花見の宴の後、小さな騒動が起きた。宴の時の舞姿を見た新入りが、ナミが俺の妻だと知らずに告白して玉砕したのだ。
勿論ナミはいつものスルースキルで切り抜けていたが……まァ、その後どうなったかは語らぬが花だろう。エースが文字通り炎上したのを俺が放置したのもあり、大惨事になった事だけは記録しておこう。
そんなこんなで、結婚している事を知らなかった奴らには良い牽制になり、新人ナース達もナミや俺に何かしようなんてのは消え失せた。だが、その騒ぎの元凶とも言えるナミはよくわかっていなかったのが少し笑える。
……皆で色々と頓珍漢な心配をするナミを、口八丁で丸め込んで終わらせたからなァ。それを思い出して笑った時、辺りに霧が立ち込めてきた。
それとほぼ同時に香るナミのそれに振り向けば、霧相手に足掻く人影。慌てて駆け寄れば、倒れる前に支える事に成功した。
だと言うのに、頼る事を良しとしない自分にだけ厳しい妻は俺の手を振り払い勝手に倒れようとする。それに内心舌打ちして、にっこりと微笑みを向けた。
「この程度、甘えには入らない。……わかるね?」
俺の微笑みを見て半泣きになったまま、俺を見上げ続ける俺のお姫さんを抱き上げて、部屋に運び込む。途中でマルコを見かけたので状況を視線で説明すれば、頷いて親父の元へ向かったので問題は無いだろう。
ベッドにおろすのと同時に、ナミが顔を上げる。その顔は航海士のそれであり、少しは航海士を辞める時間があってもいいのではないかと思わされちまう。
「……進路が、変わったわ」
「ナミの体調不良があれば、安全の為にそれくらいするさね」
「船員が何人居ると思ってるの!?たかが1人の為に千人以上のこ「食料調達も必要だ。それに、他にも体調不良の奴が居ないとも限らねェだろ。……気に病むな」」
俺の言葉に納得したのか、少し俯いてから確かに頷いた。そして、顔をあげるのと同時に口にしたのは謎の言語。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってのはなんだね?」
既に異界の生き物と会話してるような気持ちにさせられる。だがまァ、異界の生き物だとしてもそれが障害にさえならない程に溺れている自覚はあるから問題は無いがね。
俺の問い掛けに少し焦った様子を見せて適当な言葉を紡ぐ辺りは、どうにも馬鹿正直過ぎて心配になるがな。さて、今回は何を隠してるのか……。
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
「まァ、確認するのはやぶさかじゃないがね」
言いながらそっと顎を掴み視線を合わせると、ナミがほんのりとその頬を染めた。それにより、相変わらずウブな反応だと喉で笑っちまう。
そっと額に口付けを落としてから、その顎を解放して頭を撫で続ける。そんな俺に気持ちよさそうにしてる姿は無防備で、学習能力のない子なのかと思わされ……?
これ迄に感じた事の無い感触に、慌てて頭から手を離せば、ナミもまた首を傾げていた。状況把握が上手くいかない中で、ナミの頭上からピョコンと顔を出したのは紛れも無い耳だ。
性格や行動的に良く似合うし合っていると思う。容姿的に見ても愛らしくそちらの意味でも似合っているが、現実的に考えておかしいだろう。
「頭の上にあるものは……目の錯覚かね?」
思わず口にしたそれに反応してナミは鏡へと駆けていく。その後ろ姿に、尻尾もあるとわかれば誰かの悪戯とかではないなと理解できる。
鏡の前で暫く確認していたナミが俺を見る。その瞳には怯えと混乱があり、何コレと繰り返すそれについ笑ってしまう。
「ナミ、可愛いよ。流石は俺のお姫さんだね」
「イゾウ!?そうじゃな「俺のお姫さんに耳があるのは有難い。耳があるなら、赫夜姫では無いだろうから月に帰る事は無いだろう。……大丈夫、兎なら迎えは来ないから」」
「何の話!?今そんな話してた!?」
「愛してるよ、ナミ」
いつでもナミの事を愛している。傷付く様な事からは全力で守るつもりだが、例えば顔が敵からの攻撃により原型を留めなくなったとしても、身体を欠損しようとも……変わらず愛する自信はあるんだ。
俺が愛したのは、その心と魂だからね。自分にだけ厳しいそれは治してやりたいが、他は何をしているのもただ愛しい。
「ナミは、俺のお姫さんだという自覚が足りないね?耳が生えて尻尾が生えたとして、それが何の問題だと言うんだね?」
「え?でも、普通生えてな……「この世界、翼が生えてるのもいれば、角が生えてるのもいる。気にしなさんな。……それに、よく似合ってるよ」」
そもそもこのタイプの話で、俺に口で勝てると思うのが間違ってるさね。逃がさないよ、ナミ。
耳も尻尾も動物の弱点であるのだから、俺には有利にしか働かない。そう思い調べておかないとなんて言い訳をして可愛がってやれば、その数時間後にマルコから連絡が入るまでにナミが意識を手放していた。
ナミに布団を被せてからマルコを出迎えて話をすればナース達も同じ状態になっており、身体に害はないと言われたのでホッとする。生えた事で生命力的なものが失われるならどうしようかと、半ば本気で心配はしていたからね。
「こんな状態で、よく襲ったねぃ?」
「可愛過ぎて、歯止めが効かなかっただけさね」
「……イゾウの場合、耐えてた期間が長いから1度始めたら止まらなくなっただけだろぃ。それで、話って?」
そう、マルコを部屋に呼んだのはイベントの話をする為でもあったので、それを行う。それにより納得した様子のマルコが話は進めてやると言ってくれたので、俺はマルコから渡された書類を片付ける為に眠ってるナミの横で仕事を開始した。
船が陸に到着すると買い出しだなんだと慌ただしく動き回る家族はいたが、俺やナミ、マルコは相変わらず書類仕事に謀殺されていた。そんな時にサッチが軽食持って姿を見せる。
「よ、そろそろ1度飯くらい食ってくれねェかな?」
「あァ……もう、朝か?」
「昼だよ馬鹿者共!!て事は寝てねェな!?あ、それとな、食い終わったら卵の殻にペイント頼むわ」
それがイベントの準備だと気付き頷けば、ナミが楽しそうにしていて良かったと思う。軽食のメニューがお握りと漬物、焙じ茶なのは俺仕様なのか、ナミ仕様なのか。
あァ、マルコも同じ状態だったのか。そりゃ怒るな、サッチはコレで気遣いが過ぎるくらいの奴だから。
「イゾウ、沢庵1枚頂戴」
「ナミのは違うのかい?」
「うん、私のは桜漬け」
「なら、1つ交換しようか」
「イチャつくのは俺の話が終わってからにしような、お二人さん!!」
俺はそれに苦笑したが、正直に言ってナミは沢庵しか今頭にないと思う。それに気付いたらしいサッチが、後でラッキョウもやるからお願いします俺の話聞いてください……とナミに頼む事態に陥った。
因みにこのラッキョウの味付けはバラエティ豊かであり、その原案は宝玉だ。実際最後の調整は4番隊がやったとは言え、やはり4番隊はナミが大切なのはこんな所にも起因しているだろう。
ゆで卵にペイントするのは当日か前日の夜じゃないと不味いとの話で、殻の方を任せれた形だ。イベントは明日だと言うので、俺は隊員に仕事を割振り指揮をとりつつ手隙のメンバーと共に卵のペイントや、中身にちょっとした小物を入れて行く。
サッチを含む4番隊から提供された真珠や、ナミが好みじゃなかったらしい酒の入った箱の鍵。その他には、ハルタの隠し撮りした写真の引換券等だ。
どれを見付けてもそれなりに喜ばれるだろうと言うので、この辺りは当たりだが……。マルコが用意した箱の鍵に当たった奴は災難だろうな。
マルコの指導付きで、書類の正しい書き方講座が行われるらしい。マルコとしては、1人でも多く正しい書類提出をしてくれる人間が欲しいんだとか。
その話を聞いたナミが、フォーマットを何か考えなきゃと青ざめていたので、暫くしたら問題は解決するだろう。完成した卵をナミが籠に入れて歩き出したので、その腕を掴んで止める。
「1人で行くのは許さないよ。……残りは、お前達でできるよな?」
「はい!分かりにくいところに隠して来てください!」
いい笑顔で見送られて、俺は卵の入った籠を持つ兎の後に続く。本当に可愛い俺の兎は棚の中やら、樽の隙間やらに卵を置いて行くのでそれを見ているが、ぴょこぴょこと揺れる耳に意識が全て持っていかれそうだ。
俺は理性に今はダメだと静止をかけてるが、何もわかってないナミが時々棚の上の方に置きたいとか言い出すので、その素足に触れて抱き上げてやるのを繰り返す。無邪気な兎の笑顔に、俺の理性が旅立つのは時間の問題に思える。
「本番は明日なのにな」
「イベント?でも、準備するのも楽しいわよね」
「そうだな」
普段なら家族が楽しんでるのを眺めるだけで終えちまうんだが、ナミが楽しそうにしてるなら参加するのもやぶさかじゃない。俺にとって大切なのは、家族が楽しそうに笑っている現実だけなのだから。
Happy Easter……。復活の祝いだと言うのならば、喪われた人達に再びまみえたいと詮無い事を願う男に、そっと寄り添う1羽の兎。
過去は変えられなくても、今ある幸福は紡ぎ続けられると笑う兎に縋るように、男は微かに身体を震わせた。今日もモビーは、波を割り進んでいる。