少し前の事ではあるが、俺としては得なトラブルが起きた。それによりナミと共に数日篭った楽しい記憶は、今も生々しく残る。
多少虐め過ぎた気もしなくもないが、同時にナミの怪我を全て完治させるに至ったのだから終わりよければすべてよし……と言えるだろう。あの時は、流石のマルコもナミが怪我は完治しているのに衰弱していたからか、驚いた様子を見せていたなと……思えば、記憶の中でさえ微笑ましく思える。
そもそもナミが大怪我をするに至った経緯も、ナミを守れなかった現実も、俺の不徳だと思ってる。それでも、心配かけた事への罰としてはあのアクシデントで充分償わせたので、それ以上ナミを虐める予定はない。
……俺も歳を重ねて、随分優しくなったもんだ。脳内でそう独り言ちた時、ピアノの音色が優しく鼓膜を震わせた。
そっと足を向けた先で、弾きながら歌うナミの姿を見て頬が緩む。だが、直後にその歌に含まれるその悲痛な想いに息を飲まされる。
これ程皆を守り、俺達に貢献してそれなのに無価値だと己を評するナミに目を眇めちまう。繰り返される歌詞の中で、ナミは己を醜いと言うが……美し過ぎる存在が何を言ってるのかと本気で思わされる。
俺に必要とされる事だけが存在理由だと言われても、胸は痛むばかり。俺の恋女房は、いつになったら自分の価値に気付いてくれるのかね。
どうしたら、己を許せるようになるというのだろう。俺はまだ、最愛のお姫さんの心を癒せてなかったんだなと痛感する。
だがそれでも、俺の為に生きてくれると言うのだから前進だろう。なら、俺の傍らから離しはしねェさね。
歌が終わり立ち上がったナミをそっと抱き締めると、甘えたように力を抜かれた。それにより信頼と甘えを感じ取りつつ、俺からの歌に関する返事を告げる。
「必要としてる」
俺には、ナミが必要さね。そう思って告げた短くも素直な言葉。
それを受けてナミは笑う。そして、頓馬な事を言われちまえば呼吸さえ忘れそうになるのは当然の事。
「うん、ありがとう。私も防災の日は必要だと思うわ」
何か返事をしなければと思うが……さて、この頓馬なお姫さんにどう言えば伝わるだろうか。そう考えている間に、不思議そうに小首を傾げてくるナミは愛らしいが解決策は浮かばない。
頭の動きに合わせて流れる髪を見て、今納得させる事は諦めようと思う。それよりも今は……。
「確かに、それも必要だがね……?」
今は、俺との接吻を楽しむといいさね。俺もそれで、少し癒されたいよ。
触れる程度の淡い口付けから始めて、そのまま幾度も角度を変えて繰り返したそれは……どうやらその後ナミの思考を奪うには充分過ぎたらしい。真っ赤に湯だったナミから、時間をかけて話を聞き出せば有事の際に備えて避難訓練や防災訓練を行うべきとの話であった。
海にいる上に敵も多いのだから、確かに避難経路の確認や、戦えないメンバーを守る為の動き、戦えない者達がどう動くといいかについて話し合うのは大切な事だろう。そう納得した俺は、腰の抜けたナミを抱き上げて親父の元へ向かった。
途中ナミから降ろしてとか言われたが、立てない癖に生言ってんじゃねェと笑って無視しておく。その様子に親父は終始呆れ顔だったが。
「手を出すまでが長かったからか、手を出してからは遠慮が足りねェな」
「人の下半身にまで口出さないでおくれな」
「出したくて出してると思うな。うちの可愛い娘が腹上死したら笑えねェからだろ」
オヤジは心配そうにナミを見るが、叶うなら見ないで欲しい。減りそうだ。
これ以上小さくなられたら、無くなっちまう。飯も放置すると食わないしな……。
「死なさない程度に抑えてるよ。安心していい」
「親父様ぁ……。イゾウがぁ……」
情けない声で、甘えたような視線を親父に向けるナミに内心でイラつく。それでも、ナミは俺の上着を掴んでるから許せていると言える。
これで親父に手を伸ばしていたら、部屋に帰ってから意識を数日は戻せなくしちまうだろう。普通の女よりは体力があっても、俺達に比べたら脆弱な事を理解していて欲しい。
その時親父が妙な事を言った。それにナミが頷こうとするので、怒りを隠さずにそれを遮っておく。
「今夜から俺と寝るか?」
「う「許す筈無いだろ親父。これに関しちゃ譲らねェぞ」」
そんな会話をしながらも、大切な所については話し合いを行い、途中で参戦したマルコとサッチにも意見を聞いて行く。こうなれば真面目なナミもしっかりと話合いに参加しているのだから、ナース達がナミの味方をするのも分かるというもの。
いつの頃からか、ナース達の代表に近い立場となっているから、ナミに対し隊長でもないのにと言う意見がないのは確かな事なのだ。結局、俺の恋人や妻だと言う理由だけで認められる程、現在の立ち位置は簡単なものではないと言う事だろう。
ナース達の心を得ているのは、幼い頃から知っていると言うのは勿論、女でありながら戦えて、その能力で家族を守っているという現実があるからだ。その上で自分を慕ってくれていて、同じ女だからこそ男社会で見落とされがちな女の言い分を隊長達は元より親父に伝えてくれる存在を、彼女達が認めない筈はない。
そんな事を考えながら大筋で決めた防災訓練の内容には、ナース達の安全確保が重点に置かれていた。それによる段取りを確定し、防災訓練を明日行う事に決めれば夕食時にその発表となる。
そうして迎えた防災訓練当日。船大工達はモビーに穴が空いた想定で板等の運搬訓練を、ナース達は避難経路の確認を、その他各隊は隊長の指示の元起きたと想定される問題解決の為に移動する経路の確認を行う。
船大工の行動を邪魔しないように、それぞれの隊が全ての想定を重ならないように訓練するシステムを採用している。その関係でナース達は交代で怪我人の役をしたり、倉庫やナースの部屋に取り残される役を行い、救出から脱出までを執り行う。
ナース達はスタート地点を変更して、幾度も脱出する訓練を行えるのでどこからでも無事に逃げられるだろうと言うのと、男達は敵や自然災害と戦いながらナースを安全に避難させる訓練になる。……筈だった。
指示を出されてなくて戸惑いモビーの中を彷徨い歩く弟達に、何があったのかと問いかければ泣きそうな顔で隊長が居ません……なんて言われちまう。確認してみれば、それはエースとハルタの隊員で……。
「お灸、据えてやらねェとなァ?」
「ふふ、手伝うわ」
俺の言葉に笑ったナミは本当に美しい。流石は俺のお姫さんだと満足して微笑めば、俺の隣に立つ事に対して違和感の無い姿を見せてくれた。
同時に見聞色の覇気でエースとハルタの居場所を特定して、共に武器を片手に駆け出す。ナミの特殊な武器から飛び出した雷雲は迷い無く二人を狙い雷を放ち、それに情けない悲鳴を上げた二人のすぐ上にあった樽の足元を狙って、俺は銃弾を放つ。
それにより二人の上に樽が振り注げば、慌てて避ける二人をナミの雷が襲う。隊員への指示も出さずに遊び呆けていた二人には、敵との戦いを想定した訓練が必要だろうと笑う俺とナミを止める者は無い。
「ま、待ってくれ!悪かっ……ぎゃー!!」
「エースが臭いの強いの持ってくるから見付かったんだよ!!どうしてくれんのさ!!」
「ハルタも食ったろ!?焦がしニンニクの骨付き肉見付けて、放置出来るかっ!!」
「ほぉー……。お前ら、サボっただけでなく、俺っちの力作食っちまったのか……」
そんな声にハルタとエースの顔色が、目に見えて変わった。今まで俺とナミだけだったお仕置隊に、サッチが加わった瞬間である。
食べ物の怨みは恐ろしいとはよく言ったもので、サッチの怒りを受けて四番隊全員が逃げようとする二人を障害物で行動阻害に協力してくれる。逃がすかー!!との叫びに合わせて駆け回る男達を見て、少し冷静に戻れた俺とナミはその追い回す役を四番隊へと譲った。
1息入れようかと近くの樽へ腰を降ろせば、ナミも樽に手を伸ばしてヒョイっと飛び乗り座るから、その小ささが愛おしくなる。その時ナミが胸元から何かを取り出した。
「これ、食べてみて」
その時不意に差し出された瓶詰めを手に取り、渡された箸を使いつまめばそれがニシンの佃煮のような物だと気付く。懐かしい味だが……何だこれは?
「佃煮にしてみたの。塩分補給も出来るし魚の保存も効くでしょ。魚はカルシウムとかDHAが豊富だから魚別でいくつか作ってみたんだけど……どうかしら?」
「……サッチから地位を奪う計画なら、協力してやるぞ」
「奪える訳ないでしょ。サッチの足元にも及ばないわ」
本気で言ってるらしいナミに苦笑しつつ、他の魚も味見させてもらう。素直に美味い。
店に並んでたら買い占めるレベルだが……さて、どうしたら理解して貰えるのか。自分にだけ厳し過ぎるナミが、少しでも良いから己を認められるように……うーん、毎日褒め殺すか?
……いや、本気にしないでそのうち泣き出すな。困ったお姫さんだよ、本当に。
そっとナミへと手を伸ばして、その髪を指に絡める。そんな俺に、ナミは照れたように微笑みを返してくれた。
「イゾウだけ狡ィ!何で俺達は食っちゃダメで、イゾウは何か食ってんだよ!?」
「サボって盗み食いしたエースとハルタ君と、真面目に働いたイゾウを同じ物差しではからないで!!格が違うわ!!」
「依怙贔屓だァ!!」
「そうだそうだー!!」
「鬼畜なイゾウにナミは洗脳されてるー!!」
「そうだそうだー!!」
騒ぐ二人を横目に俺が休憩は終わりかねと呟いて立ち上がれば、二人がビクリと肩を震わせた。ナミには大人にしてなと微笑み、足を動かす。
鬼畜と呼ばれたからには、その期待に応えてやらないとだろう?と、微笑めばそれだけで雄叫びを上げる二人を見て、周りからも野次が飛ぶ。それに対して親父から、程々にしてやれよと苦笑が返る。
それでも、まだまだ料理の作り直しを強いられた四番隊と、放置された組員達の怒りはおさまらない。それにより皆は頷きつつも、迷い無く1斉に二人へと襲いかかった。
隊長相手に勝てるチャンスでもある多勢に無勢だからか、張り切る弟達は微笑ましい。今日もやっぱり、俺の周りは笑顔と愛で満ちてる。