特に変わらない部屋の様子に、だが何故か違和感がある。嗚呼、ペンが動いてねェ上に、香りが無いのか。
そう思いその偽りの体に手を伸ばせば案の定消え失せた。それを見た俺が穏やかな気持ちで待てる筈も無く、小舟を下ろすとすぐに帰ると笑顔で言って飛び出した。
何年だって待ってやるつもりだったが……こんな事をされては少しお仕置きが必要かねェ?
恐らくだが、俺から逃げ出したとかではなく買い物に行ったのだろう。どうしても行きたいと言っていたし、行く時は1人がいいと言っていた。
我儘なんぞ言わねェ普段のナミからは想像がつかない程に、いくら俺がダメだと言っても聞かなかった。そして、今回のこれだ。
到着した島で騒ぎが起きている所に視線を向ければ、老婆と幼い少女を労わるように数人の人間が囲んでいるのが見える。さり気無く近付いて話を聞けば、ひったくりに合い足を痛めたのだと言う。
この場に居たのがマルコなら、治療しつつひったくりを追いかけるだろうなと思った瞬間、孫の方が口を開いた。綺麗なお姉さんが犯人を投げ飛ばして、荷物は返してくれたのだと……。
……ナミか。そう判断した俺は助けてくれたお姉さんの特徴を確認して、そっと立ち上がる。
俺が洋装で正装すると誰だか分からないと言われるのと同じ事だろうが、ナミも変装がお得意のようだな。そうなると、見た目で探すのは中々に骨が折れそうだねェ。
やっと見つけた時には、丁度買い物を終えて出てきたところの様子だ。大荷物に埋もれて元の設定が既に分からないナミがホクホクした顔をしているのが見える。
それに笑顔で近付けば、逃げようとする愚かな猫。俺の怒りは感じ取っているらしい。
捕らえて部屋に連れ戻せば、ニャーニャーと文句を言っていたが部屋から1歩も出るなと言えば、少し困惑した様子で黙った。念の為に、俺は笑顔で囁きかける。
「部屋から出たら、捕まえたその場で犯すからな」
「イゾウ!?」
「初めては、外で人に見られながらが良いと言うなら、部屋から出ればいい。街中だろうが何だろうが、その場で抱いてやる」
「イゾウ……」
「いい子にしてな。夜には戻る。話はその後だよ」
俺が有言実行型なのはナミも長い付き合いで分かっている。だからこそ、これ以上逃げる事はしないだろう。
親父や兄弟への報告を終えて、隊長としてのやる事を終えて、備品の在庫チェックをする為に倉庫へ行き……俺は壁に寄り掛かるとそのままズルズルと座り込んだ。本当に……無事で、良かった。
襲われてはいないか、売られてはいないか、傷ついては居ないか、そんな不安が怒りの原動力だった。ナミが無事で、良かった……。
大切でなければ、誰が何年も待つか。出会った瞬間から俺のものだと決めていたのに。
誰にも渡したくなくて、俺のモノだと公言して牽制して回る。その癖傷付ける事を恐れて手を出す事も出来ずにいるんだから、お笑い草だろう。
変な女に言葉で傷付けれたあの時も、自分の為には怒る事もしないナミが、見せた怒り。大切な人の為にと怒り狂ったのを思い出せば、俺には綺麗すぎるなと微かに自嘲してしまう程。
愛してると何度も囁き、けれども未だ口付けしか出来てはいない。日々女として成長していくナミに、俺の不安は募るばかりだ。
夜部屋に帰ると甘い匂いが充満しており、見慣れない袋が部屋の隅に用意されているのが見えた。匂いには覚えがあり、昨年ナミが出した本の関係で広まったイベントを思い出す。
そろそろだったかと思えば、ナミが必死で買い物に行きたがったのもわかった気がした。そんな俺の考えを知らないナミはまだ怒ってる?とベッドの上で不安そうに瞳を揺らしつつ俺を見上げている。
……本当に、なんでこう、可愛いんだろうね。手を出せない俺が悪いのか、出させないナミが悪いのか。
答えの出ない問いに俺は深い溜息を落としつつ、ナミに笑いかける。それに罰の悪そうな顔で見つめ返してくるナミは、少し不安そうだ。
1歩近付くとビクリと揺れるその体。それにより自嘲的な笑みが浮かび、言葉が零れ落ちる。
「悪かったよ。脅かし過ぎた。……もう、虐めねェから、1緒に寝よう」
「……イゾウ、来て」
ベッドで両手広げてそんな事を言うナミに、それはダメなやつだからと言いたくても言えない俺の弱さ。言われるままに近付くと、ナミは俺を優しく抱き締めて言う。
「心配してくれて、ありがとう。今度からは、イゾウに見つからないように上手くやるわ」
「そこは、俺に着いてきて貰うとか言おうな?」
「嫌よ。嘘はつきたくないもの。……私にも、人に知られたくない買い物だってあるのよ」
「頑固者め……」
言いながらそっとその唇を奪えば、相変わらず可愛い反応を示すナミ。けれども、どうしても傷付けるのが怖くてその先に進めない。
いつだったか、抱けないなら溜まるだろうから島に着いたら遠慮しないで女の人買っていいなんて言われて、全身愛撫してやった事はあるが……。なんでも許し受け入れるナミが、時折怯えをその瞳に宿すのだからそれ以上何が出来たというのか。
「……明日から、普通に過ごしていい。俺が大人気なかったな。……愛してるよ、ナミ」
「イゾウ、私……」
「……お休み、明日からまた忙しくなるぞ」
俺はナミに笑ってから、頭を軽く撫でてやる。それにより言葉を諦めたナミが眼を閉じるから、俺はナミの細い体を抱き締めてゆっくりと眠りに落ちる。
願わくばどうか、この愛しい温もりが遠くへ行く事の無いように。俺はそれだけを願っている。
それから数日後、ナミが各隊の隊長と親父に全員に配ってくださいと言って袋を手渡した。勿論、隊長達と親父にはそれとは別な箱も渡していたが。
親父の袋だけ中にある包みが可愛いから、ナース用だろうと理解する。だが……ナミ、俺にはねェのかい?
全員分その場で渡したのに、俺にだけ渡さないから他の隊長や親父も不思議そうにナミを見ている。隊長や親父達は個別に少し凝った物を渡しているのだから、俺にはどんな物をと思っていたのもあるだろう。
「……ナミ?」
呼び掛けるとビクリと肩を揺らしてから、顔を赤く染めた。そして、イゾウには後で部屋で渡すわと蚊の鳴くような声で言ったナミは、食事今日はいらないからと言って部屋へ逃げ帰って行く。
残された俺は少し不思議に思いながらも、隊員達にチョコを1人1つなと言って袋ごと回してやる。明らかな義理チョコに、けれども嬉しそうに笑う奴らに素直だなと思う。
仕事を終えて戻ればナミもまた仕事を終えたところのようで、積み上がった書類を見て届けるのは行ってきてやるよと書類を手に取れば、ナミはありがとうと笑った。それからナミは、ゆっくり帰って来てねなんぞとほざく。
……何を用意してくれるつもりなんだか。
そう思いつつも書類を親父やマルコに届けて、エースにやり直しのそれを突き返し、サッチには2冊の本を届ける。マルコと親父は書類を確認すると本当に無駄に優秀だと呟き、エースは採点よろしく色々書き込まれた書類と新たな用紙を見てわかりやすいけど嫌だと言って項垂れた。
残るサッチは本を震える手で受け取ると、明日から新メニューが並ぶぞと俺に宣言しているから新刊の料理本だったらしいと理解する。そうして部屋に戻れば箱が1つ置かれていてナミの姿が無い。
まさかと思いつつ箱を開ければ予想通り中にナミが居て、俺用はお前かと息を呑む。手の甲まで赤く染まったナミが俯いて小さくなっているから、そっと箱からナミを取り出してベッドに下ろせば着ている物に少し驚く。
真っ赤な浴衣状のそれは、明らかにワノ国の伽の衣装。肌が白いから妙になめまかしい。
「イゾウの分のチョコは……その……「可愛いチョコだが、俺はチョコよりも欲しいものがある」」
俺の言葉にナミは戸惑いの表情を俺に向けて来る。ここまで来て、ナミを要らない等と言う筈は無いがこの先の言葉まで言わせるのは流石に非道だろうと思えばこそ、俺は安心させる為に笑いかけた。
覚悟を決めてくれた愛しい人を、これ以上苦しめるつもりも辱めるつもりも無い。そっと頬を包むように両手で触れて、言葉を続ける。
「ナミの全てが欲しい。チョコじゃなくて、ナミとして、俺に喰われな」
返事を聞くつもりは無い。何かを言おうとしていた唇に噛み付くように口付ければ、ナミの腕が俺の首に回された。
そっとその体をベッドに沈めて、着ている物を肌蹴させればそれだけで、何とも言い難い淫靡な姿となる。これは……想像以上に、クルな。
「ナミ、辞めてはやれねェから……覚悟しなよ」
「イゾウ……待たせて、ごめんね」
「ナミを怖がらせたりするのは、本意じゃねェからな」
俺の言葉にナミは照れたように笑い、体から力を抜いた。そして、耳まで赤く染めて視線を逸らしつつ言う。
「たまには虐めても良いのよ?」
このタイミングでそれを言うとは、勇者だなと思いながら体に指を這わせれば唇を噛んで声を抑えるナミに、それは駄目だと口付ける。声を抑える為とはいえ、傷付けることは許さないさ。
「ふっ……!んぁ……!」
「可愛く鳴いても、問題は無いよ。だから、その身を傷付けるような事はしないでおくれな」
恥ずかしがって足を閉じているが、手を滑り込ませる事には困らない。弱い所を刺激してやれば、ビクビクと反応する体に可愛いものだとほくそ笑む。
痛みは与えない代わりに、時間をかけて可愛がってやろうと何も知らないナミを指と舌で刺激する。その度に喘ぐそれは、愛らしい。
ナミの熱い吐息が俺を刺激して、俺の指先から伝わる熱にナミはまた吐息を吐き出す。熱い視線が絡まり、互いを見詰め合う。
やっと触れられる、やっと触れてもらえると、互いにその腕と心を絡め合えば、離れる事は無いような気がする。流れる汗させ、惜しく思える程に今互いに触れ合える事が幸福に思える。
Happy Valentine……本当はチョコもあるのだと、言い出せないままに女は男に溶かされる。愛しい温もりが存在する幸福を噛み締めながら、互いに互いの熱に溺れゆく。