ふと目覚めた時、痛そうに顔を歪めている俺のお姫さんの様子に気付く。それを見れば薬のひとつも貰ってきてやるべきかと考えたのは、当然の判断だろう。
マルコならこの時間でも起きてるか……。そう思って、傍を離れると起きちまう事の多い愛しい人を案じつつ、起こさぬよう細心の注意を払い部屋を出た。
だがまだ夜明け前であるにも関わらず、忙しそうにしているマルコを見れば声もかけにくい。さて、困ったな。
「イゾウ?」
「邪魔したね」
声を掛けるまでもなくマルコから気付いてくれたので、それに少しホッとして息を吐き出せばマルコの眉間にシワが寄る。俺が話し掛ける用件はそれだけだとでも、思っているのかね?
「いや、ナミがどうしたよぃ?」
「……俺がマルコに用事なのをいつもナミと関連付けるのを、そろそろ辞めてもらいたいもんだね」
「……違ったのかよい?」
「合ってるが……」
「それで?」
「……抱き潰したら身動き取れなくしちまってね。何か薬を「馬鹿だろぃ。……いい大人が何してんだよぃ」」
呆れと怒りを隠さないマルコだが、俺に言わせればナミが悪い。俺の休みに合わせて休みを取っていた上に、俺が買ったワンピースを着て俺のやった髪飾りを着けて、優しい顔で、俺への愛を歌ったりしたのだから……。
そりゃァ……カモネギとして喰うに決まってるさね。まァ……昼前から夜中まで抱き続けたのは悪かったとは思うが……結果論、煽るナミに全ての責任はあるだろう。
「総合的に、ナミが悪い」
「本人に煽ってる自覚は無いから、程々にしてやれよぃ。……ほら、薬。……ナミに見せれば勝手に飲むから、安心していいよぃ」
「ありがとう」
そうして薬を手に部屋に戻ったが、そこにナミの姿は無い。寝ていてもつらそうだったと言うのに、どこへ消えたのか。
自分でも信じられない程に動揺して、焦って、情けなくも探し回る。それはきっと、先日の事が起因しているのだろう。
また、拐われたのか。また、守れなかったのか。
独り……家族を守る為にと犠牲になったナミを、何があっても責めるなとの親父からの厳命が無ければ……どうして……逃げてくれなかったのかと責めるところだった。あの時俺は自覚したんだよ、お姫さん……。
俺は、ナミさえ助かればナース達がどうなっても構わないと……そう、思っちまう位には、ナミが愛しいのだと。だが……それを出来ないナミだから、見捨てたり傷付けたり出来ない女だから、俺はナミを愛したのだという事も知っている。
船内を探し回り、見付からなくて途方に暮れる思いで部屋に戻れば、窓の外を眺めているナミを見付けた。思わず口から零れたのは、情けない俺の本音。
「やっと見つけた」
振り向いたナミは、驚きを隠さない。それから外と俺を見比べて首を傾げるから、わかってないなと思いながら探していた事を告げる。
すると少しだけむくれたような顔をするから、その顔が少し赤らんでいて幼いから……幸せな気持ちになる。俺は、ただナミが愛しい。
「……誰かさんが無理させるから、身体は痛いし、ベタベタしてるしで、シャワー浴びたかったの!!」
「それは、悪かったね」
言葉では怒っていても、その手には俺と揃いの結婚指輪と、逆の手には結婚しても変わらずに使ってくれてる指輪がある。髪には風呂とか寝てる時の他はいつも身に付けてくれてる髪飾りがあって、どうして微笑まずにいられるだろう。
「薬は飲んだし、もう大丈夫よ。所で、忘年会やりたいから協力して」
「ああ、ナミが望むなら……親父を脅迫してでもやれるようにするさね」
「もう……素直じゃないんだから」
穏やかで慈愛に満ちたその微笑みに、何度目か分からない程に堕ちるのを自覚すれば、溜め息が落ちるのも当然。俺はもう、ナミ無しでは生きられそうもないね。
「どうしたの?」
「ナミにだけは、永遠に勝てる気がしない」
「勝てた記憶が、無いんだけど……?」
よくわかんないって顔をしてから、はたと気が付いた様子で胸元から紙とペンを取り出したのでそれに笑っちまう。無防備で無自覚な俺の愛しいお姫さんは、今日も絶好調である。
「それで……ナミは忘年会について、何か考えがあるのかい?」
「うーん……それなのよね。人数も多いから、経費には気を付けたいところなんだけど……。あ!お酒は心配いらないわ!!沢山手に入ったの」
「なら、分かるところから書き出そうか」
そうして共に話を詰めて行けば、途中で様子を見に来たマルコとサッチを巻き込んで話し合いが白熱する。その結果を親父に報告してみれば、驚いた事を言われた。
それには流石のサッチも動揺したし、マルコさえ言葉を失う。俺は呼吸さえ忘れて親父を凝視しちまった。
「折角だ。今回は娘達の手料理で忘年会してみねェか?」
「は?……親父、俺は?」
「たまには四番隊も休め。その代わり、食材確保は参加しろよ?」
サッチの呆然とした顔は面白いが、困ったような顔をしてるナミが気になる。それに……ナミは酒の提供してくれたから、それ以上の役目は不要だと思うがね。
そう思い親父に声をかけようとしたら、親父の唇が音もなく動く。そして、問われた。
〝愛妻の手料理、食いたくねェか?〟
それにより声を飲み込み、俺はそっと視線を逸らす。確かにナミの手料理は食べたいからな。
そして呼吸を整えて再びその顔を見ればニヤリと笑う親父。その唇は再び動く。
〝俺は娘達の手料理を食いたい〟
それは当然マルコやサッチも見ていて、全員が内心で同意したのが分かる。ナミはその唇の動きに気付かないままに、1人で悩んでいたが……意を決した様子で顔を上げた。
「分かった。自信は無いけど頑張ってみるわ」
そうして料理以外は息子達が、料理はナース達とナミが行う事になり別行動が増えた。当日の配膳は、力仕事だからと言うのでローテーションで男達がやる事にはなったし、女達も料理の時間はローテーションでちゃんと宴に参加はできるらしい。
その辺のタイムスケジュールは、マルコが上手く組んでくれた。至れり尽くせりだな。
そうして俺はナミの為にと、二度とナミを誰にも奪わせない為にもとの考えから海楼石の笛を特注しておいた。これは切り刻むのとは違うから、防御しかしないナミには向いてるだろうと言うのがある。
……何よりも、ナミが唇をつける物ならば、俺からの物であって欲しいと願っちまった。種類としてはフルートに近い物だが、ナミならば上手く扱うだろうさね。
そうして迎えた忘年会当日。朝からナミは動き回っていて、何かを食べたりしてる様子が無い。
……本当に困った子だ。倒れやしないかと、ヒヤヒヤしちまう。
けれども宴が開始される頃には、やる事が終わったのかナミは俺の元へコソコソと近付いてきた。その仕草が愛らしくて、愛しい。
「ナミ、何してるんだね?……早くおいで」
「ご飯、作った物、持ってきてみたの……。食べてくれる?」
「楽しみにしてたんだ。そんなに離れてないで、さァ……おいで」
微笑めば真っ赤になってから近付いてきたナミからトレイを受け取り、空いてる腕でナミを抱き込む。膝に乗せる形で座らせてから、ナミと共にその手料理を楽しもうとナミの前にトレイが来るように腕を回す。
「おや、困ったな」
「え?」
「両手が塞がってる。……食べさせておくれな」
俺が微笑めば、ナミの顔が赤く染る。それが本当に愛しくて、上目遣いに睨む愛妻をこの場で押し倒さない己を褒めたたえたくなる程。
「イゾウが、私で遊ぶ……」
「何を言うかと思えば……。俺の両手がふさがってるのは、見てわかるだろう?」
クスクスと笑えば、ナミは恥ずかしそうにしながらも油揚げの中に何か入ってるそれを箸で切って、俺を差し出して来た。それを食べれば、中身がひき肉と春雨だと気付く。
これは……美味いな。野郎共なら1口でも食べられるだろうし……そうなれば零れもしない。
中身は食べてみるまで分からないのも、楽しめる要素だろう。案外食の好みに煩いやつも居るのを考えれば、これはいい食べ物だと言えるだろうね。
「椎茸は香り付けに入れてみたんだけど、苦手だったりしない?」
「美味いよ。……ところでそっちのポテトは塩じゃねェよな。なんだい?」
「あ、照り焼きにしてみたの。同じ味ばかりだとつまんないし、コックと比べられたら私達もつらいもの」
「醤油は分かるが、他は何使ってるんだね?」
問かければ、酒を口にしながらナミはのんびりとした口調で教えてくれる。醤油、味醂、砂糖を全て同じ量ずつ入れただけだと言うから、それはいつもの塩っぽいのに慣れた奴らには甘くて新鮮だろうと思う。
かと思えばナスはピリ辛でその落差に驚かされるが、俺の口元に運ばれる手つきが少しずつ怪しくなってきているのが気にかかる。どうしたと言うのか。
「イゾウ……美味しい?」
「ああ、驚く程にな。……そうだ、これをナミに」
「え?」
「俺を安心させる為に、持っていておくれな」
渡した箱を見て、嬉しそうに頷いたナミがそれを開ける。箱についていたリボンを迷い無く自らの髪につけてポニーテールにしてから、そっと中身を取り出して……抱き締めた。
どうやら気に入ってくれたらしい。そのまま甘えるように擦り寄るから、これは本当に俺を甘やかす天才だなと思う。
「イゾウ……大好き。ありがとう……気をつける、から、ね……?」
そう言って抱き着いてきたナミは妙に酒臭くて、んんん?と思った時マルコが困ったような顔で見ているのに気付く。何かあったか?
「治療薬とアルコールは合わさると良くなくてねぃ?」
「ああ、成程。珍しく甘ったれだとは思ったんだが」
「まァ……イゾウにだけなら問題ないだろぃ?」
「それはそうだな」
クスクスと笑いつつ、蜜柑の香りが強まるナミを落とさないように抱え直す。仕方ないから、残りは自分で食べようかね。
強く俺を抱き締めて、離れなくなったナミに頬が緩むのを感じながら、今回はワノ国を思わせるメニューが多いなと思いつつそれを口に運んで行く。考えてみれば、ナミが先導して作ったのだから俺に合わせてくれたのは当然なのかも知れないがね。
大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。最愛の人を腕に抱いて……。