偶然の遭遇(光源氏14)side
何だか騒がしいなと思ったのは、明け方の事。まだそんなに起きてる奴も、普段ならそう多くない時間帯だ。
さァて……今日は何が起きたかな。これだけの大所帯では、何も無い日の方が寧ろ奇跡。
マルコはいつも大変だなと小さく笑ってから、いつもの顔に戻って甲板へと顔を出す。この姿が警戒心を緩めて皆の内面を見られると言うなら、利用してでも平穏を守りたいと思うのは当然の事。
俺だってモビーは家だし、皆は兄弟なんだ。守り方が少し、変わってるってだけの話だよね。
少しばかり自嘲するように笑ってから、自分の所の隊員に声をかける。勿論可愛い見た目に合わせた声を出しながら、笑顔でだよ?
「何があったのー?」
「あ、ハルタ隊長!すぐ目の前で船が沈んでるんです。半分に折れて」
「え、ここってパラダイスだよね。なんで沈没できるの?」
本当に意味が分からない。どんな脆弱な船で移動してたのさ。
空は快晴。波も安定してるのに、だよ?
「バーカ!俺達新世界で慣れてるのとは違って、四方の海から入ったばかりの船は大半が入口付近のここらで沈むんだよ」
「あ!バカって言った!酷い!後で摘み食いしてやる!」
「ちゃんと飯用意してるんだから、妙な事すんな!」
俺の発言を受けて横から嘴突っ込んだサッチに嫌がらせで言ってみれば、怒り出す。そんな些細なやり取りが楽しくて笑えば、海面に沈んでない船と浮かび上がる樽を見た。
見ればどちらも幼いとは言えない程度の、けれども若いと言うにはやはり少し幼い少女が乗っている。そして、それに注意してみれば沈む音に紛れて掻き消されそうな会話が聞こえて来て、僅かに眉が寄るのを自覚してしまう。
どうやら、樽娘がこの船を沈めたらしい。そしてそれは小船娘を助ける為。
……良いなァ、そう言うの。俺、大好き。
そう思って真面目に観察しようとした時、樽娘が妙な言葉を口にした。その声は驚く程に良く通り、俺達を凍り付かせるには十分過ぎる物。
「サイクロンが来るわ!!カリーナ、今すぐ八時の方向に逃げなさいっ!!」
「そんなのっ!今すぐなら、ナミがいなかったら、私だけじゃ無理よ!」
「……分かった。少しは協力してよ?」
そう言って優しく笑った樽娘が小舟に乗り込んだ時、その背中に海水に浸かっていて尚、赤く染る物を見て溜息が落ちる。それと同時に俺は船縁を蹴っていた。
だってさ、仕方ないだろ、気に入っちゃったんだから。このまま死なせるのは、惜しいと思うんだよ。
間違いなく原石。能力は高く、容姿も良いなら仲間にと思って、妹にと思って何がおかしい。
「おいで、お嬢ちゃん達」
拒否権を与えるつもりもないのにそう言って、即座に小舟娘を庇うように移動してから、回し蹴りをしてこようとした樽娘の腹部に拳をめり込ませる。そうして俺の方へと上半身を倒れさせてきたそれを軽く抱き留めた。
それでも意識があるのか、俺を睨むから首にも一撃入れる。そうして意識を奪っておいてなんだけど、庇うような事をしなければ俺にかすり傷位なら与えられたかも知れないのに、惜しいなと思う。
そんな俺に小船娘が挑みかかってきたけど、樽娘の半分も実力が無い。背中に触れないように気を付けつつ肩に樽娘を担いで、小船娘の背後に回るとその首を軽く叩いて意識を奪う。
二人をそっと寝かせて、合図を送ればロープが降ろされるので小舟にそれを巻き付けて持ち上げてもらう事にした。そうしてモビーに戻れば、呆れた顔したマルコが待っていてくれたので樽娘を顎で示す。
「……よく、生きてるなぃ」
「うん。俺も驚いちゃって、ついね。それと、この子の言葉信じるなら動いた方がいいよ」
「もう、旋回を始めてるよぃ」
珍しい事もあったもんだと驚いてマルコを見れば、視線で親父を示される。親父の判断なら、もしこれが間違ってても問題無いだろう。
そうして樽娘が運ばれた直後、今までいた場所をサイクロンが通り抜けた。それを見て兄弟が声を失っていたのは僅かな時間。
割れるような大歓声と共に親父への期待の眼差しが向けられ、親父はそれにゆっくりと頷いた。それにより喜ぶ兄弟に水を刺すように、樽娘について行っていた筈のマルコが顔を覗かせて告げる。
「髪の長い方は、敵だよぃ」
「「「「「敵がサイクロンを教えるかー!!」」」」」
「あの娘がサイクロンを教えたのは、仲間の小娘にだろぃ」
「私、仲間じゃないわよ。ナミが海賊だったなんて、知らなかったくらいだし」
マルコの言葉に叫ぶ兄弟を呆れた眼差しで見るマルコだが、直後に船娘が落ち込んだ様子で言葉を紡げば空気が変わった。いつ起きたのかと思ったがそれよりも、今にも泣き出しそうなそれがあまりにも悲痛で、樽娘が海賊だと何が問題なのかと思う。
けれどもそれを問いかけるより早く、小船娘が言葉を紡ぐ。震える声が、赤くなるその顔が、泣くまでに秒読みだと教えてくれる。
「ナミ、海賊なんか大嫌いなのに……憎んですらいそうなくらいなのに……どうして、ナミが海賊なのよ!おかしい、あのお人好しが海賊なんて自分から望んでやる訳ないのよっ!!……どうして、私を庇ったり、したのよ……ナミ……」
そのまま泣き出した小船娘に、誰も声をかける事はない。関わりたくないと言うのもあるだろうが、親父を含めた半数はその言葉の意味に気付いちまったから。
……厄介だなと、正直思う。目覚める前に始末してやるのが、樽娘には良いのかもと思う程度には……傾倒しているみたいだ。
「マルコ、どこの海賊団に所属してた?」
「……俺も確証は無いんだがねぃ……<ruby><rb>親分</rb><rp>(</rp><rt>・・</rt><rp>)</rp></ruby>に連絡した方が良いかも知れねェ……とは思うよぃ」
親父の問い掛けにマルコが答えれば、頭を抱えたのは隊長達全員だ。これは間違いない。
お人好しの少女で、稀有な能力を持つ、海賊を憎む海賊。そんなの、答えは他に考えられないじゃないか。
ただ疑問はある。他の海賊ならまだしも、相手が彼等であるとするなら、見過ごせない違和感。
疑問点は多くあるけど、何故あんなにも戦闘力があったのかは最大と言える。……普通に考えて、力なんて無い方が御しやすいのに、鍛えてやったのか?
人を憎み、毛嫌い、呪う彼等が?そんな事、有り得るかな?
「……お助け、頂きまして、ありがとう、ございました」
突然聞こえて来た声に、全員の視線が集まる。俺でさえギョッとして見たんだから当然だ。
気配が、全く無かった。それにより警戒心剥き出しの視線が突き刺さってる筈なのに、樽娘は怯える事もなく小船娘を背に庇うように前に出る。
凛とした空気を纏い、真っ直ぐに迷い無く親父を見上げる姿には、何処か触れ難いような雰囲気まであるのだから視線を外せなくなるのも当然。その姿は子供とは思えない程に気高くて、眩しく思える位。
「船長様のご指示で、お助け頂いたのでしょうか」
「いや、俺の指示より先にうちの愚息が動いた。その結果お前の言葉でこの船は守られた。……だからよ、小娘……俺達に貸し借りはねェ。寧ろ恩を返させちゃくれねェか?」
親父が優しく笑う。本気で、娘として迎え入れようとしてる事がそれだけで伝わる。
明らかに戦闘員じゃないからこそ、娘にと思ったんだろう。戦い怪我する娘に、捕まり犯される娘に、親父は耐えられなかったから……。
だから、最初から守る対象と言いきれる存在だけを娘にしたいと願った。非戦闘員なら、親父や俺達兄弟が娘とか姉妹を守るのも当然と言いきれるからね。
「ありがとうございます。私はナミ。これはカリーナと申します。……もし恩があると本気で仰っているのでしたら、この子を解放し、私の首を私が所属する海賊団に送っては頂けませんか」
「あ?」
娘にと望む相手からの意味不明な言葉は、親父から表情と語彙力を奪う。微笑む少女の浮世離れした空気感は、どうにも落ち着かない気持ちにさせて来る。
親父が娘にしたいのは、二人なのか、片方なのかも分からなけど……親父は樽娘の方は好きだろうなと思う。甘くて優しくて、それでいて強い。
万が一守りきれなくても、家族を想って自殺だけはしないと信じられると思っていた矢先にこれである。流石にこれは、親父の気持ちが分かってしまう。
「私の死が伝わらねば、失われるものがあります。どうか、叶えてください。首を落として頂けるのでしたら、クーちゃ……ニュースクーに、預けて頂くだけで運んで貰えますので、お手は煩わせません」
「ナミ、あんた、何言ってんの……?ねェ、待ってよ!あんた確かに時間が無いって言ってたけど、そこまでだったの!?」
続いた言葉に、優しさは時に毒となるのだと教えられた気がした。だけどきっと、マルコもその選択をするだろう。
その他にも数人いる。優しさ故に、傲慢で残酷な欲深い兄弟達が。
「カリーナ、元気でね。大丈夫よ、私は充分生きたから」
「巫山戯んじゃないわよ!!アンタ私と1歳しか違わないじゃないのっ!!」
微笑む樽娘に、小船娘は必死で言葉を告げる。それはただ、生きて欲しいと慟哭をあげているようにしか、俺には聞こえない。
それを受けて尚、微笑む樽娘。気付いてない程の無知が理由ではなく、分かっているのにただ慈しむ為に微笑んでいるのだ。
「大丈夫。カリーナは強がりで、でも優しいから、ちゃんと幸せになれ「なれる訳無いでしょ!?ナミを巻き込んで、怪我させて、その上私のせいで死ぬのに……!死なせるのに、幸せになれるわけないっ!!」」
泣きじゃくる小船娘を樽娘が抱き締めて、優しく頭を撫でる。死を覚悟した人間は強い。
その瞳に絶望の色は無く、狂気の色も無い。……なんか、イゾウに聞いた菩薩みたいだな……と、思う。
よく言えば慈愛に満ちて暖かい。けど、人間離れし過ぎて、可愛気が無いとも言える。
いや、薄気味悪い。特に、その姿と中身に差異があり過ぎるのだ。
「小娘……うちの船医が必死で助けた生命、無駄にしようってのか」
「それも、問題ありません。放置すれば、このまま死ぬと思いま……す、から……」
その言葉の途中、樽娘の身体がグラりと揺れた。見ればその背からは真っ赤な物が溢れていて、俺と同時に気付いたらしいマルコと親父がか顔色を変える。
今凛とした様子で、慈愛を持って友人を包んでいる少女が、生命を尽きさせようとしているのだから当然だ。親父は小さく、けれどもハッキリと樽娘に言った。
「ナミだったな。……望みは叶えてやるから、安心して休め」
「ありが……とぅ……ぃ……ま……す……」
そのまま崩れ落ちる樽娘を船娘が支えて、マルコが引受ける。そうして樽娘……ナミが消えた甲板にて、親父が言った。
「小娘、ナミの事を死なせたくなければ、知ってる事を全て吐け」
そうして小船娘……カリーナは、ナミの事について知ってる事を全て話した。お金を集めている事、たまに笛を吹いている事、その曲は宝玉の本に載ってる事、女子供年寄りに優しくて、寧ろ甘くてお人好し。
しっかり者のつもりでいるらしいが変な所抜けてて、でも暖かくて……東の海で活動している事。定期的にどこかへ帰る事等を、カリーナは俺達に必死で伝える。
その間にナミュールが親分と連絡をとっていたようで、海軍に海難事故の多い地域と、魚人に関する情報が無いかを調べて貰う事になったと言う。もし、本当に親分の弟分が関わってるなら、魚人の話など出る訳もないと分かっていながら、その結果を待つしかないのか……と逸る気持ちを必死で抑え込む。
そんな無力感による苛立ちを抱えていれば、それは俺だけじゃ無かったらしく、親父に期待の眼差しを向ける兄弟達の様子に気付く。どうやら既に、人間離れしたナミと言う少女に心を奪われてる者が相当数いるらしい。
「……グララララ!!これだけ分かれば、助けるのは容易いだろう。ただし、犬猫じゃあるめェし、助けた後は親元に返す可能性も覚悟しておけよ」
その言葉に衝撃を受けた兄弟達だけど……多分引き取れる。俺の予想が正しければ……だけどさ。
そんな思考に意識が持ってかれちまう俺の、落ち着かない心を置き去りにして、モビーは東の海へと向かう。その途中で親分も到着して、ナミの容態が安定したのを確認したカリーナは去って行った。
そうして到着した島で、親分が弟分に会いに行ってる間に村人から話を聞いて回れば、頭が痛くなるのは当然の事だと思う。ナミは、この村を一人で護っていたのだ。
文字通り身を削り、涙を隠して……そして、俺の予想は当たった。宝玉の曲は曲調に統一性が無い為に演奏できるのはそれ程多くないから、そうかなとは思ったんだよな。
だとするなら……保護しないと、また同じ事が起きるだろう。その時はナミを狙った奴が、村人を人質に取るのが分かりきってる。
親父の名前で何処まで守ってやれるか……。それを考えたなら、この島を親父の名前で守る他に、ナミ本人は保護するべきだよ。
でもな、言い出したら俺預かりになるよなァ。だけど、言わないで何かあったら……寝覚め悪いよなァ……。
「ハルタ、どうした?」
「ゲッ……親父……」
「なんだ?今度は何をやらかした?」
〝また〟だなんて酷い。人聞きが悪過ぎるよ!と思うけど、話が脱線し過ぎるから言えなかった。
代わりに否定だけはして、本題に入る。親父なら何かいい案を出してくれるかも知れないと期待して。
「俺は何もしてないよ。……まだ。ただ、起きるだろう事を分かってて、見捨てるか悩んでる」
「グラララララ!!お前ェに、幼い少女を見捨てられるか!……任せたぞ」
「親父ぃー!?」
叫ぶ俺に親父は笑う。そんな俺達に、皆も笑って見てるだけだった。
この後この事実を伝えたら、涙を流しながら微笑む少女に心不全か狭心症を本気で疑う事になったのは、マルコ曰く笑い話。自己評価の低い心優しい少女が、人間なのだと実感するのはそう遠くない未来の現実。
こうして俺は、ほぼ間違いなく〝宝玉〟であり、天才測量士の少女を預かる事になった。まさかこの少女が、他にも色々と爆弾な阿呆だなんて知らなかったし、絆されて傍から離れられなくなるなんて……想像もしてなかった。
波間の向こうを目指して進むモビーの上に、新たな末っ子が仲間入りした。これはそれの経緯と言える物語。