シャンクスが当然のように、まるで今から雨が降るみたいな言い方で、今結婚式の準備してるんだがドレスの希望はあるかなんて聞いてきたのは、3日程前の事。それに対して、式なんて挙げるつもりだったの!?と言ってしまい私は部屋に閉じ込められていた。
久し振りに部屋から飛び出したのは、開放されたからじゃないので、覇気でコーティングしているのに膝は笑ってる。本当はシャンクスって、私を虐めて楽しんでるんじゃないかって、時々疑わしくなってしまうのはこういう事があるからだ。
「嵐が、来る!皆船を2時の方角に動かして!」
「……ナミ」
皆が動いてくれる中で、ベックだけが私を気遣うような視線を向けつつ名を呼ぶから、それに反応して視線を向ける。その瞬間私を横抱きに抱き上げると、皆の寛ぎスペースとなっている見張り台に連れて行かれてしまう。
「ベック?」
「……覇気をとけ。暫くは指示だけ出してろ。ナミの事は、守ってやる」
どうやら私は見るからに衰弱してるらしい。ベックがこう言ってくれるなら、恐らくは全てから守って貰えるからと、私は見張り台と呼びたくないその場所から指示を飛ばす。
そんな私の隣で、ベックは私の髪を弄りながら煙草の煙を吐き出していた。嵐が正面から向かって来るのならば、3時か9時に避ければ良いけど、角度が違えば当然船を動かす角度も変わってくる。
嵐から逃げ切って少しすると、見覚えのない島が確認出来てその島の海域に入ったと知る。それを伝える為に声を張り上げた直後、小船が近付いてくるのを確認した。
慌ててそれを隣にいるベックにそれを伝えれば、その船に居る人を見て、嫌そうにその顔を歪めた。人を苦手としたりするイメージが無い為に、どうかしたのかと少し緊張してしまう。
「ベックの知ってる人?」
「……いや、だが、お頭の関係者だろうな」
言われて見ればシャンクスが女だったら、あんなかなって感じの容姿をしている。……綺麗な人。
シャンクスとは違って顔のキズは無いし、この世界の人らしい体型だけど、それでも何処かシャンクスを思わせる。同じ色の髪だから、かな?
「綺麗な人ね」
「……ナミの方が、綺麗だと思うぞ」
「え?」
「ナミの顔は可愛いが、心は誰よりも綺麗だろ。少し寝てろ」
「兄馬鹿、ここに極まれり」
思わず口にした言葉にベックは笑うと、軽く頭を撫でながらお前は最愛の妹だよと言ってくれた。その瞳が本当に優しいから、私はそれにありがとうと言う他、言葉を知らないかのように口を噤む。
そうして言われるままに少し体を休めようと体を横にすると、どうやら熟睡してしまっていたらしい。どれくらい眠ったのか、気付けば船は島に着いていて、私には毛布が掛けられていた。
その上知らない間にヤソップの膝が枕になっていた。この船には優しい〝兄〟が沢山いる。
「お、ナミ起きたか。大丈夫だったか?」
「……皆に知れ渡ってるのね」
「後半日出て来なけりゃ、お頭の部屋のドアは無くなってただろうな」
「ベックの奴、日に日に不機嫌になってて大変だったんだぞ」
溜息と共に言葉を吐き出した私に、ヤソップとルーが口々にそんな事を言うから、いつだかの宿を思い出す。ドアが文字通り粉砕されて、ベックに助け出されたっけ。
あれ、でも……?
「ベックそんなに不機嫌な様子無かったわよ?」
「「ナミにはな」」
ふむ、どうやらベックの中で〝妹〟とは随分高い地位にいるらしい。まぁ、基本的には部下とか弟子の枠なんだって分かってるけどね。
到着して停泊も問題なくできてるらしいと分かれば、ホッと息が漏れる。そんな私に皆は真面目だなと苦笑するけど、私は航海士だもの。
「他に、出来る事も無いのよ。そりゃ、仕事くらいしなきゃ」
「お頭のお守りしてるじゃねェか。ナミにしか出来ねェぞ」
「それだけが目的なら、どこかで適当に女の人買えば済むじゃない。……私、戦えないし……シャンクスにもベックにも、遠く及ばない」
「目指してる強さが、尋常じゃねェだけだよ。ま……ナミを狙う男達がその規模だもんな」
そう言って不安にもなるよなと言って、頭を撫でてくれるヤソップに甘えるように抱き着いた。その時島の海岸にシャンクスが居るのが見えて、それに手を振ろうとしたけど、そのタイミングでシャンクスに小船にいた人が抱き着くのが見えた。
<ruby><rb>兄妹</rb><rp>(</rp><rt>きょうだい</rt><rp>)</rp></ruby>にしか見えないような容姿なのに、その様子はまるで仲睦まじい恋人のようで……。胸が、ズキリと傷んだ気がした。
なんだろう、これ。何だか無性に悲しくて、寂しくなる。
その上この体、耳がいいのよね。そんな私の背中をルーが優しく撫でてくれるのに気付きながら、私は何も反応を出来なかった。
「シャンクス!会いたかったわ!」
「えっと……?」
「……まさか、忘れたの?普通従姉妹を忘れる!?どんだけ薄情なのよ!?」
「従姉妹……?居たか、そんなの?」
「居るじゃない!目の前に!ほら!」
そんな会話の中、怒ってる様子の女の人を見てシャンクスは困ったように頭をかいた。それから、いい事思い付いたみたいなかんじで、少年のような笑顔を見せる。
「…………悪い、覚えてねェ。まァ、それなら酒盛りでもするか!再会の祝いに」
「覚えてない癖に……でもいいわ、これから知ってくれたらそれでも」
そうして抱き着いていた姿になった訳だけど、そのまま2人の唇が重なるのを見てしまえば泣きたくもなろうと言うもの。……シャンクスにとってキスが挨拶なのは分かってるし、女の人を買うのだって忌避感なんて無いのに、どうしてこんなに苦しいの?
でも、聞こえていたんだからじっとしてなんて居られない。だからと思って私は、皆に指示を出す為に声を上げる。
宴の準備をすすめなきゃ。シャンクスの言葉は、基本的に絶対だから。
シャンクスは私が宴の準備を始めたのに気付くと、いつもの様に笑顔を見せてくれてそれだけで心が楽になった。……現金なものね、私も。
宴だと喜ぶ皆を眺めながら、少し離れた所でグラスを傾けていたらベックがお酒を手に歩いてくるのが見えた。見ればちょと珍しいやつで、キランと瞳が輝くのを自覚する。
「ちゃんとやるから、そう獲物を狙う眼になるな」
「クーちゃんにお願いしてるのになかなか届かない位珍しいお酒なのよ、それ!」
「そうだろうな。……にしても、こんな古酒、よく知ってたな」
「蔵元の国が滅んだんでしょ。惜しい国をなくしたわ」
「お前な……」
そう言いつつもお酒を差し出してくれるから、本当にベックは優しいと思う。なんで皆怖がるのかしら?
「お頭の事、締め上げてやろうか?」
「え?」
「あの従姉妹殿が来てから、ナミはずっと泣きそうな顔をしている。お頭も押されてるしな。……このままだと、寝所に引きずり込まれかねんだろ」
美味しいお酒なのに、言葉を理解してしまえば突然込み上げてきそうになって、指先が震えるのを感じる。だって……従姉妹なら、何も問題は無い。
1人でこの海を渡ってきたからには、実力だってあるんだろうと思えば、荷物にしかなり得ない私よりずっと……。そう思ったら視界が歪んで、目から水分が零れ落ちた。
その瞬間、隣でカチャリと音が聞こえて、視線を向けると表向き無表情でありながら、眼光鋭くシャンクスを見ているベックがいる。それも、その手は見てもいないのに正確に銃の調整をしていて……。
サァッと血の気が引いていくのを感じる。音が聞こえそうなそれに、けれども倒れてる場合じゃない。
「やめて!やだ、シャンクスとベックが喧嘩するのなんて、私は見たくない!」
「……喧嘩って、まぁ、喧嘩か」
「シャンクスなら普通に躱して、それから何すんだとか言って2人で殴り合いになるでしょ!?ヤダそんなの!」
船が壊れちゃう!寝る場所も無くなるし、移動も出来なくなっちゃうわよ!
「よく分かってるな。流石はナミだ」
「そんな事で褒められても嬉しくな「んで、なんで2人はイチャついてんだ?」」
背後から聞こえてきた声は、明らかに苛立っていて、私は体がビクリと震えるのを自覚する。……なんで、シャンクスが怒ってるの?
「お頭が浮気してんのに、ナミを攻める権利はねェだろ」
「ベック、本気で言ってんのか」
「泣かせるなと、言った筈だ」
「ナミ、俺にしか泣き顔見せんなって言ってんだろ」
突然私に向けられた言葉の矛先に、ビクリと体が揺れてしまえばベックが私をその腕の中に閉じ込めるように抱き締めてくれた。それによりシャンクスから殺気がもれる。
それが怖くて思わず私から、縋るようにベックに顔を埋める。そんな私の頭を優しく撫でてくれるベックの手に体から力が抜けると、従姉妹さんの声が響いた。
「ちょっ……と、どういう事よ!?アンタ、未婚でしょ!?」
「あ?……あァ、今はまだ未婚だが、もうすぐ入籍予定だ。あの震えてるのが俺の女神だ。……聞いた事ないか?赤髪の女神っての」
「な、んですって!?」
従姉妹さんの声が震えれば、私は何か不味いのかなと不安になる。そして、ベックに甘えるようにすり寄ればベックが優しく笑ってくれた。
その笑顔が私からシャンクスにスライドするようにして向けられた直後に、恐ろしく低い声が発せられた。それを聞いて、その雰囲気から、とりあえずベックからも逃げたくなってきた。
「泣かせる奴に嫁がせるか。返してもらおう」
「いつ、ナミがお前のだったんだよ。大人しく引き渡せ」
「妹を泣かせる奴に、渡せるか。今回もまた犯り殺しそうになってた奴が、今度は浮気とは……偉くなったもんだな」
「ベック……いい加減に「他に女がいるなら、そう言ってくれる!?四皇なら金もあるだろうから、楽できると思って来ただけなのよ私は!1個人には興味ないの!」」
従姉妹さんの怒号とともに、空気が変わりシャンクスとベックが顔を見合わせた直後に笑い出す。そしてシャンクスとよく似たその姿で従姉妹さんは私の方に歩み寄ると、顎を掴んで顔を覗き込んで来た。
なんだろうと思って見ていたら、小さく舌打ちされてしまう。本当になんだと言うのか。
「私が男なら攫っていくのに。肩書きが無かったら興味も持たないわよ、こんな男。寧ろ……アンタを持ち帰りたいわ」
「あの、私……」
シャンクスと似てるからか、どうしたらいいか分からなくなってワタワタする私は、突然グイッと体を引かれて従姉妹さんから引き剥がされた。私を抱くいつもの温もりにホッとして擦り寄ると、シャンクスはコートの中に私を隠してしまう。
「俺の女神だ。誰にもやらねェーよ!」
ンべ!ってな感じで舌を出してるだろう言い方に、ルフィに言ってたなぁって思い出して笑ってしまう。そんな些細な事で、私の不安は消えてしまうのだから、シャンクスって凄いと思うわ。
そんな事を考えていたら、シャンクスに突然抱き上げられて、慌ててその体に縋り付く。そんな私の耳元でシャンクスは囁いた。
「色々と、聞かせてもらおうか。婚約者殿」
「へ!?」
「ベックに泣き顔見せた事、婚約者って立派な立場にいながら身を引こうとした事、ベックに甘えていた事、諸々聞かせてもらいてェな」
それは、ある意味死刑宣告よりも怖くて、でもここでベックに助けを求めたら多分更に状況は悪化する。どうしようと考えて、シャンクスを見上げたらシャンクスが動きを止めた。
それから、計算してやってねェのがわかるからとか言って天を仰いだ。……どうしたのかな?
「シャンクス?」
「……今朝まで虐めすぎたからな、ベックの件は許してやる。だが、身を引こうとした事は許さねェ」
「だって、私より強そうだし、スタイルも良いし、美人さんだし!」
「………………俺は、自分と似た女抱くつもりはねェし、俺はロリコンと呼ばれるの覚悟で、ナミがまだガキの頃から愛して来たつもりだぜ?」
何かを言わなければと思うのに、何も言えなくなってしまって、私はシャンクスに縋り着くように抱き着いた。そんな私を優しく抱きしめてから、シャンクスは歩き出す。
二度と不安にならないように、愛してやると耳元で囁かれた私は、今夜はもう無理だからと泣きながら訴えたけれど……。その訴えを聞き入れて貰えたのかは、お察しの通り。
この騒動のお陰で、私は結局従姉妹さんの正体を今も知らないままだ。……お願い、少しでいいから、休ませて。