偶然の遭遇(光源氏14)side
何となくルフィの話が出て、何となくナミの話題になって……
案の定ベックは諦めたように溜息を落としているので、軽く肩を叩いて慰めたら何故か怒りの矛先が俺に向いた。別に俺が先導した訳じゃねェしと思うが、たまには八つ当たりもしたくなるかと苦笑して受け流す。
そんな賑やかな船内の空気が1変したのは、東の海への壁が目前に迫った辺りだった。クルーも含めて緊張した面持ちになるのは、船ごと隠れている相手がいるからだ。
だが、その船は自ら姿を現して、そのまま折れて砕けて沈んで行く。何だったのかと思ったのは恐らく自然な事で、けれどもその残骸が浮かび上がってくる辺りに見覚えのある髪色の少女が現れればそれどころでは無い。
その少女は海面に姿を見せると小さく咳き込み、それから叫ぶ。その声は、多少変わっていたが間違いない。
「カリーナ!そっちはダメ!サイクロンが来る!」
「ナミ!?まさか、あんたが沈めたの!?」
「そんな事、どうでもいいから、すぐに8時の方角に舵をきって!」
「ナミこそ、樽で移動しようとしないで、こっちに乗りなさいよ。ナミなら移動出来るでしょうけど……」
そんな掛け漫才のようなやり取りをしていた2人を見て、ベックが小さくお頭と呼ぶので頷けば、ベックが小舟へと飛び移った。驚く少女とナミを抱えてベックが戻ると、他のクルーが小舟をさっさと引き上げて船に括り付ける。
騒ぐ少女をベックは甲板に落として、即座に船医を呼ぶのでどうしたのかと思ったらナミを手渡した。その表情は硬い。
「呼吸しているのが不思議な状態だ。すぐに治療を頼む」
「待っ……て、船を、早く動かし、て……サイクロンが……」
意識は既にほぼ無いのがその声で分かる。久々の再会がこれとは泣けてくると思いながらも船を転回させれば、少女が俺達を見て顔を歪めた。
「アンタ達、ナミの身内?」
「……まァ、昔馴染みだ」
「身内ならひっぱたいてやろうと思ったのに、違うなら良いわ。何で私まで拾ったの?」
生意気な口調が出会った頃のナミを彷彿とさせるが、恐らく当時のナミよりは歳上だろう。短い髪でクルクルと感情を変える瞳は、キラキラと輝いている。
だからこそ、気付いてしまう。ナミは、この子を庇って怪我をしたのだろうと言う事に。
実力だけを考えれば、東の海や
咄嗟の時自己犠牲を厭わない所は悪い癖だと何度も言ったのに、治らなかったらしい。まだまだ大人とは言えないが、随分成長していたように見えたのは肉体だけか。
「ナミが気遣ってたからな。泣かせたくない相手なもんで、付き合わせて悪いな」
「……オジサン、ナミに惚れてるの?辞めた方がいいよ、鈍いから」
その言葉を聞いてルフィのアプローチを華麗にスルーしていたのを思い出した俺達は、つい笑ってしまった。変わらないらしい。
それから少女はカリーナと名乗り、ナミの怪我は自分の責任だと言う。相手が悪過ぎると止められたのに聞かないで飛び込み、捕まったカリーナを助けに来て、カリーナが拷問を受けそうになると挑発して庇ったのだと。
聞けば納得のナミらしさだ。だが、それは後でベックからのお説教コースだなと思わざるを得ない。
それからカリーナは暗い表情で問い掛けてくる。その声が震えている事から、余程大切な案件なのだろう。
「……アーロンって、知ってる?ナミが魘されてるから、多分ナミが1人でお金集めてる理由と関係あると思うんだけど」
「……ベック」
「東の海で暴れ回ってる魚人だろう。何処を拠点としているのかわからない上に、下手したら海底に潜んでる可能性もあるからと手をこまねいていると読んだ記憶がある」
「それが何でナミと関係あるんだ?」
カリーナの言葉に俺が反応して名を呼べば、打てば響くの代表よろしくベックが答えて、それを聞いたヤソップが不思議そうにする。その時船医が出て来て、俺とベックを呼ぶから何か不味いらしいと気付く。
「どうした?」
「ナミの肩に、刺青が。それと、出血が酷く……このまま目覚めない可能性も」
「刺青を見る事は可能か?」
俺の頭は真っ白になりかけているのに、ベックは冷静に船医に問い掛けていて、船医は頷くと俺とベックを部屋に招き入れた。別れた頃よりも美しくなっていて、当時将来美人になると言い切っていたのを思い出す。
あれからそんなに時は経過してないと思っていたが、この姿を見るとそうでもなかったのだと思い知らされる。血の気の失せた顔は、何処か穏やかでさえある。
ベックはナミの左肩を覗き込み、拳を強く握り締めると俺に視線だけで全権を貸せと言っている。それを見て俺が頷くとベックが表に飛び出して行ったので、左肩の刺青がナミに関する何かを教えたのだろう。
あれでいてベックはナミに甘い。幼い子供を可愛がる傾向が有るだけでなく、素直に懐かれる事の少ない方だからなのか、懐いてくる子供には甘いのだ。
だからルフィとナミには特段に甘く、更にナミの場合は賢いから会話が楽しめるとのたまっていた。ベックに賢いと言われるナミは規格外だよなと、しみじみ思っていた。
だが、いくらしたのか聞きたくもないような贈り物をナミにしていたと知った時、これで恋愛感情じゃないと言うのだから世の中分からないと思ったものだ。……隠してるだけかも知れねェがな。
遅れて覗き込んだ時に見たそれは明らかに魚のシンボルで、先程の話にあった魚人海賊団かと思えば、僅かにその魚人が憐れに思えた。……本気のベックは、俺も敵に回したくねェよ。
美しく成長しているナミの寝顔を見て、その額に口付けを落とすと俺もまた甲板へと向かおうとしたその時、背後から聞こえたのはナミのか細い声。意識が戻ったのかと喜び振り向いた俺に、何処か朦朧としている様子で口を動かす。
「……シャンクス?……ゆめ、みてる、のかな……?」
「……夢にまで見るくらい、俺が恋しかったか?」
目覚めてくれた事、声を聞かせてくれた事も嬉しいが……今、俺の方こそ夢を見ているようだと言ったら、ナミは笑うだろうか。それとも意味がわからないと困惑するか。
……困惑の方だろうな。名を呼ばれた事が嬉しいなんて、そんな事今更言える筈もない。
「……助けて、くれたの?」
「約束、したからな」
「ありがとう、シャンクス。きっと、私は呼び続けてたんだと……思う……助けてって……。夢でも、何でも嬉しい……師匠、シャンクス、ベック、助けてって……ずっと、呼んで……」
声が止まり、見れば今度は意識を失ったのでは無く眠ったのだと分かる。取り敢えず野獣と化してる筈のクルーを止めに行くかと甲板出ると、視線が集まった。
「ナミの意識、戻ったぞ。すぐに寝たが」
「……それで、何か言ってたか?」
ベックの言葉は全員の代弁かと言いたくなる程で、俺は大声で笑いたくなるのを堪えて、大切な事のみを伝える。
「俺の姿を見て、夢かと言っていた。その後……何度も助けてと心で呼んでいたから、夢に出てくれたのだと笑った。……行くぞ!」
俺の役目はここまでだな。後は航海士達の腕の見せ所か。
「……オジサン、ナミの事助けるつもりなの?」
「カリーナだったか?そのつもりだが……」
答えた瞬間にペシッと叩き付けられたのは1枚の紙。それを見れば固まるのはある意味当然。
コノミ諸島ココヤシ村と書かれている紙。これの意味する所は。
「……東の海で海軍船が沈む事の多い地域で、蜜柑の栽培してる地域。そして、旅人でもめったに近付けないとされる場所。ナミと別れてからの帰る方角。それらを考えたら、ここしかないわ!」
それから、庇われた恩はこれで返したからって伝えてと言ってカリーナは小舟で姿を消した。それを見送り渡された紙をベックに見せれば即座に船は動き出す。
今度こそ、仲間に引き入れるぞ、ナミ。寝ている筈の船室を見て心で誓うが、眠り姫は気付かない。
船が島に到着するとベックがナミを守る為に残れと言うので、それもそうかと従えば待っていると言う事も出来ない程度の時間で聞こえ始める爆音。暴れてるなと思うが、止めるつもりは無い。
過去も今も、変わらずに俺達の姫であるナミを苦しめている存在など、不用なのだから。髪を弄んでいれば、それがくすぐったかったのか目を覚ましたナミ。
そして、少しボーッとした顔をしていると思ったら、その直後ににへっと笑って飛び付いてきた。酔っ払いかと叫びたくなる気持ちを抑えて受け止めれば、ナミが俺の体を撫で回しながら徐々に正気を取り戻して行く。
「シャンクスだー。まだ夢の続き見ているとか、幸せー。……あれ?感触がある。あれ?暖かい。……え?嘘、待って、どういう事?……ホンモノ!?」
「……ホンモノだ。問題あったか?」
「……穴、自分で掘るから、スコップ貸して」
「船に穴開けようとするな」
真っ赤に茹だっているナミは本気で夢だと思っていたからあんなに素直だったのだと分かれば、これは潜在的には随分慕われていたらしいと分かり嬉しくなる。手まで赤くなっている可愛い子を、俺はそっと抱き締める。
「……警戒心、まだ持たないで生きてるのか?そろそろ、冗談じゃすまなくなるぞ」
「シャンクスなら」
「え?」
「シャンクスになら、何されても良いかも……」
何を言われたのか理解するのに時間がかかっている間にナミはスルリと腕から抜け出して、ニンマリと笑う。そして、何処の誰に仕込まれたのかと問いただしたくなるような妖艶な笑みを浮かべて、まだまだねとのたまった。
それから真剣な表情で窓の外を見て、俺に視線を戻すと静かにその瞳を伏せた。その表情は、既に子供では有り得ない。
「……どうして、ここが分かったの?私、何も教えてないわよ」
「カリーナって子が、調べてたらしい。それと、俺達に教えたことで、借りは返したとさ」
「カリーナは、無事だったの?」
「あァ、無傷で旅立った」
そう答えた瞬間ナミは気の抜けたような顔で、嬉しいと全身で表しながら微笑んだ。それは違うだろうと思わなくもないが、ナミが喜ぶならそれでも良いかと思える。
「今度こそ、仲間にする為に来た」
「……拒んだら、どうするの?」
「海賊だからな、奪って行くしか無いだろう」
「……紳士な海賊がいたものね」
「紳士かどうかは、これからこの部屋を使えば理解できるだろ」
俺の言葉にナミは顔を赤く染めて、冗談じゃ、無かったの?と聞いてくる。いくら俺でも冗談で、こんな子供口説けるか。
「私、まだ14歳よ。犯罪になるんじゃ……」
「海賊が今更犯罪気にしてどうなる。ナミも、海賊歴長いんだろ」
もう2度と、離すつもりは無い。こんな事になっているのならば、あの時手放さなければ良かった。
こんなにもこの子が苦しむと分かっていたならば……。……わかっていた、のか、ナミは。
だから大切な人達を守りきるまでは、私は離れられないと言っていたのか。まだ始まってないけど、悲劇が待ってるから、私は強くならないといけない。
そう言って俺に戦い方を学んでいた、真剣な姿を思い出す。どうやって未来を見ていたのかは知らないが、悲劇だけを知っていて、助かる可能性を見ていなかったのならば、この状況も分かるな。
「……本気でナミを俺の女にする為に来た。もう、逃がしはしねェよ」
「シャンクス相手に、私が逃げられる筈ないじゃない。私の師匠はシャンクスだけなんだから」
そう言って笑うナミが、村人達が開放されたと知って泣き崩れるのはこの直後。父親代わりの男にナミがどれがお前の男だと問い詰められて首を傾げるのを見て脱力するのと、それはセットだなんて事は、愛しい温もりを漸く取り戻せたばかりの俺には知る由もなかった。