偶然の遭遇(光源氏14)side
縄張りの様子を見るという名目で久々に
手紙にあるのは、まだ見ぬ未来の弟に関するもの。もしこれが本当で、この能力が本物ならば……世界が求めるだろう。
そして、叶うなら……おでんが死ぬ前にこの能力者に会いたかったものだ。俺は馬鹿か……過去は、どう足掻いたところで変えられはしないと分かっていて、何を詮無い事を考えているのかと溜息が落ちる。
「ビスタ……そろそろ返して貰えると嬉しいんだがねぃ?」
「ああ、悪いな。……お手本のような綺麗な文字だと思って見入っていた」
半分は本音である。ここまで綺麗だと、筆跡を真似するのも容易ではないだろう。
子供達に手習いを教えているのかと問いたくなる程に、お手本通りの文字だが、払いの所だけ妙に丸くなっているのが可愛く見えてしまう。間違いなく、女だなと分かる文字。
「人宛てのラブレターを、盗み見るもんじゃねェだろうがよぃ」
「まだ返事もしてないなら、構うものか!美女なら俺が口説いてみようか」
「その美女は俺を想ってるのに……かよぃ?」
他の誰に聞かれてるかも分からないからと隊長格にしか分からないような言葉遊びで会話をすれば、マルコは敵わねェなぃなんて笑いながら手紙を回収して行く。その時見張りの声が響いた。
それに反応して、パラダイスで沈む船とはどんなものかと興味津々で冷やかしに向かうと、世界最強を謳う剣士でもあるまいに何故か半分になった船の傍で、小舟にしがみついて叫んでいる少女が見えた。上手く脱出できた子なのかと様子を見ていると、船の沈んだ後残骸が浮かび上がるそれに乗じて海面に出て来た少女を発見する。
辺りを警戒するように見渡して、それから小舟の少女と会話をしているのが分かった。どうやら二人は友好的な関係性らしいと分かれば、とりあえず引き上げてやるかと船縁に足を掛けようとした所で、妙な言葉が耳に届く。
「サイクロンが来る!急いで九時の方角へ!!」
「そんな事言われても、ど「オールを貸して、私が動かすから」」
そう言って先に船にいた少女から、櫂を奪うように手にした髪の長い樽と共に浮かんで来た少女が背を見せた時、俺は親父への確認もせず飛び出していた。……分かっているんだ、俺達は義賊でも無ければ、英雄でもない。
他人から物を奪い、壊し、嫌われる筈の海賊であると。だからこれは、偽善行為。
「悪いがお嬢さん達、攫わせてもらうぞ」
俺の声に反応して振り向いた二人は、可愛過ぎる事を除けば普通の少女にしか見えない。この顔を理由に売られそうになった所を、逃げ出して来たとかだろうか。
……この二人なら、売れるだろう。それなら、親元に返してやりたい。
髪の長い方を肩に乗せて、短い方を小脇に抱える。髪の長い方の太腿に腕を回して、背中に触れないよう船へと戻ればマルコが待機していた。
「重症だ。頼んだ」
「分かったよぃ」
「まって……この船の角度だと一時の方角へ、急いで!!サイクロンに、巻き込まれる……!!」
確かに小舟とは角度が違うから、その言葉が事実ならばそうなるだろう。そう思いつつも、そんな世迷いごとよりも先に治療だと預けちまった。
けれども、船医に引き渡されるのを拒むようにして、髪の長い方が言葉を続ける。だが俺はそんな事よりも、真っ赤に染まっているその衣服を自覚しろと思う。
髪の短い方は、長い方の怪我に気付いていないのだろう。それでも、長い方の言葉に頷いて繰り返すように動かしてくれと頼み始める。
その必死さを受けて視線を上に向ければ、親父が笑って頷くから、全員がその方向で動き出した。船上の慌ただしさを受けても、長い方は何も無い所を睨み付けていて気を張ってるのが伝わる程。
ただ、海水に紛れていても尚分かる程の出血は、海水に混ざりながら少女の足元に血溜りを作って行く。その事に少女達以外は気付き、成り行きを見守る。
気を張ってるから生きているだけで、気が抜けたらそのまま死んでもおかしくない程には出血しているし、体温も低い。幼い頃のマルコでさえ、ここまで無鉄砲では無かったと思うんだがな。
「良かった、これで大丈夫……」
モビーが向きを変えても緊張していた少女が、動き出して少ししてから漸くそう呟き、そのまま崩れ落ちた。咄嗟に支えたマルコが即座にどこかへ運び込み、その様子に短い方が漸く状況把握をする。
幼さ故に仕方ないとも言えるが、今まで少しも気付かなかったのかと思えば呆れもする。それも、続いた悲鳴のような言葉で塗り替えられたのだが、それはその声が余りにも悲痛だったからと言うよりは……悲鳴の中に含まれる言葉による衝撃のデカさが理由。
「いやっ!!ナミ!!ナミーっ!!やっぱり、私を庇った時に!?やだ!ナミ、どうして!?私、アンタに庇われるような関係性じゃないわよ!……いつも、迷惑かけてただけじゃないのよっ!今回だって、ナミは辞めろって止めたのに……っ!私が、全部招いたのに、どうしてアンタが傷付いてんのよっ!!起きて!起きてよー!!」
その言葉により、遅れてそう言えば傷付いているのは長い方だけだと気付く。そして、その声に反応するように、髪の長い方の瞼が痙攣した。
そのままゆっくりと瞳を見せたと思ったら、ふわりと微笑む。痛覚が、麻痺してるんじゃないかと思う程、穏やかに。
「なに、泣いてんのよ……。カリー……な、折角可愛い顔してんに、勿体ないわ」
「ナミっ!!アンタ、私を口説いてる場合でも、死んでる場合じゃないでしょ!?稼がないといけないんでしょ!?お金が必要な理由があるから、無茶してたんだって知ってるのよ!!」
「……あら、教えてないのに、すごいわね」
髪の短い方は必死なのに、長い方が軽く笑うから緊張感が薄れる。だが恐らく、それも計算のうちだろう。
妹分を守ろうというお人好しの考え。似たような兄弟が、この船には多くいるからこそ、分かっちまうんだよな。
さて、どうしたものか。切り伏せて解決する類ではないからこそ、扱いに困る。
「アンタみたいなお人好しが、自分から危険しかない事に首突っ込んでりゃ調べるわよ!……お願い、死なないで……」
「……そうか、その手があったわ」
「え?「……私が、しねば、たすけられる……でも、ここじゃだめ、逃げたとおもわれたら、皆がころさ、れる……」」
意識が朦朧としているのだろう。自分が何を口走っているのか、それを認識できないほどに。
だとするならば、彼女は……。思い当たる事がない訳でもないが、勝手は出来ない上に、そこまでしてやる義理が無い。
「ナミ?」
「大丈夫よ、のじこ、べるめーるさ、ん、ちゃんと、とりもどすから、ね」
その言葉を最後に長い方は完全に意識を失い。その間に流れ出た血液から調べた形を元に運ばれて来る輸血パック。
短い方を長い方から引き剥がし、治療が開始されるが……さて、生き残れるか。何より先程の話、親父はどう判断するだろう。
「親父……」
「マルコがついてる。大丈夫だろう」
「そうじゃなくてよ」
「……揃いも揃って……息子達、今のチビが心配か」
その言葉で周りを見れば、皆が俺と似たような顔をしていた。……本当に、俺達は海賊だって分かってんのか?
だが、自由に生きるのが海賊だ。決まった航路がある訳でもない。
縄張りが一つ増えたくらいで、何の問題もないし、知っちまえば保護してやるのもまた、俺達の自由。所属した当時のマルコと同じくらいの年頃の、女の子が泣いているのだ。
少しくらい大人ぶって何がおかしい。それに……先に逝った兄弟達も知れば助けようと騒いだ事だろう。
そう思って笑った時、背後をサイクロンが通り抜けた。その事実に全員が声を失い、同時に親父へと視線を向ける。
「グラララララララ!!」
「親父……?」
「小娘に、それも死にかけてる中で……助けられちまったなァ?……なァ……息子達、恩には恩で報いるべきだと思わねェか?」
その瞬間、俺達の歓声が谺響して地響きに近い物になる。その騒ぎの中で、サッチとマルコがそれぞれ別な部屋から顔を覗かせて声を揃えた。それは、普段の二人を知ってる俺達には笑える現象。
「「五月蝿ェ!!」」
サッチはお玉と病人食を手にして、マルコは注射器と包帯を手にして、どちらも三白眼。こりゃ、随分と優しく優秀な兄貴を手に入れたもんだと、意識も自覚もない妹を想う。
親父が助ける事を許した以上、長い方は間違いなく妹になるだろう。子供とは思えない程の慈愛を持って、天候を知る才能を持つ、自己犠牲精神の塊。
考えてみれば、当然の結果だったのかもな。そう思ったら、自然と手が髭に伸びていた。
「見捨てられる筈、無かったな」
「確認もせずに助けに飛び出した男が、何言ってんだか」
髭を撫でていた俺を揶揄うように、イゾウが俺の呟きに返す。それに笑えば、僅かに憂いを込めた眼差しで治療している部屋に視線を向けた。
イゾウはこれで、女子供に弱い。さて……先程の話から、行先を割り出すか。
唯一事情を知っていそうな短い方へと歩み寄り、膝を折る。座り込んだまま扉を見詰めて涙を落とす少女が、憐れでないと言えば嘘になるが……だからこそ、役立つだろう。
「お嬢ちゃんは……髪の長い子に、守られるだけで満足かな」
「そんな訳無いでしょ!?」
「なら、知ってる事を教えてくれるな。俺達も借りを返したい」
視線を合わせているからか、少女は頷いた。そして、語り出す。
少女の知っている情報は多くもなく、けれども少なくもない。後は、決定打が何か欲しい所だ。
少女達の関係性と、お人好しな長い方を好きなのに素直になれない思春期特有の葛藤。そして、甘え方を知らない不器用な姿。
この子もまた、親父なら懐に入れて大切にするのだろう。そう思えたから、自然と笑みが浮かぶのを自覚した。
「お嬢ちゃんも、このままここに残るか?親父は拒絶しないと思うぞ」
「嫌よ。何かに縛られるなんて嫌。私は、ナミが生きてくれるって確信したら次の旅に行くわ」
そう言って笑う。それから、髪の長い方は凄腕の大泥棒よと悪戯に付け足した。
「ウシシシシ……」
この少女の言葉の意味を本当に理解する事ができる迄には、まだ時間がかかりそうだ。身動きの取れない少女に何も盗める筈も無く、お人好しも身内であるこの子に向けられたものだろうと分かるから。
「……ビスタ、少し来てくれよぃ」
突然かけられた声に反応して向かえば、困ったような顔をされた。この顔は、何か言い難い事があるらしい。
「……ビスタがこの子を最初に助けに行ったと聞いたから、話しておくよぃ。今回の件、すぐにジンベエ親分に連絡が必要だと親父に伝えて欲しい。彼女は、親分の弟分により犠牲になっていると考えるしか無さそうだ」
「……そう、か。なら、場所も特定できそうだな。……親父には伝えておく」
「悪いねぃ」
申し訳なさそうな、困りきったような顔で言われては俺も何を言えばいいのか分からなくなる。ただ、医者として優秀過ぎる兄弟にどうしても確認しておきたい事があるので、主語を抜いて問い掛けた。
「……それで、とうだ?」
「ああ、後は本人之気力次第だねぃ」
その言葉に胸が微かに痛む。幼い子が死ぬのは、いつも胸が痛み無力感を与えられる現実だ。
今回何か起きたとしても、俺には何の責任も無い。そんな事は頭では分かっているのに、心がそれを分けて考えてはくれないのだ。
親父へとマルコの言葉を伝えつつ、短い方から聞いた言葉を元に分かった内容を伝えれば、親父が東の海の地図を用意させた。ナース達と共にそれを覗けば、親父が一角を指で囲うようにして示す。
「この範囲に、あのチビの故郷がある筈だ。海軍の情報を少し探るから待ってろ」
「……海軍の情報?」
「ジンベエが弟分の居場所を見失ってからの期間を考えて見れば、海軍のどこかが手を貸してるとしか思えねェ。その期間と重なるように〝海難事故〟が多発しており、その原因を不明としてる支部がある筈だ。その支部を先に叩いてから、資料を確認すれば居場所は特定できるだろ」
親父の言葉に納得して、同時に本当にこの人は頭がいいのだと思う。俺は即座に親分へ連絡を取り、来て欲しいと伝える。
そうしてその日の内に親父は目的地を定めて、モビーを動かし始めた。親分と合流するのは現地という事にしたらしく、親父は少しも待つ気配は見せ無い。
そんな中で騒ぎが起きた。髪の長い方が、マルコの制止を振り切り親父のいる所まで姿を見せたからだ。
「……っ!お初に、お目にかかります。お助け頂き、ありがとうございました」
「まだ、助かってねェだろう。寝てろ」
「……申し訳ありませんが、休んでいる暇はございません。戻らねば、ならない場所があります。ですので、大変恐縮ですが樽を返して下さい」
「……樽?」
親父の問い掛けに、恐らくその場にいた全員が同意した。この少女は何を言ってるんだ?
確かにあの時樽は身に付けていたが、あれに何か大切な物が入っていたのだろうか。あんな物、残してあったか……?
そんな動揺に俺達が声を失っている間にも、少女は真剣な様子で親父に言う。それは既に何とも奇妙な空気を醸し出している上に親父までもを戸惑わせているのだが、本人に自覚は無いらしい。
「はい。お助け頂いた際、腰に繋いでいた筈です。それさえあれば、帰れますので」
「……なんか、装置でもついてんのか」
「いいえ?ただの、空の樽です。縦に割れば小舟として使えますし、残りの半分を割ればオールとして使えますから大丈夫です」
「……この、
「……?……はい」
己がどれ程突飛な事を口にしてるのか理解してないらしい少女の様子に、俺は勿論親父も言葉を失う。そして親父は、あろう事か俺に話を振ってきた。
「お前ェを助けたのは俺じゃねェ。ビスタだ。ビスタに返して貰え」
その言葉により長い方は俺を見て、頭を下げた。そして、またもや妙な事を言い出す。
「ビスタ隊長、この度はお助け頂きありがとうございました。カリーナの事、心より感謝致します。……船長様にお礼を伝えればと思いましたが、お助け下さったご本人への礼を欠いておりました事、お詫び致します」
「え?……ああ、謝罪を受け入れよう」
「ご恩情に感謝致します。つきましては、樽の返却をお願い致した「それなんだが、ひとつ勘違いしているのを先に訂正させてくれ」」
俺の言葉で漸く顔を上げた少女は、その背からまたもや流血している。顔色は紙のように白く、生きているとは信じられない程。
この子を生かす為に船を向けていると伝えても、きっと納得しない。そういう強情な所を感じ取れる程に、意志を強く伝えてくるその瞳。
なら、海賊らしく騙してしまおう。助けられる事に不慣れならば、助けられる他の道を塞げば良いだけだ。
「お嬢ちゃんは、保護された訳じゃなく、俺に誘拐されたんだ。大人しく、寝てな」
少女が理解するよりも先に、首に手刀を落とす。すると素直に落ちる身体は、支えてみれば恐ろしく軽い。
その背に触れないように支えながら、担架を持って来る医療班に少女を託して親父に視線を向ける。親父はそんな俺に笑いながら手を伸ばしたと思ったら、頭を撫でて来るのだから敵わねェ。
「末娘は……随分と優しくて甘っちょろい海賊に、誘拐されたもんたな」
「……故郷に帰してやる気がなくなっても、優しいか?」
「構わねェだろ。随分と優秀みたいだからな。帰せば火種になるからと言うなら優しさ以外の何物でもないねェだろうが……!!ただし、お前の部屋で飼っとけよ?」
天才としか思えない天候を読む力と、先程の言動。幼い子供が持つには不釣り合いなそれを受けて、親父としても保護する事に決めていたらしい。
……どっちが甘いんだか。そんな事を考えたが、頭を撫でてくれる手を振りほどく事も、辞められるのも嫌でそのまま甘受しちまう。
その翌日、少女が目を覚まさない内に短い方が姿を消して、代わりに親分が姿を見せた。そうして夜闇に紛れて問題の諸島へと向かい、件の海賊を打ち倒し親分に引き渡す事に成功する。
その時に造られていた建物を探索して見れば、中にあった使い込まれているのが嫌と言う程に分かる拷問道具を見つけちまった。それにより慣れていない弟達が嘔吐する程の、むせ返るような血の臭い。
倉庫のような場所に積み上げられた大量の海図と、海図を描いていたであろう部屋。そこには血のにじむペンがあり、クローゼットには明らかにあの少女のサイズだと分かる女物の衣類。
それを見て建物を壊しちまいそうになる兄弟を抑えたのは、親父に報告したり持ち出す物を相談する為。ただ、この才能は確かに世界に求められるレベルだ。
そのまま建物を出て近くの村で少女の事を聞いて回れば、親分は泣き崩れ、俺達は言葉を失い、親父がマルコに死なせるなと厳命した。その後親父が少女の家族と話をつけて、荷物を受取り出港する事にしたのは……目覚めて残りたいと泣かれたら、心が痛むだけだからだ。
島に残せば、今度は少女を狙う誰かに島が狙われる。後数年も経てば、少女は世界が求める美しさと高過ぎる能力故に隠し切れなくなるだろう事は間違いない。
「親父……俺は……」
「子猫を一匹、家族に加えて何の問題がある?ただ、あの猫は絶滅危惧種だ、死ぬ気で守れ。……その覚悟があって、誘拐したんだろう?」
親父はそう言って笑うと、意識が戻ったばかりの少女の元へと足を進める。その後ろ姿を追いかければ、無理に身体を起こそうとする愚か者がいた。
「お嬢ちゃん、名を教えてくれないか。俺はビスタ」
そうして自己紹介を織り交ぜつつ、そっとベッドに寝かせちまうのは大人の役目。この少女が、核爆弾より厄介である事を知るのは、また別の話だ。
波間の向うを目指して、壮大な夢を抱く少女が、白髭海賊団の皆から大切な物盗み取るのは、すぐ先の未来。村が助かった事を知って、幸せそうな笑顔で涙を流す少女に俺達が慌てるのは、話を終えた二秒後の事である。