※この作品はR-18です。

光源氏シリーズ   作:夢枕 七変化

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忘姫(光源氏18)side

 あの日、買い物に出掛けて誘拐された俺の愛しきお姫(ひー)さんは、それ以降1度も下船する事を許されていない。それは俺が下ろさないのではなく、ナースや他の隊長、何よりも親父が許さなかったのが理由さね。

 オレンジデーの休みが勝ち取れていれば、その時は降ろして貰えたかも知れねェが、それの他はカゴの鳥だ。当の小鳥は、安全でご飯とお水があるから気にしないとか言いそうだがね。

 つまりは、それに対して文句を言う事なく素直に従うナミに、俺は微かに心配になっているって訳さね。因みに助けられた子供は、縄張り内の子を亡くした親が引き取り育ててくれる事になり話は滞り無く纏まった。

 その事にナミは喜んでいたが、重要なのはそんな事じゃねェんだよ。船から降りなくなったら、基本的に最低限しか部屋からも出なくなったナミに俺は困っている。

 そんな訳で親父をようよう説き伏せ、ナミと共に夜景が綺麗だという噂の店に来てみた訳だが……。本当に誤算だったよ。

 

 「夜景より、ナミの方が美しいとは、誤算だったねェ」

 「な……!なに、言って……!」

 「ん?あァ、声に出しちまってたかい?いつもは心の中で思うようにしてるんだが、俺も酔ったかな」

 

 当然素面だが、俺のそんな言葉にナミは明らかに酒だけではない赤さで動揺を伝えつつ俺を見て、小さくイゾウの方が綺麗よなんて言う。……俺が綺麗なのは知ってるさね。

 それでも、それよりも断然ナミの方が美しく思えるのだから、相当なものだろう。髪で顔を隠す為か、少し俯くナミの髪にある髪飾りを外して、それを付け直す。

 これで俯かれても、ナミの顔が見えなくなる事はない。ナミはよく分からないのか首を傾げているが、そんな時の表情は〝美しい〟では無く〝可愛い〟のだから罪深いお姫さんだと思わされる。

 グラスを持つその手に、俺の贈った指輪が光っているのを見れば、表現の仕様がない程に愛しくもなると言うものだ。ナミは、どうしてこんなにも俺の心に住み着いちまったのかねェ?

 

 「私の書いた作品に〝白雪姫〟って言うのがあるのは知ってる?」

 

 その問いかけにナミへと視線を向けて静かに頷けば、ナミははにかんだように笑うからこのまま閉じ込めてしまいたい衝動に駆られる。だがそれでは連れ出した意味がねェよなと諦めの溜息を落とす。

 

 「それがどうかしたのかい?」

 

 俺が問い掛けるとナミの前には赤いカクテルが差し出され、ナミはそれを手にして自嘲するように笑うと静かに唇をつけた。甘い香りのそれが、実はアルコール度数の高いものだと知った時は意外だった事を思い出す。

 

 「騙されて毒の林檎を食べさせられたお姫様は、王子様からの優しいキスで息を吹き返すんだけど……まぁ、実際には有り得ないわよね」

 

 何処か遠くを見詰めて呟くナミに、隣にいる俺を見ろと思う。お前は、俺の愛しい女だと自覚して欲しいもんだね。

 

 「好きな人からのキスで目覚めるとか、憧れるわ」

 「キスで毎朝起こしてやろうか?」

 

 可愛い事を言うものだと思い揶揄い半分で口にした言葉に、ナミは嬉しそうに頬を染めて俺に視線を向けた。その表情があどけなくて、そんな顔も出来たのかと思わされる。

 

 「……お願いしちゃおうかな」

 

 お願い、されてやろうかね。そう思いながらグラスの中身を空けた時、ナミが風に当たってくると立ち上がるのが視界の端に映る。

 勘定を置いて付き添う為に俺も立ったが、1瞬遅かったようでナミが転び頭を打ち付けた。本当に今日はどうしたというのか。

 

 「ナミ!大丈夫か?意識はあるか?」

 

 その時虚ろな眼差しで俺を見て、縋るように手を伸ばしたナミがあえかな声で俺に告げる。それは、必死な様子で軽視できるものでは無い。

 

 「おねが……い、かならず、むかえに、き……て……」

 

 そうして意識を手放したナミを見て、寒気にも似た何かを感じて悲鳴をあげそうになる。ナミ、その瞳を閉ざさないでおくれ。

 だが願いは届かずにナミはその意識を失い、BARのマスターが誰かを連れて駆けてきた事で何かあるとわかる。客が転んだからとて、通常ならばこれ程まで慌てたりはしねェ。

 冷静になれと自分に言い聞かせながらナミを指示に従い抱き上げ運べば、用意された部屋は自由に使って良く、食事も含めた宿泊費は無料だと言う。怪しいなんてレベルでは無い為、つい強く睨み付けちまった。

 そんな俺に怯え、数歩後退る2人は、体に異変は無いと言いつつ腰を抜かしちまうから、細く息を吐き出す。虐めるつもりはねェが……困ったもんだ。

 

 「ナミに、何が起きてるのか教えてくれるな?」

 「……この島ではカップルで訪れた方の何組かに1人が、恋人の事だけ忘れる記憶喪失になる事があります。大概数日で元に戻りますが、時に戻らないケースも報告されています」

 「……成程。記憶が無いままに島を出ると、二度と記憶が戻らねェって事で良いかい?」

 

 俺の問い掛けにガタガタと体を震わせながら頷く姿に、ナミが赤べこー!とか言いながら作っていた小物を思い出す。あれの存在意義がイマイチ分からない上に、そんな事を思い出してる場合でも本来ねェんだろうがな。

 

 「は、はい……その通りで……」

 「そうでなけりゃ、部屋を無料提供はしねェだろ。この島は観光で持ってる様子だから、悪い噂は困るって所だろう」

 「はい」

 

 落ち込んだ様子を見せる2人組に、さっさと下がるように言ってから俺は眠っているようにしか見えないナミの横に腰を下ろしてその頭を撫でる。愛しいお前ェさんを、こんな事に巻き込んじまうとはねェ。

 頭を撫でたり髪を指に絡めたりしていたら、ナミの瞼が微かに痙攣する。それにより指に髪を絡めたまま動きを止めていれば、目覚めたナミが少しボーッとした顔をしてから不思議そうに俺を見た。

 けれどもその直後に〝記憶が無い〟のだと言う事がその瞳を見ただけで思い知らされる。俺は、こんな顔を見た覚えがねェよ。

 初めて会ったあの日ですら、こんな顔はされなかった。怯えと戸惑いを宿した弱々しいその様子に、俺の方が戸惑わされる。

 そんな俺にナミはゆっくりと唇を開いた。その声は、微かではなく、震えている。

 

 「あ、なたは……?ここ、は何処で……?私(わたくし)は、ここに、いったい……何故?」

 

 怯えを隠す事無く、頭を抑えながら呟くように言うそれに、けれども記憶の抜けている部分が原因で混乱しているのにそれと向き合おうとしているのだとわかる。なら、付け入る隙はあるな。

 

 「ナミ、俺の事が解らねェって事で間違いは無いか?」

 「は、い?」

 「今、ナミは白髭海賊団に所属しているという事は理解してるかい?」

 

 俺の問い掛けにナミはハッキリと頷く。その姿はいつもとあまり変わらなく思える。

 

 「えぇ、私はマルコさんの補佐をやらせて貰ってますわ」

 「俺は、その白髭海賊団の16番隊で隊長を任されていてね、ナミとは長年同室だよ。この……右手の指輪と、髪飾りはナミが肌身離さず居てけれていて、嬉しく思ってるよ」

 

 言いながらそれぞれの装飾品に口付けをすれば、ナミが驚いたような顔をしてから真剣な顔で俺を見て、それから細く息を吐き出した。……相変わらず、賢いね。

 頭の良さ、回転の速さ、情報処理と分析能力に衰えはねェか。変わったのは、その口調と性格だけかねェ?

 

 「……私と貴方様……隊長は、交際していたと言う事で間違いございませんか?」

 「その通りだよ」

 「では、先程まで共に呑んでいたのも?」

 「あァ、そういう事さね」

 

 俺を見てナミは小さく震えると、どうしたら良いのかと不安そうに呟く。その憂いを帯びた弱々しい表情に唆られる。

 

 「……ナミ、思い出すか試してみるってのは、どうだい?」

 「何を、ですか?」

 「決まってるだろ?」

 

 そう言って思い出すのは、ナミが書いた白雪姫と言う作品。そして、ナミが望んだ事。

 そっと顎を掴み顔を上げさせると、潤んだ熱の宿っている瞳と視線がかち合う。どうやら……このナミも、俺の事を憎からず想ってはくれているらしいね。

 

 「……夢から覚めるには〝王子様からの口付け〟が、定番なんだろう?」

 「おう、じ……」

 

 俺の言葉に真っ赤になって、期待と戸惑いに満ちた眼差しを向けられると流石に胸が高鳴る。俺に……恋をしているのだと伝わるからこそ、俺も本気で誘惑にかかる。

 

 「ナミは、俺のお姫さんだ。なら、俺はナミの王子に決まってるだろ。……さ、その瞳を閉じてみな」

 「お、待ちくださいっ!」

 「ん?」

 

 俺から必死で逃れようとしながら言葉を紡ぐナミに首を傾げると、ナミは頬を押さえて俺から視線を逸らす。そんな仕草は見た事がなく、珍しいなと眺めちまう。

 

 「た……」

 「た?」

 「隊長様が、その、素敵過ぎて、口付けなどされたら……心臓が持たない気がしますの。ですから私……「もう、黙りな」」

 

 煽ってくれる。口付けだけで止まれなくなりそうだと自重しながら、何も考えずにその瞳を閉じれば良いと言えば、俺の言葉に従い瞳をギュッと強く閉じたナミ。

 その姿が、いつもと特に変わらないように思えるのだから、不思議だ。そっと重ねた唇からは戸惑いが感じられて、どうやら経験値は失われているらしいと知る。

 だが、その様子が途中から変わり、ん?と思うが折角なので楽しませて貰っていれば、戸惑いつつも俺の体に回される細い腕。あァ……帰ってきたね、俺のお姫さん。

 そっと唇を離して、笑いかけるとナミは恥ずかしそうに目元を赤く染めながらも、俺に優しく笑い返して来る。ナミの瞳には、俺への愛情が溢れているのが分かるから、その頬にもう1度軽く口付けてから耳元にお帰りと囁く。

 

 「イゾウ、ただいま。あの、私(わたし)ね……」

 「王子として、力不足でなくて良かったよ。俺の愛しいお姫さん」

 「イゾウ……私ね、きっと……何度忘れても、何度でもイゾウに恋をするわ。だからお願い、何度でも迎えに来てね」

 「何度も、こんな思いをするのはごめんさね。だから……二度と、忘れられないくらい、愛してやるよ」

 「え?……え!?」

 

 ぽやんとした顔が1転して真っ赤に染まったナミの顔を眺めながら、これはトマトかそれとも林檎かと小さく笑う。愛しい温もりが帰って来た祝いに、どちらにしても美味しく食べてあげようとその赤く色付いた耳に噛み付いた。

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