戸惑うように触れてくる優しい掌の感触。どちらの物かさえ分からない、滴る汗の匂い。
唇の甘さと、優しく甘やかすような瞳。それでいて無理を言えば恥じらって小さくなる肢体。
そんな夜を幾度も繰り返す中で、ようよう聞き出せたナミの誕生日。輝きも、熱量も、思考回路も、何もかもがあまりにも違い過ぎる。
心も身体も結ばれて大分経つ筈なのに、日々新たな驚きと出逢う。予想がつかないのは何もこの海ばかりではなく、腕の中で蜜柑の香りを強めた可愛い恋人がその最たるものだ。
体力を使い果たし、荒い呼吸を繰り返すナミをそっと抱き上げれば、もう無理と掠れた声であえかな抵抗を見せる。それに分かってるさと思いつつ、そっと額に口付けを落とす。
「もう、今宵は無体な事はしねェさね。だから、いい子に寝てな」
「ん、でも、シャワーとか」
「無理させた自覚はあるからね。やっとくから、今は眠りな」
俺の言葉にありがとうと小さく呟き、その瞳を閉ざしたその顔に魅入られる。瞳を閉ざすと途端に幼くなるナミに、その知的な瞳が年齢を分からなくしているのだと理解しちまう。
……あまり甘やかさないでおくれな。ナミに何かあった時、俺は生きて行けなくなっちまう。
もう……この人無しでは生きられないと思うような、そんな相手は作りたくなかったってのにな。親父にしてもナミにしても、そういう所まで俺の中に当然の顔して入り込んで、居座るのだから手に負えねェ。
そう思いつつナミを清めてやればその軽さに、これは少し休ませないと不味いなと反省する。見れば薄く隈も出来ていて、マルコとサッチに叱られそうだと思う。
そっと綺麗に整えた寝台にナミを寝かせてから、静かに立ち上がる。今夜襲った目的は果たしたものの、聞き出せたその日が近過ぎるのは問題だ。
付き合い始めて4年も経過して、漸く知った誕生日。それが明後日とはな。
明日には島に到着するのが唯一の救いかと苦笑を浮かべるが、さて何を贈るべきか。時間が無さすぎるので、何かを作る時間的な余裕は無いだろう。
そんな事を考えながらナミを眺めていたが、このままでは寝込みを襲いそうだと判断してそっと髪にキスだけ残して、1人で共有の大浴場へ向かう。部屋のシャワーでは、折角寝ているナミを起こしちまうと言うのもある。
水を浴びて落ち着いてから戻れば、その途中でサッチに会った。こんな夜中にと思ったが、直後にこんな時間まで働いてたのだと気付く。
「いつも、ありがとな」
「……あァ、イゾウか。この時間にって事は……ナミちゃん、生きてるか?」
「あァ、ナミだけ寝かせて俺は水浴びて来た所さね」
「……食欲落ちてるから、無理させんなよ」
「あァ痩せてたな。反省してる」
俺の言葉にサッチは困ったように笑うと、風呂上がりで髪を下ろしてたからか、髪を乱さない程度に頭を撫でて来る。それに視線を向けると良かったと呟いた。
「どうしたね?」
「イゾウが、落ち着いて良かった。ナミちゃんのおかげだな」
「同時に暴れる頻度も増えたがな」
俺が笑えば、サッチは確かにと言ってから次の島は陶器や硝子製品の品質がいいらしいぞと笑った。俺が食器をナミにやればそれに入った分位は食べるだろうって意味だと気付き、それもいいなと思う。
良さそうな物があれば、揃いで使っても良いだろう。身に着けられそうな物は大概贈っちまったから、困っていたのが正直なところだったから1人で頷く。
「助かったよ。誕生日の贈物が決まらなくて、困っていたんだ」
「……ナミちゃんの?」
「あァ」
「何時だよそれ。俺、祝った記憶ねェぞ」
「さっき無理に聞き出したんでな。……エースも知らなかったんで、困ったさ」
俺の言葉にサッチは頬を引き攣らせ、そこまでかよと天を仰いだ。ナミを庇い怪我をした時に、存在する事が罪だと信じて疑ってない様子を見せていたからその関係だろうとは思っているが、サッチもそう判断してるなら間違いないだろうね。
その上でいつなのか迄は聞いて来ない所が、サッチの凄さだ。必要なら俺が言うと分かってんだからな。
「……7月3日に、ナミが胃を痛めてても問題無い料理を頼む」
「明後日かよ。……なら、明日には使う食器持って来いよ?」
「あァ、ありがとう」
そう言って笑い合って別れた翌日、ナミに新しいインク瓶を5本と紙の束を運んでやりドサリと机に置いてやる。すると、嬉しそうにその瞳を輝かせた。
それから海図そろそろ描きたかったのー!とハートを振り撒きつつ言って机に向かった。なので、マルコとエースにナミに食事だけはさせてくれよと頼んで島へと向かう。
島の店を周り、食器や置物が本当に多いなと思いながら眺める。おや……箸があるとは珍しい。
名入れもしてるのかと眺めていると、職人らしい男が奥で煙管を吹かしているのを見付ける。何となく懐かしい気がして、その店に入ると相手も俺の服装に反応してか顎で何かを示した。
その場所へ視線を向けてみると、揃いの湯呑みや茶碗、箸等が並んでいた。表側は渋い単色で、内側に柄の入った物を見付けてそっと手に取る。
表側の色が橙の物をナミに、自分の分は薄赤紫の物を選ぶ。中の柄が揃うように選び、箸や湯呑み、箸置き迄同じデザインで揃えれば職人堅気の親父に名入れを頼む。
それに小さく頷いた後で、1刻程したら戻れと言われた俺は、1人島の中を散策する。良い茶葉もあれば買っていって、ナミとあの湯呑みで飲もうと思ったのだが……ねェな。
仕方なく、酒を適当に選んで戻ると新聞紙で包まれたそれらを袋に入れてほらよと寄越されたが……。明らかに数が増えている。
「なんか、増えてねェかい?」
「ぐい呑と、小皿だ。同じ柄の物を作ってあったからな。……奥方にだろう。大切にしろよ」
「なんで、そう思ったんだい?」
「俺も、昔は連れ合いがいた。食器を選んでるあんたは、優しい顔してたからな……。それに、選んだ物は夫婦茶碗とかだったんだ、分からいでか」
それ以降は何を聞いてもろくに返事をしなくなった職人親父に小さく笑い、ありがとうと言って受け取るとサッチの元へ急ぐ。サッチにそれを渡せば中身を確認して、全てに名を入れてある辺りが大所帯対応だなと言って笑ってから、後は任せとけと言ってくれた。
そうして迎えた当日、夜だと食べられなくなる可能性を考慮して、ランチに出すと言われた俺は慌ててナミを探すが、ナミが見当たらねェ。その時歌声が聞こえて来て、慌ててそちらへ足を向ける。
声の発生源に到着してみると蜜柑畑で楽しそうに蜜柑と戯れていて、その歌声も優しい。ただ、歌詞が少しばかり複雑な気持ちにさせてくれるけどな。
……ナミは、帰りたいのだろうか。俺の傍にいるよりも、やはり家族が良いのかい?
不安を抑えきれずに手を伸ばせば、そのタイミングで歌が終わったようで、抱き締めても抵抗しないどころか擦り寄ってくる。ナミ、頼むから俺の傍にいておくれな。
「帰りたくなったか?」
「何処に?」
俺の声は、震えては居なかっただろうか?
そんな事を考えていた俺に、ナミは不思議そうに問い掛けてくる。それに泣きそうなのを誤魔化す為に口付ければ、優しく受け入れるから、飢えた獣のように貪りつく。
いくら喰らっても足りないと言わんばかりに、酔わされる。本当に麻薬のような女だよ。
「ふっ……う……んぁ!」
漏れる声さえ勿体ない気がして、それさえ飲み込む勢いで唇を吸い上げる。それにナミが、縋る為なのかも知れないが首に腕を回してきたから、これ幸いとそのまま暫く貪り合う。
角度を変える為に、僅かに離した隙間でナミが熱い吐息を落とす。その吐息に乗せて言葉を紡ぐ。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
どうやらこの場でこの猫は食べられたいらしい。そっと耳朶を舐めるフリして噛み付けば、ビクリと震える。
「やっ……こんな所で!」
「俺は、いつでもナミに飢えてるが、ナミは俺がいらないか?」
「ここは甲板なのよ!?」
「仕方ないね……」
泣きそうな顔をされては、とりあえず抱き締めるだけで許してやるしかないかと思わされる。そうしてエースが騒ぎながらナミを探しに来るまでずっと抱き締めて、時折口付けを交わしながらその場に留まっていた。
ランチの時に食器を誕生日プレゼントとして用意したと言えば、ナミは驚いた顔をする。なので、俺と揃いのそれを拒んだりしないだろうねと念を押して微笑む。
困ったように受け取ったナミに、エースが俺の時は受け取らなかった癖にと騒いだので、内心気分が良くなったがそれは公然の秘密だ。エースに悪いなんて、今更思う筈もねェさ。
Happy Birthday ナミ。お前さんの産まれた特別な日を、最高な日だと言わせて見せるよ。
……そう言って笑う男に、女は僅かに怯えたようにその瞳を揺らしたが、恐らくそれは男を煽り昂らせ、喜ばせたただけだ。今宵女が寝かせてもらえたのかは、当人達のみが知っていればよいだろう。