 「俺とナミは今日と明日は休みだが、ナミにだけ特別に俺っちの手料理ご馳走してやるよ」

 「……休みなの?」

 

 キョトンとした顔で俺を見上げる可愛い子。クルクルと巻いている髪の毛が、幼さを際立たせる。

 本人はその髪の毛を〝ここまで巻いてない筈なのに!〟と時々騒ぐけどな。何を根拠に巻きすぎだと言っているのか分からない。

 

 「ああ、休みにして貰った」

 「ありがとう。そうね……なら、サッチのご飯は私が作ろうかしら」

 

 そう言って笑うナミに俺も頷く。それから、食事そのものはいくら可愛く笑ってもさせるからなと告げて、エプロンを差し出す。

 それを受け取り、はにかんだように微笑んでから自分が猫のぬいぐるみを抱いてる事に気付いて慌てた様子を見せるから可愛い。そんなナミに準備するように言ってから、俺は何を作るか考え始めた。

 久々の食事とは言え、ナミは胃腸が物凄く弱いという訳でも無い。寧ろ毒にも耐えられるその身体は比較的強いから、消化に悪い物を除けば色々入ってる方が回復に役立つだろう。

 そうなると粥とか雑炊に限らなくてもいい。海藻は控えて……肉は使うならひき肉にしてやれば問題は無い筈だから、キャベツでも入れるかな。

 だが、今日も魚が結構捕れてる筈だよな。そうなると、どうしたらいいだろうか。

 

 「サッチ?」

 「ん?」

 「唸ってたけど、どうしたの?」

 「何作るかなと思ってよ」

 「……胃腸の調子が悪いから、お豆腐系が嬉しいな」

 

 俺の迷いを消す為に、甘えた様子で嘘をつくナミ。それに笑っちまう。

 他愛ない事でも、嘘をつく時の癖が出ちまう。そんなナミが、村を守る為にその癖さえかき消して生きて来たのは……想像する事もできない程の苦しみだった筈だ。

 甘やかしてやりたい。大切に、守ってやりたいんだ。

 

 「だが、どうせエース辺りは食いたいって騒ぐから、納得させる物にする必要はあるぞ」

 「魚があるでしょ?それで何か作るわ」

 「肉じゃないと納得するか微妙だが……そうだな。なら、豆腐系は俺が作るか。……メイン、ナミに任せていいか?」

 「うん!」

 

 そんな会話をしながら笑い合う。そうしてキッチンに到着するとトマトがやったらあるので、俺はメニューを決める。

 グラタンとサラダを作って、魚のオカズをナミに任せて……スープどうすっかな。トマト尽くしって事で、ミネストローネにしとくか。

 ナミが望むなら、全て豆腐入りにしてやるかなァ。エースが喜ぶかなんぞは二の次だ。

 そうと決まればと、まずは豆腐の水切りを開始して、直後に食材を切り始める。はじめに時間のかかるスープから手を出し始める俺に、ナミは微笑んでからやはり野菜を切るところから始めた。

 鍋にオリーブオイルを入れてニンニクを入れたら中火で熱して香りを立たせる。その後玉ねぎ、キャベツ、人参、セロリ、ベーコンを入れたら弱火にして蓋をして少し置いとく。

 その隙にトマトをジュースにしておいて、鍋の中身がしんなりしたら豆腐を入れる。豆腐を後から入れるのは、野菜を炒める時に豆腐を潰さない為だ。

 トマトジュースと好みの味付けを加えて、煮れば後は盛りつけの時にセロリの葉を乗せて完成だ。なので、同時進行系でやっていたグラタンの方に意識を向ける。

 トマトソースを作って、皿にバターを満遍なく塗ってからソースを半分ほど入れる。そこに小麦粉をまぶした豆腐を並べて、ベーコンを乗せる。

 この時豆腐とベーコンは1センチ角に切っておくのが食べやすさに繋がるので、重要だ。そのベーコンの上にまたトマトソースを乗せて、チーズを乗せたら表面がこんがりするまで焼く。

 サラダは水切りした豆腐と野菜……今回は角切りにしたトマトと、ほうれん草を器に入れて、それに仕上げをするだけだ。ベーコンはカリカリになるまで炒めた物を乗せて、フライパンにオリーブオイルとニンニクを入れて香り立たせた物を仕上げにドレッシング代わりにかけるだけ。

 

 「ふふ、いい匂いね」

 

 全体的にトマトと豆腐、ニンニクで構成されてる料理はナミの笑いを呼んだらしい。ナミは何を作ったのかと見たら、鮭にグリーンソースがかかったものが出された。

 

 「ブロッコリーとほうれん草のソースよ。ニンニク使ってるから、臭み消しはできてる筈だから安心して」

 

 そう言って笑うナミに、食うかと笑えば頷かれる。そこに現れたエースがグラタンを勝手にひとつ盗み……中身が豆腐である事に驚き、でも美味いと騒ぎ出す。

 ……火だから大丈夫とは思ったが、やはり火傷はしてないらしい。焼きたてのグラタンを盗み食いするのは、そう言う意味で俺はオススメしないぞ。

 

 「見た目は普通のグラタンなのに!」

 「美味いだろ。低カロリー高タンパクな、胃に優しく低糖質なグラタンだぞ」

 

 だが、盗み食いをやられるのは分かってたから、その分は多く作ってあるので問題ない。ナミのだけグラタンのチーズの上に、サラダの時の野菜の残りを使って何かの動物っぽいのを作っておいた。

 

 「ほら、これがナミのな」

 「犬?猫?」

 「問題はそれだ」

 「ん?」

 「作った俺にも、よく分からん」

 「なにそれー!」

 

 笑いながらも、頂きますと言って嬉しそうに食べ始めるナミを見て、俺も食事を開始する。そうしていれば当然のように皆も集まってくるのだから、困ったもんだ。

 二十人分位は追加して作っといたから、足りなければ今日の料理担当が作るだろう。見てた筈だしな。

 どんな嘘でも、もしもナミが望むなら、それは現実にしてやりたい。俺は嘘偽りなく、どんなナミでも愛していると断言出来るのだから。

 そんな思いで作った豆腐料理は、皆に大好評だ。本当に、何をしても周りを喜ばせられるのだから、ナミは凄いと鼻高々でナミの作った料理を食べて……美味いな……と嘆息した。

 今日もモビーは平和で、ナミは可愛い。多く作った筈のグラタンが足りなくなるのは、この数分後の事だとは、この時誰にも予想出来ていなかったが。

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