冬島の気候でさえ無ければ、多分私の朝は早い方だと思う。冬島だけは、勘弁して欲しいけど。
私が朝日も登らぬ早朝から起き出して、船大工達と結託し話合いを続けた結果完成に漕ぎ着けたのは、クーラーと洗濯機だ。洗濯機は昭和のかほり漂う二層式洗濯機だし、クーラーはエアコンでは無く完璧にクーラーである。
それもクーラーに至っては、窓用クーラーの進化版でしかない。それでも、医務室とキッチンと本の多い所にはクーラーが設置されたし、洗濯にかかる時間が減った事で船全体が随分綺麗になった。
洗濯機のおかげで血液汚れだって、上手くすれば落ちるようになった事で布系の消耗品の消費は格段に減った。衛生的な生活により船医やコックからの評判も良い。
そのおかげで病人も減り、医療費も減り、ベックと手を取り合って喜んだのはつい先日の事。コック達が倒れる事も無くなり、平和な日々が過ぎていってる……筈だった。
いつものようにベックや他の船員の人達と何かを作る為に話し合いをしたりして、朝食だと呼ばれる迄はそんな時間に当てられるようになって長い。朝食を食べてからは、シャンクスが私を無駄に構おうとするのを回避する目的も兼ねて修行をつけてもらう。
お昼を食べたら夕方までは事務仕事や書類仕事、執筆活動の時間をベックが作ってくれたので、それに甘えてる。洗濯だの掃除だの見張りだのは、頭の使えない男達がやるからとベックは言うけど、活字から引き離すと私が衰弱するから仕方なくだろうと分かってはいるのよ。
夜ご飯を皆が食べてる間に私だけお風呂に入って、皆が食事を終えてから私だけ遅れて食事に行く。そんな迷惑極まれる私に嫌な顔1つしないで、受け入れてくれるコックさん達は皆優しいと思う。
食事を終えてから数時間は私の時間をシャンクスもくれる。けど、だいたい3~4時間たつと寝るぞと言って、私の部屋かシャンクスの部屋のベッドに共に連れ込まれて、強制的に眠る事になる。
それがあの日助けて貰ってからの船上での日常であり、ある意味全て。ただ違うとするならば、陸にいる時くらいかな。
陸に降りるのも、ナワバリ以外では絶対に私を1人では降ろさせてくれない。だからどうしても1人でないと困る時はベックに相談するんだけど、変装大作戦シリーズは何故かことごとくシャンクスにバレるのだ。
なので最近は諦めて1人で行動したい理由を告げて、ギリギリまでベックかシャンクスに付き添われるという謎現象を体験している。まァ、シャンクスは私を妹か娘のように見てるみたいだから仕方無いのかな。
1人になるのは……と考えてみる。文具店と本屋、下着屋に入る時だけは、皆店前で待っててくれるかな?でも、これには少し語弊もある。
文具店と本屋はベックが1緒だとベックが付き添うけど、気付くと双方が双方の世界に入っているので、結果1人になるだけ。下着屋はシャンクス以外は大人しく待っててくれるけど、シャンクスだと嬉々として着いてくるから本当に邪魔です。
そんな訳で現在私は珍しく1人にしてもらえる、赤髪のナワバリの島にて1人でお散歩中。インクと紙を購入して、届けて貰うように手配した。
それに続いて資料になりそうな本を購入して、それも届けて貰うように手配した。そのついでに、消耗品とかを購入して……と動き待っていた訳よ。
そう、明らかに日常だった筈なの!なのに何故私は今、乙女の憧れ、壁ドンなるものをされているのか。
いや寧ろ、これに憧れる気持ちが分からない。怖い、世の女性は皆マゾヒスティックなの?
「フッフッフッフッフッ……そう、警戒しなくてもいいじゃねェか。さっきからずっと見ていたが……選ぶ物は少ないが良い物だけだった。いくつか聞きたい事があるだけだゼ?」
「私、忙しいの。ナンパなら他所でしてくれる?」
冷たい声と冷たい視線を向けながら、私は呆れた様子をして見せるけど、脳内はフル活動してる。どうにかしてもう少し距離が離れなければ、クリマタクトで姿を消す事も出来はしない。
誰か偶然に通り掛かって助けてくれるなんて奇跡待ってたら、手遅れになるけど、逃げるにはこの男の能力は厄介すぎる。顎に指を掛けられる事で無理矢理顔を上げさせられると、その手を振り払うようにして叩いてしまう。
ゾワリとしたのだ。いつもの温もりとは違うそれに、体が嫌悪感を抑えられなくなっている。
「気安く触らないで」
「気の強い子猫ちゃんだなァ……?野良にしちゃ、毛並みもいい。何処の飼い猫だ?」
問い掛けながらドフラミンゴは私の羽織っていた物を切り裂くから、私の肩が顕になる。現れたのは家族の印。
それをじっと見て、ドフラミンゴは首を傾げる。
「これは、何のマークだ?昔もこれと同じ物を見た事があってな……その女と良く似たお前なら、何かその女について知ってるかと踏んだんだが……どうだ?」
ドフラミンゴが探している女は、夢の中の私だろうか。だとしたら、未来の私なのかな?
夢だとしても、未来だとしても、今ここには存在しない事に違いは無い。そして、私がドフラミンゴと関わるつもりが無い事にも。
「少なくても、アンタの飼い猫じゃない事は確かよ。もう良いでしょ、飼い主が心配するから帰るわ」
「飼い主が承諾すれば、貰っても良いか?お前が気に入った」
その言葉に私はフッと鼻で笑う。だって、シャンクスやベックが私を〝海賊〟の手に渡す筈ないもの。
「お断りよ。私、海賊は大嫌いなの」
言って足に覇気を纏って蹴りつけてから駆け出す。少しの距離が空いた所でミラージュテンポで姿を隠して、人混みを抜けて人の居ない辺りへ移動して少し休む。
どうしてシャンクスのナワバリで七武海が堂々と歩いてるのよ。……所で、ここは何処?
逃げる事に必死で、現在地が分からなくなった私は、ミラージュテンポでもう1度しっかりと姿を隠してからゆっくりと歩き出す。島の半分程は森だと聞いていたけど、明らかにここは森である。
残りの半分は人が住んでいて、その町の方に船は停められている筈。でも、あの人のいる辺りにドフラミンゴがいるならば、そっちに帰るのは嫌だ。
深呼吸してから覇気でシャンクスを探す。意識を1人に絞れば、なんとか探せるのでそれをやってるけど……なんだか焦った様子で駆け回ってるのがわかり、何かあったのかな?と心配になる。
その時、聞きたくなかった声が聞こえて、悲鳴をあげそうになる。心臓が嫌な音を立てるけど、そんなの気にしてたら何も出来ない。
「……この辺りの筈だがな……さて、何処に隠れてる?子猫ちゃん?」
呼吸を整えて気配を殺す。姿は見えないんだから、これで誤魔化せる筈だと思った直後に、私の真横に生えていた木が切り刻まれた。
何が起きたのかとドフラミンゴを見れば、不思議そうに首を傾げている。全身が心臓になったかのように脈打ち、震えそうになる自分を叱咤する。
「その辺に隠れてると踏んだんだがな……?」
どうして、居場所が分かるのか。……シャンクス、助けて……。
強く、シャンクスに貰ったクリマタクトを握り締めて、私は雷雨を生み出す。このままじっとしていても、これだと危険。
でも、動けばもっと危険ならば、動かずに姿を隠したままで戦うしかない。ドフラミンゴの真上に雷雲を発生させて、それから雷を落とせば感電したかのように見えるドフラミンゴ。
けれどもドフラミンゴは雷を受けてなお、フッフッフッフッフッと笑い出すから、恐怖で動きそうになる。でも、そんな事をすれば足音とかでバレる。
森の中には小枝もあるし、無闇に歩き回るのは危険以外の何物でもない。覇気の精度を考えても、私に勝ち目は無い。
「……これが、恋か。電流が走り抜けるような衝撃だと聞いていたが正しくだな」
違うと思う。普通に感電したんだと思うの。
だから私に興味持たないで。てか、なんで雷を受けて普通に立ってるのよ。
どう見ても無傷な男に泣きたくなるのを抑えて、私はどうしたら良いのかを考える。雷は効かなかった、風や爆発では何処からの攻撃か察知されてしまう。
考えている間に風向きが変わり、その瞬間見えない筈の私をドフラミンゴがここかと言いながら掴んだ。その時咄嗟に、私は悲鳴をあげていた。
「いやー!師匠、助けてー!」
「ナミ!」
迷う事無く駆けてきてくれたシャンクスにわかりやすいようにと姿を見せれば、ドフラミンゴがあァん!?と不愉快そうな声を出した。
「……飼い主は赤髪か。厄介だな」
「師匠ー!」
思わず叫べばシャンクスは怒りを滲ませて、ゆったりと歩み寄りながらドフラミンゴを見据える。その様子に、泣きそうな程安心する。
「うちの子猫を……返して貰おうか」
「……譲って貰うこたァ、出来ねェかねェ?」
「俺が、クルーを手放した話を1度でも聞いた事があるか?」
「ねェな」
力が強過ぎて振り払う事も出来ない。でも、シャンクスを見て少し冷静になった私はクリマタクトをしまって、そっと足に手を伸ばす。
短剣を貰ってからは、深いスリットのスカートを着用してる。その事により、動きやすい上に隙を作りやすくなったと言ったら、ベックに笑われてシャンクスには顔を顰められた。
けど、今間違いなく役立ってる。……短剣を引き抜き、私を掴むドフラミンゴの手を切り付けて、即座にシャンクスの元へ駆け出せば迷わずに受け止めてくれる暖かな腕。
「……無事で、良かった。他人を巻き込まない為に森に入っただろうとは思っていたが……目立つ戦い方で助かった」
「心配かけて、ごめんなさい。逃げたり隠れたりは得意なんだけど……」
「……相手が悪過ぎるな、コレは」
そう言ってシャンクスは私の額に唇を落として、優しく笑う。それを見て、もう大丈夫だと思って体から力が抜けそうになると、もう少し頑張っててくれと苦笑されてしまった。
「ごめんなさい。気が抜けて……」
「……本当に可愛いな。なんだあれか、俺の理性を試してんのか」
そんな事を言いながらも、シャンクスの視線はドフラミンゴから離れない。私は細く息を吐き出してから、再び臨戦態勢を整えて、そっとシャンクスから離れる。
シャンクスの邪魔には、なりたくない。
これだけの距離があるならと、短剣からクリマタクトに持ち替えるとシャンクスが私を庇うように前に出てくれる。でもそれだと何かあった時、シャンクスは避けられなくなる。
心配で思わず名を呼べば、小さく大丈夫だと返される。そのやり取りを見ていたドフラミンゴが降参のポーズを見せるから、私は首を傾げる。
「今は戦争するつもりはねェから、引いてやるさ。……だが、クルーにしちゃ弱く、ペットにしては強過ぎるな。それは赤髪……お前のなんだ?」
「答えるつもりはねェよ。天夜叉」
「……ナミだったな。今度2人で逢えたら、そのまま貰ってやるから楽しみにしてろよ」
にんまりと笑ってそう言ったドフラミンゴが空へと飛んで行くのを見て、私はその場に力なく崩れ落ちた。それを見てシャンクスは小さく笑うと、そっと抱き上げてくれる。
「強くなったな。ナミ」
私はその言葉に首を横に振る。何処が強くなったというのか。
「……怖かったんだろう?」
問われて頷けば、歩きながらシャンクスは言う。なら、強くなったんだと。
「俺との距離が遠すぎて、恐怖さえ抱けないと嘆いていただろうが。それなのに、今回は天夜叉の力を感じて恐怖を覚え、それなのに逃げ隠れしつつ攻撃もした。なかなかできる事じゃねェよ」
その声は優しくて、甘やかすようなそれに、私は小さく唇を噛み締める。そうしなければ、泣いてしまいそうで……。
縋るようにシャンクスのシャツを掴めば、頭を優しく撫でられる。そして少し寝てろと言う言葉と共に、強過ぎる覇気を当てられて私の意識は闇に沈んだ。
次に目覚めると私は船の上と言うか、シャンクスに抱き抱えられたままベッドに寝かされていて、当然のようにシャンクスも寝ている。その無防備なシャンクスの寝顔に、私も強くならなきゃと思わされる。
守られてるだけでいるなんて、許されないから。何かあった時、怯えてるだけじゃなんにもならないから……。
だけど今は、まだ甘えていたい。
私はそっと瞳を閉じて、シャンクスの胸の中に戻る。世界で1番安全な場所は多分ここだと思うから。
恋愛にならない2人……。