買い物をしたいと言ったナミに、俺達は初め渋ったが誰かを伴って行くならば確かに色々と買い足しておくべき物もあるので、仕方ないかと潜水艦を浮上させた。そして、港からは離れた所にそっと泊めて誰が何を買い出しに行くのか、予算は幾らなのかを話し合ったのは昨夜遅くだった筈だ。
そして、昼近い現在……ナミの姿がどこにも無い。クルー全員が青ざめているのは、この島の治安の悪さが有名過ぎる事と、本当にナミのカムフラージュが酷すぎた事にある。
俺とローが静かに怒りを漲らせている為に、ペンギン等は先程から胃を押さえている。俺はそんな様子を眺めながら細く息を吐き出して、ゆっくりと立ち上がった。
「迎えに……いや、拾って帰る。少し時間をくれ」
「あァ……帰ったら説教だな」
「そうだな」
俺とローが頷き合う間、クルーは誰1人口を動かさず、声も出さなかった。俺が島に向かうと、意外と早くナミを見付けられた。
見た目は明らかに別人だったが、足音を完全に消して歩き蜜柑の香りをその身から漂わせるそれを、間違える筈は無い。そもそも、長い事探し回っていたからナミを探す事には慣れている。
ラッピングの専門店に入ったナミを見て、俺はその入口で待機する。それから暫くの後に出て来たナミは、俺の姿を見て顔色を変えた。
……悪い事をした自覚はあるらしい。だが、直後に他人のフリをして逃げようとしたのを捕えれば、変装してるのに等とほざく。
船に連れ帰れば俺とローから声を揃えて叱られる事になったのに、少しも反省しないナミにローの顔に青筋がたつ。流石にそろそろローが暴れそうだと判断して、俺は口を挟む事にした。
「ナミ、暫くの間部屋で謹慎だ」
「トイレ、お風呂、食事はどうしたら?」
「それは……ベポを伴うなら許す。だが、食事も部屋だ。何かあって他に移動したりした場合は、ベポも連帯責任とする」
「……分かった。大人しくしてるわ」
こう言えばナミはベポの為に大人しくしているだろう。ローも今のやり取りで諦めたのか、溜息だけを落として素直に引き下がった。
それから本当にナミは大人しくしていて、ローが流石に心配だと言う程に大人しい。ベポに様子を聞けば最初は楽しそうだったけど、3日目くらいから様子がおかしかったと言われて俺とローは顔を見合せた。
そうだ、ナミは1人の時は眠れないんだったと思い出したからだ。その為に、ローか俺が1緒に寝る必要があり、ローは1緒に寝ると寝不足になるとの事で基本的に俺とナミが1緒に寝ていた。
だが……それも何年も経過して風化するように忘れ去られていた。あれから既に2年だ、それも普通ならば仕方ないと思えるだろう。
だがこのハートの海賊団では有り得てはならない事だった。船長たるローが船医でもあり、俺とローにとってはナミと言う生き物は何よりも大切な存在なのだから。
慌てて駆け出した俺とローはほぼ同時にドアを抜けて、倒れているナミを発見した。抱き起こしても、既に意識は無く、眠っているのとは違うそれに慌ててベッドへと運ぶ。
ローはその間に点滴を用意して、診察を始めるが……疲労による衰弱以外のなにものでもなかった。
「……ナミ」
呼び掛けても反応のないナミに、俺とローは自分を責める他の道を見いだせずにいる。その時ナミの机の上にいくつもの箱があるのに気付き、それに近付けばクルーそれぞれの名が書かれたメッセージカードが添えられている事が分かったが、これはいったい……?
「コラさん、どうした?」
「なんか、置いてあるんだが……」
「……ナミは、これの為に買物に1人で行ったのか」
「何か思い当たるのか?」
正直に何も分からない俺が尋ねれば、ローは頷いた。少し困ったような顔で。
「〝大切な人〟へチョコと共に想いを伝えるイベントがある。それが確か……明日だ」
ローの言葉に息を飲めば、困ったように笑ったローが静かにナミの頭を撫でてから部屋を出て行こうとする。それに視線を向けていれば、1瞬だけ振り向いて泣きそうな顔で笑った。
「……コラさんだけは、ついていてやってくれ。謹慎は、解除だ」
ローはずっと俺とナミが想い合っている事を認めようとはしなかった。そして、だからこそ俺達はキスさえ中々出来ずにいたが、ローの様子から認めてくれたのだと分かる。
ここで声をかける事も、追いかける事も、俺には許されない。……ごめんな、ロー。
それでも俺は、ナミだけは諦められねェんだ。ローも可愛くて愛しいが、ローを想うその気持ちとは違う意味で、ナミの事が大切なんだ。
ローの背を見送り、意識のないナミの傍に座ればナミの瞼が微かに痙攣した。意識が戻るらしいと分かれば、即座にその手を握る。
それにしてもキッチンに行く事も無く、ナミはどうやってチョコを作ったのか。何時だったか魔法使いちゃんですとか言っていたが、実際は計算された論理的なものである事を知っているが故に不思議に思う。
「……ロシー?」
「あァ……」
「あら、私もしかして、倒れた?」
「あァ……」
「それで、ローちゃんとロシーは自分を責めちゃってるのかな?」
「……あァ……」
「全く、お馬鹿なんだから」
そう言ってゆっくりと体を起こしたナミは、俺を優しく抱き締めると、あやすように背を軽く叩く。1定のリズムで、そうしながらナミは歌うように声を響かせる。
あァしか言えなくなっていた俺を、幼子を見るように優しく見詰めるナミは、本当に年齢不詳だと思う。近いからか、ナミから強く蜜柑の香りを感じちまう。
「素直に、言わなかった私が悪いのよ。2人は悪くない。心配かけてごめんね」
「……ナミ、だが!」
「明日の朝、謝って出して貰って、皆にチョコ配って……それから、ロシーに〝1緒に寝て〟って、誘うつもりだったのよ」
俺はナミの言葉に1瞬ドキリとする。〝寝る〟の言葉には2種類の意味があるからな。
勿論、睡眠の意味だと分かっていても、そう誘われたら耐えられただろうか……。
「ロシー、今夜はこのまま1緒に居てくれる?」
「勿論だ」
「なら、明日は……」
そこまで言ってナミはすぅっと眠ってしまった。なァ、ナミ流石にそれは酷いだろう。
続きが気になって俺は思わず目を覆うように手を置いて、天を仰いだ。……期待して、良いのだろうか?
翌朝目覚めたナミは元気そうな顔をしていて、点滴の関係で部屋に入って来たローがやり過ぎたと謝れば、やはり抱き締めてその頭を撫でつつ気にするなと言う。俺とロー、ベポ以外にはやらないが、それでも少し気になるから、その……ローを抱き締めるのを辞めてもらえないだろうか。
ナミは最初にローにチョコを渡してから、皆にも配りに行くわねと飛び出して行く姿に力が抜けるのを感じる。その時ローが妙に穏やかな声で言葉を口にした。
「……ナミを、頼む。コラさんじゃ無けりゃ……諦めたりしなかったんだがな」
「ロー……」
「チョコの山に、コラさんのだけがねェ。俺のは箱を変えてはあるが、本命じゃねェ証拠だろ。……大切に、してやってくれ」
ローの言葉に頷けば、ローは痛みに耐えるような顔で笑い、チョコの箱を手に表へ出て行く。……待てよ、そうなると俺のチョコは何処にあるんだ?
首を傾げつつ立ち上がれば、ほぼ無意識で部屋を物色しようと動き始めたところで盛大に転び、その物音で慌てて帰って来たナミに心配される事となった。結局俺は俺のチョコを見付けられず、そのまま夜を迎えた。
貰ったチョコを嬉しそうに食べながら、クルー達が笑うのを横目に部屋に帰るナミの後に続けばナミは部屋に入った俺から視線を逸らし続ける。そして、突然背を向けたと思ったら叫ぶように言う。
「ロシー……!鍵、しめて!」
「はい!」
思わず従い鍵をかけてからナミの方を振り向くと、ナミが抱き着いてきた。それを受け止めるのは何も問題は無いが、何が起きているのかと戸惑う。
「……ロシー、チョコのかわりに、私を食べて」
「ナミ!?」
「……!分かってる。体格差とか、年齢差とか、ローちゃんにロシーが負い目感じてるのとか、全部分かってるけど……私、ロシーが好きなの」
「ナミ……」
「その、為に。私、ロシーには、チョコ用意しなかったのよ。ロシーの食べられる物は、私だけ……それとも、ロシーは」
そこで言葉を切ったナミは、静かに涙を零して言う。真っ直ぐに俺を見詰めて。
「私の事……いらない?」
ここ迄言われて、手を出さない馬鹿が何処にいる。衝動的にその唇を奪い、ベッドに押し倒せば苦しそうにナミが喘ぐ。
服を脱がす余裕も無く、その服の中に手を入れて素肌に触れればナミの体は熱くなっている。それに違和感を感じてその顔を見れば、視線を逸らされた。
「ナミ?」
「……っ、だって、体格差あるし、だから……」
「だから?」
「……食べやすいように、薬、飲んだの」
「俺が、拒むとは思わなかったのか?」
思わず問いかければナミは笑った。涙の残るその瞳で、穏やかに。
「その時は、水でも浴びれば良いかなって。少し、強い奴だから、多分面倒な事無く抱けるとおも」
ナミに最後まで言わせる事なく、その唇を俺の唇で塞ぐ。大切にしたくて手を出せなかったのもあるが、大半は俺が臆病だからこうなったんだ。
服が擦れるのも刺激になるのだろう、そんなナミだからこそ、俺は脱がす事無くその体に指を這わせるだけに留める。そして、キスの合間に問い掛ける。
「数日は、動けなくなる覚悟……出来てるか?」
「うん!」
そう言って再び涙を落としたナミは、嬉しそうに笑った。それにより、俺は漸く服を脱がせ始める。
Happy Valentine……図体に似合わぬ優しさを持つ男は、甘い甘いチョコ代わりの恋人に溺れる。チョコが熱に溶けるように、2人の想いは溶け合い混ざり合う。
イベント系にしては長いですね。少し驚きました。