共に過ごすようになり、その行動を見ているとおかしな事に気付く。確かに俺はナミを気に入っているが、流石にこんな幼子に手を出す程落ちぶれても飢えても居ないのに兄弟達から疑いの眼差しを向けられるのは……と考えて、別にどうでもいいのだ……と気付く。
実際手を出してもいないし、出したとしても俺の宝で俺のお姫さんなのだから、とやかく言われる筋合いは無い。ただ、ナミに負担をかけたくないとか、嫌われたら……と臆病になる自分がいるだけの事だ。
怪我が治って来て一番最初にしたのが、船内の把握。これが場所の把握ならば当然と気にしなかったが、それぞれの場所にいる責任者の顔と名前、その場所毎のルール等を聞いて回るのは普通とは言えないだろう。
「だとするならば……もし、余計な事と判断したら聞き流して頂ければ幸いです。ですが、私から意見を伝えさせて頂いても宜しいでしょうか?」
そう言ってから改善点や改良点、効率を上げられそうな提案して歩く。これには各隊長達も驚き、笑う他ない。
子供だからなのか、なんなのか分からない発想力。俺達にはできなかった改善点の見付け方に息を飲まされる。
そうして視察のような巡回を終えた後すぐにやったのが、マルコに許可を取って紙とペンとインクを受け取りホクホクしているのだから、明らかに普通では無い。これでまだ幼子と呼べる年齢だと言うのだから、この世に神童はいるのだなと痛感させられるばかりだ。
だがそれもある意味仕方ない。あの海図を描いたのがナミであるのは、分かりきっているのだから。
この子を測量士とするか、この知識量を考えてナースにすべきか、それとも航海士として扱うべきなのか。少なくとも戦闘員には親父がしないだろうと言うのだけは間違いないが、何も決まらないままにうちに欲しいと言う者が多数出て揉めているのが現状。
仮的に俺の部屋で過ごさせているが、それすら気に入らないと言う反応をする奴らに、それこそ俺が気に入らねェ。俺のお宝に触れようとは、どういう了見さね?
そんな訳で、親父の時間が作れた時にナミを抱いて挨拶に行かせつつ、扱いを決めようとしたんだが……決まらない。その時俺の無用心な言葉に反応してナミが震えたから、謝罪しつつ抱き締める腕に力を増す。
……あの拷問部屋は、ナミを苦しめていたのだと分かるからこそ、大切にすると誓っている。なのに、言葉選びを間違えてしまったのは明らかなる俺のミスだ。
思い出したくもない。ナミを弄んでいただろう空間。
「ナミにそういった行為を無理強いする気はねェが、手元に置いて守りたいと思って何がおかしい。姿形は幼くとも、中身は立派に大人だ。……ナミが成長するまで、手は出さねェから、安心しておくれな」
話の流れで想いを告げれば、ナミは俺の顔を見詰めて固まった。……どうやら、俺の顔は好きな様子だね。
見惚れてくれているのが分かれば、攻め方はいくらでもある。時間をかけて育てつつ落とせば良いだけだ。
俺に欠片の興味もないんじゃねェかと思っていたから、内心で胸を撫で下ろす。そんな俺の顔を真っ直ぐ見詰めて、小さな唇が動く。
告白の返事だろうか。それとも、何か重要な話をするつもりなのかも知れないね。
「あ、の……。私、測量士じゃないです、よ?」
突然何を言い出すのか。いや待て、これは時々突拍子も無い事を言うから、もしかすれば……と考えたのは俺だけではなくマルコが問い掛けてくれた。
無論告白の返事としては間違っている。だが今は、そこを突っ込んでる場合でもないのは分かるから黙ってるけどな。
「ナミ、ここで〝海賊〟とか〝蜜柑農家〟とか言えば流石に怒るよぃ?」
「違いますよ!……私、航海士なんです。測量士としてのそれは、趣味の範囲で「趣味の範囲で、これか?」」
珍しく親父が人の言葉を遮って呟いた。恐らくそれには、俺達全員の心の声が乗っているだろう。
けれどもナミはよく分からない様子で、コクリと頷いた。それから小さく言い訳するように、一人で航海して来たから船上で必要な知識は一通りあるだけで、その中に測量も含まれるだけ……なんて、言われちまえば息を飲むしかないのもわかって欲しい。
その為か親父から嫌味が降って来やがる。だからつい、応戦しちまった。
「随分と優秀なお宝だな、イゾウ」
「俺としては、他にもあるんじゃないかと踏んでるところさね。……サイクロンの発生を予知できるのは確認済みだし、あの怪我でも理性を失わない気高さ、そして、拷問に耐えきる我慢強さがある。ここまで来れば、他にもあって可笑しかねェと思うところさね」
俺の視線と言葉を受けて親父は海図をチラリと見てから、静かに目を伏せた。そして、兄弟達全員に視線を投げると静かな声で命じる。
俺が言葉にしなかったところをも親父は汲み取ってくれる。だから……尊敬し、信頼できるんだ。
「……マルコ、イゾウ、それとナミ。それだけ残って後は一旦解散してくれ」
兄弟達が退室すると、親父は確認を行う。それは優しくも厳しくもない、ただの事実確認と取れる言動。
それに小首を傾げてから答えるナミは、妙に幼い。背伸びを辞めたのか、それともこっちが本質なのだろうか。
親父の問い掛けは、姉妹で歌っていたそれは誰が作った物かと言う問い掛け。それに対し俺は、好きな歌手だとか、村に昔から伝わってる物だとか、そんな答えが来る事を祈る。
そんな俺達の心を知らず、幸福そうに、懐かしそうに微笑むナミは、僅かな戸惑いをその瞳に宿したと思ったら、直後に寂しそうな顔になった。どうやら、村に置いて来た姉の事を思い出しているらしい。
このシスコン……と、少し思うが仕方ないだろうな。家族と村を守る為だけに、ここまで生きてきたのだから。
けれども何かを考えてる様子を見せたナミは、静かに目を伏せると深呼吸してから真っ直ぐで強い眼差しを親父に向けた。凛としたその顔に見惚れる俺は、恐らくこの強さと気高さに落とされているのだろう。
「私が、作詞作曲をしてました」
「……料理も、珍しい物を作ってたな。村の奴ら」
「嗚呼!それは、私がレシピを教えました」
覚悟を決めた強いそれが、親父からの次の問い掛けに答える時には霧散して……ただの家族に喜んで欲しいと笑う幼子のそれに変わる。純粋で、無邪気。
笑うその姿は優しく、喜ぶ姿は幼い。だが、その言葉の意味するところは……と、俺達は視線を交わし合う。
絆されて脂下がる場合では無い。つまり、この子は無自覚な時限爆弾付きのお宝だ。
そんな俺達を代表して親父が最終確認を行った。それにナミは、天気の話でもするかのように軽く答えた。
「お前ェ……〝宝玉〟だな」
「え?はい、そうですけど……?」
冬島で今夜は雪かなと聞かれて、当然でしょうと答えるかのような気軽さ。そんな様子から、余りにも気負いが無い事が信憑性を増して、嘘ではないと分かってしまう。
慌てて俺が親父を呼べば、親父も分かってると返して来たが……これは、どうするべきか。親父の様子にマルコが重い口を開く程。
ナミを守る為、俺も意見を言い何とかして守ろうと結束していく。なんて恐ろしいものを抱えて笑ってやがると思うのと同時に、親父はこれで何が起きてもナミを手放さないと確信できた。
親父は何だかんだ言いながらも、こういう問題児が好きだからな。おでん様や俺を可愛がったように、きっとナミの事も愛して守るだろう。
そうして話をしてる間にナミが、モゾモゾと俺の胸元で動く。それに動くなと言うが、ナミは俺の着物を掴むからようやく視線を向けて……呼吸がままならないと気付いた。
危険物度合いが過ぎると判断した時、思わず力加減を間違えて抱き締めてたのだと気付く。この船にいると忘れそうになるが、俺も常人よりは力もある方で、ただの優男では無い。
なのに、全力で逃がさないように、護る為と言いながら閉じ込めていた。それでも、無邪気な笑顔で許してくれちまうのは……俺が〝恩人〟だからだろうな。
「あの、話が全く見えないんですけど……執筆とかしたら、駄目ですか?紙とインクの代金なら、支払いますよ?」
「そんなみみっちい事じゃねェよぃ。今世界が〝宝玉〟を探してるんだよぃ。それがろくに戦えない美少女って事が知られれば、リスクしかねェ。だから守る手段を考えようって話だよぃ」
……天才とか神童かと思ったが、違う。ナミはただの阿呆だ。
危機管理能力を、何処かに捨て去って生きて来た奇跡の存在。己が宝だと言う自覚のない恐怖な存在。
マルコもそう思ったのか簡素的な解答を与えてくれる。なのにナミは、有り得ない問い掛けを投げつけて来た。
「なんで、守ってくれようとするんですか?村の方はまだ分かります。アーロンが関わっていて、ジンベエさんが関わってましたから。ですが、私個人を守る理由が分かりません」
「俺が、ナミを求めてそれを認めて貰った。もう、親父から見ればナミは娘なんだよ。そうなりゃ、マルコには妹だ」
本気で分かってない様子を見せる、愚かな子兎。肉食獣の中で、生き残る為に猛獣のフリをしてみても、結局は子猫止まり。
その頚椎に噛み付いて、俺だけのものだと教えたい。そんな事をしたら失うと分かるから耐えているだけだと、どうしたら伝わるのだろう。
「自己評価の低い俺のお姫さん。俺はナミに惚れてる。流石に今すぐ手を出したりする気はねェがね」
そっと頬に口付けをすれば、ナミの瞳が微かに揺れた。本気なのだと、今漸く伝わったのだと分かる。
俺が恩人だから……ではなく、真面目に考えて応えようとする。海賊に有るまじき真面目さが、いつかこの子を傷付けるだろう。
それでも傍にいれば守れる。だから、俺の傍を離れないでおくれな。
「私も、イゾウさんが好きです。感謝してますし、ずっと守ってくださってて、惹かれてて……でも、だからこそ現実感がないです」
「ゆっくり、現実だと教えてやるから安心し「イチャつくのは、問題が解決してからにしてくれねェかねェ?」」
言葉を最後まで紡ぐのと同時に重ねる予定だった唇は、マルコからの邪魔により断念せざるを得ない。驚きからか身体を揺らすナミに、小さく笑みをこぼしたのは俺だけではなく、親父も優しげにナミを見下ろしている。
どうやら親父もナミは可愛いらしい。その分、俺への当たりが少し強いがな。
そこからは話し合いと呼ぶには殺伐とした、侃侃諤諤と言うよりは、喧喧囂囂とした議論が繰り広げられる。それを聞きながら呑気そうに微笑むナミは、ある意味最強なのかもしれない。
所属は遺憾ながらマルコの所に決まった。マルコは船医だが、実質全てを総括していると言って間違いでは無いから。
今回ナミが宝玉である事が分かった以上、マルチ対応ができる場所に所属させられるのは必定と言える。それでも、気に入らねェがな。
書類仕事を任せたいと言ったら嬉しそうに笑って頷くナミに、心が癒されていく。得意気ではなく、どこかホッとしたような笑顔が脱力感を与えるのかもしれない。
それから注意事項を伝えて行く。それは恐らく、ナミにとって悲しい言葉ともなるだろうと分かっていて……告げる。
「食事の時はサッチがそばにいる。部屋では俺が。仕事中はマルコが。そうやって守れるように体制は整えて置けるが、リスクはゼロにはならねェ事は理解しておくれ。……そこでだ。リスクを考えたら、ナミが〝宝玉〟である事は、
「そんなっ!」
「それを伏せたとしても、海図や地図の完成度や天候を読める能力は、十分過ぎる程に狙われる理由となる。わかっておくれだね?」
「でも、白髭海賊団この船は皆が家族なんですよね。家族に隠し事なんて……」
泣きそうな顔で、縋るように俺を見つめるナミに言葉が続かなくなる。この〝家族大好き娘〟をどうしたら説得できるのか。
知っていたし気付いていた。ナミは〝家族〟に対して、恐ろしい程の憧れと信頼を持っている事に。
ここは心を鬼にするしかない。そう思い口を開いた瞬間、マルコが言った。
「家族だとは言っても他人だし、話には尾ひれがつく。必要最低限の事しか話さないのが、上に立つ者としては必要なんだよぃ。ナミは俺の補佐だから、上の立場として行動しろぃ」
マルコの顔を絶望的な表情で見ていたと思ったら、そっと顔を俯けて、小さく震える。そんなナミの頭を撫でそうになるのを耐えながら、返事を待つ。
恐らくはもう、拒絶しないだろう。ナミは、賢い子だ。
それでも葛藤しているのが伝わる。少し待つと、微かに声を震わせながら短い返答。
「家族に隠し事って、なんか嫌ね」
「家族騙し切って、守り抜こうとしてた英雄が何を言ってんだよぃ」
マルコの言葉で、なぜか泣きそうになるナミ。それには思わず、マルコと視線で会話しちまう。
〝宥められるかよぃ?〟〝話題を変えてみるが……〟
声に出さず、唇も動かさず、それでも通じる。ある意味で最高の暗号。
この自己評価低過ぎ娘は、己を責めている。だからこそ俺は、空気を変えようと口を開いた。
「ナミ、皆を家族だと認めてくれるなら、そして俺を恋人と認めてくれるなら、呼び捨てて頼むよ」
「ふぇ!?」
驚いて上がった顔を見て、そのまま顎に指をかける。もう、お前さんを俯かせやしない。
瞳を覗き込み、誘惑する。この顔が役立つなら、僥倖さね。
「敬称なんて、付けないでおくれな」
「い、ぞう……?」
真っ赤な顔で、瞳震わせながら、俺の名を呼ぶ。まだ女と呼ぶには早い存在であるのに、それが妙にそそって来るのだから困ったお姫さんだよ。
年頃になったなら、どうなってしまうのかと心配になる。今のまま成長し無防備なままなのか、それとも警戒心を持った大人の海賊らしい女になるのだろうか。
「そう、今後はそう呼んでおくれだね?」
拒否はさせない、認めないと瞳で伝える。それによりナミが小さく是と答えた瞬間、親父とマルコまで便乗しやがった。
マルコはともかく親父は無理だと拒絶するナミに、親父が怒り出すから外に出ていた筈の兄弟達が戻って来ちまう。そうして大騒ぎとなった。
結局はナミの希望する〝パパ〟は親父にも俺達にもダメージがデカい事から禁止され、過去に女のクルーがいた頃に呼んでいた〝親父様〟に落ち着いたのだが……。本人は無邪気に笑うばかり。
この時からナミは、親父の秘蔵っ子として守られて行く事となる。ただなァ……俺の恋人と呼べるようになるまでに俺がどれ程苦労したのか、それはまた別な話だろう。
マルコの手伝いをしつつ、船の守り神としか言えないような働きを持って。更にその後、赤髪の所に所属事務所していた事が分かり騒ぎにもなったが……こちらもまた、別な話だろうな。
ただ確実に言えるのは、俺の愛しいお姫さんは……歩く地雷であり、船の守り神らしく猫の気質を持ち合わせているという事だ。……ほら、今日もまた可愛い声が俺達の事を守っている。
「皆ー!!サイクロンが来るわよ!持ち場について!!」
慌ただしく、驚かされるばかりの日々。平穏なんて俺達は知らない。
だからこそ、全ての日々が愛おしいく感じるのだろう。喪う事に慣れられない俺達は、喪わない為に……精一杯の努力で暖かな明日を夢みながら。
ゆっくりと、だが確実に時は進む。無自覚なお宝を守りながら、波間の向こうを……明るい未来を目指して。