偶然の遭遇(光源氏14)side
空気が変わったのを感じて表に出れば、マルコと親父が視線だけでやり取りしているのが見えた。それからすぐに正体を見せた船は、海賊と呼ぶよりは宝探しの奴ららしいと知る。
そう、その筈なのに何故か小船に乗っている少女を追い掛けており、何だとザワつく船内に厄介事で無ければいいと心から思った。その直後遠巻きに眺めていた俺の目の前で、追いかけていた筈の巨大な船は真っ2つに割れてしまう。
その衝撃で大きい方の船は沈み、上手く助かった数人が海上に浮かんでいる。アレを助けるのかと思っていたら、樽に掴まった状態の少女が海面に浮かんで来た。
それはさながら人魚のように見えて、ほォと思わず声を出してしまう。その少女は明らかに異質。
マルコが助けに行き、甲板まで運ばれて来る。その間に捕獲か保護かわからないが同じく甲板に連れられて来ていたのは、小船で逃げ回っていた少女。
2人は甲板で対面を果たすと、樽の側……髪の長い少女が、小船の側……髪の短い少女に危なげな足取りで近付く。髪の長い方が歩くと、その足跡が赤く染まっていて、その出血で動き回るなよと思わず眉を顰める。
長い方が短い方に接近した時、長い方の腕が大きく動き、思い切り叩いたであろう音が響く。悲しそうと言うか苦しそうなと言うかといった表情を浮かべた長い方が、短い方に向かって怒鳴る。
「カリーナ!何で素直に見捨てて逃げなかったのよ!あんた、下手したら殺されてたのよ!?」
「……それは、私の台詞よ!どうしてあの状況下で私を庇うのよ!捕まったのは私のミスだったのに!ナミにはお金を集めるだけの理由があるんでしょ!?」
短い方……カリーナは、長い方……ナミに叩かれた頬を抑えながら怒鳴り返す。それを受けたナミは驚いたような表情で固まり、その隙にカリーナがナミに抱き着いた。
声を震わせて、泣きながら紡ぐ言葉は、恐らく素直になれないだけで感謝が込められている。煙管を銜えてその成り行きを見守って居れば、ナミの方がカリーナを庇い死に掛けているらしいと分かる。
ただ遊ぶ金欲しさに盗みを働くカリーナを、目的があって盗みを働くナミが庇い、最後には逃がす為に船まで破壊したらしいナミ。けれどもナミは、それを笠に着る事はしないようだ。
その会話の中でカリーナが仏かと怒鳴ったのを聞いて、成程と思う。このナミと言う女は達観しすぎている上に、自己犠牲精神が強過ぎるのかと。
家にもそんなのが1人いるなと、長男に視線を向ければ心配そうに少女達を眺めているのが見える。アレは医者だから、そっちも含めて気にしているのだろう。
その会話の途中で力尽きたように意識を失い倒れるナミを俺は咄嗟に支えていた。それから咄嗟にマルコに視線を向ければ顎で付いてくるよう言われるので、頷いてそれに従う。
子犬のように騒ぎながら付いてくるカリーナを無視してマルコの誘導に従い、ナミを部屋に運び込む。するとそのまま奥のシャワー室へと運び、衣服を早々に剥ぎ取る。
顔色を見れば出血が多過ぎて大変なのは分かっていたが、これだけ血に濡れていては治療も出来ないだろう。仕方なく、ざっとその体を清めてから診察台に移動させる。
ここから先はマルコの領域だ。俺はマルコが治療している間騒ぐカリーナに視線を向けて、声を掛ける。
「泣いて騒げば〝優しいお姉ちゃん〟が助かるのかい?」
「……あんたに何が分かるのよ!ナミは本当はアイツから宝を奪おうとなんて考えてなかったのに、私が無理矢理誘ったのよ!捕まったのも私のミスで、捕まってからは私に注意が向かないようにずっと……奴らを挑発してたの」
泣きながら語るカリーナを横目で見て、俺は煙管を口から離すと煙を吐き出す。後悔の念は強いようだから、あまり責めるのもなと思うのはある。
幼い子供だと言うのと、女の子だと言うのも責める気にならない理由だろうか。だが目の前では、大怪我してもなおカリーナを心配して庇おうとするナミの姿があり、独り立ちしてやれよとカリーナに思わない事も無いのだ。
「それで?」
俺は取り敢えず吐き出させるかと、続きを促す事にして見れる。カリーナは助けようと思ったのに助けるのに失敗してナミが捕まり、そんな中でもまだカリーナを助けようと船を破壊したみたいだと言う。
それを聞けば、やはりそうかと思ってしまう。勝手に壊れたにしてはおかしいと思っていたし、タイミング的に見ればカリーナを助ける為にやったのだろうと思えたからだ。
だが、そうなるとナミは中で囚われていたのに、どうやって船を割ったのか。1流の剣士なら割れるのは分かっているが、剣は短剣しか所持していない上に、ナミが能力者では有り得ない事もこの目で確認している。
その身から発せられる覇気もほぼ無いから、ほぼ民間人だろう事は想像に難くない。使えて見聞色の覇気ってところか。
「……で、カリーナはどうしたい?泣いているだけで解決するなら、泣いていたらいいだろうがね」
「私は……」
声を詰まらせて黙るカリーナに、ただの子供かと息を吐き出す。そういう意味ではナミの方に、興味がある。
どうやってかは知らないが船を破壊して、守ると決めた相手は守り抜く根性がある。樽に捕まって脱出して来たのを見れば、命を諦めない強さも垣間見える。
年若いからこそ、育ててみればいい仲間になるのではないかと思える。自衛手段だけ身につけてもらえれば、頭の良い女ならこの船に乗って何ら支障はないだろう。
女には基本戦わせないが、ナースなど必要な能力を持つ者ならば昔から女を乗せているのだから、ナミに何か能力があれば共に旅をできそうだとほくそ笑む。俺は、ナミが欲しい。
マルコが治療を終えた直後にナミは意識を取り戻して、血の気の失せた顔で痛みなど無いと言わんばかりに起き上がる。体を起こしたナミはマルコを見て頭を下げると、俺とカリーナに視線を向けて、もう1度今度は先程よりも深く頭を下げた。
「白髭海賊団の方達に保護して頂いたのですね。ありがとうございます。隊長を2人もこの場にお引き留めしております事、感謝致しますと共に謝罪致します。私はナミ。そちらの髪の短い方は私の妹分でカリーナと申します。何か無礼を働いてはおりませんか」
「大騒ぎして泣いてた他は、特に何も無かったよぃ」
冷静に礼儀正しく挨拶をしたナミにマルコが揶揄うように言えば、躊躇い無く落ち着きの無い子で、申し訳ございませんと頭を下げる。それを見ていたカリーナが、何でアンタが謝るのよと怒りだした。
だが、その言動がナミに謝罪させる要因だと何故分からないのか。……子供だからかねぇ。
「ナミさん、だったね。あんた、何歳だい?」
「私は現在14で、カリーナは13です。何か、気に触る事をしましたか?それでしたら年齢は関係ありません。海に出ている以上、1人の人間として対応してください。ただ、カリーナは私が共に行動している間は私の管轄。教育不足と管理不行き届きの責任がありますので、その罪は私に背負わせてください」
キリッとした表情で言い切るが、意識を保ってるのが奇跡の14歳に何が出来るというのか。思わず溜息をついてマルコに視線を向ければ、似たような事を考えているらしいと分かる。
「……今は休んでろぃ」
「申し訳ございませんが、私には時間がありません。休む余裕は無いのです」
「ナミ、1度帰らないとって言ってたのに私が巻き込んだから……」
「その判断をしたのは私。決定したのは私だから、カリーナは気にしなくて良いのよ」
俺達に向けるのとは異なる、優しい微笑みをカリーナに向けるナミは姉というより既に母の領域に近い気がする。俺は詳しく話してみないかとナミに持ち掛け、渋るナミからあらましを聞き出す。
存外素直な性格なようで、引っかければ何でも答えてくれるのがまた可愛い。拷問等を仕掛ければそのプライドの高さと、頭の良さ、頑固さから口を割らないのだろうとも分かる。
だが、普通の会話に混ぜられた引っ掛けには弱い所を見ると、友人との雑談などの経験が不足しているのだろうと分かる。この手のタイプは、扱い方1つで爆弾に成りうる事はよく分かるので、内心で溜息を落とす。
取り敢えず聞き出した情報を纏めれば、大切な人を守る為に金が必要。その金を支払うべき相手に定期的に会いに帰らなければならず、そこで暫く拘束される事になる。
それをできない場合大切な人が犠牲になるので、天地が逆転しようとも帰らなければならない。その為、どうしても無理ならば死体を届ける他ない。
だとするならば、普通に考えれば人質取られての奴隷契約だなと理解出来る。金で解放の話は恐らく、希望を与える事で従順にさせる方便だ。
……手元に置きたいなら、それから解放するしかないのか。だとしたら親父の許可がいるねェ。
「ちょいと待ってな。親父の許可が降りたら……解放してやるよ」
「だ、めです。そんな事したら、白髭様の友情に、亀裂が!それに、強いのは知ってますが、何かあった時私に責任取れません!」
思わずといった様子で口にした言葉で、ナミを奴隷にしている奴が誰だか分かり俺は怒りの余りこめかみが痙攣するのが分かった。すぐに親分には連絡入れねェとだね。
……強いのは分かっている、か。これを言わせられたのなら、もう1押しか。
俺はベッドにナミを押さえつけるように寝かせると、ふっと微笑みその柔らかな唇に指先で触れる。俺の動きに合わせて騒ぎそうだったカリーナは、マルコが抑えているようだ。
「俺はお前さんを気に入ったんだ。この唇も、瞳も、俺のモノにしたい。だから、勝手にやらせて貰うよ」
マルコとカリーナは息を飲んで成り行きを見守っているようだが、俺に口説かれてる筈のナミは何故か怯えたような表情をする。そして、泣きそうな様子で声を震わせた。
「いや、です。もう、誰にも傷ついて欲しくない!止めてください。お金で解決できるんです。もう誰も、傷付けたくない……!」
「それで、ナミ1人を犠牲にしている事を、その大切な人達は喜んで受け入れるような奴らなのかい?違うなら、頼っていい。お前さんはまだ子供だ。それに、この船だけで約1600人いる。……少女1人助けられなくてどうするってんだい?」
泣きそうな顔で、涙を堪えて震える少女に追い打ちをかけてから、優しく声をかけて頭を撫でる。これは大人の狡さだ。
張り詰めているものを緩めれば、恐らく意識を失うだろう事は火を見るより明らか。明らかに誘導している自覚を持って、俺はナミを手に入れる為に動く。
「その大切な人達が、何処にいるのかを、教えておくれな……ナミ?もう、大丈夫。悪夢は終わりさ」
小さくイゾウさんと呟いたナミは、縋るように俺の腕を掴んで、掠れた声で絞り出すように出身地を告げる。それにいい子だと言って額に口付けを落としてやれば、そのまま意識を失った。
どれだけの期間、奴隷に堕とされていたのか。考えただけで胸糞が悪くなる。
体の血を洗い流した時に見えた刺青は、見覚えがあった。あの件が起きた直後にだとするならば、それこそ既に3~4年は経過している筈で、だからこそ、親父を説得できる自信がある。
マルコに視線を向ければ、マルコは仕方ないと言わんばかりに溜息を落としてから頷いてくれる。俺が女にこれ程優しくしているのを見た事がないからだろうが。
ドアを開ければ聞き耳立てていた家族がそこにはいて、親父に視線を向けて俺は悠然と微笑む。それから唇を開くだけで、親父の許可は得られると確信している。
「親分の探していた弟分が、
「それで、助けた後はどうする?東の海じゃァ縄張りには出来ねェぞ」
親父の言葉に俺は頷いてから口を開く。ンな事ァ分かってる。
「弟分を捕らえて親分に引き渡せば、後は何もしなくて良いだろうと思う。元々が平和な地域だからね。ただ、その報酬として……俺はナミを貰う。いや……ナミが欲しいから、その島を救いたい」
「おめェの色恋の為だけに、家族に動けって言いたいのか?」
親父が覇気を込めて俺を見るが、俺に迷いはない。ナミは俺の女だと既に決めている。
「あァ、もし嫌だと言われるなら、1人でもやるよ。俺の心はナミに囚われちまってる」
「……お前ェがそこまで言うとはな。どうする、息子達?」
質問のていをとっていても、兄弟に拒否権なんか無いだろう。俺の言動を見聞きして、助けるのを嫌がる筈も無い。
それくらい分からずに、隊長やれるか。そう思って笑えば歓声が上がる。
「……仕方のねェ息子だよ、イゾウは」
そう言って笑う親父に、悪いねェと言えば思ってもいねェ癖にと笑われる。それからは早かった。
まだ意識をナミが取り戻さない内に、カリーナは姿を消して、魚人海賊団を全員吹き飛ばして捕らえてしまえば、即座に親分に引き渡す為に連絡を入れる。そうして落ち着いてから村人に話を聞けば、既に4年も奴隷生活をしていたと聞かされる。
親父はつらそうに住民を見て、もう解放されたんだと笑った。それを受けて村人達は大喜びするかと思ったら、口々にナミはと問い掛けてくる。
いつか辛くなった時ナミが逃げられるようにと、村人達はナミが犠牲になっているのを見て見ぬふりして傷付けていた。知らないふりをして耐えていたが、本当は抱き締めたかったと、助けたかったのだと言う。
優しい子なんだ。大切な、愛しい子なのだと言う村人達は、ナミの安否を気にして誰も開放された事を喜ばない。
無理にでも聞き出して良かったと思えた時、意識を取り戻したらしいナミが血の気の失せた顔で姿を見せた。そして、息するように自然に村人の前で気丈に振る舞う。
それから、ありがとうと言いつつ笑うのを見ていたら、村の奥から4人の人間が駆け寄って来た。それはその勢いのままに、ナミを抱き締める。
「「「「ナミ!!」」」」
声が重なり、同時に飛びつく大人達をナミは優しく抱きとめる。体が痛くて立っているのも辛い筈なのに、抱きとめて笑う。
それから、静かに涙を流した。それは神聖な儀式のように思えて、俺は口を挟む事も出来ない。
その会話が終わった頃ナミは俺に視線を向けて、その瞳から涙を溢れさせるとふらつく足取りで俺の胸に飛び込んで来た。着物が濡れるのも、気にならないのは何故なのか。
「イゾウさん!あ、りがと、う!」
震えるその細い体を抱き締めて、俺はこのまま連れ去ると決める。それから間も無く俺はナミを伴い船に戻ると親父に笑って報告した。
俺も宝を手に入れたと。
親父は優しく笑ってくれて、宝はその後予想だにしない行動を取り始めたが、まァ、概ね順調に、幸せに話は進む事となった。
イゾウの光源氏は少し多目です。気長にお付き合い下さいませ。