大切過ぎて何年も手を出せなかった愛しい女。それでも、ずっと俺の彼女として共に過ごして来たのは他に触れさせたくなかったからに他ならねェさ。
だからこそ1度手を出してからは貪るように爛れた日々を過ごしていて、ナミには少しではなく辛そうではあるが今はまだもう少し腕に抱いていたい。我儘で悪いとは思っているさね。
それでも毎夜の如く腕に抱く事を辞められない。俺は常に、ナミに餓えている。
「待って……お願い、もう、無理……」
「ナミを求め過ぎて干からびそうな程に、待ってた分を取り戻してるだけさね」
「ァァァ!そ、こ……やァー……」
「ここが弱いのは分かってるさね。可愛く鳴きな」
そうして今宵も更けていき、意識を飛ばしたナミのその後の対処はしておいてやる。そっと眠るその頭を撫でれば、僅かに身動ぎふにゃりと笑うそれに満たされたように心が暖かくなるのだから、これは本当に貴重な存在だろうと思わされちまう。
美しく儚い子猫は、自分がどれ程尊い存在か自覚無く1人で出歩く。昼間だからとはいえ縄張りでは無いのだから誰かと出掛けるように言ったが、ナミは真っ赤になって下着が必要なのよ、誰かさんが使えなくするから!と怒鳴って飛び出して行ったのが今朝だ。
そして、届けられた子猫の珍しい色合いの髪と1通の手紙。場所と時間を指定されていては、大人しくそれに従うしかないだろう。
だが、時計を見れば書かれているそれ迄少しばかり刻がある。その間に相手さんがナミに、何もしてない事を祈るばかりだね。
何かしていたら、ナミが近くに居ても俺は止まれそうにない。1瞬脳裏に回されている姿が映り、想像しただけでこの世に産まれた事を後悔させてやりたくなる。
隊員達に雷の落ちた場所や不自然に濡れていたりする場所は無いかと確認すれば、モビーから程近い森の中にぬかるんだ場所があると分かり先にそちらへ足を向ける。その場所には怯えた様子の幼い2人の少女が隠れていて、俺を見て少し歳上の方が小さい方を強く抱き締めた。
震えながら小さい方をそれでも守ろうとする姿にナミが見えた気がして、怯えさせないように膝をついて声を掛ける。すると小さい方が反応した。
その時、この小さい方が狙われたのだと分かってしまった。オッドアイの美しい瞳で俺を真っ直ぐに見詰めてくるこれを、大きい方が守って生きているのだろう。
「おねえさん?おにいさん?」
「お兄さんだよ。どう「あのね!オレンジのおねえさんが、これ……ワフク姿のおにいさんが来たらわたしてって!」」
差し出されたのは
「〝これをイゾウが聞いてるって事は、私捕まっちゃったのかな。今目の前で幼い子供達が連れ去られそうになってるのを見付けたから、助けに行くね。どうやら、本当の狙いは親父様みたいなんだけど、足掛かりも無いからそれを手に入れるまでは子供売ったりして日銭稼ぐつもりみたいなの〟」
あァ、ナミだと何故かすんなり思える。これを吹き込んでるナミが見える気がした。
即座に助けに行きたかったのだろうが、相手を調べて音声貝を入手して、言葉を残した。冷静なそれに少し笑ってしまう。
「〝これが役立たない事を祈ってるけど、何かあったらイゾウならこの
俺は目の前が赤く染まるかと思うような怒りに、音声貝を握り潰していた。迷惑かけたくないから助けなくていいとでも思ったのだろうとわかるそれに、俺は怒りが1周回って笑いが込み上げてくるのを感じる。
ナミ、俺の女だとまだ自覚が足りないようだね。愛し方が足りないのかねェ……?
攫ったヤツら、骨も残さねェぞ。ナミ本来の価値を知らなくとも、充分価値がある見た目だ。
無事で居ろよ。そう思いながらも子供達に声を掛ける。
「助けに飛び込んだお姉さんの家族が、そこの船にいる。お姉さん取り返しに行く間安全の為にその船にいてくれるかい?」
「……どうして?」
「ん?」
「お姉さんも、お兄さんも、捕まえたりしようとしないの?〝めずらしいからうれる〟んでしょ」
大きい方がそう言って首を傾げる。それに手を差し出せば無意識なのか掴んできたそれを握り返して、そっと笑いかける。
「差し伸べられた手を取れるだけ、素直でいい子だからだよ。お姉さんが守ったお前達に何がするような奴はいねェから、安心して待ってておくれな」
そして、マルコと親父宛に手紙を書いてそれを持たせる。鯨の見た目のそれに近付けば、柄の悪い男が近付くだろうから、それを見せろと言えば大きく頷いた。
それから最後に明らかに姉妹と思われた2人が笑って言った。声を揃えて言葉を口にするそれは、いつも1緒に居るのが当たり前なのだと伝えて来る。
「「ぼくたちをたすけてくれて、ありがとう!」」
「僕?男の子か?」
問いかければ小さい方が首を横に振った。
「ううん、ふたなりって言うんだって」
「バカ!おねえさんにも言うなって言われたじゃんか!」
……そりゃ、狙われるな。っとに、ナミらしい。
子供達が去ったのを見送り俺は約束の場所へと移動する。先に手を出したのがナミだとしても、許せるものじゃねェんだよ。
捕らえられたナミが、俺や親父の名を出す筈はねェ。拷問にも何にでも耐えきり、それで死ぬ事になってもナミは捕まった自分が悪いとそれを受け容れるのだろうと言うのは、考えるまでもない事実。
だとするならば、髪を俺の元へ届けた事実を鑑みれば、元々ナミを知っていたか、それを調べられるだけの力は持っているという事になる。隠して守って来た俺の宝に触れようだなんて……随分と阿呆な奴等だねェ。
到着した場所には数えるのも面倒な程に汚い姿の奴らがいて、思わず溜息をつきたくなる。この程度の奴等ならナミも百や二百程度なら1人で倒せるだろう。
……庇う存在さえ居なければ、だかねェ。ナミは、本当に海賊に向かねェ性格してるな。
「……本当に1人で来たのか」
「ナミは無事だろうねェ?」
「あァ……アジトで元気にしてる」
そう言って下卑た笑いを浮かべる男達に、頭の芯が冷える。こいつら、ナミに何をした……?
俺の怒りに気付かないのか、はたまた気にする気が無いのか。雑魚共が耳障りな野太い声を響かせる。
「白髭の隊長だ!殺せば名が上がる!捕らえりゃ金になる!やれー!」
甘く……見られたもんだ。それも、怒りで我を忘れかけてる俺に挑むとは……いい度胸してるよ。
ナミなら、今の俺を見たら即刻逃げ出すだろうな。文字通り脱兎の如く。
それから少しばかり遊んでやりいっそ殺して貰いたいだろう状態にしてから、歩き出す。殺してねェから、ナミも泣かねェだろ。
もう二度と普通に歩く事も出来ねェだろうが、それは愚かだった己を怨みな。ナミに手を出した時点で命があるだけ、優しいさね。
アジトとヤラにいるそれ等も始末して進むが、ナミの姿が見付からねェ。その時地下へ続く階段を見つけて降りれば、嫌な臭いを感じる。
……マルコに治療頼まねェとな。それ以前に……廃人になってたりしねェだろうな。
この臭いは、常人なら1度でも使われれば廃人になりかねねェ。ナミ……正気でいろよ。
そう思うからか足は自然と早くなり、臭いの元だろう場所にはナミが吊るされているのが見えた。それに近付くと焦点の合わない瞳で、それでも戦う意志を持って此方に意識を向けているのが分かる。
「意識はあるな。怪我は?」
「……イゾウ?なんで、私「助けに来るに決まってるだろ。俺の女を勝手に辞められると思うなよ」」
言いながらナミの細い体を抱き締めれば、異様に熱い。薬の影響かと思いながらもその鎖をといてやれば、安心したようにその体から力を抜いて崩れ落ちそうになるのを支える。
例え廃人になっていても、治療させて元に戻して見せるつもりでは居たが……なんて精神力だよ。こんな状態で、よく意識を……。
「……助けに来てくれて、ありがとう。子供達は?」
「モビーに避難させた。後でナワバリ内の何処かに預ける事になるだろうな」
「良かった……」
そう言ってナミは笑みを浮かべると、そのまま意識を失う。手首には足掻いたのか怪我をしているが、他には目立った傷はない。
売る為に綺麗な状態を保たれたのだろうか。薬で言う事を聞かせようとしたのだろうか。
……無駄に気位の高いナミだから、本当に売られればきっと容易く自らの命を絶っているだろうと思えばこそ、間に合って良かったと抱く腕に力が入る。見つけたら叱るつもりだったし、少しはからかってもやろうと思っていたのに、実際はただ抱き締めて震えるしか出来ねェ己に自嘲する。
「帰るぞ……俺達の家に」
帰りが遅くなれば、怒り狂った家族がナースも含めて総出で襲いかかって来るだろうと分かるから、俺はナミを精一杯の優しさで抱き上げ歩き出す。二度と、こんな目に合わせねェから……見捨てろなんて言わないで俺の傍にいろよ。
使われただろう薬の瓶を拾いつつ、ゆっくりと歩き出す。世界に狙われる愛しい女は、今俺の腕の中にいる。