柔らかに差し込む朝の光の中、眠りに囚われたままの愛しい男の額にキスを落とし、私はこっそりとベッドを抜け出した。少し大き過ぎるイゾウのシャツを着て、お情け程度に造り付けられているキッチンに向かう。
縄張りの見回りと言う事で、各隊ごとに別れて島に滞在しつつ問題が無いか確認して回るように言われたのは、1昨日の事。私は1番隊について行くつもりで準備してたのに、荷物ごと攫われるようにイゾウと今の島に来た。
そこでマルコとは既に話してあるからと言われて、素直に着いてきた私は、やる事を終えた後で善意で貸してもらったペンション風のそこに泊まったのだ。冷蔵庫の中に少しは物が入ってる筈だと曖昧な言葉を貰っているから、何か簡単な物を作ろうと思っての事。
昨夜は結局、食事さえ取らずに二人で抱き合っていた。1分、1秒、それさえ離れるのが惜しく思えてしまって……。
いつも1緒に居るのに、陸に居ると不安が突然頭をもたげるのだから、己の弱さに泣きたくもなる。まだ私の中で、アーロンの所に囚われている部分があるのね。
昨夜は二人揃って失神するように眠りに陥ったと思っていたのに、目覚めてみれば自分の体が綺麗になっているのに気付いた。それに対して素直に、悔しいなと思う。
前に聞いたから間違いないと思うけど、イゾウは意識のない私を洗うのが楽しいらしい。甘やかされてばかりで、余裕のあり過ぎる歳上の恋人との、この経験値の差をどうにか埋められないかと考えてしまう。
「狡いなぁー……」
でも、何処かで他の男と関係持つなんて考えるのも嫌だし、そんな事になったら本気で、比喩ではなく腹上死させられる事だろう。イゾウは結構嫉妬深いし、基本的に真性のSだ。
他の男と私が望んで関係を持ったなんて事になったら……そう考えただけで身震いがする。怖い事は思考の中から追いやって、私は冷蔵庫を覗き込んで、適当に材料になりそうな物を手にする。
パンがあって、卵と牛乳がある。野菜も1応あるから……あ、ウィンナー発見!
これだけあるならちゃんと朝食を作れそうね。フレンチトーストと、サラダとスープでも用意すれば朝食としては充分かな?
飲み物はどうしようかな。何か茶葉とかがあるといいんだけど。
そんな事を考えながらフレンチトーストを作って行く。同時進行系で作るスープは、サラダにするにはちょっと弱ってる野菜を刻んで放り込んだ物だけど、火を通せばまだまだいけるわ。
「いい匂いだな」
背後から聞こえた声に振り返った。そこには今回の偵察の為にと洋服で来ていた名残で、Gパン姿のイゾウが居て……。
シャツは私が着てるから仕方ないけど、上半身は何も着てなくて……。目に毒です。
思わず視線を逸らしてしまう。耳が、熱い。
「まだ香りが漂う程じゃないと思うけど?」
「いつもいい香りがしてるよ」
「え?」
いつもって何?
そう思って手を動かしつつイゾウを見ると、髪をひと房手にしてやうやうしく口付けてくる。その視線はまだ私を求めてると伝わる熱っぽいもので、手にしていた卵を落としそうになった。
「イゾウ……」
「ナミは、いつも美味しそうな匂いがしてるよ。……赤くなって、また香りが強くなった」
「だ、めよ!今はダメ!そろそろ食事しないと……!」
「……確かに、ナミには食わせないと叱られるな。なら、俺も手伝うさね」
その言葉に驚いて視線を向ければ、それなりにできるさと笑いながら手伝ってくれる。そして完成した朝食を食べ終えると、後片付けの為に立ち上がった私をイゾウは抱きしめて離さなくなった。
「イゾウ?」
「そんなに唆る姿で、いつまでもお預けできると思うなよ。俺のお姫さん」
そうして私は強制的にベッドへと連れ戻されて、二度とイゾウのシャツは着ないと心に誓ったのだった。そんな甘くも爛れた時間を過ごして、動けなくなっている私を残して見回りにイゾウは出かけて行く。
初日に島を1周したから、島の地図はもう描けるので、ベッドでそれを描いていく。他にやれる事も無いから。
じっとしてれば何とかなるのだけど、立とうとしたら力が入らないし、鈍痛に苦しめられるしで、イゾウは私をどうしたいのかと本気で思う。イゾウは優しいけどSだ。
いや、正確には本物のSは普段は恐ろしく優しいって言われてたのを思い出しただけだけど。自称Sは普段基本的に優しくは無くて、それ所か意地悪だとか性格悪いだとかって指摘されると、言い訳のように〝俺Sだから〟と言う意味のわからない間違った認識を口にするのよね。
でも、イゾウは明らかに生粋のS。普段はドロドロに甘やかしてくるし、苦しめないギリギリの所まででいじめるのを辞める辺りで疑いようが無い。
それに、Sって頭良くないとなれないのよね。傷付け過ぎず、普段は幸福の中に微睡ませられるだけの余裕も持ち合わせてないと不可能なのだ。
それがバランスを崩したりすると、DVとかになってしまう。後はSM等のプレイと混合してしまったり、虐待と呼ばれる行為にさえ発展するから注意が必要である。
「もう、描き終わりそうだね」
突然聞こえた声に驚いて顔を上げると、イゾウが休憩に出かけようと声を掛けてくれる。それに頷くと、レースをふんだんにあしらった美しいワンピースドレスを差し出して、着替えを手伝ってくれた。
鏡の前まで私を抱いて移動したイゾウにより見せてもらったそれは、既に人形の域だ。流石ナミちゃんの身体だと驚けば、似合うと思ったんだと何故か満足そうなイゾウがいて、それに笑ってしまう。
「何かおかしかったかい?」
「なんでイゾウが、そんなに嬉しそうなのよ。私の事なのに」
「愛しい女が美しくあるのは、嬉しいものだろ。さて、歩けそうかい?」
「……ゆっくりで、かつ、手を引いてくれる人が居るなら、歩けそうよ」
私の言葉に笑ったイゾウは、そっと手を出して私がその手を取るのを待つ。そして当然のように腰を支えながら歩いてくれるのだから、何処で覚えたのかと問い詰めたくもなる。
そうして見回りと称したデートを楽しむ事になるけど、足が思うように動かない。それを認識したらしいイゾウが、珍しく本気で悪かったなんて言うから、今度から手加減を覚えてよなんて軽口を返して笑う。
実際イゾウになら、歩けなくされようと、殺されようときっと私は笑っていられる。それを感じとったのか、イゾウは気を付けないと本気で殺しそうだと項垂れる。
だから私は少しだけ背伸びして、その頭を撫でた。ワノ国出身の人って、案外強くなると高身長よねなんてどうでもいい事を考えながら。
そうして休憩を多く挟みながら、多くのお店を冷やかして歩く。途中で本屋に入って欲しい本を眺めていたら、5冊までと言われて瞳を輝かせてしまう。
そんな私の頭を軽く撫でて、イゾウはコテージに届けてもらうように話をしてくれた。どれにしようかなと、欲しい本を選ぶけど目移りして中々決まらない。
そんな私をイゾウは楽しそうに眺めていて、イゾウは買わないの?って聞いたら読み終わったのを借りるさねと笑われてしまった。
そのおかげで本屋を出てからも、手ぶらで歩けたのはありがたい。本を重いとは思わないけど、今は両手を空けておかないと少し不安なのよね。
そんな事を思いながら歩けば、到着したのは湖の畔。そこに用意されていた1隻の船に、イゾウが私を抱いて飛び乗ると、中には数人の人が待機していた。
「屋形船のような物さね。中でゆっくりしよう。……目の前で食事を作ってくれるから、心配はいらないよ」
「……ごめんね」
「そこは、ありがとうって言ってくれると嬉しい」
そう言って額にキスをしたイゾウは、私の事をゆっくりと中へ案内する。お座敷風になっているそれに、感動しつつ足を踏み入れると井草の香りが鼻腔を擽り、懐かしくて少し感傷的になりそうになってしまう。
そんな私を優しく誘導して座らせたイゾウは、机を挟んだ向かい側に座ると目の前で作られる料理を小皿に取り分けて、先に食べてから私にもと促してくる。それにお礼を言いつつ舌鼓をうてば、蕩けてしまいそうな眼差しを向けられてしまい茹だる自分を自覚した。
「ナミ」
「なぁに?」
「指輪を、変えたいと言ったら受けてくれるね」
「……え?」
そう言って私の手を掴むと右手にしているそれにキスを落として、愛してるよと囁くように言われる。それに、私もだと答えれば今度は左手に手を伸ばされた。
そして、薬指に飾りっけの無い細い指輪をそっと嵌められる。驚いてイゾウを見れば、フッと笑ったイゾウが机越しに軽く唇を合わせ、即座に離れた。
「俺の伴侶として、この先を生きておくれな」
「……は、い……」
私は他に、答えを持たなかった。そんな私にイゾウは微かにその瞳を揺らして、安心したように笑う。
「本物は、当日に渡したいから、今は飾りの無いそれで、我慢しておくれな」
イゾウの言葉に頷くと、船頭さんを含めたその場にいた人達から拍手で迎えられ、私は即座に挙動不審となる。そんな私をイゾウは、単身10万人の敵に挑むより怖かったと物騒な事を呟いて私を強く抱き締めた。
その体や腕が微かに震えていたから、この人のこういう強がりで弱くて、そして素直な所をそのままに生きて欲しいと願う。愛しい人と幸せになりたいと願えるようになったのは、成長なのか、それとも退化なのか。
その判断は今はつかないけど、イゾウを幸せにしたいと心から願って、私は自分からイゾウにそっと唇を重ねた。その直後、イゾウが私を抱き上げて窓からコテージまで文字通り飛んで帰ったのは言うまでもない。
幸福へと向かうと約束された未来への片道切符を握り締めて、私とイゾウは互いの顔を見ては微笑み合う。そのまま予定の日を過ぎても帰らない私とイゾウを探しに来たマルコに叱られるまで、蜜月が終わる事は無かった。
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