ベックから貰った白い花の髪飾りが、ナミのオレンジ色の髪を纏めて風に揺れているのを眺める。ホワイトデーに貰って以降、ナミはそれを喜んで身に付けていてそれがよく似合っている。
……妬いてねェぞ、ただ、似合うからこそ気に入らねェだけだ。髪の毛が邪魔にならないから良いのよなんて言うナミに、今度髪飾り買ってやろうと決めた俺は可笑しくねェ筈だ。
ナミの指には俺のやった指輪があり、俺の指にもナミから貰った指輪があると言うのに、婚約状態にすらなってない謎現象だ。……そうだよな、俺に犯り殺されかけておきながら俺に対して片想いだと信じてたんだもんな。
鈍さの世界選手権があれば、きっとナミが優勝出来る。そんな事を思いながら甲板で眼を閉ざすと、そっと近付いてくる無防備で鈍い愛しい女。
そっと俺の頭を撫でて、無意識なのか小さく鼻歌を歌い出す。暫く撫でていたその手が離れて、鼻歌も止まったと思ったら代わりに聞こえてきたのは、優しげな声。
「愛しているわ」
俺も愛してる。と言うか、何故相思相愛でプロポーズだけ気付かれねェのか。
そんな事を考えていたらそっと俺の額に触れる唇。泣きそうなくらい、幸福だとは思うが、だからこそ苦しい。
そっと俺に触れて、抱き着いたナミは、俺に甘えたように擦り寄るとそのままお休みと呟いて寝ちまう。そんなナミを抱き締めて、どうしたもんかなと考える。
年齢差を考えれば拒まれているとも思えるが、恐らくは違う。本気で気付いてねェんだろうな。
ヤソップに教えて貰ったその場所で愛を囁いたのも、行為中によくある
「どうした、お頭。ナミを抱いててその顔は珍しい」
「ベック、聞いてくれよォー……」
思わず声を掛けてくれたベックに縋るように言えば、ベックは嫌そうに顔を顰めて視線を海へと向けた。風が余りないからか、煙草の煙は上へと素直に登って行く。
「……ナミなら可愛いから聞いてやりたくなるが、お頭は可愛くねェからな」
「酷ェ!なァ頼むよ、ナミの為でもあるんだぞ」
俺のその言葉に漸く視線戻してくれたベックは1言。それも瞬時に気を引き締めた様子で。
「聞こう」
お前、ナミにだけ甘いよな。まァ良いけどよ。
そうして話をすれば少し考える様子を見せてから、確かにナミは鈍いなと言って俺の腕の中で眠るその頭を優しく撫でる。
その表情の甘さが……どれ程の愛を語ってるか気付いてねェのはお前とナミだけだぞと内心で呟いて、残酷な事しちまったかなと少し反省した時ベックが言った。それにより、ベックが本気でナミが笑うならばそれだけで良いと思っているのが伝わる。
「手伝ってやるよ。だから、何があってもナミを守れよ。お頭」
「当然だろ。俺の女神だ」
思わず答えた俺にベックは嬉しそうに笑うと、任せたなんて言うから……苦しくなる。ベック、お前……。
俺の言いたかった言葉の大半は
その空気を打破する為か、気を遣わせない為か、ベックは微かに微笑むとナミを見詰めて言葉を落とす。俺に言葉を向けながら、視線はナミから離れねェ辺りがその想いの強さを俺に伝える。
「……アンタが〝女神〟を遺して死んだら、貰ってやる」
「ベック、お前はそれで……」
「そうしなけりゃ、追い掛けちまう。女神の愛は深過ぎるからな」
「……その時は、任せた」
俺が言えばベックは俺の肩を軽く叩いて、長生きしろよなんて笑う。深過ぎる愛は、お前だろうと痛む胸を自覚しながらも、それでも俺はナミを手放せねェと思い腕の中で何も知らずに眠るその体を、誰にも渡さねェという言葉の代わりに強く抱き締めた。
そして船はベックの指示で動かされて行く。俺はと言えば、ナミが海図を描いたりしている間に呼び出されては計画を説明される日々が続いていた。
いつの間にか赤髪海賊団総出で、俺のナミへの告白プランを考えてくれて居る様子のそれに、俺はクルーに恵まれてると痛感する。薔薇の花束かとか、色々言われたがもうすぐ来るのがオレンジデーだからと、それに合わせたプランを計画する男達は真剣そのものだ。
そうして迎えたオレンジデー当日の早朝。ナミは波の様子を確認した後風呂に入るので、その隙間に呼び出された訳だが、その時ヤソップが言う。
「ナミなら知ってる筈だから、花言葉は説明しなくていいぜお頭。花冠はもう手配してある。果樹園に真っ直ぐ行け!」
「果樹園ならナミも喜ぶだろうから少し中を見学させてからよ、奥にある小高い丘に登ればいい。そこに東屋があるから、果樹園の蜜柑を食べようとでも言えばナミは喜んで頷くだろ」
続いてルーに言われたそれに頷くとベックが、少し離れた所から見守っててやるから射止めて来い、と笑う。そしてその言葉を皮切りにクルー達から背中を叩かれて、笑顔で見送られる。
俺はナミのいる部屋に戻り、髪の毛から雫を落としているナミの髪を拭いてやりながら、この後出掛けるぞと声をかけるのが精一杯だった。そんな俺にキョトンとした顔を向けてから、笑顔で頷かれた。
なのでオレンジとか、蜜柑の種類が豊富な果樹園がある島なんだと教えてやれば支度が光の速さで進められる。不安にさせない為に教えたが、これ程効果があるとは思っていなかった。
身支度を整えたナミが俺を振り向いた瞬間に、その小さな体を抱き上げて歩き出せばナミが果樹園は逃げないと思うなんて妙な事を言う。だが俺は、そんなナミを腕から離せなかった。
果樹園に到着と同時にナミを降ろしてやれば、幸せそうに笑う。その笑顔に、それだけでも連れて来た価値があるなと思った俺は相当なもんだろう。
籠を1つ借りてナミに渡すと首を傾げられたので、それに入れたのは上の東屋で食えると教えてやれば瞳を輝かせ乍当然のように俺の手を掴む。その勢いのまま、蜜柑やオレンジの品種を説明しながら歩き出すナミに俺も笑う。
「……酸味の強いのが1つ食いてェな」
「なら、こっちかな……品種改良されてる物は総じて甘いのよ。酸味が強いのは基本的に原種系なんだけど、原種系の物は苦い物もいくつかあって……」
この説明は長くなるなと思いながら適当に頷き、9割方聞き流す。そんな俺にナミは笑顔で最後にどっちがいい?なんて聞くから聞いてなかったとは言えずに、よく分から無いまま、先に説明してた方と答えておいた。
「なら、良さそうなの選ぶわ」
そう言って木を見上げ、暫くすると狙いを定めたのか手を伸ばす。それを見てナミを抱き上げてやれば、驚いた顔をしてからありがとうと微笑むナミに、それ俺の為だろと少し思う。
食べきれなければ持ち帰れると知ったナミが、皆にも何かこれで作ってあげたいわねと言って、楽しそうに明るく笑う。その時は俺にも作ってくれるのかと確認しかけて辞めた。
聞くまでもなく、俺の分もあるのは分かっている。ナミとはそういう生き物だ。
お前が喜ぶならそれでいいさと思いながら頷き、蜜柑やオレンジの詰まった籠を持ってやると丘に向かって歩き出す。品種によってはまだ実らないし、品種によっては今花盛りだしと色々と説明されたが……正直ちんぷんかんぷんだ。
……ナミは妙に軽い様子で持ってたが、この蜜柑の籠重いぞ?何キロ入ってるんだ?
蜜柑と本に関しては怪力……いや、意外とナミは怪力系だったな。とは言え、俺とかある程度以上の実力を持つ男に勝てる程じゃねェけど。
そんな事を思いながら到着した丘にある東屋。その入口で、通りすがりにそっと男が手渡して来たのは、白い花で作られた花冠だ。
ナミは東屋に人が居ないのを確認してから、そっと中にあった椅子に座ると籠をと言うので渡せば、ナミは躊躇う事なくベックから貰った短剣でオレンジを切り始める。……海楼石の短剣をそんな風に使うとか、お前くらいだろうな。
「シャンクス」
「ん?」
「アーン」
言われるままに口を開くと、レモン地味た酸味が口に広がりビビる。そんな俺に酸っぱいでしょーと悪戯に笑うナミに、今度こそ伝われと祈るように思いながら酸味の元を飲み込んで、そっと片膝を床につく。
そうして座っているナミと視線を合わせると、空気の変化に気づいたナミが首を傾げるので、そっと花冠を取り出して見せる。するとナミが、その瞳を大きく見開いた。
その1瞬でそれが何の花であるのか気付いたらしいナミの頭に、それをそっと乗せてその手を取る。爪の先に、そして贈った指輪に、キスをする。
緊張して、震えそうになる。誰を敵として前にしている時よりも、生きた心地がしねェ。
「ナミ、俺と……結婚してくれ。伴侶として、この先を生きて欲しい」
俺だけを愛してくれとは言わねェ。家族も、クルーも、蜜柑も、世界中の動植物や、見知らぬ子供さえも、ナミは当然のように愛して優しく笑うのだから。
俺の言葉にナミは黙ったまま、俺が握っていない方の手で、そっと花冠に触れると器用に1本だけ引き抜き俺の左手の薬指に巻き付けた。それはまるで、指輪のように見えて……。
驚いてそれを見ていた俺に、ナミはそっと顔を近付けると、無言のまま掠める程度のキスをして、微笑んだ。その瞳に、今にも零れそうな涙を浮かべて。
Happy orange day……漸く通じた想いの返事は、無言のまま。それでも通じ合い、自然と2人の影は重なり合うと互いを抱き締めたその状態で、暫く口付けるでも無いのになんの動きも無かった。
それを遠目に眺めていた仲間達は、上手くいったようだと喜び合う。……蜜柑の花の花言葉は〝花嫁の喜び〟である。