いつものように蜜柑に水をあげていたら、突然進路が変わり私は慌てて親父様の元へと向かった。何か問題でも起きたのかも知れないと思ったから、私の頭は進路で埋め尽くされている。
でも、親父様の部屋に通じるドアを開けた瞬間、伸びてきた腕に抑え込まれてしまい、何事かと焦る。これがお兄ちゃん達ならば蹴り飛ばして終わるところだけど、お姉様達だからそうはいかない。
「進路が、進路がぁー!」
「分かってるから、行くわよー!」
「分かってない!進路がぁー!」
「はいはい、いい子だからいらっしゃい」
そんな言葉と共に連れて行かれる私に、親父様は頑張れよと笑いながら声をかけてくれた。けど、助けてくれる様子も、説明してくれるつもりもなさそうである。
脳内は進路でいっぱいな私に、これも1つの病気よねと呟いたお姉様方の心配そうな眼差しが少し痛い。でも、確か今日は食料調達に無人島へ向かうって聞いてたのにぃー!!
そんな訳で何やらお姉様方に弄ばれている間に、モビーがやったら揺れる。それに不安になる私に、お姉様方は何故か下着まで含めて色々合わせて来て、半泣きで助けを求めたけど誰も助けには来てくれなかった。
揺れが落ち着く頃になって、着替えも髪型のセットも終わり、現在化粧を施されている。こうなれば、いくら私でもどうやら結婚式の試着か、サプライズの本番なのだと分かろうというもの。
深呼吸して、唇を動かす。お願い、これだけ教えて。
「……そろそろ教えて貰えますか?本番?試着?」
「「「「「本番よ!」」」」」
お姉様方のピッタリと息の合った返答に、そっかと呟いたら紅を入れるから喋らないでと言われてしまう。それにより黙れば、お姉様方が優しげにその瞳を細める。
本気で大切にして貰っているのは分かっているのだけど、ちょっと私にはお姉様達の反応が過激過ぎるのだ。だから、いつも逃げてしまうけど、嫌いではないのよ。
「安心して、ナミ!花婿に負けないようにしたつもりだから!」
その言葉に顔が僅かに引き攣る。確かに、並んで負けましたでは泣くに泣けない。
それにしても……。と、ウエディングドレス姿に軽く首を傾げる。
「和装かと、思ってたわ」
「イゾウ隊長がね、ナミにはドレス着て欲しいって譲らなかったそうよ」
「でも、イゾウは絶対和装似合うわ」
「大丈夫よ!」
何が大丈夫なのかと首を傾げると、イゾウは洋装も恐ろしく似合うからと断言される。そして、その言葉にそうだろうけどと呟いた時、親父様の声が聞こえて来た。
「支度は出来たか?」
「バッチリよ!」
「なら、先に会わせたい相手がいる。ナミ以外は出て来い」
その言葉にお姉様方が姿を消せば、ベールが無いんだけど!?とその背に手を伸ばすのに、誰も立ち止まらずに親父様に抱きつきに行ってしまう。……狡い。
その直後顔を覗かせたのはドクターで、2度見ならぬ3度見をした私に、サングラスを少し上げて笑った。その姿にふらりと歩み寄ると、優しく抱き締めてくれる。
いつの間にか、私の方が大きくなっていたらしいと、その時になって知る。そんな私にドクターは、幸せになれる相手かと静かに問い掛けてくるから、少し考えてしまう。
「なんじゃ、駄目そうか?辞めるか?」
「私、結婚してもしなくても、イゾウの傍に居られたら幸せだから……結婚して幸せになれるのかって聞かれると分からないのよ」
そう言って首を傾げたら、ドクターは1瞬黙ってからケラケラと笑い出す。そして、視線を外に向けると今度はベルメールさんとノジコが姿を見せて、その姿を見ただけで泣きそうになる私に、泣いたら化粧をやり直す事になるよと笑う2人に抱き着いた。
「ちゃんと、泣かせてくれる相手?」
「うん、強くて、優しくて……美人さんよ」
そう言って笑えばノジコは、賢いとか、仕事できるとか、そういうのが最後に続くんじゃないの?って呆れを隠さないけど、イゾウは美しいと思うのよ。
そんな私にベルメールさんがベールを差し出してきて、それを凝視してしまえば笑い出す2人。でも、ベール、どうして2人が?
「私とノジコで作ったのよ。ナミの使うベールは、私達がって事でね。でも、被せるのは私達じゃないわ」
その言葉の直後、最後に姿を見せたのは駐在の制服を着ている、私の大切な家族。姿が見えないなとは、思っていたのだ。
ゲンさんが来ないなんて、考えもしなかったから不思議で……。でも、何だか気落ちしてる姿に会いたくなかったのかなと不安になる。
「ゲン、さん……」
「それを被せたら、儂は、娘を失うのか……」
「……お父さん」
思わずそう呼べば、俯いていた顔がそっと上げられた。そこへ飛び付くように抱きつけば、難無く支えてくれるその腕。
殆ど変わらない身長。その肩に顔を埋めるようにして、大好きな家族への素直な気持ちを言葉にする。
寂しい事を、言わないで欲しくて。私は、家族を減らすつもりなんて無いのだから……。
「私は誰の傍に居ても私のままよ。ベルメールさんは、お母さんだし、ノジコは姉だし、ドクターはお祖父ちゃんで、当然ゲンさんは……お父さんだわ。それは私が死んだって何したって変わらない」
「ナミ……」
「海賊だもの。怪我もするかもしれない。未知の病にだってかかるかも知れないし、1生子供なんて抱けないかも知れない」
ゲンさんの腕が震える。それでも、抱き締めてくれるその腕が離れる事は無い。
「短命かもしれないし、望まない事だって起きるかも知れない。それは全て、海賊になると決めた時に覚悟してたわ。でもね……それでも私の家族は、変わらないの。増える事はあっても、減る事は無いんだから!」
「……そうだな。新しい家族を増やしに行こう」
そう言ってゲンさんはそっとベールを被せてくれて、エスコートしてくれた。そうして船を降りると港で待っていたのはイゾウで……。
髪を降ろして、長いその髪を後ろに1つで束ねている。それが何とも美しくて……。
あまりにも似合いすぎたその洋装に、目眩がしそうになる。私、隣に並んで見劣り本当にしない!?
「ナミを、育ててくれてありがとうございました。義父さん」
「……本の虫で、限界を知らずに何処までも突っ走って、何かの時は人の話を全く聞かなくなる頑固者で、その上……馬鹿がつくほ程のお人好し。そんな娘でも、本当に大丈夫ですか?」
「それは全て、ナミの良い所でしょう。それにそれが問題のある点であったとしても、それを凌駕する良い所は他にも充分にある。……俺は、ナミ以外を伴侶にしたいとはこれ迄1度として考えた事もない」
大勢の人がいるその場所で、私を渡そうとしないでそんな会話を始める2人を交互に見ていたけど、イゾウがその直後言葉を紡ぎながら頭を下げた。それに、ゲンさんは静かに涙を流し、小さく頷くと私から手を離す。
「俺の意識がある限り、ナミを全力で守ります。嫌がられたとしても、愛していきます。なのでどうか、お嬢さんを俺にください」
そっと背を押されて、イゾウの元に足を進めるとイゾウは頭を上げて笑う。そして、そっと手を取ると嬉しそうに言う。
「想像以上に美しいな。流石は俺のお姫さんだ」
「イゾウ」
「驚かせられたなら僥倖。喜んで貰えたなら、大成功だ。……結果は?」
「……涙を堪えるのが大変よ」
「おや、予定にない返答だ」
そう言って片眉だけ器用に上げたと思うと、イゾウは笑う。大成功と思って良さそうだなと言って。
そうして笑いながら進めば、そこに待っていたのは予想外の人で……。凝視してしまう私に、楽しそうに笑ったその人は言った。
「勝ち抜いてここに立ってる。負けた神父には、後で声だけ掛けてやってくれ」
言われて視線を向ければ、神父姿で落ち込んでいるサッチと、エース、そして……シャンクスの姿がある。そして〝神父〟は言った。
「汝、イゾウを夫とし、命を自ら捨てるような無謀な事は慎み生き抜く努力をすると誓うか?」
「……頑張ります」
「「誓えよ」」
イゾウと神父の声が被れば周りは笑い出すけど、だってそんなの誓えない。私、イゾウの為なら平気で死ねる。
「誓わないと、俺が攫うぞ」
「なら、誓うわ。私恨まれたくないもの」
嫌よ。私、彼女にさんに憎まれたくないわ。
「……汝、俺の最愛の姉を妻とし、死が2人を分かつ事無く何処までも連れて行くと誓うか?」
「……それを誓っていいなら、幾らでも誓うさね」
「イゾウさん、姉を……生き急いで周りの為にしか動けない馬鹿な姉を、どうか……宜しく頼みます」
「嗚呼、ナミを喜ばせたくて連絡した甲斐があった。貰い受けるぞ、参謀総長さん」
そう言って笑い合うイゾウとサボに、1人ついていけずにいたらその間に指輪が新しい物に変わる。それと同時に重なったそれは、誓いの口付けと呼ぶには官能的過ぎる気がするけど、それに翻弄される私は多分相当情けない。
皆もいるし、でも式典だしと思って、抵抗していいのかも分からずにいたら、いい加減にしろよぃと鳥の足がイゾウを蹴り飛ばしてくれた。それにより長過ぎる誓いの口付けが終われば、その場は笑いに包まれる。
形式張った式にならない所まで、何だか私達らしいわと思えば笑えて来て、イゾウの手を取って近くで腐ってる神父落ちした皆の元へと足を進める。危ない事して神父を決めたんじゃ無いでしょうね?
「……大丈夫?怪我してない?」
「ナミちゃん、なんで……?」
サッチがそう言って私に縋り着いてくるから、そのリーゼントを撫でると撫でる所が違うなんて文句を言われてしまう。でも、出っ張ってて撫でやすいのよ?
「時間制限ありの大食い勝負でな……。大量の肉を食ったんだが……俺もサッチ隊長も普通に負けて、エースは途中で寝ちまって食い進められず、サボの勝ちだ」
シャンクスの言葉に成程と笑えば、シャンクスがその瞳を優しく細める。そして、そっと私の耳元に唇を寄せると囁くように言う。
「何かあれば、逃げて来い。いつでも〝兄貴〟達が守ってやる」
「ナミは、俺がいるから、イゾウに虐められても俺が守るから気にしなくて良いですよ。シャンクスさん」
そう言ってシャンクスを退けつつエースが抱き着いて来れば、イゾウがそろそろ返してもらおうかとサッチとエースを蹴り飛ばし、ヒョイと私を抱き上げる。それからシャンクスに艶やかな笑みを向けた。
「これから宴だ。楽しんでいっておくれな。〝義兄ィさん〟?」
「いい、根性してやがる」
「俺は〝白髭〟の〝隊長〟だぜ?」
よく分からずに首を傾げる私に、ベックが近付いてきて、幸せにしてやれよと笑うから、うんと頷く。それにイゾウが参ったねと笑えば、空気が弛緩した。
そうなればもう、即座に宴へと変わるそれに私達は揃って笑い出す。親父様がゲンさんと何かを話して楽しそうに笑う姿が視界に入れば、何故だか泣きたくなって私はイゾウに強く抱き着いていた。
私達はこれからもずっと進み続けるのだ。これから先、止まることなく。
幸福な未来が待っていると分かっているから、波間の向こうを目指して……。大切な人達と共に。