シャンクスはあの時の娼婦が私だと、気付いて居ないのだろう。だから、帰ってきたその日の夜も当然のように私を抱き締めて、眠ったのだろう。
それに勝手に反応しようとする私の体が、浅ましくて……知られたくないのに、気付かれたくないのに、何も変化の無い夜に……泣きそうになる。強く、必ず護るとでも言うように抱き締めてくれるその腕が、こんなにも胸を締め付けるなんて考えてもみなかった。
翌朝、シャンクスはまた私にくれぐれも船内から出るなと言い置いて出掛けた。とうとう船から降りる事ではなく、甲板に出る事さえ禁じられてしまった。
シャワーは隣室にあたるシャンクスの部屋にあるし、基本的には私も部屋から出なくても良いならやりたい事も多い。でも……スった宝石の換金とか、買い物をしたいのよね。
インクと紙はベックから貰えるけど、女として必要な物はあるし、もう少し上等な鬘とかも欲しい。だからと思い部屋に幻の自分を作り出してから、とりあえずはと、1般的な観光客を装うかと考えて金髪の鬘と清楚なワンピースで街を歩く。
宝石を換金して表に出ると、剣呑な雰囲気を感じてどうやらあの宝石に何かあるらしいと気付く。宝石から足がついて私だとバレたか、もしくはまだあるなら寄越せと言うのか。
どちらにしても厄介ねと、気付かれないように舌打ちして近くにあった上等なホテルに入る。人の多い所をあえて通って、化粧室で着替えた。
先日とは違い高級娼婦か、権力者の情婦を思わせる装いで、髪の色はこの度はノジコに揃えてみた。ノジコと同じ色の髪を見ただけで、顔が自然と綻ぶのが分かる。
ノジコ、どうしてるかな。元気に、してるかな。
けれども化粧室の入口が騒がしくなったので、自然に表に出れば視線は集まるけど誰もさっきの観光客と私を同一視はしない。内心で舌を出しつつその場を抜けて、待望の買い物を済ませるとそろそろ船に戻ろうかと脇道に入る。
人は疎らになるけど、特に問題は無くてホクホクとした気持ちで帰り道を進んでいたら、突然腕を掴まれた。咄嗟に回し蹴りで対応しようとしたら、その足を掴まれて建物の壁を利用して押さえ込まれる。
手練だと判断してももう遅い、どうにか逃げなければと思った時、足を掴むその手の温もりを知ってる気がして漸く相手の顔を見た私は、息を飲んだ。それは、間違いなく私を船内に残して行った船長で……。
「随分な、ご挨拶だな」
「……突然女に触れる野蛮人には、当然の挨拶で御座いましょう?」
「……いい女だな。少し早いが、お前に決めた」
「……断らせて貰いましょ。私の男は私が決めさせて貰います。その手をお離しよ」
口調や声を変えて、妖艶な笑みを浮かべればシャンクスの瞳が突然見た事も無い程の怒りに満ちたものに変わった。何だろうと思った私は恐らくはおかしくない。
初対面の筈の女に、突然怒りをぶつけるなんてシャンクスに何が……?
そう思った時足が開放されたので、これ幸いと逃げ出そうとしたらその場で覇気をぶつけられる。それも……手加減の殆どないやつを。
グラりと体が揺れて、買ったものをその場に落としながら地面に倒れようとする自分の体を、どうしたら良いかと思う。受身をせめてと思うのに、上手く動かせない。
意識を保ててる事だけでも、奇跡のようなそれにどうしたら良いかと必死で考えた時、私の体を暖かい腕が支えた。律儀にも私の買った物も拾ってくれたその腕は、私を軽々と抱えて先程利用したホテルに移動して行く。
部屋に運び込まれた私は、シャンクスを朦朧とする意識の中で睨む。そうしなければ、泣いてしまいそうで。
そんなに、この姿の女が気に入ったのかな。シャンクスは、このタイプの女が好きなのかな……?
その時シャンクスがゆっくりと覇気を抑えてくれて、漸く動けるようになる。本当に……何がしたいのか。
「……乱暴な
遮られた言葉の意味が分からない。いや、分かりたくない。
だって、化粧も衣装も口調も声もあの時とは全く違う筈だもの。あの時の初めて客を取ったおしゃまな女の子と、今の高級娼婦か権力者の情婦に化けてる私では全く別人の筈よ。
「何方と勘違いされて「その体にある跡は、俺が着けたものだ。分からない筈ないだろう」」
……そうなの?
跡の付け方で分かるものなの?!
「俺は……1度でも〝抱いた〟女を間違えたりはしない」
「……それ、は…………?」
どういう意味?
もし、その言葉が男女の意味だけならば良い。でももし、抱き締めた事や、抱き留めた事も含まれるのだとしたら……。
「……本気で、俺を騙せると思っていたのか?ナミ」
呼吸が止まった気がした。どうやって、呼吸をしたらいいのかさえ、今は分からない。
カタカタと体が震えるのは、熱く燃え盛る炎のようなその視線が私を貫くからか、全て知られていた事によるものか。体は私の意志とは関係無く震えて、ただ、無謀にも逃げ出そうと窓に向かって駆け出す。
そんな私を難無く抑えて、シャンクスは私の着ている物を器用に、丁寧に脱がせてしまう。顕になった背中に、シャンクスの舌が這わせられれば、その肌の温もりに慣れている体は簡単に反応してしまう。
「っ!」
声だけは出さないように耐えたけど、シャンクスはそんな私の背中にその勢いのままで跡を遺す。その微かな痛みが、微かな快楽が、見えない恐怖と、混乱が私の思考を停止させる。
「……逃げるな、ナミ」
あの時と、同じ言葉。同じ、声。
知っていたなら、どうしてシャンクスは私なんかを抱いたのか。途中で気づいて辞められなくなってたのか。
怖い……シャンクスが、怖い。期待しそうになる自分の浅ましさと、愚かさが、憎い。
「っ、ごめん、なさい」
「……ナミ?」
「言いつけ、守らなかったから、よね。分かってる、から……もう……許して」
これ以上は耐えられない。他人のフリをしていたから、私はシャンクスを素直に求められた。
でも、私だと知られているなら、もう怖くて視線さえ向けられない。認めたくなかった感情が、爆発しそうになる。
シャンクスを好きだと、叫びたくなる。もう……他の女の人を見ないでと、縋りたくなるから……。
「お願い、怒らないで……」
お願い、嫌わないで……。
「っ……!ナミ、俺は……」
背後からシャンクスの苦しそうな声が聞こえる。その直後シャンクスがそっと私の鬘に触れて、丁寧にそれを取り去った。
鬘の下に纏めていた髪が、パラりと解けて重力に従い落ちると、普段とは違うメイクをしていてもそれは明らかに私に戻ってしまって……。見られたくないと、必死に逃げようとした私の腰を抱いてシャンクスは背後から肩に噛み付いてきた。
「やっ!痛、い!」
そう言った私をシャンクスは抱き上げてベッドに放り投げると、その落ちた衝撃で私の体はバウンドした。それでも、必死に逃げようとした私にシャンクスは即座に覆いかぶさると、首筋に吸い付いて来た。
「やっ……だ!シャンクスッ!」
どうして……と、思う。なのに、理由も分からないのに、求められてると錯覚してしまうから、乱暴で強制的な現状に、それでも嬉しいと思ってしまいそうになる自分を確かに感じる。
「ナミは、俺のものだ」
「……シャンクス?」
飢えた獣の様な眼差しで、なのに傷付いて死にそうな獣のような気配で、シャンクスは私を真っ直ぐに見詰める。それにより、震えているのが私ばかりでは無いと漸く気付く。
なんで、シャンクスが震えてるの?
シャンクスは、何を怯えているの?
「……シャンクス?」
その顔を覗き込んで、その視線を逸らせないように両手で頬を包む。何故、そんなに哀しい顔をしてるの?
「……ナミ、ナミッ!」
シャンクスの心が、悲鳴を上げているのが分かる。慟哭のようなものをその中から感じ取ってしまえば、体は勝手に行動する。
頭で考えるよりも、心は素直に体に命じる。体は本能に忠実に、大切な愛しい
「シャンクス、お願い……」
感情を抑え込まないで、そのまま砕けてしまいそうだから。だから、お願いそれを私に吐き出して。
「抱いて……」
そうだ、と思う。シャンクスは〝私〟だと気付けば傷付くのだろうと、あの時から分かっていたのだから……なら、罪悪感なんて持たなくていいよと、伝えなければ。
どんな感情でも、ぶつけてくれて構わないから……。独りで苦しまないで。
妹や娘のように想ってくれてたのに、手を出してしまったのだから、そりゃ苦しむよねと思えば、申し訳無い気持ちになる。大丈夫、私が望んだのよ。
だから、シャンクスは何も悪くない。シャンクスは……優し過ぎるわ。
「大丈夫だから、シャンクスは何も悪くないから……」
だってね、悪いのは全て私。だって……今こんなにも苦しんでるシャンクスを見て、なんでか少し嬉しく感じて居るのだもの。
「私が勝手に、シャンクスに片想いしてるのよ。だから……シャンクスは、それに付き合わされてるだ「誰が、誰に、片想いだって?」」
シャンクスの震えが止まった。不安と期待の綯い交ぜになったような瞳が私を貫く。
……なんて、残酷なんだろう。どうして、何度も言わせるのか。
「私が、シャンクスに、片想いして……」
涙が、勝手に零れ落ちる。その瞬間、シャンクスが小さく、馬鹿野郎と呟いてそれと同時に私の中へと無言で楔を打ち込んで来た。
それに身体は歓喜して震える。シャンクスなら、何でもいいとでも言わんばかりに。
苦しそうな息の中で、シャンクスが小さく謝った。それの理由が分からなくて、でも、シャンクスがつらそうじゃなくなったからそれでいいかと思ってしまう。
「ごめんな、ナミ。手加減出来そうもねェ……」
「シャン……クス……?」
呼び掛けた瞬間、シャンクスが私の中で膨張した。それを受けて私は漸く意味を悟る。
シャンクスが〝全力〟で私に襲い掛かる。無駄な色気を振り撒きながら、平然と初心者である私に色々と命じながら、何故か逆らう事の出来ない私を貪り尽くす。
声を抑える事も出来ずに、枯れても尚その声を聴かせろと無理な事を言いながら……全身が心臓になってしまったような錯覚に襲われつつ、同時に全身の何処にも力が入らなくなってる私を、それでもシャンクスは翻弄する。
「も……っ……!」
無理だと言おうとした時、シャンクスは分かってる筈なのに優しく、残忍に微笑む。こんな時になって漸く、シャンクスは海賊なのだと思い出す。
「分かってる。〝もっと〟だろう?」
そう言って突き上げられれば、嬌声では無く明らかな悲鳴が本来ならば上がるところで、呼吸音だけが漏れ出る。既に、掠れた声さえ、出そうにない。
どれくらいそうして居たのか分からなくなり、意識をいつ取り戻したのか分からなくなっていた私には、それでも拒むという選択肢も逃げるという選択肢も有りはしない。そんな時、ホテルの部屋のドアが粉々に砕け散った。
緩慢な動きで視線だけそちらに向けると、ベックが立っていて……。
「お頭、ナミを殺す気か。1度帰るぞ」
「無粋な奴だな、ベックお前……「アンタの全力で、4日だ。いつ死んでもおかしくねェから1度休ませろ。普通なら、死んでるぞ」」
そう言ってシャンクスを蹴り飛ばしたベックは私の体を抱き上げると、持ってきていた布で私を巻いた。さっきまで怒ってたみたいだったのに、その腕は優しい。
「少し、休んでろ。もう、大丈夫だ」
「俺が悪者か?」
「当たり前だろう」
シャンクスのいじけたような声を聞いた気がしたけど、ベックの頑張ったななんて言う、少し疲労の見える声に安心して、私の意識は完全に落ちた。次に目覚めた時、ベックにペンダントトップを渡されて、笛と1緒に首からかけてるようにと言われる。
それに頷いて笛と連結したけど、紅い宝石は特に何か意味があるようには見えなくて、1体なんだろうと思う。そんな私に少し困ったような顔で、ベックから言葉を向けられた。
「……まだ、片想いか?」
「当然、でしょ?でも、シャンクスは落ち着いたみたいだし、良かったわ」
シャンクスが楽しそうに甲板で騒いでる声が聞こえる。おかしくなる程に溜め込んでいた色々な感情を吐き出して貰えたから、それで充分過ぎる。
「……私の想いは、知られてしまったけど、でも、シャンクスはこれからも今までと変わらないで私といてく「ナミ、本気か?」」
よく分からなくて首を傾げたら、ベックが珍しく大声でシャンクスを名前で呼んだ。呼ばれたシャンクスが不思議そうに顔を覗かせると、私の意識が戻ったのを見て嬉しそうに笑ってくれた。
「……お頭、いや……シャンクス。ナミは今も、シャンクスに片想いしてるぞ」
「……はァ!?」
「……鈍いとは思っていたが、まァ、手を出さずに頑張って伝えろ。今手を出せば、後悔するのはお頭だ」
そう言って明らかに呆れと疲労の篭った溜息と共にベックは部屋を出て行き、混乱してる様子のシャンクスだけが残された。そんなシャンクスに私は笑いかける。
「……大丈夫よ、シャンクス。私の想いに無理に応えようとか「ナミ、あれだけ抱かれて、まだ、分からないって?」」
遮られた言葉の意味が全く理解できなくて、首を傾げるとシャンクスがその場で崩れ落ちた。それからシャンクスが言葉巧みに私を慰めようと色々言ってくれて、それに合わせて頷く。
そんな私にシャンクスは、頭を抱えて少し待つように言うから、どうしたのかなと思いながら頷いてベッドで静かにシャンクスの帰りを待つ。そのまま知らない間に眠っていたようで、目が覚めるとシャンクスが私の傍で珍しく何かを読んでいるのが見えた。
「シャンクス?」
「……起きたか。っとに、こんな形で苦労するとは考えても見なかった。……ナミ、これが俺の想いの形だ」
そう言って私の左手の薬指に、真っ赤な宝石で作られた指輪を嵌めてくる。その行為の意味を知らないのかとシャンクスに視線を向ければ、真剣な眼差しと絡み合う。
「愛してる、ナミ。俺だけのものでいてくれ」
そこに来て漸く、私は慰めだと思っていたシャンクスからの言葉が全て本心からの、愛の囁きだったのだと理解する。泣き出した私にシャンクスがワタワタして、ベックがそれを疲れ果てた様子で眺めていた。
私はきっと今、世界中の誰よりも幸せだと、心から思いながらも、止まらない涙に翻弄されて肩を震わせる事しか出来ない。想いの形は目に見えない筈なのに、私を包む想いの形だけはこの時ハッキリと見えていると思えた。
指輪に宝石を付けたのでは、私の仕事に支障が出ると考えてくれただろうシャンクスの気遣いが、本当に嬉しくて……。自らの右手で指輪を包み込むように、己の手を握り締める。
その宝石で作られている指輪その物が、シャンクスを意味しているのだとは、この時の私には理解出来ていなかったと言うのに……。涙はこの後も暫く、止める事が出来なかった。
ここ迄が突然思い付いて書いた話でした。
とはいえ、この話だけは、少しリクエストも混ざってますが。